佐天涙子と十六夜咲夜の前に立つのは“原石”と呼ばれる人間。
涙子は考える。そもそも超能力、つまりは学園都市の目的自体が目の前のような存在を作るためのものであり、自分もそれを作るために作られた劣化品だ。ならば、自らの力で目の前の原石を倒せば、自分はレベル5を超えると言うことであり、学園都市を超えたということ……。学園都市の最高傑作がレベル5なら、自分がその上を行くことができれば、レベル0など……。
「涙子避けなさい!」
「え、わひゃっ!」
横に転がって炎を避ける涙子。余計なことを考えるのをやめて戦闘に集中して、とりあえず残りのナイフ数を数える。大型のサバイバルナイフが一本、そして投擲用に使うバタフライナイフが五本、こんなことならば拾って来れば良かったとも思うがまさか問答無用の戦闘になるなどと誰が予想しただろうか?
いや……。
「蓬莱山輝夜、さてはわかってたなぁ?」
恨めしそうに口にする涙子、後で霊夢にチクッてボコボコにしてもらおうと思うもまずはここを無事に帰る方が先決だ。すでに弾幕勝負は始まっている……ならば自分も弾幕(物理)で戦うのが筋というものだろう。近づいて殴るために、左手に意識を集中する涙子。
「妖魔結界!」
「涙子!」
咲夜の大声を聞いて止まる涙子、バカでもわかる。『やめろ』ということだろう、咲夜は涙子が変わることをあまり好ましく思っていない……いや、好ましく思っていないという点では咲夜だけではないだろう。アリスとの戦いの時は別々で戦っていたし咲夜も見ていなかったから止めなかったが、近くにいたら止めていただろうし、鈴仙の時に“鬼”まで解放したと知れれば相当怒られる。
「私がなんとかするから、貴女は逃げなさい!」
「なっ、私がまだ戦力外って言うんですか!」
「そういうわけじゃなくて、貴女だけはっ」
二人が同時に跳んで距離を取ると、真ん中にひときわ巨大な火球が飛んでくる。
「仲間割れか、輝夜になにで釣られたのか知らないけど……あたしを倒すなんざ無理だよ!」
火球を手の上に浮かばせながら言う藤原妹紅相手に、涙子は舌打ちをしてからバタフライナイフ一本をくわえて左手の指に三本を挟み、右手にサバイバルナイフを持つ。神裂と戦った時のスタイルだが、喋れないという欠点を除けば最も相手に倒すことに特化したスタイル。
走り出す涙子、咲夜が涙子の背後からナイフにて援護をするが、妹紅はそれらのナイフを火球で燃やす。だが後衛からの攻撃ばかりに気を取られていれば前衛の涙子はすでに至近距離、並ではない移動速度だと察した時にはもう遅い。涙子は妹紅の背後へと走るが、すでに妹紅の腕は切り裂かれていた。
「ぐっ」
痛みはある、服も切れた。だが傷は付いていない。
「なるほどな、大した武器だよっ」
さらに咲夜のナイフの一本が妹紅の足を切りつける。それも同じように傷は作らなかった。さらに痛みを感じている隙に背後から迫った佐天が妹紅の横を通り再び体へと攻撃を斬撃を仕掛けてきた。二人の猛攻に苦戦を強いられている……ことは無かった。
油断していたというのが正しいだろう。
「いつまでもっ!」
妹紅の周囲の炎が先ほどの比ではないほどの火力で燃え上がり、妹紅の背中に巨大な炎の翼を作った。
「鳳凰……?」
つい、涙子は口に出して口のナイフを落とす。鳳凰、不死鳥、火の鳥と言えばその二つだ。左手のナイフ三本をジャケットの中にしまうと落ちたバタフライナイフを拾って左手に持っておく。とりあえず危険な匂いのする炎の翼を纏った妹紅に意識を集中させる。
「殺して良いんだったら早いんだけどな」
「ハハッ……私もです」
妹紅と睨み合う涙子、先に動いたのはもちろん妹紅であり、炎の翼を羽ばたかせて飛び上がり涙子へと落ちていく。大きく跳んでその炎を纏ったタックルを避ける涙子だったが妹紅はすぐに地面を蹴りあげて涙子の目の前にまで迫る。
