アリスが負けを認めたことにより、決着が着き、涙子はアリスを地面に縫い付けたナイフを回収していく。穴だらけになったアリスの服を見ると申し訳なくもなるが赤くなって服を押さえているアリスを見るとなんだかスカートを捲った後の初春とチルノを思い出した。
上から降りてくるボロボロの咲夜と魔理沙の二人を見て、肩をすくめる。
「大したものね、アレを使ったといえど勝つとは」
いつも通りクールに言う咲夜だが、ボロボロの涙子よりもボロボロの咲夜が言うのであまり恰好はつかず、魔理沙は負けたというのにも関わらずおかしそうに笑って、咲夜に時間を止められてから殴られる。頭をおさえる魔理沙が涙子を見て、少しばかり顔をしかめた。
「あぁ、私の左腕の美鈴さんの腕の力を使ったんです……でもこの封印を解除できるのも制限時間付きなので、ほら戻った」
佐天が纏っていた雰囲気が変わり、その体からあふれ出る“気”の力も感じなくなる。
「どうなってんだ?」
「まぁ、簡単に言うと美鈴さんの妖怪の血の力の封印を一時的に解放して能力を上げるんですよ……まぁ、解放されている方が本当の力と言った方が良いんですが封印されているとき、つまり普段の私はただの人間です」
「あれで人間、ねぇ」
先ほどの封印を解放する前の涙子の動きを思い出しても正直すさまじいと思うアリス。苦笑して返す涙子にも自分の身体能力がよほど人並み外れているという自覚はあるのだろう。
「ともかく、あまり使い続けるわけにはいかないのよ。解放されていれば徐々に妖怪の血は涙子の血に馴染んでいって、最後は封印の意味がなくなるから」
「別に人間じゃなくなっても構いませんって」
「……」
涙子が楽しそうに言うが、構うのは咲夜たち、つまり紅魔館の住人達なのである。涙子にはまだ理解できていないのだ、人間じゃなくなり妖怪になるというのがどういうことなのか……。魔理沙と友達のアリスにも、紅魔館の住人である咲夜にもわかることだが、涙子にはまだわからない。人間と妖怪では生きている時が違うのだと……
それから軽く話を終えた後、涙子は
そんな時、視界の先に銀色の鈍い光が映った。
「……止まりますよ咲夜さん」
「ええ」
止まる涙子の視線の先には、銀髪の少女と桜色の髪の女性。この幻想郷に来てから研ぎ澄まされた本能的感覚が目の前の二人に妙な不安を覚えたが、とりあえず話し合いもせずに戦闘というわけにもいかないし弾幕ごっこをいきなりしかけてくることなんて無いだろう。
二人の女性の視線と涙子の視線が合うが、涙子は相手の力量を見るに逃げた方が得策かと考えた。
「あら、紅魔館の……」
「おさがりください幽々子様、ここは私が!」
少女の方は魔理沙と同じぐらいの強さか、だが女性の方は格が違う。あまりにも危険な感覚がした。
「下がりなさい妖夢、私が少し遊んでみたいわ」
「しかし……いえ、わかりました」
妖夢と呼ばれた少女が下がり、幽々子と呼ばれた着物の女性が前に出てくる。咲夜も涙子が動くまでは動かないようだがいつでも時を止められる準備はしていて、あとは涙子の合図を待つぐらいだろう。しかし、女性の視線にさらされた涙子はどうやって逃げればいいかわからないでいた。
瞬間―――。
「あら」
上空から巨大な何かが降ってきた。
「氷塊?」
その一つの氷塊は涙子と幽々子の間に突き刺さり、氷は偽の月光を反射し青白い光を映す。そしてその氷にヒビが入り砕け散った時、中から現れたのは青い髪のワンピース姿の少女。その少女は粉々に砕け散った氷と共に地へと降り、腕を組んで不適で“さいきょー”の笑みを浮かべた。
青い目が幽々子を捉える。
「真打登場って奴よね!」
「ふぅん、まったくフランったら乱暴な投げ方するわね……まぁそのおかげで丁度いい場所につけたってわけよさ」
組んでいた手をほどいて後頭部をかきながら言うチルノは涙子の方を見て笑う。
「チルノ!」
「佐天に咲夜、こんな異変“さいきょー”の力を借りれば簡単に終わったのに……それにリグルやみすちーともなんかあったみたいだし」
意外な人物と知り合いであったチルノに驚く涙子、やはりチルノの友好関係やら人脈やらはわからないと思ったがさらにわからなくなるのはここからである。
「下がりなさい幽々子」
そう、堂々と相手に宣言するチルノ。普通の状態の涙子とすら互角だというのになぜここまで大見得を切ってあそこまでの存在と同等でいられるのか、涙子にはまったくわからなかった。しかしそれでもその背中は“さいきょー”を語るにふさわしいほど頼りがいのあるものだ。
