ある少女の斬魔大聖   作:アイオン

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何故なのかは分かりませんが、以前の私は弦月=三日月と云う謎の認識をしていたらしく、今まで偃月刀の事を弦月の様に反ったと書いていました。でも弦月(上弦・下弦の月)って殆ど反ってない―――どう見ても三日月程反ってはいない―――じゃないかと。そんな訳で、以前の偃月刀について三日月の様に反ったと修正しました。この場を借りて謝罪させていただきます、申し訳御座いませんでした。


第51話

 ―――彼女は、微笑みを浮かべていた。

 理由はどうあれ、自らを欺いていたはずの少女()を助けようと、暴力の前に立ち塞がって。

 

 「さっさとあの二人をブッ倒して帰ってくるから―――アナタはシェルターの中で、私たちに話す内容でも纏めてなさい」

 

 彼女はそんな軽口を叩きながら、私に向かって微笑みを浮かべた。

 

 相手は仮にもアンチクロス二人だ。

 一対一ならば兎も角、現状は彼女にとって不利な要素しかない。

 今の彼女では危険だ、死んでしまう可能性の方が圧倒的に高い。

 ……けれど、彼女は二人の前に立ち塞がった。

 

 戦力差が大きかろうが、勝ち目が少なかろうが、どんなに不利だろうが。

 ()()()()()()()と言わんばかりに。

 そんな彼女の姿は、とても眩しく見えた。

 

 ―――大十字九淨、貴女に会えて良かった。

 そんな貴女だからこそ、私は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「へぇ……中々面白い冗談を言うじゃねーの。えぇ? 大十字九淨ちゃんよォ?」

 

 私の軽口が聞こえたのか、言い争いをしていた奴等が此方を向く。

 とりあえず、他に意識が向かなくなる程度には挑発しておこう―――乗ってくれるかどうかは怪しいところだけども。

 

 「あら、私は本気よ? どうやってアンタたちを地べたに這い蹲らせてやろうか、絶賛思考中」

 

 「オイオイ、出来もしねェ妄想語ってんじゃねえよ阿婆擦が」

 

 「あらあら、年上に対する言葉遣いがなってないわね? まあ、お尻の青い餓鬼に礼儀なんて期待してないけど」

 

 「ハッ! 歳食ってるだけのアマに払う礼儀なんざ持ち合わせちゃいねえよタコ」

 

 「社会の厳しさを知らない小僧が、犬みたいにキャンキャン吠えてんじゃないわよ」

 

 「……オーケー、気が変わった。テメェは手足を切り落としてからファックしてやる」

 

 「アンタみたいな糞餓鬼に興味はないわ。とっととお家に帰って、ママのおっぱいでもチューチューしゃぶってれば?」

 

 ……こんなものだろうか。

 クラウディウスの顔を見遣れば、好戦的な笑みを浮かべながら射殺す様な視線を私に向けている。

 短気な質なのは先程見て分かっていたけれど、まさか敵の言葉にここまで乗ってくれるとは思わなかった。

 後は―――

 

 「待テ、クラウディウス! あんな見え透いた挑発に乗るナ!」

 

 こっちのカリグラだ。

 流石に目の前で、こうもあからさまな挑発を披露した以上、奴も短気とは云え、そう簡単に乗ってはくれないだろう。

 

 (さて、どうしようかしらね……)

 

 殺気を送ってくるクラウディウスに注意しながら思考―――

 

 「うるせぇよハゲ黙ってろデカブツが、ビビってんならとっとと消えろよ木偶の坊。テメェみてぇなウドの大木がヘッピリ腰晒して突っ立ってちゃ目障りなんだよ失せろやボケ」

 

 「何だト……!」

 

 していたら、何故かクラウディウスがカリグラを挑発していた。

 しかもカリグラは、あっさりとそれに乗ったようだ。

 殺気を滲み出しながら睨み合う二人組。

 

 (……まあ、こっちが戦い易くなる分には問題無いわね)

 

 私は後ろに居るエンネアに向き直り、頷く。

 彼女は頷き返すと、この場から離れるべく走り去って行った。

 

