ある少女の斬魔大聖   作:アイオン

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第10話

 瞼を開く。

 昨日と同じ、デモンベインを操縦する為の空間。

 脳内を疾る術式―――デモンベインを駆り、敵を打倒するための理論。

 私は、再びここに立っていた。

 

 『九淨、言っておくが手加減をしようなどと思うなよ?』

 

 前方のシートに腰掛けるアルは、振り返りもせずに言い放つ。

 けど肝心の私は、デモンベインに搭乗した途端、躊躇いを覚えてしまった。

 あの圧倒的な破壊力を、生身の人間に向けることに。

 

 「喚んだか。ふっ……それで良い。ようやく愉しめそうだ」

 

 マスターテリオンはすぐ近くの高層ビル、その屋上に立っていた。

 涼しげな表情で、身構えもせず、こちらを見据えている。

 

 『ねぇ、アル。いくら相手が()()とはいえ、巨大ロボットで人間をド突き回すっていうのは人道的にどうなのかしら……?』

 

 『このうつけ者っ! 此の期に及んで、まだそんな寝惚けたことを言っておるのか! 彼奴はそう云う次元の相手では……!』

 

 アルは激昂するが、それでも尚私は躊躇ってしまう。

 

 「―――では、余からまいるぞ」

 

 『…………へっ?』

 

 言うと同時に、マスターテリオンの姿が消える。

 気付いた時には、デモンベインの目の前まで接近していた奴が―――

 

 『なぁ―――――――――――ッ!?』

 

 デモンベインの顎を目がけて―――アッパーカットを放った。

 あくまで人間並みの質量と範囲であるはずのソレによって激しい衝撃が走り、コクピットが大きく揺さぶられる。

 

 ―――デモンベインの重量はどれくらいかしら?

 100t? 1000t? 詳しいことは分からない。

 ……分からないけど、とにかく並外れた超重量であるはずの機体が―――アーカムシティを一望できる高さまで吹き飛ばされていた。

 そして今度は逆に、地面に向かって落下していく。

 

 『……ッ! 対衝撃防禦!』

 

 全速力で展開された防禦陣が、デモンベインを包む。

 そして……激突。

 落下の衝撃は凄まじく、周囲のビルを木の葉の如く吹き飛ばし、視界を完全に覆い尽くすほどの土煙が、砕かれた瓦礫のスコールと共に一帯を覆った。

 防禦陣に守られていたにも関わらず、衝撃はデモンベインの操縦系を麻痺させた。

 

 『な、あ、え……っっ!?』

 

 仰向けの姿勢のまま、空を見上げる。

 土煙の向こうから大気を貫き、マスターテリオンが降下してくる。

 マスターテリオンの手には、黄金に輝く弓が握られていた。

 そして、同じく黄金に輝く矢が番えられ―――放たれる。

 一本だったはずのソレは、十、百、と分裂し……その全てが軌跡を描き、デモンベインへと向かって飛来し、炸裂した。

 

 『くああああああっ!』

 

 『くぅっ! ……きゃああっ!』

 

 凄まじい威力に、コクピットが激震する。

 

 『っぅ……な、何なのよ、アイツ!?』

 

 『だから加減しようなどと思うなと、言ったであろうに!』

 

 巨大ロボットが―――デモンベインが、生身の人間相手に、手も足も出ないなんて……!

 

 (出来の悪いブラックジョークね……まったく!)

 

 素人である私の技量の低さを差し引いても、理解できそうにない。

 

 『くっ! 武器は!? 何か使える武器はないの!?』

 

 『すぐに使用できるのは……これしかない』

 

 デモンベインの頭部に、お約束のようにバルカン砲が装備されているようだ。

 私はすぐさま、バルカン砲を掃射する。

 

 「余を相手に玩具で遊ぶか!」

 

 『……っ!』

 

 私はありったけの砲弾をマスターテリオンへと撃ち込んでいく。

 何百発もの弾によって爆煙が撒き散らされ、お互いの姿を隠す。

 

 『立て、九淨!』

 

 『言われなくても!』

 

 それを牽制に、操縦系を回復させる。

 

 『―――――――ッ!』

 

 強烈な悪寒を感じ、立ち上がった機体を即座に横っ飛びさせた。

 目の前には、輝く弓ではなく、黄金の十字架を手に持ったマスターテリオンが迫っており、間一髪でそれを回避できた。

 ―――同時に、一瞬で数十メートルまで伸びた十字架が背後の高層ビル群を両断した。

 

 (いやいやいやいやいやいや!)

