ある少女の斬魔大聖   作:アイオン

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ちょっと中途半端な切り方ですが、次にキリのいいとこまでいくと、軽く一万字を超えそうなので。


第19話

 「はぁ、今日も断片の手がかりナシ……か」

 

 徒労になった一日に溜息をつきつつ、今日もまた教会で夕飯を待っていた。

 

 「わーい、めしめしー」

 

 「めーし、めーし」

 

 「ん? あんたたちだけ? アリスンも呼んできなさい」

 

 アリスンの姿が見えなかったので、やってきたジョージとコリンにそう言うと

 

 「くじょー、あいつはほっとこうよ」

 

 ……そんなことを言い出した。

 

 「はあ? なに言ってんのあんた? 一緒に暮らしてる家族でしょうが」

 

 諭してみるも、2人はどうも気に入らないみたいだ。

 

 「だってアリスンのやつ、ぜんぜんしゃべんないし。ここんところ輪をかけて……な?」

 

 「うん。それにあいつ、なんだか気味悪いよ……」

 

 何やらよろしくない傾向のようだ。

 

 「気味悪いって……あんたも酷い事言うわね」

 

 「だって……あいつのちかくにいると、なんかたまにヘンな感じがするんだ」

 

 「変な感じ?」

 

 「うまくいえないけど……空気がちがうみたいな、とにかくヘンな感じなんだよ」

 

 (霊感……みたいなものかしら)

 

 私は特別そういう感じはないけど……一緒に暮らしている人間なら、何かしらの違和感を感じ取ったりするのかもしれない。

 

 そんなコリンの言葉に、ジョージが頷いた。

 

 「そうだよー! あいつブキミだよ! “くんしはあやうきにちかよらず”っていうじゃん! ほっとこうぜー!」

 

 「ぼくもあいつ、なんかいやだよ……」

 

 「あんたたち……はぁ、もういいわ。私が呼んでくるわよ」

 

 よろしくない。

 全くもってよろしくない感じだ。

 いずれ何とかしないといけないだろう。

 そう考えながら椅子から立ち上がったところで、扉が開いた。

 

 「…………」

 

 部屋に入ってきたのは、たった今呼びに行こうとしていたアリスンだった。

 

 「あ。やっほ、アリスン」

 

 「…………」

 

 コクリ。

 と反応してくれ、そのまま椅子に座った。

 

 この娘―――アリスンは内気な子で、誰に対しても心を開いていないように感じる。

 教会に住んでいるわけではない私はともかく、ジョージやコリン、ライカさんにさえ……ね。

 煙たがるジョージとコリンを擁護する訳じゃないけど、そういったアリスンの態度も少なからず問題がある。

 

 (まあ、そう簡単な話じゃないわよね……ん?)

 

 私も椅子に座り直し、思案に暮れていると、ふとアリスンに妙な感じを覚えた。

 いつものような張り詰めた風ではなく、どこかぽやぽやしてるっていうか、幸せそうっていうか。

 

 (……何か良いことでもあったのかしら?)

 

 「…………」

 

 アリスンの視線を追ってみると、テーブルの下、彼女の膝の上。

 そこに置かれたコンパクトに向けられていた。

 蓋を開け、こっそり鏡を覗き込んでいるその様子は、とても微笑ましい。

 

 (ふふっ……アリスンもお年頃ってとこかしら?)

 

 なんだかんだで女の子して

 

 「――――――ッ!?」

 

 唐突。

 ゾクッと、強烈な悪寒が背筋を走った。

 まるで得体の知れないモノが背中を這いずったような気持ち悪さに、思わず口を押さえる。

 

 「……む? どうした九淨?」

 

 「っ、ぁ……はぁっ……大丈夫よ」

 

 若干心配の色が含まれていたアルの声に、返事をする。

 悪寒はすぐ去ったものの、今のはいったい……?

