「……そうだ」
ふと、ある事に気づいて立ち上がる。
「どうした、九淨?」
「ちょっとね」
アルに返事を返しつつ、部屋の片隅に置かれている
「それは?」
「レコードプレイヤーよ」
「れこーどぷれいやー?」
(確か世界で最初の
アルが知らないのも無理ないわね。
「そ、コレを再生する為の機械よ」
言って、近くに仕舞ってあるEP盤を取り出す。
「……円盤?」
「そ、円盤。コレをこうしてセットして……っと」
プレイヤーにEP盤をセットし、針を落とす。
一拍。
そして、柔らかな音色が流れ始める。
「ほう、
アルはそう言って近寄り、興味深そうにレコードを観察し始めた。
「どうかしら、私は結構気に入ってるんだけど」
「うむ、悪くないな。……して、なんという曲なのだ?」
「“Fly Me to the Moon” よ」
ジャズのスタンダードナンバーの一曲……といっても、私はジャズに詳しい訳じゃない。
ジャズが好き―――ではなく、この曲が好き。
ということだ。
「“
「所謂、ラブソングってやつね」
それも、聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらいの。
(……まあ、そこがイイんだけどね)
「手を繋いでほしい、キスしてほしい、あなたは私がずっと待ち焦がれていた人、憧れ慕うのはあなただけ、私はあなたを愛してるの……ってね」
「解説はいいが……言ってて恥ずかしくないか?」
「……すっごい恥ずかしい」
冷静に指摘され、顔が赤くなる。
自爆なだけに何とも言えない。
(何かしら、この羞恥プレイは……)
「……シャワー浴びてくる」
「ん」
既に音楽に聞き入って空返事なアルに背を向け、バスルームに入る。
シャワーシーンはカット。
「ふぅ……アル。出たわよ」
「ん? おお、湯浴みか」
私の言葉に振り向いたアルは、心なしか嬉しそうだ。
「では、入らせてもらうとしよう」
「はいはい、行ってら~」
バスルームに入っていくアルを見送る。
お風呂上りな私はキッチンへと向かい、コップに水を注いだ。
まだ乾ききっていない髪の毛をタオルで拭きつつ、水を呷る。
「……ぷはっ」
コップの水を飲み干してリビングに戻り、ソファーに腰掛ける。
ちなみに今の私の格好は、寝巻き代わりの白シャツに黒のスキニージーンズだ。
白シャツだけでも良いんじゃない? って思うかも知れないけど、ダメなのだ。
以前白シャツにショーツだけで寝ていた頃、早い時間帯に来たお客さんに、寝惚けてそのままの姿で対応してしまい、とても恥ずかしい思いをした経験があるのだ。
……まあ、私の恥ずかしい過去は投げ捨てておく。
ソファーに座った私は、ふと疑問を抱いた。
(……アルって魔導書よね? シャワーとか湯船とかって大丈夫なのかしら)
書物的な意味で。
(まあ、本人が湯浴みって分かって入っていったし、多分大丈夫なのよね)
自己完結したところで、閑話休題。
このレコードプレイヤーは、こちらに来るときに父親に持たされたものだ。
……もういらないからって渡されたのを、持たされたと表現して良いかは微妙だけど。
しかも、何故かプレイヤーだけ渡されて肝心のレコード盤は渡されなかったのだ。
まあ、単純な渡し忘れなんだろうけど。
そんなこんなでレコード盤を買うべく、お店を散策したのだけど……いやはや。
最初はクラシックでも聴こうかなと探していたのだけれど、正直どれが良いか全く分からなかった。
偶に聴くぐらいであろう物に、そこそこの金額を出す気にならなかったというのもある。
そうしてジャンルを変えて、そんな中見つけたのが……この曲だった。
ジャズなんて詳しくない私にも理解出来た、コレは良い曲だと。
最近では生活の余裕の無さから、あまり聴いてなかったのだけど―――
(……やっぱり良い曲ね)
お風呂上りということもあって、しっとりとした曲の雰囲気に包まれ、瞼が重くなってきた。
(明日から厳しく行くって言ってたし……先に寝ちゃおうかしら)
それが良い、と結論した私は、ソファーに寝転がり眠りについた。
レコードやジャズに関しては完全に俄なので、色々おかしい部分があると思いますが、あくまでこの小説の中のソレとお考え下さい。