ある少女の斬魔大聖   作:アイオン

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若干の忙しさに、投稿ペースががががが。


第21話

 覇道財閥地下基地の司令室。

 

 「状況の報告を」

 

 「―――本日2012、39番区にて、大規模の魔力反応が発生。現場の映像をモニターに出します」

 

 そして映し出されたのは、街で暴れまわるジャバウォックの巨体。

 破壊ロボを遥かに上回る荒唐無稽っぷりに、瑠璃は唖然と呟いた。

 

 「か、怪獣映画か何かですか……?」

 

 「……凄い魔力反応やけど、生命反応がどーも曖昧やね。もしかしてコイツが、九淨ちゃんの報告にあったページモンスターって奴かいな」

 

 「現場に遭遇したらしい大十字さんが、デモンベインを招喚(コール)……顕現化した模様ですっ」

 

 アーカムシティの夜空に、デモンベインが顕現する。

 大質量が空間を爆砕し、ジャバウォックの前方に着地した。

 ジャバウォックの炯々と燃ゆる眸と、デモンベインの機械の眸が、互いを捉える。

 対峙する邪竜(ジャバウォック)魔を断つ者(デモンベイン)

 

 「こちらに何の断りも無く……あの方たちは」

 

 早速の独断運用に、瑠璃は表情を歪めた。

 

 「司令。この状況では現場の判断を……」

 

 「……ええ、分かっています。デモンベインのステータスをモニターしなさい! 本基地は状況に応じ、術的なサポートに回ります」

 

 「了解!」

 

 「―――了解(ヤー)

 

 「了解(らじゃー)ですっ!」

 

 

 

 

 

 (さて、デモンベインを喚んだのは良いけど……問題はここからね)

 

 ジャバウォックの頭の上にいるアリスン。

 あの子を助けなければ、奴を攻撃することは出来ない。

 

 『来るぞ、九淨!』

 

 ジャバウォックが大きく息を吸い込んだ。

 どうやらブレスを放つ気らしい。

 

 『あれの直撃をもらうわけにはいかんぞ!』

 

 『分かってる! 断鎖術式……解放!』

 

 時空間歪曲の影響で、一瞬、周囲の光景に乱れが生じた。

 大地を蹴り飛ばし、迫るブレスを回避する。

 デモンベインの横を通過したブレスは、周囲のビル群をドロドロに溶かしていった。

 

 『九淨! 奴の動きを止めるのだ!』

 

 (動きを止めるっていうと……アレね)

 

 『了解! 捕縛結界、展開!』

 

 ジャバウォックの周囲を駈けながら、結界呪法を展開する。

 ビームの鬣を靡かせ、死角へと回り込む。

 

 『アトラック=ナチャ!』

 

 ビームで編まれた蜘蛛の糸が拡がり、ジャバウォックへと向かう。

 

 ≪dewazubi-rrr,aigndsuhesruaiswaitovi-ezuu!≫

 人間の聴覚では聞くに堪えない、邪竜の咆哮。

 

 蜘蛛の糸は巣を形成し、ジャバウォックを拘束した。

 

 『良しっ! これで!』

 

 『喜ぶのはまだ早いぞ!』

 

 ≪de-aidgireandgaimub-r,ainsuwaviiiiiii!≫

 醜悪な金切り声を上げ、ジャバウォックが暴れ出す。

 拘束されている背中の翼に、凄まじい力が込められ―――一気に広がった。

 

 『って、ええええええぇぇぇぇぇぇっっ!?』

 

 アトラック=ナチャの拘束が無理矢理引き千切られ、ビームの糸が唯の魔力へと還ってゆく。

 

 ≪arrmuaimsuersuheborogvesandesemo-merasso-utogruavvvvvvvveeeeeeeeee!≫

 ジャバウォックが羽撃き、地を這うような低空飛行で、デモンベインへと飛翔してくる。

 直線上のビルを根こそぎ薙ぎ倒し、粉砕しながらも、一切スピードが落ちていないようだ。

 ……回避が間に合わないっ!

 

 『くああああああああッ!』

 

 『きゃあああっっ!』

 

 そのままジャバウォックに押し倒され、マウント・ポジションを取られる。

 

 (マズ……ッ!)

