ある少女の斬魔大聖   作:アイオン

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活動報告にも書いた通り、前話から一週間以上間隔が開いてしまい申し訳ありません。
そしてさらに、中途半端な切り方で申し訳ない。


THE INVADERS
第25話


 此処は祭壇にして玉座。

 

 玉座に腰掛けるマスターテリオンと、側に付き従うエセルドレーダの二人きり。

 腰巾着(アウグストゥス)の姿もなく、時折松明の灯りが揺らめき、影の中で蠢く怪異の姿が垣間見えるだけであった。

 

 己が主の持つグラスにワインを注ぎながら、エセルドレーダは告げた。

 

 「マスター。どうやらアル・アジフは、順調に記述を取り戻しつつあるようです」

 

 「そうか。そうでなくてはな、大十字九淨」

 

 マスターテリオンは艶美な笑みを浮かべ、ワインを呷った。

 赤い、朱い、紅い液体。

 血のように紅いノワールを嚥下する。

 

 「……難易度を上げるには良い頃合か。そろそろ彼らを動かすとしよう」

 

 「マスター、愉しそうですね」

 

 エセルドレーダは微笑を浮かべ、空になった主のグラスにワインを注ぎ足した。

 

 「そうさな、エセルドレーダ。余は愉しい、愉しいぞ。()は―――()の存在だけは、この無限の退廃の中で、唯一余を愉しませてくれる。それに―――」

 

 パリィン! と、マスターテリオンが手に持っていたグラスが砕け散る。

 注がれていたワインが飛び散り、彼の術衣を濡らし、汚してゆく―――が、気にも留めない。

 マスターテリオンは、血のような紅に濡れた(塗れた)己の掌を見遣り、愉悦の表情を浮かべた。

 

 「此度の()が全てを知った時、一体どんな貌を魅せてくれるのか……愉しみで仕方がない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血に染まったような、赤い空。

 喪服に身を包んだ人々のすすり泣く声が、周囲を満たす。

 

 その中に、一人の少女がいた。

 永遠の眠りに就く二人を

            冷たい土の中に埋められる棺桶を

                           最後まで見届けている。

 

 少女の瞳に、涙は浮かんでいなかった。

 目を背ける事なく、最後まで見送るその姿は、気高さすら感じさせる。

 

 ……日が沈み往く。

 人々は墓地を後にし、少女だけが独り、宵闇に残された。

 誰にも見られる/知られる事のない、孤独の宵闇。

 その中で、少女は泣き崩れた。

 墓の下で眠る二人―――少女の両親―――に縋り付くよう、墓石にしがみつき、泣きじゃくる。

 涙は止処なく、届かぬ想いとなって流れてゆく。

 

 ―――孤独なはずのその場所に、少女以外の人影があった。

 哭く少女の背後に立つ老人。

 真っ赤に泣き腫らした瞳のまま、少女は振り返る。

 音も無く立っていた老人は、少女の祖父であった。

 

 皺だらけのその顔に、深い悲哀を隠した、少女だけが知る祖父の姿。

 沈痛な面持ちそのままに、祖父は口を開いた。

 

 ―――済まない。

 

 それは、少女への謝罪であった。

 

 ―――識っていたことなのに。

 

 ―――判っていたはずなのに。

 

 深い後悔と共に吐き出したその言葉。

 少女には、祖父が謝罪する理由が分からない。

 同時に……それがとても哀しかった。

 

 少女は祖父に、あることを訊ねた。

 問い―――否、呪詛と呼ぶべきだろうか。

 

 残酷で、理不尽で、救いの無い、そんな世界への憎悪。

 そんな世界(セカイ)が嘲笑う、無力な憎悪。

 祖父はそれを受け止めた。

 

 そのときの祖父の答えを―――少女は、今も、憶えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「では、大十字さん。少々お待ち下さい」

 

 「ええ、分かったわ」

 

 応接間を退室していくメイドさんを見送り、私は出された紅茶に口を付けた。

 隣に座るアルは、お茶請けのクッキーを口いっぱいに頬張っている。

 

 「んぐんぐ……ごきゅん。結局、謝りに来るとはな」

 

