バカとE組の暗殺教室   作:レール

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試練の時間

E組で殺せんせーの授業を受け始めてから結構な日にちが経過した。

最初はタコ型生物にまともな授業が出来るのかと不安ではあったものの、殺せんせーは教え方が上手でクラスの評判も良い。授業や放課後の勉強会ではほんのちょ〜っとだけ勉強が苦手な僕でも、その内容をある程度理解できるようになったくらいだ。

雄二にそれを言ったら隕石が降ってくる心配をされた。殺せんせーに言って本当にピンポイントで落としてやろうか。実際に出来るかどうかは分からないけど。

まぁ何が言いたいかっていうと、殺せんせーが来てからの暗殺だけじゃなくて授業にも慣れてきたってことだ。

 

「「「さて、始めましょうか」」」

 

……それでもこれは初めてのパターンだなぁ。

頭に鉢巻を巻いた殺せんせーが何十人と分身して僕ら一人一人の前に立っていた。

 

「学校の中間テストが迫ってきました」

 

「そうそう」

 

「そんなわけでこの時間は」

 

「高速強化テスト勉強を行います」

 

それぞれ分身した殺せんせーが言うには、マンツーマンで僕らの苦手科目を徹底して復習していくらしい。先生の鉢巻にはその生徒に合わせた苦手科目の名前が書かれている。

 

「って何で俺だけNARUTOなんだよ‼︎」

 

「寺坂君は特別コースです。苦手科目が複数ありますからねぇ」

 

どうやら寺坂君には鉢巻じゃなくて木の葉隠れの里の額当てがされていたようだ。

でもね寺坂君、額当ては君だけじゃないよ。僕にも砂隠れの里の額当てがされているから。ついでに言えば雄二には霧隠れの里、ムッツリーニには岩隠れの里、秀吉には雲隠れの里の額当てがされている。

まさか連載が終了した今になって忍連合が再結成するとは思わなかった。まぁこの面子では第五次忍界大戦が起きたら瞬殺されるのは間違いない。

 

「うわっ‼︎」

 

どうでもいいことを考えていると、教室の彼方此方(あちこち)から軽い悲鳴が上がっていた。なんでかは知らないけど、殺せんせーの顔が急にぐにゃりと歪んで驚いたのだろう。

 

「急に暗殺しないで下さい、カルマ君‼︎ それ避けると残像が全部乱れるんです‼︎」

 

この分身、意外と繊細に出来てるらしい。カルマ君の暗殺一つ躱すだけで顔が歪んでしまったようだ。

っていうか高速で動いてるんだから普通に躱せばいいのに、なんでわざわざ顔だけを凹ませてその場で躱そうとしたのか……

 

「でも先生、こんなに分身して体力保つの?」

 

初めてのテストで張り切っている殺せんせーに渚君が声を掛けていた。

少し前までは三人くらいまでしか分身してなかったもんなぁ。渚君の心配もよく分かる。いやまぁ今までは手を抜いてたってだけで、最初からこれくらいは出来たのかもしれないけど。

 

「ご心配なく。一体だけ外で休憩させてますから」

 

「それ寧ろ疲れない⁉︎」

 

渚君のツッコミが炸裂した。全くもってその通りだと思う。休むために分身増やすとか絶対に逆効果でしょ。

暗殺の躱し方といい休憩の仕方といい、先生って典型的な賢いけど馬鹿って言われるタイプだよね。普段からちょくちょく抜けてるところもあるし。

 

それでも生徒一人一人に対してマンツーマンで一遍に勉強を教えられる先生なんて、殺せんせー以外でこの世には存在しない。だって分身できる先生なんて殺せんせーくらいなんだから。

しかもその教え方が上手と来たもんだ。本校舎の授業は着いてこれない生徒を振り落とすような教え方だったからなぁ……何はともあれ、テストを控えた僕らには心強い味方である。

 

 

 

 

 

 

……いやさぁ、確かに殺せんせーは心強い味方だって言ったよ?分身できる先生なんてオンリーワンだとも思うよ?でもね……

 

「「「「「更に頑張って増えてみました。さぁ、授業開始です」」」」」

 

……次の日になったら分身が三倍近く増えてるってのはどうなのよ?