「なっ!?」
「そんぐらい読めてないとでも、思った?」
笑みを浮かべる妹紅が腕に炎を纏い、それを涙子にたたきつけようとした瞬間―――。
「チッ、ナイフ!?」
咲夜が投げたナイフが妹紅の前を通り、妹紅に攻撃を躊躇させる。そして飛んできたナイフが妹紅と涙子の間を通り過ぎようとした瞬間、涙子は投げられたナイフを掴みそのまま妹紅の胸に突き刺す。いや、突き刺さったように見えても傷もつかない、ただ痛みだけを感じるだけだ。妹紅は顔をしかめるが涙子はその一瞬の隙をついて妹紅を蹴って空中で距離を離し、着地した。
妹紅を説得しようとも思うが、今更言ったところで『騙そうとしている』と思われるだろう。
「咲夜さん、やります!」
「やめなさいって!」
「聞きません! 妖魔結界、血呪封印解除!」
左手に意識を集中して言う涙子の前に、妹紅が現れて先ほど刺されたナイフを涙子の腹に突き刺す―――だが傷が残るわけではないと涙子はそのままナイフを持っている妹紅の右腕を右手で掴む。
「“龍”解放!!」
それと同時に涙子の体中に封印された妖怪の血が流れ、同時に妖力も体中を支配する。ナイフが刺さる痛みを感じるも刀で腹を捌かれた記憶だってあるし電撃で体を焼かれた痛みも覚えていて、今更ナイフが刺さる程度がなんだとそのまま左手を握りしめ、拳をつくる。
「撃符「大鵬拳」!!」
美鈴の業をここにて発動。拳にありったけの気、妖力を集めての打撃を腹に受けて妹紅は吹き飛び転がる。涙子は静かに息を吐いて拳を構えた。横に現れた咲夜は少しばかり涙子を咎めるような眼をしたが、してしまったものは仕方ないと落ち着く。
咲夜と涙子の二人でお互いの“エモノ”を構える。
「たぁ、痛っ~! 輝夜より接近戦よりだな、こいつぁ……」
腹を押さえながら起き上る妹紅は口元に笑みを浮かべる。
「ならこっちも接近戦よりの攻撃で行くか!」
妹紅の纏う炎がさらに火力を増す。
「燃え盛れ! 焼き尽くせ! 不死「火の鳥―鳳翼天翔」ォッ!」
叫ぶとともに妹紅が地面を殴りつける。火柱が妹紅の方から吹き上がっていき徐々に涙子と咲夜へと近づいていく。すぐに涙子と咲夜は動いてその火柱を避ける。だがスペルカードでの攻撃がそれだけの“はずがない”ということを知っている涙子はすぐに妹紅の方を見ると、妹紅はすでに動いていた。紅蓮の翼を纏った妹紅が涙子を吹き飛ばす。
まるで車が人を跳ねたように、涙子は勢いよく吹き飛ばされた。しかも、涙子を燃やしながら妹紅はさらに攻撃を続ける。涙子を跳ね飛ばした直後に地面を蹴って空中の涙子を掴まえると、続いて妹紅は口を開く。
「不滅「フェニックスの尾」ォ!」
妹紅から炎が吹き上がり、涙子を襲う。肌が焼けるような痛みだけが涙子を襲うが殺してはダメなルールなのだからそれを守らないわけにもいかない、妹紅が今戦っているのは“普通の人間”なのだから当然だ。だからこそ妹紅から放たれる炎は涙子を痛めつけるだけ。妹紅が蹴り飛ばして地面へと吹き飛ぶ涙子はそのまま体をぶつけて転がるも、すぐに起き上る。
痛みしか感じない故の起き上りの速さ、だが地面に体をぶつけて、擦ってできた傷ばかりはどうしようもないと口の端から流れる血をぬぐう。
「(ステイルより、全然強い!)」
いざ殺し合いとなると今の涙子ではステイルに勝つ確率が無いわけでもないが、妹紅とはとてもじゃないが戦えない。そもそも死なないという能力だけでもチートくさいのに挙句の原石としての力、炎を操る能力だ。
ステイルとの戦いの場合であれば
「だけどっ」
これは弾幕勝負、スポーツと同じように勝敗というものがある。片方がボロボロになって動けなくなれば負け、つまり妹紅の場合は死なないにしろダウンさせればいいのだ。だったら早い。片っ端から攻撃を避けて―――殴る!
