ある少女の斬魔大聖   作:アイオン

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第34話

 地上に顕現する、鋼の巨人。

 ヒトの造りし神―――機械仕掛けの神(デウス・マキナ)

 あらゆる邪悪を討ち滅ぼす、魔を断つ偽神が立ちはだかる。

 邪悪の権化―――()()()()()()()()()()、その真理そのものである神の前に。

 

 吹き荒れる嵐、叩きつけるような豪雨。周囲に立ち込める闇を、雷光が灼く。

 それに照らされたダゴンの威容、邪悪な眸。

 其処には、明確な敵意が燃え滾っていた。

 

 

 

 

 

 『……っ』

 

 対峙しているだけで、冷汗が噴き出た。

 寒気に―――潜在的な恐怖を呼び覚ますような―――肌が粟立つ。

 

 『神気に呑まれるなよ、九淨。眷属とは云え、小神(レッサー・オールド・ワン)。仮にも神と呼ばれる存在なのだからな』

 

 『―――応っ!』

 

 轟く雷鳴に、ダゴンが咆哮を上げる。

 それを合図に私は、デモンベインを踏み込ませた。

 

 『断鎖術式、解放! いっけぇぇぇぇ!』

 

 先手必勝。

 足許で時空間歪曲エネルギーを爆裂させ、一気にダゴンとの距離を詰める。

 

 『アトランティス・ストライク!』

 

 膨大なエネルギーの込められた必殺の蹴り。

 鈍重そうなダゴンにこれを躱せるはずがない……そう思った、が。

 

 『―――なッ!?』

 

 『と、跳んだぁっ!?』

 

 そう。

 ダゴンはあの巨体―――どう考えてもそんな事は出来そうにない―――で宙を跳ねたのだ。

 アトランティス・ストライクを躱し、悠々とデモンベインを飛び越えてゆくダゴン。

 

 『チィッ!』

 

 私は上空を仰ぎ、ダゴンの、甲殻に覆われていない腹部目掛けてバルカンを放った。

 狙い通り、ダゴンの腹に炸裂する銃弾。

 金切り声―――恐らく奴の悲鳴だろう―――と共に、大地に降り注ぐ緑色の穢液。

 ダゴンは着地に失敗し、頭部から大地に突っ込んだ。

 超重量の衝撃に、激震する大地。

 鬱蒼とした森林を押し潰しながら、その巨体でのたうつダゴン。

 

 私はバルカンで追い討ちをかける。

 しかしダゴンはそれに反応し、爆発的な跳躍で銃弾を回避した。

 

 遠くに着地したダゴン。

 全身の触手やいくつものヒレをバタつかせている。

 何か仕掛けてくるのかと思い、身構える私……だが。

 

 『はぁっ!?』

 

 なんとダゴンはこちらに背を向けて、凄いスピードで駆け出した。

 

 『彼奴め、逃げるつもりか!』

 

 『……くッ!』

 

 逃げるダゴンの背中に向かって、バルカンを連射する。

 しかし背中を覆った硬い甲殻は、銃弾をいとも簡単に弾き返した。

 

 逃がすわけにはいかない。

 ダゴンの後を追って、デモンベインを走らせる。

 

 『待て、九淨! 何かの罠かも知れん!』

 

 『だからって、このまま突っ立ってるワケにはいかないでしょっ!』

 

 ―――この孤島はそれほど大きくはない。

 デモンベインほどの巨体で疾走すれば、海岸まで然程時間はかからなかった。

 

 当然と云うかやはりと云うか、ダゴンは自分のフィールドである海へと逃げ込むつもりらしい。

 

 『行かせないわよッ!』

 

 海の神相手に、海中で勝負するのは愚行だ。

 奴が陸上にいる間に、決着を付けないと……!

 

 (そのためにも、まずは奴の動きを封じる!)

