真・恋姫†無双~日の本の恋姫~   作:ゲーター

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 ダッシュを(─)じゃなくて音引き(ー)で表すのも三点リーダを(…)じゃなくて(・)×3で書くのも、全部スマホの変換機能ってやつの仕業なんだ 
記号一覧から探させるんじゃなくて普通に名前から変換して、どうぞ。


リメイク後
日出


 

 かつて、中華には九つの州があった。置かれたのは上古の時代か神代か、少なくとも今の王朝が立つ頃には花弁は九枚になっていただろう。

 後の世に、秦の始皇帝と並び称される武断の王。彼の王が広げた四枚を加え、十三の花びらを持つ漢という華にとり、古くは版図の全てを言い表した九州の名は、今は雅称として貴人の口に語られるのみ。しかし、そんな麗句を口ずさむ余裕すら無いほどに、この大陸の情勢は混乱を極めていた。そして、それは九州の一つ、都洛陽より真東の果てに位置する青州においても同様だった。

 

 

 人。人だ。人の群が大地を覆い尽くしている。山こそ国と言わんばかりの母国とは違い、中華──いや、大陸には平地が溢れている。盆地で生まれ山に囲まれ育った自分にとって、広すぎる空も見果てぬ地平線もあまり落ち着くものではない。だから、多少なりともその一方を隠してくれる人の海は、ほんの少しだけ、ありがたかった。

 

「出てきたな」

 

 傍らから声をかけられる。いっそ憎らしいほどに聞き良い声。隠す気もない高揚を滲ませて、視線を向けずともその顔が凶暴な笑みを浮かべているのが分かる。

 

「当然さ。他の城は全て落としたし、隣郡でも御同胞は苦戦続きで援軍なんて来やしない。それなら唯一勝ってる数を頼みに、こっちの数が増えないうちに追い払うしか道はない」

 

 それでもじり貧なのは変わらないけど、と最後に付け加える。

 攻城戦は詰まるところ根比べだ。守勢は例え味方が来なくとも、ひたすら守りに徹していれば勝機はあるかもしれない。

 ただし、それは相手が攻略を諦める場合に限られる。どれだけ守っても攻められるような──そう、例えば国に叛逆した場合なんかは、相手は何がなんでも攻略を諦めないだろう。

 

 人の群を見る。たなびく旗、蠢く兵。その悉くが黄色。きっと彼らの拠点の城にも、黄の旗が蒼天を衝かんと突き立っていることだろう。

 

「なるほど。つまり昔の俺と同じということか」

「規模は小さいけどね。けど、向こうに伯父上の十分の一でも粘ってみせる気骨のあるやつは一人もいないでしょ」

「情け無い。所詮は農民反乱か」

 

 黄巾の乱。

 それが、今中華全土に吹き荒れる嵐の名。民草から出て民に支持された高祖、劉邦。遙か四百年続いた彼の王朝、漢。その崩壊の発端を告げるのが民衆とは、なんとも皮肉で、同時になんともありきたりだった。

 

 これから先、長く戦乱の世が続く。五百年の戦乱を終えて立った秦。その平和は十二年であっさりと崩れた。そして次に立った漢もまた、戦国の世より百年も早く逝こうとしている。略奪こそしなくとも、中華の危機に乗じてその国土に足を踏み入れるというのは、まったくもって異民族らしい行いだろう。……それでも、私は立ち止まらない。

 色んなものを背負って生まれた。色んなものを背負って育った。誰よりも重く、明瞭な「未来」を私は背負っている。ならばこそ、その未来の為に生きるのが私の使命なのだ。

 

「頃合だ。行こうか、伯父上」

「了解だ。……旗を掲げろ!」

 

 振り向けば、整然たる人の群。高く天へと突き出した旗の下、皆が私の命を待っている。

 

「聞け、我が(つわもの)どもよ」

 

 高い声。女の声だ。まだ齢は二十を数えてすらいない。しかしその声は、伯父と同じく、不思議とよく通った。

 

「今我等と相対するは反乱軍。腐れた漢の圧政から逃れるため、日々を生きるため否応なく立った哀れな連中だ。あれは、飢え凍え、やがて来る理不尽な死に抗う最後の足掻きだ」