 「アルは気乗りしないかもしれないけど、私にとっては必要なコトなのよ」

 

 「……まあ、汝の思う様にやれば良い」

 

 ―――心做しか、昨日までとは違って態度が柔らかく感じる。

 

 「え……ええ、そうするわ」

 

 少し疑問が湧くが、とりあえずそれは端っこに置いておこう。

 今重要なのは、お嬢様への謝罪だ。

 

 (……何て言って謝れば良いのかしら)

 

 まだ本人が現れる前だっていうのに、酷く緊張している。

 心臓はバクバクいってるし、胃もキリキリと痛む。

 喉の渇きに襲われ、カップの中の紅茶を一気に飲み干す。

 

 「少しは落ち着かんか、九淨」

 

 「うっ……」

 

 そわそわと落ち着かない様子が目に付くのか、アルに冷ややかな目で突っ込まれてしまった。

 

 (……いけないいけない)

 

 アルの言う通り落ち着こう。

 大きく深呼吸、深呼吸、深呼吸……。

 

 バクンバクン、バクンバクン。

 

 ―――駄目っぽい。

 

 

 

 

 

 寝室の扉をノックする音に、瑠璃の思考は中断された。

 感情の込めない、事務的な声で返事をする。

 

 「何事ですか?」

 

 「お嬢様、お休み中のところを申し訳ございません。大十字様とアル・アジフ様が面会を求めておられますが……」

 

 「……わたくしは疲れています。お二人にはお引取り願って」

 

 「かしこまりました。そのように伝えておきます……それでは失礼します」

 

 足音と共に、ウィンフィールドの気配が遠ざかって行った。

 

 静かに溜息をつき、フォトフレームを手に取る。

 瑠璃がまだ四、五歳の頃の写真だ。

 自分を中心に、両親、そして敬愛する祖父が優しく微笑んでいる。

 

 (わたくしは知らなかった)

 

 何の疑いもなく、幸福だと信じていたあの頃。

 だが、その陰には理不尽なる邪悪が潜み、両親も祖父もそれと戦っていたのだ。

 自分が生まれる以前から、人知れず、ずっと―――。

 

 (今のわたくしに、このときのお爺様達のような強さがあるのだろうか? 理不尽に屈せず、正義を貫き、戦い続けることが出来るだろうか?)

 

 在りし日を追想し、瑠璃は自問する。

 

 

 

 

 

 緊張の中、待つこと数分。

 数回のノックの音が聞こえてきた。

 

 (―――き、来た!)

 

 緊張はピークに達し、ピシリと固まる。

 ゆっくりと扉が開かれ―――

 

 「失礼します……お待たせしました、大十字様」

 

 入ってきたのは、執事さんだけだった。

 

 「申し訳ありません。瑠璃お嬢様はお休みになられるとの事で、日を改めて頂きたいと」

 

 頭を下げる執事さん。

 それを聞いた途端、私は全身の力が抜け、ソファーからずり落ちてしまった。

 

 「やれやれ……気負い過ぎだ」

 

 (これって避けられてるわよね……。まあ、当然といえば当然なんだけど)

 

 何にせよ、今日のところは大人しく引き下がるべきだろう。

 

 「……分かりました。今日は突然すいません。今度はお嬢様の都合の良い時に来ますので、よろしく伝えてください」

 

 頭を下げ、立ち上がろうとしたところで、執事さんは告げた。

 

 「大十字様、どうかお気に病まないで下さい」

 

 「えっ?」

 

 「瑠璃お嬢様は大旦那様の事になると、少々神経質になる嫌いがございまして。私は大十字様のことを評価しております。魔導書の捜索にデモンベイン。決して、伊達や酔狂で身を投じられるものではありませんから」

 

 「えっと、その……」

 

 意外なフォローの手に、戸惑ってしまう。

 そんな私を見て、執事さんは優しい微笑みを浮かべた。

 

 「折角いらっしゃったことですし……どうでしょう。一つ、私の無駄話にお付き合い戴けますか? 無論、お時間がよろしければ、ですが」

 

 「……そういうことなら。ねえ、アル?」

 

 「新しい茶と菓子を用意して貰えるなら、構わんぞ」

 

