ある少女の斬魔大聖   作:アイオン

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そういえば番外話:5を投稿した翌日、見事に風邪を引きました。
皆さんも風邪にはお気をつけください。


THE THING THAT WALKED ON THE WIND
第38話


 此処は祭壇にして玉座。

 玉座の主たるマスターテリオンは普段同様総てに飽いた様子で、傍らに寄り添うエセルドレーダの頬を撫でつつ自らの髪の毛をただ弄っている。

 

 そのとき、激しい揺れが僧院を襲った。

 普通なら考えられない事態に、騒然となる僧院内。

 揺れは当然玉座の間にも響き、マスターテリオンは自らの髪を弄る指をピタリと止めた。

 

 ややあってブラックロッジ信徒の一人が玉座の間に入室。

 マスターテリオンに状況を報告した。

 

 「ほ、報告致します! 僧院最下層部・拘束結界式牢獄が内側から破られ、拘束していた罪人が……“暴君”が脱獄をっ!」

 

 「……マスター」

 

 報告に、マスターテリオンを見上げるエセルドレーダ。

 マスターテリオンは先程までの表情から一転、薄らと笑みを浮かべながら言った。

 

 「そうか……“暴君”が動いたか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は識る。

 私は識る。

 私は識る。

 世界を、運命を、絶望を。

 無限の蛇(ウロボロス)輪舞曲(ロンド)が巡る、閉ざされた世界。

 捩れ狂った輪に囚われた運命。

 決して辿り着くことのない未来と、それを識らぬ人々の内に存在する絶望。

 

 怪異なる永劫の果て、果て知らぬ永劫。

 輪を自らの手で廻す金色の獣ですら逃れ得ぬ、この牢獄。

 その内で、それでも私を突き動かすものは……

 

 ―――嗚呼、そう、そうだ。

 彼の者の存在に他ならない。

 

 彼の者もまた、この牢獄に囚われた囚人に過ぎない。

 彼の者もまた、この無限に鞭打たれる奴隷に過ぎない。

 彼の者もまた、この忌まわしき音色に踊らされる道化に過ぎない。

 されども彼の者は、未来永劫過去永劫、幾星霜を闘い続ける。

 迷う事無く、何度でも立ち上がって。

 

 それは識らぬ故か。

 世界を、運命を、絶望を。

 そうかも知れない、そうなのかも知れない。

 だが―――

 

 本当に、ただ、それだけか?

 もしそれだけなら、何故彼の者は今尚存在し続けると云うのだ。

 

 この牢獄―――捩れ狂った無限の中で、魔を断つ意思は失われていった。

 失われたことすら識らず、失われていった。

 時たる者の子等に立ち向かった賢者の力は、最早届くまい。

 狩人たる盲目の大賢者は力を奪われ、何処かへと封じられている。

 人類が生み出すはずの対邪神組織(ファウンデーション)は、結成すらされないのだ。

 そんな絶望的な世界の只中に在りながら、何故彼の者だけが闘い続ける?

 今尚、闘い続けることが出来るのだ?

 

 ……私は識らない。

 ただ、唯一、彼の者だけを識らない。

 其故に彼の者は、閉じた闇黒の宇宙(ソラ)にただ一つ浮かぶ星のよう。

 そう、そうだ。

 彼の者だけがきっと、私を繋ぎ止める。

 虚無の闇黒に墜ちる私を、現世に繋ぎ止める楔なのだ。

 

 嗚呼、だから今こそ解き放とう。

 この想いを、衝動を。

 たとえ後に、おぞましき絶望が待ち受けようとも。

 “死霊秘法”の主。

 白き魔術の王。

 神殺しの刃。

 ―――大十字■■。

 私は、お前に会いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白。白。白。

 見渡す限り、一面の白。

 視界はほぼ全て奪われ、猛る暴風が自身以外の音を奪う。

 この状況を打破するべく、呪法兵装を喚び出す。

 

