「ぅ…………」
カーテンの隙間から漏れだす朝日にあてられて、目が覚める。
起きなくてはいけないという義務感と、あと少し微睡んでいたいという本音がせめぎあって、朝食の準備もあるから起きようという結論にたどり着く。
……朝飯を抜いて辛いのは自分だからな。
別に食堂に行って朝食を食べてもいいんだが、どうにも習慣というものはしていないと落ち着かない。
固まった体をほぐしつつ隣を見てみると、ウィンはまだ穏やかな寝息を立てていた。
寝汗で多少張り付いている前髪を払ってやって、起こさないように注意しながら俺はベッドから抜け出す。
まずは顔を洗ったりして身だしなみを整えてから、昨日購買で買っておいた食パンをキッチンに置いてあったトースターに突っ込んで、昨日ウィンも飲んでいた紅茶をトーストの雑さとは正反対に手順を踏んで丁寧に淹れる。
別に俺の趣味というわけじゃないが、ウィンが紅茶を好んで飲むため、そのウィンのやっていたことを見様見真似で始めたのが始まりだ。
沸騰させたお湯を、あらかじめ温めておいたティーポットに茶葉を入れてから注ぎ、少し蒸らす。
その間にトーストが出来上がったので、トースターから皿に移して蒸らし終わるのを待った。
そして特に時間を測ってはないが、結構続けているが故の感覚で蒸らしを終えた紅茶を、ティーポットからカップへと入れていく。
美味しい香りが鼻孔を通り抜け、今日も成功したと確認。
まぁ、成功といってもプロのそれと比べれば格がまるで下だろうけれど。
そしてその香りに刺激されたのか、ベッドの方で身を起こす気配がした。
丁度2人分用意したタイミングで振り返ってみれば、緑を基調としたパジャマに身を包んだウィンが眠そうに立っているのが目に入る。
「おはよう、ウィン」
「……おはようございます、ユート」
朝、というか寝起きに弱いウィンは、そのままフラフラとした足取りでシャワールームに入っていく。
用があるのは洗面台だろうし、ウィンのことだから出てくるときには寝起きの低速運転から平常運転に切り替わっているだろう。
俺はその背中に「早くしないと冷めるぞ」とだけ投げかけて、アカデミアから貸し出された統一のPDAに視線を落とす。
生徒証の代わりであり、授業の連絡等はこれに回ってくるとのことで、変更の連絡が回る場合もあるから朝と夜だけは毎日最低でも目を通しておくようにと言われた。
学校から支給されているものとはいえ、個別にアドレスは設定されているし、個人間の連絡ツールとしても使えるというのは便利な代物だ。
寮で分けられてはいても、明確なクラス分けというものが存在していないアカデミアでは、学年ごとに集まる機会でもなければHR的なことは開かれないと聞いている。
更に授業は選択式で、単位さえ取れば自由に取捨選択できるようになっていた。最も、さしものデュエルアカデミアとはいえ日本の学校である以上法律からは逃れられず、必修は設定されているが。
どうもこれにはオーナーであるKC社、ひいてはその社長である海馬社長の意向が存分に取り入れられた結果らしい。
『己の
その通りの生き方、身の振り方でKC社社長まで上り詰めた彼の言葉には説得力があるが、誰しもがあんな色々と一線を画している訳ではないから少しくらい手心があっても良いとは思うけども。
まぁ、プロデュエリストなんていうシビアの塊のような世界に飛び込むにはその程度できて貰わねば困るのは自分になるからこその言葉だろう。そう考えれば、あの海馬社長にも思いやりというものはあるのかもしれない。
まぁ、プロになるつもりは余り無い俺にとっては卒業、それ以降にウィンと2人で落ち着いて生活できる環境を整えられれば、ここから先3年間での目標は達成だ。
さて、最後以外余計なことを散々考えたが、PDAに新規の連絡は無い。履歴にあるのは、支給されてすぐに届いた不良が無いか確認するための入学祝メールだけだ。
つまり今日の授業は予定通りに進められるということで、それを確認した俺はPDAをイスの背もたれに掛けてあるイエローの上着に放り込んでおく。
カチャ、と扉が開き、先ほど入っていったウィンが普段の服装に戻って出てきた。先ほどは眠気からかトロンとしていた瞳も、今はいつも通りに綺麗な翡翠を輝かせている。
