ある少女の斬魔大聖   作:アイオン

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突如(でもないけど)として吹き荒れる、会話文の嵐嵐嵐。
そして時間を掛けた割には……。


第30話

 食事の席でお嬢様達覇道財閥の面々に訊いたところ、彼等はやっぱり、覇道財閥推進のインスマウスリゾート計画に反対する地元住民みたいだ。

 何でも、初代財閥総帥である覇道鋼造が開発に乗り出してから今日まで、計画に反対し続けているらしい。

 彼等曰く、“此処は神の御座す土地。余所者は出て行け”との事だ。

 

 ―――旧くより、インスマウスでは土着の神を信仰しているらしい。

 それが関係しているかは定かではないけど、インスマウスでは近親婚が多く、その所為であの独特の風体―――インスマウス面―――になったと云われているそうだ。

 

 その神とやらについて、アルは何か心当たりがあるようだけど……今はその話は置いておこう。

 ソーニャちゃんにさり気無く愚民風情とか言われたけど……それも置いておこう。

 矢鱈と機能的な形状になっている蟹の中身をアルが頬張っているのを見て変な気分になった事は……秘密にして厳重に封印を施した上でダストシュートに叩き込んでおこう。

 楽しい食事も終わり、今、重要なのは―――

 

 「―――芸をしなさい」

 

 赤ら顔で

 

 「―――全員、何か芸をしなさい」

 

 目が据わっている

 

 「―――芸をしない者は、我が覇道財閥の名に賭けて社会的に抹殺してみせます。確実に、完璧に、完膚無きまで」

 

 ……詰まるところ、完全無欠に酔っ払っていらっしゃるお嬢様がそんなことを言い出したと云う事だ。

 

 「お、お嬢……様?」

 

 「皆様―――申し訳ありませんが、諦めて下さい」

 

 こちらは素面の執事さんが、まるで戦闘体勢のような真剣な瞳―――いや、むしろ深刻そうな瞳で断言しつつ頭を下げた。

 

 「「「(((通夜のような沈痛な面持ち)))」」」

 

 後ろに控えるメイドさんたちの表情も、酷く痛ましい。

 

 これほど重く、冷たい空気を感じた事はあまりない。

 ―――って云うかすっごく怖いんですけど。

 

 「で、でも、そんな、突然芸って言われても……!」(びくびくおどおど)

 

 アリスンが怯えている……仕方ないッ!

 

 「アルッ! ここは私たちが―――」

 

 「そこ、魔術禁止」

 

 「なん……ですって……!?」

 

 言い終わる前に大敗北。

 戦わずして敗北するとは正にこの事。

 敗者は地べたに平伏し、勝者はそれを見下す。

 

 「魔術は芸とは云いませんわよ? ほらほら、さっさとお立ちなさいな(スタンドアップ)。いっくら大十字さんでも、何か1つくらいは、宴を盛り上げる芸をお持ちでしょう? ―――そこんトコどーよ、ヘッポコヴィッキー?」

 

 「ヘッポコヴィッキーィィィッッッ!?」

 

 自分でも良く分からないけど、その一言は私の心をごっそりと抉った。

 無慈悲なまでの破壊力を持った、痛恨の一撃だった。

 あまりの心の痛みに、止め処も無く涙が溢れる。

 この絶望的な悲しみから逃れる為に、S&W(スミス&ウェッソン)を頭に押し付けたまま引鉄を引きたいとさえ思った。

 嗚呼、センチメンタル・アーカム。

 

 「うぅ……ひっぐ……ッ……」

 

 「く、九淨。大丈夫……か?」

 

 「ほっといてよぉ! もう私に関わらないで! 来ないで! 近づかないで! 私に優しくしないで! そっとしといてよぉ! 何もしないでよぉぉぉ! うわぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」

 

 「く、九淨!?」

 

 「あらあらまあまあ……なんて可愛く泣くのかしら……んんー? おじょーちゃん、どちたのー? イイ子イイ子して欲ちぃんでちゅかー? そーれ、イイ子イイ子」

 