 

 『あ、あんなの有り!?』

 

 「どうした、大十字九淨! アル・アジフ! 貴公達の力はその程度か!?」

 

 『この程度で悪かったわね! くっ!』

 

 通用する筈がないと理解しつつも、バルカンを連射し続ける。

 弾丸は全て、十字架に切り落とされた。

 

 カチリ。

 

 『っ……弾切れ!?』

 

 慌てている私が見えているのだろうか、マスターテリオンは冷ややかな目でデモンベインを見据えている。

 

 「貴公には期待していたのだが……興醒めさせてくれたな」

 

 『―――――! くっ……っっああああ!?』

 

 唐突に、デモンベインを凄まじい重圧が襲った。

 

 (う、動けない……!?)

 

 『重力結界! くぅっ……こ、このままでは……』

 

 『あ……ああぁ……あくっぅあああっ……っ!』

 

 コクピットのあちこちから爆炎が上がる。

 徐々に強くなっていく重圧に、デモンベインよりも先に私が潰されてしまいそうだ。

 

 マスターテリオンは、無様に這い蹲る私たちを、心底つまらなそうな眸で見下ろしていた。

 

 「くだらん……あまりに下らなさ過ぎる、期待はずれもいいところだ。これでは先程の怒りに任せた一撃の方が、よほどマシだったな……」

 

 誰に向かってというワケでもなく呟いていたマスターテリオンは、何かを閃いた様子で

 

 「ふむ……そうか」

 

 デモンベインに背を向け、あらぬ方向に手を翳した。

 

 (……何のつもり?)

 

 膨大な魔力がマスターテリオンの掌へと集まっていく。

 デモンベインにトドメを刺すワケでもなさそうだけど……いったい、そっちの方向に何が―――

 

 『―――――――――――ッッッッ!?』

 

 嫌な感覚が全身に奔る。

 未だ身体に掛かる重圧を無視し、マスターテリオンが手を翳す方向をモニターに映す。

 そこに映し出されたのは―――

 

 『や、やめてぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――――――――――――――ッッ!』

 

 

 

 

 

 『あ、アンタァァ……!』

 

 「……ふふふ」

 

 ……光弾は、教会のわずか手前。

 道路の真ん中で炸裂するに留まった。

 

 「ふふふふふ……はははははははっ……あははははははははっっっ!」

 

 マスターテリオンは笑っている。

 

 「あはははははははっ! あはははははははははっ! どうした、大十字九淨? ははっ、驚いたか? あははははははははは!」

 

 無邪気に笑い続ける。

 傲慢に笑い続ける。

 狂ったように笑い続ける。

 亀裂のような笑みを浮かべるソレを―――私は、このときはっきりと認識した。

 

 (―――コイツは、人間じゃない。人間と―――認めるわけにはいかない)

 

 ソレは告げた。

 

 「……次は当てるぞ?」

 

 『っ……ッッ!』

 

 その言葉を引鉄に、私の(なか)で何かが弾け飛んだ。

 意識が急速に拡大し、世界へと拡散していく。

 カラダが熱く滾り、しかし中心はひどく冷静。

 つい先日にも体験した、世界の果てまでも見通せるような超感覚。

 

 私の目は、デモンベインを押さえつける重圧、その結界の構造を読み取る。

 そして、読み取った結界の繋ぎ目に魔力を流し込んで構成を崩壊させる。

 魔力が迸り、硝子が粉々に砕け散るような甲高い音と共に、重力結界が消えた。

 

 『――――――!?』

 

 「ほう……!」

 

 自由になった機体を起き上がらせ、マスターテリオンの下へと疾走する。

 

 (奴の術を解呪(ディスペル)した!? 自力では術も満足に紡げない、此奴が!?)

 

 鋼の拳を握り締め、アーカムシティを揺るがせながらデモンベインを走らせる。

 

 『この外道がッ! アンタのそのスカしたツラァ……! リミアニみたいに薄っぺらくしてやるわァッ!』

 

 躊躇いは既になかった。

 絶対にあの外道は許さない。

 全力の一撃で……アイツをブッ飛ばす!

 

 『はああああああああああああああああああああああ!』

 

 渾身の魔力を込めた拳を、マスターテリオンに向けて突き出す。

 マスターテリオンは動かない。

 ただ笑みを浮かべて、迫る鋼の拳を見つめ―――

 

 魔力の爆発が、黄昏の世界を白く灼いた。

 

 『……やった?』

 

 『―――否! まだだ、九淨!』

 

 爆発の閃光が止んだとき、デモンベインの拳は()()()()()()()()()

 

 血のように赤い、鮮血の紅。

 デモンベインと同じ鋼。

 刃金を鎧う掌に。

 

 『な……なに、コレ……』

 

 「ふふ……ははははははっ!」

 

 紅の鋼に護られ、マスターテリオンが嗤う。

 

 「貴公を期待はずれと言ったが、訂正させていただこう。―――見事! よくぞ余に魔導書を使わせた!」

 

 マスターテリオンは、凄絶な笑みを浮かべて告げる。

 

 「紹介しよう。我が魔導書“ナコト写本”!」

 

 マスターテリオンの側に、1人の少女が付き従っていた。

 古墨を運んだような艶めく美しい黒髪。

 黒曜石のような瞳。

 そして、深い闇色をした豪奢なドレス。

 ただ肌だけが、そんな黒に浮かび上がるように白い。

 黒の少女は、こちらに向けて左腕を突き出している。

 が、肘から先は別の空間に呑み込まれているかのように存在しない。

 

 (………?)