 

 爪でデモンベインの胴を押さえつけながら、ジャバウォックは、その鋭い(アギト)でデモンベインの首へと噛み付いた。

 

 『あああああああああ!』

 

 コクピットを衝撃が襲い、モニターの映像が乱れる。

 

 『こ……のぉ……っ! アリスンっっっ!』

 

 喰い付かれながら、ジャバウォックの頭の上にいるアリスンに呼びかける。

 あれだけの機動をしていたにも関わらず、アリスンは落ちることなく、虚ろな瞳で立ち尽くしていた。

 

 『アリスン! 目を醒ましなさい! こんなことは間違ってるでしょうが!』

 

 ビクンッと、アリスンが僅かに反応を示した。

 

 『鏡を手離しなさい! それは危険なのよ! アリスン!』

 

 虚ろな瞳に、フッと光が戻り……デモンベインを見つめる。

 そこには驚愕も、また恐怖もなく、只々涙が浮かんでいた。

 

 「……みんな、きらい」

 

 震える声で呟いた。

 

 「みんなみんなみんな……大っきらいっっっ! みんな、いなくなっちゃえ……! いなくなっちゃえばいいんだ! 消えちゃえ……みんな消えちゃえええぇぇぇぇぇ――――――――っっっ!」

 

 『きゃあああぁぁっ!』

 

 アリスンの絶叫により、今までで最大の衝撃波が放たれる。

 それによってデモンベインの片眸のカメラアイが砕け散り、メインモニターの視界が半分になった。

 

 ジャバウォックがデモンベインの首から(アギト)を放し……大きく息を吸い込む。

 

 『ッ! このまま止めを刺す気か!?』

 

 『くぅぅぅぅぅっ!?』

 

 

 

 

 

 「いけません……!」

 

 「あわぁぁぁぁ~~~っっ!」

 

 「あんな至近距離で喰らったら、いくらデモンベインでも無事じゃ……!」

 

 「大十字さん! 早く! 早く立ち上がりなさい!」

 

 モニターが閃光に満たされる。

 

 「くっ……駄目なの!?」

 

 「―――お待ち下さい。デモンベインの2時方向より、急速に接近する反応あり」

 

 「え―――――!?」

 

 「この反応は―――」

 

 

 

 

 

 ≪uoonettowaa!uoonettowaa!eindsuruguhandsrughuu!≫

 突然、ジャバウォックが悲鳴をあげ、苦しみだした。

 よく見てみると、左目が何かに貫かれ、鮮血が噴き出している。

 

 (これは……)

 

 周囲を確認―――人影を認めた。

 夜空に白い軌跡を刻み、天を駆けるその姿……。

 

 『メタトロン!』

 

 『退け、大十字九淨!』

 

 メタトロンは、怒りに燃える隻眼で己を睨みつけるジャバウォックへと向かう。

 振るわれた鉤爪の間を通り抜け、ジャバウォックの頭の上にいるアリスンへと手を伸ばす。

 

 『……少女よ!』

 

 差し出された手を、だがアリスンは激しく拒絶した。

 

 「いやああぁぁぁぁ! あっちいけぇぇぇぇぇぇ!」

 

 『ぐっ……ああああああ!』

 

 目前まで近づいたメタトロンを衝撃波が打ち据え、軽々と吹き飛ばした。

 

 『メタトロン!?』

 

 『……くぅっ!』

 

 翼からフレアを噴射し、踏み止まるメタトロン。

 その白い装甲には、亀裂が走っていた。

 けれど、メタトロンは再びアリスンへと向かっていく。

 

 『無謀だぞ!』

 

 「わああああああああああ!」

 

 再びの衝撃波。

 吹き飛び、装甲に新たな亀裂が生じ……それでも、メタトロンはアリスンへと向かっていった。

 どれだけ傷ついても、どれだけ拒絶されても、アリスンを救うべく手を伸ばす。

 

 『メタトロンっっっ!』

 

 度重なる衝撃波に、亀裂の隙間から血が流れ始めた。

 白い天使を塗らしていく、紅。

 

 それでも

 

 『……戦うのは……戦いに巻き込まれるのは』

 

 メタトロンは……

 

 『私だけで……充分なのだ……ッ!』

 

 それは、あまりにも苛烈な―――メタトロンの心の内。

 

 何故アーカムシティを護り、ブラックロッジと戦うのか。

 どうして、私をデモンベインから降ろそうとしたのか。

 メタトロンが何を背負い、何を想っているのか。

 私は知らないし、分からない。

 けど、1つだけ。

 