 

 だが、と一つおく。

 

「決して容赦するな。同情するな。奴らは既に村を焼き、民を殺し、女を犯し、財を奪った。自分たちと同じ境遇の者にまでその牙を向けた。最早奴らに義は無い。奴らはただの匪賊共だ。奴らの境遇を哀れと思うなら、奴らによって更に苦しめられているこの地の民を助けよ。無辜の民を救うという奴らの初志を、我等が代わりに果たしてやろうぞ!」

 

 自然、声に熱が込もる。この檄は兵を鼓舞する為だけの美辞麗句ではない。その言葉を発する自分自身がそれを想っているからこそ、熱情が胸から溢れ出る。

 

「良いか! 我等『大和』は義の下にある! 勇猛なる大和の兵どもよ! 高らかに義を唱え奴らを打ち倒せ! 困苦に喘ぐ民草を救い出せ! そして、我等大和の名を中華に知らしめるのだ!」

 

 熱が軍全体に広がっていく。将たる私の言葉を信じ、皆が崇高な意志を胸に戦意を昂ぶらせている。

 

「征夷大将軍 豊鍬入姫(とよすきいりびめ)の名の下に命ずる! 全軍、戦闘開始!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 公孫恭には好きなものがある。

 それは、偉大な父と、兄と、故郷。

 中原より東、青州よりも更に東。西を除き北も、東も、南にも夷狄が跋扈し、漢の朝廷からは絶域──化外の地と見放されたこの地。それでもこの地で生まれ、東夷に触れ育った公孫恭にとって、この地は紛れもない故郷だった。同時に、愛しい故郷とそこに住む人々が、少女と見紛う可憐な容姿に違わず、純朴で人の良い公孫恭は大好きなのだった。

 

 その故郷を離れ、公孫恭は今、父の指示で渤海を渡り、青州東端の東莱郡で西へ馬首を向けている。 

 父公孫度が支配するは、太守を務める幽州遼東郡に、かつて漢四郡と呼ばれた諸地域。厳密に言えば、今なお郡として残る玄莵郡と楽浪郡。放棄された残りの二郡は、東夷との小競り合いの中で版図に組み込んだかもしれないし、違うかもしれない。

 ともかく、少なくとも三郡を統治する公孫度は、これ以上の領土を東夷から求めるのは不可能と見て、その矛先を西に──青州()に向けた。

 

 ともすれば叛乱とも取られかねない危険な戦。だが勝算はある。漢の臣たる刺使や太守達が互いに争うのは何も今に始まった事ではないし、それに──そもそも公孫度は青州に敵軍ではなく、援軍(・ ・)として兵を送ったのだから。

 

 中原より離れた遼東半島では、世間を騒がす黄巾党の、その影も形も見ることはない。しかし、渤海を挟み隣の青州では、他州と比しても際立って黄巾が盛んだ。

 乱の発生からややあって、漢王朝は官軍だけで乱を鎮圧できず、各地の有力者に兵を率いて黄巾を討てと命じた。しかし、その任を負う青州刺使焦和はなんら有効な手も打てず、優秀な太守の治める北海郡といった例外を除き、青州は黄巾党によって荒らされるがまま。県令や太守は悉く殺され、いくつもの城がその手に落ちた。

 

『これは天運である』

 

 公孫度はこの絶好の機会を逃さなかった。つまり、援軍の名目で青州に乗り込み、黄巾党統治下の街や城を占領する。乱が終わってもあれこれと理由を付けて撤兵せず、なし崩しに支配を確立させてしまおうという算段なのだった。

 

 公孫恭には、何故危ない橋を渡ってまで父が領土を求めるのかは分からなかった。けれど、愛しい故郷を豊かにするためと言われては否やも無い。それに表向きとは言え、黄巾党に苦しめられている人々を助けるというのは、心優しい彼にとっても望むところだった。

 

