進撃の芋女【完結】   作:秋月月日

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 二話連続投稿です。

 ついに原作にほぼ追いつきました。

 ヤバイ。流石に原作に追い付きそうなのはヤバイ。

 というわけで、第十七話の――進撃開始です。



第十七話 このクソッたれな世界に

 第五十七回壁外調査は、事実上の失敗となった。

 調査兵団の信用は根本から崩れ去り、壁内の人々の不信感を募るのは回避できなかった。『巨人に勝つために命を散らすのは勝手だが、税金をドブに捨てるのと変わらない結果しか導き出せないのは何故?』という罵倒にも似た疑問の声が世間に渦巻いていたが、調査兵団員は口を閉ざして俯くことしかできなかった。

 そんな調査兵団にとって絶体絶命な窮地とも言える状況の中、リィン=マクガーデンは育ての親であるエルヴィン=スミスに呼び出されていた。

 

「一体何事っすか、エルヴィンさん。今は思い出話をしてる場合じゃねーと思うんすけど」

 

「悪いけど、そんな冗談を言っていられる状況ではないのでね。とにかく今は私の指示に従ってくれないか?」

 

「…………了解」

 

 エルヴィンと長い時間を過ごしてきたリィンにとって、エルヴィンの感情の変化を声色だけで判断することなど造作もない。リース=マクガーデンの戦死の報告に来た時に匹敵するほどに切羽詰まった声色だと判断したリィンは、反論することなくただ大人しくエルヴィンの後についていくことにした。

 そして馬を利用してエルヴィンの後ろを一時間ほどついて行ったところで、リィンの目に見たことのない寂れた城のような建物が見えてきた。

 旧調査兵団本部。

 一か月ほど前からリヴァイ班と呼ばれる特別作戦部隊が根城にしていた、古城を改築した建物だった。

 

「こんなところに寂れた城が一つ、か……アンタの今の表情とバッチリ合ってるっすね」

 

「…………そうだな」

 

 リィンの冗談にクスリともせずにただ旧調査兵団本部に向かって馬を進めるエルヴィン。そんなエルヴィンにリィンは小さく溜め息を零すが、それでも反論などは一切せずに彼の後をついて行く。基本的にリィンはエルヴィンのことを信用しているので、本当に反抗の意志があるとき以外は彼にほとんど従うのだ。

 旧調査兵団本部に辿りつき、二人は馬から降りた。彼らを乗せていた馬は命令されることも無く自分で馬小屋の方へと移動していく。かなり訓練が詰まれているようだった。

 馬を降りた後、リィンは未だ沈黙に包まれているエルヴィンの一歩後ろをついて行く。そろそろ本気でこの状況のことを尋ねてみたほうが良いのかもしれない、とリィンはエルヴィンに声をかけようとするが、エルヴィン=スミスという人間が起こす行動に意味が無かったことなど今まで一度も無いことを知っているリィンはその言葉をぐっとこらえる。

 すると、そんな緊迫した空気の下で場内を進んでいくリィン達の目の前に、彼がよく知る兵士たちが現れた。

 ミカサ=アッカーマン。

 アルミン=アルレルト。

 彼と同じ104期訓練兵であり、エレン=イェーガーの幼馴染みでもある二人の兵士だった。

 彼ら二人の周りには上官と思われる兵士たちが数人いたが、リィンはあえて無視してアルミンに声をかける。

 

「……お前らも、エルヴィンさんに呼び出されたのか?」

 

「いや、その言葉は完全に正解という訳じゃあないんだけど……ま、今はとにかく中に入って話をしなきゃ」

 

「は? いや、お前何を言って……」

 

「無駄話はそれまでだ。――入るぞ」

 

 自分と違って今の状況を完全に把握してそうなアルミンに詳しい説明を求めようとするリィンだったが、それを遮るように入れられたエルヴィンの言葉によって渋々といった風に黙り込む。先ほどから自分だけがこの状況を把握できていない気がしてしまい、リィンは無意識にギリッと奥歯を噛み締めていた。

 エルヴィンが開いた扉を潜り、部屋の中へと入っていく。ミカサとアルミン達もリィンと同じように、部屋の中へと入ってきた。……本当に詳しい説明が欲しい。

 部屋の中に入ったところで、リィンは思わず顔を驚愕一色に染めてしまう。体は無意識に半身になっていて、いつでもこの場から逃げられるように後ろ脚に体重が移動されている。

