ある少女の斬魔大聖   作:アイオン

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第43話

 《―――少女よ、私はあなたに言う。起きなさい》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「九淨―――っ! 朝朝―――っ! 起きて起きて―――っ!」

 

 朝の微睡みの中にいる私を、誰かが結構な勢いで揺さぶっている。

 言葉からすると私を起こそうとしているのだろうけど、此方としてはまだ寝ていたい気分だ。

 なのでテンプレートな返答をすることにする。

 

 「んんっ……あと五分……」

 

 「え―――っ!? 五分も待てないよ―――! はーやーくーおーきーてー!」

 

 どうやらテンプレートはお気に召さなかったみたいだ。

 揺さぶりがより一層激しくなり、とても寝ていられる状況じゃない。

 私は、仕方なく起床することにした。

 

 「あ、起きた! おはよ―――! 九淨!」

 

 「んぅ……ん……へ?」

 

 寝惚け眼を擦りながら身を起こすと、満面の笑みを浮かべた少女が朝の挨拶をしてきた。

 

 (えっと……)

 

 寝起きで鈍い頭を働かせながら少女を見遣る。

 少し癖気味な赤毛のショートカットに、幼さの残る顔立ち。

 躰つきを見れば、大凡十代前半と云うところだろうか。

 丸く大きな紫の瞳が楽しげな彩を湛え、私の顔を覗き込んでいる。

 

 (紫の瞳……紫水晶(アメジスト)みたいな……)

 

 そこで理解した―――昨日連れ帰った女の子だと。

 ……一応言っておくけど、私が痴呆症だとかそういう事はない。

 

 「…………」

 

 「??」

 

 昨日の儚げで弱々しい雰囲気の少女と、目の前の無邪気に笑顔を浮かべている少女とが一致しなかったのだ―――と云うか、まだ確信が持てていない。

 間違い―――は無いと思うけど―――があっては事なので、私は一応少女に訊ねた。

 

 「エンネア……で良いのよね?」

 

 「うん、そうだよ九淨!」

 

 名前を呼ばれた少女は、元気いっぱいに頷いた。

 ……昨日の少女で間違いないらしい。

 

 「何て云うか……随分と元気ね」

 

 「勿論! だってほらほら、すっごく良い天気なんだよ! こんな日にいつまでも寝ていたら勿体ないよ!」

 

 「え、ええ……そうね」

 

 少女の勢いに押され、ただ頷く。

 

 (……まだ寝惚けているみたいね)

 

 とりあえず顔を洗って着替えよう、話はそれからだ。

 そう考えて立ち上が……ろうとして、少女の格好が目に入った。

 女物の―――というか私の―――シャツ一枚、のみ。

 下着すら身に付けていない裸にシャツ一枚と云うのは、何ともマニアックな格好である。

 

 (いやいや、そうじゃなくて)

 

 「……ねえ、エンネア? どうして下に何も穿いてないの?」

 

 確か昨日はお風呂から出た後、ちゃんと下も穿かせた筈なんだけど。

 そんな私の疑問に、少女は不満気に答えた。

 

 「だって、歩きづらくて変な感じなんだもん」

 

 成程、それは最もだ。

 私と彼女ではサイズが違って大変なのだろう。

 実際、サイズの違う物を無理に穿くのは厳しいし。

 ……だからって、何も着用しないのはどうかと思うけど。

 

 「うーん、かと言って他に服も無いし……」

 

 流石にシャツ一枚というのはアレなのでどうにかしてあげたいのだが、これといって案が浮かばない。

 そうして悩んでいると

 

 「じ―――」

 

 何やら少女が私を見つめて―――というか、睨んでいることに気付いた。

 より正確に云うなら、私の一部分―――具体的には胸―――を。

 

 「え、えっと……どうかしたの?」

 

 少女の行動に困惑しながらも、私は問い掛ける。

 問い掛けられた少女は、何故かいきなり声を荒らげ始めた。

 

