ある少女の斬魔大聖   作:アイオン

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多分この次くらいでなんとか。


あるフォト・ジャーナリストの体験:2

 ……なんだろう。

 本当に此処であってるのか、自信が無くなってきた。

 一応ドアに“大十字探偵事務所”と書かれたプレートが掛けられているものの、どうも暗々とした雰囲気が立ち込めている―――なんて云うか、人が住むような場所じゃない的な。

 

 とはいえ、何時までもここで突っ立っている訳にはいかない。

 私は意を決し、チャイムを鳴らした。

 

 ピンポーン。

 

 「こ、こんにちは~……」

 

 それにしても……こんなところに住んでいるなんて、いったいどんな人なんだろう。

 そんな疑問を持ってほどなく、ドアがゆっくりと開かれた。

 

 「あ、初めまして。私、リリィ・ブリッジと―――」

 

 私の言葉は、最後まで続かなかった。

 中から出てきた人―――恐らく大十字探偵だろう―――が、私に向かって倒れ掛かってきたからだ。

 

 「えっ!? なんっ、だ、大丈夫!?」

 

 慌てて抱きとめ、声を掛ける。

 

 歳は二十代前半と云うところだろうか、サラサラとした黒髪と凛々しい顔立ちが目を惹く。

 平時であれば女性としては高めの身長と相俟って、モデルと言っても何の疑いも持たれないだろう。

 しかしその美しい顔は、何らかの要因によって翳りを見せていた。

 

 「うぅ……っ」

 

 女性が苦しそうに呻きを洩らす。

 何かの病気だろうか? しかし医者でもない私には現状、詳しい事を知る術はない。

 

 「し、しっかり! 今、病院に連れて行って―――」

 

 とにかく医者に見せるべきだろうと、私は病院に連絡しようとした……のだが。

 

 ぐきゅうぅ~~~~~。

 

 そんな緊張を破壊する、盛大なお腹の音が鳴った。

 ……念の為に言っておくけど、私のお腹ではない。

 つまりは目の前の女性のお腹と云う事になるんだけど……。

 

 「……お腹……すいた……」

 

 ……うん、つまり、あれですか。

 病気とかじゃなくて、只単にお腹が空いていただけだと……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――アーカムシティ、某料理店。

 

 「もぐもぐ……ぱくぱく……」

 

 私の目の前で、もの凄い勢いで料理を平らげてゆく女性。

 どれだけお腹空いてたんだろう、と疑問に思ってしまうのは当然だろう。

 私はポカーンと、その食べっぷりを眺めてしまっていた。

 

 「んぐんぐ……ふぅ、助かったわ」

 

 人心地ついたのか、烏竜茶を片手にお礼を言う女性。

 その顔に翳りはなく、柔らかな微笑みを浮かべていた。

 

 「連れは探し物から戻ってこないし、食べ物を買おうにもお金は無いし……まったく。ちょっと派手にやらかしたからって、何もお給金止める事はないわよね」

 

 「派手にやらかした……?」

 

 はて、探偵とはそんな事象が発生する職種だっただろうか。

 愚痴る女性に聞き返すと、彼女は何でもないと否定した。

 

 「えっと、私、リリィ・ブリッジ。貴女の名前は?」

 

 「九淨―――大十字九淨よ」

 

 “大十字九淨”。

 事務所の名前から察するに、やはり彼女が探偵らしい。

 ようやく話が出来そうな状態になったので、早速本題を切り出すことにした。

 

 「九淨、貴女この街の事詳しいわよね? 良かったら、私と組まない?」

 

 「組むっていうと?」

 

 「私、新聞記者やっててね、お互いに情報を流せる仲間を探してたの。どうかな?」

 

 私がそう言うと、どうやら納得してくれたようだ。

 胸に手を当てて応じてくれた。

 

 「なるほど。そう云う事なら任せて頂戴! ご飯のお礼に、出来る限りの事をするわ。―――それで、何が訊きたいのかしら?」

 

 言って烏竜茶を呷る九淨に、私は訊ねる。

 

 「―――“デモンベイン”」

 

 「―――ッ!? けほっ! けほっ!」

 

 いきなりむせる九淨。

 ……この明らかな反応を見るに、どうやら、“デモンベイン”について何か知っているみたいだ。

 