 私とアルは浮かせていた腰を降ろし、ソファーへと座りなおした。

 

 執事さんは新しいお茶請けと紅茶をもってきてくれた。

 私とアル、最後に自分のティーカップに紅茶を注ぎ、向かい側のソファーに腰掛ける。

 それから、ゆっくりと話し始めた。

 

 「お嬢様にとって、大旦那様は特別な存在でした」

 

 

 

 

 

 覇道鋼造は特別であった。

 人間という枠で括る事を躊躇うような存在―――超人といっても過言ではないだろう。

 一代にして財閥を築き上げ、世界屈指の規模へと急成長させたことからも、彼の“力”の一端を知ることが出来る。

 当時において愚考としか思えない投資や、幾度かあった経済恐慌。

 それらを全て成功させ、乗り切る先見の明。

 未来予知にも等しいそれによって、彼は魔術師ではないかとまで噂された。

 

 覇道瑠璃は、そんな人物を祖父に持つ。

 

 覇道鋼造は財閥総帥の座を息子の兼定に譲った後、孫の養育に力を注いだ。

 それは正に、心血を注ぐという表現が適切であろう熱心さであった。

 ―――来るべき時の為、自らの総てを託そうとしているような。

 

 覇道鋼造の教育は厳しいものだったが、瑠璃はそれを苦痛に感じた事はない。

 なぜならそこには、紛れもない祖父の愛情が込められていたからである。

 更には祖父の教える学問、知識、知恵。それらは瑠璃にとって何もかも新鮮であり、自分の知らない世界が啓けてゆくようで、純粋に楽しかったということもあった。

 

 教育から離れた覇道鋼造は―――孫バカだった。

 それはもう、瑠璃の両親が呆れるくらいに。

 

 長く、密度の濃い時間を共に過ごしたからなのか……いつしか瑠璃は、祖父の覇道としての顔と、孫バカな好々爺としての顔の裏に隠れた、深い苦悩の顔に気付くようになる。

 

 例えば、ブラックロッジが引き起こした事件をニュースで見たとき。

 例えば、父と接するとき。

 険しい/後ろめたい表情を浮かべた祖父。

 何故そんな悲壮な顔をするのか、何故そんな謝罪を乞うような悲哀を浮かべるのか、瑠璃には分からなかった。

 ただ、一つだけ。

 祖父が闘っていたのはブラックロッジという組織ではなく、“運命”や“絶望”といった、想像の及ばぬ途方も無く強大な何かである事。

 それらと、人生を賭してまで闘っていた―――否。

 ()()()()()()()()()()()()事。

 それだけは、理解できた。

 

 それに気付いた瑠璃は、泣いてしまった。

 いつも強く、大きく見えた祖父が、心も体も傷だらけでボロボロな、磨り減った老人に見えたから。

 

 突然泣き出した瑠璃に周囲は戸惑うが、祖父だけは違った。

 声を上げて泣く瑠璃を、静かに抱き締めていた。

 ―――祖父だけは、何故瑠璃が涙したかを知っていたのだ。

 

 暫くして瑠璃が落ち着くと、祖父は彼女の瞳を見つめて告げた。

 

 「瑠璃……私は、自らの人生を辛く苦しいものだと考えた事はないよ。何故なら、私の人生にはみんなが居てくれたからだ。そして私の人生の先に、お前達の―――人々の未来があるからだ。私はお前達の存在に支えられ、今、此処に立つことが出来る。私はお前達の未来に導かれ、前へ、進む事が出来る。だから―――私は戦える。私の負ったこの痛みを、愛しく、掛け替えのないものだと思うことが出来る」

 

 祖父はそこで一度言葉を切り、こう言った。

 

 「私は―――幸福だ」

 

 

 

 

 

 「お爺様……」

 

 

 

 

 

 「ふむ、なるほど。偉大すぎる祖父を持ったが故……か。確かに、あの性格や情緒の不安定さを見れば、劣等感に苛まれ続けたことは容易に見て取れるな」

 

 「……アル、あなた随分と攻撃的ね」

 