 

 『でりゃあああああ!』

 

 大地を蹴り、跳躍する。

 奴の動きを封じるために使うのは―――捕縛結界呪法。

 デモンベインの、翡翠に輝くビームの鬣が伸びる。

 暴風にもかかわらず、悠然と靡く鬣。

 私は術を解放した。

 

 『アトラック=ナチャ!』

 

 魔力によって、翡翠から淡い赤色に輝くビームの鬣。

 その鬣が、嵐で昏く染まる空に拡がった。

 ビームによる光のラインが刻むのは、万物を搦め捕る蜘蛛神の巣。

 世界の終焉を編む糸は、あらゆる方向からダゴンへと降り注ぐ。

 

 醜悪な呻き声を上げ、ダゴンの動きが止まった。

 立体的に組まれた蜘蛛の巣(結界)は、糸一本一本がダゴンへと絡み付き拘束。

 暴れるダゴンだったが、どうやら糸を断ち切ることは出来ないようだ。

 

 『良しっ、これでッ!』

 

 デモンベインの超重量で、大地を揺らしながら着地。

 そのまま動けないダゴンにトドメを刺そうとする……が。

 

 『…………ッ』

 

 突然、悪寒が走る。

 ダゴンを見れば、暴れるのをやめてこちらを睨む邪悪な眸。

 

 (中てられた……かしら?)

 

 さきほどまでの暴れ様が、嘘のように落ち着いているダゴン……不気味だ。

 有利なのはこちらのはずなのに、妙な焦燥感に駆られる。

 とにかく早くトドメを―――

 

 (…………?)

 

 と考えていたところで、妙な音が聴こえてきた。

 どんどんと大きく、そして近づいてくる音。

 

 『――――――っ!?』

 

 その音は間も無く、孤島全体を揺るがすほどの轟音になった。

 揺れる視界の中、何とかこの轟音の原因を見極めようとする。

 そして―――見た。

 

 『いやいやいや……ッ!』

 

 多分この時の私の顔は、盛大に引き攣っていただろう。

 

 『ま、拙いぞ九淨!』

 

 そんなことは、言われるまでも無く分かっていた。

 

 私が見たのはダゴン、その背後に広がる広大な海。

 そしてそんな海の、水平線の端から端まで埋め尽くした―――悪夢めいた光景。

 そう、いっそ冗談みたいな規模の大津波だった。

 

 『きゃああああああああああああああ―――――――――っっっっっ!?』

 

 『おのれっ……彼奴が喚んだものか!』

 

 周りを海に囲まれた孤島に、逃げ場なんて無かった。

 迫る水の壁。

 こちらを嘲笑うかのような、ダゴンの眸。

 

 『――――――――――――――――――ッッッ!』

 

 刹那、凄まじい衝撃に襲われ―――私の意識は弾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『……くっ……ぅ……九淨……大丈夫か……っ』

 

 『……アル……っ……』

 

 アルの声に、意識を取り戻す。

 軽く頭を振り、モニターを確認―――どうやら海の中みたいだ。

 暗い昏い海の中を、デモンベインは沈み続けている。

 

 『さっきの津波……か』

 

 『ああ。しかし拙いな……海は彼奴の領域。圧倒的にこちらが不利だ』

 

 『ええ……まったくッ』

 

 脚部シールドのエネルギーを解放。

 爆発的なエネルギーは沈み行く機体を留めるだけではなく、4,000tオーバーの巨体を一気に浮上させた。

 ある程度浮上したところでエネルギーを制御し、ダゴンの姿を捜すために水中を進む。

 

 ……視界は悪く、いつ、どこから襲撃されてもおかしくない。

 全方位に神経を張り巡らせ―――

 

 『――――――!』

 

 巨大な存在が蠢くのを感じた。

 

 (―――其処ッ!)

 

 気配を感じた方向―――背後へと振り向きざま、バルカンを放つ。

 感覚は正しかったようで、放たれた銃弾は巨大な影へと吸い込まれていった。

 慌てて海の底へと逃げていく影。

 逃がすまいと後を追おうとする私……だが。

 

 『――――――ッ!?くああぁっ!』

 

 『きゃあああっ!』

 

 その時、背後から強い衝撃が浴びせられ、コクピットが激しく揺さぶられた。

 何事かと振り返ろうとして、それが出来ないことに気付く。

 機体が“何か”に拘束されているのだ。

 

 『い、いったい何が……!?』

 

 何とか首だけを稼動させ、機体を拘束する“何か”をモニターに捉える。

 そこに映し出されたのは―――

 

 『ダ、ダゴンですって!?』

 

 そう、ダゴンだった。

 伸びる触角に硬い甲殻に覆われたフナムシのような体躯、そして邪悪な眸。

 その体躯でデモンベインに絡み付き、まるで大蛇のように締め上げている。

 

 (でも、ここにダゴンがいるってことは……さっきの影は何なの!?)