 『アルクトゥルスより来れ、忌まわしき双子の風よ!』

 

 『ロイガー! ツァール!』

 

 アルの詠唱に重ね、その名を喚ぶ。

 真紅と紺碧の刃。

 顕現化(マテリアライズ)した双剣を掴み、内に秘められた“風”の呪力を開放する。

 吹き荒ぶ風は猛る暴風と拮抗し―――互いを弾き飛ばした。

 

 『ぐっ……!』

 

 『くぅ……!』

 

 脚部シールドのエネルギーを用いて、素早く姿勢を制御。

 転倒を回避したところで双剣を構え直し、前方を見据える。

 前方には巨大な影―――と云うか、雲のような靄と呼ぶべきだろうか。

 とにかく巨大なヒト型の雲が、濃い赤紫色に燃える星を輝かせて此方を注視していた。

 

 ―――イタクァ。

 先住民族の伝承等で、ウェンディゴの名で伝わる旧支配者。

 このページモンスターが発生させた北極の風(ポラリス)が、現在アーカムシティを白く染めている原因だ。

 正直この猛吹雪は、季節外れにも程があると思う。

 景色を見ると気分的に寒くて仕方がないので早く何とかしたい、切実に。

 

 『ハァッ!』

 

 イタクァへと接近し、ロイガーを一閃させる。

 ヒト型の雲を切り裂くかに思われた刃は、しかし猛る暴風によって空を切らされた。

 

 『チィッ……!』

 

 暴風の吹き抜ける先、上空を見上げる。

 そこには先程まで目の前にいたイタクァが、燃える眸でデモンベインを見下ろしていた。

 

 『随分と速い奴ね!』

 

 『“風に乗りて歩むもの”或いは“歩む死”と呼ばれる風の神性だ。捕らえるのは少々骨だな』

 

 『ロイガーとツァールのときもそうだったけど、風の連中はホンット面倒ね。しかも空に逃げられちゃったし……こんちくしょー』

 

 デモンベインは空の敵を攻撃できる手段が限られている。

 バルカンやバルザイの偃月刀がその手段になる訳だけど、今回の相手は雲状になっているのだ。

 恐らく実体は無いだろうから、奴に触れるためにはそれ相応の呪法兵装でなければならないだろう。

 その呪法兵装が、今両手に在るロイガーとツァールなんだけども……

 

 現状、イタクァの風はロイガーとツァールの力で防げている。

 しかしそれは同時に、同じ“風”であるロイガーとツァールの力も向こうに防がれる可能性が高いということだ。

 せめて地上に降りてくれればやりようもあるけど、空を飛び回られてはどうしようもない。

 ロイガーとツァールを連結させて投擲したところで、防がれたらお仕舞だ。

 風の護りを失ったデモンベインは、あっという間に吹雪で身動きがとれなくなってしまうだろう。

 

 (さて、どうしようかしらね……)

 

 油断なく双剣を構え、イタクァを注視しながら思考する。

 

 「―――九淨ちゃん! アルちゃん!」

 

 そこへ、チアキさんからの通信が入った。

 

 『どうした?』

 

 「前に頼まれてたクトゥグアの制御ユニットの調整が完了したんや! 今からそっちに転送するで!」

 

 『よしっ! 了解!』

 

 ロイガーとツァールを連結し、左手に持つ。

 次の瞬間、アーカムシティの上空に時空の歪みが発生した。

 歪みから顕現した物体が、デモンベインへと飛来―――右手で受け止める。

 掌に収まったのは、デモンベインに見合ったサイズの巨大な拳銃だった。

 

 「クトゥグアから発生したエネルギーに指向性を持たせ、制御するプラズマ・ガン。けど、調整がかなり大変でな。本来のパワーの十分の一ぐらいまでしか出せんのや……」

 

 『いえ、十分よ! ありがとう!』

 