 部屋の中にいたのは、エレン=イェーガーとリヴァイ兵長。リヴァイ兵長に関しては先の戦闘で負傷したのか、左脚に痛々しい治療の痕が見て取れる。

 予想もしなかった二人の登場に更なる困惑がリィンを襲うが、その後にエルヴィンの口から放たれた一言により、リィンは遂に考えることを放棄することとなる。

 リィンを始めとした数人が椅子に腰を下ろしたところでエルヴィンは間を置くように溜め息を吐き、重苦しい口調で告げる。

 

「――『女型の巨人』と思わしき人物を、見つけた」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ウォール・ローゼ南区にて。

 ミケ=ザカリアス分隊長に従う形でただ大人しく彼についてきたリィン=マクガーデンだったが、そろそろ本気で頭がおかしくなってしまいそうなほど困惑していた。額には青筋が刻み込まれていて、いつもはやる気の感じられない目つきは多可のストレスによって不機嫌な色が表に出てしまっている。104期訓練兵一ダウナーな兵士だと言われているリィンにしては珍しい、心の底からイライラしている様子だった。

 『女型の巨人』の正体が彼の同期であるアニ=レオンハートだと知らされた時、リィンは思わず反論した。『女型の巨人』なる巨人を見たことがあるわけではないが、それでも、アニが人類の敵かもしれないという意見を肯定する気にはなれなかった。エレン=イェーガーもまた、彼と同じような反応を示していた。

 だが、リィンとエレンの反論虚しく、『女型の巨人捕獲作戦』は予定通りに進められることとなった。本来ならばリィンも参加しなければならなかったのだが、エルヴィンに頼み込んで違う任務に回してもらったのだ。

 その任務とは――『104期訓練兵の監視』

 『女型の巨人』がアニ=レオンハートだと予想したところで、エルヴィンとアルミンは「他の同期の中にアニの共謀者がいるかもしれない」という考えを述べた。リィンはこれにも反対の意を示したのだが、アルミン達の意見を論破できるほどの材料があったわけではなかったのですぐに黙ることになってしまった。

 リィンがこの意見に反対したのは、アニの共謀者としてサシャ=ブラウスまでもが疑われてしまっているということが大きな理由となっている。あの優しい少女が人類の滅亡を願っているわけがない、その疑いは無駄になるに決まっている。サシャの無実を晴らすためにリィンはエルヴィン達にそう言おうとしたのだが、エルヴィンという男をそんな不明瞭な材料だけで納得させることなんて不可能であることを重々承知していたので、唇を噛みながらも口を噤むしかなかったのだ。

 そんなやり取りの結果、リィンはミケ分隊長と共にこの作戦に就くことになったわけだ。

 

「…………俺、一体何を信じて動けばいーんだよ……」

 

 血管が浮き出るほどの力で握りこんだ超硬質スチールの柄からカチッという音が鳴る。

 現在、リィンは104期訓練兵が待機している施設の屋根の上でこの作戦の終了を待っている。『女型の巨人』の捕獲が終了したところでこの作戦は終了を迎えるのではないかとリィンは予想しているわけだが、詳しい説明をほとんどされていないので断言するには至っていない。今すぐこの施設の中に入ってサシャの顔を見たいのだが、104期訓練兵との接触はエルヴィンからの命令によって固く禁じられている。疑い深いことに限界などないということなのだろうが、リィンはやっぱり納得できていなかった。

 

 

 サシャ=ブラウス。

 

 

 彼女と出会ってから、本当にいろいろなことがあった。

 まず、104期訓練兵団の入団式初日にサシャと一緒に罰走させられた。スタミナが限界を越えるまで走らされ、肩を組み合いながら気絶したことを覚えている。

 立体機動訓練では、ミカサ=アッカーマンとのコンビで好成績を残すことができた。サシャは確か、アルミン=アルレルトと組んでいたのだったか。とにかく、とてもキツイ訓練だったことを覚えている。