 その想いは、何時か誓った聖約か、背負った罪の呪縛にも等しいモノであり、メタトロンを突き動かしているということは分かる。

 

 それなのに―――

 

 「来るなぁぁ……来るなぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 それなのに、アリスン。

 アナタは。

 

 『……くッ!? あああああああ!』

 

 突如、無数のトランプが吹き荒れ、満身創痍のメタトロンを襲った。

 

 『ぐ……ぁ……ち、が……』

 

 アリスンの隣にトランプが集まり、1人の女性のカタチを成した。

 顕現したのは、“不思議の国のアリス”に登場する、ハートの女王。

 いや……違う。

 

 「マ、ママぁ……!」

 

 女王を見上げ、アリスンは微笑んだ。

 

 『ち、がう……! それは……違う……!』

 

 女王がメタトロンを見上げ、酷薄な笑みを浮かべる。

 

 『奴は……女王ニトクリス!』

 

 ニトクリスの手には一枚の鏡が握られており、それをメタトロンに向けて掲げた。

 鏡の向こう側から、不気味な怪異の触手が伸び―――メタトロンを貫いた。

 

 『がっ…………ぁぁぁ……ッ』

 

 メタトロンの全身から、ガクッと力が抜ける。

 触手はメタトロンを投げ捨て、メタトロンは、そのまま街へと墜ちていった。

 

 『――――――――――ッッッ!』

 

 「……ママぁ」

 

 アリスンは、歓喜に満ちた声で女王をそう呼んだ。

 ニトクリスは、優しくアリスンを抱き寄せる。

 ―――世界を嘲るような笑みを浮かべたまま。

 

 「……パパぁ」

 

 アリスンは、恍惚に満ちた声でジャバウォックをそう呼んだ。

 ジャバウォックは、哄笑するかのような雄叫びを上げる。

 ―――醜悪で、耳障りな、下衆の声で。

 ≪kometomyarmusmeybeamsibowy,oohrabzy-asdai!karro-u!karrawiiiiii!≫

 

 アリスンは、心底幸せそうな声で叫ぶ。

 傲慢な愉悦に満ちた、その声で。

 

 「パパ! ママ! やっと……やっと会えた! もうこんな……こんな怖いだけの世界なんていらない! 壊しちゃえ! ぜんぶぜんぶ、壊しちゃえ!」

 

 それを聴いた私の中で―――何かが()()た。

 

 『アリスンッッッッッッッッッッ!!』

 

 「きゃあああああああ!?」

 

 組み敷かれた体勢のまま、渾身の力でジャバウォックを蹴り上げる。

 そのまま一気に跳ね起き、吹き飛び後退するジャバウォックとの間合いを詰める。

 

 『九淨!?』

 

 拳を振り上げる。

 アリスンのことは気にもかけてやらないし、()()()()()()()

 

 「ひぅっっっ!」

 

 崩れた体勢のまま、ジャバウォックはデモンベインに向けて、鉤爪を振り下ろしてきた。

 そんなもの……!

 

 『砕けろッ!』

 

 鉤爪を正面から迎え撃ち、腕ごと粉砕する。

 絶叫を上げるジャバウォックだが、私はそのまま、砕けた腕を鷲掴みにし―――

 

 ≪tihevorparby-ruabewy-entsnisi-kerusntkk!?≫

 

 「パパっ!?」

 

 引き千切った。

 鮮血が噴き出し、千切った腕ごとデモンベインの半身を朱に染める。

 

 邪魔な腕を投げ捨て、今度は鱗が然程密集していない腹部に鉄拳を叩き込む。

 抉り込むようにリバーブロー。

 堪らずブチ撒かれたジャバウォックの褐色の汚液(ゲロ)が、デモンベインに降り注いだ。

 

 (まだよっ! まだまだァァァ!)

