ある少女の斬魔大聖   作:アイオン

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第4話

 私はスラム街の薄暗い路地を走っている。

 市街地とは違い区画整理のなされていないこの辺りは、さながらゴーストタウンだ。

 

 本来ならこんな所ではなく、最寄の警察に駆け込んで保護を求めるのが正しいのだろうけど……彼らがどうにかできる相手でもなさそうだ。

 

 この近辺はお世辞にも治安が良いとは言えず、あまり長居していい場所ではないけど、あの白衣の変質者を相手にするよりはマシだ。

 

 「ハァ……ハァ……ふぅ……とりあえずは撒けたかしら」

 

 追っ手の気配が無くなったところで走るのを止め、少女を地面に降ろし、息をつく。

 

 しかし……なんでこんな目に。

 

 「……この子を追ってたみたいだけど」

 

 私はしゃがみこみ、こんな目に遭った原因であろう少女の様子を見る。

 相変わらず冷や汗は止まっておらず顔色も優れないが、呼吸はさっきよりも落ち着いているように感じられる。

 

 とりあえず安心した私は、先程までの少女の行動を思い出す。

 いきなり空から降ってきたり、障壁を造り出して銃弾を防いだり、覆面男たちを見えない力で薙ぎ倒したり……多分、それらは魔術の力だろうと考える。

 ―――よく見ると背中に、なんか羽根っぽいのが浮いてるし。

 

 「魔術師か……本物に出会うとは思わなかったけど」

 

 自分もかつては同じ道を目指していたという事実が、少しだけ少女を身近に感じさせる。

 それに魔術師だというなら、この子の神秘的な雰囲気もブラックロッジに追われているのも納得がいく。

 ……納得がいくっていうだけで、ワケが分からないのには変わりないけど。

 

 「ん……」

 

 小さな呻きを洩らし、少女の瞼がゆっくりと開かれる。

 翡翠色の瞳に生気が宿り始めた。

 

 「あ……気がついた?」

 

 「……此処は?」

 

 「んー……必死に逃げ回ってたからね。スラム街っていうのは確かだけど」

 

 少女はそうか、と軽くうなずき、身を起こした。

 

 「……汝が妾を?」

 

 「一応助けてもらったからね。流石にあの中に置き去りにしたら、いくら何でも後味が悪過ぎるし」

 

 「そうか……礼を言おう……くぅっ」

 

 「と、大丈夫? さっきから随分と調子悪そうだけど」

 

 「術者無しで大分無茶をしたからな……構成を維持できなくなっているようだ。ふふっ。その上アイオーンまで失っては、もはや不様としか言いようがない……」

 

 そう自嘲する少女。

 

 あー、またワケの分からない単語が出てきたわね。

 まったく、今日はワケの分からないことだらけだ。

 

 「んー、よく分からないけど、このままだと良くないんじゃない? 病院にでも……」

 

 「無駄だ……妾なら大丈夫だ。世話をかけたな……」

 

 私の提案を即却下し、少女は立ち上がった。

 その体はフラフラと危なっかしく、今にも倒れてしまいそうだ。

 

 「どう見ても大丈夫そうに見えないってば」

 

 「大丈夫だと言っておる。人間ごときが妾を……ん?」

 

 ふと、少女は怪訝そうに私の顔をじっと見つめた。

 ―――翡翠の瞳が私を注視している。

 その神秘的な相貌に見つめられ、心臓が早鐘を打った。

 

 「汝、暗い闇の匂いがする……魔術師か?」

 

 顔を寄せ小首を傾げる少女に、私は面食らった。

 

 (……驚いた、魔術師っていうのはそんなことまで分かるの?)