 「うえええぇぇぇぇぇぇぇぇん! お、お金持ちなの!? お金持ちなのね!? 私のこと苛めるのはお金持ちなのね!? ええ、そうよ! そうよね! どーせ、私なんか地を這う虫けらでしょうよ! あなたみたいなお金持ちからすれば! そんなに、そんなに楽しい!? 毎日必死になって生きて足掻いてもがいてる芋虫どもを見るのがそんなに愉快痛快滑稽でたまらないのっ!? ……い、いやぁぁぁ! いやぁぁぁぁぁぁぁぁ! そんな目でっ! /お金持ちが/そんな/お金持ちが/蔑むような/お金持ちが/哀れむような/お金持ちが/冷たくて/お金持ちが/優しい瞳で/お 金持ちが/見ない で/お金 持ち/見 ないで/お 金持ち/見ない で/お金持ち/見な いで/お金 持ち/見ない で/お 金持ち/見な いで/お金持 ち/見 ない で/お 金持 ち/見 な い で/お金 持 ち/見な い で/お金 持 ち/見 ない で/お 金 持 ち/見ないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!/お金持ちがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 「ああ! 九淨ちゃんが一時的な狂気にっ!? 九淨ちゃん、しっかり! 傷は浅いですよぉ~~~っっっ!」

 

 (ガタガタぶるぶるガタガタぶるぶるガクぶるガクぶるガクぶるガクぶる)

 

 「……コンプレックスの塊か、汝は」

 

 「大十字さん……今までで一番輝いてるです。嗚呼……なんてス・テ・キ☆」

 

 「さて―――と。……他に誰か?」

 

 新たな獲物を捕らえ、その毒牙にかけようと、お嬢様がギロリと皆を睨め回す。

 あまりの迫力に、全員がピシィッ! と動きを停止させた。

 その様はまるで、蛇に見込まれた蛙のようである。

 そして、お嬢様()の暗く澱んだ黒い瞳が―――よりにもよってがきんちょどもを捕捉した。

 

 「ひぃっ!?」

 

 「さあ……君達は、いったいどんな芸で、わたくしを愉しませてくれるのかしら?」

 

 ―――悪鬼だ。

 蛇なんてか弱いものでも、鬼なんて生易しいものでもない。

 この人は、正真正銘、悪鬼だ。

 

 「あ……あぅ……あうぁ……」

 

 「えと! じゃ、じゃあっ! この前練習した組み立てたいそーを、みんなで……」

 

 そのときお嬢様が、持っていた陶器製の徳利を、ダンッッッ!! とテーブルに叩きつけた。

 空になっている料理の皿が短いダンスを踊る。

 いきなりの事に、がきんちょどもは竦み上がった。

 

 「―――おい、あまりわたくしを甘く見ないことね……少年?」

 

 「ヒ、ヒィィィッッッ!」

 

 「子供だから……なんて、許されるとでも思ったのかしら? とーんだお馬鹿さんね。いーですか? 子供だからこそ、今の内からしっかり調ky……いえいえ、教育を施さなくてはならないのれすっ! 子供だから……なんて甘い理屈は、社会と云う大海原に出たら通用しなくてよっ!?」

 

 「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」

 

 「う、うぇぇぇぇ、うえええええんっ!」

 

 (ガクブルガクブルガクブルガクブルガクブル)

 

 「る、瑠璃さん! 子供たちだけは! どうか子どもたちだけは! 見逃してくださいぃ~~~!」

 

 「ふんっ……世間知らずの箱入り娘の分際で、よくもまあ社会の厳しさを語れるものだ」

 

 心底愉しそうな笑みを浮かべるソレを―――私は、このときはっきりと認識した。

 

 (―――コイツは、人間じゃない)

 

 人間を弄ぶ事を、心の底から愉しむ悪鬼羅刹。

 人間の倫理を持たず、人間の常識に縛られず、人間の認識の埒外に存在する邪悪。

 

 (コイツを―――人間と、認めるわけにはいかない)

 

 「大旦那様が亡くなられて以来、笑顔を見せなくなってしまわれた瑠璃お嬢様が、あんなにも楽しそうなお顔をなさるとは……。このウィンフィールド、感慨無量で涙が止まりませぬ……くっ」

 

 「いや、執事さん? 何をイイ話風にしてらっしゃるんですかね!? あの人どう見ても色々間違ってるわよ! 仕える者として、主の道を正してあげるべきだと思うわよっ!?」

 

 「九淨ちゃん……人生、色々や」

 

 「―――怯えるアリスンちゃん……イイ。……ハァハァ」

 

 色々って言っとけば何でも通ると思ったら大間違いよこんにゃろー。

 あとそこ、自重しなさい。

 