 「さて、始めましょうか―――付き合ってもらうわよ、アル」

 

 「汝と云う奴は……やれやれ」

 

 今まで黙っていたアルが、仕様がない奴だとばかりに肩をすくめる。

 

 「恨むなら、こんな女をマスターに選んだ自分を恨むのね」

 

 「仕様がない奴だと思ったのは事実だが、恨みなどせんよ。―――九淨よ。我等の力、彼奴等に見せつけてやろうぞ!」

 

 「応ッ!」

 

 気力は充分だ、体力も問題無い。

 昂る魔力を注ぎ込み、魔術を行使する。

 

 「―――我に傅き、我に仕え、我が秘術に力を与え、火の秘文字の刻まれし刃が霊験灼かに、我が命に背く諸々の霊を悉く恐怖せしめると共に、魔術の実践に必要な円、図、記号を描く助けと為れ。ヴーアの無敵の印に於いて―――」

 

 マギウス・スタイルによるアルの補正によって本来は省略しても問題無い工程、それを敢えて踏む。

 より強固に、より堅牢に、存在を編み上げる為。

 

 右手にヴーアの印を結び、刃を()()()()()

 

 「力を与えよ、力を与えよ、力を……与えよ!」

 

 虚空に、蒼焔が踊る。

 蒼焔は三日月の如き軌跡を描き、私の右掌へと伸びる。

 私はそれを、躊躇なく掴んだ。

 その瞬間、蒼焔は急速に実体を獲得する。

 羽毛よりも軽く、けれど確かな重量。

 敵を切り裂くにたる、金属の厚み。

 顕現するのは、七つの刃を束ねた三日月。

 未だ蒼く焔える刃を、振り下ろし、払う。

 蒼焔の鞘が爆ぜて散り、美麗な刀身がその姿を現した―――バルザイの偃月刀だ。

 

 (アンチクロス二人相手に、様子見何てしていられる余裕は無い。初っ端にデカイのを当てる!)

 

 偃月刀に、増幅された魔力を注ぎ込む。

 強固に鍛造した偃月刀の限界ギリギリまで。

 

 込められてゆく魔力に気付いたのか、二人組の殺気が此方に向く。

 

 「Ia! Ia! Hastur!」

 

 クラウディウスが振るった両腕から、最初に放った風とは別格の呪力が放たれる。

 それは間違い無く、異界より吹き荒ぶ魔風―――ハスターの爪牙だ。

 矮小なる人の身に、ソレが突き立てられればどうなるか……愉快な想像ではない。

 

 カリグラの方も、此方に向けて拳を振り被っていた。

 一見して拳が届く距離では無いが、何かをしようとしているのは確かだ。

 決して油断は出来ない。

 

 対する此方も、限界までの()()が完了した。

 迫り来る殺意を意識に捉えつつ、偃月刀を居合の体勢で構える。

 放つのは、全力の一撃。

 

 「覇ァァァァァァッッッ!!!」

 

 ―――一閃。

 明らかな攻撃範囲外(アウトレンジ)での一刀は、しかし魔力を纏う斬撃波となって飛翔した。

 限界まで込められた魔力が迸り(スパークし)、虚空を駈ける。

 それはやがて、迫る魔風と激突し―――両断した。

 

 「何ィ!?」

 

 驚愕するクラウディウスの声―――それもそのはず。

 魔風を両断した斬撃波は、殆どその威力を減じさせることなく、奴等に迫っているのだから。

 

 「ヌォォォ!!」

 

 カリグラが振り被っていた拳を、斬撃波に向けて振り下ろした。

 

 「チィィィ!!」

 

 同時にクラウディウスも、右腕を斬撃波に向けて突き出す。

 

 ―――力と力が衝突し、大爆発を引き起こした。

 

 

 

 

 

 「ふむ……見事な一撃だな、九淨よ」

 

 「偃月刀の使用が大前提の上、溜めが長すぎるからよっぽどの隙がないと撃てないけどね」

 

 さっきの奴等みたいに、と付け足しながら九淨は残心を解いた。

 