 

 (あの鏡を見た時? ……いや、気のせいかしら)

 

 正直、あれを見たら怖気が来てもおかしくないと思う。

 ……様々な怪異が彫られたコンパクト。

 気に入ってる様子のアリスンには悪いけど、どう見ても()()()()()とは思えない。

 

 ―――ゾクッ……

 

 「ッ――――ァ」

 

 再びの悪寒。

 嫌な予感に駆り立てられ、私はアリスンに声をかけた。

 

 「……アリスン」

 

 「ッ!?」

 

 アリスンは、椅子から飛び上がるように驚き、脅えと警戒の混じった視線を私に向けてきた。

 少しばかり過剰な反応に、内心怯みながらも、アリスンに話しかける。

 

 「変わった鏡持ってるわね? どこで手に入れたの?」

 

 「ッッッッ!」

 

 「えっ? あ、ちょっとっ!?」

 

 「みんなお待たせぇ~、って、きゃあっ!? アリスンちゃん? どこへ行くの? もうご飯よっ?」

 

 いきなり椅子から立ち上がって、扉の方へ駆け出したアリスンは、料理を持ってきたライカさんとぶつかりそうになりながらも、部屋を飛び出していった。

 突然の事に、私もライカさんも、呆気に取られてしまう。

 

 「……どうしたのかしら?」

 

 「あらあら……もう、アリスンちゃんったら」

 

 ライカさんは料理をテーブルに置き、アリスンを追いかけて部屋を出て行った。

 お預けを食らったジョージとコリンが騒ぐ。

 

 「ううぅ―――――っ! おなかへったーっ! ごはんごはん―――――っ!」

 

 「アリスンなんてほっとけばいいじゃ―――――ん! はやくごはん―――――っ!」

 

 「そういうワケにはいかないでしょ? ちょっとぐらい待ってあげなさい」

 

 「なんで、ライカ姉ちゃんもくじょーも、アリスンばっかりなんだよー! ヒイキだヒイキー!」

 

 「別に贔屓してるわけじゃないっての」

 

 「……むぅぅ」

 

 騒ぎ立てるがきんちょどもを尻目に、アルは腕を組んで、何か考え込んでいる様子だった。

 

 「どうかしたの、アル?」

 

 「ん……いや、先程から妙な胸騒ぎが……な」

 

 「……胸騒ぎ?」

 

 さっき、私が感じた悪寒と同類だろうか。

 アルもまた、“何か”を感じ取ったらしい。

 

 「妾の断片に関連するかとも思ったが……それにしては気配が微弱過ぎる。むぅ……」

 

 「…………」

 

 私はアリスンが飛び出していった扉、その向こう側に意識を向ける。

 ―――あの強烈な悪寒の残滓が、首筋の辺りにこびりついているような気がした。

 

 

 

 

 その後、結局アリスンは夕食の場に戻らず、食事を摂らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 礼拝堂。

 椅子に腰掛け、アリスンは鏡を見つめる。

 見つめ続ける。

 

 随分昔のこと。

 寝る前に、母が読んでくれた本。

 不思議の国に迷い込んだ女の子の物語。

 女の子はウサギを追いかけ、ちょっとおかしな住人たちと出会い、色々不思議な体験をする。

 

 アリスンが気に入っているお話。

 主人公の名前が少し、アリスンに似ているところもポイントだ。

 続編もまた然り。

 

 鏡の国の物語。

 何もかもがあべこべな、不思議な世界のお話。

 

 アリスンは鏡を見つめる。

 見つめ続ける。

 これをくれたあの女の人は、夢の国、御伽の国への扉を開いてくれる鏡だと言っていた。

 ……もし、本当にそうだったら。

 

 たとえば、何もかもあべこべな世界。

 死んでしまったパパやママも、そんな世界だったら生きているかもしれない。

 アリスンが―――私が独りぼっちじゃない世界。

 もし、本当にそうだったら……

 

 「何やってんだよ、アリスン」

 

 「えっ……」

 

 目線を上げると、目の前にジョージとコリンが立っており、意地の悪そうな笑みでアリスンを見下ろしていた。

 

 「………っ」

 

 アリスンは、そんな2人の前から立ち去ろうとするも、ジョージが素早く通せん坊した。

 

 「……な……な、に……?」

 

 怯えた様子のアリスンを、ジョージはそのまま乱暴に突き飛ばした。

 

 「きゃっ……!?」

 