 

 『九淨! 此奴はダゴンではない!』

 

 『えっ!? そ、それってどういう……』

 

 アルに否定の意味を訊ねようとしたが、その答えは前方からもの凄い勢いでやって来た。

 水の抵抗を粉砕し、こちらに突進してくる巨大な影。

 伸びる触角に、硬い甲殻に覆われたフナムシのような体躯―――そう。

 

 『はあぁぁっ!? ダゴンが……2匹!? ど、どうなってるのっ!?』

 

 『彼奴が番を喚んだのだ!』

 

 『つがい!?』

 

 『デモンベインに絡みいているのはヒュドラ……ダゴンの妻とされる存在だ! 深きものどもに崇拝される番の神……父なるダゴン、そして母なるヒュドラ!』

 

 『なぁっ……こ、これだから神様って連中はぁぁぁぁぁぁぁ!』

 

 動けないデモンベインに、ダゴンの突進が直撃した。

 先程とは比べ物にならない凄まじい衝撃に、装甲に亀裂が入る。

 

 『つあああああっ!』

 

 『ぐぅぅっ!』

 

 突進によるダメージは、コクピットにまで及んだ。

 あちこちで小爆発が起こり、さらには若干浸水していた。

 

 『こっ……のぉ……! フナムシ……如きがっ! 調子に乗んなぁぁぁッ!』

 

 デモンベインの出力を最大まで上昇させる。

 全身に力を込め、ヒュドラの拘束に対抗。

 強大な力と力が鬩ぎ合い―――僅かに、こちらのパワーが上回った。

 

 『ぜりゃああああああああ!』

 

 僅かに緩んだ拘束に、脚部シールドのエネルギーを解放。

 一気に脚の拘束を引き剥がし、眼前のダゴンへと蹴りを放つ。

 不完全な体勢ながらも蹴りは命中し、エネルギーが爆裂した。

 

 土手っ腹に爆裂した衝撃に、絶叫を上げて吹き飛んでゆくダゴン。

 膨大な時空間歪曲エネルギーは海を抉り、デモンベインの周囲に真空の空間を形成。

 一瞬の後、その真空を埋めるべく、凄まじい奔流が発生した。

 

 激流の渦に呑み込まれるデモンベインとヒュドラ。

 荒れ狂う激流に、堪らずデモンベインから離れて逃げ出すヒュドラ。

 私達も必死で機体を制御し、激流から脱出する。

 

 『っ………はぁ! 何とか……引き剥がせたわね』

 

 『ああ……だが、こちらの不利に変わりはないぞ』

 

 『……ええ』

 

 こちらと一定の距離を保ちながら泳ぐ、ダゴンとヒュドラを見据える。

 隙を窺うように、周囲を旋回する奴等。

 こちらも身構え、隙を探る。

 暫しの膠着状態が続き……奴等が動いた。

 

 密着するように泳ぐダゴンとヒュドラ。

 互いに腹を向け合い、何本もの触手をわななかせ、絡み合わせる。

 そして―――

 

 『っ!?』

 

 『な……にぃ!?』

 

 奴等の全身が紐状―――無数の触手となって解けていく。

 甲殻のみを残して始まる、醜悪極まりない交配の儀式。

 蠢く触手の塊を甲殻が覆ってゆき、隙間からは一層邪悪さを増した眸が覗いていた。

 やがて交配が終わり―――

 

 『―――冗談……でしょ?』

 

 一体の、神性が顕れた。

 

 ダゴンとヒュドラの融合体。

 一つとなったことでより強大になった力。

 海を激震させる咆哮。

 

 『どう、言えば良いのかしら……』

 

 『うむ……流石に妾も驚いたぞ』

 

 『うーん……合体魔獣ゴンドーラとでも呼ぼうかしら』

 

 『阿呆な事を言っておる場合か! 来るぞ!』

 

 恐ろしいスピードで突進してくるゴンドーラ(仮)。

 巨大化によって増した水の抵抗など、存在しないかのようなスピードだ。

 二体の頃よりも速くなっているそれは、とても躱せる速度ではない。

 なら、私が取るべき手段は一つ―――真っ向から迎え撃つ!

