真・恋姫†無双~日の本の恋姫~   作:ゲーター

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休日の雨ほんとすき
  
 


不屈

 

「……」

 

 横たわった体の重みが、いつもの何倍にも感じられる。

 視界は暗い。あてがわれた城の一室、上等な寝台に突っ伏して喋らない。傍らの気配にも応じずに、ふしゅー、とただ布に漉される息の音を聞いていた。

 

「……おい、いい加減に立ち直らんか」

 

 苦々しげな声。流行の胡座(イス)に陣取った狗古の声だ。

 

「兵らの前では隠しているとはいえ、総大将の貴様がその調子では士気に関わる。気を持ち直せ」

「……ぷしゅー」

「ぷしゅー、ではないわ! 主様にももう十分慰めていただいただろう。これ以上お手を煩わせるな」

「……まだ」

「ああ」

「っぐ、こやつめェ……」

 

 伏せたまま、いやいやをするように頭を横に振る。顔面が柔らかな布に擦られるのと同時に、後頭部を大きな手が撫でる。

 

「普段からこう、しおらしくしていれば可愛らしいものを。俺はいつでも構わんぞ」

「うるさい」

 

 鬱陶しい言葉を振り払う気力もない。

 こういうとき、癪だけど、本当に癪だけど、伯父上の存在がありがたい。手練手管には詳しくないけど、歴戦の好色漢である伯父上は、やっぱり何らかのスキルを持っているらしい。年上の血縁者なのもあるにせよ、頼れるというか、どこか寄りかかってしまう。とりあえず頭を撫でるのがすごく上手いので、今は飼い犬よろしく身を任せているのだ。

 

「ぐぬぬ……この泥棒猫めが」

 

 ねこでした。よろしくおねがいします。

 

「まったく、貴様にしろ難升米にしろどうしたというのだ!? 確かに曹操の実力は予想以上だった。一端を見たに過ぎぬとはいえ、あれほどの知恵と胆力を持ち合わせた人間はそうはいまい。

 だが、我等はヤツめに負けたわけではあるまい!? 彼方には地の利もあり情報網も盤石だ、端から不公平な条件だった。それに、そもそも我等は曹操と戦ったのではない。もとより戦うつもりならばもっと上手くやれたはずだ!」

 

 ……負け犬の遠吠えだ。

 

 狗古の言うとおり、私たちは曹操と戦って負けたわけじゃない。あくまでそれぞれ黄巾と戦ったのであって、その中で曹操は曹操の、私たちは私たちの目的を達成した。ここにおける敗者を敢えて挙げるなら、それは蜂起した黄巾たち。曹操も私たちも、お互いに勝ったと言える。この双方の間のみで言うのなら、これは「一本とられた」というのが当たるだろうか。

 

 その一本が、あまりに大きい。

 これは僥倖と思っていたものが、全て相手の手の平の上だった。手玉にとられた。戦うつもりで来ていれば、確かにここまで簡単に転がされはしなかった。けれど、最後には転がされていたんじゃないか?

 ……ああ、もう。良くも悪くも、今まで大陸でも相手を圧倒し続けたことが響いている。どこか、大陸後漢なにするものぞ、と侮っていたのだろう。ここにきて初めて圧倒された衝撃に、打ち拉がれている。

 

 もぞもぞ頭をずらし、横目に部屋の隅を見れば、うなだれて徳利に果汁を垂らす難升米がいる。

 自棄酒する難升米なんて、初めて見た。あれは間違いなく狗古の徳利だけど、流石に狗古も黙認しているようだ。ちょっと涙目だけど。

 

「と言うか、難升米はともかく貴様は何故そう落ち込んでいるのだ。元々あんなに褒め称えていた相手なのだ、心酔するならともかく、こうも塞ぎ込む理由はないだろう」

「そりゃま、尊敬してるけどさぁ……」

 

 尊敬するのと自尊心は別だ。私以外にならどれだけ圧勝してもいいけど、私に対しては負けないまでも数発食らってほしい。他とは違うって一目置いてほしい。この曹操の目を以てしても見抜けなかったって言わしめたいのだ。

