ある少女の斬魔大聖   作:アイオン

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第3話

 (さてさて……引き受けたのは良いけど、どうやって探そうかしら)

 

 当然の事ながら、魔導書というのはそこら辺に転がっているモノではない。

 

 嘗て在籍していたミスカトニック大学に行けば、秘密図書館に山のように並べられているだろう。

 ……けれど魔導書の持ち出しは禁止されてるし、そもそも閲覧だって厳しく制限されているのだ。

 既に部外者になってしまった私には、目に触れることすら叶わない。

 

 「アーミティッジのお爺さんに頼み込めばどうにか出来るかもしれないけど……関わりたくないしなぁ」

 

 忍び込んでちょろまかしゃー!っていう手もなくはないけど、流石に秘密図書館の番犬に噛み殺されたくはない。

 

 「となると……探偵らしく、足で稼ぐしかないってワケね」

 

 私は覚悟を決め、手近なマーケットへ足を運んだ。

 

 

 

 

 赤く燃える太陽が街を茜色に染め上げる中、私はさながら営業の成果が出ないサラリーマンのような哀愁を漂わせ、裏通りを歩いていた。

 

 (やっぱりそう簡単に見つかるわけないわよね……)

 

 古書店は今のところ成果無し、オカルト関連はいるにはいたけど……魔導書となるとこれがまたさっぱりだった。

 

 まあ、一度で見つかるとは最初から思っていない。

 日も暮れてきたし今日は引き上げようと、来た道を戻り始めたのだが。

 

 「……ん?」

 

 ふと、来るときには気がつかなかった古書店が目に止まった。

 これが今日の最後と決め、私は店内に入った。

 

 

 

 

 「おー……これはまた見事な」

 

 本棚を見て、思わず唸ってしまう。

 奥行きがあるのか、外見の印象よりも大分中は広かった。

 何よりこの品揃え……ここまでの蔵書は、大学の図書館くらいでしか見たことがない。

 ここでなら見つかるかも知れない―――思わず期待が高まってしまう。

 

 「おや……?」

 

 「ん?」

 

 振り返るとそこには、眼鏡をかけた長身の美人さんが立っていた。

 お店の人だろうか?

 ……何故か私の顔をじっと見つめている。

 

 「……私の顔に何かついてます?」

 

 「あ、いやいや、雰囲気が知人に似ていたものでつい……ね」

 

 そういって笑みを浮かべる美人さん。

 私より若干年上だろうか? 妖艶な気配を放ち、胸元が盛大に開いた扇情的なスーツを着ている。 細いスラックスも形の良い脚を強調しており、大人の女性といった雰囲気だ。

 

 そんな美人さんの笑みを見せられ、同姓ながらどぎまぎしてしまう。

 

 (……顔、赤くなってないかしら)

 

 「……っと失礼。挨拶がまだだったね。僕はここの店長で、名前は……えーと、ナイアとでも呼んでくれれば良いよ。どうぞご贔屓に」

 

 「ど、どうも……あ、私大十字九淨っていいます。よろしくお願いします」

 

 思わず自己紹介を返してしまったが、ナイアさんを見ると

 

 「大十字……九淨」

 

 怪訝そうであり、愉快そうでもあり、複雑な表情をしていた。

 

 「私の名前が何か……?」

 

 「いやいや、こちらのことだから気にしないでいいよ。それより、どんな本をお探しかな? この蔵書の中から探すのは大変だろう、僕でよければ協力するよ」

 

 ナイアさんの申し出はありがたい。

 これだけの本の山の中を1人で探そうとすると、日を跨いでしまいそうだ。

 

 「中々の品揃えだろう? ただ、ちょっとばかし無節操に集め過ぎちゃってね」

 

 (確かに……)

 

 「えと、私が探してるのはちょっと特殊なモノなんですが……」

 

 「ふぅん。たとえばそれは……力ある魔導書のような?」

 

 「えっ……!?」

 

 あまりにも唐突に現れた魔導書という単語に、私は言葉を失ってしまう。

 

 (何でそんなこと知ってるの!?)

 

 警戒心を露に、厳しい視線をナイアさんに向ける。

 

 「ああ……そんな目で見ないでくれよ。別に大したことじゃあない。こんな商売をやっているせいか、なんとなく分かるのさ。客の求めている本がね」

 

 くすり、とナイアさんは妖しげな笑みを浮かべる。

 

 ……そんなことあるのかしら?