 

 『バルザイの偃月刀!』

 

 灼熱する刀身が、昏い闇に沈む海を灼く。

 火の秘文字が刻まれた霊験あらたかなる刃―――バルザイの偃月刀が顕現した。

 両手で掴み、魔力を流し込み、増幅させる。

 そして偃月刀を構えたところで、ゴンドーラがすぐ目の前まで迫っていた。

 瞬きでもすれば、その瞬間衝突するであろう距離。

 私は思考より速く、偃月刀を振るっていた。

 

 迫る巨体(海魔)、迎え撃たんとする(デモンベイン)

 二つは激突し―――デモンベインは宙を舞っていた。

 

 見下ろせば、嵐に荒れる海に大きく上がった水柱。

 おそらく、ゴンドーラの体当たりによってここまで吹き飛ばされたのだろう。

 大きく拉げた機体が、衝撃の強さを物語っている。

 魔術防禦に偃月刀、それらの術の強度が少しでも足りなかったら―――あまり愉快な想像ではない。

 

 吹き飛ばされたデモンベインは海を飛び越え、陸まで近づいていた。

 そして、ぐんぐんと迫る地面。

 このままの勢いで叩きつけられたら、かなりマズイ。

 私は脚部シールドのエネルギーを解放した。

 

 『断鎖術式、壱号ティマイオス! 弐号クリティアス!』

 

 落下速度が一気に落ちる。

 空中で姿勢を制御し、着地に備える。

 

 『――――――ッ!』

 

 そして―――着地。

 爆音を轟かせ、落下/脚部シールドのエネルギーが、砂浜にクレーターを作り上げた。

 

 『ぐぁッ……ッ!』

 

 何とか着地には成功したものの、その衝撃は凄まじかった。

 モニターに走る駆動系のERROR。

 先程の体当たりのダメージもあり、戦いを長引かせるわけにはいかなそうだ。

 

 『来るぞ、九淨! 正面だ!』

 

 アルの言葉に、正面に広がる海を見遣る。

 海面には、巨大な魚影が映っていた。

 その影が纏う、赤黒い靄のようなもの―――血だ。

 あの恐ろしいスピードは健在なものの、向こうもノーダメージとはいかなかったらしい。

 

 『なら……もう一度よ!』

 

 偃月刀を上段に構え、静止する。

 偃月刀に魔力を漲らせ、その瞬間を待つ。

 

 轟音と共に爆ぜる海面。

 眼前に広がる海魔の威容―――今だ!

 

 『ハアァァァァ―――ッッ!』

 

 神速で放った、渾身の一太刀。

 敵を両断した、確かな手応え。

 一刀両断、ゴンドーラは見事な断面を覗かせ、血飛沫と共に大地に沈んだ。

 

 『ふぅ……何とか……』

 

 『うつけ! まだだ、九淨!』

 

 『えっ……?』

 

 アルの声に、迫る敵意に気付いたものの、緊張を解いた身体では対応できなかった。

 

 『きゃあああああっ!』

 

 『くあああああ!』

 

 4本の触腕が、デモンベインの頭部/右腕/胴体/左脚を貫いた。

 破損箇所が激しく放電し、水銀(アゾート)の血が噴き出す。

 

 『くっ……迂闊……ッ!』

 

 『そう云う……事、ねッ……ク……ッ!』

 

 触腕が引き抜かれ、デモンベインが膝を突く。

 そしてデモンベインを見下ろす―――ダゴンとヒュドラ。

 

 (斬られた瞬間に分離……やってくれたわね……!)

 

 そう。

 奴等は偃月刀が胴体に触れた瞬間、分離することによって完全に両断されるのを回避したのだ。

 

 何とか立ち上がろうとするも、ダメージが大きく、立ち上がる事ができない。

 足掻く私達の目の前で、奴等は再び融合―――ゴンドーラとなった。

 

 『九淨、このままでは……!』

 

 『…………ッ!』

 

 アルの言う通り、このままでは拙い。

 次に攻撃を受けたら、今の状態のデモンベインでは一溜りも無いだろう。

 

 (何か……何か、この状況を覆す手段は……!?)

 

 必死に考える間に、ゴンドーラが酷くゆっくりと触腕を振り上げた。

 アレを受けたら、今のデモンベインなど簡単に砕け散ってしまうだろう。

 

 (くっ……ここまで、なの!?)

 

 諦めかけた……その時。

 

 『――――――!』

 

 あるイメージが浮かんだ。

 全てを喰い千切る、超・超高熱の(アギト)

 総てを灼き尽くす、生ける炎。

 ―――炎の神性。

 

 (アレなら……いけるはず!)