「妖魔結界!」
妹紅と弾幕を撃ちあっている咲夜が涙子の方を見た。
「ダメよ涙子!」
だがその言うことは聞けない、今涙子にとって輝夜のお願いを受ける受けないなどどうでも良いのだ。今、自分は藤原妹紅に勝ちたい。その一心で力を解放しようとしている。
鈴仙の時のように異変を解決しようなどという気は一切ない、ただ自分のためだけに、力を使う場所だと感じた。お遊戯ごとのような戦いででも良い、原石というものに一石投じたい、ただそれだけの思い。
「血呪封印―――解除!」
左目に意識を集中して叫べば、左腕と同じく力を感じる。燻っている。
「“鬼”―――開放!」
瞬間、涙子は体に先ほど以上の力を宿るのを感じた。だがそれは同時に負荷がかかるのも同じ、だからこそ長時間“この状態”でいるのは無理がある。すぐに決める、つまりはそういうことだ。
咲夜の静止もきかず、涙子は地を蹴り跳びだす。
「なっ!?」
ほぼ一瞬とも言っていいスピードで妹紅の目の前へと接近した涙子がすぐに拳を突き出し妹紅を吹き飛ばす。地面を激しく転がった妹紅へと素早く涙子は接近、その顔を掴んで上空へと放る。
地面を蹴り、跳ぶ涙子が空中の妹紅まで接近すると、頭を下にしている妹紅の顔に手のひらを向けて、そのまま弾幕を放つ。つまりは霊力の塊のようなものだ、それを出す才能というのが皆無と言われた涙子だが少しぐらい出せる。問題はそれを当てられるかどうかなのだが、こうしてしまえば問題もないだろう。
「ガッ!?」
痛みに顔を歪める妹紅だが、すぐに涙子に蹴られて地上へと飛ぶ。それでも両手を地面について受け身を取る妹紅はすぐに両足で地面に立ち地上に落ちた涙子に対して炎を放つがその射線上を先読みしていたかのように涙子は避けて、次の妹紅の攻撃先もわかっているかのように避ける。
「お前っ!」
「“見えてる”よ、少しだけ!」
涙子はすぐに反撃とばかりに体を回転させて妹紅の腹部に蹴りを入れる。転がる妹紅がすぐに立ち上がり両手に火球を出現させて放つ。だが妹紅の手から火球が離れる直前に涙子はすでに移動していてそのまま走る。
「“見えてる”って言ってるでしょ!」
吸血鬼レミリア・スカーレットの左目を持ったからかはわからないが、佐天涙子には確かに妹紅が攻撃しようとしていた場所がわずかに見えていた。そんな未来を見ることはできないが数秒先ならば見える。鈴仙だってそうやって倒した。
鈴仙との戦いでは鈴仙の居場所を割り出すことが数秒先の攻撃を見ることでわかることができた。
戦闘では数秒先の未来が見える、それだけで十分勝機を見出すことができる。
「ちぃっ、なら見えても避けれない攻撃にすればいいんだろ!」
拳を地面に叩きつける妹紅、再び火柱が上がり涙子へと迫るがそれも見えていた。すでに回避行動を終了している涙子はすぐに投擲用ナイフ、ラスト一本を左手にて投げる。妹紅はそれを跳んで避けるが途中で別方向から飛んできたナイフが涙子が投擲したナイフを弾き、妹紅の肩を掠る。
「なっ!」
「二体一だということを、忘れていたのが仇でしたわね」
そう言う咲夜は、いつの間にか妹紅の上にいた。眼をつむったままの咲夜がいつも通りの表情で―――消える。
「幻世「ザ・ワールド」」
いつの間にやら涙子の隣にいる咲夜が言うと、妹紅の周囲にいつの間にかあったナイフが妹紅を襲う。
「「フェニックス再誕」!」
妹紅が叫びと共に、その身を炎に包む。その炎をナイフが貫くが所詮は炎の塊に過ぎず、炎は形を変え、鳥になると飛び上がり空中を舞う。
「……これが、原石の、力?」