 

 止まる理由は無い。

 更なる連撃を。

 

 殴る(Rush)

 殴る(Rush)

 殴る(Rush)

 殴る(Rush)

 殴る(Rush)

 殴る(Rush)

 殴る(Rush)

 殴る(Rush)

 殴る(Rush)

 殴る(Rush)―――

 

 『お、おい!? 九淨!?』

 

 「きゃあああああああああああ!」

 

 左右前後にサンドバッグの如く揺さぶられるジャバウォック。

 その上に居るアリスンが悲鳴を上げる―――が。

 どうせこの程度で、アリスンに危険が及ぶことはない。

 もっと早く気づけば良かった。

 

 だから……殴るのを止めない。

 殴り続ける。

 

 

 

 

 

 デモンベインの嵐のような猛反撃に、一同は茫然自失となっていた。

 暴力のように振るわれるソレをただ見守っていたが、ウィンフィールドがいち早く我に返った。

 

 「いけない……! あの竜の上には、少女が居るのでは!?」

 

 その一言に、全員がはっとなる。

 

 「せや……! いくらなんでもあれは……!?」

 

 「大十字さん……怒りで自分を見失っているんじゃ……?」

 

 「大十字さん! 大十字さん、落ち着きなさい!」

 

 瑠璃は通信で呼びかけるも、九淨からの反応は無い。

 デモンベインが拳を振り上げ……

 

 「まさか……!? ―――止めなさいっ! こんな事、許されませんわよ!」

 

 

 

 

 

 それは、アリスンには信じられない光景だった。

 圧倒的な力の具現であるはずのジャバウォックが、眼前の鋼の巨人に手も足も出ない。

 彼女には理解できない、理不尽な光景。

 

 ―――怖い。

 今まで自分に害をなしてきた人間たちは、彼らが忌み嫌っていたアリスンの力によって倒されてきた。

 ……目の前の存在を除いて。

 

 理解できない。

 理解してはいけない。

 理解したら……恐怖に耐えられなくなる。

 理解したら―――

 

 ―――魔を断つ者(デモンベイン)

 

 「っっっ!?」

 

 ―――其れは例外なく、一切の邪悪、魔を討ち滅ぼす、絶対の破壊神。

 

 「――――――――――!」

 

 ―――怖い。

 怖い怖い怖い怖い。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……

 ―――怖い!

 

 こんなにも怖いのに、どうしてあの巨人を壊せないのか?

 どうして無力なのか?

 御伽噺の力、不思議の国の力、万能の力のはずなのに!?

 

 「それは所詮、子供の論理。万能足る夢の力も、目覚めの光の前には、儚く消え逝くが宿め。さて、一時の道化芝居もこれにて閉幕……」

 

 何処からか、あの女の人の声が聴こえた。

 つまりはもう……どうしようもない。

 

 鋼の巨人が、拳を振り上げる。

 私はこのまま……

 

 「いああああああああぁぁぁぁぁ! 怖いよぉっ! いやだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 無駄と分かっていても、命乞いをする。

 

 魔の存在を否定し、現実を侵す非現実を撃ち砕く、絶対者。

 私は、そんな力に存在を否定されて―――

 

 「……………………………………………………………………………………………………」

 

 けど、いつまで経っても、その瞬間は訪れなかった。

 ただ、その代わりに

 怖ろしいような

 悲しいような

 ちょっとだけ、暖かいような

 そんな声が、私に、そっと……問いかけてきた。

 

 『怖いかしら……アリスン?』

 

 

 

 

 私はそう、問いかけた。

 アリスンが、目を真っ赤に泣き腫らして、デモンベインを見上げる。

 ジャバウォックは静止し、ニトクリスは凄まじい形相で睨んでいた。

 私は続ける。

 

 『デモンベインが怖い? 私が怖い?』

 

 『九淨、いったい何を……』

 

 『がきんちょどもが怖い? ライカさんが怖い? メタトロンが怖い? この世界の何もかもが怖い? 全部全部、壊れてしまえば……死んでしまえば良い!? アナタを愛した、愛そうとする、助けようとする―――そんなみんなも怖くて、大嫌いで、ブッ殺したいのっっっ!?』

 

 「………………」

 

 『当たり前でしょっ! 心閉ざして、何一つ信じてないんなら、怖くて当たり前よっ! それなのにアレ? 自分のことだけは信じてくださいって!? ちょっとでも自分を脅えさせる奴はメチャクチャに拒絶する、そんな人間を信じろっていうの! 我侭も大概にしなさい! みんなだって、アナタが怖いのよッ!』

 

 「ち、ちが……わたし……そんな……」

 

 『みんな怖いのよ! 世の中みんな、怖いモノだらけなのよっ! 怖くて怖ろしくて……でも手ェ握り締めて、歯ァ食い縛って、みんな必死で生きてるのよ! そんな道理も分からない()()()が、一丁前にキレてんじゃないわよッッッ!!』

