ある少女の斬魔大聖   作:アイオン

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第2話

コンコン

 

 「ん……ぅ……」

 

 ドアをノックする乾いた音に起こされた。

 なんでチャイム鳴らさないのかしら? と一瞬首を傾げたが、すぐに理由へと辿り着く。

 

 (そういえば昨日、電気とかその他諸々止められたんだっけ……)

 

 思わずゲンナリしてしまった。

 

 コンコン

 

 「と、はいはいーただいま~」

 

 少し苛立たしげなノックに急かされ、私は錠を外してドアを開けた。

 

 「こちらが大十字九淨様の事務所ですね」

 

 ドアを開けた私の前に、スーツ姿の男性が立っていた。

 

 折り目の入った黒いスーツを着こなし、一分の隙も無い完璧な立ち居振る舞いを見せる彼の姿は上品で優雅だ。

 真っ直ぐ背筋を伸ばした、スラッとした痩躯。

 やや華奢な感も受けるが、それでもひ弱な印象はない。

 体から発せられる研ぎ澄まされた空気、眼鏡の奥で光る切れ長の目はまるで、迂闊に触れれば切れる日本刀を連想させる。

 

 この辺りの住人とはかけ離れた雰囲気を纏う男性に、私は少し戸惑ってしまった。

 

 「大十字九淨様……ですね?」

 

 「えっ……あ、はい! そうですが……えーと?」

 

 (少なくとも知り合いに、こんな執事みたいな雰囲気の人はいないし……)

 

 「仕事の依頼です」

 

 返事は男性からではなく、その背後から聞こえてきた。

 男性が前を譲るかのように、静かに身を引いた。

 そこにいたのは、男性よりもこの場では更に場違いな、気品を漂わせる女性の姿があった。

 

 整った顔つきに、バランスの良いスタイル。

 纏まった長く綺麗な黒髪。

 更には映画でしかお目にかかれないような、豪奢なドレスが女性の美しさを際立たせていた。

 

 ―――深窓の令嬢。

 そんな言葉がしっくりくる。

 女性は強い意志の篭もった黒い瞳で、真っ直ぐに私を見つめ……

 

 「貴女にこそ相応しい……いえ、貴女にしかできない仕事です。大十字九淨さん」

 

 突然のことにしばらく戸惑ってしまうが、私は別のことに気をとられていた。

 

 (……どこかで会ったことがある? ……いや、気のせいよね)

 

 流石にここまでご令嬢然とした人物を忘れる程、私は痴呆ではない。

 ……ホントだってば。

 

 顔つきとか目・髪色からして東洋系っぽいし、多分誰かと勘違いしたんだろう。

 私自身がそうであるように、この街では別段珍しいことでもない。

 そう、結論付けた。

 

 「取り合えず……詳しい話は中でしましょうか、狭っちいところで恐縮ですけど」

 

 

 

 

 

 「自己紹介がまだでしたね。わたくしは覇道瑠璃。後ろに控えている者は、覇道家執事のウィンフィールドです」

 

 「―――――――――――――」

 

 軽く会釈する2人を尻目に、私の頭は一瞬、機能を停止していた。

 

 (……何かとんでもない発言をしませんでしたかこの人?)

 

 ハドウルリ?

 ハドウ?

 ―――“覇道”?

 

 思わず身を乗り出し、女性を凝視してしまう。

 

 「少々お訪ねしたいことがあったりするのですが……」

 

 「わたくしに答えられることであれば、なんなりと」

 

 女性の笑みに意を決し、問い掛ける。

 

 「先程覇道とおっしゃいましたが、まさか……」

 

 「はい、おそらくは大十字さんのご想像どおりかと思います」

 

 そういって、手渡された名刺にははっきりと

 

 「覇道財閥総帥 覇道瑠璃」

 

 そう書かれていた。

 

 ようやく私の頭が理解し始めた。

 

 このアーカムシティに住まう者たちの中に、覇道財閥の名を知らない者は存在しない。

 世界中のあらゆる分野・業界に通じ、その名を轟かせる正真正銘の大財閥。

 また、その全てに強い発言力を持つ絶対的な支配者。

 

 そしてこのアーカムシティは、まだ地方の片田舎でしかなかった頃に、財閥の創始者である覇道鋼造による、当時において無謀としか言えない巨額の投資によって、世界でも類を見ないほどの経済発展を遂げたのである。

 つまるところ覇道財閥こそ、この街の実質的な支配者と言っても過言ではないのだ。

 

 ―――しかし、ここで疑問が生じる。

 

 (その覇道の総帥が、何で私なんかに依頼を?)

