地上に顕現する、鋼の巨人。
ヒトの造りし神―――
あらゆる邪悪を討ち滅ぼす、魔を断つ偽神が立ちはだかる。
邪悪の権化―――
吹き荒れる嵐、叩きつけるような豪雨。周囲に立ち込める闇を、雷光が灼く。
それに照らされたダゴンの威容、邪悪な眸。
其処には、明確な敵意が燃え滾っていた。
『……っ』
対峙しているだけで、冷汗が噴き出た。
寒気に―――潜在的な恐怖を呼び覚ますような―――肌が粟立つ。
『神気に呑まれるなよ、九淨。眷属とは云え、
『―――応っ!』
轟く雷鳴に、ダゴンが咆哮を上げる。
それを合図に私は、デモンベインを踏み込ませた。
『断鎖術式、解放! いっけぇぇぇぇ!』
先手必勝。
足許で時空間歪曲エネルギーを爆裂させ、一気にダゴンとの距離を詰める。
『アトランティス・ストライク!』
膨大なエネルギーの込められた必殺の蹴り。
鈍重そうなダゴンにこれを躱せるはずがない……そう思った、が。
『―――なッ!?』
『と、跳んだぁっ!?』
そう。
ダゴンはあの巨体―――どう考えてもそんな事は出来そうにない―――で宙を跳ねたのだ。
アトランティス・ストライクを躱し、悠々とデモンベインを飛び越えてゆくダゴン。
『チィッ!』
私は上空を仰ぎ、ダゴンの、甲殻に覆われていない腹部目掛けてバルカンを放った。
狙い通り、ダゴンの腹に炸裂する銃弾。
金切り声―――恐らく奴の悲鳴だろう―――と共に、大地に降り注ぐ緑色の穢液。
ダゴンは着地に失敗し、頭部から大地に突っ込んだ。
超重量の衝撃に、激震する大地。
鬱蒼とした森林を押し潰しながら、その巨体でのたうつダゴン。
私はバルカンで追い討ちをかける。
しかしダゴンはそれに反応し、爆発的な跳躍で銃弾を回避した。
遠くに着地したダゴン。
全身の触手やいくつものヒレをバタつかせている。
何か仕掛けてくるのかと思い、身構える私……だが。
『はぁっ!?』
なんとダゴンはこちらに背を向けて、凄いスピードで駆け出した。
『彼奴め、逃げるつもりか!』
『……くッ!』
逃げるダゴンの背中に向かって、バルカンを連射する。
しかし背中を覆った硬い甲殻は、銃弾をいとも簡単に弾き返した。
逃がすわけにはいかない。
ダゴンの後を追って、デモンベインを走らせる。
『待て、九淨! 何かの罠かも知れん!』
『だからって、このまま突っ立ってるワケにはいかないでしょっ!』
―――この孤島はそれほど大きくはない。
デモンベインほどの巨体で疾走すれば、海岸まで然程時間はかからなかった。
当然と云うかやはりと云うか、ダゴンは自分のフィールドである海へと逃げ込むつもりらしい。
『行かせないわよッ!』
海の神相手に、海中で勝負するのは愚行だ。
奴が陸上にいる間に、決着を付けないと……!
(そのためにも、まずは奴の動きを封じる!)
『でりゃあああああ!』
大地を蹴り、跳躍する。
奴の動きを封じるために使うのは―――捕縛結界呪法。
デモンベインの、翡翠に輝くビームの鬣が伸びる。
暴風にもかかわらず、悠然と靡く鬣。
私は術を解放した。
『アトラック=ナチャ!』
魔力によって、翡翠から淡い赤色に輝くビームの鬣。
その鬣が、嵐で昏く染まる空に拡がった。
ビームによる光のラインが刻むのは、万物を搦め捕る蜘蛛神の巣。
世界の終焉を編む糸は、あらゆる方向からダゴンへと降り注ぐ。
醜悪な呻き声を上げ、ダゴンの動きが止まった。
立体的に組まれた
暴れるダゴンだったが、どうやら糸を断ち切ることは出来ないようだ。
『良しっ、これでッ!』
デモンベインの超重量で、大地を揺らしながら着地。
そのまま動けないダゴンにトドメを刺そうとする……が。
『…………ッ』
突然、悪寒が走る。
ダゴンを見れば、暴れるのをやめてこちらを睨む邪悪な眸。
(中てられた……かしら?)
