第41話
柔らかいナニカが裂けて中身を散らし噴き出る紅い水を浴び吹き荒ぶ暴風の描く軌跡はまるで紅いドレスを纏って疾風の如く舞う其れは明確な死死死死死死死逃れられぬ死と鮮烈な紅色と閃光の白で彩られた舞台で柔らかいナニカナニカナニカナニカが裂けて裂けて裂けて裂けて砕け散り紅い紅い紅い紅い水が噴き出し噴き出し噴き出し噴き出し辺り一面を紅く染め海の様に総てを呑み込み蹂躙し乱舞する其れは紡がれる刹那の唄は
総ては夜の泡沫。
静寂に呑まれ、儚く消える。
―――雨が降っている。
紅い海を押し流す様な豪雨。
その豪雨の中、少女は路地裏の地面に転がっていた。
「――――――」
口からは、声にならない呻き或いは喘ぎが漏れている。
震える躰は、苦痛の為か体温が失われてゆく為か。
見上げれば何処までも昏い雨雲と、地を穿つ様に降り注ぐ無数の雨滴。
止む気配を見せない雨が、少女の全身を打ち続ける。
ただ―――
これだけの豪雨にも関わらず、一切濡れていない“モノ”が在った。
その“モノ”の周囲には、白い蒸気が立ち上っている。
……雨が、蒸発しているのだ。
少女が左右に握る、その“モノ”とは―――鈍い光を湛える破壊の象徴たる赤と、鋭利な光を湛える殺意の結晶たる銀。
それが折り重なり、十字を作っている。
光る十字が、雨のヴェールの中に薄らと浮かび上がっている―――。
《―――主は、恵みの倉、天を開き、時にかなって雨をあなたの地に与え、あなたの手の業すべてを祝福される》
今日の断片の捜索を終え、ライカさんのところでご飯を頂こうかと考えていた矢先……雨が降り始めた。
傘なんて当然用意していないので、すぐ近くのお店の軒先を借りる。
(やれやれ……ついてないわね)
しばらくの間雨宿りしていたが、雨足は激しくなる一方でとても止みそうにない。
(……仕方無い)
私たちは濡れるのを覚悟で、雨の中へと駆け出した。
「うにゃあああぁ! 濡れて頁が張り付く染みになるぅぅぅ!」
「あなた毎日シャワー浴びてお風呂入ってるでしょーが!」
長い距離では無かったけれど、教会にたどり着いたときには全身びしょびしょのずぶ濡れ。
下着にまで被害が及んでいた。
「あらあらあら……二人共大丈夫? 今、拭くもの持ってくるねー」
出迎えてくれたライカさんの後に続き、教会の中へ。
私は濡れてずっしりと重くなった上着を礼拝堂の椅子に脱ぎ捨て、肌に張り付くシャツの裾を絞る。
かなりの量の水が、床へと流れ落ちた。
隣を見ると、アルが猫のように体を震わせて水滴を払っていた。
「――――――」
アルの動きに合わせて揺れる、彼女の銀髪。
綺麗な其れは雨に濡れ、より一層美しく煌めいていた。
そう、思わず見惚れてしまうほどに。
「…………」
しばらくそうしていると、アルが此方を向いた。
「――――――!///」
と思ったら、何やら顔を赤らめて俯いてしまった。
いったいどうしたのだろうか?