とても言葉にできるような光景ではない。その火の鳥の中から妹紅が姿を現し、炎の鳥の翼と尾を纏ったまま地上に降り立つ。あまりにも圧倒的な力だが、涙子とて伊達に未来視を持っているわけは無い。いくら火力が高かろうと当たらなければどうということはないし、それに攻撃を当てるのだって未来視があれば良い。
だが、徐々に見える未来が狭くなっている。数秒先が見えるはずの目はすでに一秒ほどしか見えないだろう。
「ハハッ……まだまだか」
涙子は左目がズキズキと痛むのを感じる。左目を閉じて意識を集中すると、左目から流れた力が無くなるのを感じる。手動で封印を一時的に解くことができるのだから、手動で封印を元に戻すこともできる。咲夜はそれをわかってか、一歩前に出た。
「お前ら、もう私に関わらないってなら許すから……どっか行ってくれ」
突然、妹紅はそう言って炎を消す。キョトンとする涙子と咲夜の二人だが妹紅はどこか暗い表情だ。突然どうしたのかと思った涙子と咲夜の二人だが、戦闘が終わるなら別にこのまま去るのも一興かと思った。
だがそんな時、彼女は現れる。
「妹紅!」
知り合いの声にそっちを見れば、涙子の知らない女性が立っていた。いや知っている気がするのだがどこか違う、だって涙子の心当たりのある知り合いは“人間”だったはずだから……。
「佐天、慧音だ。この姿ではわからないかもしれないがっ……妹紅、お前またこんなところで!」
「うるさいな、あたしが誰と殺し合いをしようがお前の知ったことじゃないだろ! 特に輝夜とでもないんだし殺し合いなんかしないよ!」
「でも蓬莱山が来れば殺し合いをしていたということだろう、やめろ妹紅! いくら不死だからと言って心は傷つくし、痛みだって感じてるはずだ!」
なぜだかいきなり始まってしまった言い合いに、涙子と咲夜は完全においてけぼりだった。もう二人して自分たちはどこに立てばいいのかもわからずに、髪色が緑になって、角まで生えている慧音を見る。確かに慧音だが、どうにも熱すぎる。そんなにあの藤原妹紅に固執する理由が、彼女にはあるのだろうか?
「こんな場所でずっと一人で、それで良いわけがない!」
「良いって言ってるんだよ、慧音にだってわかんだろ、半妖のあんたなら一人で“取り残される”側の気持ちが! だから私は復讐のために、一生アイツと殺し合いをしてる、それで良い!」
「お前を不老不死の蓬莱人にした蓬莱山輝夜がそんなに憎いか!」
「憎いに決まってる! いや、こうなったのはあたしのせいだけど、それでもあたしはアイツを殺したい!」
走り出した妹紅が慧音へと右拳を振るうが、それを左手で受け止め、そのまま拳を掴む慧音。
「アイツと殺し合う、それだけで良い、憎しみだけであたしは生きてける!」
「ふざけるな! お前が、人間が一人で生きていけるわけがない!」
「どう生きようとあたしの勝手だ。いや、むしろ殺してほしいね! 殺されるもんならな!」
慧音に左拳を振るうが、それもまた慧音に受け止められる。組み合う妹紅と慧音の二人。瞳一杯に涙を溜めながらも慧音が叫ぶ。
「お前はそう言うかもしれない、けれどせめて私が生きている間だけは幸せでいてほしいと思うからお前をこうして何度も迎えに来てる! 私がお前を憶えてる、お前が私を憶えてる、それではだめなのか!」
「それが余計なお世話なんだよ、私は一人で……誰の記憶にも留まらず、誰も記憶に留めず、なにも記憶しないで生きていく!」
「ふざけるなぁぁぁぁっ!」
叫び声をあげて、慧音と組み合う妹紅を殴り飛ばしたのは“佐天涙子”だった。
地面を転がる妹紅と、組み合う相手を無くしてキョトンとしている慧音の二人が、佐天涙子を見るがすぐに二人して涙子を睨む。
「おい佐天!」
「黙っててください慧音さんは! こっからは私の私怨です!」