 元々尋常じゃない力を持つクトゥグアだ。

 十分の一でも十分な火力になってくれるはず。

 私は手にした銃を上空のイタクァに向け、照準を合わせた。

 

 そんな此方の様子に気付いたのか、イタクァはその雲状の躰を変化/膨張させ始めた。

 その中で此方に向けられるのは、やはり燃える星の輝き。

 

 『仕掛けてくるぞ、九淨!』

 

 変化/膨張が限界まで行われ―――急速に収縮。

 イタクァはその身を嵐と化して、デモンベインへと急降下してきた。

 

 (…………)

 

 ロイガー&ツァールがあるとは云え、アレの直撃を受けるのはマズイだろう。

 確実にイタクァを仕留めるには、何処を狙うべきか……

 

 (眸―――かしらね)

 

 あらゆる形に変化する雲状の躰。

 しかし考えてみると、あの燃える眸だけは変化していないように思う。

 変化しない理由は分からないけど、弱点である可能性もあるだろう。

 私は極短時間で思考し、トリガーに指を掛け―――

 

 『行けぇッ!』

 

 引いた。

 

 視界を灼く閃光と、イタクァへと飛ぶ光球。

 太陽の如く輝くソレは、奴の燃える2つの眸の間―――眉間の辺りだ―――に命中し、爆裂した。

 

 『よしっ、これなら!』

 

 『―――否! まだだ、九淨!』

 

 『なっ―――!?』

 

 驚愕、そして決定的な隙。

 気付いたときには、燃える星が私を覗き込んでおり―――デモンベインは、イタクァによって大地に押し倒されていた。

 

 デモンベインの上に馬乗りになる奴の姿は、雲状の巨大なヒト型ではなかった。

 雲を払われた今のイタクァの姿は、美しい氷の躰と翼を持つ巨大な竜だった。

 

 『さっきまでの雲はフェイクだったワケね……!』

 

 やられた……!

 歯噛みする私。

 

 マウントポジションを取ったイタクァは、氷の牙をデモンベインの首へと突き立てた。

 盛大な放電が発生し、破損箇所から水銀の血を撒き散らす。

 

 『ぐぅぅ……!』

 

 『こッ、んのぉぉぉ……!』

 

 何とか振りほどこうとするが、この状態を脱する事が出来ない。

 抵抗の際に背に敷く地面が砕け、陥没するだけだった。

 

 『いつまでも……人の上ェ! 乗ってんじゃないわよっ!』

 

 拳銃の銃口を、イタクァへと押し付ける―――押し倒されたこの体勢では左手のロイガー&ツァールを満足に振るうことは出来ないため、使うのは右手の拳銃だ。

 零距離での発砲なら、外れはしない!

 

 『喰らいなさ……!』

 

 「……くすくすくす」

 

 

 

 

 

 「―――!? プラズマ・ガン内部の魔力が、急速に増大。規定値を超えます」

 

 「そんなっ!?」

 

 「だ、大十字さん!? ストップです! 撃ってはいけま―――」

 

 

 

 

 

 『九淨! 待っ―――』

 

 『へっ?』

 

 突然の制止の声も間に合わず、私はトリガーを引いた。

 

 

 

 

 

 「ふふふっ……あはっ……あははははっ……♪」

 

 アーカムシティに立ち上る爆煙。

 それを見下ろしながら、無邪気な笑い声が響く。

 その笑い声を乗せた強い魔力が渦を巻き、ある空間を歪ませてゆく―――




ロイガー&ツァールの盛大な捏造。
でも実際、これくらいは出来るはず。
とりあえずいつも通り、この話の中ではと云うことでご了承ください。

※アルクトゥルスより来れ、忌まわしき双子の風よ
吹き荒め、顕れ、出でよ のままの方が良いかとも思ったのですが、何となく九淨さんとアルには合わないような気がしたので、それっぽい詠唱を捏造。

さて、次の話なのですが……そういう描写抜きで斬魔基準だと、訳が分からなくなりそうです。

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