 「どーしたもこーしたもないよっ! そんなけしからん胸して! 誰かの陰謀だ! 不公平だ! 責任者出て来ーい!」

 

 「えっ、え?」

 

 彼女が何を言っているのか、良く分からない。

 っていうかけしからん胸って……ヘンタイ親父かアンタは。

 

 「そんなけしからん胸は……こうしてやるぅぅぅ!」

 

 「えっ、きゃあ!?」

 

 少女の発言に戸惑っていると、いきなりソファーに押し倒されて胸を鷲掴みにされた。

 何がどうしてこんな状況になっているのか全く理解出来ない。

 

 「このっ! このこのこのっ!」

 

 「やぅ! ふぁっ……ちょっ! んぅっ!」

 

 マウント・ポジションの彼女に胸を揉みしだかれ、妙な声が出てしまう。

 ……これはよろしくない。

 朝っぱらからこんな光景を繰り広げていては、R―18指定にされてしまうかもしれない。

 

 「ここか!? ここがええのんか!?」

 

 「はうっ! くんっ……うぅん!」

 

 私が抵抗する姿が気に入らないのか、少女は一向に手を止めようとしない。

 ……いけない。

 これは(色んな意味で)健全なR―15指定なのだ。

 私は彼女の狂行を止めようと、声を上げ

 

 「ちょ、ちょっと! いい加減に―――」

 

 「ええい、朝っぱらから騒々しいぞ!」

 

 た、その時。

 何とも絶妙なタイミングで、アルが起床した。

 眉を吊り上げて此方を睨み―――停止。

 

 「………………」

 

 「………………」

 

 「??」

 

 ―――事務所内に、長い長い沈黙が訪れる。

 アルの視線の先には、シャツ一枚の少女に跨られ胸を鷲掴みにされている私。

 ……どう見ても致してます、本当にありがとうございました。

 

 (いやいや、致してない致してない!)

 

 アルが私たちから、そっと視線を逸らす。

 ややあって、何処か遠くを見つめながら皮肉っぽく呟いた。

 

 「見ず知らずの娘にまで手を出すとは……やはり同性愛指向者(レズビアン)の上幼女趣味(ロリコン)であったか。所詮、汝は生粋の異常性犯罪者よ」

 

 「被告の訴えも聞いてくれませんかね裁判長!?」

 

 「あははっ♪」

 

 「アナタは笑ってないで早く退きなさいっ!」

 

 

 

 

 

 キッチンで、安物のインスタントコーヒーを三人分淹れる。

 最近は割と余裕があるので、これくらいの贅沢は何とかなるのだ。

 

 「インスタントコーヒーで贅沢……か」

 

 アルが何か言っているけどスルー。

 コーヒーを注いだカップを持って戻り、二人に手渡す。

 

 「はい、どうぞ」

 

 二人は渡されたコーヒーに、ミルクと砂糖を入れて飲み始めた。

 ……アルはともかくエンネアさんや、それは入れすぎだと思うのよ。

 だってコーヒーがコーヒーの色してないもの。

 

 エンネアがかなりの甘党だと理解したところで、私もコーヒーに口をつけた。

 当然ミルクと砂糖は一切入れない―――何故なら勿体ないから。

 

 カフェイン的なモノを摂取して寝惚けた頭が冴えたところで、そろそろ本題に入ろう。

 私はカップを置き、コーヒーを啜るエンネアへと向き直った。

 

 「?」

 

 突然向き直って自分を見つめる私に、エンネアは小首を傾げて疑問符を浮かべている。

 

 (さて、どう切り出そうかしら……)

 

 これから彼女に、色々と訊かなければならないことがある。

 しかしバスルームで見た虐待の痕からすると、深い話をすることは憚られる。

 無遠慮な質問は、彼女を傷つけてしまいかねないからだ。

 

 「どーしたの?」

 

 悩む私に、エンネアが微笑みながら無邪気な眼差しを向けてくる。

 ……この笑顔を曇らせるくらいなら、いっそ、何も訊かなければ良いかもしれない。

 

 (……あぁもう! そうじゃないでしょうが!)

