《―――主は、私を広い場所に導き出し、私をお救いなされた。主が私を喜びとされたから》
エンネアの要望通り、繁華街へとやってきた私達三人。
やっぱりと云うか当然と云うか、休日の繁華街は大勢の人でごった返していた。
「九淨―――っ! はやくしないと、置いてっちゃうぞ―――!」
そんな雑踏の中を、スルリスルリと器用に抜けていくエンネア。
此方の歩くペースはお構いなしに、元気に駆け回っている。
「ちょっとエンネア―――! あんまり先走ってると、逸れちゃうわよ―――?」
「にゃはははは! だいじょーぶだいじょーぶ!」
どこら辺が大丈夫なのだろうか……やれやれ。
「……………」
私の隣を歩くアルは、何処か不機嫌そうな表情だ。
今日はこの人混みなので、一応釘を刺しておくことにする。
「アル、今日はエンネアとドンパチやらないでね―――危ないから」
「ふんっ……」
ぷいっと外方を向くアル。
―――激しく不安だ。
エンネアと一緒に―――正確には引っ張り回され―――繁華街を巡る私とアル。
映画に始まり、ウィンドウショッピング。
雑貨屋やら書店やらアクセサリーショップやら。
それにしても……ここまでアクティブに動くのを見ていると、女の子と云うのは買い物好きなのだと思わざるを得ない―――言ってる私も一応女なんだけど、そこまで買い物好きじゃないのだ。
まあ、私のことはどうでも良いので置いておく。
今は―――エンネアのことだ。
(……どうしてかしら)
無邪気にはしゃぐ、エンネアの横顔。
其処にほんの一瞬、瞬きの時間―――影の様な哀しい表情が浮かんでいた。
しかし次の瞬間には、無邪気な少女の顔に戻っている。
彼女は精一杯、力の限りを尽くして楽しもうとしている。
今このときを、この瞬間を。
それは……掛替えの無いものを見出そうとしているようにも見えた―――まるで、
だから私は、彼女の遊ぶままに付き合った。
アルも、多分同じだろう。
普段なら毒の一つも吐くところを、文句一つ言わずに付き合ってくれている。
遊んで遊んで遊び倒して……気付けば日暮れ時だった。
疲れきった私とアルに対して、何故かまだまだ元気一杯な様子のエンネア。
(すっごいタフね……何処にそんな体力があるのかしら)
「2人共、もうへばっちゃったの? しょうがないなぁ~」
やれやれ、とばかりに肩をすくめるエンネア。
「そこのお店で、ちょっと休む?」
彼女の指差した先には、一軒の喫茶店。
私とアルは、一も二も無く頷いた。
メニューと睨めっこする私―――主に値段の辺りと。
ちょっと考えた末、紅茶とチョコレートケーキを頼むことにした。
此処みたいな喫茶店に足を運べば、そこそこの値段で美味しい紅茶が楽しめるのだ―――お店によって若干の当たり外れはあるけども。
因みに、私が喫茶店に行く事など滅多にない。
それは言うまでもなく、そんなお金は無いからだ。
どうしても紅茶が飲みたいときは、安物のティーバッグでも買えば良いのだから。
「九淨……」
「汝……」
そんな感じのことを二人に話したら何故か、ダメだコイツ的な目で見られた―――解せぬ。
暫くして、皆が注文したものがテーブルに運ばれてきた。
早速銀のフォークで切り崩し、
「んっ……美味しい」
くど過ぎないチョコレートの甘味と、ちょっぴりビターなココアパウダー。
ホロリと優しく崩れるケーキ生地に、しっとりとした舌触り。
其処に、強過ぎない香りの
エンネアを見れば、甘ったるそうなケーキを美味しそうに食べている。
アルの方も、もきゅもきゅと擬音が聞こえてきそうな感じにショートケーキを頬張っていた。
(……ショートケーキも美味しそうよね)
ふと思い立った私は、アルに交渉を持ち掛けることにした。
「ねぇ、アル」
「ん?」
「こっちのケーキ一口あげるから、そっちのケーキ一口頂戴」
「む……まあ良かろう」
交渉成立。
私は早速、自らのケーキをアルに差し出した。
「はい、あーん」
「!?」
「!?///」
私の行動に、何故かエンネアは驚愕を顔に浮かべる。
アルに至っては、顔を赤く染めて固まってしまった。
「?」
何か可笑しいことでもしただろうか?
