真・恋姫†無双~日の本の恋姫~   作:ゲーター

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そろそろ夏休みなので初登校です

  


対面

     

     

 大和に強者は数あれど、鉾の扱いで己の右出る者はいない。難升米にはその自負があり、同時にそれは事実でもあった。

 狗奴と辰韓でも、彼は別に軍師として戦ってきたわけではない。大和の上級貴族である彼には領地が有り、私兵が有る。その子飼の兵たちを引き連れて、こうして戦場を駆けることこそが本領なのだ。

 

「てっ、敵襲だあぁ!」

 

 叫ぶ敵兵を横薙ぎ一閃。どよめく敵の直中に飛び込むと、正面の兵の胸を突き、引き戻す力をそのままに、石突で背後の顔を穿ち抜く。咄嗟に構えた相手の足を斬り捨てると、するりと持ち手を先端近くに滑らせて小刀の様に密着した首を掻き切った。

 円形にばたりばたりと崩れる体。その中心でにこりと笑うと、

 

「次はどなた?」

 

 と微笑みかけた。

 

 それを合図に、部下が黄巾に攻め掛かった。今にも騎馬隊が現れやしないかと脅えていた雑兵たちが、我先にと騎馬隊の攻め寄せる方へ逃げていく。

 前の仲間を押し、蹴飛ばし、倒れた者は踏み越して。恐慌が伝播する中、難升米たちは逃げる背中を斬れば良かった。

 

「狙い通りにいったな」

「ええ。元々士気の下がった状態だったのであっさり効きました」

 

 卑弥弓呼の言葉に事も無げに返す。実際ここまで出来上がった場で上手くいかない筈もないのだが、場合によってはもう一手間と考えていた分拍子抜けの感はある。ただそのおかげで、隊に一切の被害無く「追撃戦」に持ち込むことができた。

 

「敵は自壊しながら夏候惇の騎馬隊に向かっています。とにかく間断無く追い立て続け、敵の首領を探してください。首を曹操への土産にします」

「承知した」

 

 両刃剣を手に去っていく卑弥弓呼。率いる狗奴兵も後に続いて、周囲が少しだけ静かになる。

 

 ……誰もいない。

 

 いそいそと懐をまさぐり出す難升米。ややあって抜き出したその手には、つやつやと光る橘の実が握られていた。

 

「では」

 

 誰はばかることなくその実をかじる。瞬間、口に爽やかな酸味と甘味が広がり、昂ぶった頭が冴えていく。

 大和に自生するものより甘く、生食に足る味わい。これは元々、難升米が大陸より持ち帰ったものだ。

 大和の橘は酸味が些か強く、蜂蜜漬けにするなどしないと食べづらい。それはそれで美味であるが、瑞々しい果物を生で食する快感も捨てがたい。特に喉がひりつき渇く戦場ではなおさらである。事実、彼の小遣いの殆どが新鮮な果実に変わっている。

 ……これのせいで難升米は狗古智卑狗の酒を強く言えないのだが、酔わないだけ自分の方が真っ当だと思うことにしている。

 

 果汁滴る実を余すところなく貪ると、残った種と皮を投げ捨てる。

 ああ、この感覚だ。姫の言う「トウブン」が脳に行き渡り、なんとなく胸中に渦巻いていたなにかを洗い流していく。それが何なのかは分からないが、暫くは悩まされずに済みそうだ。

 

 

 押し合いへし合いしながら逃げる黄巾に、時に分け入り、時に突っ込みながら頭を捜す。雑兵は既に抵抗する意志もなく、ひたすら死から逃れようと走っている。

 手慰みに鉾を振るえば、黄色い布が赤く染まって土に塗れる。悲鳴を上げて惑う敵兵。人の波を読み、石を投じて反響を確かめつつ、そうして羊飼いの犬を気取っていると──

 

「アレですね」

 

 蚊柱の中、やけに色の濃いところが有るような。難升米はそれに似たものを感じ取った。

 黄巾旗のうち、少しだけ立派なものを掲げた箇所。そこにある人の層が、他と比べて厚い。進みが遅い。まるで、何か大きな存在を抱えているかのように。

 

「各員に伝達。目標は正面の黄巾旗ただ一つ。他は捨て置き、全力を以て首領を討ち取りなさい」

 

 指示を受け、面となって広く展開していた兵たちが結束していく。状況を把握した卑弥弓呼たちも、難升米の部隊に合わせて固まっていた。列を成した彼等の突撃は一本の鉾の様に戦線深くまで突き刺さり、容易く黄巾旗までの道を斬り開いていった。

