真・恋姫†無双~日の本の恋姫~   作:ゲーター

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 仕事が忙しくて執筆が遅れました。
 24歳(嘘)、新採です。なのに右も左も分からない今が一番忙しいとか辞めたくなりますよ~仕事ぅ…。
 


回想

 

 

 赤子の頃の記憶がある──なんて、偶にテレビで取り上げていたりする。

 普通の人間は赤子どころか乳幼児期の記憶もあやふやだろうに、本当にそんなことが有り得るのか。

 最早確かめることも叶わない彼等の真偽はさて置き、少なくとも転生者である私には、産まれた時の記憶は確かに存在する。

 

 この世界に生まれた時の衝撃は、未だにはっきりと覚えている。

 死んだかと思えば赤ん坊として生まれ変わり、それがなんと大和朝廷の姫君で、そして時代は前世より二千年近く過去の後漢、桓帝霊帝の時代。かの有名な三国志演義の第一章、黄巾の乱の始まりという激動をもう目前に控えた時代だ。

 

 その時の正直な心境を言えば、せっかくなら日本でなく中華の名士……例えば袁家の男子にでも生まれたかったと思った。我ながらミーハーだが、やはりかの英雄達と肩を並べてみたいというのは、オトコノコとして当然のことだと思う。

 なにしろ、当時の日本は弥生時代の真っ只中。数十年後にようやく卑弥呼の治世が始まり、その墓を箸墓古墳に比定しても前期古墳時代の黎明期だ。どう考えても王女様が中国くんだり渡ってドンパチできるような時代じゃない。 

 

 詳しく見ていくと、弥生時代の日本列島というのは、同じ頃の大陸に比べて大きく遅れを取っている。文化、技術、政治、資源。農耕に使う牛馬もいないし、船と言ったら丸木舟。食事は皿から直接手掴みで、軍事に不可欠な鉄は弁韓からの輸入が頼り。代わりに輸出できた物なんて、豊かな森林資源か翡翠、もしかしたら硫黄……とか?要するに超後進国だ。

 

 と、そこまでが()の記憶に基づく当時の様子。しかしこの世界は、単純に過去の世界という訳ではなかったらしい。

 

 まず人の姿がおかしい。弥生人なんて貫頭衣を着て刺青して、あの輪ゴムみたいな髪型をしてる人々のはずなのに、皆平気でフリルやリボンの付いた露出の高い服やら中二心擽るコートやらを着て、イケメンや美少女がカラフルな色の髪を弄っている。しかも舶来品とか言って眼鏡をかけてる奴までいるし。

 

 それだけじゃない。大和ではそれほどでもないが、漢、特に現在の、三国志に名のある本来男性だったはずの人間たちが、信じがたいことに、軒並み女性に変わっているのだ。

 この頃はまだ無名の劉備などは知らないが、各地の州刺史、郡太守、武人や学者に──しかも、優秀であったり有名であったりする上の方の人々に──多くの女性が列せられている以上、後の群雄やその著名な配下は、殆ど女性だと思った方が良いだろう。

 ……「三国志の武将たちを女体化!」なんて、まるでゲームか何かみたいだ。けれどそれがこの世界なのだから仕方無い。逆に私達大和の盟友、遼東公孫家が皆男のままなように、演義において知名度の(そして重要度も)低い人々は男のままと考えておくべきか。 

 

 そして更に、私自身にも、明らかにおかしいところがあるのだ。

 私の今世での名前は豊鍬入姫と言うのだが、前世では聞いたこともない漢の風習の一つに『真名』というものがあり、父がそれに則って私にも真名を付けた。そしてその名前が──『壱与』なのだ。

 

 唖然とした。なんせ壱与だ。邪馬台国の女王、卑弥呼の血筋で、その後を継ぎ女王となった巫女。正史であれば後漢はおろか、魏呉蜀の三国時代も終わり晋が起こった頃の人間だ。

 晋に壱与が朝貢したのが、確か三世紀半ば。その時精々二十から三十代の筈だが、私があの壱与本人だとするなら三世紀半ばにはもう死んでてもおかしくないくらいの年齢になってしまう。

 

 もちろん、別人だとも考えはした。だけれども、どうもその線は薄そうに思える。

 大和朝廷が既に存在するこの世界、畿内は言わずもがなとして、九州にも邪馬台国が存在しないのだ。つまりこの世界においては邪馬台国=大和朝廷であり、当然邪馬台国の人間は大和朝廷の誰かに比定されることになる。そして、壱与の正体ではないかとされる内の一人が豊鍬入姫……つまり私なのだ。

 

