引っ掛かってるやも知れません。
読むに堪えない文かと思いますが、それでもよろしい方はどうぞ御覧ください。
この無限の
孤独の
人智を超え、狂気をも超えた、その領域で、世界と怪異が侵し合う事、幾星霜―――
それでも尚続く、猶巡る。
未来永劫、そして過去永劫。
そして
恐らく、終わることは無いのだろう。
揺るがぬ星の輝きは、この
その輝きが無数に穿たれた漆黒に、この
―――蒼い
深い、深い、闇の如き蒼。呑み込まれそうな色、その癖、何よりも煌いている。
―――唐突、その蒼を抉り、闇色の傷痕が拡がった。
蒼の拡がりに比べればそれは余りにも小さいものであったが、それは確実に存在する怪異であった。
不、自然 とでも呼ぶべきだろうか。
在ってはならない、世界の綻び。
―――綻びより、ソレは顕れた。
ヒトを象った鋼、神を模った鋼。
しかし、顕れたソレはあまりに不完全であった。
片腕、片脚を損ない、貌の半分を抉られ、胸部には断ち割られたかの様な、巨大な亀裂が奔っていた。
神の如き完全で有り得ず、ヒトの様な万全でもなく、それは最早、シカバネと呼ぶのが正しいであろう有様だった。
だが、鋼は息絶えていなかった。
慣性に捉われ、地球に墜ちるかの様に飛ばされ続けている。
鋼はそれに逆らわず、血の通わぬ鉄の拳を握り締め、自らが顕れた綻びに向かって突き出した。
突如、拳を光が包み込んだ。
光は網を形作り、文字となり、紋様を象り―――怪異が起きた。
紋様が砕け、光が弾け、拡散、再結集、収縮、再膨張、結晶化。
集まった光が実体を持ち―――広げた掌には、銃が収められていた。
具現化した銃を握り、引鉄に指を添える。
銃口は綻びの向こう、その深淵へと向けられ、トリガーが引かれた。
片腕片脚を損なっている鋼は出鱈目な構えであったが、銃口より放たれた光は真っ直ぐに、目標……綻びの向こう側へと向かっていった。
―――刹那、綻びより光の洪水が世界の総てを呑み込んだ。
光の中での沈黙……白い闇が退き、光の残滓が世界に灼き付いている。
その残滓の中で、未だ墜ち続ける満身創痍の鋼は背中の翼を広げた。
翼、鋼の翼が発光する。
翼、バーニアから噴出される光、フレアが、慣性に逆らい鋼を支えた。
墜落が止まり、その間、鋼の眸は正面を捉えたまま。
……綻びは、消滅していた。
何も無い。
在ってはならない怪異は、最早その蔭すら残っていなかった。
否。
雷光が弾ける。
鋼の放った光の残滓か。
その雷光を纏い、紅い影が一つ。
紅い影は―――ヒト型であった。
紅い影もまた、鋼であった。
欠けたる部位の無い、完全なヒト型、完全な神型。
『諦めよ』
無音の宇宙に、紅き鋼の声が響く。
鈴を転がしたかの様に澄んで響く、中性的な声。
その声はまるで、旧知の友に語りかける様でありながら、何処か忌まわしい響きを持っていた。
『如何に最強を誇る貴公とはいえ……術者無しで、余のリベル・レギスに敵う道理はあるまい?』
鋼は答えず、銃を向けた。
第2射、3射、4、5、6、7、8……雷光が雨の様に紅の鋼に飛来する。
『無駄な事を』
紅き鋼が翳した掌に光が集い、前方に障壁となって顕れた。
障壁は雷光の尽くを阻み、霧散させた。
『ン・カイの闇よ!』
紅き鋼の腕が割れ、砲身が
砲身の外周を光の文字が疾しり、漆黒の宇宙よりも、尚深い、闇の塊が連続で射出された。
その数11。
闇の塊は星の僅かな光をも捻じ曲げ、呑み込み、鋼へと迫る。
翼からフレアを迸らせ、鋼は闇の塊を必死に回避する。
だが、半数は避け切れない。
『……くっ!』
鋼は闇の塊を防ぐべく、光の障壁を展開。
3つの闇が障壁を砕き、呑み込み、消滅した。
『…………!』
更に1つは、手にしている銃を囮にする。
銃を歪め、呑み込み、闇は消滅する―――が、残った1つが鋼を捉えた。
『……………ッ!』
鋼の腹の半分が抉れる……完全に致命傷であった。
鋼の
『……あぁぁっっっ!!』
その時、鋼は翼の出力を最大に開放し、紅き鋼へと特攻した。
紅き鋼にとって、それは不意討ちだったようだ。
『くっ……!?』
2つの鋼が衝突し、火花を散らした。
満身創痍の鋼は片腕のみで、だがしっかりと全力を込めて紅き鋼に組み付く。
あまりの圧力に、紅き鋼の装甲が軋みを上げ、その背中が罅割れた。
『貴公……余を道連れにするつもりか!』
死にかけの鋼は答えず、紅き鋼を掴まえたまま、眼下の地球へと全速力で墜ちて往く。
2つの鋼は大気圏へと突入し、赤熱を始めた。
不完全なヒト型は更にカタチを失い、紅のヒト型もまた、砕けてゆく。
『往生際が悪い!』
紅き鋼が左腕を拘束から振り解き、その掌で敵の貌を掴む。
手の甲に紋様が浮かび上がり―――爆砕。
半貌であった鋼の貌は完全に砕け散った。
その衝撃の反動で、拘束は完全に解けた。
紅き鋼を手離し、翼を広げたまま墜落する。
猶も紅き鋼を掴もうとするかの様に片腕を伸ばし、墜ちる鋼。
そして、紅き鋼は手を差し伸べるかの様に伸ばし……
『墜ちろ』
墜ち往く鋼を見下ろした。
『ダメージチェック……損傷率33%・戦闘性能18%低下。駆動システム及びメイン動力に一部損傷有り……追跡はしなくて宜しいのですか、マスター?』
紅き鋼の声は、今までの中性的な声とは違う響きだった。
声色は高く、幼い、しかし静かで、冷淡で、老獪でもある、そんな畸形な少女の声。
『構わん』
紅き鋼の内よりの声に、中性的な声が答える。
鋼の腹が開く。
割れた鋼鉄の胎より、人影が這い出てくる。
強風にはためく、呪術的な礼服。靡く、金色の髪。
白い、いや、白すぎる肌。
そして……金色の眸。
自然界には存在しない、深い金。金でありながら、一切の輝きを発しない。
―――金色の闇を秘めた少年。
地表よりも遥か遥か上空、吹き荒む大気の中、少年は微塵にも揺らぐ事はない。
光の無い眸が眼下を見下ろす。
遥か下方に、黒い蔭の様に広がる大地に散りばめられた、無数の光。
夜に輝くそれは、街の灯火、ヒトの営み。
それを見下ろしたまま、少年は言う。
『彼奴は間違いなくあの街に落ちる。総ては運命が刻むがままに。そして運命の輪は常に余の手中にある』
少女は薄く微笑む。
『イエス、マスター。万物はマスターの下に集い、傅き、従うのが正しき姿。総てはマスターの御心のままに―――』
少女と共に、少年は見つめ続ける。
鋼の上で。
傲慢な優しさを持つ、絶対者の眸で。
愛おしむ様に。
哀れむ様に。
嘲る様に。
生き足掻く、地上の星達を。
天より墜とされ、地へと墜ちる宿敵を。
少年と同じく、異形の知識を駆り、異形の鋼を駆る、全き異形を。
『そうであろう? ――――――よ』