 「ま、待ってくださいっ!」

 

 泣き出してしまったがきんちょどもを庇うように、ライカさんがお嬢様の前に立った。

 悲壮な決意を宿した瞳でお嬢様を見据え、宣言。

 

 「……分かりました! 子どもたちの代わりに、私が一肌脱がさせていただきます!」

 

 ライカさんにそういう一芸があると云うのは、ちょっと意外な感じだ。

 いったいどんな芸をするのだろうと視線を向けると、ライカさんは徐に自らの浴衣に手を掛け、左右に大きく広げた。

 ライカさんの豊かなバストが露に………………って!

 

 「なにを突然脱衣してらっしゃいますかそこのシスタァァぁぁぁ―――――――――っっっっっ!?」

 

 「見ての通り! 一肌脱いでいるのですっ!」

 

 「一肌脱ぐってそう云う事じゃないっ! というか酔ってるのね!? あなたもお嬢様みたく、完全に酔っ払ってるのねっ!?」

 

 「………………」(顔真っ赤)

 

 「………………」(顔真っ赤)

 

 「ジョージ、コリン。見ちゃいけません」

 

 情操教育上の観点から見てとても好ましいとは言えないものなので、ジョージとコリンを目隠しする。

 ―――まったく。酔ってるんだろうけど、ライカさんも何を考えているんだか……。

 

 「脱ぎ芸は最終手段! 芸が出来ない以上、身体を張らせていただきましたっ! これでご満足いただけましたか、瑠璃さんっ!?」

 

 「………………」

 

 「見事なナイスバディやなぁ……」

 

 「女としては、憧れちゃいますね~」

 

 「―――駄目……やっぱり……小さ可愛いが正義」

 

 ……ホントブレないわね、マコトさん。

 

 「……………………」

 

 「あら、瑠璃さん? お気に召しませんでしたか?」

 

 「~~~~~ッ! 貴女ッ! なんですか、そのけしからん胸は!? 自慢しているのですか!? 勝ち誇っているのですか!? それとも私を侮辱しているのですか!?」

 

 「いえいえそんな……それは少々、被害妄想ではないでしょうか? くすくすくす」

 

 「くぅぅぅ~~~~~~!」

 

 なんだろう。

 ライカさん―――それ、あなたのキャラじゃない。

 

 「嗚呼、お嬢様……ウィンフィールドは、ウィンフィールドは感動で御座います……」

 

 「駄目だわこの主従。早く何とかしないと……」

 

 「……もぉー! つまらないつまらないつまらないですわ! 宴の席なのに誰一人芸が出来ないなんて、ふざけてますわ! 訴訟ですわ! 私刑執行ですわ!」

 

 「……執事よ、あの小娘は酒癖が悪過ぎる。二度と彼奴に酒を飲ませるな」

 

 「アル・アジフ様、私はただの執事にございます。主の楽しみを奪う権限など、持ち合わせてはおりません」

 

 そんなこんなやっていると、何やらもうすっかりお馴染みになっちゃったっぽい狂ったギターの旋律が聞こえてきた。

 これ以上場を混沌とさせないでほしいと云う私のささやかな思いを粉砕するように、アイツは現れた。

 

 「ふはは! ふははははははは! 我輩を呼んだであるか、大十字九淨! アル・アジフ! そうかそうか! そんなにも我輩を必要としているのであるか! 良かろう! 敵に塩を送っちゃったりする我輩って、かなりイケてね? と云う本心はおくびにも出さず、レッツプレイ! 我輩は今、限界を打ち破るのであーるッッッ!」

 

 「どんどんぱふぱふーロボ~~~」

 

 宴会場の扉を蹴破り乱入してきたドクター・ウェストとエルザ……いや、呼んでないから。

 

 激しく掻き鳴らされるギター。

 ドクター・ウェストのソウルフルなシャウトと共にフィールが高まり、その勢いは今、宇宙(ユニバース)へと加速していく……!

