真剣で武神の姉に恋しなさい!   作:炎狼

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一週間ぶりの更新となります
ではどうぞー


追憶

 川神千李という人物は今をみれば昔もこのような性格だったのではないかと言うことがうかがえる。しかし、彼女の幼少期と言うものはとても人に言えたようなものではなかった。

 

 現在から遡りおよそ12年前、千李がまだ小学校にも通っていなかった時。

 

 今から始まるのは千李の過去の話である――――

 

 

 

 

「そこまで!勝負あり!!――勝者川神千李!!」

 

 川神院に響いたのは鉄心の声だった。その視線の先には川神院の修行僧とは違う、所謂挑戦者が伸びていた。男の近くにいるのは黒髪をたなびかせている千李の姿があった。

 

「ようやった千李。もう降りてよいぞ」

 

 試合を終えた千李に鉄心がいたわりの声をかけるが、千李はそれを無視し男の喉笛を掴むと片手で持ち上げ、力をこめ始めた。それにより男は苦しそうにもがき始めるが千李は見えていないかのように力を緩めることをしなかった。それどころか手にどんどんと力がこめられているようだった。

 

「やめろ!千李!!」

 

「……」

 

 あわてた様子の鉄心の声にも千李は耳を貸さず力を緩めない。

 

 ――――いかん。あのままでは!!

 

 鉄心は一息で千李の下へ行くと、千李が掴みあげていた男を救出する。男は失神していたものの何とか無事のようだ。

 

「なにすんだよクソジジイ。せっかくたのしいところだったのに」

 

「楽しいじゃと……?」

 

「ああ……。死ぬか生きるかギリギリのところでとめようと思ってたのに、失敗しちゃったじゃねーか」

 

 冷笑を浮かべながら言う千李に鉄心は恐怖を覚えた。なにせ発せられている気が人のそれとはまったく違うようなものだったのだ。それはまるで巨大な闇の奔流があたりを包むような感覚だった。

 

 それに当てられたのか周りにいた修行僧の数名が膝を突き次々に倒れ付していく。

 

「あーらら、こんなんも耐えられないのかよ?もうちょっと鍛えた方がいいと思うぜーお前らー」

 

 周りが倒れ付していくのに対し千李はケタケタと笑う。その様子に立っていたものでさえその顔を蒼白に染め上げる。

 

「そんなに戦いてーなら俺が相手してやるぜ千李?」

 

 だが1人の男が千李の気の本流をものともせずにやってきた。

 

「釈迦堂さん……いいですよ。じゃあおねがいします」

 

「おう。かかってこいや」

 

 身構える二人だがそこに鉄心が割ってはいる。二人は怪訝そうな顔をするが鉄心は強めに告げた。

 

「そこまでにしておけよお主等。怪我をしとうなければの」

 

 言葉に反応してか釈迦堂は後ろに一歩引くが、千李は逆に恍惚とした表情をしていた。

 

「やっとその気になったかジジイ。……じゃあやろうぜ」

 

「やるかバカもん。少しは頭を冷して来い」

 

 呆れ顔で言いながら鉄心は千李から離れ本堂の中に消えていった。それに唖然とする千李だがしばらくすると舌打ちしながら姿を消した。

 

 千李が姿を消したすぐ後に百代がやってきた。

 

「あれ?姉さんは?さっきまでいたよな釈迦堂さん」

 

「ああ。いたけどな今消えちまったよ」

 

「ちぇー。相手してもらおーと思ったのになー」

 

 心底残念そうな百代は少しむくれる。するとむくれ顔の百代の肩に釈迦堂が手を置き告げる。

 

「まぁアイツの行くところなんて毎回同じだろうぜ。百代お前言ってこいよ。もしかしたらやりあえるかもしれねーぜ?」

 

「そうか川原だな!じゃあ行って来る!ありがとうな釈迦堂さん」

 

 駆けて行く百代を見送る釈迦堂に後ろから声をかける者がいた。

 

「釈迦堂!また百代を止めなかったネ!?」

 

 声をかけてきたのはルーだった。切迫した様子で釈迦堂に迫るルーだったが釈迦堂はそれを気にした様子もなく軽く流した。

 

「仕方ねーだろ?百代が千李と戦いたかったって言うんだからよ。それにあいつらは姉妹だぜ?間違いなんかおきやしねーよ」

 

