此処は祭壇にして玉座。
ブラックロッジの大導師、マスターテリオンの御前である。
大十字九淨に―――デモンベインに敗れたドクター・ウェストは、任務の失敗を報告する為にこの場へと足を運んでいた。
彼は跪き、事の一部始終を包み隠さず報告する。
マスターテリオンを相手に、隠し事は無謀の極みといえるからだ。
極度の緊張に苛まれ、その顔色は真っ青だった。
彼の額から汗が流れ、頬を伝い、雫となって大理石の床へと落ちる。
「つまり“アル・アジフ”の回収に失敗した挙句、敵に敗北し、おめおめと逃げ帰ってきたと言う訳かねドクター」
玉座の横に控える長身の男・アウグストゥスは、ドクター・ウェストの報告に不満感を露にしていた。
「まったくもって情けない有様、大天才の名が聞いて呆れますな」
男の言葉に、ドクター・ウェストは反抗した。
「それはあくまで不意を突かれたからであって……万全の状態であれば、我輩が負けるはずはないのであるっ!」
「ほう。ドクターご自慢の破壊ロボは、素性も知れないロボット手も足も出なかった……そういうことですな?」
慇懃無礼な口調で、容赦の無い嫌味を浴びせかける男。
浅黒い褐色の精悍な顔に、あからさまな嘲りを浮かべてドクター・ウェストを見下している。
「ドクター。あなたは、今ご執心の人形相手に遊んでいれば良いのでは? それとも、学生の頃に戻って墓でも暴きますかな? ……もっとも、それで
ドクター・ウェストの顔色が、真っ青からみるみる内に、紅蓮の如き赤へと変わっていく。
「貴様ァァァァ! 言わせておけばぬけぬけとっ!!」
「―――やめろ、2人とも」
たった一言で、男もドクター・ウェストも同時に気勢を削がれる。
首筋に鎌が添えられているかのような冷たい感覚に、2人は冷汗を流した。
「ウェスト……余は貴公を咎めるつもりはない。そのロボットがどのような理論で造られているかは知らぬが、貴公の破壊ロボとは違う理論に基づいたものなのだろう。いわば勝手が違うのだ、遅れをとるのも無理らしからぬことであろう」
「お、お言葉ではありますが! 今回の敗北は油断に基づくものであり、我輩の破壊ロボが遅れをとっていたわけでは……!」
「―――ウェスト」
「………………ッ!」
マスターテリオンの冷たい眼光が、ドクター・ウェストを見据える。
ただそれだけで、ドクター・ウェストは凍りついて口を噤んだ。
「もう良い。下がれ」
「……ぎ、御意」
ただ頷くことしか出来ない。
ドクター・ウェストはすごすごと、玉座の間を後にした。
「さて……サンダルフォン。貴公はあの機体、どう見る?」
マスター・テリオンが語りかける暗闇の先、そこに黒い天使は立っていた。
『己は機械や魔術の事など、何一つ解からん。……だが、あれだけの破壊力。己の目には、まるでデウス・マキナのように映ったな』
「ふむ……」
言葉を継ぐように、アウグストゥスも答える。
「大導師。恐らくはあのロボットが、覇道財閥が極秘裏に開発を進めていたロボットではないかと」
「その通り。あれが覇道が造りし鬼械神・デモンベインさ」
「――――!?」
『何!?』
予期せぬ声が響く。
……広間の中央に、長身の女が立っていた。
気配をまったく感じさせなかった女に、サンダルフォンとアウグストゥスは戦慄した。
「き、貴様! いったい何処から……ッ!?」
アウグストゥスは素早く身構え、魔術を放とうとする。
しかし、マスターテリオンがそれを手で制した。
「良い、アウグストゥス。古い知人だ」
マスターテリオンは謎の女に目を向ける。
「久しいな……うむ?」
「ナイアで良いよ。今はそう名乗っている」
一触即発の空気の中でありながら、ナイアは涼しい表情で妖艶な笑みをマスターテリオンに向けている。
マスターテリオンもまた、薄い微笑で応えた。
「ナイア……なんとも捻りの無い名前だな」
「あはははは。どうもセンスがなくってね」
和やかに談笑する2人に、アウグストゥスとサンダルフォンは呆気に取られる……が、あまりにも異様なその雰囲気に身じろぎすら出来ないでいた。
「して……今日は何用か?」
「おっと。僕としたことが、肝心なことを忘れてしまうところだったよ」
テヘペロ☆。
と、おどけた態度をとりつつマスターテリオンに向き直る。
「デモンベインの搭乗者……アル・アジフの
「…………!」
2人の間に再び衝撃が走る。
「ほう……と云う事はやはり今回も、貴公のお膳立てか」
「ふふふ……まあ、今回はそれだけじゃないんだけどね?」
「む?」
「まあ、見たほうが早いかな。コレが今回の奴のデータさ」
ナイアはマスターテリオンに近づき、資料を手渡した。
マスターテリオンは自分の髪を弄りながら、資料に目を通していく。
「私立探偵? ミスカトニックの魔術師ではないのか? それに……女?」
「どうだい? 中々面白そうだろう?」
そう言い、ナイアはマスターテリオンにもたれかかった。
そんなナイアを、マスターテリオンは亀裂の様な笑みを浮かべ見据えた。
「悪くない、悪くないではないか。……だが、実際の所はどうなのだ?」
「うーん、今までに比べれば魔術師としての実力は劣るやね。だけど大導師殿? そんなものは、運命と云うドラマの主役になる素質とは、全く関係の無い事だとは思わないかい?」
「くくくっ……今回は随分と向こう側に肩入れしているではないか? まあ、わからんでもないがな……」
資料を投げ捨て、マスターテリオンは立ち上がった。
少年に除けられ、ナイアは不満げにするがそれには構わない。
「アウグストゥス、留守を任せる」
「……はっ?」
突然の事態に、アウグストゥスは惚けた声を出してしまった。
「おやおや……大導師殿、自ら御出陣で?」
ナイアが愉快そうに笑う。
「今回は初めてだからな。挨拶をせねばなるまい? それに……」
マスターテリオンの顔が愉悦に歪んだ。
アウグストゥスやサンダルフォンが知る内で、最も嬉しそうな表情。
だが同時に、純然たる狂気を発していたソレに、2人はまたも戦慄した。
「余とて遊びに興じたくなる時もある」