 公孫恭は人の良い少年だ。東夷と辺境の荒くれ者にしごきあげられ、武人としても決して弱くはないが、生来の大人しさから戦いを好むことはなかった。好むどころかむしろ嫌いですらある。人を傷つけるのも、血を見るのも、自分や仲間が傷つくのも恐ろしい。それでも危険な青州に渡ったのは、故郷やそこに住む人たちと、動乱に苛まれる青州の人々のためだ。

 だが、恐怖は無い。圧政の果てに進退窮まり蜂起した餓狼の如き民と、乱に乗じ狼藉を働く野獣の如き匪賊。黄巾党を成すその獣に恐れはあるが、いざ黄巾の跋扈する青州に渡り来てみても、全く恐怖を感じない。それは遼東兵の精強さに依るものでも、自らの武人としての力量を信ずるが故でもない。偏に、今回の遠征の主力として自分より先に渡り、破竹の勢いでもって勝利を重ねている友人たちと、その率いる軍への絶対的な信頼の為だ。

 

「ねえ、(じい)や」

「はい、(すみれ)様」

 

 菫とは公孫恭の真名である。名は体を表すと言うが、その人にとって唯一無二の、本人の許し無く呼べば死を賜ってもおかしくないほどのその名の由来が、自身の艶やかな紫髪であると言われてもあまり否定出来ないのは、父の大ざっぱで直感的な性質(たち)を身近で良く知るが故。

 そんな彼の小さな悩みはともかく。その真名を預かる傍らの老爺が、公孫恭にとって格別に親しいことは明らかだった。

 

「東莱郡ってさ、その中にいくつ城があったっけ?」

「十三の県に一つずつで、合計十三城ですな」

「じゃ、まだ落としてない城は?」

「郡西部、北海郡との境界付近の当利県に一つが残るのみですが、それも攻略を開始したとの文が届いております」

「え、手紙来てたなら教えてよ。僕も見たかったんだけど」

「お見せしていたら、今頃菫様は単騎で合流しようとなさっていたでしょうに。いくら菫様と言えど、もし万が一のことがあってはなりませぬ故。それに──」

 

 他愛ない会話を余所に、遠方より近付いてくる馬蹄の音。高々と旗を掲げた伝令兵の姿を見やり、老爺は髭に隠れた口角を引き上げた。

 

「急がずとも、それ、あのように、また一つ城が落ちましたぞ」

 

 

 

 

 

 

 伝令に案内され向かった先で公孫恭を待っていたのは、全く無傷の城壁だった。

 不思議に思って聞いてみれば、黄巾党は地の利を捨て、野戦を挑んできたらしい。その黄巾党が初め城を占領した際にも、城の内側から蜂起したために城壁は戦場にならなかったのだろう。おかげで、そこに並び立てられた旗は歯の欠けた櫛の様になることもなく、規則正しく風に揺れている。几帳面な彼等らしく、一寸の狂いもなく配された旗に書かれた字が、少し誇らしげに見える。

 

「開門! 遼東太守殿の命で参られた、公孫仲数将軍の御到着である! 門を開けよ!」

 

 公孫恭に合流した伝令兵が叫ぶ。わざわざ名ではなく(あざな)を使う辺り、本当に生真面目なことだ。このあたり、次期家長として恥ずかしくないようにと育てられた兄と違い、割と自由に育った公孫恭には、よく息が詰まらないものだと感心する。

 

 重厚な音を上げながら、城の門扉が開く。その間を潜り抜ければ、既にそこには親しい者の姿が並んでいた。

 

「わざわざ出迎えなくても良かったのに。色々忙しいでしょ?」

「そこまででもないさ。それに、遙々友人が会いに来てくれたんだ。多少のしわ寄せくらいどうってことないよ」

「そうだな。なにせ、そのしわ寄せは長旅を終えたばかりの友人のとこに来るんだからな」

卑弥弓呼(ヒミクコ)は黙ってて」

 

 馬から降りて話し掛ければ、いつも通りの返事が帰ってくる。そのことに言い知れない温かさを感じ、公孫恭は顔をほころばせた。

 

「相変わらずだね、壱与(いよ)も卑弥弓呼さんも」

 