チルノの“提案”に幽々子は『ふふっ』と笑いながら答える。
「お断りよ」
「あたいと幽々子の仲じゃん」
「それでも私の楽しみを取り上げないでほしいわぁ、それとも貴女の友達の“夜雀”を御馳走してくれる?」
「それこそ無理ってものじゃない、あたいは友達を裏切れないのよ」
「じゃあ私のことは?」
「……こーしょーけつれつってやつね」
チルノが手を地面に付けた瞬間、周囲に冷気が漂いチルノの前から氷の塊が現れそれは幽々子へとまっすぐ飛ぶ。
それを見て動いたのは妖夢だった。すぐに幽々子の前に立ち迫りくる氷の塊を切り裂いたのだが、その視界の先には氷の壁があった。それが攻撃手段でないと悟った時にはもう遅い。氷の壁は壁のように見えて飛び台であり、妖夢たちから逃げる。否、妖夢たちを追い越すためのモノ。
「なっ!」
氷の飛び台から涙子の運転するバイクが飛び出しそのチルノと咲夜を乗せた三人乗りバイクは妖夢と幽々子を飛び越えて“この異変の主犯”の元へと走って行った。
唖然とする妖夢をよそに、笑いだす幽々子。
「ふふっ、ふふふっ」
「どうしたのですか?」
「だって、あははっ、チルノがあんな小細工を覚えたなんて……まぁここからは主犯まで一直線でしょうね」
幽々子がそういうと、不思議そうに首を傾ける妖夢。
「紫がチルノを通さないわけないじゃない、まぁ私だって本気で通す気がなかったわけじゃないけど」
「なぜ八雲紫や幽々子様のような強力な妖怪があの程度の妖精を―――」
「
そんな言葉に妖夢は再び意味が分からないというように『は?』と言って首をかしげた。妖精というのは総じて馬鹿であるが幽々子や八雲紫が妖精と仲良くしているなど聞いたことも無いので、というより馬鹿が好きという基準ならばこの幻想郷にはバカが山ほどいる。
けれど目の前の自らの主は“馬鹿=チルノ”と言うように馬鹿という言葉を使う。
「
「友達……ですか?」
「そう、友達よ友達、私たちの数少ない友達だから……絶交は怖いじゃない?」
軽く舌を出して悪戯っぽく笑う幽々子はそのまま涙子たちが進んでいった方へと歩き出す。わざわざ飛ばずに歩くということは考えるまでもなく、チルノたちを見逃したということだろう。なんだか一気にわからなくなった主を思いながら、そして先ほど目のあった佐天涙子を思い出しながら、妖夢も歩き出すのだった。
幽々子と妖夢から逃げ切った涙子たちは、それでもなおバイクをかっ飛ばして三人乗りのバイクは徐々に速度を落としていった。つい一時間ほど前初めて乗ったバイクだがなんやかんやですぐ慣れているあたり涙子の適応能力のすさまじさを知れる。
涙子の腰に手を回して後ろに乗っている咲夜は速度が徐々に落ちてきているのを感じて後ろを見る。チルノがバイクに掴まっていた。自分の氷で足を滑りやすくしていたからついてこれたのだろう。
「さて、次のボスですか……」
そう言った涙子に合わせるようにバイクから降りる咲夜、そしてその隣に並ぶチルノ。涙子はバイクに乗りながらも苦笑。
「あんまり戦いたくないんですけど……特に、貴女たちとは」
三人の先に立つのは博麗霊夢と八雲紫の二人。今回ばかりは逃げ切れないと思った涙子がバイクを降りて残りのナイフ残数を確認。大き目のサバイバルナイフが一本と投擲用に使っているバタフライナイフが十二本、悪い数ではないがこの二人相手、いや片方が相手でも足りないだろう。人間はスペルカードルールがあるから妖怪にも勝てるとは聞いているけれど、霊夢は確実に別格だ。あまりにも最強、圧倒的な最強―――。
ただ唯一で孤高の―――
たしかに先ほどの幽々子の方が強いかもしれない、八雲紫の方が強いかもしれない、フランドールの方が強いのかもしれない。なのに霊夢の方が強く感じてしまう。
それほど、涙子にとっての霊夢とは絶対的なのだ。なぜだかわからない、生理的なものなのかもしれない。だがそれは隠しようのない動揺となっている。本気の霊夢と戦う―――。
「さて、三人まとめてかかってきなさいよ……」
お祓い棒片手に、霊夢は不適に笑う。
「咲夜さん、私と咲夜さんとチルノで、それから私が封印解除して霊夢さんに勝てますか?」
「……五分ってところかしら」
「“さいきょー”のあたいがついていて情けないわね」
今回ばかりはチルノも頼りにならないと思った。
「はぁ、仕方ないわね」
軽く肩をすくめて“やれやれ”と言った様子のチルノにイラッとする咲夜と涙子。チルノは二人の前に出て霊夢と眼を合わせる。だがまったくおびえもしなければ怖気づきもしないチルノに、霊夢はやりにくそうな表情をして肩をすくめる。