 また、私があの壱与だということを裏付けるような事実がある。

 豊鍬入姫を壱与と比定するには、卑弥呼を私の父である崇神天皇の大伯母、倭迹迹日百襲媛命(やまとととひももそひめのみこと)とすることが前提となる。正史においても崇神天皇に度々神託を下していた彼女。その日百襲媛はこの世界において、この国の巫女の頂点として大きな発言力を持ち、大きな屋敷に一人住んで、王である私の父だけを呼び、政治に口を出す。そしてその通称は──姫巫女(ひめみこ)

 

 ここまで来たらもう認めざるを得ない。この姫巫女が所謂卑弥呼で、私こそあの壱与なのだ。時代に大きなズレが有るが、その程度の違和感この世界の人間やら風習やら、そもそも私が転生した事実と比べれば小さいものだ。

 

 

 斯くして、私は現状を受け入れた。この世界は前世のパラレルワールドなのだから、多少の差違は不思議ではないと。だから、道行く人々がマンガチックな格好をしていても、気功とかいう謎パワーを操る人間がいても、私が師事することになった卑弥呼がどう見ても筋肉質なオッサンでも、きっと、おかしくない、筈。

 ……疑問は飲み込むものだとも知った。

 

 あれから早十余年。私は卑弥呼の下で次期姫巫女として育ち、女だてらに国政に大きく関与できる立場にある。

 なんでも私は卑弥呼の予言にあった「天の御使い」だそうで、生まれながらにこの国の中枢に位置することを運命付けられていたのだとか。

 

 転生者である私が御使いであることに何か関係があるのか、それとも単なる偶然なのか。疑問は尽きないが、兎も角御使いの名は、信心深いこの時代の人々に対して非常によく効いた。転生者の性として幼い頃から大人びていた私は、やることなすこと御使いの証明として受け取られた。それによって、五つにもならないうちから、私は天の御使いとしての地位を確立していた。

 

 ……期待が重い。

 天の御使い、次期姫巫女。あの御方なら、戦乱の続く倭を治めてくれる。暮らしをより豊かにしてくれる。いや、それどころか漢にも負けぬ大国に押し上げてくださるに違いない。そんな期待を一身に背負って、私は──内心、沸き立つ思いを抱えていた。

 

 私は、何故自分が此処にいるのか知らない。けれど、自分が立つこの場所が、どれだけ大きな場所であるかは分かる。

 空白の日本史。日本が安穏と東夷(あずまえびす)の地位に甘んじていたあの時代。そして、大陸に千年を超えて語り継がれる大乱が起きるあの時代。ここで私が成すことは、まさに歴史となって永劫に影響を与えるのだ。

 

 ……こう言ってはなんだが、正直私は酔っていたように思う。だが弁明させて貰えるなら、一つ言いたい。戦と、歴史と、英雄である。これだけ揃っていてここで燃えないなんて、それは

(おとこ)じゃないだろう。

 

 ともかく、奮い立った私は思う存分政治に関与した。幸いにも学校で碌な勉強をせずに無駄な知識ばかり溜め込んでいたおかげで、この時代のそんじょそこらの内政家よりか知識はある。千七百年の差は伊達じゃない。

 知識は即ち武器であり、才能である。しかも私の場合知識の出所を天とか神様からの託宣とかで簡単に理由が付けられたから、それはもう好き勝手に改革し、外交し、戦争した。

 

 これで失敗でもしてたら、後世まで語られる暴君暗君だったろうと背筋が冷える思いだが、本当に天が味方してくれているかと疑うくらい、小さな挫折一つせずに悉く上手くいった。

 無論自分なりに上手くいくよう細心の注意を払って、出来うる限りのことを尽くした上でやってはいるのだが、そうして人事を尽くしても失敗するのが世の常、為政者の運命である。だと言うのに、とんとん拍子に成功していく私の政策と、比例して上がり続ける私の名声。最早酔うとか天狗になってたのが覚めるくらいやることなすこと順調なので、元々大陸なんて行けないじゃないかとガッカリしていたはずが、気付けば半島で後の新羅の家督相続に口を出して戦争し、一軍率いて遼東に送られ、そして今、青州の一郡を占拠してしまっている。

 

 ……あっれー、おっかしーなー。最初の予定では倭を統一して、他の東夷より強いよ凄いよって魏にアピールして、交易とかで富国強兵やって、将来の大日本雄飛の礎になって、できれば曹操とかに対面してみたいなぁ、くらいのつもりだったのに。なんで私、漢で黄巾と戦してるんだろ。

 

 ちらりと横を見る。手を繋いだ相手、どう見ても紫の髪も艶やかな美少女にしか見えないのに男という摩訶不思議な生き物、男の娘。確かに女になってはいないけれど、男のままと言うには躊躇われる。

 姓名は公孫恭、字は仲数、真名は菫。正史では甥に家督を奪われ遼東公孫氏滅亡を防げなかった無能として扱われ、某戦略ゲームでも情けない能力値と顔グラの公孫恭だが、少なくとも私の親友である菫は剣の腕も立ち、心優しく民から好かれ、政の才もある。