さきほどまでの暴れ様が、嘘のように落ち着いているダゴン……不気味だ。
有利なのはこちらのはずなのに、妙な焦燥感に駆られる。
とにかく早くトドメを―――
(…………?)
と考えていたところで、妙な音が聴こえてきた。
どんどんと大きく、そして近づいてくる音。
『――――――っ!?』
その音は間も無く、孤島全体を揺るがすほどの轟音になった。
揺れる視界の中、何とかこの轟音の原因を見極めようとする。
そして―――見た。
『いやいやいや……ッ!』
多分この時の私の顔は、盛大に引き攣っていただろう。
『ま、拙いぞ九淨!』
そんなことは、言われるまでも無く分かっていた。
私が見たのはダゴン、その背後に広がる広大な海。
そしてそんな海の、水平線の端から端まで埋め尽くした―――悪夢めいた光景。
そう、いっそ冗談みたいな規模の大津波だった。
『きゃああああああああああああああ―――――――――っっっっっ!?』
『おのれっ……彼奴が喚んだものか!』
周りを海に囲まれた孤島に、逃げ場なんて無かった。
迫る水の壁。
こちらを嘲笑うかのような、ダゴンの眸。
『――――――――――――――――――ッッッ!』
刹那、凄まじい衝撃に襲われ―――私の意識は弾けた。
『……くっ……ぅ……九淨……大丈夫か……っ』
『……アル……っ……』
アルの声に、意識を取り戻す。
軽く頭を振り、モニターを確認―――どうやら海の中みたいだ。
暗い昏い海の中を、デモンベインは沈み続けている。
『さっきの津波……か』
『ああ。しかし拙いな……海は彼奴の領域。圧倒的にこちらが不利だ』
『ええ……まったくッ』
脚部シールドのエネルギーを解放。
爆発的なエネルギーは沈み行く機体を留めるだけではなく、4,000tオーバーの巨体を一気に浮上させた。
ある程度浮上したところでエネルギーを制御し、ダゴンの姿を捜すために水中を進む。
……視界は悪く、いつ、どこから襲撃されてもおかしくない。
全方位に神経を張り巡らせ―――
『――――――!』
巨大な存在が蠢くのを感じた。
(―――其処ッ!)
気配を感じた方向―――背後へと振り向きざま、バルカンを放つ。
感覚は正しかったようで、放たれた銃弾は巨大な影へと吸い込まれていった。
慌てて海の底へと逃げていく影。
逃がすまいと後を追おうとする私……だが。
『――――――ッ!?くああぁっ!』
『きゃあああっ!』
その時、背後から強い衝撃が浴びせられ、コクピットが激しく揺さぶられた。
何事かと振り返ろうとして、それが出来ないことに気付く。
機体が“何か”に拘束されているのだ。
『い、いったい何が……!?』
何とか首だけを稼動させ、機体を拘束する“何か”をモニターに捉える。
そこに映し出されたのは―――
『ダ、ダゴンですって!?』
そう、ダゴンだった。
伸びる触角に硬い甲殻に覆われたフナムシのような体躯、そして邪悪な眸。
その体躯でデモンベインに絡み付き、まるで大蛇のように締め上げている。
(でも、ここにダゴンがいるってことは……さっきの影は何なの!?)