そんな涙子の威圧感に慧音が黙って、見ている咲夜は驚いた。普段の涙子からそんな威圧感が発せられることもないし、大体にして涙子がここまで怒ること自体が珍しく、ここまで自分が勝手に怒っていると自覚して他人の喧嘩に割り込む人間自体、初めて見た。
立ち上がる妹紅が涙子を強く睨みつける。
「おいお前、関係ないくせに突っ込んでくるんじゃ―――」
「関係無いわけないでしょうが、慧音さんは私の友達です。その友達が泣いてる挙句、あなたはふざけたことを“ぬかした”んだ!」
一歩、一歩と進んでいく涙子。
「貴女がなんで不老不死になったか、殺し合いをしているかなんて知らない。でもこれだけはわかった……貴女はただ恐いだけだ、自分だけが“取り残される”のが!」
瞬間、わずかに妹紅がひるむがすぐに表情を険しくして涙子を睨む。
「お前になにがわかる! 慧音とあたし、輝夜とあたしの何がわかる!」
「わかんないよ、でも貴女が誰かの記憶にいることも誰かを記憶することもビビってるのはわかる!」
「テメェッ!」
火球を二つ飛ばす妹紅だが、涙子は体を横に逸らしてその火球の一発を避けるが、もう一発が当たり地面に膝をつく。咲夜は黙ってその光景を見ながら、フランドールの時と似ていると感じた。事情をあまり知らなかったとしても、だからこそわかる目線で戦う。
「それでも誰かを記憶するっていうのは、誰かに記憶されるっていうのは、その人の証になるんだ! その人が生きてた証に、でもその人を知っている人が誰もいなかったら? その人が記憶しているものすべてが消えたら? その人が生きてた証はどこに行くの!?」
涙子は立ち上がり、また歩き出す。
「不老不死っていうのがどんだけ苦しいのかわからないけど、それでも……置いていかれる気持ちはわかる。自分も一緒に“ソッチ側”に行きたいのに、それでも行けないでみんなばっかり先に行っておいて行かれる気持ちは良くわかる!」
「い、今さっき会ったばかりの、ポッと出のお前にっ……」
「それでも、私ももう置いていく方の気持ちがわからないわけじゃない!」
初春のこと、御坂のこと、それに上条のこと、置いて行くことと置いて行かれること……。
「苦しいけど、それでも自分のことを良くわかってくれてる人がそこにいるんだ。一緒に居て良かったって言えるんだ!」
「自分を置いて、どんどん友達が老いぼれて死んでいく気持ちがお前にわかるか!」
「わかるわけない、そんなことわからない! けど、それでも今“ここにいる貴女”と一緒に居たいって言ってる人がここにいる!」
一歩一歩、確実にふみしめて近づいていく涙子に妹紅は攻撃という手段を忘れていた。
「貴女に自分を憶えていて欲しいって、貴女のことを知って、憶えて……逝きたいって人がいる。置いて行かれてしまう貴女と一生懸命歩もうとする人がいる!」
妹紅との距離はもう、僅か……。
「なんにも知らない私だけど、そんなことはわからないわけじゃない! 誰かを記憶するってことがどれだけ大切か、自分を記憶するってことがどれだけ大切か、記憶がある貴女はわからないわけない!」
「あたしは、なにも記憶したく……ないっ、いつか悲しくなるだけの記憶なんてっ! 慧音と過ごしてもその記憶だってどうせっ!」
「貴女の記憶だって、先に行ってしまった人たちとの記憶だって辛いものだけじゃない! 楽しい記憶だって沢山あるでしょ!? 最後に人は別れが来るんだ、それはいつも、誰にだって!」
少し前に、突然の別れが来てしまった一人の少年を思い出す。出会ってからの彼との記憶は少ないものだけど確かに楽しいこと、辛いことの連続だった。それぐらい彼との出会いは涙子にとって大きなものであったのだ。
だから、
「それはっ……」
「まだ貴女に、慧音さんの気持ちに答えようとか! 誰かと一緒に居たいっていう気持ちがあるなら!」