「それはそうかもしれないけどネ……。まぁ千李も百代には甘いから大丈夫だとは思うケド」

 

 思うことがあるのか少し顔をしかめながら様子でルーは百代が駆けて行った方角を見つめた。

 

 

 

 千李は川原に1人寝転がっていた。その顔は不満に染まっている。おそらく先ほどの戦いのことだろう。

 

「くそったれ……弱いやつらばっかでつまらないったらありゃしねー。もっとこう手ごたえのあるやつはいねーのかっての」

 

 手を閉じたり開いたりしながら千李はつぶやくものの当たり前のようにそれに答えるものは誰一人存在しない。季節は夏なのに先ほどから千李の周りではセミすらも鳴かない。それだけ千李の力が強すぎるのだろう。

 

 だがふと千李の顔が歪んだ。

 

 そして千李はある一点に目を向ける。

 

「なんのようだ……大人数でぞろぞろと」

 

 視線の先にいたのは男性の10人ほどのグループだった。しかし不良と言う感じはしないものの彼らからは確かな怒りの感情が感じられた。

 

 すると真ん中にいた1人が千李に怒声を浴びせた。

 

「川神千李!私達を覚えているかぁ!!!」

 

 顔を怒りにゆがめながら男は怒鳴り声を上げ千李を威嚇するが、彼女はそれをものともせずに受け流す。

 

「誰お前ら?」

 

 立ち上がり背中についたごみを落としながら千李は再度男達に向き直るものの、その目は相手を見下した目だった。

 

「我らを忘れているだと!?貴様に入れられたこの傷の恨みは私は忘れたことはないというのに……貴様はあああああ!!!」

 

 男は激昂するものの千李は相変わらず軽く身構えている。いや、身構えてさえいないかもしれない。そして千李は男達の顔や手足などを軽く一瞥する。

 

 確かに彼らの体のいたるところにまるで刀で切られたような傷がついている。一番目立つところに傷があるのは先ほど千李に怒声をあげた中心の男性だった。男の顔には右上のでこのあたりから斜めに傷が刻まれている。

 

「あー……そういうことか。お前らあれだな、私に挑戦してきたけど見事に返り討ちにあったやつらの集まりってわけだ」

 

 嘲笑うかのように千李が告げると男達は怒りを隠すことをせず口々に罵声を浴びせる。中には「殺せ」や「死ね」などのひどいものも多いがそれを聞いた千李は思わず吹き出してしまった。

 

「な、何がおかしいのだ!?」

 

 突然吹き出した千李に男達は少したじろぐ。

 

 すると千李はひとしきり笑い終え男達を見据える。

 

「おかしいも何も、お前らただの一度だって私にふれることさえできてなかったのにそいつらが集まれば何とかできるみたいな空気かもし出しちゃってんのがおかしいってんだよ」

 

 言い終えてもまだ嘲笑する千李に、先ほどまで怒声を浴びせていた男とは別の男がキレたのか千李に突っ込んできた。

 

 そして千李に拳が当たるか否かの瞬間彼は大きく後ろに吹き飛ばされた。

 

「え?」

 

 誰からともなく驚きの声が上げられる。しかしそこからは一瞬だった。

 

 1人、また1人と次々に倒れ、吹き飛ばされ、なぎ倒され、蹂躙されていく。

 

 そして最後の1人千李に顔に大きな傷のある男。すなわち先ほどまで千李に怒声を上げていた男だけが残りただ呆然と立っていた。しかし彼は見た千李の背後にある大きな影を。

 

「鬼だ……奴は鬼だ……」

 

 そう呟くと同時だった。

 

 彼は上からの衝撃により地面に仰向けに倒れた。

 

「やっぱりつまらん」

 

 何事もなかったような顔をする千李だが彼女の体には、なぎ倒した男達の返り血がいたるところに飛び散っていた。一番多く血がついているのは彼女の腕だった。

 

「姉さん!!」

 

 そこへあわてた様子で百代がやってきた。おそらく先ほどの千李の気を感じ取り足を速めやってきたのだろう。

 

「百代どうした?」

 

「どうしたじゃないぞ。いきなり姉さんの力が強くなったと思ったらこんなことがおきてるんだから」

 

 惨状を見ながら百代は千李に聞くが千李は軽めに説明しかわらを後にした。

 

 

 

 そして夕方千李は鉄心の元へ呼び出しをくらっていた。

 

