ある少女の斬魔大聖   作:アイオン

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微妙に一週間をオーバー、申し訳ございません。


第42話

 ―――大十字探偵事務所内。

 

 「……汝は、本当にお節介な奴だな」

 

 「だって……あのまま見なかったことにするなんて、いくら何でも後味悪いじゃないのよ」

 

 「やれやれ……その“後味悪い”で、いつも災難に見舞われている様に思うのだが?」

 

 「少なくとも、その災難筆頭に言われたくはないわね」

 

 アルの小言に軽く返しつつ、バスルームからバスタオルを取ってくる。

 そして呆と動こうとしない少女に近づき、濡れた頭にバスタオルを被せた。

 

 「そのままじゃ風邪引いちゃうから、ちゃんと拭きなさいな」

 

 私は少女にそう言うが、少女は特に反応を示さない。

 

 (……やれやれ)

 

 私はそのまま、少女の頭をバスタオルで拭いてあげた。

 自分の頭ではないので、なるべく優しく。

 

 拭かれている少女はというと、これまた反応らしい反応がない。

 同性とは云え、見ず知らずの人間の成すがまま―――事務所まで連れてきた事も含めて―――になっている状況で、警戒や拒絶する素振りを全く見せないのだ。

 さて、どうしたものだろうか……。

 

 (とりあえず……お風呂と着替えかしらね)

 

 少女の服装を確認する。

 襤褸―――衣服と呼ぶ事すら憚られる粗末な布切れ―――一枚、のみ。

 こんな格好で、あの豪雨の中に居たのだ。

 このままで良い筈がない。

 

 「この子をお風呂に入れてくるわ。悪いけど、暫く待っててもらえる?」

 

 「む。まあ、仕方あるまい」

 

 私は少女の手を引き、バスルームへと入った。

 

 

 

 

 

 「――――――」

 

 ギリッ……! と歯軋りをする。

 シャワーの音で遮られ、少女には聞こえていないだろう。

 私は少女の前だという事を自らに言い聞かせ、怒りをゆっくりと沈めていく。

 

 私が怒りを感じた原因……それは、少女の躰に刻まれた傷痕だ。

 手首足首にくっきりと残る、何かで縛られていた痕。

 全身を見れば、鞭で打たれた様な痕/打撲痕/切り傷/刺し傷/内出血によるものと思われる青痣/火傷痕等々……見ただけでそうと解る、虐待の痕。

 

 (……ホント、やり切れないわね)

 

 光があれば闇もある。

 アーカムシティほどの巨大な街ならば、珍しくない光景……なのだろう。

 誰もが明日の為、未来の為、必死なのだ。

 多少歪んでいようが汚れていようが、興味を持たない。

 そして、それを責めることも出来はしない―――無関心も、この街で生きていく為の手段なのだから。

 

 私が魔術師としての力を得たところで、大した事が出来る訳でもない。

 少なくとも、目の前の理不尽一つすらどうにも出来ないのだ。

 

 (……っと、いけないいけない)

 

 つい暗くなってしまった。

 シャワーを止め、少女と2人で湯船に浸かる。

 

 (あ、そうだ)

 

 向かい合わせになった少女の顔を見て、自己紹介すらまだだった事に気付いた。

 私は軽く咳払いをして、少女に語りかける。

 

 「私の名前は九淨、大十字九淨よ。で、さっきの銀髪の子がアルっていうの。―――あなたの名前は?」

 

 「…………」

 

 反応無し。

 無視という訳じゃなくて、現状を認識出来ていない様に感じる。

 

 (困ったわね……)

 

 私はこういう事態の経験は無いし、その手の専門家でもない。

 ……孤児であるがきんちょ達と接してきたライカさんなら、何か良いアドバイスをくれるだろうか?

 明日にでも、ちょっと相談してみよう―――そんな風に考えていたとき。

 

 「…………」

 

 少女が、私をじっと見つめているのに気付いた。

 少女と視線を合わせると、今までのようなぼんやりした瞳ではなく、明確な意思を持った紫水晶(アメジスト)の様な瞳が見つめ返してくる。

 そして、少女が初めて声を発した。

 

 「大十字……()()?」

 

 「! そう、大十字九淨よ。あなたの名前も教えてくれる?」

 

 少女は少しの間、目を閉じる。

 ややあってゆっくりと目を開けると、柔らかな微笑みを浮かべながら答えた。

 

 「……エンネア」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《―――血の復讐をする者は、自らその殺人者を殺しても良い。彼と出会ったときに、彼を殺しても良い》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――アーカムシティ18番区画裏路地。