その残像もかなり雑になってるし、雑すぎて未来の猫型ロボットや夢の国のネズミみたいな分身が混じっていたりする。いやいや、何がどうなってそうなってるの?

でもそこは殺せんせー、分身はともかく教え方が雑になったりはしていない。マンツースリーになったことで寧ろ教え方は細かく分かりやすいようになっている。

 

「……どうしたの、殺せんせー?なんか気合い入り過ぎじゃない?」

 

「んん?そんなことないですよ?」

 

それでもやっぱり違和感は拭えないようで、茅野さんが殺せんせーに質問している声が聞こえてきた。

先生も何食わぬ顔で受け答えしてるものの、何処からどう見ても昨日と比べたら張り切ってると思う。

 

「……本当にどうかしたんですか?まるでスピードじゃ解決できない問題があるって言われたから意地でもスピードで解決しようとするみたいに張り切って……」

 

「にゅやッ⁉︎ そ、そんな子供みたいな考え方、先生がするわけないじゃないですか‼︎ ほらほら吉井君、授業に集中して下さい‼︎」

 

まぁそう言われたら勉強に戻りますけど、明らかに挙動不審じゃないですか。もしかして本当にそんな感じのことを誰かに言われたのかな?

 

 

 

 

 

「ぜぇー……ぜぇー……ぜぇー……」

 

……で、あんだけ張り切ってたら当然ガス欠するよね。クラス全員分に分身していた昨日は授業後も平然としてたのに、今日は息切れしながら椅子にだらしなく座り込んでいる。

 

「……流石に相当疲れたみたいだな」

 

「なんでここまで一所懸命先生をすんのかね〜」

 

前原君と岡島君が疲れている殺せんせーを見てそう呟いていた。

誰かに挑発されたみたいだから今日の頑張りは何となく分かるけど、それ以前に昨日からも分身して頑張ってたもんね。確かにどうしてそこまで頑張るのかは疑問だ。

 

「……ヌルフフフフ、全ては君達のテストの点を上げるためです。そうすれば皆さんは先生を尊敬して殺せなくなり、評判を聞いた近所の巨乳女子大生もこぞって勉強を聞きに押し寄せるというもの。先生にとっては良いこと尽くめ」

 

いや、そんなことは絶対にあり得ないから。というより国家機密が評判になっちゃ駄目でしょ。烏間先生に怒られますよ?

しかし皆は顔を見合わせるだけで、誰も殺せんせーにツッコミを入れようとしない。

……え?まさか皆、先生のあり得ない妄想をあり得るかもしれないと思ってるの?僕の中の常識が間違ってたりするの?

 

「……いや、勉強の方はそれなりでいいよな?」

 

「……うん。なんたって暗殺すれば賞金百億だし」

 

「「「百億あれば成績悪くてもその後の人生バラ色だしさ」」」

 

あぁ、なんだ。皆で駄目なことを考えてただけか。よかった〜、僕の中の常識が間違ってるのかと思ったよ。

 

「にゅやッ⁉︎ そ、そういう考え方をしてきますか‼︎」

 

殺せんせーもそんな返し方をされるとは思っていなかったようで、妄想に耽っていた様子から焦った表情を浮かべている。

まぁ少なくとも先生の妄想よりかは現実的な考え方だと思うけどね。流石に一人で百億は無理だとしてもその分け前だけで十分な大金だし。

 

「俺達エンドのE組だぜ、殺せんせー」

 

「テストなんかより……暗殺の方が余程身近なチャンスなんだよ」

 