 

 「特に、魔導書なんて求めている人っていうのは特別だ。一目見ただけで分かっちゃう。―――僕は思うんだけどね、魔導書を求める人っていうのは実のところ、魔導書に引き寄せられているんじゃないかって。つまり、人が魔導書を選ぶのではなく、魔導書が自らの主人を選ぶってわけさ」

 

 ナイアさんは近くの本棚から無造作に、一冊の本を引き抜いた。

 “エノクの書”紛れも無い魔導書である。

 

 「魔導書は魔術師に力を与え、魔術師はそれを行使し、奇蹟を起こす。

 “ソロモンの大いなる鍵”

 “ソロモンの小鍵(レメゲトン)

 “大いなる教書(グラン・グリモア)

 “黒い雌鶏”

 “ドジアンの書”

 ……この“エノクの書”もそうさ。矮小な人間が逆立ちしたところで遠く及ばない、叡智の結晶。人智を超越した、奇蹟の産物。そんなとんでもない力を秘めている本なんだ。魂とか意思とか宿っていたとしても不思議ではないだろう?」

 

 (なるほど、確かにそうね……)

 

 私もかつて魔導書に触れたことがある。

 そのときの感覚を思い出せば、大いに納得がいく。

 

 魔導書に宿る念。

 邪念。

 陰鬱な悦び―――

 あのときはたしか……

 

 (うっ……やっぱり、ロクなもんじゃないわね)

 

 アレに耐えられなかったからこそ、ミスカトニック大学を中退したのに、何で今更こんな……

 

 「おやおや……大丈夫かい? エノクの書(こいつ)に精気でも吸われちゃったかな?」

 

 「いや……ただ目眩がしただけだから……大したことありません。とにかく、そこまで分かるなら話が早い。ナイアさん、私に魔導書を譲ってくれないかな?」

 

 私が頼むと、ナイアさんは申し訳なさそうに顔を顰めた。

 

 「申し訳ないんだけど……それは無理なんだ」

 

 「どうして? お金の問題なら、多分言い値で大丈夫ですよ?」

 

 「そういうことじゃないんだ、九淨君。残念なことに、この店には君が必要とする魔導書がないんだよ」

 

 やや伏し目がちのナイアさんの目が、心底残念だ、と、告げている。

 

 「ないって……ナイアさんが手に持ってるのは魔導書なんでしょ?」

 

 「それはそうなんだけど、この魔導書は君には合わないのさ。君にはもっと相応しいモノがあるはず」

 

 ん? 何か話が変な方向にいっているような……。

 

 「あー、私が魔導書を必要としてるわけじゃなくて、頼まれただけで……」

 

 ナイアさんは私の唇に人差し指を添え、話を遮る。

 

 「いやいや、まだ気づいていないだけさ、九淨君? 君は近い将来、きっと必要とするはずさ。最高の力を持った魔導書を……そう! “神”をも招喚できるような窮極の魔導書をね!!」

 

 私を置き去りに、ナイアさんはヒートアップしている。

 

 「最高位の魔導書の中には“神”を招喚できるヤツがあるのさ。しかもその魔導書の所有者は、なんと“神”を自在に操れるんだよ! ……まあ、正しくは神の模造品だけどね。とにかく君が必要とするのは、きっとそういう魔導書なんだと思うよ」

 

 熱弁をふるって満足したのか、どこかスッキリした表情だ。

 

 「僕は楽しみだよ、九淨君。嗚呼楽しみだ。いったい君が手に入れる魔導書はどんなのだろう? もしかしたら、それはかの“死霊秘法”だったりするのかもしれないね―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 淡い街灯の光に照らされ、数多の影が駆ける。

 慌しく走り抜ける幾つもの足音。

 時折聞こえてくる怒声、そして―――銃声。

 

 少女は疾駆する。

 風を裂くような疾走はまるで、猫科の肉食獣を思わせるように俊敏だ。

 銀髪を靡かせ、白い肌を闇に照らし疾るその姿は、闇を裂く白い雷光のようだ。

 

 人間の規格を遥かに超えた身体能力。

 ―――それでも、その少女は毒づいていた。

 

 なんと、なんと不便なこの体。

 水の中を走っている様にまるで自由の利かない、矮小で脆弱なこの体。

 力を失った今、この身を縛る制約の何と大きいことか。

 我がことながら、なんとも情けない。

 

 路地の角から、複数の覆面の男達が姿を現す。

 全員がドラムマガジンのマシンガンを手にしており―――男達は躊躇うことなく、銃口を少女に向けトリガーを引いた。

 

 一斉に吼えるマシンガン。

 しかし、少女の姿は既に其処には無い。

 すぐ横の角を、靡く銀髪だけが一瞬、通り過ぎた。

 吐き出された弾丸は虚しくも、コンクリートの地面のみを砕いた。

 

 男達は少女を追って、同じ角を曲がる。

 曲がった先で気付く―――袋小路だ。

 覆面の下で男達は下卑た笑みを浮かべる。

 