 

 逆転の一手。

 試す価値は……充分!

 私はアルに呼びかけた。

 

 『アルッ!』

 

 『何だ、九淨!?今は手一杯で―――』

 

 『アンチクロスのヤツから取り戻した断片! アレなら!』

 

 『――――――クトゥグアか!』

 

 ティベリウスとか名乗っていた、アンチクロスのクソ野郎。

 奴の鬼械神が放っていた、アルの断片の力。

 アレなら、この状況を打開できるはず……!

 しかし、アルの表情は険しかった。

 

 『……危険過ぎる。断片でさえ、あれほどの力を持つクトゥグアだ。妾本来の力で放てば、正統な鬼械神ではないデモンベインが耐えきれるかどうか―――!』

 

 『けど、このままじゃヤラレるだけでしょ!?』

 

 『……ッ』

 

 『覚悟を決めなさい、アルッ! 私達は……こんなとこで終わるワケにはいかないのよ!』

 

 私の言葉に、暫し俯くアル。

 そして顔を上げた―――迷いの無い顔を。

 

 『分かった―――やるぞ、九淨』

 

 『OK!』

 

 『……生半可な威力では納まらん故、どうなっても知らんからな。―――耐えろよ、九淨!』

 

 叫ぶアルから伝わってくる、恐怖の彩。

 ……上等よ、やってやろうじゃないの!

 

 『ええッ!』

 

 

 

 

 

 嵐が吹き荒れる昏い海。

 暗雲に覆われた暗い空。

 邪悪な闇に包まれたインスマウス。

 ―――だが此処に、その暗黒を掻き消す太陽が生まれた。

 

 闇を灼き払い、嵐を呑み込み、総てを灰燼と化す白い輝き。

 一切を蹂躙する閃光は、無慈悲なる滅びを齎す太陽だ。

 

 膨張し、咆哮する太陽。

 その輝きの中心に、ソレは立っていた。

 闇を蹴散らす白い闇、暴虐の太陽の中枢部。

 その身に触れる一切に滅びを齎す神に抗いながら、鋼の巨神(デモンベイン)は立っていた。

 溶かされ、砕かれ、呑み込まれながらも―――

 

 「クトゥグア―――か。あんな(ヤツ)の力を借りるなんて……九淨ちゃんのいけず」

 

 とある高台から、インスマウスに生まれた太陽を見下ろす女性―――ナイア。

 瞳に閉じ込めた闇を揺蕩わせ、その美貌を不機嫌そうに顰めている。

 降りしきる豪雨は、しかし彼女を一切濡らしていなかった。

 まるで、雨の方が彼女を避けているかのようだ。

 

 「でも―――大丈夫かな、九淨ちゃん? あいつは荒っぽい。今の君に、果たして……」

 

 艶然と微笑むナイア。

 その矢先、地上で太陽が爆ぜた。

 インスマウスの海を灼く、無慈悲なる灼熱。

 

 「―――始まった」

 

 世界に轟く爆音の中、明確な音を以って詩が響き渡る。

 地球上の如何なる言語体系にも属さない、異形の音。

 秘められた呪力を解放する、異界の詩。

 

 ―――フングルイ ムグルウナフ クトゥグア フォマルハウト……

 

 

 

 

 

 ―――急激な気温の上昇。

 豪雨を蒸発させてしまうほどの高温。

 次いで、大気が帯電した。

 乱舞する雷光、轟く閃光。

 

 『…………ッッッ!』

 

 閃光によって白く染まる視界。

 その視界の中、超・超高熱によって大地が融解してゆくのが見えた。

 

 (まさか……ここまでの威力があるだなんて……ッ!)

 

 苦しむように身を捩るゴンドーラ。

 暴れる巨体から、緑色の蒸気―――奴の血が沸騰しているのだろう。

 爆音に掻き消され、上がっているであろう絶叫は聴こえてこない。

 

 『ンガア・グア ナフルタグン……』

 

 アルの詠唱に、“ソレ”は実体を結んだ。

 圧倒的な神気を迸らせ、白い焔を纏う獣。

 これが―――

 

 『―――イア! クトゥグア!』

 

 獣が奔り、超・超高熱の顎が、海魔を蹂躙した。

 一瞬、一瞬だ。

 ただの一瞬で融解/沸騰/蒸発させ、海魔を無に還した。

 