 

「畜生!陳留は今手薄じゃなかったのかよ!?」

「話が違うじゃねえか!?途中で東の連中が援軍に来るはずだろう!」

「もう駄目だぁ、波才様の作成が見破られてたんだ!」

 

 指揮の中枢に近づいたからか。逃げ惑いながら上げる悲鳴に、連中の内情が混じるようになった。

 駆けながら拾い集めたそれらを纏めてみる。陳留が手薄。確かに、本拠地の眼前に攻め込まれたにしては繰り出した戦力が少ない。有能な人材の豊富さが強みの曹操にしては、二枚看板の一方と自らの二人しか将を差し向けないのは不自然である。実際それで不足はないだろうが……よもや曹操の油断でもあるまいと思っていたが、成る程どうやら将軍の一部を余所へ派遣しているらしい。州内で噂を耳にしなかったことから、おそらくは他州。すぐには戻ってこられない場所だ。そこを嗅ぎ付けた黄巾が、曹操に感づかれないぎりぎりでなんとか兵を起こしたのだろう。あるいは感づかれたから一か八か打って出たのかもしれないが。

 どちらにせよ、黄巾は曹操に攻撃した。率いるのは、南方で曹操に散々に打ち負かされた……曹操の取り逃がした、波才。黄巾頭目としてだけでなく、そういった意味でも価値のある首だ。おまけにその企みの一部を崩したのが大和となれば──。

 

 この状況、思ったよりも大和にとって好ましい。

 

 これは使える、と思う。既に援軍たる、という目的は達成しているが、ここで更に敵将波才の首を取れば、単なる助太刀以上に曹操へ恩を売ることができるだろう。

 

「いいですね」

 

 知らず知らずの内に吊り上がった口角を誤魔化すように、難升米は構えた鉾を思い切り突き出した。醜く肉の抉れた人間が倒れていく。

 一歩踏み込みもう一度。背中から前の奴の背中が覗く。

 更に進んでもう一度。ちぎれ飛んだ手が旗に当たる。縋るように張り付いたあと、ぼとりとずり落ちる。

 頭の上に乗っかったそれをつまみ上げ、男は怪訝そうな表情を驚愕に染めた。

 

「おっ、おい! 来てる、来てるって!! 早く止めろはやく!」

 

 仄かに上等そうな剣を持った男が半狂乱になって喚く。周りの兵たちが震えながらも指示に従い向かってくる。どうやら、こいつがこの集団の長で間違いないらしい。

 

「あなた方に恨みは有りませんが」

 

 ほわりと微笑み鉾を一振り。

 

「我々にとって、あなたの首は実に魅力的なのです」

 

 乙女なら思わず見惚れてしまいそうな笑顔が、同じ男でも照れてしまう単語が、こんなにも肝を縮ませるものだとは知らなかっただろう。目の前に転がる真新しい骸を見つめ、波才は引きつった笑みを浮かべる。

 

「な゛」

 

 潰れたヒキガエルよりも下品な音が出た。間近に迫った死の気配に、体中の水が全て脂汗となって抜け出てしまったのだろうか。喉が張り付き声がしゃがれる。それでもなんとか絞り出した唾液で喉を開けると、もう一度口を開く。

 

「なあ、あんた、見逃しちゃあくれねえか……?」

 

 ひくつく口角。浅ましく下卑た表情。対照的に穏やかな顔で、難升米はにっこり笑って首を振った。

 

「承知しかねます」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 戦闘が終わったのは、難升米が波才を討ち取った名乗りを上げてすぐのことだった。

 

 高々と掲げられた鉾は遠くからでもよく見えた。陽光に煌めく穂先には首級が晒され、それを目にしたことで元々崩壊寸前だった士気がついに折れたらしい。黄巾は武器を捨て、皆投降していった。

 視線を向けると、うなだれて連行されて行く捕虜たちが見える。この時代だから投降したからって死なないとは限らないけど、流石に全員処刑てことはないだろうから、上の幾人かを斬ってあとは取り込むんじゃないだろうか。この時代は人口イコール国力だし。曹操は後々屯田とか始めるから丁度良いんじゃないかな。

 