 「ええ……ですが、瑠璃お嬢様が大旦那様を特別視されているのには、もう一つ大きな理由があるのです。お嬢様が、何故あれほどの若さにして覇道財閥総帥の座に就いているのか。大十字様なら、思い当たるのではないでしょうか?」

 

 「え? ……あっ、そっか。そういうことだったのね」

 

 「む? 知らぬのは妾だけか」

 

 先代の覇道財閥総帥……つまりお嬢様の父親だけど、この人は奥様共々既に他界されている。

 ―――ブラックロッジのテロによって。

 かなりの大事件であり、ブラックロッジの悪名を全世界に轟かせた事件でもある。

 さらこの事件では、ブラックロッジの幹部―――魔術師達が動いたとも噂されている。

 

 「つまり初代総帥である覇道鋼造が、お嬢様唯一の肉親だったワケね」

 

 「はい。その通りでございます。ですから、瑠璃お嬢様が大旦那様の事で躍起になられるのも無理はない事……大十字様、アル・アジフ様。どうか許しては戴けないでしょうか?」

 

 (……そう言われても)

 

 許してもらうのは言うまでもなく私たちの方であり、逆に謝られても困ってしまう。

 アルも、微妙な表情を浮かべて押し黙ってしまった。

 

 「…………」

 

 

 

 

 

 両親の死。

 それは、ただひたすら幸福だった日々に、前触れもなくやってきた理不尽だった。

 

 ある事業の開業式典。

 式典の参加者であった、覇道財閥総帥及び夫人襲撃事件。

 それは、白昼堂々行われた凄惨な犯行であった。

 標的であった覇道財閥総帥及び夫人は当然のこと、出席していた各企業の重役、現場の警備員、スタッフ、新聞記者、偶々近くに居た一般市民まで。一切の区別なく、惨殺死体と成り果てていた。

 通報を受け、駆けつけた治安警察隊の目に飛び込んで来たのは……死体の山。

 目を覆う惨状は、犯人グループ―――ブラックロッジが、殺しを愉しんでいた事を証明していた。

 

 眼下に海を臨む、高台の墓地。

 瑠璃は両親の骸の前で、呆然と立ち尽くしていた。

 顔だけを外に晒し―――身体の方は、見るに耐えない有様らしい。特に母の方は―――柩の中で眠りに就いている父と母。

 彼らを見た瑠璃は、感情が凍りついてしまった―――少女であった彼女にとって自己防衛であり、ある意味当然とも言える。

 

 耐え難い悲しみ(脅威)から心身を守るべく、感情の凍結()で身を固めるのだ。

 

 涙を見せぬ瑠璃の姿は、周囲の人々からは気高く、覇道の人間足り得る存在として見えていた。

 

 血に染まったような、赤い空。

 喪服に身を包んだ人々のすすり泣く声が、周囲を満たす。

 

 (……あのときと、同じ)

 

 確かあのときも、今日のような赤い空だった。

 

 (……あの日以来、夕陽が好きではなくなった)

 

 夕陽の色は、血のような赤色。

 人の―――両親の死を想起させる紅色。

 

 陽が沈んだにも関わらず、未だ紅色に染まる空。

 夕暮、黄昏、逢魔ヶ時。

 

 ―――突然の衝撃。

 覇道邸全体を揺るがす程のそれに、瑠璃の思考は中断された。

 

 「い、いったい何事ですの……!?」

 

 状況確認の為に連絡を取るべく、サイドテーブルに置かれた受話器を手に取る……が。

 同時に、覇道邸全体の電気が落ちた。

 はっとして耳に当てた受話器は、何の音も伝えてこない―――回線が切れているのだ。

 

 ―――孤立。

 

 自らの置かれた状況を把握した瑠璃は、愕然となった。

 

 

 

 

 

 「どうしました! 何事です!?」

 

 突然の衝撃に、執事さんは素早く立ち上がり、部屋に備え付けられた受話器を手に取り叫ぶ。

 

 私は厭な予感―――爆音や銃声の轟きが聞こえてくる中で、厭な予感も何も無いが―――を感じた。

 喩えるなら……昏い闇の気配。

 