『九淨! 此奴はダゴンではない!』
『えっ!? そ、それってどういう……』
アルに否定の意味を訊ねようとしたが、その答えは前方からもの凄い勢いでやって来た。
水の抵抗を粉砕し、こちらに突進してくる巨大な影。
伸びる触角に、硬い甲殻に覆われたフナムシのような体躯―――そう。
『はあぁぁっ!? ダゴンが……2匹!? ど、どうなってるのっ!?』
『彼奴が番を喚んだのだ!』
『つがい!?』
『デモンベインに絡みいているのはヒュドラ……ダゴンの妻とされる存在だ! 深きものどもに崇拝される番の神……父なるダゴン、そして母なるヒュドラ!』
『なぁっ……こ、これだから神様って連中はぁぁぁぁぁぁぁ!』
動けないデモンベインに、ダゴンの突進が直撃した。
先程とは比べ物にならない凄まじい衝撃に、装甲に亀裂が入る。
『つあああああっ!』
『ぐぅぅっ!』
突進によるダメージは、コクピットにまで及んだ。
あちこちで小爆発が起こり、さらには若干浸水していた。
『こっ……のぉ……! フナムシ……如きがっ! 調子に乗んなぁぁぁッ!』
デモンベインの出力を最大まで上昇させる。
全身に力を込め、ヒュドラの拘束に対抗。
強大な力と力が鬩ぎ合い―――僅かに、こちらのパワーが上回った。
『ぜりゃああああああああ!』
僅かに緩んだ拘束に、脚部シールドのエネルギーを解放。
一気に脚の拘束を引き剥がし、眼前のダゴンへと蹴りを放つ。
不完全な体勢ながらも蹴りは命中し、エネルギーが爆裂した。
土手っ腹に爆裂した衝撃に、絶叫を上げて吹き飛んでゆくダゴン。
膨大な時空間歪曲エネルギーは海を抉り、デモンベインの周囲に真空の空間を形成。
一瞬の後、その真空を埋めるべく、凄まじい奔流が発生した。
激流の渦に呑み込まれるデモンベインとヒュドラ。
荒れ狂う激流に、堪らずデモンベインから離れて逃げ出すヒュドラ。
私達も必死で機体を制御し、激流から脱出する。
『っ………はぁ! 何とか……引き剥がせたわね』
『ああ……だが、こちらの不利に変わりはないぞ』
『……ええ』
こちらと一定の距離を保ちながら泳ぐ、ダゴンとヒュドラを見据える。
隙を窺うように、周囲を旋回する奴等。
こちらも身構え、隙を探る。
暫しの膠着状態が続き……奴等が動いた。
密着するように泳ぐダゴンとヒュドラ。
互いに腹を向け合い、何本もの触手をわななかせ、絡み合わせる。
そして―――
『っ!?』
『な……にぃ!?』
奴等の全身が紐状―――無数の触手となって解けていく。
甲殻のみを残して始まる、醜悪極まりない交配の儀式。
蠢く触手の塊を甲殻が覆ってゆき、隙間からは一層邪悪さを増した眸が覗いていた。
やがて交配が終わり―――
『―――冗談……でしょ?』
一体の、神性が顕れた。
ダゴンとヒュドラの融合体。
一つとなったことでより強大になった力。
海を激震させる咆哮。
『どう、言えば良いのかしら……』
『うむ……流石に妾も驚いたぞ』
『うーん……合体魔獣ゴンドーラとでも呼ぼうかしら』
『阿呆な事を言っておる場合か! 来るぞ!』
恐ろしいスピードで突進してくるゴンドーラ(仮)。
巨大化によって増した水の抵抗など、存在しないかのようなスピードだ。
二体の頃よりも速くなっているそれは、とても躱せる速度ではない。
なら、私が取るべき手段は一つ―――真っ向から迎え撃つ!