 

「まあそう言うな。狗古、お前も俺の予想の範囲より、驚くくらいの働きをしたいと思うだろう?」

「むぅ、それは、確かに」

「それと同じだ。今まで上手くいっていた分、曹操にもあっと言わせるくらいの気でいたのが外れて、挫折感を味わってるんだろう」

「言われてみれば、私も主様に喜んでいただけると思っていたことが上手くいかなかったとあれば心が沈んでしまいます……なるほど、流石主様」

「……それさ、本人のいないとこで言わない?」

「生憎、今は愛撫を仰せつかっていて動けんからな」

「ああ言えばこう言う」

 

 へらず口め。言葉攻めしてる暇があったら手を動かしてっての。

 

「しかし、実際このままでは拙いんだろう? 天下はこんな状況だからな。ささやかではあるが、今夜は歓迎の宴を催してくれるそうだ。厚く遇してくる相手にこんな様を見せては失望されるぞ」

「わかってるよぉ……」

 

 聞いたところだと、官軍の付き添いで陳留を空けていた部隊もじきに戻ってくるらしい。数日前から私たちを微塵も気にすることなく、最短経路で走ってきているそうだ。

 その帰還組も合わせて、互いに幹部格フルメンバーで語らおうという段取りになっている。まだ夜まで時間はあるけど、宴の席で、その勢揃いした面々相手に沈鬱な顔は見せられない。それまでに復活しないと……。

 

「……重傷ですな、これは」

「やれやれ。壱与といい難升米といい、存外打たれ弱いものだな。負けているのが気になるのなら、勝てばいいだろう」

「簡単に言わないでよ……。その勝つのが難しいから悩んでるんじゃん。しかも次の戦場はいつになるかなんてわかんないし」

「それなら、今夜勝てばいい」

「は、今夜ぁ?」

 

 何言ってんの、と言おうとした口は開けなかった。

 揺れる視界。服越しに伝わる人肌。予想外も予想外、急な体勢の変化に理解が追い付かない。

 「へっ?」と間抜けな声を漏らし、温もりの中で呆けてしまう。

 なんだかやけに顔が近い。泳ぐ視線が事態を把握する前に、ぽん、と頭に乗せられた手の感触に、ようやく抱き起こされたのだと悟った。

 

「これで、俺はお前に勝ったな」

「~~っ!?」

 

 ぎゅうと抱きすくめられる。身長差のせいで、私の顔は厚い胸板に押し当てられる形になる。湯浴みの後とはいえ、逞しい男の肌の匂いが鼻孔をくすぐる。

 えっ、ちょっと、何コレ。こんなの聞いてないんだけど。口説くような真似は何度もしてきたけど、こんな直接的なのは今までなかった。

 混乱する頭を撫でる手が心地良い。背中に回された腕が頼もしい。身を預ける胸に、今世では──いや、前世でも感じたことのない、大きな力に護られているという安心感を覚える。

 

「っ、このっ、離せ!」

「おっと」

 

 なんとか正気に戻ってすぐ、じたばたと手で押しのければ、元々力を込めてなかったのか簡単に振り解けた。

 いきなりのことに動悸が激しく打っている。狗古の歯軋りをかき消すくらい、心臓の音が響いていた。

 

「なっ、なな、何すんのさ!?」

「何と言われても、ただ抱いただけだが」

「だからなんで今それをしたかって聞いてんの!」

「言っただろう。勝てばいい、と」

 

 意味がわからない。羞恥と怒りで火照った頭で、色狂いの言葉なんかに理解しようとすることが間違いなのか。 

 上気した頬を撫でようとする手をはたき落とすと、やれやれ、とばかりに引っ込める。

 

「なにも戦や策謀での勝利に拘る必要はないだろう。要は、連中に驚嘆の声を上げさせればいいのだからな」

 

 そう言うと伯父上は、隅でひたすら果汁を搾っていた難升米から徳利と果物を毟り取った。

 生気のない視線を意にも介さず、気取ったようでいて鼻につかない態度で、演説でもするかのように語りだした。

 