 アルの方を向くと、険しい表情で私を見つめている。

 どうやら、アルも私と同じものを感じているようだ。

 

 しばらくして執事さんは何度か頷き、受話器を置いて私たちの方へ向き直った。

 その表情は険しく、いつもの冷静沈着な執事さんからは考えられない、焦りの表情を浮かべている。

 

 「緊急事態です。敵の数、正体は不明ですが……何者かがこの邸宅の警備を突破し、襲撃してきた模様です」

 

 「ええ、そうみたいね……しかも、かなり危険な感じよ」

 

 「おそらく、ブラックロッジであろう。急ぐべきだな」

 

 「更に悪いことに、現在瑠璃お嬢様と連絡が取れません」

 

 「―――――!」

 

 かなり拙い状況らしい。

 私はアルに目配せし、素早くマギウス・スタイルへと変身した。

 

 「執事さん、案内を!」

 

 手で押し開ける時間も惜しく、応接間の扉を蹴り飛ばす。

 私達は、廊下へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 長い廊下を疾走する私達三人。

 

 周囲は、死屍累々の有様だった。

 左右に分かれた死体、上下二つに分かれた死体、五体を切断されている死体、細切れにされた死体……すべての死体が、鋭利な刃物で斬られたかのように滑らかな傷口を晒していた。

 さらには、床に散らばった弾丸までもが綺麗に両断されている。

 

 「九淨!」

 

 アルの声に意識を前方に戻す、と同時に黒い人影が、私達の進路に立ち塞がった。

 

 長い黒髪に黒装束、2本の刀を腰に差した浪人風の男。

 現代では、映像の中でしかお目にかからないであろう武士()

 マスターテリオンほどではないものの、尋常ではない気を発している。

 “静”という言葉を体現したかのような佇まいは、一分の隙も見当たらない。

 迂闊に仕掛けようものなら、逆にこちらが一刀の下両断されてしまいそうだ。

 

 「お主か、彼の“死霊秘法”に選ばれた妖術師は」

 

 「そういうアンタは、気狂いテロリスト(ブラックロッジ)のクソ野郎で間違いないわよね?」

 

 「女子にしては随分なご挨拶だが―――如何にも。拙者はティトゥス。黒き聖域(ブラックロッジ)の信徒にして逆十字(アンチクロス)の末席に名を連ねる者也」

 

 侍―――ティトゥスの話に、私と執事さんは戦慄を覚えた。

 アンチクロス。

 マスターテリオンに従い、大幹部としてブラックロッジを束ねる……魔術師共!

 

 (コイツが“七つの頭”の1人だっていうの!?)

 

 「確かに……汝の昏く、忌まわしいその気配は、魔術師のものに相違無い」

 

 アルがティトゥスの言葉を裏付ける。

 厭な予感の正体は、コイツということだろうか。

 

 「わざわざ大幹部様が陣頭指揮とはね! 他の戦闘員達は何処に行ったのかしら!?」

 

 「手勢など、初めからおらぬ。我等は単独での任務遂行が可能故に」

 

 「……つまり、この惨状は全部、アンタ1人の仕業ってワケ!」

 

 一見、そんな馬鹿なと思うかもしれないけど……これが、魔術師の力なのだ。

 なまじ魔術を扱えるようになった私には、それが理解出来る―――相手の力量も。

 

 しかし、ティトゥスは首を横に振った。

 

 「手勢はおらぬが、連れが1人。……今頃は、覇道瑠璃を抑えているところだな」

 

 「!? クッ―――!」

 

 「奴は敵を弄ぶ下衆な趣味嗜好の持ち主故―――諦めろ、手遅れだ」

 

 (ッ! こんなトコで油売ってる場合じゃないわね)

 

 ティトゥスを倒し、一刻も早くお嬢様を助けに行かなければならない。

 ……けど、ティトゥスは逆十字の1人であり、苦戦を強いられるのは目に見えている。

 それでは、どう考えても間に合わない。

 

 (どうする!? どうすれば良い!?)