「朝食の用意ありがとうございます、ユート」
「なに、1人も2人も変わらないから気にするな。それにいつものことだろ」
そう、ウィンと生活している間に、基本的に朝食を作るのは俺の仕事というか役割にいつの間にかなっていた。
別にウィンが料理できないというわけではなく、ただ単に俺がウィンより朝に強いからという理由だ。
俺たちにとっては毎朝のやりとの後に、向い合わせでテーブルに着く。
いただきます。と自然に声を合わせてから俺はトーストを、ウィンは紅茶をまず手に取った。
一口啜ったウィンが僅かに口元を緩ませたということを目ざとく見ていた俺は、それだけで朝の苦労が報われた気分になる。
所詮はトースト1枚、健全な男子高校生である俺はあっさり平らげてティーカップに手をつける。
他人から言わせれば少ないらしいが、朝にガッツリ食べるほどの食欲も無い。
「今日はどうする? 授業に着いてくるか、それとも好きにしてるか」
紅茶を一口啜った俺は予想していた味とほぼ変わらないことに自己満足しつつ、ウィンに声をかける。
ウィンはトーストを齧る手を止めて、少し考える素振りを見せたあとで口を開いた。
「……今日は、ユートに着いていきます。こちらの高等学校の教育というものも気にはなりますし。ただ、例の遊城十代のように精霊の見える人間を見つけた時は離れていますので」
「ん、了解。授業中とか人目のあるトコじゃろくに相手できないけど、悪いな」
昨日、当のウィンに言われた通り、人目のある場所で虚空に向かって喋ったりしていたら、事情を知らない人にとっては幻覚か何か見えているイカれた奴だと思われちまう。
俺の謝罪に対してウィンはわかっていますと一言返してくれて、食事に戻った。
正直、一緒に居てくれるだけで俺の精神安定剤――ある意味では乱すが――になってくれるから有り難い。
準備は俺だが片付けはウィンがかって出てくれている朝食の片づけを済まし、俺たちはイエローの上着を羽織って玄関を出ようとした。
そこで止まっているのは、部屋のドアに手を掛けたところで反対の手をウィンに引かれたからだ。
振り向いた俺の頭を、ウィンは手で撫で付ける。
「寝癖が残ってます。学校でのユートは
「あ、おう、悪いな」
身長差から少しだけ背伸びをしたウィンが手を伸ばす様は見ていてなんかこう微笑ましいが、直してもらっている身なので、大人しく身を屈めてやり易いであろう高さにする。
暫く俺の髪に触れていたウィンの手が離れて、ひとつ頷いたウィンは実体化を解いて霊体になった。
行く場所が人目の多い場所なので手を繋ぐわけにもいかず、それに若干の寂しさを覚えながら、俺は半透明で現実味を失ったようなウィンを引き連れ、改めて部屋のドアを開いた。
◆
入学の翌日とはいえ早速始まった授業は、環境の変化を気にさえしなければなにか突飛なことがあるわけでもなく、特に変わり映えしないものだった。
とはいえその授業がカードゲームであるデュエルモンスターズ中心というのは、やはりデュエルアカデミアなんだと実感させられる。
カードの種類はモンスター・魔法・罠の3種類、各種カードの使い方などといった基本的なルールから一部の有名なカードの効果について、テキストの違いと効果処理の関係……etc。いざ座学として並べてみると意外に多種多様に渡っていた。
まぁ、無意識に進行してるデュエルも細かい処理の上に成り立っているわけだから、知っていないと困る。
個人的にはバトルフェイズでの処理が面倒に思うが、まぁ、いま話すことじゃない。決して面倒だからじゃない。
で、だ。そんな授業の中で昨日十代と一緒に居た……丸藤だったか? あいつがフィールド魔法の詳細について説明しろと指名されて、しどろもどろで終わってしまったり、その流れで十代が先生に喧嘩を売っていたり。十代の場合わざと馬鹿にしようとしてないぶん、タチが悪い。
というか先生も自分でレッドを貶めにかかって、カウンター受けてるんじゃ自業自得としか思えない。
そんな感じで十代に喧嘩を売られることになった先生――クロノス・デ・メディチ実技担当最高責任者。
服装はともかく、正直時代錯誤してるんじゃないかって感じのメイクで、あれじゃ顔面凶器だ。精神ダメージ的な意味の。