 降り頻る雨の中、外灯すら灯らぬ寂れた暗い路地に、小柄な少女がいた。

 それだけなら何という事もないが……その少女は異様だった。

 

 彼女が躰に纏っているのは―――拘束具。

 細い腕には引き千切ったソレをぶら提げており、足には自由を奪う枷が填められている。

 顔には視界を遮る仮面がつけられ、口には轡を銜えさせられていた。

 常人ならば歩く事は愚か動くことすらままならない状態だが、少女は行動に窮する様子が一切ない。

 

 そんな少女に対する数十人の男達―――全身黒づくめのスーツに覆面という怪しげな出立ちの彼等は、ブラックロッジの信徒達だ。

 そして彼等に命令を下す矮躯と、対照的な巨躯。

 

 「――――――」

 

 矮躯の号令で、信徒達が手にしたマシンガンを一斉掃射する。

 銃口から吐き出される無数の銃弾は、その総てが呪術的加工が施された専用弾。

 防御陣の術式に強制介入し、術式を書き換え、術の効力を失わせるという魔弾。

 それは目の前の少女―――“暴君”を殺傷する為の物なのだ。

 

 豪雨よりも尚激しい弾雨が、“暴君”へと降り注ぐ。

 展開された防御陣を食い破り、小柄な躰へと殺到する。

 無数の穴が穿たれ、左腕が吹き飛び、肉が抉れ、両足が千切れた。

 剥き出しになった骨が砕け散り、内臓がブチ撒けられ、脳漿が飛び散り、紅い血が地面を染める。

 やがて弾雨が止むと、小柄な少女の躰はその場に倒れ込んだ。

 

 「――――――?」

 

 「…………」

 

 矮躯と巨躯が、怪訝そうに顔を顰める。

 いくら専用弾を用いたとはいえ、“暴君”と呼ばれた存在がこの程度なのか……と。

 2人が考えていた、その時。

 

 「――――――!?」

 

 物言わぬ骸となった筈の少女が、その上半身を起こした。

 吹き飛ばされて三分の一ほどになった貌を信徒達へと向け、潰れた眼球を動かす。

 そして彼等を視ると、顎の無い口で―――ニタリ、と嗤った。

 

 “暴君”がしたのはそれだけだが、信徒達を震え上がらせるのには十分過ぎた。

 半ば恐慌状態に陥る信徒達に向け、少女は砕けた右腕を向ける。

 掌には、いつの間にか大口径の紅い拳銃が収まっていた。

 ―――咆哮(ハウリング)

 連続する轟音と共に、十数人の信徒が血祭りに上げられる。

 

 仲間の絶命の瞬間を見せられた残りの信徒達が、本能的にマシンガンを“暴君”へと向ける。

 そして、更なる肉片へと変えるべく発砲する……が。

 

 「……ぬゥ」

 

 対“暴君”専用にカスタマイズされた筈の魔弾は、尽く防御陣に阻まれた。

 蒼白い魔術文字の輝きが数千発の銃弾を無為にし、効力を失った呪術弾は虚しく地面に転がる。

 

 「もう順応しやがった、早過ぎる」

 

 現状を正しく把握した巨躯と矮躯。

 しかし信徒達は目の前の現実に対応出来ない。

 ただひたすら、“暴君”へと無駄弾を撃ち続ける。

 

 少女は防御陣の術式を変化させ、無数の銃弾を受け止めた。

 空中で停止する銃弾。

 驚愕し、怯む信徒達。

 続けて少女は、蠢く紅い舌とボロボロの咽喉で言葉を紡ぐ。

 

 「術種選択:因果応報陣(カウンター・スペル)

 

 宣言と共に停止していた銃弾は反転、一発一発が総て撃った本人へと返された。

 激しい弾雨の返礼は、残っていた信徒達の命を刈り取っていく。

 後に立つのは、矮躯と巨躯のみ。

 

 「――――――」

 

 少女が再び、言葉を紡ぐ。

 すると、まるで時間を巻き戻すかのように少女の躰が再生していく。

 砕け散った骨/抉れた肉が元に戻り、千切れた両足が地面を踏み締め、吹き飛んだ左腕が接合される。

 その左腕には、鈍く輝く銀色の銃があった。

 少女は紅と銀の銃を十字に交差させ、矮躯と巨躯に視線を向ける。

 

 ―――次はお前達の番だ。

 “暴君”は嗤った。

 紅と銀が、吼える。




※紫水晶(アメジスト)の様な瞳
エンネアの瞳って紫色で良いんですかね? 何か明確に書いてなさそうだったので、この話の中ではアメジストの様な紫色という事にさせていただきます。

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