 方や濡羽色の髪を腰まで垂らし、新雪のように白く儚く、触れれば壊れてしまいそうなほどに華奢な身体の、自らと同い年くらいの少女。

 方や闇の様に深い黒髪を馬の鬣もかくやとばかりに逆立たせ、細くも鍛え抜かれた体躯の、一見して武辺と分かる男。

 例えるならば、お忍びで外出した都の良家のご令嬢とその護衛、というのが一番近いだろうか。しかし、それが正しくないことを公孫恭は知っている。

 

 少女の名を豊鍬入姫。

 男の名を卑弥弓乎。

 

 何を隠そう、この少女こそ公孫度の派遣した青州遠征軍の事実上の首領であると同時に、公孫度にとって唯一無二の同盟国の姫君であり、卑弥弓乎はその剣として、彼女の下で指揮を執る直属の将軍。そして彼等の故国こそ、東夷の中にあって漢に次ぐ隆盛を誇る大国──その名を『大和』。

 

 

 大和の名を聞くようになったのは、まだここ十数年位のことである。

 

 三韓の南東へ海を渡った向こうの、倭。大和はその中で頭一つ抜けていたとは言っても、そう変わらぬ程度の力しか持たなかったのだと言う。しかし、大陸と人の往来すら稀であったこの国は、突如国を挙げての海洋貿易に乗り出した。

 大和が求めたものは、家畜、武具、種苗、鉱物、書物、食料、船舶、更には学者や技術者など。生物非生物、軍事的か否か、まるで一切の見境無く、彼らはあらゆる物を買い求めていく。

 貪欲に大陸の文物を呑み込んだその成果はすぐに目に見えて現れた。大和は膨れ上がった国力を以て、瞬く間に四方の敵を平らげた。大陸では倭国大乱と呼ばれるその戦を終え、そして国に平和を得た後には数々の名産を作り出し、経済的に一層大陸へその影響力を高めていった。

 

 公孫恭は思い出す。大和産の翡翠を弄りながら、上機嫌に笑う父の姿を。

 大和と漢の貿易の中継点として、遼東は巨額の利益を得た。生産性の低い遼東でこの収益は非常に大きかったし、何より公孫度にとって有り難いことに、大和は、度々叛乱しては領地を荒らしていく三韓を黙らせてくれた。

 

 数年前。三韓が三国間で相争い、中でも辰韓と弁韓の不仲が著しかった頃。三韓はそれぞれ数十の小国家の連合だったが、ある時、辰韓の盟主国たる斯蘆(シルラ)国の王が崩御し、始祖、赫居世(かくきょせい)より続く王統が絶えた。そこで、入り婿として王族に加わった男に白羽の矢が立った。

 婿は王の血族を授からなかったが、前妻との子の血筋が新たな王統を打ち立てた。そして、それに待ったを掛けたのが大和だった。

 

 大和は斯蘆の新王を、王位を僭称する謀反人と断じた。その根拠は、数代前、斯蘆の王位を弟に譲って大和へ渡り、その地で脈々と血を繋いだ一族にあった。

 

 両者は一歩も退かず、緊張は極限まで高まった。武力行使も辞さない姿勢を見せる大和と、徹底抗戦の構えの辰韓。そこに弁韓の盟主国、狗邪韓(くやかん)国が大和と同調する。

 元々韓の最南端に位置したために倭に近く、大陸の国の中でも最も大和と関係の深かった狗邪韓国。勃興した大和にいち早く恭順したこの国は、これを機に怨敵辰韓を討とうと図る。更には馬韓が勝ち馬に乗じようと参戦し、辰韓は数倍もの敵を相手することとなったのだ。

 

 結局、辰韓は衆寡敵せず敗北。斯蘆の新王は退位し、大和の息がかかった王が王位を取り戻した(・ ・ ・ ・ ・ )ことで、大和は弁辰二韓を勢力下に置いた。

 

 これにより、大和は東夷中最大の勢力を誇ることとなる。その大国が大国漢、その出先機関の公孫に傅いたことで、蜜月の二大国に挟まれた馬韓は恭順。三韓は完全に沈黙した。

 

 

 それ以来、大和は公孫氏と極めて友好的な関係にある。

 