「千李よ……お前に聞きたいことがあるのじゃが」

 

「川原のアレはお前か、か?……ジジイの考えているとおりあれは私がやったことだ。だけどあっちの方がいっぱいいたし、それにおとななんだからどう考えてもあっちの方がわるいと私はおもうが?」

 

 微笑を浮かべながら言う千李に対し鉄心はため息をつく。

 

「その部分を咎めると言うわけではない……。わしが言いたいのは限度があるということじゃ」

 

「そんなことはしらない。あいつらだってアレだけ殺意を持って私に挑んできたんだからそれだけのことをされることはわかってるでしょ?」

 

 冷徹に告げるその声は部屋の温度を一度下げたような感覚を生んだ。

 

「ふむ……まぁよい今日は解放してやろう。行ってよいぞ」

 

 眉間を押さえながら考え込む鉄心を尻目に千李は立ち上がり部屋を後にしようとする。だがそこで千李の視界が暗転した。

 

 かすれてゆく意識の中で千李は後ろを一瞥する。

 

 後ろにいたのは悲しげな顔をした鉄心の姿だった。

 

「すまんな……こうするしかないのじゃ」

 

「くそ……ジジイ……」

 

 そこで千李の意識は完全に途切れた。

 

 

 

 

 千李が意識を失ったあと鉄心とルーは千李と共に手配した車に乗り込み、湘南の極楽院を目指していた。千李はというと鉄心の気を纏わせた手刀により、しばらくは起きることができないらしい。

 

「総代……。本当にこれでよろしいのでしょうカ?」

 

「わしとてこれが一番とは思っとらん。しかしの……おそらくあのままでは千李は確実に人を殺める気がしてならんのじゃ。その前になんとしても更生させねばならん。……幸いにも千李はまだ幼い。まだ間に合うじゃろう」

 

 淡々と告げるもののその声には若干の心配も混じっていた。生ける伝説とまで言われている鉄心でも孫のことは心配と言うことなのだろう。

 

 ルー自身も先ほどから眉間にしわを寄せ俯いたままだ。

 

 そして車は湘南の極楽院の前に到着した。

 

 門が開けられると極楽院三大が姿を現す。

 

「おやまぁずいぶんと早いお着きだねぇ鉄心ちゃん」

 

「うむ。さすがに緊急で悪かったのう三大」

 

「なにいいさ。とすると抱えているその子が千李ちゃんだね?」

 

 三大の視線の先には鉄心に抱えられた千李がいる。千李は未だに意識を失ったままなのか、手をだらんと下げている。

 

 その顔は穏やかでとても昼、あのような惨状を起こした少女には見えないものの三大は確かに千李の気を感じとっていた。

 

「なるほどねぇ。確かにすさまじい気だ。成長すれば全盛期の鉄心ちゃんを軽く凌ぐ強さを秘めている」

 

 あごに指を当て千李を吟味するように三大は眺める。

 

「三大。早くせんと千李が目を覚ましてしまうぞい」

 

「ああそうだったね。さすがに目を覚まされると厄介だ、どれ本堂のほうへ運んどくれもう準備はできているよ」

 

 三大を先頭に鉄心とルーは歩き出す。

 

 本堂に着くとそこには大きな法陣が刻まれていた。そして鉄心が千李を法陣の中心に千李を置くと三大は法陣に気を集中させる。

 

 すると法陣全体が光を帯び始め千李の体にその光が収束し始める。光が完全に消えるとともに床に刻まれていた法陣も消えていた。

 

「これハ……!」

 

 思わずルーが驚愕の声を上げるがそれとは裏腹に鉄心は冷静に三大に聞いた。

 

「三大これがおぬしの言っていた封印か?」

 

「ああ。これが気を完全に封じ込める封印式、閉塞気法印でな。体の一部に封印式を埋め込み、気を出すことをできなくすることができてのう。そして仕上げは――――」

 

 三大は懐から黒い髪紐を取り出した良く見るとそれにも封印式のようなものが刻み込まれている。三大は千李の上体を起こすと千李の髪を縛り始めた。

 

 縛り終えると三大はそっと千李を抱き上げる。

 

 未だに千李は目を覚ます様子はなくただただ眠っている。

 

「これで完全に終了じゃよ」

 

「最後の髪紐はなんじゃ?」

 