「宴の席で挑める勝負は限られているが……幸い、ここの四人はそれらを得手としている」

 

 宴席にあるものは何か。

 それは主に、酒と、料理と、見世物だ。それらを勝負に落とし込めば、自然と役は決まる。

 言って二つを手の中で転がす。

  

「酒に強いことは一つの力だ。料理ができるのは差配の才能だ。そして武力は分かり易く、確かな誉れとして受け止められる」

 

 徳利は狗古に、果物は難升米にそれぞれ渡し直すと、自分は腰の剣を手に取った。 

 

「狗古は飲み比べ。難升米は菓子作り。俺は試合。今夜それぞれが曹操陣営を唸らせてやればいい。もとより曹操とは矛を交える気はないはずだろう? ならばいつ来るとも分からない砂塗れの戦場を待つより、和やかなここでまず勝利する方がよっぽど賢明だと思うがな」

 

 戦働きでも、智恵比べでもなく、余興のような事柄で勝ちを狙う。

 

「……そんなので、曹操は私たちを認める?」

「あの少女が戦狂いでないならな。お前の敬愛する曹孟徳は、風情も解せぬ蛮人なのか?」

 

 今は勝てない。なら、他のことで勝ってみせればいい。

 まるで保健の教科書に出てきそうな言葉。開き直ったかのようなその言葉に、呆れると同時、なんだか……胸のつかえが取れるような気がした。

 

「……本当は戦友として力を見せつけたいんだけどね。ま、落ち込んでるよりかはずっと良いか」

 

 言いながら、私物と言うには大きすぎる荷物を開く。このちっぽけな荷物の中に、今世で私の成してきたことの証が詰め込まれているのだ。

 

「難升米!」

「お側に」

 

 いつの間に隣にいたのだろう。さっきまでの陰鬱具合はどこへやら、いつもの柔和な表情の、けれどさっきの戦闘よりも熱意に満ちた面持ちで、難升米は綺麗に頭を垂れる。

 

「今すぐ厨房に行って飛びっきりのお菓子を作っといて。ここの材料も氷室も出し惜しみはしない。お金にも糸目は付けないから、持てる力を振り絞ってきて」

「承知いたしました」

 

 重たげな荷物を携えて颯爽と消える。そこには陰気も酔いも有りはしない。……うん、あの調子なら大丈夫かな。

 

「狗古!」

「ふん」

 

 不満そうに果汁100%の徳利を傾けながら、胡座からゆるりと腰を浮かす。

 

「私のとっておきの蒸留酒、ここの全部持ってって。濁り酒しか知らない連中を、全員潰すつもりで呑んできて」

「蛇巫をなんと心得る。蟒蛇が負けては一族の名折れよ」

 

 銚子を振り振り、赤い舌を這わせてぎろりと笑う。

 ちょっと物言いたげに伯父上を見たあと、山ほどのお酒を抱えて出て行った。

 

「伯父上!」

「ああ」

 

 こうして見ると、やっぱり頼もしい体をしてる。ゴリまでいかないけど、細マッチョだのと嘯いてる連中よりもずぅっと引き締まった肉体。前世の私とは大違いだ。

 

「礼は言わないよ。狗古もなんだかんだで気遣ってくれたし、難升米は波才の首を取った」

「冷たいな。戦場でもここでも色々と気を回していたんだが」

「さっきので差引ナシ。本当にびっくりしたんだから」

「手厳しいことだ」

 

 軽口を叩きながらも眼は真剣だ。自分の武に自信を持ち、例えば誰が相手でも破ってみせると気概を込めたその瞳。しっかと見据え、ドンと胸板に拳を当てる。

 

「勝ってよ」

「了解した」

 

 気障ったらしく部屋を後にした伯父上。誰もいなくなった部屋の中、もう見えないその背中に向けて、小声でこっそり言葉をこぼした。

 





毎日更新とかどうやったら続けられるんですかね……
チカレタ…

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