 交易による利益は領土を潤し、大和が東夷諸国を抑えれば、それはそのまま大和が頭を垂れる公孫度の評価に繋がる。評判が高まれば中央の名士も登用しやすくなり、優れた人材を得ればより領土が発展する。

 

 対する大和も、未だ不足する物品を公孫度の口利きで融通して貰っている。特に馬は軍民共に必須だが、大和には生息しておらず、牧場も整ったとは言い難い現状大陸から輸入する外ない。

 その点遼東は良馬を産し、また北の騎馬民族とも交易があり、馬には事欠かない。他にも漢の権威や、『遼東太守の麾下である』という漢における身分保障は、大和にとって得難いものだった。

 

 かくして結び付きを強めた二国。大和は人質の意味を込めてか、表向きは兵力の供与として、自国の王女を一軍と共に遼東へ送った。その応対には壱与と歳も近い公孫恭が任され、自然二人は親交を結んだ。表向きは公孫恭の方が上位だが、二人とも対等な友人として付き合い、今では真名を交換するほどの仲となっている。

 

「ところで、ここにいるのは二人だけ? 難升米(なしめ)さんと狗古(クコ)さんは一緒じゃないの?」

「ああ、あの二人は今別の県に残してる。いくら黄巾から解放したとは言っても、私たちは漢人じゃないから」

 

 今回の出兵は、詰まるところ公孫の旗を掲げた大和の出兵に等しい。公孫恭が名目上総大将となってはいるが、彼に課せられた任は戦の指揮を執ることではない。

 異民族である大和と現地住人の仲を取り持ち、解放された地域の政全般を担い、大和軍の行動を最大限後援すること。言わば武官と文官の関係である。より大陸での権勢を盤石なものとすべく漢の本土で名声を得たい大和と、なるべく兵力を減ぜず領地を増やしたい公孫、双方の利害が一致した結果の措置だった。

 その公孫恭が青州に渡るまで、大和は万が一にも漢人の蜂起を防ぐため、有能な部下を押さえとして解放した各県に配していた。

 

「そっか、どうりで海賊が大人しい訳だよ。うん、なら僕も頑張らないと。早く面倒ごとを終わらせて、あの二人もこっちに呼び戻せるようにするよ」

「お願いするよ。難升米はともかく、狗古は主人に会えなくて淋しがってるだろうし」

「何ならお前も甘えてきていいんだぞ?」

「冗談は止してくれ」

 

 腕を広げて、さあ飛びついてこいとばかりに待ち構える卑弥弓呼。それをすげなく切って捨てて、本題に移る。

 

「では、公孫仲数将軍の到着を持ち、この城及び東莱群全域の統治権を移譲する。早馬を出し、急ぎ本件を他県にも伝えよ。……柳毅(りゅうき)殿」

「後のことは私にお任せあれ。菫様と積もる話も有りましょう、どうぞお気になさらず」

「ありがとう、爺や」

 

 柳毅と呼ばれた老爺が、壱与の宣言を受け直ちに全軍へ通達を出す。彼に任せておけば心配はいらないだろう。普段は頑固で過保護だが、こういう時には融通を利かせてくれるのが彼の良いところだった。

 

「柳の爺さんもああ言ってることだ。俺は兵士どもの面倒見てるから、お前らは休んでな」

 

 そう言い残し、卑弥弓呼も営舎の方へと去っていく。気付けばそこには、壱与と公孫恭の二人しか残っていなかった。

 

「それじゃ、私たちも行こうか」

「そうだね、あとで嫌ってほど働かされるんだし、今のうちに息抜きさせて貰おっか」

 

 笑い合い、公孫恭が壱与の手を取る。手をつないで歩く二人の姿は、可憐な少女たちの行楽にしか見えない。

 だが、今はそれで良い。青州だけではない。これから漢という国がどうなるのか。そして長く続くだろう混乱に、大和と遼東はどうするのか。黄巾の乱はその序章だ。だから今くらい。この時くらいは、こうしていても良いだろうと、そう、思った。

 

 

 

 




 投稿頻度は……ナオキです……。

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