「菫様、吉報にございます。大和軍が遂に済南を解放したとの報告が入っております」
──大和軍、青州西端に到達。
当利城の執務室でその報告を聞き、公孫恭は顔を綻ばせた。
「そっか。東莱から城陽、済、楽安と来て、もう済南なんだね。早いなぁ」
「孔文挙殿の北海郡を除けば、州一つを二月と経たずに制覇したことになりますな」
黄巾党の蜂起より早幾月。圧倒的な兵力を以て猛威を振るったその勢いも、そろそろ翳りを見せつつある。
そもそも、漢のほぼ全域で発生した黄巾軍には、大きく分けて三つの主力があった。
一つは、豫州潁川の波才率いる軍。
兵力差があったにせよ、朝廷の送り出した勇将朱雋を破った実績がある。
一つは荊州南陽の張曼成麾下の軍。
趙弘・韓忠・孫夏ら忠実な側近を引き連れ南陽太守を討ち取り、自らを神上使と称すると宛に確固たる拠点を築いた。
そして、冀州鉅鹿の黄巾党首魁。大賢良師、太平道人、天公将軍。漢に弓引いた反乱の統率者、張角を戴く黄巾本軍。
本人の力は未知数なれど、彼を慕う信奉者達が結集した軍勢は、黄巾の名を借りた賊紛いの連中とは一線を画す。
この三軍が各地の司令塔となり、広い漢全体に広がった黄巾党を指揮していたのだ。
しかし、地方の豪族や名士達が立ち上がり、草の根的にその勢力は殺がれつつある。
いくら数が多いと言っても、所詮は訓練も碌に受けたことのない食い詰めた農民の寄せ集め。統率された軍に順次各個撃破され、正しく溶けるように兵力を減じ始めていた。
末端だけではない。主要三軍にも暗雲が立ち込める。
まず最初に波才が敗れた。追い詰めた筈の朱雋・皇甫嵩軍の火計に遭い、慌てて逃げ出した先には遠征に来た曹操が待ち構えていたのだ。
待ち伏せと追撃によって散々に食い破られ、軍は崩壊。波才は僅かな兵と共に落ち延びたと言う。今では豫州刺史王允も加わり掃討戦が始まっている。
南陽・鉅鹿にも危機が迫っている。各地の軍勢が敗れたことで、未だ反抗を続ける党の者達もただの盗賊程度にまでその規模を縮小。これにより官軍はいよいよ根元を断ちに動き始めた。
南陽では波才を破った朱雋が、新たな南陽太守らを引き連れ宛を包囲。援軍の見込み薄い中、南陽黄巾軍は決死の籠城戦を繰り広げている。
同じく冀州鉅鹿には、官軍の名将盧植が迫る。敗戦続きの黄巾に、連戦連勝の彼女らを止められる力は既に無く、近々冀州入りを果たす盧植軍が鉅鹿を囲むのは時間の問題だった。
「もう各地でも黄巾は劣勢らしいけど、僕たちもその一翼を担ってたよね?」
「無論ですとも。青州では他の州より太守や県令ら指導者層が被害を受けておりました。もし我等が救援に赴かねば、青州は第四の拠点として黄巾が蔓延ったことでしょう」
「良かった。じゃあ僕たちは青州の人たちを助けられたんだ」
「ええ、ええ。青州どころか、隣接した州の民をも救ったと言えるでしょう」
柳毅の言う通り、その
これだけ多くの黄巾軍を生み出した責がありながら、州都の斉郡臨朐県から早々に北海郡へ逃げ込んだ刺史焦和。怯えて部屋から出ようともしない彼に代わり、否応無く太守と刺史の仕事を兼任させられる孔融の心労はいかばかりか。
黄巾の本質が困窮した民草である以上、これからも蜂起は続くだろう。解放したと言っても未だ残党は山野に潜み、新参を加えて再起する可能性は否めない。
「それを防ぐのが、僕の仕事だ」
──自分は青州刺史の二の轍は踏まない。
そう心に決め、公孫恭は独り語ちる。青い熱意に燃える主の姿に、柳毅は眼を細めた。
「して、菫様。大和軍は今後兗州に向かうとのこと。また補給線の構築をせねばなりませぬぞ」
「うっ、そ、それは今までのをまた伸ばして……」
「州境を跨ぐのです。名君と名高い曹兗州刺史なら申し出を無碍にもしますまいが、越境の挨拶や活動の許可を求めねばなりませぬ。それにいい加減補給線も長くなり申した。あわよくば向こうで融通を効かせて貰えるよう、一筆
「そ、そうだね。じゃあ早速……」
「他にも! 青州から大和軍が出るということはその穴を我等の兵で埋める必要があるということです。依然反抗の芽は残っている中、いざという時に備えなければなりませぬぞ。遼東の兵だけでは領民も不安を抱きましょう、その地の者を徴用し、北海殿の兵も借り受けられるよう交渉いたさねばならぬのです」
「うっ、うぅ~」
先ほどの決意はどこへやら、机に突っ伏し頭を抱える主をせっつき、柳毅は容赦なく書類を山と積んでいくのだった。
二千未満!?こんな長い期間空けて二千文字未満とかつっかえんわ~ほんまつっかえ!って兄貴達、大変もしゃもしゃせん。