ある少女の斬魔大聖   作:アイオン

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 少し短めでございます。


第8話

 此処は祭壇にして玉座。

 ブラックロッジの大導師、マスターテリオンの御前である。

 

 大十字九淨に―――デモンベインに敗れたドクター・ウェストは、任務の失敗を報告する為にこの場へと足を運んでいた。

 彼は跪き、事の一部始終を包み隠さず報告する。

 マスターテリオンを相手に、隠し事は無謀の極みといえるからだ。

 極度の緊張に苛まれ、その顔色は真っ青だった。

 彼の額から汗が流れ、頬を伝い、雫となって大理石の床へと落ちる。

 

 「つまり“アル・アジフ”の回収に失敗した挙句、敵に敗北し、おめおめと逃げ帰ってきたと言う訳かねドクター」

 

 玉座の横に控える長身の男・アウグストゥスは、ドクター・ウェストの報告に不満感を露にしていた。

 

 「まったくもって情けない有様、大天才の名が聞いて呆れますな」

 

 男の言葉に、ドクター・ウェストは反抗した。

 

 「それはあくまで不意を突かれたからであって……万全の状態であれば、我輩が負けるはずはないのであるっ!」

 

 「ほう。ドクターご自慢の破壊ロボは、素性も知れないロボット手も足も出なかった……そういうことですな?」

 

 慇懃無礼な口調で、容赦の無い嫌味を浴びせかける男。

 浅黒い褐色の精悍な顔に、あからさまな嘲りを浮かべてドクター・ウェストを見下している。

 

 「ドクター。あなたは、今ご執心の人形相手に遊んでいれば良いのでは? それとも、学生の頃に戻って墓でも暴きますかな? ……もっとも、それで()()が蘇るとは、とてもとても」

 

 ドクター・ウェストの顔色が、真っ青からみるみる内に、紅蓮の如き赤へと変わっていく。

 

 「貴様ァァァァ! 言わせておけばぬけぬけとっ!!」

 

 「―――やめろ、2人とも」

 

 たった一言で、男もドクター・ウェストも同時に気勢を削がれる。

 首筋に鎌が添えられているかのような冷たい感覚に、2人は冷汗を流した。

 

 「ウェスト……余は貴公を咎めるつもりはない。そのロボットがどのような理論で造られているかは知らぬが、貴公の破壊ロボとは違う理論に基づいたものなのだろう。いわば勝手が違うのだ、遅れをとるのも無理らしからぬことであろう」

 

 「お、お言葉ではありますが! 今回の敗北は油断に基づくものであり、我輩の破壊ロボが遅れをとっていたわけでは……!」

 

 「―――ウェスト」

 

 「………………ッ!」

 

 マスターテリオンの冷たい眼光が、ドクター・ウェストを見据える。

 ただそれだけで、ドクター・ウェストは凍りついて口を噤んだ。

 

 「もう良い。下がれ」

 

 「……ぎ、御意」

 

 ただ頷くことしか出来ない。

 ドクター・ウェストはすごすごと、玉座の間を後にした。

 

 「さて……サンダルフォン。貴公はあの機体、どう見る?」

 

 マスター・テリオンが語りかける暗闇の先、そこに黒い天使は立っていた。

 

 『己は機械や魔術の事など、何一つ解からん。……だが、あれだけの破壊力。己の目には、まるでデウス・マキナのように映ったな』

 

 「ふむ……」

 

 言葉を継ぐように、アウグストゥスも答える。

 

 「大導師。恐らくはあのロボットが、覇道財閥が極秘裏に開発を進めていたロボットではないかと」

 

 「その通り。あれが覇道が造りし鬼械神・デモンベインさ」

 

 「――――!?」

 

 『何!?』

 

 予期せぬ声が響く。

 ……広間の中央に、長身の女が立っていた。

 気配をまったく感じさせなかった女に、サンダルフォンとアウグストゥスは戦慄した。

 

 「き、貴様! いったい何処から……ッ!?」

 

 アウグストゥスは素早く身構え、魔術を放とうとする。

 しかし、マスターテリオンがそれを手で制した。

 

 「良い、アウグストゥス。古い知人だ」

 

 マスターテリオンは謎の女に目を向ける。

 

 「久しいな……うむ?」

 

 「ナイアで良いよ。今はそう名乗っている」

 

 一触即発の空気の中でありながら、ナイアは涼しい表情で妖艶な笑みをマスターテリオンに向けている。

 マスターテリオンもまた、薄い微笑で応えた。

 

 「ナイア……なんとも捻りの無い名前だな」

 

 「あはははは。どうもセンスがなくってね」

 

 和やかに談笑する2人に、アウグストゥスとサンダルフォンは呆気に取られる……が、あまりにも異様なその雰囲気に身じろぎすら出来ないでいた。

 

 「して……今日は何用か?」

 

 「おっと。僕としたことが、肝心なことを忘れてしまうところだったよ」

 

 テヘペロ☆。

 と、おどけた態度をとりつつマスターテリオンに向き直る。

 

 「デモンベインの搭乗者……アル・アジフの主人(マスター)についてさ」

 

 「…………!」

 

 2人の間に再び衝撃が走る。

 

 「ほう……と云う事はやはり今回も、貴公のお膳立てか」

 

 「ふふふ……まあ、今回はそれだけじゃないんだけどね?」

 

 「む?」

 

 「まあ、見たほうが早いかな。コレが今回の奴のデータさ」

 

 ナイアはマスターテリオンに近づき、資料を手渡した。

 マスターテリオンは自分の髪を弄りながら、資料に目を通していく。

 

 「私立探偵? ミスカトニックの魔術師ではないのか? それに……女?」

 

 「どうだい? 中々面白そうだろう?」

 

 そう言い、ナイアはマスターテリオンにもたれかかった。

 そんなナイアを、マスターテリオンは亀裂の様な笑みを浮かべ見据えた。

 

 「悪くない、悪くないではないか。……だが、実際の所はどうなのだ?」

 

 「うーん、今までに比べれば魔術師としての実力は劣るやね。だけど大導師殿? そんなものは、運命と云うドラマの主役になる素質とは、全く関係の無い事だとは思わないかい?」

 

 「くくくっ……今回は随分と向こう側に肩入れしているではないか? まあ、わからんでもないがな……」

 

 資料を投げ捨て、マスターテリオンは立ち上がった。

 少年に除けられ、ナイアは不満げにするがそれには構わない。

 

 「アウグストゥス、留守を任せる」

 

 「……はっ?」

 

 突然の事態に、アウグストゥスは惚けた声を出してしまった。

 

 「おやおや……大導師殿、自ら御出陣で?」

 

 ナイアが愉快そうに笑う。

 

 「今回は初めてだからな。挨拶をせねばなるまい? それに……」

 

 マスターテリオンの顔が愉悦に歪んだ。

 アウグストゥスやサンダルフォンが知る内で、最も嬉しそうな表情。

 だが同時に、純然たる狂気を発していたソレに、2人はまたも戦慄した。

 

 「余とて遊びに興じたくなる時もある」


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