 

 「いや……残念ながら、昔に少し齧ってただけよ。そういうあなたこそ魔術師でしょ? さっきの力見たわ」

 

 「違う」

 

 キッパリとした否定。

 

 「違うって……ブラックロッジ相手にやったアレ、魔術でしょ? だったら魔術師じゃないの? ……って、私の話は聞いていらっしゃらないようで」

 

 既に私の話は耳に入っていないようで、胸の前で腕組みをしながら何やらブツブツとつぶやいている。

 

 「そうか……魔術師でないということは“書”を持たぬわけだな。ふむ、それは良い。見たところ、潜在的な資質はかなりのものだ。僥倖僥倖。随分と都合良く巡り逢えたものだ。ここまでご都合主義的に事が運ぶと、何者かに踊らされている気がしないでもないが……構うまい」

 

 ……今日の私、全力で置き去りにされっぱなしね。

 

 「えーと、とりあえず私にも分かるように話してほし

 

 ―――ついさっきも聞かされた、エレキギターのサウンドが響き渡る。

 

 「………………」

 

 「HAHAHA! そこのお嬢さん、それで隠れたつもりかな?無駄無駄無駄ァ! 宇宙一と誉れ高いこの! 大! 天! 才! たる我輩ドクタァァァァァ・ウェェェェェストッッッ! の目を欺くことなどインポッシブルなのである! 嗚呼、非凡すぎる我輩よ、生まれてきてどうもすいませんでした」

 

 白衣の変質者はペコリと頭を下げた。

 

 「……汝の知り合いか?」

 

 「冗談」

 

 少女はまるで、珍獣にでも遭遇したかのような表情だった。

 

 「さて、鬼ごっこもここまでである。ここいらで己の愚劣さ加減と無力さ加減を絶妙な匙加減でミックスされた後悔に涙しつつ、神妙にお縄につけい!」

 

 「……確かに私の人生の中で、今この瞬間に優る後悔を味わったことは無いわね」

 

 周りを見渡してみる。

 確か―――ドクター・ウェストとか言ってたっけ。

 その他にも、四方八方ゾロゾロと覆面男たちに囲まれている。

 

 (……大ピンチっていうかシャレにならないっていうか)

 

 私は後ずさるが、数歩といかないうちに壁に突き当たってしまう。

 

 「時に人間、汝、名はなんと申す?」

 

 けど、そんな状況もお構い無しに、少女は呑気に尋ねてきた。

 

 「目の前の状況わかってる!? これなんとかしないと、2人とも蜂の巣よ!?」

 

 「良いから答えよ、人間。名は大切だ」

 

 「だからそんな場合じゃないって! あなた、魔術師でしょ!? 何とかならないの!?」

 

 私と少女が揉めている間にも、死へのカウントダウンは猛烈に進んでいく。

 

 「“書”さえ回収できればいいのである! やってしまうがいい!」

 

 くっ!? もう駄目なの!?

 

 「答えよ! 人間ッ!」

 

 尚も名前に固執する少女に、私はヤケになって答えた。

 

 「………………ああああ! もう何なのよ!? ―――九淨! 大十字九淨よ! 魔術師でもなければ正義のヒロインでもない三流探偵! こんな状況どうにも出来ないわよッ!」

 

 「そうか。ならば大十字九淨、妾は汝と契約する」

 

 少女は私の頭を、自分の目の前に引き寄せた。

 儚く、柔らかな感触。

 見詰め合う目と目。触れ合う唇と唇。

 その瞬間、私達は眩い光に包まれた。

 

 「なっ……!?」

 

 「な、なんであるかあの光は!? 何が起きて……くっ―――!」

 

 辺り一面を覆い尽くす光の洪水。

 目を開けていられないほどの閃光―――白い闇。

 ただ、少女の唇の感触だけが現実味を帯びている。

 そんな光の海の中で、私は少女の声を聞いた。

 

 「大十字九淨。我が名をしかと心に刻み込め。我が名は“アル・アジフ”! アブドゥル・アルハザードにより記された、世界最強の魔導書なり!」

 

 That is not dead which can eternal lie,(久遠に臥したるもの死する事なく)

 

 And with strange aeons even death may die.(怪異なる永劫の内に死すら終焉を迎えん)

 

 光の洪水が、私の内へと収束していく。

 

 「な、なんであるかその姿は……?」

 

 ドクター・ウェストが私の方を見て呟く。

 それでようやく、私は自分の姿の異変に気がついた。

 

 体にぴったりとフィットした、黒いボディスーツ。

 背中にはマントにも似た翼。

 

 よく見るとそれは、本のページを束ねたような構造をしていた。

 びっしりと魔術文字が書かれていることから、魔導書のページだと解かる。

 解かるのだが……

 

 (……な、なななな、なによこれぇぇぇぇぇっっっ!?///)

 

 そう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 

 決して醜くはないボディラインが浮かび上がり、さながらそれは裸マントの様であった。

 傍から見ればそれは、完全に痴女の装いである。

 

 ……自分の置かれている状況が、まったく理解できそうにない。

 たしかいきなりキスされたと思ったら光に包まれて……ってそうよ! あの子は!?

