デュエルの後、少し話をしていると十代達とイエロー寮に帰る俺の行く方向は反対方向だということで、十代は翔を連れて走り去っていった。
……去り際に「またデュエルしようぜ!」と言っていくあたり、十代は筋金入りのデュエル馬鹿なんだと再確認。
いや、俺としてもこのまま負けっぱなしっていうのは
翔に借りていたデュエルディスクを返す時に抜いた俺のデッキは、まだデッキケースに入れず手に持っている。
理由は――言うまでも無くウィンが出てこないからだ。
自由なのが好きというか規則とかで縛られるのが嫌いなウィンは、デュエル等の理由が無い限りはカードには戻らない。
カードからはウィンの気配が感じられるから、精霊界に戻ったわけでもないのに。
一応周囲に人の気配が無いことを確認して、声を掛ける。
「ウィン、どうした?」
デュエルに負けたから出てこない……なんて理由だったら、デュエル前に戻ったことに説明が付かないし。
「おーい?」
裏返して、カードの表面を上に向けたデッキトップにある《憑依装着-ウィン》のカードに触れてみても反応は無――あ、反応した。
「……遊城十代は離れましたか」
まんまカードから抜け出てきたかのような小さな姿で上半身だけ出てきたかと思えば、すぐにいつもの等身大へと戻って辺りを見回すウィン。
「あぁ、少し前に走ってったけど……なんか気になるのか?」
初めて会ったときと変わらず、あいつの風は不思議な風で変わりなかった。
俺は十代に対して、特に違和感は感じていない。
「彼は――彼のデッキにも精霊が居ます。当人からも微弱とはいえ精霊の力を感じました」
「ん? ってことは、あいつ俺らのお仲間か?」
とはいえ、俺にそんな気配は感じられなかったが……。
「まだ自覚がないんだと思います。あと、ユートの精霊に対する感覚は頼りにならないです」
「まーな。一応は気にしてるんだから言うなよ」
確かに俺は、ウィンという精霊の存在を霊体でも知覚できるし触れることもできる。
普通、そういう能力のある人間は他の精霊もはっきりと知覚できるみたいなんだが、俺の場合はちょっと話が違う。
俺はどうにも、こっちの世界では《風属性》以外はあまり感じることが出来ない。
むしろ特化してるというべきかもしれないが……一応、デュエルのフィールドに出ていたり、いわゆる
別に風以外の精霊が見えないからどうこうというわけでもないから、特に不便には感じていないけどな。
ただその代わり、俺は雰囲気や個人の性格とかを風として感じることができた。この超能力じみた能力は便利だから結構利用してる。
――
つまり、十代は精霊の宿ったカードを持っていて、十代自身にも精霊を知覚できる能力はあるということをウィンは言っている。
「わかっているとは思うのですが、私はそういう人間にあまり見られるわけにはいきません。精霊を見れるということは、
「ああ、わかってる。ウィンの事情は当の本人以外で俺が一番よく知ってる。――ま、もしお前を連れ戻そうとしたってさせないから安心していい」
その“事情”で現状、ウィンは自分の居場所を精霊界の一部の住人に知られるわけにはいかない。
だからここ数年、向こうには戻っていなかったはずだ。
俺の事情ってヤツも、ウィンがこちらに滞在することに限っては重宝している。
精霊が見えようが見えまいが、俺はまだ高校生。齢もまだ20を数えていない。結局、俺は保護者の庇護下に居るのを拒めない。
残念というか仕方が無いというか、たった1人の高校生には自分の生活環境さえ自分の力じゃ大方どうにもならない事ばかりということだ。
俺の事情はどうでも良いが、ウィンの事はそのうち語るときが来るだろう。俺の口からかどうかはわからないが。
「守るよ。お前は、俺がな」
「私がユートを守る時の方が多そうですけど」
「あのな、カッコくらいつけさせてくれよ。男ってのはそういう生き物なんだ」
いつものペースに戻ってそんな軽口を叩きながら、俺達はどちらからともなく再びを手を繋いでいた。
「馬鹿な生き物ですね」
「馬鹿で結構。もし俺が女だったらお前とイロイロできな――痛って!」
ゴッ、と硬いもの……ウィン愛用の杖で叩かれた。
ベースは木材とはいえ、魔術的な強化で金属以上の強度を持っている杖の硬さは洒落にはならない。
鈍く痛む頭を空いているほうの手で押さえながら若干マジな涙目でウィンを見ると、怒っているのか恥ずかしいのか、耳周りを赤くしたウィンがそっぽを向いていた。
「訂正します。男性ではなくて、ユートという存在が馬鹿な生き物でした」
「ヒッデェ」