両足でしっかりと立ち、涙子は赤と青の目で妹紅を真っ直ぐ見る。
「まずその幻想を守りぬく!」
妹紅が動揺した表情で、涙子の目を真っ直ぐと見た。
「そしてっ! まだ貴女が“誰かと一緒にいられない”なんて言うならッ!」
腕を振りかぶり、自分が憧れた
「その幻想をぶち殺す!!」
拳が、妹紅を打ち倒した。
倒れたままの妹紅と、立ったまま肩で息をしている涙子。今にも倒れそうな涙子が倒れている妹紅を見ながら爽やかな笑みを浮かべる。
「楽しいこともあれば悲しいこともある。もちろん悔いの無い終わりだってある。沢山の記憶がある貴女なら、わかるでしょ?」
涙子は上条当麻の最後が“悔いの無いもの”だったと信じて言った。最近になってようやくそう思えてきたのだ、彼は人を助けるのに命を掛けるのを惜しまない人だったから……。
きっと自分のこともその他大勢と同じように、助けたのだと……。
「いや、もしかしたらちょっと特別かも?」
「ははっ、どうしたお前?」
妹紅に言われて自分が独り言を言っていたのだと気づく。
「あはは、出てましたか」
少しばかり自意識過剰が過ぎるかなとも思ったが、笑い声がどこからともなく聞こえてきた。妹紅が涙子を突き飛ばし距離を離す。
「動けないでしょ妹紅! そのまま今日は死になさい!」
上空の蓬莱山輝夜が、笑いながら妹紅へと手を向ける。
「「蓬莱の樹海」!」
視界一杯に弾幕がばらまかれるが、それらはすべて妹紅を狙うもので―――挙句に殺傷性もあるだろう。だからこそ今回の“死”を覚悟した妹紅だったが突然誰かに押し倒される。というより誰かに上に乗られて庇われると言った方が正しいのだろう。
「なっ、お前は!」
佐天涙子が、妹紅を庇おうと押し倒していた。
「えへへ、不老不死でも、痛いんでしょ? なら痛みをやわらげるぐら、いは……」
そのまま気絶する涙子をなんとかして運ぼうと起き上ろうとする妹紅だが、先ほどの拳の一撃や弾幕勝負で使った体力は思いのほか妹紅の体にダメージを与えていて、運ぶのまでには間に合わないとわかった。それでもなんとかして涙子を守ろうと考えるも今は涙子を引きずってでも射線範囲上から逃さねばと思ったが、やはり間に合う気がしない。
ここまでかと妹紅が諦めそうになりながら弾幕を見据えた瞬間―――。
―――そのすべてが、かき消された。
「たぁく、面倒なことさせてんじゃないわよ……」
ダルそうな声でそうつぶやいた瞬間、蓬莱山輝夜の笑顔は一気に消えて震えだす。不機嫌そうなのは言葉からも口調からも雰囲気からもわかり、それでも妹紅はなにがなんだかわからずに疑問を抱いて小首をかしげるも、今はともかく涙子が無事なことを安心する。
二人を守るように現れて、弾幕をかき消した存在は片手に持ったお祓い棒で肩をポンポンと叩いた。そしてその光景の一部始終を見ることになるであろう妹紅、慧音、咲夜の三人は声をそろえてこの時のことをこう語るだろう。
現れたのは、鬼のような
あとがき↓ ※あまり物語の余韻を壊したくない方などは見ない方が良いです。
三日に一話のペース、こんなんで大丈夫でしょうか? まぁ帰ってきてすぐに書いていればこうもなるでしょう、話もまとまってるので文字に起こすだけの簡単な作業です。
とりあえずみなさんお楽しみいただけたでしょうか! 今回の章一番の見せ場と言っていい上条さんとの決別的なことも!
まぁ序盤と終盤のテンションが違うのは色々とわかったからということで!
佐天さんと原石、藤原妹紅との話は次の話になるでしょう。なんたって異変終了と言ったらもちろんあのイベントもあるわけですからなぁ~!
さてさて、とりあえず賛否両論あるとは思いますが今回はこれで!
次回もお楽しみいただければまさに僥倖!