『バルザイの偃月刀!』
灼熱する刀身が、昏い闇に沈む海を灼く。
火の秘文字が刻まれた霊験あらたかなる刃―――バルザイの偃月刀が顕現した。
両手で掴み、魔力を流し込み、増幅させる。
そして偃月刀を構えたところで、ゴンドーラがすぐ目の前まで迫っていた。
瞬きでもすれば、その瞬間衝突するであろう距離。
私は思考より速く、偃月刀を振るっていた。
迫る
二つは激突し―――デモンベインは宙を舞っていた。
見下ろせば、嵐に荒れる海に大きく上がった水柱。
おそらく、ゴンドーラの体当たりによってここまで吹き飛ばされたのだろう。
大きく拉げた機体が、衝撃の強さを物語っている。
魔術防禦に偃月刀、それらの術の強度が少しでも足りなかったら―――あまり愉快な想像ではない。
吹き飛ばされたデモンベインは海を飛び越え、陸まで近づいていた。
そして、ぐんぐんと迫る地面。
このままの勢いで叩きつけられたら、かなりマズイ。
私は脚部シールドのエネルギーを解放した。
『断鎖術式、壱号ティマイオス! 弐号クリティアス!』
落下速度が一気に落ちる。
空中で姿勢を制御し、着地に備える。
『――――――ッ!』
そして―――着地。
爆音を轟かせ、落下/脚部シールドのエネルギーが、砂浜にクレーターを作り上げた。
『ぐぁッ……ッ!』
何とか着地には成功したものの、その衝撃は凄まじかった。
モニターに走る駆動系のERROR。
先程の体当たりのダメージもあり、戦いを長引かせるわけにはいかなそうだ。
『来るぞ、九淨! 正面だ!』
アルの言葉に、正面に広がる海を見遣る。
海面には、巨大な魚影が映っていた。
その影が纏う、赤黒い靄のようなもの―――血だ。
あの恐ろしいスピードは健在なものの、向こうもノーダメージとはいかなかったらしい。
『なら……もう一度よ!』
偃月刀を上段に構え、静止する。
偃月刀に魔力を漲らせ、その瞬間を待つ。
轟音と共に爆ぜる海面。
眼前に広がる海魔の威容―――今だ!
『ハアァァァァ―――ッッ!』
神速で放った、渾身の一太刀。
敵を両断した、確かな手応え。
一刀両断、ゴンドーラは見事な断面を覗かせ、血飛沫と共に大地に沈んだ。
『ふぅ……何とか……』
『うつけ! まだだ、九淨!』
『えっ……?』
アルの声に、迫る敵意に気付いたものの、緊張を解いた身体では対応できなかった。
『きゃあああああっ!』
『くあああああ!』
4本の触腕が、デモンベインの頭部/右腕/胴体/左脚を貫いた。
破損箇所が激しく放電し、
『くっ……迂闊……ッ!』
『そう云う……事、ねッ……ク……ッ!』
触腕が引き抜かれ、デモンベインが膝を突く。
そしてデモンベインを見下ろす―――ダゴンとヒュドラ。
(斬られた瞬間に分離……やってくれたわね……!)
そう。
奴等は偃月刀が胴体に触れた瞬間、分離することによって完全に両断されるのを回避したのだ。
何とか立ち上がろうとするも、ダメージが大きく、立ち上がる事ができない。
足掻く私達の目の前で、奴等は再び融合―――ゴンドーラとなった。
『九淨、このままでは……!』
『…………ッ!』
アルの言う通り、このままでは拙い。
次に攻撃を受けたら、今の状態のデモンベインでは一溜りも無いだろう。
(何か……何か、この状況を覆す手段は……!?)
必死に考える間に、ゴンドーラが酷くゆっくりと触腕を振り上げた。
アレを受けたら、今のデモンベインなど簡単に砕け散ってしまうだろう。
(くっ……ここまで、なの!?)
諦めかけた……その時。
『――――――!』
あるイメージが浮かんだ。
全てを喰い千切る、超・超高熱の
総てを灼き尽くす、生ける炎。
―――炎の神性。
(アレなら……いけるはず!)