 

 ふと、黒の少女の雰囲気に既知感を覚える。

 この少女に良く似た雰囲気を知っているような……。

 

 (……アル?)

 

 そうだ、あの子は“アル・アジフ”の精霊と、纏っている雰囲気が似ている。

 それに、マスターテリオンは言っていた。

 

 (“ナコト写本”……つまり、あの子も魔導書ってこと!?)

 

 「返礼してやれ、エセルドレーダ」

 

 「イエス、マイ・マスター」

 

 エセルドレーダと呼ばれた少女は、ここに存在しないはずの左手に力を込める。

 何故だか、私にはそれが理解できた。

 そんな確信を裏付けるように、デモンベインの拳を受け止めていた紅の鋼が、ギシリと音を立てる。

 デモンベインの拳を握りつぶすように、力が込められ―――

 

 「ABRAHADABRA(アブラハダブラ)

 

 昂ぶる魔力が、紅の鋼より開放された。

 光に呑まれ、閃光に満たされ、世界は白い闇の中に閉ざされる。

 デモンベインもその中へ呑み込まれ―――私の意識は、そこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仰向けに倒れた、デモンベイン。

 そのコクピットの中で、私は寝そべった状態のまま、モニターに映し出されたアーカムシティの夜空をただ呆然と見上げる。

 デモンベインの周囲の建物が炎上し、炎は夜空を赤黒く染めていた。

 身体中、痛くない箇所がないくらいに悲鳴を上げているけど、そんなことは些細な問題としか感じられなかった。

 

 ……私は、マスターテリオンに歯が立たなかった。

 いや、そんなレベルの話じゃなくて、そもそも同じラインに立ってすらいなかったのだ。

 ただ、私たちの前に突然現れて、圧倒的な力の差を見せ付け、アッサリ帰っていっただけ。

 無力感と絶望感を残して……。

 

 (何も……出来なかった……)

 

 余りの悔しさに、涙が流れてしまう。

 私は、シートから投げ出されて身体の上に被さるように転がっているアルに語りかける。

 

 『……ねぇ、魔導書』

 

 『……何だ、我が主よ?』

 

 (………………)

 

 瞼を閉じる。

 それだけであの凄絶な笑みが、亀裂のような笑みが、脳裏に蘇る。

 瞳に灼きついてしまった邪悪に、絞り出した声は情けなく震えていた。

 

 『……何なのよ、アレ。……あんなの、アリなの!?』

 

 『これが今の我らの限界なのだ。妾は、現在魔導書として不完全な状態であり……汝は、敵と戦うにはあまりにも、未熟だ』

 

 『っ……!』

 

 恐怖に震える歯を噛み締め、同じく恐怖に震える拳を強く握り締める。

 

 『……それでも私なの? ……こんな落ちこぼれで、未熟者なんかより、もっと役に立つ人がいるんじゃないの?』

 

 私は逃げ道が欲しいのだろうか。

 

 アル・アジフは断言する。

 

 『それでも汝なのだ。妾と魔力の波長が合い、邪悪に染まらぬ者……他を探している時間も余裕も無い』

 

 『だからって、私はこのザマよ?』

 

 ……私は、逃げ道が欲しいのだろうか。

 それとも―――

 

 『ならば強くなれ、大十字九淨! マスターテリオンを放っておけば、今日の様な事が必ずどこかで起こる。いや、今もどこかで泣いている者もいるだろう。誰かが苦痛に涙を流す。誰かが悲痛に血を流す。誰かが邪悪に命を流す。邪悪を知り、それと戦う力を得、それでも汝は見て見ぬフリをするのか? ―――答えよ、大十字九淨!』

 

 ―――こうして、全ての逃げ道を、消して欲しかったのだろうか。

 

 『……っ』

 

 (そうだ、私は見てしまった)

 

 ()()を見てしまった以上、もう見て見ぬフリなんてできない。自分の全てを賭けてでも、ブラックロッジを―――マスターテリオンを否定し、打倒しなくちゃいけない。

 

 『うああああああああああああああああああ!!』

 

 私は流れる涙を振り払うように、声の限りに叫んだ。

 その咆哮と共に、私の中の何かが、砕け散ったような気がした。

 呪縛か、私が私であるために必要な何かか、それとも―――

 

 『……強くなることだ、九淨。誰よりも』

 

 ……許さない。絶対に許さない。

 

 (私は認めない! あの存在を、あんな邪悪を!)

 

 マスターテリオン! ブラックロッジ!

 

 (二度と……もう二度と! 笑えないようにしてやるわ……!)


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