 周りを見渡してみるが、あの少女の姿が見当たらない。

 

 「此処だ、此処」

 

 耳元で少女の声が聞こえるものの、その姿が見当たらない。

 

 「うつけ、己の肩を見ろ」

 

 言われて、視線を肩に向ける。

 

 いた。

 いたのだが―――少女は妙に小さくなっており、私の肩にちょこんと腰掛けていた。

 

 「ず、ずいぶんと縮んだのね……」

 

 「ふっ……その代わりに、汝の魔力は爆発的に増幅したぞ」

 

 「魔力?」

 

 「そうとも、この妾―――魔導書“アル・アジフ”の所有者に選ばれた今の汝は魔術師(マギウス)だ。さあ、妾と共に戦おうぞ!」

 

 「―――って、さらりとトンでもないことが私の意志関係なしに決まってない!? っていうかえ、戦うって!?」

 

 私は困惑するが、それに輪をかけて困惑しているヤツがいた。

 

 「な、ななななんとッ! あの“アル・アジフ”があんな小娘をマスターに選んだだと!? 有り得ん! 有り得んのである! 撃てぇぇぇぇぇぇィ!」

 

 それでまで愕然としながら突っ立っていた構成員たちが我に返り、私たちに向けて一斉に発砲した。

 

 「きゃあああああああ!?」

 

 「落ち着かんか九淨! あのような玩具、もはや汝には通用せん!」

 

 少女が宣言すると同時に、背中の黒い翼が私を覆った。

 無数の銃弾はその全てが翼に弾かれ、地面に転がる。

 銃弾の雨が止んだところで、翼は大きく広がり羽ばたき始め、その羽ばたきは凄まじい旋風を生み出し、構成員たちを一掃した。

 

 「はー……これはすごい」

 

 私が感嘆すると、少女はどうだとばかりに胸を反らした。

 

 「なんとっ!? おのれぇぇぇぇぇ!」

 

 ドクター・ウェストは歯軋りし、ギターケース型ロケットランチャーを構え、発射した。

 爆音を引き連れて迫るロケット弾。

 

 「ちょ! アレは流石にマズくない!?」

 

 「なんのっ! 右手に魔力集中!」

 

 どうすればいいのかさっぱりだが、力を右手に集めるイメージを思い浮かべる。

 すると右手には魔術文字が浮かび上がった。

 

 「掴め!」

 

 言われるがままにその右手を飛来するロケット弾に向けると、見事にロケット弾を掴み取ってしまった。

 ロケット弾の推力に押され、摩擦熱で焦げた足跡をアスファルトに刻みながら後退する。

 だが、それだけだった。

 

 「は、はいぃぃぃぃぃぃっ!?」

 

 信じられない、そんな表情をするドクター・ウェスト。

 だが、信じられないのは私も同じだ。

 

 「こ、これは凄いわね……」

 

 手の中で暴れるロケット弾を見つめ、思わず感嘆の吐息を洩らしてしまう。

 

 「九淨……それは持ち主に返してやるべきではないか?」

 

 ―――成程。

 意地の悪い笑みを浮かべた少女に、私もまたニヤリと笑って応える。

 

 「ま、待つのである! それはマズイのである!」

 

 こっちの意図を察したのだろう。

 慌ててバイクに跨り、逃走を図ろうとするドクター・ウェスト。

 だが、時既に遅し。

 

 「ほぉら、忘れ物よっ! 受け取りなさいっっっ!」

 

 私は手にしたロケット弾をドクター・ウェストに向かって、全力投球した。

 飛んできた爆音そのままに、唸りをあげてドクター・ウェストとの距離を縮めてゆき―――

 

 「ノォォォォォ! ノオオオォォォォッッッ! のああああああああっっ!?」

 