岡島君と三村君が言う通り、そもそも僕らは成績が悪かったからE組に落とされたのだ。カルマ君みたいに成績は良いけど素行不良でE組に落とされた生徒っていう方が珍しい。

それだったら勉強よりも暗殺を優先したいと考えるのは自然なことだった。その証拠に二人の言葉に対して反対意見を言う人は誰もいない。

しかしそんな皆の反応を見ていた雄二が少し慌てた様子で割って入ってきた。

 

「おいお前ら、そんな言い方したらーーー」

 

 

 

「ーーーなるほど。今の君達には……暗殺者の資格がありませんねぇ」

 

 

 

「……こうなっちまうだろうが、ったく」

 

雄二の台詞を遮って言葉を発した殺せんせーだったが、さっきまでの焦った表情から一変して暗い紫色のバツマークを浮かべている。

 

「全員、校庭へ出なさい。烏間先生とイリーナ先生も呼んで下さい」

 

そう言って教室を出ていった殺せんせーに、皆も訳が分からず呆然としていた。それでも皆は言われた通り先生の後を追って校庭に向かい、磯貝君と片岡さんは先生達を呼びに教員室へと向かう。

僕も皆と一緒に校庭へと向かっている途中で、何やら訳を察していそうな雄二に話を訊いてみることにする。

 

「……雄二、どういうことさ?」

 

「……それを知りたかったら校庭に行くこったな。どうするつもりなのかは俺にも分からん」

 

「……少なくとも良い予感はせんの」

 

「…………寧ろ逆だと考えられる」

 

そうして不安に駆られながらも校庭に出てきた僕らだったが、殺せんせーは黙々とゴールを退かしているだけで何も言おうとはしない。

……ゴールを移動させていることと不機嫌になったことは何か関係があるんだろうか?

 

「何するつもりだよ、殺せんせー」

 

「ゴールとか退けたりして」

 

皆も殺せんせーの突拍子もない行動に疑問をぶつけていたが、先生はそれに構わず黙ってゴールを退かしていく。

ゴールを退かし終えた殺せんせーは、僕らではなく呼んでいたイリーナ先生に声を掛ける。

 

「イリーナ先生。プロの殺し屋として伺いますが、貴女はいつも仕事をする時に用意するプランは一つですか?」

 

「……?いいえ、本命のプランなんて上手く行くことの方が少ないわ。不測の事態に備えて予備プランを練っておくのが暗殺の基本よ」

 

唐突に指名されたイリーナ先生は最初こそ戸惑っていたみたいだったが、殺せんせーの質問に対して真面目に返していた。

その答えに満足したのか、殺せんせーはイリーナ先生から視線を外す。

 

「では次に烏間先生。ナイフ術を生徒に教える時、重要なのは第一撃だけですか?」

 

「……第一撃はもちろん最重要だが、強敵相手には高確率で躱される。その後の第二撃、第三撃をいかに高精度で繰り出せるかも重要だ」

 

続けて指名された烏間先生も少し考え込んでいるみたいだったが、ふざけているわけではないと判断したようで真剣に答えていた。

その答えにも満足したようで、烏間先生からも視線を外した殺せんせーはその場でくるくると回転し始める。……いったい何をするつもりなんだ?

 

「先生方の仰るように、自信を持てる次の手があるから自信に満ちた暗殺者になれる。対して君達はどうでしょう」

 

更に回転速度を上げた殺せんせーの姿は、僕らの目には速すぎて辛うじて輪郭が見えるくらいになっていた。それに伴って先生を中心に風が巻き起こっていく。

 

「“俺らには暗殺があるからそれでいいや”……と考えて勉強の目標を低くしている。それは劣等感の原因から目を背けているだけです」

 

留まるところを知らない殺せんせーの回転速度はどんどん上がっていき、遂には先生の輪郭すら吹き荒れる風によって分からなくなってしまった。

強くなり続ける風によって僕らはまともに立っていられず、足腰に力を入れて煽られないようにその場で踏ん張る。

 