 

 「さあ、相手をしてもらおうか“死霊秘法”の主。この身を蝕む渇望を満たし、究極の決闘の先にある至高の輝きを、拙者に見せてみろ」

 

 ティトゥスは腰を落とし、刀の柄に手を添えた。

 立合―――居合いである。

 

 (やるしかない……か)

 

 ティトゥスの瞳―――闘争本能に満ち満ちた、猛禽類のような眼光―――に、私は、戦闘を避けることは出来ないと確信する。

 覚悟を決め、身構えた……そのとき。

 執事さんが、私の一歩前へと進み出た。

 

 「執事……さん?」

 

 「大十字様、時間がございません。この場は私に任せ、瑠璃お嬢様の下へお急ぎを」

 

 ……トンデモナイコトを言い出す執事さん。

 

 「な、何言ってるのよ執事さん!? 相手は正真正銘の魔術師! あなたがどうこう出来る相手じゃないわ!」

 

 「左様。弱者の血で決闘を穢すのは好まぬ。疾く、去ね」

 

 ティトゥスは鋭い眼光と共に、強烈な殺気を執事さんに放つ。

 常人ならばそれだけで動けなくなるモノであった……が。

 

 「――――――フッ」

 

 執事さんは涼しい顔で、殺気を真正面から受け止めた。

 ネクタイをゆるめながら、不敵な笑みさえ浮かべている。

 

 「大十字様。覇道財閥の総帥であられるお嬢様が、SPの1人も連れずに外出できる理由を考えた事はお有りでしょうか?」

 

 「えっ?」

 

 「超人へと至る道は、魔術師だけではございません。芸術の域まで鍛え上げた戦闘技術―――弱者と侮ったこの自惚れ屋に、確と教授してみせましょう」

 

 「で、でも……」

 

 猶もためらう私の耳を、アルが引っ張り言う。

 

 「九淨、時間がない。この場は執事に任せるのだ。それに……意外とやるやも知れぬぞ?」

 

 アルの言葉に執事さんは頷いた。

 

 「瑠璃お嬢様の部屋は、この先を真っ直ぐ行ったところです。……お嬢様を、よろしくお願いします」

 

 「分かったわ……死なないでよ、執事さん!」

 

 私は瞬間的にマギウス・ウィングを広げ、身構えたティトゥスの横を、一瞬で駈け抜けた。

 僅かに遅れ、ティトゥスの制止する声が聞こえてくるが、そんなものは無視する。

 

 (―――待っていて、お嬢様っ!)

 

 

 

 

 

 「拙者を愚弄する気か、待てッ!」

 

 背を向け遠ざかる九淨を、ティトゥスは追いかけようとする……が。

 

 「待つのは貴方の方です。貴方の相手は、この私だと言ったはずですが?」

 

 ウィンフィールドは凄まじい速度で先回りし、ティトゥスの前に立ちはだかった。

 

 「――――――――――疾ッ!」

 

 音速の抜き打ち。

 常人ならば抜刀を視認することすら敵わず、なす術なく両断されるであろう神業であった。

 

 そう。

 ()()()()()

 

 迫る一撃を、しかしウィンフィールドはスウェーバックで躱す。

 首を狩り取るはずだった侍の一閃は、鼻先を僅かに掠めるに留まった。

 

 「成程成程……確かに恐るべき速度ですな。しかし―――見切れぬ程でもない」

 

 「お主……」

 

 確実に命を狩るつもりで放った斬撃を、見事に躱された。

 それを見てティトゥスは、ウィンフィールドを敵に値すると認識。

 後方へと跳び、刀を鞘に収める―――再び居合いの体勢。

 

 「久々に……熱くなれそうですね」

 

 ウィンフィールドの顔には普段の彼からは程遠い、血気盛んな笑みが浮かんでいた。

 指を鳴らしながら、軽く握り拳を作る。

 そして、軽快なステップを踏み始めた。

 

 「……拳闘(ボクシング)とか申すこの国の遊戯か。寸鉄帯びぬ身で拙者と渡り合うつもりとは―――愚かな」

 

 「如何にもその通り。私は何も身につけてはおりません。ですが―――()()()()()()()()()()()がどれほど危険な存在か……お解りですかな?」

 

 「くだらぬ遊戯に付き合うつもりは無い。滅せよ」

 