 九淨が放った先程の一撃は、以前に鬼械神・ベルゼビュートとの戦いで見せた技の応用だ。

 バルザイの偃月刀の“魔法使いの杖”としての性質を利用し、偃月刀内部に増幅された魔力をチャージ。

 偃月刀の限界まで溜め込んだところで、それを斬撃に乗せ、一気に解放したのだ。

 

 普通に偃月刀を振るったところで、あの威力は出せないだろう。

 九淨の云う通り、そうそう実戦で使えるモノではないが……それでも威力は充分過ぎる。

 如何にアンチクロスと云えども、アレを受けて無傷ではいられまい。

 

 (後は、どの程度ダメージを負わせられたかだが……)

 

 敵を警戒しながら、爆発が発生した方へ視線を向ける。

 風で揺らぐ土煙の向こう、シルエットは二つ―――巨躯と矮躯。

 

 「―――ヤりやがったな………クソアマァ!!」

 

 クラウディウスの声が聞こえた次の瞬間、立ち込めていた土煙が突風で消し飛んだ。

 

 「くっ……!?」

 

 「くぅ……!」

 

 九淨と共に身構えつつ、突風の発生地点を確認する。

 其処には、切り裂かれた胸部から血を流すカリグラと―――

 

 「もうファックだなんて甘っちょろいコトは言わねぇよ……テメェは全身をバラバラに切り刻んで、犬の餌にしてやらァァァァァ!!」

 

 ズタボロになって血塗れな右腕をダラリとぶら下げ、殺気を撒き散らすクラウディウスの姿があった。

 

 「楽に死ねると思うなよ……大十字九淨ォォォッ!」

 

 咆哮し、弾丸の如き速度で空を駈けるクラウディウス。

 

 「潰ス……」

 

 その巨体通りに、重量級の踏み込みを見せるカリグラ。

 

 ―――二つの暴力が、我等に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔術師と云う者は、手傷を負わせた程度でどうにかなるほど柔な存在ではない。

 それが、アンチクロスの様な達人級(アデプトクラス)であれば尚更だ。

 

 その狂暴性を剥き出しにしたアンチクロス二人に、九淨は防戦一方となっていた。

 まるで暴風の様に攻撃を仕掛けてくるクラウディウスと、その僅かな隙を埋める様に飛んでくるカリグラの拳。

 傷を負いながらも一応凌げているのは、クラウディウスの片腕を使用不能に出来ていたからだ。

 

 更に悪いことに、戦いの場は繁華街のド真ん中なのだ。

 彼女が風を避ければ、鎌鼬が通行人を切り刻み。

 彼女が拳を避ければ、爆発―――恐らく拳に魔力を乗せて放ち、着弾と同時に魔力が爆発を起こしているのだろう―――が通行人を吹き飛ばした。

 

 時間を掛ければ掛ける程被害は大きくなり、然れど状況を打開する手段もなく。

 彼女は次第に追い詰められていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出来るだけ周辺の被害を少なくするべく、黒翼で繁華街の空を翔けながら、敵と対峙する。

 

 「オラァァア!」

 

 「くぅっ……!」

 

 風の刃を纏った手刀を、偃月刀で辛うじて防ぐ。

 即座に反撃するが、風を踏んで空を疾走するクラウディウスは既に偃月刀の間合いから離脱しており、刃は虚しく空を切る。

 次いで、地上から飛んで来るであろうカリグラの爆砕拳に備えようとして―――突如、頭上に影が差した。

 

 「九淨!」

 

 「!?」

 

 ハッと頭上を仰ぎ見て、驚愕する。

 

 「グルァァァァァッ!」

 

 其処にいたのは、空を飛ぶ術を持たない筈のカリグラだった。

 既に拳を構え、此方を攻撃しようとしている。

 想定外の状況に一瞬思考が停止し、身を守る為に偃月刀を割り込ませるのが精一杯だった。

 放たれたカリグラの拳が、偃月刀に叩き込まれ―――

 

 ギャリィィィィィン!

