とある無力の幻想郷~紅魔館の佐天さん~   作:王・オブ・王

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48,佐天病

 彼女、佐天涙子の朝は早い。

 理由はと言えば、同居人である彼女に朝御飯を作ることと家事を済ましてしまいたいからだろう。

 そもそも彼女は数か月前まではここまで生活習慣が良かったとは言えないが、こうなった理由は幻想郷で数ヶ月を過ごしたということがあったらかだ。

 だからこその、現在のこの体に染みついた生活習慣。

 

 そして一方の自由な女こと、八雲紫は佐天涙子が食事を作る匂いで目を覚ます。

 シャツとホットパンツという実に据え膳な様子でベッドから起き上がり背を伸ばして欠伸をすると、立ち上がって匂いの元であるキッチンへと向かった。

 そこにいるのはもちろん佐天涙子であり、幻想郷と違いメイド服なんてあるわけもないので彼女は“戦闘に適した私服”の上からエプロンを付け、髪をポニーテールにし食事を作っている。

 振り向いた涙子は紫の方を見ると、笑顔を浮かべた。

 

「おはようございます、紫さん」

 

 ニコッ、と音が付きそうな笑みに紫もそっと笑みを浮かべる。わけがない、彼女は眠気眼のまま目をこすり一言『おはよう』と言ってから洗面所へと向かった。

 一方の涙子はと言えば今巷で人気のアリサやら一一一(ひとついはじめ)やらの曲を口遊みながら料理を作るのだ。

 今はもう問題もない、平和な日常が始まるのだから涙子のテンションも理解できるだろう。

 

 

 

 朝食を食べながら、もうすっかり二人にも慣れた部屋のテレビを見る涙子と紫の二人。

 軽い雑談をしながら食事を続けていると、ふと紫が思い出したように言う。

 

「そう言えば、今度また姫神秋沙が貴女に会いたいって言ってたわよ」

「もうお礼はしてもらったんですけどね」

「貴女が吸血鬼だと見抜いているのかもしれないわね、まだ混血とも言えないほどなのに」

「見抜かれて、ですかぁ……あ、でも混血とも言えないってことはもうちょっと大丈夫ってことですね」

 

 そんな涙子の言葉に、八雲紫は深いため息をついた。

 紅魔館のメンツの苦労がわかったということ半分、どっちにしろ言っても聞かないだろうと諦めたことの二つが要因である。

 だが紫とて彼女がただ無駄に力を使う人間でないことはここ数日でしっかりわかっているのだ。

 だけれどそれでも、彼女はあまりにも他人を助けようとしすぎるからこそ、紫は佐天涙子という少女の身を案じていた。

 

「混血になってからじゃ、遅いのよ?」

「わかってます……この力は、私だけの力でも無いんですから」

 

 そういう問題じゃない、ただ混血になってしまえば悲しむ人間がいるということと、なによりも自分が最も不幸になるということを忘れるなと紫は言いたかった。

 それでもそこでそれを言ってもしようがないと思ったからこそ、紫はもう黙った。

 自分の不幸なんて元々天秤にかけないような少女なのだから、言っても仕方がないだろう。

 呆れながらも、紫はそんな佐天涙子を素直に嬉しく思い笑みを浮かべた。

 

「まったく、貴女はしょうがないわね」

「……」

「ん、どうしたの?」

 

 黙って自分を見る涙子に疑問を覚えた紫がそう聞いて小首をかしげた。

 

「いえ、やっぱり紫さんってそうやって笑うと可愛いなって」

 

 そう言って笑う涙子。

 紫がその後、真っ赤になって狼狽しながら御飯をかきこみ喉に御飯をつまらせて一悶着、なんてこともあったが気にすることはないだろう。

 平凡な日常の一コマである。

 

 

 

 その後、佐天涙子は一人で道を歩いていた。

 どちらにしろ暇なのだからしょうがないというものである。

 だからこそ道を歩いていると、ふと見知った顔を見つけた。

 

「あれ、確か……」

「あら、貴女は……」

 

 こうして佐天涙子と婚后光子は数度目かの邂逅を果たしたわけだが……。

 

「どうも、婚后さん」

「あら、ご丁寧にお久しぶりですわ佐天さん」

 

 あの死線を潜り抜けるのに必要な戦力であった婚后光子。

 友人である御坂美琴の友人であり、あの事件の重要人物の一人である佐天涙子。

 お互い、印象はしっかり残っているし涙子に関しては婚后光子に借りすらあるのだが……それでもお互いが喋ったことは少なくお互いそこまで一緒に居たわけでもない。

 だからこそ友達の友達、いや共通の友達を抜かせばお互いは顔見知り程度の相手。

 

「佐天さんは、どうしましたの?」

 

 意外にも、その沈黙を破ったのは婚后光子だった。

 だからこそ涙子も安心してその意思に応える。

 

「私は暇で暇で仕方がないので少しばかり散歩を、婚后さんは?」

「私も暇でして少しばかりペットのエカテリーナちゃんのエサを……まぁそれは後でも良いんですが、そうですわ! 佐天さん、せっかくここで会ったのも何かのご縁、是非私とお茶でもいかがです?」

 

 ―――え、新手のナンパですか?