 子供の腕力とはいえ、アリスンも同じ子供、しかも女の子だ。

 バランスを崩され、床に尻餅を突いてしまう。

 その拍子にコンパクトがアリスンの手から離れ、コリンの方へと滑っていった。

 

 「あっ……」

 

 コリンがコンパクトを拾い上げる。

 

 「ちょっと見せなよ……なぁんだ、ただの鏡じゃん」

 

 「大してかわいくもねーくせに、鏡なんか見てんじゃねーよ」

 

 「や、やめて……返してよ……っ!」

 

 アリスンは取り戻そうと近づくも、コリンはコンパクトを高く持ち上げて、彼女の手が届かないようにした。

 

 「いーやーだーよー。それ、パスっ」

 

 「ほら、そんなに返してほしかったら、とりかえしてみろよ」

 

 2人はアリスンを甚振るように、パスを繰り返した。

 何度も宙に舞うコンパクトに右往左往するアリスンの瞳には、涙が浮かんでいた。

 

 ―――いい気味だ。

 アリスンの姿を見て、2人はそう思った。

 

 九淨もライカも、アリスンばかり贔屓する。

 自分たちを蔑ろにしているのはアリスンの方なのに、2人ともアリスンを叱らない。

 叱られるのはいつも自分達ばかりだ。

 アリスンはずるい。

 女だからって、特別扱いされてるんだ。

 

 調子に乗ってる。

 だから少しくらい、いたいめをみせてやらなくちゃいけない。

 

 悪いのはアリスンの方だ。

 だから―――自分たちは悪くない。

 

 「えーい、こんな鏡っ!」

 

 コンパクトをキャッチしたジョージが蓋を開き、鏡を床に思いっきり叩きつけようとした。

 ―――それは、軽率だった。

 

 「―――――――!」

 

 ジョージの行動を目にしたアリスンの中で、何かが弾けた。

 ……同じだ。

 暴力を振るわれたり、いじめられたりしたときに、決まって湧き出てくるあの感覚。

 自分でも抑えきれず、現実を侵食するモノ。

 

 けど、仕方ない。

 

 人間は怖い。

 他人は怖い。

 実際にこうして、みんな私をいじめるから……。

 私だって痛いのは……辛いのはイヤなのに。

 何もしてこなければ、私だって何もしないのに。

 だから、私は悪くない!

 何も悪くない!

 もうどうなったって知るもんか―――

 

 ―――怖いのなんか、ぜんぶ、なくなっちゃえば良い!

 アリスンは、自分の中で暴走しようとしていたソレの、制御を放棄した。

 

 コンパクトが床に触れる。

 鏡が―――1つの世界が解き放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――――――ッ! 九淨!」

 

 「ええ! これって……!」

 

 凄まじいまでの、魔力の反応。

 

 「間違いない……妾の断片だ!」

 

 爆発のように強烈なそれは、明確に方角を告げていた。

 

 「―――教会の方から」

 

 真っ先に思い浮かんだのは、アリスンの持っていた鏡。

 

 (やっぱり、アレがそうなのかしら?)

 

 でも、どうしてすぐ気づかなかったのだろうか。

 

 「確かに妙な気配はしていた。だが、妾の一部である断片ならば見落とす筈が無い。―――どういう事なのだ?」

 

 ……色々と謎だけど、今は現場に急ぐべきだろう。

 

 「考えるのは後! 往くわよ、アル!」

 

 「……分かった!」

 

 光が私を包み込み、一瞬でマギウス・スタイルへと変身する。

 

 ―――時間が惜しい。

 私は窓を足場に、アーカムシティの空へと飛翔した。

 

 「マギウス・ウィング!」

 

 黒翼を大きく展開し、高度とスピードを上げる。

 目にも止まらぬ勢いで流れていく景色を置き去りに、教会へと一直線に翔ぶ。

 

 「……見えた!」

 

 視界に飛び込んできた教会からは、まるで昼間のように眩しい光が溢れていた。

 速やかに着地し、扉を蹴破る。

 

 「みんな!」

 

 「九淨ちゃんっ!? アリスンちゃんが……!」

 

 「なっ……なによこれっ!?」

 

 ジョージとコリンを背中に庇い、光の洪水と対峙しているライカさん。

 そして、その向こう側。

 

 「アリスン!」

 

 光の中に佇む、小柄な女の子。

 虚ろな瞳で、何もない空間を見つめている。 

 そして、そんな彼女を囲んでいる怪異達―――!