 あれだろうか、公孫恭に子供がいなかったのは彼が生殖能力に難があったからという話を聞いたことがあるが、菫が男の娘なのはそれを表しているとでも言うのか。それにしたって正史と合致するの他に家族関係と姓名くらいしか無い。この世界やっぱりイカレてるんじゃないだろうか。

 

「……どうしたの?さっきから難しい顔してるけど」

「うん?いや、なんでもないよ。これからどうするべきか考えてただけさ」

 

 内心の諸々をおくびにも出さず、無垢な瞳でこちらを見返してくる彼に微笑みかける。前世から引き継いだ、汚れきった心の私とは違う。辺境の遼東で純朴に素直に育った菫の瞳は、ちょっと眩しい。

 

「もう、折角爺やも卑弥弓呼さんも外してくれたのに、壱与はいっつも政治のことばっかりなんだから」

「ごめんごめん、一段落ついたらまた先のことが気になってさ」

 

 頬を可愛らしく膨らませる菫にあわてて謝る。けど実際、青州の一郡を得た今、これからどうするかは大きな問題。下手を打てば黄巾に乗じた逆賊呼ばわりされ、諸侯に討伐されかねない状況下で、戦略を謀ってしまうのは仕方ないと思う。

 

「……はぁ。まあ壱与が仕事人間なのは知ってるけどさ。あんまり根を詰めちゃダメだからね!過労で倒れやしないかっていつも心配してるんだから」

「分かってるよ。だから、菫の外交手腕には期待してる。無事に成功させて私に楽させてね?」

「勿論、任せといて!必ず孔融の首を縦に振らせてみせるよ」

 

 孔融。儒教の祖、聖人孔子の子孫にして青州北海郡太守。今の青州で治安を保っている数少ない人物であり、その実力や発言力は、東莱郡を支配するに当たって大きな障壁となりうる。

 だが同時に、その彼にさえ認めさせてしまえば目下の支配は安泰となる。青州派遣軍のトップとして孔融との対談に臨む菫の働きが、今後の私達の動きを大きく左右するのだ。 

 とは言え、菫も着いて早々に出立なんて訳にはいかない。ひとまず東莱の情勢を落ち着かせ、青州救援というのが単なる御題目ではないことを示さなければ孔融も納得しないだろう。それに、これからぐっと忙しくなると言うのに最初からあまり働かせるのも酷というものだ。

 

「だからさ、今日は政務のことは忘れてゆっくりしよ?僕は東莱に残るけど、すぐ壱与は他の州に出ずっぱりになっちゃうから、これからあんまり一緒に居られなくなるし……ダメ?」 

「……そうだね。じゃあ、偶には羽目を外して遊びにでも行こうか」

 

 ダメだなんて、そんな潤んだ目で見られているのに言えるはずがない。繋いだ手を引いて、街の方へと歩を進める。

 

「解放したばかりでも、商人たちは図太いからね。市は普段通りなんだけど……そこで何か食べにでも行こう」

「やったぁ!それじゃご飯の後は一緒に買い物しよ。僕遼東から出たこと無かったから、こっちの服とか色々見てみたかったんだ」

「服でも何でも付き合うよ。私達が直接色んな店に出向けば、市民の内情とか色々分かるだろうしね」

「もー、またすぐに仕事脳になる」

「あ、ごめん、つい……」

 

 今度は私が手を引かれる番だった。あちこち連れ回せば頭から仕事のことも消えるだろうと、目を付けた店に片っ端から踏み入れる。

 竈を温め出した飯店に、暖簾を戻した呉服屋。ようやく街に入れた行商人も、今までの分を取り戻そうと客引きの声に熱が籠もる。

 活気の戻り始めた市の真ん中、繋いだ手と同じくらい温かな顔で笑いあう。

 

 漢に渡るなんて、最初は到底無理だと思っていた。だから今の状況には幾分戸惑いもあるし、不安もある。

 歴史の英雄に敗れ、死ぬかもしれない。出兵が国の政治を傾けてしまうかもしれない。もしかしたら、大和を脅威と見て大陸の勢力が東夷征伐に来るかもしれない。

 そんな風に、考え出したらキリがない。だけどただ一つ言えるのは、大陸に渡らなければ、この、無二の親友と出会うこともなかっただろうということだ。

 いつの日か私が死ぬときに、大陸に来たことを後悔することがあるかもしれない。けれど、菫と会ったことに関してだけは、後悔とは真逆の思いを抱いているだろう。だから今は、そのときの為に、彼との時間を目一杯楽しむことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 





 次の投稿は114514日後になるかもしれないけど許してください!何でもしますから!
 

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