 なんてことを涙子が言えるわけもなく、というより思ったもののすぐにそれは無いと自分で判断した。

 冷静に状況を推測すると婚后光子という人物を知るには良い機会であると涙子はその提案に頷く。

 

「そうですか!なら、行きましょう!」

 

 ビシィッ! っと音が鳴りそうなほどの勢いで持っていた扇子で道の先を指す婚后光子に、再度涙子は頷いた。

 若干引き気味だがそんなことはないだろう。

 ただ、なんとなくだが婚后光子という少女と白井黒子という少女が相容れぬ理由が理解できた涙子だった。

 

 

 

 結局やってきたのはいつもの喫茶店であり、知り合いとの遭遇もありえるので若干微妙な気持ちになる涙子。

 なんだかテンション高めの婚后光子と二人、で席に座っている涙子。

 とりあえずなにかしら話をしようと思ったが、それより行動が早いのが婚后光子だった。

 

「改めまして、婚后光子ですわ」

 

 知ってる。そう思った涙子だったが顔に出さずに……。

 

「佐天涙子です、そう言えば二年生ですよね」

「その通り、御坂さんとはお友達ですわ!貴女もそうですわよね?」

「はい、御坂さんには色々と良くしてもらってて……」

「御坂さんのお友達であれば私、貴女と仲良くなれる気がしますわ!」

 

 笑いながらそういう婚后光子を見て、涙子は自分が押されていることに気づく。

 会話で主導権を握れていないというのは不思議なことにずいぶん久しいことに感じられた。

 

「あはは、そうですね。私も婚后さんみたいな人、好きですよ」

 

 驚いたような顔をする光子だが、すぐに表情に笑みを浮かべる。

 

「改めてあの時は協力ありがとうございました」ペコリ

「お友達を助けるためなら当然でしたわ!そうですわ、明日湾内さんと泡浮さん、いえ私の友達二人とプールに行く約束だったのですが佐天さんもいかがですか?」

「へ、私ですか?」

「えぇ、もちろん御坂さんたちも誘って、きっと大人数の方が楽しいですわよ!」

 

 渾身のドヤ顔をかましながら言う婚后光子。

 それにしてもだ、なぜこんな展開になったのかが涙子にとっては疑問なところである。

 友達の友達であった婚后光子が、よもやここまでグイグイ来る人物だと見抜けなかったのは自分の眼がまだ甘いことだと理解して頷く。

 嫌ではないし、別に不快でもないのだからこれ以上考えるのは不毛だろうと思い涙子は笑みを浮かべる。

 

「じゃあ折角ですし、今からみんなを誘いましょうか」

「良いですわね、では私は湾内さんと泡浮さんを紹介するために電話をしますわ!」

「私は御坂さんたちに連絡入れますね!」

 

 二人で笑いあってから、二人して全員に『総員集合』の号令をかけた。

 

 そしてその場に集まった面子全員が素っ頓狂な顔をしたことは言うまでもないだろう。

 涙子を知らない泡浮万彬と湾内絹保はともかくとして、一緒にやってきた御坂美琴と白井黒子と初春飾利は心底驚いた表情をしている。

 それもそうだろう、最近まで顔も名前も知らずに特に話すこともなかった二人が一緒に居て一緒にそれぞれの友人に集合をかけたのだ。

 

「な、なんで婚后光子と佐天さんが一緒にいますの?」

「どういうことですか佐天さん!」

 

「あら御坂さん、ごきげんよう」

「一緒だなんていいタイミングでしたわね」

「湾内さんと泡浮さんこんにちは、ごめんなさい、色々とあっちに聞きたいことがあって」

 

「あれ、なんで私サイド妙に微妙な雰囲気なんでしょうね?」

「さぁ?」

 

 ともかく、全員が大人数が座れる用の席へと移動することとなった。

 計七人という大パーティーなのだが、些か佐天涙子への視線は痛いものとなっている。

 視線の内容とは『今度はなにに首突っ込んだ?』ということだが、美琴も黒子も飾利も心配してのことだと信じたい。

 