逆転の一手。
試す価値は……充分!
私はアルに呼びかけた。
『アルッ!』
『何だ、九淨!?今は手一杯で―――』
『アンチクロスのヤツから取り戻した断片! アレなら!』
『――――――クトゥグアか!』
ティベリウスとか名乗っていた、アンチクロスのクソ野郎。
奴の鬼械神が放っていた、アルの断片の力。
アレなら、この状況を打開できるはず……!
しかし、アルの表情は険しかった。
『……危険過ぎる。断片でさえ、あれほどの力を持つクトゥグアだ。妾本来の力で放てば、正統な鬼械神ではないデモンベインが耐えきれるかどうか―――!』
『けど、このままじゃヤラレるだけでしょ!?』
『……ッ』
『覚悟を決めなさい、アルッ! 私達は……こんなとこで終わるワケにはいかないのよ!』
私の言葉に、暫し俯くアル。
そして顔を上げた―――迷いの無い顔を。
『分かった―――やるぞ、九淨』
『OK!』
『……生半可な威力では納まらん故、どうなっても知らんからな。―――耐えろよ、九淨!』
叫ぶアルから伝わってくる、恐怖の彩。
……上等よ、やってやろうじゃないの!
『ええッ!』
嵐が吹き荒れる昏い海。
暗雲に覆われた暗い空。
邪悪な闇に包まれたインスマウス。
―――だが此処に、その暗黒を掻き消す太陽が生まれた。
闇を灼き払い、嵐を呑み込み、総てを灰燼と化す白い輝き。
一切を蹂躙する閃光は、無慈悲なる滅びを齎す太陽だ。
膨張し、咆哮する太陽。
その輝きの中心に、ソレは立っていた。
闇を蹴散らす白い闇、暴虐の太陽の中枢部。
その身に触れる一切に滅びを齎す神に抗いながら、
溶かされ、砕かれ、呑み込まれながらも―――
「クトゥグア―――か。あんな
とある高台から、インスマウスに生まれた太陽を見下ろす女性―――ナイア。
瞳に閉じ込めた闇を揺蕩わせ、その美貌を不機嫌そうに顰めている。
降りしきる豪雨は、しかし彼女を一切濡らしていなかった。
まるで、雨の方が彼女を避けているかのようだ。
「でも―――大丈夫かな、九淨ちゃん? あいつは荒っぽい。今の君に、果たして……」
艶然と微笑むナイア。
その矢先、地上で太陽が爆ぜた。
インスマウスの海を灼く、無慈悲なる灼熱。
「―――始まった」
世界に轟く爆音の中、明確な音を以って詩が響き渡る。
地球上の如何なる言語体系にも属さない、異形の音。
秘められた呪力を解放する、異界の詩。
―――フングルイ ムグルウナフ クトゥグア フォマルハウト……
―――急激な気温の上昇。
豪雨を蒸発させてしまうほどの高温。
次いで、大気が帯電した。
乱舞する雷光、轟く閃光。
『…………ッッッ!』
閃光によって白く染まる視界。
その視界の中、超・超高熱によって大地が融解してゆくのが見えた。
(まさか……ここまでの威力があるだなんて……ッ!)