 そう、そして、曹操! 今私は曹操本陣に向けて歩いている。共連れはいつもの三人。物々しい雰囲気の兗州兵が周囲を取り囲んでいるけど、その視線もまるで気にならない。

 なんて言ったって、ついに、あの、覇王曹操と会うんだから! 周りの視線なんか、むしろこっちの偉容を見せ付けるいい機会。三人は言わずもがな、私だって何度も修羅場を潜り抜けてきた自負がある。万に一つも無いだろうけど、もし害を為そうとしたら兵卒くらい容易くぶっ飛ばして戻れるんだから余裕たっぷりでいればいいのだ。

 それに、今回私たち大活躍したし! 妙に意気込んでいた難升米は伯父上の援助のもと、一直線に敵陣へ突入。曹操より前に敵将、それも黄巾ではビッグネームの波才を打ち取ってみせるという大金星を揚げた。後ろで私と狗古が通せんぼしてたおかげで逃亡兵も出ず、この戦場の黄巾は完全に一網打尽になった形だ。敵が頼みにしていた援軍も、私たちが道すがら討伐してたせいで誰一人来ませんでしたし。

 おまけに、陳留は所用で人員が抜けていたらしい。多分南から冀州へ向かう官軍の案内役だと思う。官軍は位だけは高いから無碍にできないし。

 

 そんな幸運もあって、私たちは

 

『戦力の減ったタイミングで現れた敵の目論見を潰し、敵将を討ち取って一人の逃亡も出さなかった』

 

 というメインミッションどころか全サブミッションクリア並の戦果を上げられたのだ。いやー、これはもう曹操が駆け寄って感激するレベル。史実曹操は結構やってるし私も抱き付かれちゃうかもなーどうしよっかなー。こんなん余裕ぶっこかない方が無理ッスわ。

 

 いやー余裕余裕。余裕…よ、よゆー……。

 

 すたと足を止める。うん、ここがラインだ。ここから一歩でも足を運べば、その場で私を唐竹割りにできる。前に立つ三人のうち、背の高い黒髪の女性から、そういう気迫を感じた。

 

 そして、それ以上に。ここから先に入れば──「呑まれる」。

 私だって何度も戦場に立って、命のやり取りだって何度もしてる。朝廷の権力争いだって経験してるし、相手の気迫なんていくらでも浴びてる。

 それでも、尚。

 巫女としての立場も、将軍としての経験も、今までやってきたことへの自信も。

 それら全てが剥がれ落ちてしまう。継ぎ接ぎだらけの為政者の仮面が砕かれてしまう。ただのつまらない凡人の顔がさらけ出され、目の前の少女に完全に屈服してしまう。それだけの覇気を、彼女は放っていた。

 

「──お初にお目にかかります、兗州刺史殿。私は東方海中の大和の巫女、豊鍬入姫と申す者。此度は名君との呼び声高い曹孟徳殿に御拝謁いただき、まこと光栄の至り」

 

 一息に言って、礼をする。噛まなかったのが不思議なくらいだ。心臓はばくばくいってて脂汗が滲んでくる。

 いやーキツいッス(素)。ったくもう、何が余裕だっての。既にぎりぎりにまで追い込まれて、虚勢を張るのが精一杯じゃん。

 

 視線を外せたのが幸いに思える。

 まず、率直に言って、美しいのだ。

 金烏の羽毛のような金糸の髪。青い瞳は宝石みたいに煌めき、白く滑らかな肌は戦場においても一片の汚れも知らない。まさしく人形……いや、あの璧に宿る精霊とでも言う方が相応しい。視界に入れているだけで、頭の中を占領されてしまいそうだ。

 

「顔を上げなさい、豊鍬入姫」

 

 鈴の音よりもずっと綺麗な声。従って再び面と向かえば、曹操は少しだけ微笑んで私を見ていた。

 

「まずは今回の加勢、感謝するわ。公孫恭からの文で事情は知っているし、賊から何度か我が領民を守ってくれたことも聞き及んでいます。加えて、我等が豫州で逃した波才を討ち取ってみせたその力量……流石は遼東太守の切り札ね」

「もったいなきお言葉です。しかし我々は壊滅寸前の黄巾の後ろを塞いだに過ぎません。我々が手を出さずとも、きっと夏候将軍が敵将を討ち取られたことでしょう」

「あら、謙遜は美徳と言うけれど、あなたたちは寧ろ戦果を呼号しなければならないのではなくて?」

「我々は漢室への忠孝と友誼ある遼東太守殿の依頼により、民を苦しめる賊徒の鎮圧に微力ながら協力いたしているまでのこと。どうして壮語することなどありましょうか」

 