 着弾。

 盛大な爆音と爆炎と爆風が闇夜に轟き、ドクター・ウェストとそのバイクは夜空の遠く彼方へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ドクター・ウェストが消えた途端、辺りは静けさを取り戻した。

 私は思わずその場でへたりこみ、ようやく戻ってきた平和に安堵の溜息をついた。

 

 「ふぅ……どうにかなったわね」

 

 「うむ、初めてにしては中々の手際だったな。どうやら妾と汝は、魔力の波長が合っているらしい」

 

 「波長っていうと、相性みたいな感じ?」

 

 「左様、妾とて好みがある。如何に相性が良くても、インスマウス面をした人間に行使されるのはご免被る。幸い、汝は許容範囲内だ。安心しろ」

 

 「それはどーも。……って、私は相変わらず状況を把握出来てないんだけど」

 

 「ふむ、まだ混乱しておるか。まあ、あの状況下では無理もない。お互いに満足に名乗りを交わすことも出来ないまま戦闘となったからな。では、今一度名乗ろう。妾は魔導書“アル・アジフ”魔術を齧っていたのなら、名前くらいは聞いたことがないか? それとも死霊秘法(ネクロノミコン)と名乗った方が聞こえが良いか」

 

 “ネクロノミコン”。

 異形の神々について書かれている魔道書の中でも、最も有名といえる本だ。

 しかし現存しているのは写本も含め、極僅かだという。

 言ってしまえば、伝説に近い存在だ。

 その上“アル・アジフ”と言えば……

 

 「“ネクロノミコン”のオリジナル!?」

 

 「左様。やはり識っておったか」

 

 「でも、その姿……」

 

 私は目の前に浮かぶ少女の姿をしげしげと眺めた。

 

 「妾の姿が気になるのか? ふふっ、妾をそこらにあるような二流三流の魔導書と同等にされては困る。妾ほどの魔導書ともなれば魂を持ち、カタチを持つのも当然と言えよう」

 

 えっへん、と誇らしげに胸を張る“アル・アジフ”の精霊。

 ……魔術を使ってたから魔術師かと思ってたんだけど、魔導書だったのね。

 正直まだ混乱してるけど、納得はした。

 魔導書ということは、奇しくも覇道からの依頼達成ってことになるのかしら。

 

 「……縁は異なるもの―――ね」

 

 「妾もこのようなところで術者と巡り逢えるとは思わなんだ。()()()()よろしく頼むぞ、大十字九淨」

 

 ―――今一瞬、聞き捨てならないことを言った。

 

 「……()()()()ってどーゆー意味かしら?」

 

 「ん? どうもなにも、言葉通りの意味だが?汝は妾と契約し、主となったのだ。妾の主という事は、今後も妾と共に戦うということだ。我ら魔導書は基本的に術者なくして存在するのは難しいのでな。別行動というわけにもいくまいて」

 

 「や、だから勝手に決めないでよっ! 私は了承した覚えはないわよ!」

 

 「契約したではないか」

 

 「一方的だったじゃない! 同意がないでしょ、同意が!」

 

 「ほう? ではあの状況を汝は、妾の力もなしに打破できたとでも? 魔術を齧っていたとはいえ、汝はただの人間。そして妾は力を使い果たしておった。ならば、汝と妾が契約するのが双方にとって最良の選択ではないか。うむ、何の問題も無い。正当な契約だ」

 

 どんでもないわねこの子……

 これからもあんな連中相手に戦えっていうの!?

 

 「ファウストの悪魔だってもう少し真っ当な契約交わすわよっ! まったく、出来るのならクーリング・オフしたいわ……」

 

 「運命だ」

 

 「一言で片付けたわよこの子!? み、認めないっ、認めないわよこんなことっ!」

 

 「やれやれ……往生際の悪いやつだ」

 

 叫んだところで現状がどうなるわけでもないけど……叫ばないとやってられなかった。

 

 「はぁ……それで、あなた何でブラックロッジなんかに追われてるの?」

 

 「彼奴らは魔術結社だからな。最高位の魔導書たる妾を手に入れ、何か良からぬことでも画策しておるのだろうよ。それに、妾にも彼奴らと戦う理由がある」

 

 「何よ、まさか正義の味方だからとでも言い出すんじゃないでしょうね」

 