「もし先生がこの教室から逃げ去ったら?もし他の殺し屋が先に先生を殺したら?……暗殺という拠り所を失った君達には、E組の劣等感しか残らない」

 

そんな中でも不思議と先生の言葉だけははっきりと聞こえてきた。まるで僕らに聞き逃すことは許さないとでも言っているかのように。

 

 

 

「そんな危うい君達に、先生からの警告(アドバイス)です。ーーー第二の刃を持たざる者は、暗殺者を名乗る資格なし‼︎」

 

 

 

最終的に殺せんせーの巻き起こした風は巨大な竜巻となって校庭で暴威を振るった。僕らは目を開けていることすら出来ずに腕で顔を覆ってしまう。

次第に僕らを押さえつけていた竜巻が収まっていくのを肌で感じ、ドドドドッと何かが落ちてくる音が聞こえてきたので恐る恐る覆っていた腕を退けてみる。

そして次に目を開けた時、雑草や凸凹の多かった広場とも言える校庭はなくなっていた。跡形もなく平らにされた校庭にはトラックが引かれており、一瞬にして何処にでもあるような学校のグラウンドへと早変わりしている。

これが殺せんせーの……地球を消せる超生物の力。周囲一帯を平らにすることくらい造作もないってことか……

 

「……もしも君達が自信を持てる第二の刃を示せなければ、相手に値する暗殺者はいないと見なし、校庭と同じように校舎も平らにして先生は去ります」

 

これは……前に僕ら以外を人質に例えて脅してきた時とは状況がまるで違う。

あれは殺せんせーが“先生”を続けるためには実行できない脅しだった。だけど殺せんせーが“先生”を辞めるって言っている以上、第二の刃とやらを示せなかったら本気で今言ったことを実行するだろう。

全員が固唾を飲んで殺せんせーを見詰める中、渚君が緊張した面持ちで先生に問い掛ける。

 

「第二の刃……いつまでに?」

 

「決まっています。明日です。明日の中間テスト、クラス全員五十位以内を取りなさい」

 

殺せんせーが提示した第二の刃にクラス全員が愕然としていた。それはそうだ。何回も言うけど僕らは成績が悪くてE組に落とされたのだから。

でも実はそのE組から抜け出せるような校則もあったりする。先生の条件通りに定期テストで学年五十位以内を取ることが出来れば、元の担任がクラス復帰を許可することでE組から抜け出すことが出来るのだ。逆に言えば担任がクラス復帰を許可しなければ抜け出せないってことだけど、今重要なのはE組を抜け出すことじゃない。

殺せんせーが言うE組の劣等感……それに向き合うということは、つまりそういうことだろう。本校舎の生徒達に見劣りしない学力を身に付けた上で、もう一度E組として自分を殺すために戻ってこいと言っているのだ。

 

「君達の第二の刃は先生が既に育てています。自信を持ってその刃を振るってきなさい。仕事(ミッション)を成功させ、恥じることなく笑顔で胸を張るのです。自分達が暗殺者(アサシン)であり、E組であることに‼︎」

 

平らになった校庭の中心で、殺せんせーは力強い言葉とともに触手を僕らへと向けてそう話を締め括った。

……それよりも……ぜ、全員って…………僕も、だよね?僕も学年五十位以内を取らないと駄目ってこと?万年トップ争い(底辺)をしている僕に……トップ争い(上位)をしろ、だって?

…………ヤバい、リアルにマジでどうしよう?