 

 「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 「ええぃ! 喧しいわァァァァァぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」

 

 「ノオォォォォォォォォォォ!?」

 

 「は、博士―――ッ!?」

 

 ドクター・ウェストのあまりの喧しさ(ウザさ)に、アルが魔力波を放つ。

 魔力波の直撃を受けたドクター・ウェストは血反吐を撒き散らしながら、入ってきた扉へと吹っ飛んでいった。

 

 (はぁ……もう、メチャクチャよ……)

 

 収拾が付かないほど混沌とした宴会場を舞台に、インスマウスの夜は続く。

 

 

 

 

 

 さらに一時間経過。

 

 「まっっったくもう! 本当に芸の一つもお出来にならないなんて、いったいどう云う事なんですの? わたくしを誰だとお思い? はどーざいばつそーすい・はどーるりですわよ! ……ちゃんと聞いているのですか、大十字さん!」

 

 ―――状況は未だ変わらず。

 しかも運の悪いことに私は、完全にお嬢様に絡まれていた。

 周りの皆は薄情な事に、自分に被害が及ばないからと知らん振り。

 父さん。都会の風当たりは冷たいです。

 

 「お酒っ!」

 

 「や、ヤヴォールッ!」

 

 ええ。所詮、私は下っ端がお似合いですよ。

 ……人生って、辛い。

 

 「んぐんぐんぐんぐ……ぷはぁ~~~」

 

 まさかの一気飲みですよ。

 出来ればもうちょっと自重して、私を早く解放してくれたりすると大変嬉しかったり。

 

 「あら……大十字さん? あまりお酒が進んでいませんわね?」

 

 「え……そ、そう……でしょうか?」

 

 こうして強制的にお酌をさせられている状況で、飲むも何も無いんですけど……そこのところどうでしょうか?

 

 「そう……大十字さんは、わたくしのお酒なんて飲めないと仰るのですね……」

 

 「……私、何も言ってないんですけど」

 

 駄目だよこの人、誰か何とかして……と思っていると、突然お嬢様が撓垂れ掛かってきた。

 

 「え、お、お嬢……様?」

 

 「ふふ……」

 

 嗜虐的(サディスティック)な笑みを浮かべ、私を見つめるお嬢様。

 互いに浴衣姿なので、密着したお嬢様の柔らかな感触や体温が伝わってくる。

 

 「え、あ、その……///」

 

 「……何をデレデレしておるか、汝は」

 

 「してないっ! と云うか見てないで助けなさいよ!」

 

 「―――大十字さん」

 

 「――――――っ!///」

 

 気付けば、お嬢様の顔が間近にあった。

 酔いで赤く火照った顔、潤んだ黒い瞳。

 普段のお嬢様からは考えられないくらい、艶めかしい表情だった。

 同姓のはずなのに、その色っぽさを至近距離で感じてしまったため、心臓が早鐘を打つのを止められない。

 

 「あ……えっと……その……っ///」

 

 お嬢様の手が、私の頬に添えられる。

 細くしなやかな指が頬を撫で、優しい快感を齎した。

 心臓の鼓動は煩いぐらいに高鳴り、私はどうにかなってしまいそうだった。

 

 お嬢様が甘い声で囁く。

 

 「大十字さんって、こうしてよく見ると……とても凛々しいお顔立ちをしてらっしゃるのね」

 

 「~~~~~~っっっ!///」

 

 多分、私の顔は真っ赤になっているだろう。

 頬を撫でていた指が唇へと移り、なだらかな曲線をなぞる。

 

 「本当に……素敵……」

 

 「お、お嬢様っ!?///」

 

 「こんなに素敵なんですもの……それに相応しい装いと云うものがありますわよね」

 

 「…………え?」

 

 厭な予感とか悪寒的なものが、全身を駆け巡った。

 ―――今すぐ逃げろ。

 私の中の何かが、そう警告を発する。

 

 「チアキ、ソーニャ、マコト」

 

 「「「はっ!」」」

 

 「大十字様を―――立派な紳士に仕立て上げなさい」

 

 「「「かしこまりましたっ!」」」

 

 「戦術的撤退(エスケープ)ッ!」

 

 宴会場の扉へと、脱兎の如く駆け出す……いや、駆け出したはずだった。

 ソーニャちゃんを置き去りにし、チアキさんを捌き、マコトさんをブレイクスルー。

 だがしかし、最後の障害である執事さん。

 私はあっさりと足を払われ、鮮やかにお姫様抱っこで捕獲されてしまった。

 

 ―――逃走失敗と云う結果。

 残るのは絶望のみである。

 

 「し、執事さんっ! あなたまでこんなぁぁぁ―――っ!」

 