 が、少女は止まらない。

 速度を落とすことなく通路を駈け抜け……男達は驚愕に目をむいた。

 

 少女は重力の法則を無視し、()()()()()()()()()()()

 慌てる男達であったが、時既に遅し。

 ビルの壁面を一気に駈け上がった少女は、既に屋上へ。

 次いで跳躍。

 月光を浴び、少女は摩天楼の空を舞う。

 

 ―――そのとき、少女は誤算に気付いてしまった。

 落ちる少女の真下。

 着地地点に、ぼーっと歩く女がいる。

 

 慌てる少女であったが、しかし気付くのが遅すぎた。

 ……間に合わない。

 

 

 

 

 

 

 

 古書店を後にした私は、首を傾げながら道を歩いていた。

 

 「なんていうか……狐に化かされたって感じかしら」

 

 現実味の欠けた、古書店での一幕。

 記憶も曖昧で、まるでエノクの書(魔導書)に脳髄を冒されたかのよう。

 にもかかわらずナイアさんとの会話は鮮明で、脳裏に焼きついているように感じた。

 

 (とにかく、また明日交渉してみよう……)

 

 ああ言っていたナイアさんが魔導書を譲ってくれるとは思えないけど、何の手懸りもなく彷徨い歩いて時間を無駄にするくらいなら、彼女を説得する方が大分建設的だろう。

 

 疲れた体を引きづり、帰路についていたときだった。

 

 「……退けッ! 退くのだッ!!」

 

 「へ?」

 

 突然聞こえてきた叫び声に押され辺りを見渡してみるが、人影は見当たらない。

 いったい何処から……?

 

 「このぉぉぉ、さっさと退けと言っておる! このうつけがぁぁぁぁ!!」

 

 私は咄嗟に空を仰いで……気付いた。

 慌てて避けようとするも、遅すぎた。

 余りにも唐突に訪れた衝撃に、私は押し潰された。

 

 (何!? いったい何なの!?)

 

 めりこむような勢いで地面に叩きつけられた意識を引っ張り上げ、空から降ってきた()()に視線を向ける。

 

 「痛っぅ……」

 

 ―――女の子? ってそんな馬鹿な。

 漫画(カートゥーン)じゃあるまいし、何でいきなり空から女の子が降ってくるのよ。

 

 そうして混乱していると、私の上に乗っかっていた女の子と目が合った。

 

 ―――翡翠色の神秘的な瞳。

 この世の者とは思えない、不可思議な印象がソレにはあった。

 見た目では、十代前半というところだろうか。

 女性としては発展途上といえるが、丸みを帯びた体には女性特有の柔らかさがあり、そしてなにより年齢に見合わぬ蟲惑的な印象があった。

 腰まで伸ばした流れるような銀髪は、女の色香のようなものさえ感じさせる。

 

 少女が口を開く。

 

 「このうつけ者がッ! 何をぼけっとしておった!? うつけうつけうつけうつけ大うつけが!!」

 

 ―――罵倒だった、五連発である。

 

 「って、普通空から人間が降ってくるなんて思わないでしょ!? それより、あなたこそ早く上から退いてってばっ!」

 

 何が何だか全然理解不能だけど、とにかく現状を何とかしないと。

 私は少女を横に除けようとした。

 

 そのとき、急にブレーキを踏んだような音が聞こえた。

 視線をそちらに向けると一台のリムジンが止まっており、その中からぞろぞろと覆面の男たちが出てきた。

 全身黒ずくめのスーツに身を包み、妖しさ爆発の覆面……

 

 「ブラックロッジ!? なんで……!?」

 

 「ちぃ! 汝のせいで追いつかれてしまったではないかっ!」

 

 「ちょ、ぶつかってきたのはそっちでしょ!?」

 

 けど、口論してる場合じゃない。

 覆面男たちは全員、銃口をこっちに向けマシンガンを構えている。

 

 「じょ、冗談じゃない! 私が何をしたっていうのよ!!」

 

 悪態をつきつつも、私は少女を庇うように凶弾の前に立ちはだかる。

 

 「あーもうっ! こんなとこで人生デットエンドなんて、ツイてないッ!!」

 

 私は目をきつく閉じ、その瞬間を覚悟する。

 ……が、その時は一向に訪れず、不思議に思った私は恐る恐る瞼を開いた。

 

 ―――私たちと覆面男たちとの間に、淡く光り輝く障壁があった。

 銃弾は全て、その障壁に阻まれておりこちらに届くことはない。

 障壁の表面にはびっしりと魔術文字が刻まれており、それを出現させたのは、私の後ろにいる少女だった。

 

 (―――この子……魔術師!?)