苦しむように身を捩るゴンドーラ。
暴れる巨体から、緑色の蒸気―――奴の血が沸騰しているのだろう。
爆音に掻き消され、上がっているであろう絶叫は聴こえてこない。
『ンガア・グア ナフルタグン……』
アルの詠唱に、“ソレ”は実体を結んだ。
圧倒的な神気を迸らせ、白い焔を纏う獣。
これが―――
『―――イア! クトゥグア!』
獣が奔り、超・超高熱の顎が、海魔を蹂躙した。
一瞬、一瞬だ。
ただの一瞬で融解/沸騰/蒸発させ、海魔を無に還した。
獣自身をも灼き尽くす圧倒的な熱量、純粋な破壊のエネルギー。
灼熱はデモンベインにも及び、その腕を熔かす。
世界は白い闇に包まれ―――私の意識は、其処で途切れた。
「は……はは……これはまた……」
知らずかいた冷汗を拭い、ウェスパシアヌスは呟いた。
インスマウスの上空。
4本の脚を持つ、巨大な円盤状の機体―――ヒト型でこそないものの、紛れも無い鬼械神。
ウェスパシアヌスはその上に立ち、先程の戦いを見ていた。
「成程、成程。嗚呼、とんでもない化け物だな、アレは。まさに神すらも殺す剣……大導師が目に留めるのも解ると云うものだ」
だが、と呟くウェスパシアヌス。
彼の手の中には一冊の本があった。
謎の皮で装丁された、滑る表紙。
そして只ならぬ水妖の気配―――“ルルイエ異本”だ。
「“ルルイエ異本”は手に入った。データの蒐集も完了した。つまり目的は果たせたと云うわけだ。いや、めでたいめでたい」
コツン、とステッキで鬼械神を小突く。
それを合図に、円盤型の鬼械神は上昇を始めた。
「“C計画”の鍵が、これで一つ。発動の日もそう遠くはないぞ。そしてもう一つ―――」
上昇する鬼械神が、空へと消えていく。
最後に、ウェスパシアヌスは呟いた。
「―――“暴君”」
「嗚呼……凄い、凄いじゃないか。もう、あのプラズマ体を操れるなんて、予測以上だ」
高台に響く、興奮気味の声と拍手。
「良いなぁ……すっごく良い。今回は本当に、もしかしてもしかするかもしれないね……期待しているよ、九淨君」
その時、空から一筋の光が射し込んだ。
「おや、晴れたようだね」
空を見上げると、分厚く垂れ込めた暗雲の隙間から、光の帯が伸びてくるところだった。
大地に祝福を齎す、恵みの太陽。
嵐は去り、平穏な時が戻ってくる。
だが―――。
「それは、“目”に入っただけ。ほんの少しだけ許された安息の時間、平穏な日々」
そう。
ほんの一時だけの平穏だ。
次は今日以上の嵐が、とんでもない理不尽が襲い来るだろう。
されど一時とは云え、平穏は平穏。
今はただ、それを享受すると良い。
とりあえず、インスマウスを騒がせていた一連の事件は解決した。
けど、謎は残っている。
強力な魔導書“ルルイエ異本”を使って、ブラックロッジは何を企んでいたのか。
そしてあの本は、ダゴンと共に消滅したのかどうか。
そしてダゴン―――神の招喚を“実験”呼ばわりしていたウェスパシアヌス。
なら、ブラックロッジで計画しているであろう“本番”は?