 「大十字様……恨みはありませんが―――私はこの身の総てを覇道に捧げたのです。どうか、御覚悟を」

 

 「こ、殺しなさい! 男装なんて云う痴態を晒すぐらいなら、いっそ死なせてぇぇぇ! イヤアアアアァァァァァァァ!」

 

 「往生際が悪いなあ、九淨ちゃん。……大丈夫。きっと新しい世界が啓けるから」

 

 「大丈夫な感じが全くしないんですけどっ!? と云うかそんな世界啓きたくなんてないわよぉぉぉ! そして周りで観戦ムードなアンタ達! なんで誰一人私を助けようとかしてくれないワケ!?」

 

 

 

 

 

 回答例:その1。

 

 「えっ? ……だって、すっごく面白そうじゃない?」

 

 「どきどき」

 

 「「わくわく」」

 

 回答例:その2。

 

 「何故、我輩が宿敵である貴様をわざわざ助けねばならんのであるか?」

 

 「エルザはダーリンがオナベさんでも一向に気にしないロボ。むしろ捗るロボ」

 

 回答例:その3。

 

 「汝の人生だ、好きに生きろ」

 

 

 

 

 

 「アンタ等人間じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 「ふんっ。なぁにを今更」

 

 「ウィン様、そのまま降ろして下さい……よし、あんたらしっかり押さえててな」

 

 「はいはいはーい! 九淨さんゲットだぜーっ。とーうっ!」

 

 「……もっと小さければ……でもしょうがない。これも仕事」

 

 「いやぁぁぁぁぁぁ! 何で妙に楽しそうなのよ、メイドチームっ! あ、ちょっ! 重心押さえ込まれたら動けな……」

 

 「しっかし九淨ちゃん、肌綺麗やね~。どんなスキンケアしとるん?」

 

 「え、別に特別な事はなにも……って、そこはだめえええぇぇぇぇぇ!」

 

 「暴れない暴れないっ。どうせもう逃げ場はないんや、観念し」

 

 「いやああああああああ! やめてええええぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 「九淨も大変だな」

 

 (ゾクゾクッ……!)

 

 

 

 

 

 ―――小一時間後。

 

 「よしっ、完成~………………って」

 

 ((ぽかーん))

 

 「っ……こ、これは見事な」

 

 (お目目パチパチごしごしぱちくり)

 

 「…………」

 

 「ロボ~……///」

 

 (わなわなわなわなわな……っ)

 

 「……なん、だと」

 

 「ぐすんっ……うぅっ……」

 

 (((((((((か、完璧じゃないか……っ!)))))))))

 

 「やぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁああああん! かかか格好良ぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

 「ひゃあああっ!? い、いきなり奇声を上げるな!」

 

 「素敵っ! 素敵素敵なの素敵過ぎなの素敵過ぎてどうにかなっちゃいそうなのぉぉぉぉぉっ! 九淨ちゃん九淨ちゃん九淨ちゃんっ! 貴女はどれだけ私を(幸福の)絶頂ぉぉぉぉぉっ! ―――に追い込むつもりなの!? ああん! 駄目よ駄目駄目駄目ぇぇぇっっっ! ライカはっ! ライカはイってしまいますぅぅぅぅぅ! あぁっ! 神様――――――――――――っっっ!!」

 

 「「「うわあぁぁ、くじょー/九淨お姉ちゃん、カッコイイ……」」」(子ども特有の悪意のひとかけらも無い純真無垢な、されど残酷な感想)

 

 「人を置き去りにして全力疾走気味に盛り上がってんじゃないわよぉぉぉぉぉっっっ!」

 

 私は吠えた。

 この世の不幸、不条理、理不尽を呪って。

 痛切な思いを込めたあらん限りの声で。

 

 「あいつもこいつもそいつもどいつもっ! 仮にも女の私にこんな仕打ち……酷いわよ惨いわよ残酷よっ! 仕舞には枕に顔押し付けて声を押し殺して一晩中泣いてやるぅぅぅぅぅ! うえええぇぇぇぇぇん! こんな服なんかぁぁぁぁぁ!」

 

 涙目になりながら、服を脱ぎ捨てようとした私。

 そこへ、鋭い制止の声が飛んで来た。

 

 「お待ちなさいッッッ!」

 

 その声は意外な事に、いつも冷静な執事さんのものだった。

 

 「……ウィンフィールド、貴方」

 