 

 逃避に入りかける自分の思考に腹が立つ。

 見て見ぬ振りが出来なかったから彼女を連れ帰った筈なのに、ここで逃げてどうするというのか。

 苛立ちを紛らわせるために、自分の髪をクシャっと握る。

 

 (……そうよ、悩んだってしょうがない。そんなのは私のキャラじゃないわ)

 

 腹を決めた。

 置いたカップをもう一度取り、残りのコーヒーを一気に流し込む。

 そして飲み干した後、単刀直入且つ出来る限り言葉を選んで切り出した。

 

 「ねえ、エンネア? あなたには色々と聞いておきたいことがあるの。でも、無理矢理聞こうって訳じゃないから、あなたの答えられる範囲で良いわ。どうかしら?」

 

 エンネアは首を捻って考え込む仕草を見せた後、表情を曇らせた。

 ややあって、若干気まずそうな口調で答える。

 

 「えっとね……聞いても無駄になるかな、うん」

 

 「あー……人には話したくないことばっかり?」

 

 やっぱりいきなり話して欲しいっていうのは直球過ぎただろうか。

 若干後悔していると

 

 「うにゃ、そーじゃなくてね。その、何て云うか……殆ど覚えてないの」

 

 「……えっ?」

 

 「…………」

 

 予想外過ぎる返答が来た。

 アルと2人、思わず呆然としてしまう。

 

 「って、それはつまり……?」

 

 「記憶喪失ってヤツみたい。エンネアっていう自分の名前以外、さっぱりだもん」

 

 ……どうしよう手詰まりだ、進み様がない。

 かといって、何もしない訳にはいかないだろう。

 

 「うーん……何でも良いから、覚えていることはないかしら?」

 

 「何でも? えーっと……何かから逃げてきたんだと思う、多分」

 

 「逃げてきた……?」

 

 「うん。それで、あの路地裏の辺りに」

 

 「…………」

 

 確か彼女の手足には、拘束された痕が残っていた。

 真っ当な状況でなら、十代前半の少女が拘束されるなんてことはありえない。

 彼女の言う“何か”に捕まっていたが、其処から必死に逃げ出してきた……って線で間違いなさそうだ。

 

 「……想像以上の厄介事だな、九淨よ」

 

 「……ホント、そうね」

 

 何かから逃げてきたということは、現在その“何か”に追われている可能性が高い。

 記憶喪失ということも相俟って、迂闊には動けないし……困った。

 

 「いったいどうする気だ?」

 

 「ふぅ……しょうがないから、お嬢様の力を借りようかしらね」

 

 「またあの小娘に頼るのか。汝、自分の職業を忘れているのではないか?」

 

 職業:探偵。

 ……うん、忘れていたワケじゃないのよ?

 身元を調べるとか情報収集とか、確かに探偵の領分だってことは分かってる。

 でも、今回は事が事なのだ。

 下手を打って万が一にもエンネアを危険に晒す訳にはいかない。

 此処は私の探偵としてのちっぽけなプライドなんて捨てて、確実な方法を取るべきなのだ。

 

 「汝のプライドなど、端っから存在しないと思うのだが」

 

 「うるさいわよ、アル」




エンネア「■■が女の子になったと思ったら、圧倒的なナイスバディだった。訴訟も辞さない」

そういえばエンネアが来た初日なのですが、アニメ版の方はエンネアがソファーで九郎君が床っていうのは分かるんですけども、原作の方は初日、九郎君はソファーで寝ていたところをエンネアに起こされているので、エンネアは一体何処で寝ていたのだろうか……(同衾ってことはないだろうし)。

因みにこの話の中では、一緒に寝ていた事にしますのでご了承ください。

エンネア起床→ソファーから降りて窓から外を見る→良い天気!→九淨を起こす。
こんな感じで。

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