それに加えてなんて表現したらいいかわからない感じの、語尾を無理矢理片言にしたような口調で喋るからその声がちょっと耳に障る。
言動から察するにレッド寮の生徒を見下していて、教師としてはお世辞にも見本のような先生とは言えない。でも、あの人の周りの風からはそこまで悪いものは感じられるわけではないから、人が悪いわけではなさそうなんだが。
それはともかく、実力のほどは知らないが、耳に挟んだ情報だとデッキは暗黒の中世デッキ……厨二病みたいなのは気にしないとして、
まぁ、どんなデッキであれ実技の最高責任者を任されるレベルでは強いんだろう。古代の歯車の特徴なんて覚えていないから相性は未知数とはいえ、戦ったら苦戦は必須だろうな……とかなんとか考える。
俺は冴えないイエローの一生徒だし、この時点で目を付けられる問題も起こしていなければ、馬鹿にされるようなことをした覚えもない。
つまり、大多数と同じく第三者の視点でそのやり取りを見せられているわけだが……正直最高責任者がこんなで大丈夫なのかと入学早々に先行きの不安を感じ始めてしまった。
初っ端に茶番のようなやり取りを見せられると流石に疲れる。
「ん――っ」
最後の授業が終わって早々に伸ばした背骨がポキポキと、数時間も苦痛を強いられた文句だとでも言うように子気味のいい音を鳴らしていた。
ウィンの気配は結構離れてるな……。
そしてそれが示している通り、教室には十代の姿がある。
若干疎ましげに十代の方を見ているとこちらを向いた十代と目が合ってしまって、向こうは手を振りながらこっちに向かってきた。
しくじった、ウィンと会う時間を先延ばしにされたか。
「遊斗! 昨日ぶりだな!」
「ああ。――悪いな十代、ちょっと今から予定があるんだ」
俺が話を展開しそうだった十代の出口を止めると、十代はあからさまに残念そうな表情になった。
「そっか。わりぃな、引き止めて。あ、でもPDAの連絡先だけ教えてくれないか?」
そうきたか。
まぁ、1分も掛からないし、有事に人脈は大事だからあって損は無い。
そのくらいなら。と快く承諾して、とりあえず俺の連絡先を送りつける。本当なら双方向でやったほうがその場で交換できるけれどこっちのほうが手軽だ。あとで返信を貰えればそれでいいだろう。
「じゃ、俺は行くな」
急いでる風を装ってそれだけを済ませた俺は、最後にそう告げて十代に背を向ける。
顔の横に上げた片手をブラブラと振りながら、俺は教室を後にした。
◆
「どうだった、
「まぁ、なんというか、流石デュエルアカデミアかと」
寮への帰路を歩みながら、隣に浮くウィンに声を掛ける。
校舎を出た時点で戻ってきたウィンは、どうも離れた後で学園内の探索をしていたらしい。
広い校舎を気の向くままに巡ったようで、見つけた物・事を説明してくれた。
「あちらこちらにデュエル場がありますし、屋上というか中央の屋根は開くギミックがあるみたいです」
「へぇ、もっと探せばいろいろ出てきそうだな、この学校」
まぁ、下手に探すと変なものまで探し当ててしまいそうで怖いけど。
「それよりユート、交友を蔑ろにしてしまってよかったんですか?」
「あんまり良くはないだろうけど、まだ入学翌日だ。それにお前のこともあるしな」
連絡先の交換はしたし、会ってまだ2日目の相手だ。こっちも距離を測りかねる。
それに十代が居るとウィンが離れてなきゃならないから、ウィンに悪い。
まぁ、そう考えてしまうと十代とは自然に疎遠となりそうだが。
こんな面倒な事情は早く何とかしたい。
「――ま、落ち着くまでの当分はうまく立ち回るさ」
とりあえず落ち着いてからのほうが何かと動きやすいしな。
中等部からの成り上がり組も居ることだし、落ち着くのにもそう時間は掛からないだろう。
……なにか起きない限りは。
今回もデュエル無しの日常パートでした。
もっといちゃいちゃさせたい!(最早病気
ちなみに今日は学校での授業中、机にウィンちゃん描いてたら午前の授業が終わってました←
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では、ありがとうございました。