 

 「吹き飛べ、下郎がッ!」

 

 少女が吐き捨て、翳した手を横に振る。

 たったそれだけの動作だったが、見えない何かが迅り、まるで巨大な手で薙ぎ払われたかのように、構成員たちは体をくの字に曲げながら吹き飛んだ。

 

 (これが魔術師の力……すごい)

 

 「ふんっ。この程度で妾を捕らえようなど……」

 

 不敵な笑みを浮かべていた少女だったが、不意にその表情を曇らせた。

 

 「クッ……無駄に力を使いすぎたか……」

 

 少女の息が荒いことに気付く。

 額には大粒の汗が浮かび上がり、身体中冷や汗をかいていた。

 

 「ちょ、ちょっと!? 大丈夫!?」

 

 「やはり術者なしでは……っ……」

 

 後ろに倒れそうになる少女の体を慌てて支える。

 驚くほどに軽い。

 ……どうやら気絶してしまったようだ。

 

 (曲がりなりにも助けてもらった以上、置き去りにするわけにもいかないし……)

 

 この少女と一緒にいるとロクなことにならないだろうと理解しつつも、見捨てる様な後味の悪いことは私にはできそうもなかった。

 

 思案に暮れていたそのときだった。

 爆音と呼ぶのが適切であろう騒音と、けたたましいクラクションを鳴らしながら“ソレ”は近づいてきた。

 

 「HEY! そこなお嬢さんっ! 大人しくその娘を我輩に渡すのであるっ!」

 

 ……現状を確認しましょう。

 

 Q:ソレとは何でしょうか。

 A:二千ccはあろうかというアメリカンなバイクに跨った、白衣着てエレキギターを掻き鳴らし、トチ狂った笑い声してる何か変なの。

 

 私の脳内、大混乱。

 いや、分かってる。

 分かってはいるのよ。

 この手の輩はスルーして、とっととこの場から撤退するのがベストだって。

 けど、思考が鈍っていた私は、思わず声をかけてしまった。

 

 「………………あの、どちら様で?」

 

 「ななななななな、ぬぁぁぁぁぁんとォォっっっっ!? 1億年に一度、生まれるかどうかという奇蹟の寵児、天才科学者たるこのドクター・ウェストを知らないとっ!?」

 

 男性は泣き出しそうな表情で、エレキギターを激しく掻き鳴らす。

 どうやらあれは悲しみを表現しているらしい。

 

 「ななななななな何たる無知! 無知は罪! 無知とは悲劇! 悲しみと絶望に彩られた君の人生は喩えるならば、この手のひらに舞い降りた儚い淡雪のようなもの……ああ、雪がすべてを白く埋め尽くす……そう、僕の悲しみも何もかも……ゴゴゴゴゴゴ……何? なにが起こったの? な、雪崩れ!? ギャー!」

 

 (―――やばい、本物の○○○○だ)

 

 そんなこちらの心の内もよそに、目の前の【削除されました】はますますヒートアップしていく。

 

 「ともあれお嬢さん! どうしても我輩の邪魔をするというならば、死して我輩とブラックロッジの糧となるのがモアベターな選択と言えよう! 貴様の死を乗り越え、我輩はまた少し大人になった! さらば少年時代! 一夏限りの淡い恋心! アイム・ロックンロール!」

 

 一通り叫ぶと白衣の変質者は何を考えているのか、バイクに載せられていたギターケースを肩に担ぎ―――

 

 「レッツ・プレイ!」

 

 シャウトと共に開いたギターケースの穴から、ロケット弾が発射された。

 

 「何よそれぇぇぇぇぇ!?」

 

 少女を抱えて、全速力で逃げ出す。

 

 「きゃあああああああああっ!?」

 

 爆発の衝撃と爆風に煽られ、私の身体が宙に舞う。

 腕の中の少女を抱え込むように庇い、私は地面を転がった。

 

 「ぃッたぁ……って、ちょぉぉぉぉ!?」

 

 変質者の周りの覆面男たちが、マシンガンを掃射してくる。

 

 現状を言葉で表現するなら、阿鼻叫喚・地獄絵図だ。

 近くにいた通行人たちは悲鳴をあげながら逃げていく。

 

 ぼやぼやしてる暇はない。少女を抱えたまま、私も必死で逃げ回る。

 

 「追え! 追うのであーるっ! 総ては我等がブラックロッジの栄光と、このドクター・ウェストの偉業達成のためである!」

 

 ……さっきから聞いてると、どうやらアレもブラックロッジの一員らしい。

 裏社会の人材不足は深刻なようだ。

 とりあえず此方としては、求人広告を出すことを切にオススメしたい。

 

 「っていうか、私が何をしたぁぁぁぁぁ―――――――っ!?」


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