 

 珍妙というかなんというか……。

 歯車製のウサギ、嫌な笑いを浮かべる猫、人間ぐらいの大きさの卵に四肢と人面をひっつけた男性等々……奇天烈ファンシー大戦なクリーチャーの一団が、そこにはいた。

 

 「九淨……あの娘が持っている鏡を見よ」

 

 アリスンはその手に、あのコンパクトを持っていた。

 蓋は開いており、鏡が私たちの方へと向けられている。

 どうやら、光の発生源はアレみたいだけど……。

 

 「っ―――――!?」

 

 光が、その強さを増した。

 目を開けていられないほどの輝きにとともに、ポン! と間の抜けた音が響いた。

 

 腕で庇いながら目を凝らす。

 見えたのは、卵のようなもので……それが弾けた。

 中から現れたのは、ティーカップを持ち、シルクハットを被った、(目が)イカレ系のおっさんだった。

 

 (これって……!?)

 

 「これは……“ニトクリスの鏡”に関する記述か!」

 

 「ニトクリス?」

 

 「古代エジプトを統治していた第六王朝、残虐女王の名だ。かの女怪は青銅の枠にはめられた魔法の鏡を通して、異界の光景を垣間見ていたと云うが―――あの娘、実体化した鏡に憑かれたな」

 

 「つ、憑かれたって……!」

 

 「あのクリーチャーたちは?」

 

 「鏡の力によって虚実と現実の境界を朧とし、娘の想像を魔力を持って実体化させておるのだ。このまま放っておくと、益々増えてゆくぞ」

 

 「それはまた厄介ね……!」

 

 「来るぞ、九淨!」

 

 「―――――ッ!?」

 

 クリーチャーたちが動き出した。

 先ずウサギが、その鋭い前歯を振り翳して迫る。

 

 「きゃあぁぁぁっっ!」

 

 「危ない、ライカさん!」

 

 素早くライカさんの前に立ち、ウサギを迎撃する。

 

 「吹っ飛べ、げっ歯類!」

 

 魔力を込めた拳を、前歯が振り下ろされる前に、本体へと叩き込む。

 

 「ゲェェェェ―――!」

 

 ウサギは歯車(中身)をぶちまけながら吹き飛んでいき、祭壇に叩きつけられた後、床に転がった。

 そのまま内部から火が噴出し、動かなくなった。

 

 「1つ忠告しておこう」

 

 「ん、何?」

 

 「兎は齧歯目では無い……重歯目だ!」

 

 「細かっ!?」

 

 「九淨ちゃん!」

 

 続いて、猫と卵人間が向かってきた。

 私は、背中の両翼を刃に変化させ、二匹のクリーチャーに振るう。

 

 卵人間は刃をその身に受け、殻と内容物のミックスを床にぶちまけながら、倒れて動かなくなった。

 しかし、猫の方は軽々と刃を回避し、床に着地した。

 

 (このブタ猫が……っ、ニヤニヤ笑いやがってからにぃぃぃ……!)

 

 癪に障る笑みを浮かべた猫は、そのまま、私を撹乱するように周囲を飛び回り始めた。

 

 「アリスンの想像を元にしているなら、何でこんなに不気味で攻撃的なクリーチャーばっかりなの? まさか、アリスンの心が歪んでるとでもいうのかしら……?」

 

 「いや、むしろ鏡の方が歪めておるのだろうさ……だが、本当にそれだけか?」

 

 アルは何か考え事の様子だけど、私の方はそうもいかない。

 

 「せりゃぁぁっ!」

 

 一瞬止まった猫に、拳を放つものの、再び回避されてしまった。

 視界から消失した猫を、目を閉じ、気配で追う。

 

 (……後ろ!)

 

 「甘いっ!」

 

 絶妙なタイミングで振るった黒翼は、見事猫を両断した。

 

 最後の一体、帽子のおっさんと対峙する。

 おっさんは口元に不敵な笑みを浮かべながら、おもむろにシルクハットを脱いだ。

 

 (……何を仕掛けてくるつもり?)