 

 金属の断末魔と共に、偃月刀を圧し折った。

 それに驚愕の声を上げる間もなく、カリグラの拳が私の胴を捉え、魔力の爆発を発生させる。

 

 「ガッ――――――!?」

 

 凄まじい衝撃に、意識が遠退く。

 私の体はそのまま吹き飛ばされ……何かに激突した。

 

 「九淨! しっかりするのだ、九淨!」

 

 「っ……ぅ……!」

 

 アルの声と体に触れる冷たい感覚と激痛に、意識が引き戻された。

 ふらつく躰で何とか立ち上がり、状況を確認する。

 手には、柄から上が無くなった偃月刀。

 私が突っ込んだのは、何処かのビルの屋上に設置されていた貯水タンク―――さっきの冷たい感覚は、タンクに貯められていた水のようだ。

 そこまで確認したところで、屋上に誰かが―――この状況では考えるまでもない―――降り立った。

 

 「フン……今の一撃を受けて、まだ立てるカ」

 

 「ヒャハハ……! けど、もうロクに動けねェだろ? これからじっくりと甚振りながら念入りに解体(バラ)してやるよ……殺してくださいって、テメェが泣き喚くまでなァ!」

 

 現れたのは、やはりカリグラとクラウディウス。

 

 「お、おのれ……!」

 

 (……マズイ、わね)

 

 奴等の言う通り、立てているだけだ。

 何か手を講じなければ、敗北は必至。

 

 (だけどどうする? どうしたら良い!?)

 

 答えが出ないまま柄だけの偃月刀を投げ捨て、形だけでも身構える。

 

 近付く敵意とプレッシャー。

 やがて、奴等の敵意が膨れ上がり―――

 

 「!? 九淨ッ!」

 

 「えっ―――!?」

 

 突如、私の周囲を魔導書の(ページ)が吹き荒れた。

 “アル・アジフ”の頁ではなく、況してや奴等のモノでもないだろう。

 奴等は弾かれた様に距離を取り、魔導書の頁を警戒している。

 

 私の周囲に吹き荒れていた魔導書の頁は、いつの間にか私の目の前に集まっている。

 頁はやがて高速で回転を始めると、収束・編纂され、ヒトの容を創り上げた。

 同時に、衝撃が弾ける。

 

 「ッ!」

 

 「翼よ!」

 

 「グヌゥ……!」

 

 「チィッ……!」

 

 黒翼で衝撃を防ぎ、衝撃の中心点へと視線を向ける。

 其処に顕現していたのは、拘束具を纏う少女だった。

 アルより少し高いぐらいの背丈を縛する、革製の拘束具。

 視界を奪う仮面に、噛まされた轡。

 腕と脚に嵌められた枷は、しかし引き千切られ、少女の躰にぶら下げられていた。

 普通ならば動くことも儘ならぬ状態でありながら、少女が行動に窮する様子はなく、極自然体でいる。

 

 「ば、馬鹿ナッ!?」

 

 「ど、どういうことなんだよッ!?」

 

 狼狽するアンチクロス二人組―――それも当然か。

 後ろに立つだけの私でさえ、心臓を握り潰されてしまいそうな凄まじいプレッシャーを受けているのだ。

 それを正面から受けている奴等が怯むのも理解出来る。

 

 しかし……これほどのプレッシャーを発する少女は、一体何者なのだろうか?

 何故、私と奴等の間に割って入ったのだろうか?

 そこまで考えたところで、奴等が叫んだ。

 

 「「―――“暴君”ッッッ!」」

 

 「「“暴君”……?」」

 

 アルと二人、疑問符を浮かべる。

 “暴君”と云うのは、目の前の少女のことなのだろうか?

 少女は奴等に何の反応も返さず、此方に向き直り―――口元を、不敵に歪めた。

 

 「!?」

 

 次の瞬間、少女は魔導書の頁となってバラけた。

 怪異は更に続く。

 

 「九淨!? それは!?」

 

 「え? ―――ぐッ……ぁぁっ!?」

 

 驚愕するアルの声と、突如両手を襲う痛み。

 目を遣った両手の甲には、“火”と“風”の魔術紋様。

 以前クトゥグアとイタクァによって刻まれたその刻印が、眩い光を発していた。

 