 

 自慢ではない―――ホントに―――が、自他共に認める三流探偵である私に財閥の総帥直々に依頼に来る理由がわからない。

 

 「……と、それでわざわざ私程度の探偵に依頼とは?」

 

 「先程申しましたね。これは貴女にしかできない仕事だと。……そう、この仕事は他のどんな探偵でもなく、貴女でなければならないのです。」

 

 「それってどういう……」

 

 「()()()です」

 

 「――――――――――――――ッ!」

 

 思わず声を詰まらせてしまう。

 

 「貴女に探していただきたいのは、本物の魔術師が使うような力のある魔導書なのです!」

 

 女性は静かに、しかしハッキリと告げた。

 

 ……落ち着け。落ち着きなさい、大十字九淨。

 本能が危険信号を発している、コレに関わるなと。

 

 「……尚更ワケが分からないですよ。そんな怪しげなもの、私に探せるわけがないでしょう? 第一、私にしかできないって理由にもならない」

 

 大仰な仕草で白を切ってみると、女性の背後で事の成り行きを見守っていた執事さんがファイルを取り出した。

 

 「誠に恐縮ではございますが、失礼を承知で少々調べさせていただきました」

 

 執事さんはファイルに目を落とした。

 

 「大十字九淨―――ミスカトニック大学に入学するも二年で中退。記録上の専攻は考古学となっておりますが、事実ではありません」

 

 「大十字さん。貴女が学んでいたのは陰秘学。即ち、魔術理論についてです」

 

 女性は執事さんの話を引き継いだ。

 

 「ッ!? あ、あなたたち……いったいどこまでッ!?」

 

 思わず腰を浮かせ、警戒心を剥き出しに2人を睨みつける。

 

 「ミスカトニック大学は陰秘学科の存在を公にはしていません。貴女のような方を探すのは一苦労でした」

 

 ……執事さんの言う通り、ミスカトニック大学の陰秘学科は、外部の人間はもちろん大学の関係者にすら存在を隠されている学科である。その上で私の名前を探り出すとは、覇道財閥っていうのは恐ろしい。

 

 「魔術を識る者にしか魔導書を理解することは出来ない。だからこの仕事は、普通の探偵には無理なのです。そう、貴女の様な方でなければならない」

 

 そうは言うけど……

 

 「私のことは調べたんでしょう? 見ての通り私は落ちこぼれで、初歩的な魔術行使もできない。それに、陰秘学科には私より優秀な人が大勢いるでしょう? アーミティッジのお爺さんにでも紹介してもらえばいいじゃない」

 

 矢継ぎ早に言葉を吐き出し、座り直して息を落ち着かせる。

 しかし、そこにまた執事さんが口を挟む。

 

 「それでも大十字様は、魔導書を閲覧できる位階(クラス)になっていたはずですが?」

 

 ……ホントにどこまで調べたのかしらね、この人たち。

 大体なんで魔導書なんてモノを探してるのかしら?

 覇道財閥と魔導書、そこに接点を見出すことはできなかった。

 

 「……あなたたち、何で魔導書なんて探してるの? 後学の為に教えてあげるけど、魔導書っていうのはほぼ例外なく、外道の知識の集大成よ。素人が手を出していい代物じゃない」

 

 叱責にも似た言葉であったが、女性は顔を伏せ真剣な様子で考え込みだした。

 

 やがて決心したのか、何かを振り切るかのように語り出した。

 

 「―――デモンベイン」

 

 「……?」

 

 ……コードネームか何かかしら?