 「正義を名乗るつもりは毛頭無いが……そんなところだ」

 

 「悪いけど、私は正義感とか使命感に燃えるようなタイプじゃないわ……熱血漢な主を捜して再契約してもらえる?」

 

 そんな私をよそに、少女はあらぬ方向を向いていた。

 

 「―――何か聴こえぬか?」

 

 そういわれ、耳を澄ましてみる。

 けど、私には何も聴こえなかった。

 

 「地響きか……こっちに近づいているぞ」

 

 「えっ? いや、私には何も……」

 

 私が答えた矢先だった。

 私の耳は、遠方から響いてくる地響きをキャッチした。

 

 何か巨大な質量が移動するかのような音が近づいてくる。

 地面が地響きに合わせて激しく揺れ出し、立っているのもままならなくなる。

 

 私は壁にもたれかかり、音の方角に視線を向ける。

 絶え間なく続く地響きに建物が崩れる音、マシンガンの咆哮と逃げ惑う人々の悲鳴。

 そんな阿鼻叫喚を引き連れ、ソレは姿を現した。

 

 空をも覆い尽くしそうな巨体―――まるでブリキのオモチャを何の酔狂か、そのまま巨大化したような、人をバカにしたシルエット。

 ビルを薙ぎ倒し、進路上の障害物を押し潰しながら行進してくる破壊の使者。

 その威容は―――

 

 『ふはははは! はははははは! えひゃーっはははははっ! 見つけたぞ☆』

 

 ……円柱だった。

 途方も無いスケールのドラム缶、と言うべきだろうか。

 

 円柱の上辺、その外周に添って、数多の砲台が取り付けられている。

 ここまでは良い。ここまでは良いだろう。問題なのはこれからだ。

 

 ズングリとした、そのドラム缶には、不恰好な脚が生えている。

 どう考えても自重を支えられないであろう短足だ。

 どう考えても自重を支えられないであろう短足なのだが……キッチリ立っている。

 あまつさえ、歩行していた。

 ……これはもう、笑うしかない。

 

 極めつけは、そのドラム缶から生える、これまた不恰好な4本の腕。

 こちらはさらに馬鹿デカく、不恰好にゴツかった。

 まず4本の内の、後方の2本。

 腕に比べ、あきらかに小さい鉄拳。

 拳と並んで取り付けられた砲門。

 そして、前方の2本―――これは何の冗談だろう。

 ―――ドリル。

 ドリルだった。

 ドリルである。

 アーカムシティの摩天楼を貫くかのように聳え立つドリル。

 総てを抉るかのように唸りを上げて、回転するドリル。

 

 そんな不恰好なロボットだが……確かにそれは、破壊の権化である。

 その証拠に、ドラム缶が通った後に残っているのは瓦礫の山である。

 

 そう。

 この驚嘆すべき巨体が、この戦慄すべき破壊力が、悪名高きブラックロッジの象徴―――比肩するもの無き力そのもの。

 破壊ロボである。

 

 『くくくく……大十字九淨とか言いおったな! この天才! ドクター・ウェストが味わった屈辱! 倍返しにした上でお釣りは取っておいて貰うとしようではないか!』

 

 「なんだ……あの鬼械神(デウス・マキナ)の出来損ないのような不細工な代物は」

 

 少女は呑気なことを言っているが、私は内心大慌てである。

 いくら魔導書の力を使えるとはいえ、あんなのを相手に出来るとは思えない。

 しかも、破壊ロボの拡声器から聞こえた声はドクター・ウェストの声だ。

 

 (しぶといやつね……)

 

 破壊ロボが4本の腕を振り回し、半壊しているマンションを叩き潰した。

 無数の瓦礫が私に降り注ぐが、すべて黒い翼に阻まれる。

 

 『どうだ、恐れ入ったか! 大十字九淨! そしてアル・アジフ! これが超絶大天才である我輩、ドクター・ウェストの最高傑作! “スーパーウェスト無敵ロボ28號スペシャル”であるっ! 如何に最強の魔導書とはいえ、しょせんは紙切れ。宇宙が気まぐれで生み出した世紀の大天才たるこの我輩の敵ではないのである!』

 

 ゴツイ腕が突き出される。

 その先には、人間からしてみれば巨大すぎる砲口。

 照準は真っ直ぐ私たちに定められ―――って!