「いつか襲われる前に、ユートから離れてこちらの世界で暮らせる用意をしておかないといけなさそうですね?」
「それ、マジで言ってるなら勘弁してくれ。お前が居なくなったら死ぬ自信がある」
「変態なユートが死んでも困らないです」
「……ごめん」
少し調子に乗った言葉の代償として、半眼ジト目のわりかし真面目に冷たい視線を向けてくるウィンの手を引きながら、俺はイエロー寮へと戻る足を進めることになった。
◆
寮の歓迎会。
盛大とはいえないまでもパーティの様相を示しているそれを、俺は近くに居た連中と同調してある程度楽しんだところで抜け出して部屋に戻ってきた。
「ただいま」
「――お帰りなさい。早かったですね」
普通なら帰ってくる筈の無い返事だが、一足先というか歓迎会の前には部屋に戻っていたウィンが迎えてくれる。
流石に室内ということで、ローブと上着のパーカーは脱いでキャミソールにミニスカートという薄手の格好になったウィンが、好物というか持ち込む位にはお気に入りの紅茶を淹れてひとり寛いでいた。
「同級生との交流をゆっくり楽しんできても良かったんですよ?」
「ウィンが部屋で独りで居るのに、俺だけ楽しむってのはどうも気が乗らない」
備え付けのテーブルセットのイスに座るウィンの向いに腰掛け、歓迎会の会場からさりげなく持ってきた瓶を机の上に置く。
「シャンメリー。クリスマスでもないのに、パーティ的な雰囲気を出すためなのか出されてさ。ちょっと1つ貰ってきた」
あくまで借りてきたワイングラスも2つ机の上に出して、飲むか? とウィンに目で聞いた。
それにウィンが頷いたのを確認して、俺は瓶の蓋を開ける。そこまで良い物でもないから蓋はコルクじゃない。
ポンという軽い破裂音を聞き流して、淡い琥珀色の液体をグラスに注いだ。先に入れた方をウィンの方に差し出して、自分の分も入れる。
「ありがとうございます」
「じゃ、乾杯するか」
「何に乾杯ですか?」
何に、か。正直考えてなかった。
あー、そうだな……。
「これからのアカデミア生活に、でどうだ?」
「心から思っていないことに乾杯しても……。1つ、ユートも納得してくれそうなものを思いつきました」
「なら、それで。俺が考えたのよりは良いのになるだろ」
考えてくれたのなら歓迎だ。
ウィンのことだから、変なものにはならないだろうし。
優しく微笑んだウィンがグラスを持ち上げたのに合わせて、俺もグラスを顔の前辺りにまで持ち上げる。
「では――これからの私達に、乾杯」
キィン、とグラスの縁を触れ合わせて、少なめに注いだ中身を一気に飲み干した。
冷たさと炭酸の爽やかさが喉を通り抜けて、グラスを口から離すと同時にほぅと息をつく。
空になったグラスをテーブルに置くとほぼ同時に同じ動作をしたウィンと目が合って、俺の口から笑いが漏れた。そんな俺にウィンは訝しげに聞いてくる。
「なにか可笑しかったですか?」
「いや、逆だ逆。良いよ、最高だ。俺達らしい」
ああ、本当に。
――自分本位で、縛られるのを嫌って、俺達だけで歩き続ける。
なんとか笑い声を納めた俺は、言葉を繋げた。
「そして多分、それはこれからも変わらない」
「ええ、そうですね」
ウィンは先の訝しげな表情も一転、いつも通り感情を大きくは出さない表情ながらもどこか誇らしげに、澄んだ風のような声で語った。
「私達は風のように気ままに、流れ続ける。これまでと同じように」
「そうだな。でも、良かったよ。これからも一緒に居てくれるみたいで」
俺は悪戯っぽい表情を作って、ウィンに微笑みかける。
そんな俺にウィンは一度あっけに取られたような呆けたような雰囲気を滲ませて、それからなにか言い辛そうにした後、ハァと息を吐いた。
ウィンが表情をコロコロ変えるなんて珍しい。良いものを見れたな。
「昼にも言った筈です。私がやっていることは全部、私自信が好きでやっていることです。一族を出奔したのも――こうしてユートと一緒に居ることも」
最近良く見る、というか俺が誘発させる恥ずかしそうな素振りを見せたウィンだったが、それはすぐにどこかに消えてしまった。
その代わり、ウィンの宝石のように綺麗な翡翠色の瞳が俺の瞳を射抜いて、俺もその瞳から目を逸らせない。
「……私もユートも、本当は寂しがり屋なのに自分から出て行くような真似をしています。そんな矛盾。でも、だから。お互い同じような性質だから、いまこうして一緒に居るんでしょう。お互い必要なものを補うように」
テーブルの向こうから伸びてきたウィンの手が、グラスを握ったままだった俺の手を取った。
体温の差で少し冷たい、女の子特有の柔らかくて線の細い手。