 

 身構えて、おっさんの動きを警戒する。

 そして、シルクハットから飛び出してきたのは―――鳩。

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 自慢の出し物をバッチリと決め、帽子のおっさんは最高のスマイルを浮かべた。

 

 「―――だらっしゃぁぁぁぁ!!」

 

 とりあえず、全力で顔面をぶん殴っておいた。

 首を向いちゃいけない方向に向けながら、帽子のおっさんはぶっ倒れた。

 

 「ハァ……大丈夫だったかしら、ライカさん? がきんちょ?」

 

 「う、うん……けど九淨ちゃん、ちょっと子供の情操教育的によろしくない殺し方を……」

 

 「うーん……ドンマイ」

 

 「や、ドンマイって……いえ、それよりも」

 

 「ええ……アリスン!」

 

 悠長にコントを繰り広げている場合じゃない。

 アリスンの持った鏡からは、未だに光と、漠然とした魔力が溢れている。

 今にも暴発しそうな状態ね……!

 

 「アリスン! その鏡は危険よ! 私に渡して!」

 

 虚ろなアリスンの瞳が、私を見つめる。

 けど、そんな瞳に、僅かながら光が灯った。

 ―――同時に、揺らめく涙が溢れ出した。

 

 「いやぁ……いやだよぉ……」

 

 「アリ……スン?」

 

 「どうしてぇ……? どうしてみんな……いじめるのぉ……?」

 

 「アリスンちゃん!」

 

 「もういやぁ! みんな……みんな―――大ッ嫌いっっっ!」

 

 「っ―――!?」

 

 アリスンの悲痛な叫びに応えるように、漠然としていた魔力が容を成した。

 光が溢れる鏡の向こうから、大量のトランプが、まるで刃物のような鋭さをもって礼拝堂中に吹き荒む。

 

 「うわあああああ!」

 

 「みんなっ!」

 

 「翼よ、防げ!」

 

 マギウス・ウィングが、ライカさんたちを護るように広がる。

 けど咄嗟の行動だったために、自分の防禦が疎かになってしまった。

 何枚ものトランプが、身体を庇った腕に突き刺さる。

 

 「ぐっ……!」

 

 「いやぁぁぁぁぁぁぁっっ!」

 

 「アリスン! 落ち着いて、アリスンっ!」

 

 トランプの嵐に、礼拝堂の窓が割れていく。

 突然アリスンの身体が宙を舞い……割れた窓から、教会の外へと飛び出していってしまった。

 

 「アリスンちゃん!」

 

 ライカさんの静止の声が、礼拝堂に虚しく響く。

 アリスンが去り、礼拝堂に存在した怪異は、鏡が割れるような音と共に、光となって霧散していった。

 

 (っ……アリスン)

 

 「……! 九淨ちゃん、怪我は大丈夫っ!?」

 

 「案ずるな。大した怪我ではない」

 

 「あなたが答えるんかい。それよりも……」

 

 アリスンの言葉から感じられた、強い拒絶。

 普段大人しいアリスンが、あんなにも感情をむき出しにするなんて……。

 

 「……やはりな」

 

 「え? 何がよ?」

 

 「鏡の力だけでは無い。あのクリーチャー共は、他人を拒絶する娘の心の顕れだ」

 

 「そんな……」

 

 いくらなんでも、アリスンがそこまで……と考えたそのとき。

 何気なく、がきんちょどもに視線を向けると、ビクっと反応して目を逸らした。

 

 ……。

 

 「ねえ」

 

 私はジョージとコリンの頭を掴み、強制的にこちらを向かせた。

 

 「いっ! な、なにすんだよ、くじょー!」

 

 「いたっ! な、なんだよ!」

 

 「分からない?」

 

 「……九淨ちゃん?」

 

 「ぅ――――っッ」

 

 自分でも驚くほどの冷たい声に、がきんちょどもはたじろいだ。

 見つめる私から逃げるように、2人は私の目を直視しようとしない。

 

 「何があったのか、話しなさい」

 

 その様子から、何か後ろめたいことがあるのだろう。

 私は2人を問い詰めた。

 