 「失礼、皆様。ですが、どうやら大十字様は事の重大さを理解なされていないようで。―――大十字様! 貴女は今、一つの芸術の極致に至っているのです! その素晴らしい芸術を破壊しようなどとは……貴女にそこまでする権利がお有りか!?」

 

 「じゃあ聞くけど、アンタたちに私を辱める権利があるのっ!? てか執事さん、あなたもキャラ間違ってる!」

 

 「姿見を! 姿見を持てぃ!」

 

 執事さんの号令を聞いたメイドさんたちによって、大きな姿見が宴会場へと運び込まれた。

 それは真っ直ぐ私の目の前に運ばれ……って、人の話聞いてないわね。

 

 「うんうん。一度自分の姿を確認した方がええで、九淨ちゃん」

 

 にしし、と妙な感じで笑いながら、チアキさんが鏡に被せられた布を退けた。

 そして露になった鏡に映し出されたのは―――

 

 「………………」

 

 黒い上着にサイドストライプのスラックス、そして黒の蝶ネクタイ。

 紛う事なきタキシードに身を包んだ紳士だった。

 

 「………………」

 

 OK、まずは落ち着こう。

 目の前にあるのは鏡で、つまりそれに映っている紳士は私だ。

 

 「……………………」

 

 私……のはずなんだけど……誰よこの美形。

 私ってこんなに綺麗な顔してたっけ……いや、男装用の化粧なんだろうけど。

 

 「……………………」

 

 いやいや、待ちなさい九淨。

 これはあくまで男装の私が綺麗なだけであって、私が綺麗な訳じゃないのよ。

 

 「……………………………………」

 

 あれ? でも男装って云っても私は私よね? つまりは私が綺麗って事で……あれ?

 

 「……………………………………」

 

 嗚呼、でも。

 こんなに綺麗になれるなら、男装も、アリ、かも―――

 

 「……………………………………………………ぽっ///」

 

 「「「「「「「「「YAAAAAAAAAAAAAAAAAH!」」」」」」」」」

 

 気付けば、宴会場に大歓声が巻き起こっていた。

 

 (はっ! わ、私はいったい何を!?)

 

 「出過ぎた真似をしてしまい申し訳ありません、お嬢様」

 

 「良い、ウィンフィールド。覇道は、比類なき忠臣に恵まれた」

 

 「勿体無きお言葉」

 

 「い―――――――――やあああああああああああ!?」

 

 頬染めて何を考えてるのよ、私!?

 ……そ、そうよ、そうよね。きっと私も酔ってるのよ。

 さあ、九淨! そこのテーブルに頭を叩きつけて目を覚ますのよ―――全力で。

 

 「お、お姉ちゃん……ど、どうしちゃったの……?」

 

 「放っておいてやれ。それが彼奴のためだ」

 

 無駄だと分かっていても、この行動を止める気にはならなかった。

 

 「……瑠璃さんっ! あなたの偉業に、有りっ丈の神の祝福がありますように……っ!」

 

 「……ふふふっ」

 

 あっちはあっちで固い友情の握手を交しているみたいだ。

 嗚呼―――こんな歪んだ世界なんて、滅びちゃえば良いのに。

 

 「ダーリンダーリン! 素敵ロボ格好イイロボ美形ロボ~!」

 

 嬉しくない褒め言葉をドーモアリガトウ。

 

 「ふははは……くはははははははっ! 大十字九淨ッ! それでこそ、それでこそ我輩のライバルに相応しい! 女の身でありながら我輩と競い合う為、自らを堂々たる益荒男に仕立てるとは……このドクター・ウェスト、大いに感服したのである!」

 

 「誰が益荒男じゃボケェェェェェェェェェ!!」

 

 「ノ、ノオォォォォォォォォォ!?」

 

 ……ハァ。

 私は肩を落とし、一際大きな溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 酷く疲れた。

 さっきので丸一年分は疲労した気がする……主に精神的な面で。

 こういう時は、お風呂に浸かって疲れを癒そう。

 

 と云う事で私は宴会場を脱け出し、ホテルの露天風呂へと来ている。

 露天風呂はかなり大きく、まるでプールのような広さだ。

 湯煙で滲む月明かりが、中々と良い感じ。

 時間帯の所為か、他のお客さんもいなそうだ―――ちょっとした貸切状態。

 