 獣自身をも灼き尽くす圧倒的な熱量、純粋な破壊のエネルギー。

 灼熱はデモンベインにも及び、その腕を熔かす。

 世界は白い闇に包まれ―――私の意識は、其処で途切れた。

 

 

 

 

 

 「は……はは……これはまた……」

 

 知らずかいた冷汗を拭い、ウェスパシアヌスは呟いた。

 インスマウスの上空。

 4本の脚を持つ、巨大な円盤状の機体―――ヒト型でこそないものの、紛れも無い鬼械神。

 ウェスパシアヌスはその上に立ち、先程の戦いを見ていた。

 

 「成程、成程。嗚呼、とんでもない化け物だな、アレは。まさに神すらも殺す剣……大導師が目に留めるのも解ると云うものだ」

 

 だが、と呟くウェスパシアヌス。

 彼の手の中には一冊の本があった。

 謎の皮で装丁された、滑る表紙。

 そして只ならぬ水妖の気配―――“ルルイエ異本”だ。

 

 「“ルルイエ異本”は手に入った。データの蒐集も完了した。つまり目的は果たせたと云うわけだ。いや、めでたいめでたい」

 

 コツン、とステッキで鬼械神を小突く。

 それを合図に、円盤型の鬼械神は上昇を始めた。

 

 「“C計画”の鍵が、これで一つ。発動の日もそう遠くはないぞ。そしてもう一つ―――」

 

 上昇する鬼械神が、空へと消えていく。

 最後に、ウェスパシアヌスは呟いた。

 

 「―――“暴君”」

 

 

 

 

 

 「嗚呼……凄い、凄いじゃないか。もう、あのプラズマ体を操れるなんて、予測以上だ」

 

 高台に響く、興奮気味の声と拍手。

 

 「良いなぁ……すっごく良い。今回は本当に、もしかしてもしかするかもしれないね……期待しているよ、九淨君」

 

 その時、空から一筋の光が射し込んだ。

 

 「おや、晴れたようだね」

 

 空を見上げると、分厚く垂れ込めた暗雲の隙間から、光の帯が伸びてくるところだった。

 大地に祝福を齎す、恵みの太陽。

 嵐は去り、平穏な時が戻ってくる。

 だが―――。

 

 「それは、“目”に入っただけ。ほんの少しだけ許された安息の時間、平穏な日々」

 

 そう。

 ほんの一時だけの平穏だ。

 次は今日以上の嵐が、とんでもない理不尽が襲い来るだろう。

 

 されど一時とは云え、平穏は平穏。

 今はただ、それを享受すると良い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず、インスマウスを騒がせていた一連の事件は解決した。

 

 けど、謎は残っている。

 強力な魔導書“ルルイエ異本”を使って、ブラックロッジは何を企んでいたのか。

 そしてあの本は、ダゴンと共に消滅したのかどうか。

 そしてダゴン―――神の招喚を“実験”呼ばわりしていたウェスパシアヌス。

 なら、ブラックロッジで計画しているであろう“本番”は?

 ……雲行きが怪しくなってきている。

 今後は一層気を引き締める必要がありそうだ。

 

 それともう一つ、クトゥグアの事だ。

 今回使用したクトゥグアだが、私たちはその力を制御し切れなかった。

 膨大なエネルギーは、ゴンドーラを消滅させ、その上インスマウスの地形を変えてしまった。

 そんなエネルギーに晒されていたデモンベインも、当然無事ではない。

 特殊合金ヒヒイロカネの装甲は熔解、熔け落ちた両腕に、抉れたボディ。

 ……ここまでくると、よくカタチが残っていたと感心するレベルだ。

 一歩間違えば、私とアルは蒸発していただろう。

 

 要するに、強力過ぎて制御できないのだ。

 正直、マトモに扱えるものじゃない。

 

 

 

 

 

 「元々、クトゥグアの力は専用の呪法兵装―――銃を用いて制御していたのだ」

 

 「銃?」

 

 「うむ……攻撃に指向性を持たせ、制御していたというわけだ」

 

 「ふーん……銃、ね」

 

 

 

 

 

 まあ、何にせよしばらく使う事はないだろう。

 アレをアーカムシティでぶっ放したら、色々と終わってしまう。

 

 問題は山積みだけど、まあ、良いや。

 これからの事はまた後でゆっくり……って、そうだ。

 もう一つ、重大な問題が。

 

 「………………」

 

 「………………」

 