 

 

 

 

 

 

〜side 殺せんせー〜

 

校庭を平らにして生徒達に試練を与えた後、今日の授業は終えていたので私はそのまま教員室へと戻りました。烏間先生とイリーナ先生も遅れて教員室に入ってきます。

 

「……本気なの?クラス全員五十位以内に入らなければ出ていくって」

 

そこでイリーナ先生が先程のことを問い掛けてきました。私の出した試練に未だ半信半疑といったところですかねぇ。

もちろん私は本気なので肯定の言葉を返します。

 

「はい」

 

「出来るわけないじゃない‼︎ この間まで底辺の成績だったんでしょ、あの子ら‼︎」

 

それを聞いたイリーナ先生は声を荒げていました。加えて烏間先生も声は上げませんでしたが厳しい表情をしています。

元々私がE組の担任をすることを許可した政府の思惑を考えれば当然の反応でしょう。マッハ二十で逃げてしまえば誰も私を捉えられなくなり、暗殺どころか近寄ることすら出来なくなるのですから。

しかしそのような心配は必要ありません。暗殺対象(ターゲット)としてもそうですが、何よりE組の担任として私は彼らの力を信じています。

 

「この間までは知りませんが、今は私の生徒です。ピンチの時にも我が身を守れる武器は授けてきたつもりですよ」

 

本校舎の教師達に劣るほど私はトロい教え方をしていません。実力さえきちんと発揮できれば中間テストくらい乗り切れるでしょう。

と、そこで教員室のドアがノックされました。昨日に引き続いて理事長が訪れるということはないでしょうから恐らく生徒の誰かですね。

あんな試練を与えた後なので皆さんすぐに帰ると思っていたのですが……

 

「失礼しまーす。殺せんせー、今いいですか?」

 

ドアを開けて入ってきたのは吉井君でした。彼がわざわざ自主的に教員室へ来るというのは珍しいですねぇ。このタイミングで来たということは、イリーナ先生と同じように試練についてでしょうか?

 

「はい、大丈夫ですよ。どうかしましたか?」

 

「……先生、今日の夜って時間空いてますか?」

 

……今日の夜?明日の試練についてではなくて?

予想とは全く違う吉井君の問い掛けに私も疑問を隠せません。なのでそのまま訊かれたことを答えることにします。

 

「まぁ特に予定はないですが……何故そのようなことを?」

 

「えーっと、もしよかったら家で勉強を教えてもらえないかなぁ、なんて……あ、僕一人暮らしなんで正体とか迷惑とかは気にする必要ないですよ」

 

口籠もりながらも言った吉井君の言葉を聞いて、私の疑問は晴れました。予想も(あなが)ち外れてはいなかったようです。

 

「……明日のテストに向けて、ですか。熱心なのは先生としても嬉しいですけど、気負い過ぎは逆効果ですよ?」

 

私は暗に“そこまで根を詰める必要はない”と伝えましたが、吉井君もすぐには引き下がりません。まぁこれで引き下がるなら私のところには来てませんよねぇ。

吉井君は何かを考えているようでしたが、指で頰を掻きつつ躊躇いながらも言葉を紡いでいきます。

 

「……あー、こんなこと言ったら先生にまた怒られるかもしれませんけど……僕は別にE組であることに劣等感なんてありませんよ。成績が全てじゃないって思ってますし、そこまで本校舎に戻りたいとも思ってません」

 

……えぇ、知っていますよ。私がE組に来た日から今日まで、君の瞳に暗い色が宿っているところを見たことがありませんから。劣等感なんて微塵も感じておらず前を向いている証拠です。

 

「だから殺せんせーの授業を真面目に受けてはいるけど成績に執着はしてなくて……でも皆が皆、僕みたいな考えじゃないってことは分かってます。E組が無くなって本校舎にでも戻ることになったら、嫌な思いをする人もいっぱいいると思うんです」

 

……えぇ、そうでしょうね。だからこそ今回のような試練を与えたのですから。これを乗り越えられなければ、多くのE組生徒が劣等感を抱えたまま残りの中学校生活を送ることになるでしょう。下手をすれば中学校以降もその劣等感を引き摺ることになるかもしれません。

 