 104期訓練兵団の解散式では、サシャと一緒に上位十番以内に入ることができた。その時点でサシャから『憲兵団』に誘われていたが、確かリィンは断ったハズだ。――つい一か月ほど前の出来事であるはずなのに、何年も前のことのように思えてしまう。

 ウォール・ローゼが破壊されたときは、一人の力で巨人を討伐することができた。絶望に抗う中で正式に恋人となったサシャとの約束を護る為、必死に『生』に縋りついていた。生まれて初めて見た巨人に屈してしまいそうになりながらも、リィンはサシャに会うために泥臭く生き延びていたはずだ。

 トロスト区奪還作戦では、本当の恐怖というものを知った。ハンジ=ゾエという救援が来なかったら、今頃リィンは無残な死体になっていたことだろう。全てを諦めることの辛さを経験した、史上最悪の戦いだった。

 

「……くそっ。サシャがいなくなっちまったら、俺の人生に意味なんて無くなっちまうだろーが」

 

 サシャ=ブラウスと出会ってからというもの、リィン=マクガーデンの人生は『サシャを護る』という一つの主軸によって支えられてきた。他の全てが犠牲になっても構わないから、サシャだけは絶対に護りたい。例えこの身が無残に食い千切られようとも、サシャ=ブラウスだけは絶対に護り通したい。――そんな主軸の下、リィンはこれまで生きてきた。

 人類が巨人に勝利する可能性なんて、本当に低い確率なのだろう。立体機動装置という唯一の反抗策を手に入れた今でさえ、人類は巨人に敗北し続けている。唯一巨人に勝利した「トロスト区奪還作戦」というものがあるが、あれも遠目で見てみれば敗北と言った方が正しい。あの作戦は、あまりにも犠牲が多すぎた。

 だが、リィンは信じてる。人類が巨人に勝利して壁の外の世界を取り戻す、という未来を――リィンは心の底から信じている。人類の進撃はこんなところでは終わらない。絶対に全ての巨人を駆逐し、リィンはリースが成し遂げられなかった夢を実現するのだ。

 自分の目標を再確認して改めて覚悟を決めるリィン。――だが、そんなリィンをあざ笑うかのように、神は彼ら人類に更なる『不幸』を齎してしまう。

 最初に異変に気付いたのは、ミケ=ザカリアス分隊長だった。

 

「――トーマ! 早馬に乗って報告しろ!」

 

「はい?」

 

 何かが起こったわけでもないのにいきなり表情を一変させて叫びだすミケにトーマと呼ばれる調査兵団員は疑問の声を返すが、ミケは遠くの方――ウォール・ローゼの方角を見ながら言葉を続ける。

 

「おそらく、104期調査兵団の中に巨人はいなかった……」

 

 それが何を意味しているのか全く理解できないリィンは怪訝な表情を浮かべるが、彼は無意識のうちに超硬質スチールの柄を握り直していた。――まるで、この『不幸』を身体の方が理解しているかのように。

 それは、ある意味では間違いではない。――だが、この『不幸』はリィンが原因で発生したものではない。ただ単純に、リィンの身体が『不幸の前兆』に対して敏感になっているだけだった。

 警戒の色を浮かべるリィン達の方を振り返ることなく、ミケは重々しい口調で続ける。

 

「南より……巨人多数襲来! ――ウォール・ローゼは、突破された!」

 

「――――――――、え?」

 

 神は非情な存在だ。

 彼らにとって、人類と巨人の攻防戦はただの娯楽に過ぎない。

 だが、神々は娯楽を失うことを良しとしない。

 だからこそ、神々はイカサマを行う。

 娯楽に緩急をつけて心の底から楽しむために、神々は人類に『災厄』を齎すのだ。

 リィン=マクガーデンという主人公は、『災厄』に最も近しい人類だ。

 この世に生を受けたときから数えきれないほどの『不幸』を経験してきた彼はもしかしたら、神がこの世界の平和を崩すために作り出した人形なのかもしれない。

 だが、そんなことはリィンには全くもってどうでもいい。

 そんなことで自分も大切な少女も一緒に死んでしまうことになるというのなら、リィン=マクガーデンは命を懸けて『不幸』に抗ってみせる。

 

「――このクソッたれな世界に、救いの手を」

 

 この世に繁栄する全ての『不幸』を消し去る為――リィン=マクガーデンは立ち上がる。

 






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