 「言っとくけど、隠し事をしようとか思うんじゃないわよ? それでもし、アリスンの身に何かあったら……あんたたち、只じゃ置かないからね」

 

 「うっ……」

 

 私が本気で怒ってることを察したのだろう。

 2人は恐る恐る、一部始終を白状した……。

 

 「…………」

 

 話を聞き終えた私は、2人をビンタした。

 パシィン! と乾いた音が響く。

 

 「―――――ッ!?」

 

 「っっッ!」

 

 「九淨ちゃん!?」

 

 ……今までじゃれ合いはしても、本当に叩いたことはなかった。

 ショックに呆然としている2人の前にしゃがみ、視線の高さを合わせる。

 そして、肩を掴んで怒鳴った。

 

 「悪戯するなとは言わない! 喧嘩だって時には必要よ! だけど……弱い者イジメなんて、最低なコトしてんじゃないわよ!」

 

 「………」

 

 2人の瞳を見据え、続ける。

 

 「アンタたち、ただ単にアリスンが理解できないから、ビビってるだけなのよ! 理解できないものは虐げて、自分の方が上だって……安っぽく安心したいだけなのよ!」

 

 「…………」

 

 ライカさんも、黙って私たちを見守る。

 

 「何でアリスンも同じだって、分かってあげられないの? ねえ……アリスンだってあんたたちと一緒で、ずっと独りぼっちだったのよ?」

 

 「っっ!」

 

 「もう、帰れる場所は此処だけなのよ……なのに、あんたたちがそんなんじゃ、あの子はどうしたら良いの?」

 

 「……うぅっ、ぇうっ、うええぇぇぇ……っ!」

 

 「うぁぁぁっ……うえぇぇぇんっ!」

 

 自らの行いを悔いたのか、2人は泣き出してしまった。

 ごめんなさい、と涙ながらに繰り返す2人の頭を優しく撫でる。

 

 「アリスンは、必ず私が連れ戻してあげるから。だから―――直接アリスンに言ってあげなさい」

 

 がきんちょどもは、涙に顔を濡らしたまま何度も頷いた。

 

 「よしっ……」

 

 私は立ち上がり、ずっと見守っていたライカさんに向き直った。

 

 「ライカさん」

 

 「―――神様。九淨ちゃんがとってもマトモなことを言っています。驚愕です。カルチャーショックです」

 

 「もはや異文化扱い!?」

 

 「―――九淨ちゃん、私も一緒に」

 

 不意に、真剣な眼差しになったライカさんはそう言った。

 

 「えっ? けど、かなり危険よ?」

 

 「アリスンちゃんは、私たちの家族なんだから……任せっきりには出来ないよ」

 

 「…………」

 

 どうやら決意は固いみたいだ。

 

 「言っても無駄かしらね……分かったわ。けど、無茶はしないでよ」

 

 「九淨ちゃんこそ」

 

 「2人とも! 留守番頼むわよ!」

 

 がきんちょ2人は涙を拭って、しっかりと頷いてくれた。

 

 「九淨。急がねば、騒ぎが大きくなるぞ」

 

 「分かってる! ライカさん、飛んでくから、背中」

 

 「えっ? は、はいっ!」

 

 屈んだ私に、おずおずと負ぶさるライカさん。

 しっかりと背中に抱え、立ち上がり、黒翼を広げる。

 ちょっと変な感じだけど、多分大丈夫でしょ。

 

 「往くわよライカさん、落ちないようにねっ!」

 

 「はえっ……? ちょ、ちょっと……きゃああああああああ!?」

 

 地面を蹴って加速し、浮遊する。

 割れた窓から教会の外へ。

 そのまま一気に高度を上げる。

 

 「きぃゃああああああぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~…………っっっっ!!」

 

 ライカさんの悲鳴が、アーカムシティの夜空に、響き渡った。




第六王朝のニトクリスさん。
途絶えていた“N#%rl?t⊿§∑ep”崇拝を復活させて、残酷な統治をしたそうな。
死刑囚にはもれなく、かの鏡と添い寝する権利が与えられたとか(強制)。
ニトクリスさんマジ残虐女王。

まあ、死刑には違いないのですが。

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