「先生は“全員五十位以内”って言ったけど、僕はそこまで勉強が得意じゃないし……だからって皆の足を引っ張ることはしたくないんです。それで明日までにやれることは全部やっておきたくて……」

 

「……なるほど、吉井君の言いたいことは分かりました」

 

勉強が得意じゃないという彼らしくない積極性だとは思っていましたが、自分のためではなく仲間のために勉強を教えて欲しいということでしたか。

思えば吉井君は最初から仲間のために行動できる生徒でした。渚君が自爆テロをした時も真っ先に心配して駆け寄っていましたし、その首謀者たる寺坂君に対しても怒りを露わにしていましたからね。

 

「ですが、やはり先生の学外授業は必要ありませんよ。徹夜なども翌日の頭の働きが悪くなるだけですので、復習は全体を見直して苦手な部分の記憶を整理するだけで十分です」

 

「え、でも……」

 

……やはりこれだけでは引き下がりませんか。

……仕方ありません。試練を与えた身である私が言うのは良くないかもしれませんが、ここは吉井君の不安を取り除くことが最優先です。

 

「吉井君が真摯に胸の内を明かしてくれたので、先生も正直に言いたいと思います。確かに吉井君は不器用で要領も悪く、お世辞にも勉強が出来るとは言えない。猪突猛進で物事を深く考えもせずに行動してしまうため、周りからは何も考えていない馬鹿という風に捉えられていることでしょう」

 

「先生、泣いてもいいですか?」

 

「まぁ最後まで聞いて下さい。……しかし校庭でも言ったように、君達の第二の刃は既に先生が育てています。吉井君が不器用で要領が悪いのならば先生が器用に要領良く、吉井君が考えて行動しないのならば先生が考えて必要なやるべきことを示唆する。この一ヶ月強、そうやって勉強を教えてきました。……改めてもう一度言いますよ。自信を持ってその刃を振るってきなさい」

 

私はそう言いつつ触手を伸ばして吉井君の頭を撫でます。これまでの経験から勉強に自信を持てていないだけで、自分が高得点を取れるようになっているとはあまり考えられないのでしょう。

それでもまだ少しの不安が表情に見え隠れしていたので、私は最後の駄目押しとして諭すように柔らかく語り掛けます。

 

「それとも吉井君には、先生が出来もしないことを言うような先生に見えますか?」

 

「うん。だって体育で分身させようとするような先生だし」

 

にゅやッ‼︎ ま、まさかこの流れで否定されるとは先生思ってもいませんでしたよ⁉︎ ちょっとイリーナ先生‼︎ 吹きそうなのを堪えているのがバレバレですからね⁉︎

これでは先生の絶大なる威厳が揺らぎかねません。取り敢えず話を元に戻すとしましょう。

 

「と、とにかく‼︎ 中間テストの出題範囲は先生が皆さんに仕込みました‼︎ 手抜かりはありません‼︎ ……ですが、先生が太鼓判を押したとしても油断は禁物です。帰ったら睡眠時間を確保した上で気の済むまで復習して下さい」

 

そう言って撫でていた触手を彼の頭から離します。

っとそうでした。まだ言い忘れていたことがありましたね。

 

「……それとテストには関係ないですが、吉井君の考え方を少し訂正しておきます。君の言う通り成績は全てではありませんが、高いに越したことはありません。仲間のことを考えて努力できる姿勢も尊いですが、何よりもまずは自分のために努力しましょう。自分に出来ることが増えることで行動できる選択肢も増えるというものです。……その第一歩として、まずは明日のテストを頑張ってきて下さい」

 

そこまで聞いた吉井君の表情にはもう不安そうな感情など欠片もありませんでした。

うんうん、君はそうでないとらしくありません。吉井君に暗い表情は似合いませんからねぇ。

 

「……分かりました。先生を信じて頑張ってみようと思います。……じゃあ僕は帰りますね。ありがとうございました‼︎」

 