 「九淨、何か知ってるみたいね?」

 

 「あ、あああアレ、ね。うん、まあ、その、アレはちょっと……」

 

 「ちょっとって何よ?」

 

 問い詰める私に、九淨は言葉を濁した。

 

 「……悪いことは言わないわ、アレは止めておきなさい。決して面白い話でもないし、記事にはならないと思うわよ」

 

 「結局知らないって事? なぁんだ……」

 

 「うーん、知らないと云うか知らない振りをしなくちゃけないと云うか……とにかく微妙な立場なのよね。“デモンベイン”以外の質問じゃ駄目かしら?」

 

 「はぁ……もういいわ、またね」

 

 結局収穫は得られず、私は肩を落として九淨と別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「まったく……この街にマトモな人はいないの?」

 

 夕方の街を歩きながら独り言つ。

 そうしてフラフラと彷徨っていると、いつの間にか例の立ち入り禁止区画の前まで来ていた。

 目の前にはKEEP OUT(立ち入り禁止)と書かれた巨大な看板。

 “覇道財閥”の文字も目に付く。

 

 「…………?」

 

 ふと、誰かの足音が聴こえてきた。

 そちらに視線を向けると、小柄な少女が駆けて来るところだった。

 

 ……こんな所に用がある人間には、到底見えない。

 私は声を掛けることにした。

 

 「お嬢ちゃん! こんな所にいると危ないわよ?」

 

 私の声に、少女は立ち止まった。

 綺麗な翡翠の瞳が、私に向けられる。

 

 「―――小娘の分際で、妾の身を案じるのか」

 

 「えっ? 小娘……?」

 

 少女の口から発せられた予想外の言葉に、私は困惑した。

 確かに大した年齢ではないけど、少なくともこの少女に小娘と呼ばれる年齢ではない。

 少女はそんな私から視線を外し、有刺鉄線の巻きついた柵の向こう側―――即ち、立ち入り禁止区画へと()()した。

 

 「えっ!?」

 

 少女の銀髪が靡く。

 私の身長を超える高さの柵を、しかし少女は軽々と跳び越した。

 スカートをふわりと浮かび上がらせ、軽やかに着地。

 少女はそのまま、立ち入り禁止区画の中へと駆けていった。

 

 「ま、待って!」

 

 僅かに途切れている柵の隙間を見つけ、有刺鉄線を潜り抜ける。

 

 「待ちなさい!」

 

 慌てて少女を追い掛けるも、とても追いつくことは出来なかった。

 息を切らせて、その場に立ち止まる。

 

 「ハァ……ハァ……」

 

 息を整えながら、周囲を見回す。

 立ち入り禁止区画と云うだけあって、辺りは一面瓦礫の山だった。

 

 「……?」

 

 ふと、不思議な物が目に留まった。

 近づき、それを拾い上げる。

 

 「何これ……?」

 

 それは、不思議な金属だった。

 それこそ、今まで見たことも触れたことない金属だった。

 特別金属に詳しい訳ではないが、コレは自分の知識の中の如何なる金属にも合致しなかった。

 

 そのとき、急に辺りが薄暗くなってきた。

 見上げれば、空には灰色の雲。

 一雨来るのだろうかと、謎の金属をポケットの中に入れ踵を返す私……だが。

 

 「―――!?」

 

 そんな私の視界に、先程の銀髪の少女とは違う二人の少女の姿が映った。

 しかし、瞬きをした瞬間、二人の姿は消えていた。

 慌てて周囲を見回す―――と、二人は私の背後に立っていた。

 

 「えっ!? あ、あなたたち何処から?」

 

 問い掛けるも、返事はない。

 二人―――紺碧と真紅の少女は、ただ無言で私を見るだけだ。

 暗い緑と血のような赤い瞳で。

 

 「だ、大丈夫。何もしないわ」

 

 下手に刺激しないように、出来る限り優しく声を掛ける。

 しかしその声が切っ掛けになったのか、次の瞬間―――二人の姿が掻き消えた。

 

 「え……っ?」

 

 半ば呆然とする私。

 そこに、不思議な事態が続く。

 突如、二方向から猛烈な風―――明らかに自然のモノではない―――が吹き付けた。

 