 ティトゥスの神速の抜刀

 ―――を上回る速度で、ウィンフィールドの姿が消失した。

 第六感が警鐘を鳴らす。

 ティトゥスは第六感に従い、抜刀するべく動いていた身体を、無理矢理捩った。

 刹那、視界に血飛沫が舞う。

 

 「ヌゥ―――!?」

 

 深く裂けた頬。

 そこから血が流れている。

 

 眼前には、右拳を突き出し静止するウィンフィールド。

 

 「ほう? 今の攻撃を躱すとは……流石は逆十字、と言っておきましょう」

 

 「グッ―――!」

 

 「しかし、本番はこれからです。ボクシングこそは、人類が永き歳月をかけて創り上げてきた至高の芸術。それをくだらぬ遊戯と罵るならば……鍛え上げた我が拳にて、美技の数々、その身に教えて差し上げましょう! ミスター・ブシドー!」

 

 

 

 

 

 瑠璃は自分の部屋から動けずにいた。

 得体の知れない恐怖のせいか、膝は完全に笑っており、体が言うことを聞かないのである。

 

 銃声と爆音が近づいてくる。

 警備兵の怒号、絶叫、断末魔が、瑠璃の恐怖心を煽っていく。

 近づく脅威を、ただ待つことしか出来ず―――それらの音が、部屋の前で、止んだ。

 

 ギィィ……と、不気味な音を立てて、扉が開かれる。

 途端、吐き気を催すほどの血の臭気が、部屋の中に侵入してきた。

 気が遠くなりながらも、咄嗟に口と鼻を手で蓋う。

 

 ぴちゃん……ぴちゃん……と、ナニカの液体が滴る音が聞こえてくる。

 そして―――

 

 「うふふふ。おこんばんわっ、瑠璃お嬢ちゃま~ん♪」

 

 仮面をつけた道化師が現れた。

 道化師と言っても、瑠璃は笑えない―――その道化師は、全身に滴るほどの返り血を浴びていたからだ。

 道化師はローブに包まれた肥満気味の巨体を揺らし、部屋の中に踏み込んでくる。

 

 「い、いったい何者ですっ!?」

 

 震える体と溢れ出そうになる涙を必死に押さえ、瑠璃は侵入者を問い質す。

 毅然とした態度を取り繕い、覇道の総帥であり続けようとした瑠璃。

 だがそんな姿は、道化師を悦ばせるだけだった。

 

 「イイ、イイわよ、凄ぉくイイわぁぁんっ! 健気で素敵よ、瑠璃ちゃあん☆」

 

 道化師が口を開く度、汚物の如き臭気が吐き出される。

 

 「はじめまして、瑠璃お嬢ちゃま♪アタシの名前はティベリウス―――ブラックロッジのアンチクロスが1、ティベリウスちゃんよん。ヨロシクねぇん☆」

 

 「アンチ……クロス……!」

 

 「今日はね、大導師様の御命令で瑠璃ちゃんの命をもらいにきたんだけど……こぉぉぉぉんな可愛い瑠璃お嬢ちゃんを殺すだなんて、勿体無さ過ぎるじゃなぁい?だからね、大導師様にお願いしたのよん」

 

 じゅるっと、仮面の下から舌なめずりの音が響く。

 

 「そしたらね、ウチのボスったら太っ腹でね、お許しが出たのよ!」

 

 何か身の毛もよだつ感覚に襲われ、瑠璃は身を硬くした。

 

 「瑠璃お嬢ちゃんをアタシの玩具にしても良いって! うっれしいわぁん! こぉぉぉんなに可愛くて、綺麗で、美味しそうな娘を好き放題できるなんて! お陰でアタシ、今日は朝から股座がいきり勃ってしょうがないのよぉ!」

 

 「ひっ……!」

 

 恐怖に震える足で躓きそうになりながらも、瑠璃は机に近づき、抽斗の中から護身用の拳銃を手に取った。

 銃口をティベリウスへ向ける……が。

 

 「あらあらぁん? 手が震えてるわよん?」

 

 手も、指先も、自分のモノではないかのようにカタカタと震え、照準が定まらない。

 