私はただ、アルにケーキをあげる為にあーんと……
(…………ん?)
ちょっと待って、何か可笑しい。
あーん。
……あーんでしょ?
…………あーん?
………………あーん!?
(え、ちょっ、私……何やってるのぉぉぉぉぉぉ!?///)
何か自然にやってた―――じゃなくて!
自分の行動に、心の中で頭を抱える。
意識せず―――意識していたらとても出来ないだろうけど―――極自然にやってしまった事だけに質が悪い。
交換と言ってしまったのだから、今更差し出したケーキを引っ込めるワケにもいかないだろう。
(ぜ、絶対顔赤くなってるわよね……私///)
自らの所業に、体温の上昇を自覚せざるを得ない。
チラリと見れば、此方を面白そうにニヤニヤと眺めているエンネア。
硬直状態から復帰し、赤い顔のまま私と差し出したケーキを交互に見つめるアル。
やがて覚悟を決めたのか、アルは
「あ、あーん……///」
と、真っ赤な顔で可愛らしく口を開けた―――ナニコレカワイイ。
「――――――」
意識が別の場所に飛んで行きそうになるけど、何とか持ち堪えた。
彼女に応えるべく、ケーキを彼女の口へと運ぶ。
「んっ……///」
差し出したケーキを口の中に収めるアル。
むぐむぐと咀嚼し、嚥下。
「お、美味しい?」
「ま、まあまあだな……うむ///」
意を決して聞いてみれば、何とも半端な答えが返って来た―――まあ、私が作ったワケじゃないけども。
「こ、今度は此方の番だな……!///」
何やら気合の入った様子のアル。
銀のフォークで円形のショートケーキを切り崩すと
「あ、あーん///」
此方に差し出してきた。
「…………」
OK、冷静になるのよ九淨。
これはただケーキを食べるだけ。
何も疚しい事は無いし、先程からニヤニヤしているエンネアに対して何も恥ずべき事は無いのだ。
「あー……む……///」
前言撤回。
いやコレ普通に恥ずかしいです、ハイ。
けれど決して嫌ではない恥ずかしさを感じつつ、口に収まったショートケーキを味わう―――いや、味わおうとする……が。
(―――全ッ然味分かんないわよコレ!///)
羞恥一色で染まった現状、味など分かろう筈もなかった。
「ど、どうだ?」
「ま、まあまあね……うん///」
間違い無くその所為だろう、アルへの返答は彼女と同じ半端なものになってしまった―――なんとも滑稽な感じに。
「ぷっ……くくく……♪」
だからだろう、エンネアがとても愉快そうに笑い出したのは。
「あはっ、あはははははっ!」
彼女の反応に、私は更に恥ずかしくなってしまう。
チラリと見ればアルもそうなのか、誤魔化す様に咳払いをした。
「そ、そんなに可笑しかったかしら……///」
問い掛けてみれば、エンネアは笑い過ぎて目尻に浮かんだ涙を拭いつつ答える。
「うん。九淨ってさ……こうして見ると、全然戦う人っぽくないよね」
「そりゃ、私は戦闘狂ってワケじゃないから……常に殺気立ったりしちゃいないわよ」
「あーそうじゃなくて、うーん……どう言えば良いのかなぁ?」
人差し指を顎に添える様にして考え込むエンネア。
ややあって言葉が見つかったのか、柔らかな笑顔を浮かべながら言った。
「九淨はきっと……どんなに辛くても、どんなに厳しくても、どんなに大変でも―――“それがどうした”って切り抜けちゃう人なんだよ」
「……自分じゃよく分からないんだけど」
エンネアの評価に、首を傾げる。
それを聞いていたアルは、軽く言った。
「そんな大層なモノではあるまいて。此奴の場合―――ただ楽観的に過ぎるだけだ」
「……それってもしかしてもしかしなくても、お気楽な阿呆だと?」
「なんだ、良く
「喧しいッ!?」
「あははっ♪ ……2人共変わってるよねー。イチャイチャしたり、夫婦漫才したりする
「イチャイチャ言う――――――え?」
「――――――」
「あっ」
……エンネアが零してしまったキーワード。
それは、この場に沈黙を齎すには充分過ぎた。
九淨「お、美味しい?」
アル「ま、まあまあだな……うむ///」(味など……分かるワケが無かろうがぁぁぁぁぁ!///)
大体こんな感じ……そして平穏終了のお知らせ。