「チルノ、どうしたの?」
紫が霊夢の隣に立ってチルノに聞く。
「幽々子はダメだったけど、退きなさいな紫」
「……わかったわ」
「ちょ、紫!?」
弾幕勝負もせずにあっさり引き下がる八雲紫に霊夢は動揺を隠せなかった。そしてそれは涙子と咲夜も同じであり、涙子は知らないが妖怪賢者と呼ばれるこの幻想郷創設にまで関わった存在の八雲紫が一妖精の頼みで考えを変えるというのはある意味異変とも呼べなくない。
紫は自分の能力で空間に黒い裂け目を作りそこに腰かける。
「チルノの頼みだもの」
「アンタねぇ、せっかくやる気を出してんのにあたしをなんだと思ってんのよ」
「それでもチルノの頼みだもの」
「……もういいわよ」
呆れる霊夢から戦意が失せたことを感じると涙子と咲夜も臨戦態勢を解く。とりあえず通してくれるということだろうと察して涙子がバイクから降りて押しながら霊夢へと近づく。咲夜とチルノも近づきここに五人が集まったというわけだが、とりあえず。
「あれを倒さないとね」
全員が道の先を見ると、そこにはウサギ耳を生やした少女が一人。直感で涙子は感じた、目の前の少女は五人でボコボコにして良い少女ではないと……。
だからこそバイクをチルノに渡して涙子は少女の前に立つ。
「行ってください、私が引き受けます」
この少女とは、一対一でやりたいと思った。目の前の薄紫色の髪をした少女とにらみ合いになる涙子。それを信用して頷くチルノと咲夜。
「行くわよ霊夢、それに八雲紫」
咲夜の言葉に顔をしかめる霊夢。
「はぁ? あんなの五人でボコれば」
「佐天が行けって言ってんのよ」
「そしてチルノが行けって言ってるわ」
チルノと紫にも言われて霊夢がそれはそれは深いため息をついて体を浮かせる。
ウサギ耳の少女の方も他の四人を相手にする気はないのか涙子の方ばかりにしか視線を向けていない。よって四人はとりあえず先を急ぐことにしたのだが、涙子は咲夜の方を見てバイクを指差す。
「お願いします、フェンリルを」
「置いてかなくていいの?」
「激戦必至ですんで、巻き込みたくないんですよ」
「あたいに任せなさない!」
チルノがバイクにまたがった。涙子が乗っていた時よりバイクが大きく見えるのはチルノが涙子より一回り小さいのが理由だろう、ともかく運転する気満々のチルノを心配するような表情見る咲夜。さすがに主の友人が事故ったなんて寝覚めも良くなくなる。
「チルノ、運転なんてできるの?」
「さっき見た、それで十分なのよさ」
そういうとチルノが笑う。
「なら行くわよ、涙子……勝って追いついてきなさい」
「了解です」
咲夜の言葉に涙子が力強く頷く。チルノが勢いよくフェンリルのグリップをひねって走り出すとそれを追うように飛ぶ霊夢、紫、咲夜の三人。すぐにバイクの走る音もしなくなりその場には涙子とウサギ耳の少女の二人になった。
なんだか、似たような空気をお互いに感じる二人。
「紅魔館メイド、佐天涙子です」
「永遠亭が狂気の赤眼、鈴仙・優曇華院・イナバ」
―――う、うわぁ~。
あまりにも痛々しい二つ名を自称する少女に、佐天涙子はドン引きした。だが涙子は知らないだろうけれど確かにそう呼ばれているのだから仕方がない。ともかく、似たような空気を感じたのは気のせいだと涙子は自分に言い聞かせる。自分はあそこまで痛くなどないと……。
「まぁどっちにしろ私を倒さないと永遠亭にはつかないんだけど……というより聞かないのね、満月のこと」
「そういうの考えるのは私の仕事じゃないかなって、友達からの受け売りなんだけどやれることだけやれってね!」
「そ、まぁとりあえずあんたを倒して私は逃げるとしようかな、アイツらが追ってくる前に」
勝つのは自分だと、涙子も笑みを浮かべる。
こうして涙子と鈴仙は出会うこととなった。
この出会いは必然、まさに運命と言うべき出会いが、今ここに起きた。
二人の似た者同士の、戦いの幕が開かれる。
あとがき↓ ※あまり物語の余韻を壊したくない方などは見ない方が良いです。
やっぱり感想もらえるとテンションあがって書きまくる……と思いました。キングでござる。
いや、本編で言ったキングと拙者は関係ないんでござるよマジで。書いた後に、というよりあとがきをかいている時に気づいた。orz
とりあえず今回は霊夢がいかにすさまじいか、鈴仙と佐天さんの出会い、そしてチルノちゃんマジチルノちゃん。ついでに佐天さんがずっと半妖状態にはなれるわけではないということを!
さてさて、閑話と言う感じのこの巻を超えて次回は戦闘パート!
お楽しみいただければまさに僥倖!