 そう、アルとの事だ。

 ()()()()()があった以上、どうしても意識してしまう。

 ちらりと横目でアルを見ていると、アルが振り返った。

 

 「……なんだ?」

 

 「あ、いや、その……何でも」

 

 慌てて視線を逸らす私。

 そのまま2人とも押し黙ってしまう。

 

 (うぅ……)

 

 何とも奇妙な空気だ。

 こんな調子で、また今まで通りやっていけるのか激しく不安になる。

 

 「……案ずるな、九淨」

 

 「えっ……?」

 

 私の心を見透かしたかのような、アルの言葉。

 

 「妾と汝は、端から奇妙な関係であったはずだ。それがさらに奇妙になったところで、大した問題ではあるまい……」

 

 簡単に言ってのけたアル。

 女同士とは云えカラダを重ねてしまったワケで、私にはそう簡単に―――って。

 

 あの時の事を思い出してしまい、顔が赤く、熱くなってきたのを感じる。

 

 (……いけないいけない)

 

 頭をぶんぶんと振る私を、アルが見つめる。

 ちょっぴり照れているような、けど嬉しそうな、少しだけ複雑そうな、はにかんだ微笑み。

 ―――その微笑みに、私の胸は、大きく高鳴った。

 

 「それにな、九淨。汝と共に居るのはこれで中々心地好い。……それが、少しばかりこそばゆくなっただけの事だ。不必要に意識することもあるまい?」

 

 「――――――――――――ぁ」

 

 ―――多分、致命的な一撃だったのだろう。

 後になって思い返せば、この瞬間。

 私はこの笑顔に、してやられてしまったのだ。

 けど、それに気づくのは……もっと、ずっと、後のこと。

 アルと云う存在が私の心を独占してしまう、そんな、先のお話。

 ―――と、一先ずそれは置いておこう。

 

 アルの笑顔に釣られて、自然な笑みが零れた。

 不思議なもので、気持ちが随分と軽くなったように感じる。

 

 「……そう、ね」

 

 頷き、頭の中にアーカムシティを思い浮かべた。

 激動の時代。嵐のような日常。怒涛の毎日。

 

 (……そう、不安になってる暇なんてないわね)

 

 「……時に九淨よ」

 

 「ん?」

 

 アルが私にすり寄り、そっと耳打ちした。

 ―――実にアルらしい、悪意満載の声で。

 

 「汝が真性の同性愛指向者(レズビアン)の上幼女趣味(ロリコン)であった事は黙っておいてやろう。なに、気にするな。妾はそれで主を選り好みするつもりはない。それに汝の趣味指向からすれば、妾ほどの美少女が側に居て、手を出そうとするのは当然の反応と云える」

 

 「……………………」

 

 「だが警告しておくぞ。妾は汝に体を許した訳ではない故、調子に乗らぬ事だ。血迷って寝込みを襲うような真似をすれば……そのときは容赦はせん、憶えておけ」

 

 「こ、この……何ふざけた事ぬかしてんのよ、古本娘――――――ッッッ!」

 

 「うにゃああぁぁぁ――――――っ!?」

 

 何て云うか……うん。

 なんだかんだで、やっぱりこういう展開になるらしい。

 

 取っ組み合いに揺れるバス。

 騒がしくも心地好い、いつもの空気。

 窓の外にはいつの間にか、私たちの街―――アーカムシティが近づいていた。




いつも思う、ダゴンってあの身体でよく跳べるなと。
そして毎度の事ながら、堅い印象を一切感じさせないヒヒイロカネ(デモンベインの相手って大抵鬼械神か邪神だから、しょうがないと云えばしょうがないのですが)。

デモンベインの重量に触れたので思い出したのですが、以前破壊ロボを“数十t”の巨体って書いたような気がするのですが……そんなワケがない。
というワケで、今までに登場した鬼械神+破壊ロボの全長と重量をば。

デモンベイン :全長 55.5m
        重量 4254t

リベル・レギス:全長 51.2m
        重量 3339.9t

ベルゼビュート:全長 58.4m
        重量 4956t

アイオーン  :全長 55.5m
        重量 5375t

破壊ロボ   :全長 81.7m
        重量 13570t

デモンペイン :全長 55.5m
        重量 6833t

細かい数字は、もしかしたら間違えてるかもしれません(うろ覚え)。
ただ破壊ロボに関しては“数十t”どころか、“数万t”と云う事は確かです。

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