「この髪紐は千李ちゃんが封印式を破ろうとした時にそれを止める役割をになっておるのじゃよ。……まぁ正確に言えば無理やりに解こうとすると、封印式から出る衝撃が千李ちゃんに襲うと言うことなんじゃがのう」

 

 三大は抱いていた千李の顔を見ると静かに問うた。

 

「本当にいいのかい鉄心ちゃん?」

 

「構わん。こうすることが千李のためならば仕方あるまい。では我らは行こうかルー」

 

「はイ。総代」

 

 二人は歩き出しもんの方へ向かうが鉄心が最後振り返り三大に告げた。

 

「三大!千李を……頼んだ」

 

 鉄心の声に三大はただ黙って頷くと、それを確認したように鉄心も極楽院を後にした。

 

 

 

「んぅ……。くそあのじじいただじゃおかねー」

 

 夜になり千李は目を覚ました。そしてあたりを見回すも、千李にはここが何処なのかわからなかった。

 

「どこだここ……」

 

「気が付いたみたいだねぇ千李ちゃん」

 

「アンタは?」

 

 現れた三大に千李は物怖じせずに聞く。三大も臆することなく千李に自己紹介をする。

 

「失礼したねワシの名前は極楽院三大。ここ湘南の極楽院三醍寺住職じゃよ。そしてアンタはこれからしばらくここに住むことになるんじゃよ。川神千李ちゃん」

 

「何いってんだか私がここに住む?冗談じゃない私は帰る」

 

 あきれ声で言う千李に三大は言葉をつむぐ。

 

「まぁどうしても帰りたいというのならワシを倒していきなさいや。そうすればかえしてあげよう」

 

 三大は千李を手招きで誘う。それに千李はにやりと笑うと身構えた。

 

「おもしれー。じゃあやってやるよ……大怪我してもしらねーぞ!!」

 

 突っ込んでくる千李だが三大は微笑を浮かべているだけだ。千李はそれを不信に思いながらも勢いを止めずに三大に突っ込み拳を放つものの、千李の拳はいとも簡単に止められてしまった。

 

 千李はそれに驚愕するだがすぐに後ろへとび距離をとる。

 

 ――――どうなってる!?確かに私は全力で殴ったそれに気ものせて……。

 

 そこまで思ったところで千李は自身の体の異常に気付いた。

 

「気が……出てこない……?」

 

「気付いたようじゃのう。いま千李ちゃんの気は完全に封じておる。じゃから今の君の力はただの6歳児と一切変わらないまったく弱い拳なんじゃよ。無理に封印をとこうとしても無駄じゃからな。そんなことをすれば千李ちゃんの体は内側から壊れるぞい」

 

「ふざけんな!さっさと私の体を元に戻しやがれ!!」

 

 激昂する千李だがその顔には若干の焦りが見られた。それもそうだ、いままでずっと気を使って戦ってきた。それがいきなり使えないと宣告されれば焦るのも無理はない。

 

 しかし三大から帰って来たのは思いもよらない答えだった。

 

「残念ながらその封印を解くにはある一つの条件をクリアしなければならん」

 

「条件?」

 

「うむ。それは千李ちゃん。アンタのその力を果たしてどう使うかにかかっておる。それができない限りアンタは二度と気が使えない。ちなみにどんな条件かは一切教えない。自分で辿り着いてみせい」

 

 三大の答えに千李は俯く。

 

 だが三大はそんな千李の肩に手を置き告げた。

 

「まぁようはきっかけじゃよきっかけ。……それにしばらく武道のことを忘れてみるのもいい機会かもしれんしな。幸いここには千李ちゃんぐらいの年頃の子が多い、その子たちと遊んでいれば何か気付くかもしれん。なぁに時間はたっぷりとあるゆっくりと見つけていけばよい」

 

 三大はいうと千李の手を引っつかむとずるずると引きずっていった。

 

「な、なにを!?」

 

「今言ったじゃろう?ここには子供達がおると。あの子たちに千李ちゃんのことを紹介するんじゃよ」

 

 言い切る三大の顔はとても楽しそうに笑っていた。それに対し千李はとても憂鬱そうだったが。

 

 そして千李の極楽院での暮らしが幕を開けた。




以上です。
幼少の千李は男言葉を使っている設定にしました。

過去編は後1話か2話ほど続くと思いますがご容赦を
感想、アドバイス、ダメだしなどなどお待ちしております。

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