……雲行きが怪しくなってきている。
今後は一層気を引き締める必要がありそうだ。
それともう一つ、クトゥグアの事だ。
今回使用したクトゥグアだが、私たちはその力を制御し切れなかった。
膨大なエネルギーは、ゴンドーラを消滅させ、その上インスマウスの地形を変えてしまった。
そんなエネルギーに晒されていたデモンベインも、当然無事ではない。
特殊合金ヒヒイロカネの装甲は熔解、熔け落ちた両腕に、抉れたボディ。
……ここまでくると、よくカタチが残っていたと感心するレベルだ。
一歩間違えば、私とアルは蒸発していただろう。
要するに、強力過ぎて制御できないのだ。
正直、マトモに扱えるものじゃない。
「元々、クトゥグアの力は専用の呪法兵装―――銃を用いて制御していたのだ」
「銃?」
「うむ……攻撃に指向性を持たせ、制御していたというわけだ」
「ふーん……銃、ね」
まあ、何にせよしばらく使う事はないだろう。
アレをアーカムシティでぶっ放したら、色々と終わってしまう。
問題は山積みだけど、まあ、良いや。
これからの事はまた後でゆっくり……って、そうだ。
もう一つ、重大な問題が。
「………………」
「………………」
そう、アルとの事だ。
ちらりと横目でアルを見ていると、アルが振り返った。
「……なんだ?」
「あ、いや、その……何でも」
慌てて視線を逸らす私。
そのまま2人とも押し黙ってしまう。
(うぅ……)
何とも奇妙な空気だ。
こんな調子で、また今まで通りやっていけるのか激しく不安になる。
「……案ずるな、九淨」
「えっ……?」
私の心を見透かしたかのような、アルの言葉。
「妾と汝は、端から奇妙な関係であったはずだ。それがさらに奇妙になったところで、大した問題ではあるまい……」
簡単に言ってのけたアル。
女同士とは云えカラダを重ねてしまったワケで、私にはそう簡単に―――って。
あの時の事を思い出してしまい、顔が赤く、熱くなってきたのを感じる。
(……いけないいけない)
頭をぶんぶんと振る私を、アルが見つめる。
ちょっぴり照れているような、けど嬉しそうな、少しだけ複雑そうな、はにかんだ微笑み。
―――その微笑みに、私の胸は、大きく高鳴った。
「それにな、九淨。汝と共に居るのはこれで中々心地好い。……それが、少しばかりこそばゆくなっただけの事だ。不必要に意識することもあるまい?」
「――――――――――――ぁ」
―――多分、致命的な一撃だったのだろう。
後になって思い返せば、この瞬間。
私はこの笑顔に、してやられてしまったのだ。
けど、それに気づくのは……もっと、ずっと、後のこと。
アルと云う存在が私の心を独占してしまう、そんな、先のお話。
―――と、一先ずそれは置いておこう。
アルの笑顔に釣られて、自然な笑みが零れた。
不思議なもので、気持ちが随分と軽くなったように感じる。
「……そう、ね」
頷き、頭の中にアーカムシティを思い浮かべた。
激動の時代。嵐のような日常。怒涛の毎日。
(……そう、不安になってる暇なんてないわね)
「……時に九淨よ」
「ん?」
アルが私にすり寄り、そっと耳打ちした。
―――実にアルらしい、悪意満載の声で。
「汝が真性の
「……………………」
「だが警告しておくぞ。妾は汝に体を許した訳ではない故、調子に乗らぬ事だ。血迷って寝込みを襲うような真似をすれば……そのときは容赦はせん、憶えておけ」
「こ、この……何ふざけた事ぬかしてんのよ、古本娘――――――ッッッ!」
「うにゃああぁぁぁ――――――っ!?」
何て云うか……うん。
なんだかんだで、やっぱりこういう展開になるらしい。
取っ組み合いに揺れるバス。
騒がしくも心地好い、いつもの空気。
窓の外にはいつの間にか、私たちの街―――アーカムシティが近づいていた。
いつも思う、ダゴンってあの身体でよく跳べるなと。
そして毎度の事ながら、堅い印象を一切感じさせないヒヒイロカネ(デモンベインの相手って大抵鬼械神か邪神だから、しょうがないと云えばしょうがないのですが)。
デモンベインの重量に触れたので思い出したのですが、以前破壊ロボを“数十t”の巨体って書いたような気がするのですが……そんなワケがない。
というワケで、今までに登場した鬼械神+破壊ロボの全長と重量をば。
デモンベイン :全長 55.5m
重量 4254t
リベル・レギス:全長 51.2m
重量 3339.9t
ベルゼビュート:全長 58.4m
重量 4956t
アイオーン :全長 55.5m
重量 5375t
破壊ロボ :全長 81.7m
重量 13570t
デモンペイン :全長 55.5m
重量 6833t
細かい数字は、もしかしたら間違えてるかもしれません(うろ覚え)。
ただ破壊ロボに関しては“数十t”どころか、“数万t”と云う事は確かです。