「ふぅ……」
湯船に浸かり、息をつく。
先程の戦い後、デモンベインを戻しに格納庫へと向かった私たちを待っていたのは、やはりというか当然というか覇道のお嬢様だった。
釘をさされたにも拘わらずデモンベインを無断使用したのだ。
どんな処罰を言い渡されるか、気が気でなかったのだけど……
「貴女方の行動に関して暫く協議させていただきます。ですので、詳しいことはまた後日連絡致します。それでは」
と、帰宅を促されたのだ。
助かったのか、それとも死刑(社会的な意味で)執行が先に延びただけなのか。
今の私にそれを知ることはできない。
「はぁ……」
思わず溜息が出てしまう。
いけないいけない。
この話はやめておこう。
(…………)
天井を見つめ、ぼけーっと脱力する。
(あ、そういえば)
戦闘中に覇道鋼造について考えてたっけ。
自分の知る限りの覇道鋼造についての知識を呼び起こしてみる……といっても、ほとんど新聞記事や噂、書籍によるものであって、私自身直接会った事があるワケじゃない。
覇道財閥先々代総帥 覇道鋼造
一代にして事業―――アメリカ合衆国・大陸横断鉄道の開通。を事実上1人で成し遂げた男。
南北戦争の傷痕により分解寸前だった国土と人心を、物流と通信を司る
“超人”
“巨大な活力の塊”
“一国家に匹敵する一個人”
“石油王”
“鉄鉱王”
“貿易王”
“鉄道王”
これら全ての異名を持つ男。
そして、世界に名を轟かせる大財閥・覇道財閥の創始者。
まさに偉人だ。
そんな彼には様々な伝説……と呼ぶべき噂が付きまとっていた。
曰く、覇道鋼造が興した鉄道事業の資金源は、彼が冒険家だった頃に掘り当てた、アリゾナの然る金鉱脈である。
曰く、覇道鋼造はアメリカ裏社会のフィクサーである。
曰く、覇道鋼造は魔術師である。
根も葉もないモノ、荒唐無稽なモノ、種類は様々だったが、そんなふざけた噂でさえ“覇道鋼造”という人物のモノなら信じてしまいそうだ。
実際、そういった“力”が覇道鋼造にはあったのだろう。
(そんな覇道鋼造だったら、あのデモンベインを造れても不思議はない……かしら?)
「九淨! いつまで入っておるのだ!」
部屋の方からアルの声が聞こえてきた。
どうやらそれなりに時間が経っていたらしい。
少し大きめのアルの声に急かされ、私はお風呂から上った。
「ごめんごめん、考え事してたらつい長湯しちゃって」
乾ききっていない髪にタオルを乗せ、シャツのボタンを留めながらリビングに入る。
「まったく、遅いぞ九淨」
どうやら待たせてしまったみたいだ。
アルは私が出てきたことを確認すると、入れ替わりにバスルームへと入っていってしまった。
とりあえずお風呂上りの水分摂取ということで、キッチンへと向かい水を飲む。
「んくっ……ぷあっ」
リビングに戻りソファーへ座る。
ぼんやりと部屋を見回して……
レコードプレイヤー。
父親に持たされた……いや―――父親からの
「父さん……」
呟き、ソファーに寝転ぶ。
どうも私は疲れているらしい。
こういうときはさっさと寝てしまおう。
暗く沈みそうな思考を破棄し、私は眠りに落ちていった。
思い出せることはほとんどない。
ほんの数年前、ミスカトニック大学
息を引き取った父さんとモルグで対面したとき、最後にどんな表情をしていたかも覚えていない。
ただ―――
とても悲しかったことだけは、覚えている。
九淨さんの身の上話はいずれ本編にて。