 

 『九淨……』

 

 『…………でもね』

 

 少しだけクールダウン。

 さらに続ける。

 

 『良いのよ……苛められたら、相手に直接怒鳴ってやれば良いのよ。怖いよって、何で苛めるのって、正面からぶつかっていけば良いのよ。けどやり過ぎちゃダメ。やり過ぎたら、今度はアナタが相手を苛めてることになっちゃうから……正々堂々、お互いの想いをぶつけ合って、心から仲直りして、それで―――』

 

 音を立てて、デモンベインのハッチが開く。

 伸びた足場に乗り、アリスンの近くへ。

 ジャバウォックの貌とニトクリスの鋭い形相も近づくが、怯む事はない。

 私はアリスンに、手を差し伸べる。

 

 「―――友だちになれば良いのよ」

 

 私を見つめ返すアリスンの瞳には、まだ迷いがあった。

 でも―――

 

 「でも……やっぱり怖い。泣いて痛いって言ったのに、何度も殴ってきた大人のひともいた」

 

 「そんなクソ野郎―――」

 

 私は拳を突き出して、アリスンに微笑んだ。

 

 「私がデモンベインでブッ飛ばしてやるわ」

 

 (あ、あれ? 言ってる事と違うような……妾の気のせいか?)

 

 「九淨お姉ちゃん……」

 

 アリスンが、幻想から逃れようと身を捩じらせる。

 

 「九淨お姉ちゃんっっっ!」

 

 御伽噺の世界から現実へと戻るべく、私の手を掴もうと―――

 

 「――――――――――ッッ!」

 

 「きゃあああ!」

 

 そんなアリスンを、ニトクリスは羽交い絞めにした。

 

 ……今まで鏡の魔力は、アリスンの意志を受けて、彼女を守護していた。

 故に、あんな状況でも、私がどれだけ彼女の乗っていたジャバウォックを殴打しようとも、彼女には傷1つ付かなかった。

 けど、今のアリスンは奴らにとって裏切り者でしかない。

 

 ニトクリスは彼女の首を圧し折ろうと、首に手をかけた―――が。

 

 「~~~~~~~~~っっっ!?」

 

 一筋の閃光が、ニトクリスの頭を撃ち抜いた。

 

 「……メタトロン!」

 

 一度は斃されたと思っていたメタトロンだが、一気に地表から上昇し……自由になったアリスンを抱きとめた。

 彼女をしっかりと抱え、充分な距離まで離れたことを確認する。

 

 「よしっ……アル! アイツ等は消し飛ばしても良いの?」

 

 「此奴等は単なる虚像だからな! 断片はあくまで娘の持つ鏡の方! 故に、存分にやってしまえ!」

 

 「OK!」

 

 私はコクピットに舞い戻る。

 モニターには、怒り狂うジャバウォックが映っていた。

 一先ず蹴り飛ばし、距離をあける。

 

 『こちらデモンベイン! お嬢様、例の近接昇華呪法……レムリア・インパクトを使うわ! 承認お願い! ヒラニプラ・システム、アクセス!』

 

 

 

 

 

 「こちらの呼びかけには応えずに……勝手なっ!」

 

 「司令!」

 

 「もうっっ! 言霊を暗号化……ナアカル・コード送信!」

 

 

 

 

 

 最初に使った時のように、膨大な情報が脳内を駆け巡り、激しいパルスが走る。

 だが、二度目ということもあって私は冷静に構えていた。

 術式が私達三者を繋ぎ、情報の洪水がピタリと停止する。

 

 私は剣指を作り、印を結ぶ。

 獅子の心臓(コル・レオニス)・銀鍵守護神機関が活性化し、異界の熱量が汲み上げられる。

 

 『ハアアアァァァァァァァ!』

 

 掲げた両腕で軌跡を描く。

 閃光が拡がり、世界を包み込んだ。

 

 ―――右腕を天高く掲げる。

 

 『光射す世界に、汝ら暗黒、棲まう場所なし!』

 

 必滅の術式を込めた右腕を構える。

 蹴り飛ばしたジャバウォックが体勢を立て直し、こちらに突進してきた。

 

 『渇かず、飢えず、無に還れ!』

 

 デモンベインが大地を蹴り、距離を詰める。

 右腕を振りかぶり、迫るジャバウォックの胸部に掌を叩きつけた。

 