 「まあ……これくらいの贅沢は良いわよね?」

 

 独り言ち、湯船に浸かる。

 少し熱めのお湯が、今の私には心地よい。

 

 「ふぅ…………」

 

 見上げた夜空は、都会の空では見ることの出来ない星々の輝きに彩られていた。

 少し遠くで打ち寄せる波が、優しい音色になって私の耳に届く。

 ここ最近の喧騒を忘れさせるような、ゆったりとした時間が流れる。

 

 「…………」

 

 そのままぼーっと時間を過ごしていると、不意に海からの潮風が吹き、湯煙を払った。

 

 「おや?」

 

 今まで湯煙で気付かなかったけど、どうやら先客がいたみたいだ。

 熱燗片手に私の方に視線を向けてきた女性……って!

 

 「ナイアさん!?」

 

 「これは偶然だね。九淨君も、休暇か何かかな?」

 

 あの古書店の店主、ナイアさん。

 こんなところで会うなんて凄い偶然だ。

 

 ナイアさんは私に気付くと、立ち上がって近寄ってきた。

 そのまま私の背中の方に回り込んで、後ろから抱き着いてくる。

 

 「えっ!? ちょ、ちょっとナイアさんっ!」

 

 「んー? どうしたんだい、九淨君?」

 

 「い、いきなり抱きつくのはどうかと?」

 

 「にゃはははは。そんな固い事言わないでよ、九淨君。君と僕との仲じゃないか。これは謂わば、裸の付き合いってヤツさ」

 

 そう言うとナイアさんは、ライカさんを超える―――と推測される―――豊満なバストを押し当ててきた。

 

 (い、いくらなんでもコレは……///)

 

 ナイアさんはとても美人だ。

 同姓の私から見ても、思わず見惚れてしまうくらい。

 そんな美人さんが裸で私に抱きついている……お風呂場とはいえ、一種異常な状態に、私は心臓が早鐘を打つのを止められない……って。

 

 (私、何か今日女の人にドキドキしっぱなしじゃないのよっ!///)

 

 ノーマルとか言い張っていた自分は、いったい何処へ行ったのだろう。

 

 「んー、()()()()()()()()もしてみるかい?」

 

 「―――!? な、ちょ、んっ、あぁっ!?///」

 

 ナイアさんは後ろから抱きついたまま、私のカラダを弄り始めた。

 胸から始まり、お臍をなぞり、そして下腹部を……。

 

 「な、ナイアさんっ! こ、こんなの……ダメぇ……っ!///」

 

 「―――九淨君。どうやら君に相応しい魔導書と、無事に巡り逢ったようだね」

 

 「――――――」

 

 唐突に、酷く唐突に。

 世界が冷たく凍えたような気がした。

 

 「それに、中々と()調()のようだ」

 

 無の静寂に停止する世界に、ナイアさんの艶やかな声だけが響く。

 

 「正直なところ、僕は驚いている。ミスカトニックを中退し、正規の魔術師にはなっていないはずの君が、真逆これほどとはね」

 

 「どう……いう……事?」

 

 「興味深い……いや、それ以上の対象ということさ。君の事が気になって気になって仕方がないんだ」

 

 顔だけを、どうにかナイアさんの方へと向ける。

 すると、ナイアさんの綺麗な瞳と目が合った。

 

 「そう。()()は……この上なく良い感じだ。正直、今すぐにでも“欲しい”くらいだ」

 

 綺麗―――な、深い瞳。

 どこまでも続く深淵のような……いや、それだけじゃない。

 そんな深淵さえも呑み込んでしまうような……異形じみた闇が揺蕩う瞳。

 

 何故だろう。

 酷く、現実感が薄らいでいる。

 

 「―――どうだい、九淨君。僕のモノにならないか? もちろん、タダでなんて言わないさ。君にも果ての無い快楽をあげよう」

 

 ナイアさんが私の下腹部を弄る度、私の口から短い嬌声が零れ落ちる。

 同時に、まるで熱に浮かされたかのように頭がぼんやりとしてきた。

 

 私、は―――

 

 

 

 

 

 駄目、だ。

 このまま溺れたら、二度と戻っては来れない。

 根拠はないけど……間違いない。

 

 搾り出した声に明確な怒気を乗せ、ナイアさんにぶつける。

 

 「……ナイア、さん……アンタは……」

 