 

 『ファイヤァァァァァァ!』

 

 「きゃあああぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 身構える間も一瞬に、私達の立っていた場所は爆発し、崩れ落ちていった。

 

 私は爆風に煽られながらも、舞い上がる身体を翼で制御する。

 遠く離れた地面に降り立ち、砲撃された場所に視線を向けて―――血の気が引くのをハッキリと感じた。

 ヤバイ大きさのクレーターが出来ている。

 

 「……正面から戦って勝てるとは思えないんだけど」

 

 「無理だろうな」

 

 「と、いうことは?」

 

 「決まっておる、脇目も振らず逃げろ」

 

 当然の結論ね。

 

 「ああもうっ! やっぱりそうなるのぉぉぉぉぉ! ひゃあぁぁっ!?」

 

 私たちの後を追うような爆発。

 紙一重で飛び退いて、直撃を避ける。

 爆風に背中を押されるまま、私たちは脱兎の如く逃げ出した。

 

 『ぬぬっ! 待てぇ! 待つのであーる! 敵前逃亡は士道不覚悟であぁぁぁぁぁるっっっ!』

 

 「冗談じゃないわよっ!」

 

 あんなのもらったら切腹以前に、肉片一つ残らないってば。

 

 「うわぁぁぁぁぁんっ! 助けて母さん――――――――っ!」

 

 『HAHAHA! 貴様にデッカイ大砲ブチ込んでやるのであーる!』

 

 ……どうでもいいんだけど、女に向かってブチ込んでやるだなんてセクハラよね。

 

 ミサイル、バルカン、熱光線に冷凍ビーム……そしてドリル。

 私はそのすべてを紙一重で回避しながら、全力で駆け抜ける。

 

 「ちぃ、我が鬼械神アイオーンさえあれば、あのような瓦落多など取るに足らんというに……」

 

 「よく分からないけど、そのアイオーンっていうのはどうしたの?」

 

 「ものの見事に大破した」

 

 「……つまりはどーしょもないってことね」

 

 毒づく私の目の前を、ビームが一閃した。

 行く手が炎上し、私の道を阻む。

 

 (しまった!)

 

 『ふはははははっ! とうとう捉えたのであるっ!』

 

 足を止めてしまった私に、破壊ロボのドリルが唸りを上げて振り下ろされる。

 くっ……ここまでなのっ!?

 

 「ぅああ―――――っ!?」

 

 突然、私は強烈な横Gを全身に感じた。

 足が地面から離れ、瞬く間に破壊ロボの目の前から、空へと運ばれる。

 

 『何ぃ!?』

 

 目標を失った破壊ロボのドリルは、虚しく地面を穿った。

 

 私は誰かに抱きかかえられていた。

 その誰かは、破壊ロボから十分に離れたところで私を降ろした。

 

 『―――大丈夫か?』

 

 「……あなたはっ!?」

 

 私は驚きに目を見張った。

 

 白い仮面を被り、白い装甲を身に纏った白尽くめの戦士。

 このアーカムシティの住人ならば、知らぬ者はいない。

 

 破壊ロボから、忌々しげな声が聴こえてくる。

 

 『ぐぬぬぬぬっ……また貴様であるか、メタトロンッ! 我輩の邪魔ばかりしおって!』

 

 『ここは私に任せろ』

 

 そう言って、白き天使―――メタトロンは破壊ロボと対峙する。

 

 「彼奴は何者だ、一体?」

 

 「メタトロン……ブラックロッジと戦う、この街のヒーローよ」

 

 私の言葉に偽りはない。

 治安警察が手も足も出ない破壊ロボを、颯爽と現れ互角以上の力をもって斃して去っていく。

 その正体は謎に包まれているものの、その姿はまるで守護天使のようだ。

 

 「……まあよかろう、この場は彼奴に任せて逃げるぞ、九淨」

 

 正直情けない有様だけど、それがベストな選択肢だ。

 

 「メタトロン! 悪いけど、後はお願いっ!」

 

 私は空に浮かぶ守護天使を振り仰ぎ、全速力でその場から逃げ出した。


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