 「きゃああ!? 何何何よ!?」

 

 この場に留まるのは拙いと判断し、私は駆け出した。

 そんな私を、二つの猛烈な風が追い掛けてくる。

 必死に風から逃げ惑いながらも、フォト・ジャーナリストとしての精神が行動を起こさせた。

 いつも持ち歩いているカメラを取り出し、風が来るであろう方向へと向ける。

 そして―――シャッターを切った。

 

 フラッシュが焚かれ、一瞬の閃光が奔る。

 それに眩んだのかは定かではないが、風は私のすぐ横を通り抜け、瓦礫の山の中へと突っ込んでいった。

 

 「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 思わずその場にへたり込む。

 いったいあの風はなんなのだろうか、あの二人の少女と何か関係があるのだろうか。

 とにかく、すぐに此処から離れようとして―――“何か”が、身を起こす音を聴いた。

 

 「っ……!?」

 

 音に振り向けば、先程消えた二人の少女が瓦礫から身を起こしてこちらを見ている。

 暗い緑と血のような赤い瞳で。

 

 「――――――」

 

 その瞳に、私は凍りついた。

 二人の瞳は少女―――ではなく。

 少女と云う容をした、おぞましい“何か”に見えてしまったからだ。

 

 「ぁ……ぁぁ……」

 

 身体が動かず、呼吸さえもままならない。

 私はここで終わるのだと、自らの死さえ覚悟した……が。

 

 「リリィ!」

 

 少し前に聴いた、女性の声。

 私の手を掴む、確かな感触。

 

 「く、九淨!?」

 

 突然現れた彼女は、私の手を力強く引いてくれた。

 それに合わせて、私も必死に足を動かす。

 そして何故かあの風が襲って来ることはなく、私は無事に立ち入り禁止区画から抜け出せたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――翌日、デイリー・アーカム社。

 

 「俺はこんなチンケなオカルト事件が欲しいんじゃないッ!」

 

 「しかし、この二つの事件には必ず何らかの関係が―――!」

 

 「誰がお前のご大層な推理を持って来いと言ったァ!? “デモンベイン”だ! “デモンベイン”の写真を持って来い!」

 

 昨日咄嗟に撮った写真を編集長に渡し、あの立ち入り禁止区画についての考察を提示してみたものの、一喝されてしまった。

 やはり“デモンベイン”のスクープでなければ駄目なのだろうか。

 

 「この街では、モンスターぐらいじゃあ誰も驚かないのさ」

 

 ブレイクの言葉に、デスクにぐでーっと伸びながら答える。

 

 「そんなのもう分かってるわよ……」

 

 謎の風と二人の少女について上手く説明出来ないのがもどかしい。

 あの時感じたモノを伝えることが出来れば、記事にもなる内容だと思ったんだけど……。

 

 「それより例の金属についてだが……」

 

 例の金属―――立ち入り禁止区画で拾った、あの金属のことだ。

 ブレイクに渡して、調査をしてもらっていたのだが……。

 

 「何か解った?」

 

 「ああ」

 

 これは思いがけない収穫だ―――と思ったが、続くブレイクの言葉に糠喜びを悟った。

 

 「()()()()()()ってことが解ったよ」

 

 「はぁ……」

 

 思わず溜息を吐いてしまう。

 しかしその後、ブレイクの口から思いがけない単語が出てきた。

 

 「まあ、そう落ち込むなって。知り合いの科学者に見せたんだが、成分も製法も今まで見たことの無い金属だそうだ。こんな高度な錬金術を扱えるのは、“覇道財閥”くらいじゃないかって」

 

 「“覇道財閥”……!」

 

 “覇道財閥”の指定した立ち入り禁止区画で拾った“覇道財閥”ぐらいでしか作れない謎の金属。

 これは調べてみる必要がありそうだ。




双子のカラーリングが結構適当。実際、暗緑ぐらいしか明確な設定が無い気が。
そして九淨さん―――極限状態から一気に大量の飲食をすると、お腹周りにお肉が付き易い気が……。

※鳥竜茶
要はお茶を飲んでるって言いたいだけなので、緑茶でも紅茶でも珈琲でも問題ないです。

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