 いいえ本当はその通りで能力アピールの為だけに来てるんですけどね。実力に加えて中華の王朝に忠実で礼儀正しく文明的な民族ですってイメージを浸透させるのが目的だし。

 さり気なく持ち上げたら得意気になったそこの夏候惇さんみたいに誇れたらいいんだけどね。でも本音と建て前って大事なのよね。ちやほやされたくてヒーローになった奴も、それを隠してりゃ傍目には下心ゼロの正義の味方なんだから。

 特に異民族の私たちは、間違っても欲深いなんて思われちゃあいけない。中華目線じゃ異民族なんて世紀末のヒャッハー同然。一度悪印象が入ればそれ見たことかとレッテル貼られるに決まってるんだから。実際青州でも官僚を中心に反発があるし。住民は賊から守ってればそのうち打ち解けられるんだけどね。

 

「ふふ、まあいいわ。でも、貴方たちが喧伝しなくとも、精強にして忠勇、遼東の倭兵と言えば既に中央ではちょっとした噂よ。それに、今回の戦で私たちは噂が真実であることを知った。いえ、私たちの思っていた以上の働きをしてくれたわ。そうでしょう、桂花?」

「はい。黄巾の後背を遮り逃走を防いでくれればと考えていましたが……まだ黄巾が逃げ出す前に戦場に現れ、我等より先に敵将を討ち、予定よりも早く戦闘を終わらせることができました」

 

 曹操の傍らに立つ、猫耳みたいなフードの少女が言う。どう見ても武人とは思えない彼女が何者なのか。それは、傷の一つもない華奢な手よりも、その添えた口から語られた。

 予想、予定。つまり、前々から考えていたということ。……って、おいおい、マジかよ。全部手のひらの上だったってわけか。 

 

「成る程。名高き刺史殿のお膝元で何故黄巾が蜂起できたか疑問でしたが……端から、全て計画通りと」

「貴方たちの祖国は大陸から遠く、漢で不逞を働いても損なだけ。関係の深い公孫度の為にも、自らの能力と清廉さを披露して信用を得ることが最も有意義で、尚且つそれができる才能がある。そして、官軍の付き添いで戦力が抜けたのを狙って、私に恨みのある波才は必ず蜂起する。そこに出会せば貴方たちが素通りする理由はどこにも無いでしょう?」

 

 隠していたわけじゃあない。青州でも綺麗事だけ掲げて賊退治に励んでいた。それに私たちに限らず、信用と美名を得ることは有益なのだから、上辺はどうあれ誰でも思いつくことだ。

 だけど、素姓もはっきり知れない蛮族が本当に略奪のひとつもしないと信じられる人間が、今の中華にどれほどいるだろう。漢人ですら私怨や私欲で他領を襲う時代、異民族が領地に踏み入ってきたのを監視役も出さずに待ち構え、味方として戦闘に参加させるなんて、余程の自信がなければできるもんか。

 

「思えば州境を越えてより、此処に至るまで陳留からの兵も伝令もありませんでした。刺史殿の精強なる軍勢のこと、各地を転戦されておいでかと得心しておりましたが……まさか全てを見通された上でのことであったとは。いやはや、誠ご慧眼でありますなぁ」

「世辞はいらないわ。今は素直に、私からの評価を受け取っておきなさい」

 

 結局のところ、私たちが手に入れたと思っていた手札は、全部相手の手の内にあった。

 全て予想の上。

 今回私たちが得たものは、曹操からの好評と、実力への信用。ぬか喜びを挟んだとは言え、当初の目的は達成したと言えるだろう。

 

「今日は陳留に入るといいわ。ちょうど新設したばかりの兵舎が空いているし、城の客間も既に整えてある。……今夜は、将兵ともに友誼を深めましょう?」

「……御厚意、痛み入ります」

 

 損害は軽微。目的は達成。明らかな勝利と言えるはずだ。

 それなのに、賓客として迎えられた私たちに、勝利の高揚は有りはしなかった。あるのは悔しさと、初めて触れた大陸有数の傑物への驚嘆。どこか下を向いての行進は足音さえも頼りなく、陳留軍の後に続いて歩む中、傍らで果実を噛む音だけが耳に残っていた。

 

 

 

 

 




(半年かけたけど推敲はまるでして)ないです
期間空けまくりながら書いてたから文章がつぎはぎみたいになってるけどゆるして

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