 『レムリアァァァ・インパクトォォォォ―――――――ッ!』

 

 必滅の術式が流れ出し、ジャバウォックの存在を否定する。

 

 『昇華ッ!』

 

 アルの声が世界に響き渡り、白い闇が世界を閉ざしていった―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャバウォックが昇滅するのを見届けたメタトロンは、路地裏に着地しアリスンをそっと降ろした。

 ……同時に、ガクッと膝を突く。

 

 「メ、メタトロン!」

 

 『大丈夫だ……問題は無い』

 

 「で、でも……こんなに、血が……! 私の……私のせい……あっ」

 

 メタトロンの掌が、泣きそうになるアリスンの頬を、優しく撫でた。

 

 『気にしなくていい』

 

 「……でも」

 

 『君は……もう、独りで怖い思いをしなくて大丈夫だね?』

 

 「…………」

 

 メタトロンの、冷たい機械の瞳。

 けど、その仮面の下はきっと、とても暖かい生身の瞳なのだ。

 

 「……はい!」

 

 アリスンはハッキリと、力強く頷いた。

 

 『良し……では、送っていこう。道案内を―――』

 

 『ハハッ! ドクター・ウェストの尻拭いに来てみれば……中々面白い見世物じゃないか、なぁ?』

 

 「え……っ!?」

 

 『――――――――――』

 

 メタトロンの背後に、其れは立っていた。

 全身を黒い装甲に覆われた、昏き天使。

 

 「黒い……メタトロン?」

 

 メタトロンはよろめきながらも背後を振り向き、その名を呼んだ。

 

 『……お前か、サンダルフォン』

 

 『ふん……満身創痍だな、メタトロン。だが、よもや負傷を理由に逃げはすまい? ―――構えろ』

 

 闘気を発し構えを取るサンダルフォンに、メタトロンもまた応える。

 

 「そ、そんな身体じゃ……!」

 

 『さあ、此処から立ち去りなさい……早く』

 

 「だめ……! そんなのだめだよ……!」

 

 『――――――――――』

 

 『――――――――ハッ』

 

 ぶつかり合う闘気と闘気。

 静寂が続き―――予期せぬ形で均衡が破られた。

 

 「マギウス・ウィング!」

 

 『―――――っ!?』

 

 『……クッ!? チィィィィ!』

 

 突然現れた黒い刃に、サンダルフォンはその場から飛び退いた。

 乱入してきた第3者を睨みつける。

 

 『大十字九淨……ッ!』

 

 

 

 

 

 (どーなってんのよ、コレ?)

 

 メタトロンが居たかと思ったら……も1人様黒いのが居るって。

 

 「九淨お姉ちゃん! メタトロンを……!」

 

 まあ、とりあえず。

 

 「うん。……普通に考えたら、黒いカラーが悪役ポジよね」

 

 私はメタトロンの前に立ち、黒い天使と対峙する。

 

 「どうするの、アンタ? 一応2対1よ?」

 

 『チッ……とんだ邪魔が入ったな』

 

 忌々しげな舌打ちと共に、黒い天使は告げた。

 

 『メタトロン……また命拾いしたな』

 

 「―――――!?」

 

 「きゃあああっ!」

 

 爆風を吹き荒し、黒い天使は視界から消えた。

 上空を見上げると、黒い翼を展開し、凄まじいスピードで飛び去る黒の天使が一瞬映った。

 

 「すっごいスピードね……って、そうだ」

 

 しばし上空を見上げていたけど、そんな場合じゃない。

 

 「メタトロン、大丈夫?」

 

 倒れそうなメタトロンを支えようと近寄るが、手で遮られてしまった。

 

 『自己再生でカバー出来る範囲の損傷だ』

 

 「けど……」

 

 『―――大十字九淨』

 

 「……っ」

 

 プレッシャーを放つ機械の瞳に、思い出した。

 メタトロンは私たちが戦うのを、あまり良く思ってないんだった。

 思わず身構え―――

 

 『……今回は助けられたな。礼を言おう』

 

 「へ?」

 

 ポカンとなってしまった。

 メタトロンは心配そうに私たちを見上げる、アリスンをちらりと一瞥する。

 

 『私では……この娘を救うことは出来なかっただろう』

 

 「そ、そんなこと……!」

 