納得した様子の吉井君は元気よくそう言うと、教員室を出て駆け出していきました。その様が教員室の中からでも足音で分かります。

 

「……あんなに真っ直ぐで素直な子を置いて去っていくつもり?」

 

再びイリーナ先生が問い掛けてきましたが、彼女の顔にも笑みが浮かんでいました。珍しく烏間先生も表情を柔らかくしています。

お二人とも、現状は先程から全く変わっていないというのに打って変わって良い表情をしていますね。

 

「……さて、どうでしょう。去るかどうかは彼ら次第ですよ」

 

まぁ私の心境も似たようなものですから指摘はしないでおきましょう。

……しかしこの時の私は、如何に甘い考えで生徒達を戦場(テスト)に送り出したのかがまるで分かっていませんでした。それを今回の出来事で思い知らされることになります。




次話
〜テストの時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/10.html



殺せんせー「これにて“試練の時間”は終了です。皆さん、楽しんでいただけましたか?」

イリーナ「それじゃあ今回も後書きを始めるわよ。あ、今日は今回の話について感想を言うだけだからね」

烏間「……それは一向に構わないんだが、よりによって何故この面子なんだ?」

殺せんせー「今回は皆さんテスト前で余裕がありませんからねぇ。初の先生トリオで後書きを進めていきますよ」

イリーナ「ま、原作から変化してるのなんてタコの場面くらいだし力抜いていきましょ」

殺せんせー「にゅやッ⁉︎ そこは掘り下げていきましょうよ‼︎ 私が物凄い先生らしくしてる場面なんですから‼︎ ね?烏間先生もそう思いますよね?」

烏間「……事情は分かった。だから縋り付くな、鬱陶しい」

殺せんせー「お二人とも酷いです……先生だからって邪険に扱っていいわけじゃないんですからね?」

イリーナ・烏間「「いや、あんた/お前だからこそ邪険に扱ってるんでしょ/だ」」

殺せんせー「……それはさておき‼︎」

イリーナ「逃げたわね」

殺せんせー「今回は吉井君が皆には内緒で頑張ってましたね」

烏間「そうだな。普通は勉強が苦手だから試練を緩くしてくれと頼みそうな場面だが、ああいう行動は好感が持てるというものだ」

イリーナ「馬鹿は馬鹿でも馬鹿正直な子は嫌いじゃないわよ。試練を緩くするなんて裏工作みたいなこと、思い付きもしなかったんじゃないかしら?」

殺せんせー「もしそのようなことを言うようであれば、本格的な手入れをしなければなりませんでしたよ」

烏間「勉強の目標を低くする、というのはお前が試練を与えることとなった原因だからな」

殺せんせー「“劣等感がない”ということがプラスに働いたのでしょう。まぁ勉強についてはちょっと疎かに考えていたので、最後に少しだけ手入れしておきましたが」

イリーナ「劣等感を感じていない生徒は他にもいるでしょうけどね」

烏間「坂本君、土屋君、木下君、カルマ君といったところか。劣等感の弱い生徒は他にもいるが、感じていないとなるとこの四人だろう」

殺せんせー「そうですね。しかし劣等感があろうとなかろうと彼らは全員が私の生徒です。きっと不条理な原作展開も乗り越えてくれることでしょう」

イリーナ「珍しくあんたが落ち込むような展開ですもんね。きっと原作以上に嬉々として茶化してくるわよ?」

殺せんせー「そ、それはそれで勘弁願いたいのですが……」

烏間「……おい、もう時間だぞ。俺も仕事の続きをしなくてはならないんだが」

イリーナ「はぁ、烏間も学校に防衛者と仕事に追われて大変ねぇ」

殺せんせー「では今回はこの辺りでお開きにしましょうか。皆さん、次回も楽しみにしておいて下さいね」





學峯「おや、私の出番はカットですか。これはちょっとしたお話が必要かもしれませんね」

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