「……くちゅん!」
恐らく身体が冷えてしまったのだろう、アルが可愛らしいくしゃみをした。
何気なく彼女の体に視線を向けて……フリーズしてしまう。
「…………ッ///」
私と同じく、全身びしょびしょのずぶ濡れなアル。
となれば当然、濡れた服が肌に張り付いているワケで。
どう見ても生地の薄い彼女の服がそうなると、透けて肌が見えてしまったりするのだ。
アルの華奢なカラダのラインが浮き彫りになり、艶かしい雰囲気を醸し出す。
よく見ると、小さな2つの膨らみの頂きまで透けてしまっている。
「?」
私が硬直して動かない事を不思議に思ったのか、アルが俯いていた顔を上げる。
そして私の視線を辿り―――
「~~~っ!///」
両の腕で自らの体を隠しつつ、責めるような訴えるような恥ずかしいような複雑な瞳の上目遣いで私を睨んだ。
「ご、ごめん」
気まずくなって、顔を背ける。
アルはしばらく私を睨み続けていたようだけど、やがて視線を逸らしたみたいだ。
喋らない二人に、鳴り止まない外の雨音。
形容し難い何とも奇妙な沈黙が、私とアルを包み込む。
……インスマウスでの一件以来、こんな感じが続いている。
普段はどうと云うことも無いし、ロイガー&ツァールやイタクァとの戦闘時でも特に問題は無かった。
けれど、ふとした瞬間。
ちょっとした出来事で、こうして意識してしまう―――女同士ということを考えれば、過剰な反応だと言える―――ことがある。
(でも……当然といえば当然なのかしらね)
いくら媚薬的なモノで我を見失っていたからって、彼女を押し倒して無理矢理行為に及ぼうとしたのだ。
しかもその後止むを得なかったとはいえ、一線を越えてしまったのだから。
例え相手が同性だろうと、全く意識しないというのはありえないだろう。
「…………」
アルの横顔を、チラリと盗み見る。
意識……とは云うけど、実際のところ私は、彼女のことをどう思っているのだろう?
(嫌い……ってことはないわよね、うん)
生意気も生意気、傲岸不遜の傍若無人で自分勝手も良いところ。
私を勝手に巻き込んだ挙句、覇道財閥のロボットを自分が使ってやろうなどと言い出したりする人外の古本娘ではあるけれど―――不思議と、不快感はない。
彼女と一緒にいる時間は、割と居心地が良いのだ。
(私にとってのアルって、何だろう?)
また逆に、アルにとっての私とは何だろう?
……何となく、考えても仕方ない気がする。
それくらい、私とアルの関係は複雑なのだ。
濡れた身体を拭き、食卓につく。
服の方は乾かしているため、別の服―――ライカさんのシスター服の予備を借りることになった。
そのまま夕食を取った訳だけど、皆から口々に似合わないと言われたのは云うまでもない。
「……雨、止みそうにないね」
ライカさんの言葉に、窓の外へと視線を向ける。
雨足は依然激しく、外も随分暗くなっていた。
(この雨の中はキツイけど……そろそろお暇しよう)
乾かしていた服に触れてみると、まだあまり乾いていなかった。
コレをもう一度着るのはあまり気が進まないけど、まさかシスター服で帰るワケにもいかないので我慢我慢。
教会の傘を借り、アルと一緒に事務所への帰路についた。
(……酷い雨ね)
自身の雨音以外を全て掻き消すほどの豪雨。
あまりの雨足に、視界もかなり遮られている。
さしている傘の持ち手からも、この雨の激しさが伝わってくる。
そんな勢いの雨に打たれつつ、私たちは事務所の前まで帰ってきた。
「ふぅ……やっと到着ね」
さて、中に入ろうとしたところで……雨に遮られた視界に、揺れる不思議な光が飛び込んできた。
目を凝らしてみる。
どうやら光は路地裏の奥のようだ。
「ねえ、アル……あれって何かしら」
「何とも言えぬが……幽かに魔力の気配があるな」
私とアルはその光が何なのかを確かめるため、路地裏へと足を踏み入れた。
光を求めて進む私たちは、
しばらく狭い路地裏を進み……
「あれ、消えた?」
「九淨―――あれを」
「えっ?」
―――出逢った。
「……ちょっと」
異様な光景と云えた。
降り頻る豪雨の中、襤褸一枚で座り込み、躰を震わせる少女。
「九淨……」
少女の顔を見る。
瞳は閉じられており、唇は殆ど紫色になっていた。
けれどその表情。
眠るようなその貌に、薄らと浮かぶ微笑み。
其れはあまりにも儚げで、とても弱々しくて……まるで、寒さに震える捨て猫のように思えてしまった。
だから、私は―――
※何やら顔を赤らめて俯いてしまった
濡れたシャツが肌に張り付いて九淨さんの肌が透けてしまい、それを見てしまったアルの反応。
※シスター服
黒髪黒瞳で東洋系の顔立ちをしている九淨さんに似合うとは思えない(ソレ用のメイクを施すとかなら兎も角)。コスプレの領域。巫女服なら似合う……はず?