「湾内さん、泡浮さん、彼女は私の新しいお友達である佐天涙子さんですわ」

「まぁ、それはそれは……常盤台付属中等部一年、湾内絹保です」

「同じく、泡浮万彬です」

「これはご丁寧に、柵川中学一年の佐天涙子です」

 

 三人で自己紹介を済ますと軽くお辞儀をする。

 様子を見るに初春たち三人は面識があるのだろうと理解して、涙子は現状を説明することとした。

 些か三人の視線がおかしいので若干ながら動揺しながらも、集まった面々に光子との話の内容を言う。

 

 

 

「……ということで、明日プールでもいかがって婚后さんが」

 

 話を終えると、飾利と美琴と黒子の三人が納得したのか数度頷く。

 

「でも、出会ってわずかでそこまでの仲になるとは……」

 

 黒子が怪訝な顔をして涙子に言うと、隣にいる飾利と美琴は苦笑するのみだ。

 そんな面々に対して当然というような表情の光子が

 

「まぁ佐天さんとは命を賭して何かをやりとげた仲でもありますし、お互い気も合いますし」

 

「ねー?」

「ねー?」

 

 涙子と光子の二人が顔を見合わせてそう言う。

 黒子と飾利の二人はまたか、と言う表情でため息をつくのだった。

 佐天涙子という少女がどれだけ友達作りが得意か知っていたが、ここまでだったとはと心底驚いたというかなんというか、なんとも言えない二人。

 そしてこの二人は知らない、佐天涙子の友達にはまだ妖怪やら巫女やら魔法使いやら吸血鬼やらがいるということを……。

 

 

 

 その後、初春が風紀委員(ジャッジメント)の仕事があるということで、涙子は面々と別れて別の場所に行くことにした。

 美琴と黒子がどこかに行くらしいが涙子は断って現在、ここにやってきていた。

 病院のような通路を歩いて、涙子は目の前を歩く黄泉川に案内されてその部屋に入る。

 

「じゃ、待ってるから好きに話してくると良いじゃん」

「どうもありがとうございます」

 

 笑みを浮かべて言う涙子に、黄泉川は同じく笑みを浮かべて涙子の頭を軽く撫でた。

 教師と生徒というよりは、なんというかもはや近所のお姉ちゃんと子供のような扱いだがお互い気にするでもなくそのまま、涙子は部屋へと入る。

 部屋に入ると相手は驚いた様子で涙子を見た。

 

「どうも、木山先生」

 

 笑みを浮かべてそう言うと、反対に木山春生も笑みを浮かべて『こんにちは』と挨拶を返す。

 

「枝先さん、昨日会いに行ったら元気そうでしたよ」

「そうか、それは良かった。心配だったからな……彼女、春上衿衣はどうだ?」

「春上さんは外傷も無かったので検査が終わってもう初春と同じ部屋で」

「なるほど、そうなると一人暮らしは君だけだな」

 

「あれ、言ってませんでしたっけ、私今は紫さんと一緒なんですよ」

 

 涙子がそう言った瞬間、場の温度が数度下がった気がしたが気のせいだと信じる。

 

「あのグラマラスな女性か?」

「そうですそうです、しっかり紹介しとけばよかったですねー」

 

 苦笑する涙子に、春生はと言えばなんだか無表情に近いような表情。

 なんだかわからないが危機感を本能で感じ取った涙子は少しばかり肝を冷やす。

 

「やはり君も大きな胸にそそられるか」

 

 哀愁を漂わせてそう言う春生に、涙子は心臓が飛び出るかと思うほど驚く。

 

「いやいやいや、私女ですよ!大きな胸にそそられるってなんですか!」

「君はそっちの気があるのかと―――」

「ありませんよぉ!?」

 

 ―――いや、無い。無いはず。無いでいてほしい。

 

 何度か心の中でそう思って自分に言い聞かせる涙子だが、周囲から見れば彼女が“そうでない”ということの方が『無い』と思うだろう。

 フラグやらの乱立っぷりを見れば現在の佐天涙子は女性から受けている好意の方が間違いなく多い。

 幻想郷の“普通の魔法使い”から言わせれば『佐天病』である。

 

 ちなみに佐天病末期者は重福省帆あたりだろう。感染者は数えていたらキリがない。

 ともかく、旧上条当麻も感染者の一人だったのは言うまでもないだろう。

 そして結局、佐天涙子は悶々とした気分のまま答えを出すことはできなかった。

 