 右手―――血のような紅が、燃え盛る焔の如く。

 左手―――北極の風(ポラリス)が運ぶ白銀が、吹き荒ぶ風の如く。

 

 何処からか一陣の風が吹き、空に舞う魔導書の頁が、刻印へと吸い寄せられていく。

 頁は刻印の周りを高速で回転しだし、やがて崩れ、輝く魔術文字だけが残された。

 無数の魔術文字が互いに連なり、二重螺旋を描き、その輝きを増してゆく。

 刻印の光と魔術文字の輝きが混ざり合い―――世界を、白く灼いた。

 

 「――――――ッッ!」

 

 「――――――!?」

 

 光が乱舞する世界で、私は視た。

 圧倒的な存在感を滲ませ、膨大な魔力を放つ2つの存在を。

 眩し過ぎてソレが何なのか分からぬまま、私は本能的に手を伸ばした。

 僅かに触れる指先、濁流の様に流れ込む高密度の情報。

 それが私の脳を駆け巡ると同時に、身体は動いていた。

 

 ()()()()を握り、()()()()に指を掛ける。

 視界は光で塗り潰されているが、奴等の気配は分かる。

 右をカリグラの気配へ、左をクラウディウスの気配へと向ける。

 同時に、奴等の“気”が増した―――攻撃してくるつもりだろうけど、問題ない。

 其れごと粉砕するべく、トリガーを引いた。

 

 ―――咆哮(ハウリング)

 

 「グヴォアアアアアァァぁぁぁッ!?」

 

 響くカリグラの絶叫。

 

 光が収まり、徐々に視界が戻ってくる。

 機能を取り戻した目に入ってきたのは―――左腕を食い破られ、滝のように血を流しながら踠き苦しむカリグラの姿。

 

 「っ……何なんだよこりゃあ……!」

 

 クラウディウスの眼前には、奴が展開した防禦陣と鬩ぎ合う銃弾があった。

 高速で回転する銃弾は僅かながら奴の眉間に触れており、そこから血が滴っている。

 

 「九淨……その“銃”は……?」

 

 アルの声に、自分の掌に納まった重み―――二挺の拳銃に視線を向けた。

 右手には、凶暴性を象徴する黒と紅で構成された自動式拳銃(オートマチック)

 左手には、殺意を象徴する銀一色で構成された回転式拳銃(リボルバー)

 

 「これは―――呪法兵装か! 何と強力な……!」

 

 「ウ、腕ェ! オデの腕ェ! 腕ガ腕ガ腕ガ腕腕腕腕腕腕ェ!? 痛ェ! 痛エ痛エ痛デェェェ! コロスコロスコロス! コロコロコロ殺殺殺ォォォ!」

 

 「ちょっ!? 落ち着け筋肉ダルマッ!」

 

 腕を捥がれた痛みで理性を失ったのか、カリグラは無差別に爆砕拳を振るい始めた。

 クラウディウスが止めようと声を掛けるが、当然の如く届いていないようだ。

 

 「九淨!」

 

 「分かってる!」

 

 巻き込まれる前に黒翼を展開し、未だ痛みが残る躰に鞭打ち、空へと逃げる。

 上空で狙いを定め、オートマチックを発射。

 

 「ガアアアァァァァァッ!」

 

 防衛本能か、カリグラの前に防禦陣が展開される。

 頭部を狙った射撃だったが、上空から狙ったことも相俟って、防禦陣によって軌道を大きくずらされた。

 弾丸は防禦陣を貫くも、奴の脇腹を抉るに留まる。

 

 「チィ!」

 

 「ギィIィアAアAイイIアAAアアアアア!」

 

 悪戯に刺激してしまったか、カリグラはさらに暴れ出した。

 だがその中で、奴が複雑な術式を編み上げている事に気付く。

 それはまるで、()()を喚び出す為の―――

 

 「!? 離脱しろ、九淨!」

 

 「ッ!」

 

 アルの鋭い声に、その場から一気に距離を取る。

 ややあって大地が割れ、巨大な水柱が出現した。

 先程までいたビルが丸々飲み込まれ、水流の中へと消える。

 ……そして、その水流の中に浮かぶ2つの輝きを認めた。

 