 若干、殺気も混じっていたかもしれない。

 ナイアさんは苦笑しながら、私のカラダから手を離した。

 

 「ごめんごめん。冗談だから、そんなに怖い顔しないでくれよ……折角のカワイイ顔が台無しだ」

 

 「………………」

 

 「やれやれ、おふざけが過ぎたかな? ……いや、おふざけや冗談と云うのは違うかな? 君が気になって仕方ないっていうのは本当のことだから。でも今は、君をどうこうするつもりはないから安心してくれ」

 

 ―――今は、ね。

 立ち上がったナイアさんは、そんな呟きを残して去っていった。

 

 

 

 

 

 私は脱力し、ただ星空を見上げていた。

 先程の出来事で、根こそぎ消失した活力を回復するためだ。

 

 しばらくそうしていると、入り口から近寄ってくる人影が見えた。

 ナイアさんが戻ってきたのかと警戒するが、私はすぐに肩の力を抜いた。

 

 「む? これは……闇の残り香か? 九淨よ、これではヒト避けの結界になってしまうぞ?」

 

 露天風呂に入ってきたのはアルだった。

 湯に浸かり、私の隣までやってくる。

 

 「何だ、呆けた顔をしおって?」

 

 「……自分でも、良く分からないわ。何か、物の怪とでも戯れてた気分」

 

 「ふむ……汝も一端の魔術師だ。余り気を抜いていると、良くないものに憑かれてしまうぞ?」

 

 「ええ……」

 

 「まあ、これだけ風呂を妾等で独占出来ると考えれば悪くない。暫しの間、この闇の気配を利用させてもらうとしよう。―――2人で静かに風呂を堪能すると云うのも、良いとは思わんか?」

 

 「ん……そうね」

 

 私たちは、静かに夜空を見上げた。

 煌々とした月。一面に広がる星々の海。

 この広大な空の()、怪異が蠢いていると云うのは、とても信じられない。

 ―――さっきまで、その怪異に晒されていた私が言う事じゃないけど。

 

 しばしそんな風にしていると、アルが口を開いた。

 

 「しかし……妙なものだ」

 

 「んー……? 何がよ?」

 

 「妾と汝の事だ。魔導書とその所有者が、揃って風呂に浸かって、夜空をぼーっと見上げておるのだぞ?何処の世界にそんな珍妙な魔導書と所有者が居ようか」

 

 「ふふっ……確かにそうね。まあ、一つ言わせてもらえば、妙なのはあなたの存在だけど」

 

 「ふん、言うではないか。しかし、妙なのは汝も同じぞ。妾は千年を生き、多くの者達と共に戦ってきたが……汝のような者は初めてだ。妾は魔導書であり、所有者は妾を書として扱う―――それが当然だ」

 

 「少なくとも、人を巻き込んで、無理矢理魔術師にした奴の言うことじゃないわね」

 

 「ふっ……そうさな。不思議な事に、どうも汝に関しては、最初から感情的なのだ。普通ならば、妾等は互いを利用し合うだけの関係だと云うのに。これではまるで……」

 

 「うーん……友人、って云うのはちょっと違うか……なら、戦友ってトコかしら?」

 

 私の言葉にアルの表情が華やいだ。

 まるで花が咲いたかのような、晴れやかな笑顔。

 

 「戦友……か。うむ。悪くない響きだ」

 

 今までアルが見せた表情()の中で、一番の(表情)

 私は、私の心が、その笑顔に強く惹きつけられるのを感じた。

 

 「……む。何をじろじろ見ておる」

 

 「え……ぁ」

 

 いつの間にか、アルの顔をまじまじと見つめていた。

 そんな私に、アルは訝しげな視線を返している。

 

 「さては、妾に欲情しおったな。この変態め。……そういえば、小娘に言い寄られた時もデレデレとしておったな? ……やはり汝は、生粋の同性愛指向者であったか」

 

 「ちっが――――――うっっっ!」

 

 夜の静寂に、私の叫びが響き渡る。

 ……そんな感じで、インスマウスの夜は更けていった。




まあ、R―15だしこれくらいは……大丈夫?

男装に関しては、皆は格好良いと思っていますが、九淨さん本人はどちらかと云うと綺麗さに目がいってます。
色々とノーマルをやめる一歩手前。
まだ見ぬ世界へ 続いていく TO THE HOLY NEW WORLD的な?

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