「――今の私には貴方が必要です、ユート。私を独りにしないでくれますか」
それは願うような声音。そして翡翠色の瞳は、ブレずにジッと俺を見つめてくれていた。
「ああ、もちろん」
俺は即答で返して、ウィンの手を握り返す。
好きな女に必要とされて断る男が、この世界のどこに居るのか。
そして残念ながら、ウィンの言う通り俺は寂しがり屋なんだろう。いまこうして握っている手を離してしまうのが嫌だ。
ただ単に触れていないというだけのはずなのに、その程度のことに不安を覚えてしまう。
そこにはもちろん、俺からウィンへの好意という感情の影響もあるだろう。だが、もっと深いところで俺は1人になるのを忌避していた。
独りになるのが怖いんじゃない。他者の温もりを失うのが嫌なんだと思う。
繋いだ手の指と指を絡ませて、キュッと壊れ物を扱うように力を入れた。
「むしろ嫌だって言っても離さない」
「嫌ではないので、何も問題は無いです」
初恋を体験してる初心な少年でもないのに、自分の中に響き渡るくらい早鐘を打つ心臓を感じて、やっぱり俺は目の前の少女のことが好きなんだと再確認する。
顔を見合わせて笑いあう。その程度のことで幸せを感じられるのは幸福なんだろう。ただ、何か物足りないと感じてしまう自分もそこには居て。
不意打ち気味に繋いだままの手を引き寄せると、ウィンの上体はテーブルの上に乗り出すような格好になる。
自分も身を乗り出し、空いている方の手でウィンの肩を支えると同時に心の中で一言謝りを入れて――俺はウィンの唇を奪った。
触れる程度の軽いキス。それでもその唇の柔らかさだとか暖かさだとかを感じることができた。
唇を離して、目を白黒させているウィンがなにか言い出す前にこっちから切り出す。
「――これは
酷く近くなった物理的な距離を離さないまま、頬から耳までを赤く染めたウィンを見つめる。
ややあって、ウィンが若干俯かせていた顔を上げた。
「私も――私も、ユートから離れません。これからも傍にいます」
俺としてはもう満足するしかない答えをもらって、もう一度唇を重ねたい衝動に襲われたが流石に抑える。
その代わり鼻先の触れ合うような距離のままおでこをコツンと触れ合わせると、ウィンが軽く唇を尖らせて愚痴るように呟いた。
「ふ、不意打ちは駄目です。心の準備が、できてません」
「初めてじゃないのに。こうでもしないと毎度断られる」
「仕方ないじゃないですか。恥ずかしいんです、気持ち良いのがいけないんです」
なんだそりゃ、と言う前に人差し指で唇を押さえられて、ウィンの若干潤んだ瞳と目が合う。
「だから駄目なんです。流されたら、私、弱いみたいじゃないですか……」
……どうしてこう、リアクションが一々俺の男の部分をそそるんだろうか。
何か言おうと思っても唇は指を当てられたままだったので、どうしようかと考えてひとつ答えを導いた。
ひゃ、と小さく可愛い悲鳴がウィンの口から漏れて、指が離れる。
恨めしげな視線をもらってしまうが、仕方ないじゃないか。抑えられてたんだから。
「指、舐めるなんて……やっぱり変態ですか」
「突っついただけだって。しょうがないだろ、抑えられてたんだし」
ちなみに味なんてのは、感じられるほど舐めてないから無理。
「俺だって、入学初日で情事起こすほどアレじゃないっての。だからキスだって1回だけにしたし」
「何回もするつもりだったんですか」
軽蔑するような視線を向けられても俺は懲りず、1回だけで深いほうが良かった? なんて口にしてみれば、どう想像したのか顔をさらに赤くしたウィンにポカスカとぜんぜん痛くないパンチで殴られて。でも俺は両手が塞がってるからガードすら出来ずに受けて。
落ち着いてから、今度はウィンに許可を取って1回抱き締めさせて貰って。
最後は寝るために2人で1つしかないベッドに潜り込んで、またどうしようもないようなやり取りをして、俺達の学園初日は過ぎていった。
「おやすみ、ウィン」
「おやすみなさい、ユート」
なんというか、満足は出来たけど疲れた回(笑
さてはて、この週末は青眼ストラクの発売だったわけですが自分はもちろん買いました。増Gとか、蘇生とか、デモチェとか、ブルーアイズ関係無しに美味しい収録でしたし。
ちなみにストラク大会はうっかり行き忘れて参加できませんでした←
でも買ったからにはブルーアイズデッキ組みたいですね。買ったストラク3つ+α程度で組みたいですが……社長じゃない俺に回せるデッキになるのか(爆)
ただ、蒼眼の銀龍は意外と使えるようで。
個人的にはビジュアルもかなり好きです銀龍。
では、ありがとうございました。