 

 「デモンベイン。わたくしの祖父が遺した、“ブラックロッジ”に対抗するための手段です。“ブラックロッジ”については詳しく説明する必要はありませんね?」

 

 「ええ」

 

 ブラックロッジ―――アーカムシティ最大の犯罪組織の名である。

 ……むしろテロリストと呼べるだろう。

 ただ、普通のテロリストとは違って、政治的主張を持ち合わせているわけではないのだが。

 

 「ブラックロッジが破壊活動のために用いる巨大ロボットは、科学と錬金術が生み出した脅威といえます。これだけでも既に治安警察の対応能力を超えており、加えて彼らブラックロッジの頂点に立つマスターテリオンとその幹部達……彼らは魔術師であると言われています。魔術師の恐ろしさについては、大十字さんの方が詳しいのではないでしょうか」

 

 「……直接お目にかかったことはないけどね。想像はつくわ」

 

 実のところ、巨大ロボットより恐ろしいのは魔術師である。

 無論、さっきも話題に出たように巨大ロボット一つとっても治安警察では追い払うのが関の山であり、市民の生活を根底から覆しかねない脅威である。

 

 が、そんな巨大ロボットよりもさらに恐ろしい存在が魔術師だ。

 彼らは表立った活動をしておらず、実態は謎に包まれたままだが、彼らに関わった者で生きて帰った者は1人もいない。

 

 私も多少なりにも魔術を齧った身だから理解できる。

 本物の魔術師達はある意味、一つの軍隊にも匹敵するのである。

 

 そんな魔術師達が本格的に動き出したら、いったいどうなってしまうのか……アーカムシティの住民全てが抱く不安だ。

 

 「覇道としては、これ以上彼らの暴挙をみすみす見逃すわけにはまいりません。ただ口惜しいことに、魔術に対抗出来るのは、唯一、魔術のみ……そこでわたくしの祖父であり、覇道財閥創始者でもある覇道鋼造は、彼らへの対抗手段に魔術理論を導入したのです」

 

 「それがその……デモンベイン?」

 

 「その通りです。デモンベインは覇道が持つ技術の粋の結晶。しかし、デモンベインを起動するには魔導書が必要なのです。魔術師が魔導書を用いて魔術を行使するように、魔術理論を組み込んだデモンベインの起動には魔導書(それ)が不可欠なのです」

 

 成程、話は理解した。

 なんともスケールの大きいことで……

 

 理解はしたが、依頼を受けるかどうかはまた、別の問題である。

 もちろん私とて、一市民として協力したいとは思う。

 思うけど……

 

 私が大学で落ちこぼれたのは、要するに魔導書の内容についていけなかったからだ。

 内容が難しいとかそういうことではなく、その()()()()()にだ。

 

 魔術の知識を怖れ、逃げ出した私にとって、あの狂気の世界に再び足を踏み入れるのは拷問にも等しい。

 だから正直なところ、また魔導書と関わりを持つのは気が重い。

 

 「……デモンベインは祖父の形見であり、希望なのです。わたくしはそれを無駄にしたくない」

 

 黒く澄んだ女性の瞳が、私を見つめる。

 

 「私は……」

 

 後味の悪さを感じながら、断ろうとするも

 

 「大変な仕事だということは理解しているつもりです。無論、報酬はそれに見合った額とさせていただきます。」

 

 彼女の言葉とともに、執事さんがジュラルミン製のアタッシュケースをテーブルに置き、開いた。

 

 「依頼料と必要経費です。お納めください」

 

 びっしりと敷き詰められた札束札束札束……余りの光景に思わずフリーズしてしまった。

 

 「もちろん、魔導書を見つけてくださった暁には、さらに成功報酬をお支払いします―――引き受けては頂けませんか、大十字さん……」

 

 「喜んで!」(0.2秒)

 

 女性の手を取りながら、即決する。

 

 ……そう、覇道のお嬢様の言う通りじゃない!

 ブラックロッジの悪行をこれ以上許すわけにはいかないわ!

 私は今、奴らに対する怒りと正義、それに使命感に燃えていた。

 

 ……断じてお金に目がくらんだわけじゃないわよ。


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