 『いや、これは歴とした君の力だ……私は君を見くびって、この様だ』

 

 「ふん……これで少しは身の程を思い知ったであろう」

 

 「アルっ」

 

 『だが―――それでも、私は君達が戦う事を善しとはしない』

 

 「…………」

 

 「またそれか……」

 

 アルは呆れて、私の肩から飛び降りた。

 同時に、アルは元の姿に戻り、マギウス・スタイルが解呪される。

 私はメタトロンの瞳を見据えたまま、言った。

 

 「前にも言ったけど、ここで退く気はないわ。それに……アナタ1人にだけ背負わせてなんて、いられないのよ」

 

 『―――そうか』

 

 メタトロンの背中の翼が広がり、身体が宙に浮き上がった。

 

 『君が一緒なら、その娘も安心だろう』

 

 「メタトロン」

 

 飛んでいこうとするメタトロンを、私は呼び止めた。

 

 『どうした?』

 

 「……アナタは、何のために戦ってるの? アナタに似た、さっきの黒いのは何なの?」

 

 『-―――――――――』

 

 僅かな逡巡の後、メタトロンは答えてくれた。

 

 『ブラックロッジに対する怨恨故。結果的に正義の味方の真似事になっているが、私はそのような存在では、断じて無い』

 

 ―――嘘だ。

 本当に怨恨だけなら……あんなに傷ついて、ボロボロになってまで、アリスンを助けたりはしない。

 

 『そして奴の名はサンダルフォン―――私と同タイプの戦士であり、力に溺れて人の心を棄てた、ブラックロッジのエージェントだ』

 

 「ッ、ブラックロッジの……!」

 

 メタトロンの翼からフレアが噴き出す。

 そして飛んで行こうとするメタトロンを、今度はアリスンが呼び止めた。

 

 「メタトロン!」

 

 爆音の中でもメタトロンに聞こえるように、大きな声で叫ぶ。

 

 「あ、あの……えっと……―――あ、ありがとうっ!」

 

 『―――――皆と仲良くな』

 

 表情は分からなかったけど、多分、優しく頷いたメタトロン。

 そのままアーカムシティの夜空へと飛び去っていった。

 

 「やれやれ……難儀したが、無事に目的達成だな」

 

 アルは、アリスンから受け取ったコンパクトを握り潰した。

 同時にそれは、数枚の紙片となった。

 

 「アエテュル表に拠る暗号解読、術式置換。正しき姿に還れ、我が断章―――」

 

 ページはアルの掌へと吸い込まれ、一体化した。

 それを見つめながら、アルがふと呟く。

 

 「ふむ……結局、妾の断章に介在したのは何だったのだ? もしや、敵はブラックロッジだけではないのかも知れんな」

 

 「……まあ、それは今悩んだところでしょうがないでしょ。ねっ?」

 

 「ひゃ……!」

 

 アリスンの頭を撫で、髪を指で梳いた。

 私を見上げるアリスンに、優しく微笑みかける。

 

 「さて、ライカさんやがきんちょどもが心配してるわ……帰りましょ」

 

 暫し私を見つめていたアリスンは―――

 

 「うんっっっ!」

 

 満面の笑みで、頷いた。

 

 「……と綺麗に締めくくったつもりだろうが、九淨よ。忘れている事が1つ」

 

 

 

 

 

 「まったくあの人達は……っ! デモンベインを置き去りにして、いったい何処をほっつき歩いているのですか……ッ!」

 

 「落ち着いて下さい、司令」

 

 「~~~~~~~~~~~~ッッッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――勇気を。

 勇気を出して、始めよう。

 大丈夫だ。

 怖くたっていい。

 九淨お姉ちゃんの教えてくれた通り、私も戦おう。

 逃げるのは、もうおしまい。

 勇気を出して―――

 

 「……アリスン、一緒にあそぼうぜ」

 

 「……うんっっ」




なんかもう、ずっとフタグンしてたいっていう個人的な話はさて置き。

詩の中では、一、二!一、二!とヴォーパルの剣で首を刈り獲られるジャバウォックさん。
デモベの中ではレムリア・インパクトによって、虚像とはいえ首どころか昇滅なワケですが……まあ、この時点で剣の武装が無いから仕方ない。

―――ん?

デモンベイン→魔を断つ者→魔を断つ剣→剣

そ、そういうことだったのかァ―――――!
と言うどうでも良い話。

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