「今回の件、本当にありがとう……君が居てくれなかったなら私はもっと苦しい思いをしていたと思う」

「……いえ、乗り越えられたのはみんなが居たからで、私の力なんて微々たるものなんですよ」

「その微々たる力がなにかを変える力がある、私はそう信じてるよ」

 

 微笑する春生に、嬉しそうに涙子は笑って返した。

 それからあまり実の無い話を女二人でしてから、涙子は帰路へとつく。

 

 黄泉川愛歩に『あまり余計なことに首突っ込んで怪我すんなよ』との達しを受けはしたが、彼女自身も涙子には無駄だろうとわかっていた。

 だからこそ、言っておくことに意味がある。

 彼女だって涙子と関わってしまっているのだから、心配もするのだ。

 

 そしてその後、涙子はどこに来たかというと。

 

「お邪魔しまーす」

「お邪魔するわね」

「いらっしゃいなのー」

 

 初春&春上宅にお邪魔していた。

 理由はと言えば、初春が今日は風紀委員(ジャッジメント)で帰れないかもしれないということでだ。

 ならば仕方ないと、涙子は紫も連れて食事をごちそうするためにこの家へと訪れた。

 笑顔で迎え入れてくれた衿衣に笑顔で返すと、涙子は買ってきた食材で料理を作ることにする。

 

 本来の涙子の料理テクニックと紅魔館で鍛えられた料理の腕により今の涙子の料理は店で出せるレベルのものとなっているが、それを知るのは一部の人間のみだ。

 そして衿衣もその一人となり、目を輝かせて、どこぞのレベル5のように目に星を浮かべながら食事をとるのだった。

 結局、御飯もすむとテレビを見ながら雑談するぐらいの三人。

 

「そう言えば明日のプール楽しみなのー」

「初春からメールもらった?」

「うん!」

「楽しみだねー」

 

 ―――何かを忘れている。佐天涙子はそれに気づくまでに数秒の時間を要した。

 そしてさらにその内容に気づくまでに数十秒、気付いた時には紫がなんとも哀愁漂う表情をしている。

 衿衣は『なにがあったの?』と言わんばかりの表情だが、涙子は内心非常に焦り、それは冷や汗という形で誰にでもわかるようになった。

 

「紫さん、その誘おうと思ってたんですよ?」

「良いわよ、どうせ私はおばさんだもの」

「そんなことないですって可愛いですよ、可愛い女の子ですよ!」

 

 本当に思っていることを言っているだけだ。

 だが紫はそれでも拗ねた。あの妖怪賢者と呼ばれた女が、まるで少女のように拗ねた。

 ある意味、というより普通に結構な大事件なのだが佐天涙子という少女はまるでそれを理解せずにただただ、友達を慰めるように紫のそばに行く。

 それにどういうことか気づいた衿衣は、どこから得た知識なのかそれを涙子の耳元で教えた。

 

「え、それは……」

「やってみるの!」

 

 満面の笑みで押し切られた涙子は、ダメだろうという気持ちで実行することにした。

 

「紫さん」

 

 涙子は三角座りしている紫を後ろからギュッ、と抱きしめる。

 

「~~~ッ!!?」

 

 驚いて声も出せなくなる紫だが、涙子は顔が見えないので続けることとした。

 

「紫さんの水着姿、見てみたいな」

 

 囁くように、甘い声で言った。

 春上衿衣が一体どこでこんな知識を身に着けたのかは誰にもわからない。いや、わかるとしたら少女マンガが大量に置いてある本棚の持ち主ぐらいだろう。

 だからこそ、衿衣はそれで見たことを涙子に実行させ、涙子はそれを実行した。

 本来ならば男が女にやるであろう行為を、そんな風にしてしまった故に、そんな色恋沙汰など経験したことのない妖怪賢者はまるで少女のように顔を真っ赤にして、照れ隠しなのかなんなのか涙子の顎を拳で打った。

 

「おぉ!」

 

 その綺麗なフォームに感嘆の声をあげる衿衣。

 床に倒れた涙子。

 顔を真っ赤にしてその熱を押さえるために洗面所に行った紫。

 

 なにはともあれ今回ばかりは同情もされるであろう彼女、佐天涙子は思う。

 

 ―――不幸、だ……。

 

 




あとがき↓  ※あまり物語の余韻を壊したくない方などは見ない方が良いです。















はい、がっつりかかっているゆかりんでした
まぁ幕間のような話なので好き放題やります、それはもう好き放題やらせてらもいます
ネタをもらったのでどうにでもなりそうだなのですき放題やります!
とりあえずアニオリの水着イベント的なものを用意しようと思った所存にて候
では、次回はサービス回(文字だけ)です!

次回もお楽しみいただければまさに僥倖!

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