 「お、お黙りなさい! それ以上、一歩でもこちらに近づいてみなさい……本気で撃ちますわよ!」

 

 「うぅん♪ イイわぁ! ソソるわぁん! ……そう言えば、アナタのママもそんな感じだったわぁん☆ やっぱり母娘ってことかしらぁん?」

 

 ―――瑠璃は思わず停止した。

 若干の時間をかけ、ゆっくりと再起動し、その言葉の意味を理解する。

 

 震える声で、道化師を問い質した。

 

 「い、今……なん、と?」

 

 「アナタのママは美味しく頂いちゃいましたってハ・ナ・シ☆ って言っても、犯る前に舌噛み切って死んじゃったから、死姦なんだけどね。てへ☆」

 

 その言葉に気を失いそうになるが、瑠璃は、ティベリウスへの激しい憎悪によって意識を保った。

 

 「そうそう! その時のプレイは、アナタのパパにも見てもらったのよっ! まあ、下半身が無かったから3Pは出来なかったけどねぇ♪」

 

 「げ、外道……っ!」

 

 「そんなわけでアナタのママにしたプレイ、瑠璃お嬢ちゃまにも手取り足取り腰取り、じっくりねっとりたっぷりと、教えてあげるわぁ♪」

 

 ティベリウスは両腕を広げ、瑠璃へと近付く。

 同時に、瑠璃は一歩後退した。

 

 「あらぁん? 撃たないのぉ?」

 

 「だ、黙りなさいっ……!」

 

 「早く撃たないと、早く殺さないと……アタシに犯られちゃうわよん?」

 

 一歩近付くティベリウス。

 一歩後退する瑠璃。

 それを繰り返し……部屋の隅へと追い詰められるのに、時間は掛からなかった。

 

 「グッチャグチャのネッチョネチョに犯されて、アタシの玩具にされちゃうのよぉん?」

 

 「あ……あああ……ぅあああああッ!」

 

 ティベリウスの言葉に己のおぞましい末路を幻視した瑠璃は、瞼をきつく閉じ、引き金を引こうとする……が。

 衝撃と共に、拳銃は手から弾き飛ばされてしまった。

 目を開けた瑠璃が見たのは、鋭い鉤爪。

 あの鉤爪に、拳銃は弾かれたのだ。

 

 「殺せるときに殺せないなんて……とんだ甘ちゃんねぇ。まあイイわ。これから瑠璃お嬢ちゃんに、特別授業よん☆ 内容は、敵に捕まった女の末路―――なんてどうかしらぁ♪」

 

 喜色と共に、ティベリウスは鉤爪で瑠璃のドレスを胸元から一気に引き裂いた。

 可愛らしい下着と白い肌が露になる。

 

 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 「うーん! そうよそうよその悲鳴! そうでなくっちゃ! 嫌がる娘を無理矢理手篭めにする……何回ヤッてもサイコーよぉん!」

 

 ティベリウスは悲鳴を上げる瑠璃を突き飛ばし、床へと転がした。

 その上から覆い被さり、死に物狂いで暴れる彼女の体を組み敷く。

 

 仮面の顔が、瑠璃に近付いてくる。

 ポタっと、小さなナニカが、瑠璃の頬へと落ちてきた。

 蠢き、のたうち、這い回る。

 ―――蛆虫(マゴット)

 

 怖気と共に仮面を見やれば、何匹もの蛆が付着し、表面に蠢いていた。

 ―――最早正気ではいられない。

 涙は溢れ出し、張り裂けんばかりの悲鳴を上げる。

 

 その姿は、覇道財閥総帥ではなく、必死に抵抗しようとするただの少女であった。




※出された紅茶
アメリカだしコーヒーの方が良いんじゃね?と思われるでしょうが、要は何かしら飲み物を飲んでいれば良いので、何となく紅茶にしました。
別にコーヒーの一杯、紅茶の一杯で重要な分岐が起きるわけでもないので、あまり気にしないでください。

※兼定
斬魔or咆哮では、厳密に環の中での瑠璃の両親が、父:兼定 母:エイダさん と言明されてはいないのですが、この話の中ではそういう事にさせていただきますのでご了承ください。

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