 「アレは……デウス・マキナか!」

 

 「“水神クタアト”が鬼械神・クラーケン! 壊セ壊セ壊ァァァセェェェェェ!」

 

 顕現する巨大な質量に衝撃波が発生し、水柱が弾け飛ぶ。

 その水はそのまま繁華街へと降り注ぐ―――その光景は、宛らスコールの様だった。

 轟音と共に大地に降り立ったのは、分厚い装甲が施された見るからに重量級の鬼械神。

 

 「ッたく! 鬼械神まで喚びやがって……」

 

 「クラウディウス!」

 

 いつの間にあの場から離脱していたのか、空に立つクラウディウスが毒突く。

 しかし、それも僅かな間だけだった。

 

 「なぁ、大十字九淨……この際テメェが“暴君”の魔銃を持っている事はどうでも良い」

 

 「何ですって?」

 

 「ここまで派手になっちまったからには、ボクも徹底的にヤらせてもらうぜ!」

 

 クラウディウスの顔に、邪悪な笑みが浮かぶ。

 

 (徹底的に? ……まさか!?)

 

 奴の言葉に嫌な予感を覚えた私は、即座にその場から離脱する。

 

 「イア! イア! ハスター! ハスター クフアヤク ブルグトム ブグトラグルン ブルグトム! アイ! アイ! ハスタァァァ――――――!」

 

 呪文と共に瘴気を孕む風が吹き、それはやがて黒い巨大な竜巻となった。

 

 「ロードビヤーキー!」

 

 クラウディウスの声と共に、竜巻が爆ぜた。

 爆ぜた竜巻は、周辺のあらゆるモノを切り刻んで消失してゆく。

 そして爆発の中心、其処には鳥のようなヒトのような、異質な姿をした鬼械神が顕現していた。

 

 「鬼械神が2体か……ちょっと洒落にならないわよ、畜生」

 

 二機から少し離れた場所に位置するビルに降り立ち、思わず悪態を吐く。

 集中が途切れたからか、持っていた二挺の魔銃は光の粒子となり、両手の甲の刻印へと吸い込まれていった。

 

 (さっきクラウディウスは、コレを“暴君”の魔銃って言っていたけど……)

 

 刻印に吸い込まれたと云うことは、クトゥグアやイタクァと何かしらの関係があるのだろうか?

 ……いや、今考えるべきはソレじゃない。

 

 「流石に鬼械神2体を同時には相手取れん……九淨、ここは一度退くぞ!」

 

 「ダメよ。デモンベインを喚ぶわ」

 

 「何!? 正気か九淨!?」

 

 「無謀なのは分かってる。けど、ここで退いたらアーカムシティは終りよ」

 

 二機の鬼械神による蹂躙劇。

 それは間違い無く、アーカムシティに壊滅的な被害を齎すだろう。

 それに……奴等によって理不尽にも殺された一般市民の無念を思うと、私には黙って引き下がる事など出来そうにもなかった。

 

 「……どうしても戦うのか?」

 

 苦々しい声で問い掛けてくるアル。

 

 「退く訳にはいかないわ」

 

 「戦力差は歴然……勝てる見込みはゼロに等しいぞ」

 

 「ゼロじゃないなら上等よ」

 

 「はぁ……」

 

 大きな溜息を吐くアル―――けれど、覚悟は決まったようだ。

 やれやれと肩をすくめると、真っ直ぐに敵を見据えながら言った。

 

 「ならば九淨よ! 好き勝手に暴れる無法者共を、纏めて地獄へ送ってやろうぞ!」

 

 「応ともッッッ!!」

 

 憎悪の空より来たりて

 正しき怒りを胸に

 我等は魔を断つ剣を執る

 汝、無垢なる刃―――デモンベイン!




※達人級
 魔術師としての位階(クラス)。我等が大導師殿が 7=4のアデプタス・イグセンプタス(肉体を持つ存在の限界位階)。暴君さんが 6=5のアデプタス・メジャー。アンチクロスの面々が 5=6のアデプタス・マイナー。

※空を飛ぶ術を持たない筈のカリグラ
 爆発じゃんぷ。

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