〜side 悠馬〜
ついに体育祭でA組とE組の棒倒しが始まった。
今回こんなことになった原因は俺にある。A組の目的が俺達を痛めつけることだとしたら、E組の勝利条件は痛めつけられることなくA組の棒を倒すことだ。文句一つ言わずに手を貸してくれる皆のためにも頑張らないとな。
まずは全員守備の“完全防御形態”! これで攻めてくるA組の動きを見て次の手へ繋げる!
こっちが攻撃を誘ってることは浅野も百も承知だろうけど、だからといってA組とE組の戦力差を考えれば攻めないはずはない。
それを踏まえてE組に対するA組の攻撃は、アメフト選手であるケヴィンを軸にした五人少数での攻めだ。
いきなり人数を投入してこない辺り、ケヴィンは俺らの反応を見る威力偵察ってところか。アメフト選手の突進力で棒に突っ込まれたら一溜まりもないな。
「クソが! 無抵抗でやられっかよ!」
「先にこっちから仕掛けてやる!」
A組の動きに吉田と村松が焦って飛び出した
でもそれも作戦のうちだ。吉田と村松の行動は外国人部隊に対する威力偵察と、とある作戦へ繋げるためにやられたフリをすることが目的である。
そのために吹っ飛ばされることになってしまったけど、この役目は部隊編成の時に自分達が適任だと二人が名乗り出てくれた。その働きに感謝して得られた情報は必ず活かしてみせる。
「守備第一部隊、前に出てくれ!」
とにかくケヴィン主体の攻撃部隊を何とかしないと、A組の陣形は全く動いてくれない。この第一陣を乗り切って相手に隙を作り出さないと。
「任せとけ。行くぞカルマ」
「りょーかい。上手くやってくるよ」
そう言って守備第一部隊……坂本とカルマがケヴィンと相対するため、棒から離れて前へ出た。頼んだぞ、二人とも。
そんな二人を見てケヴィンが冷めたような目線をこちらへ向けてくる。
「【フン、俺相手にまた二人だけか。さっきのを見ただろうに、命知らずにも程がある。……と言っても通じないか】」
「【口ばっか動かしてんじゃねーよデカブツが】」
「【御託はいいからさっさと攻めてくればぁ?】」
と、英語で喋るケヴィンに対して坂本とカルマも英語で挑発した。浅野みたいに何ヶ国語も使い分けることはできないが、英語くらいだったらE組でもある程度は話せる。
「【ほう、標準語を話せる奴もいるじゃないか。では二人で何が出来るのか、見せてもらおうか】」
浅野の指示を確認したケヴィンが、攻撃指示を受けて二人へ突っ込んでいく。何もしなければ吉田と村松の二の舞になる。
しかしそうならないために二人がケヴィンの動きを、実際に坂本とカルマの目の前で見せてくれたんだ。E組トップの戦闘能力を誇る二人にはそれで十分だった。
ケヴィンの突進に合わせてカルマが前衛、坂本が後衛となって真正面からぶつかる。
もちろんケヴィンとのパワー勝負になれば、たとえ坂本とカルマでも勝ち目はない。だが二人掛かりなら対処できると言ってくれた。俺はその言葉を信じる。
そうしてケヴィンと二人の激突は一瞬の攻防で決着がついた。
カルマが突っ込んできたケヴィンの両腕を掴むと、勢いに押されながらも強引に自分ごと地面へ引き倒す。下手をすればそのまま地面へ押し潰される動きだが、間髪入れず二人が倒れ切る前に坂本が突っ込んだ。
カルマのおかげでガラ空きになったケヴィンの首元へ坂本が腕を巻きつけると、突っ込んだ勢いそのままに力尽くで腕を振り抜いた。前のめりに体勢を崩していたケヴィンは、カルマが手を離したことで首を軸にその大きな身体を宙で回されて地面へ叩きつけられた。
「ガッ!?」
二人掛かりの変則ラリアットで頭から地面へ叩きつけられたケヴィンは、意識こそ失ってないみたいだが身体をぐったりさせている。
「ハッ、幾ら図体がデカかろうが頭から地面に叩きつけられたら一溜まりもねぇだろ」
「ま、ヘッドギア付けてんだから多少荒くやっても大丈夫だよね。こっちも心置きなくやれるよ」
本当に二人は頼りになる。主力の外国人部隊であるケヴィンが倒されたことによって、残ったA組の四人は坂本とカルマを警戒して攻めきれなくなっていた。
此処までスムーズに撃破できたのは、事前に外国人部隊の情報を仕入れることができたことが大きい。浅野が助っ人に呼んだ彼らは有名な選手だっただけに、ネット動画なんかで試合の動きを見ることができた。既に外国人部隊の分析はバッチリ済んでいる。
そこへ浅野はレスリング選手のカミーユと温存部隊を追加で投入してきた。坂本とカルマに対処するために、格闘に特化したカミーユと物量での封じ込めか。
両側へ回り込むような動き……第一陣と一緒に挟み込む算段だな。攻めるなら敵戦力が分散してきた今しかない。
「二人とも、戻れ! 攻撃部隊、こっちも攻めに出るぞ! 作戦は“粘液”! 竹林、“弾丸”のタイミングは任せる!」
「分かった」
攻撃部隊である岡島、木下、木村、杉野、土屋、前原、吉井と俺の八人でA組陣地へ向かった。
身体能力的に坂本とカルマも連れていきたかったけど、二人にはA組の一般生徒への牽制とカミーユ対策にE組陣地へ残ってもらう。棒を支える守備第二部隊を守ってもらわないといけない。
そして今A組で棒を支えている奴を除けば、動ける守備部隊は全部で七人だ。仮に一人ずつこっちの攻めを防がれたとしても、最低一人は守備を抜けて棒へ辿り着ける。
そこで棒を支える奴らの上に一人でも登れれば、混乱に乗じて他の攻撃部隊も続いて棒へ取り付く。そうなれば人数差があろうとこっちのものだ。
とはいえA組の攻撃部隊十五人に対して、E組の守備部隊は九人だ。俺ら攻撃部隊が上手く攻めないと、守備部隊も厳しい戦いを強いられることになるだろう。
攻めに時間は掛けられない。両側へ回り込んだA組に対して、俺達は最短ルートで中央突破だ。ただし格闘家のジョゼだけは出来る限り避けていく。
事前に外国人部隊を分析した結果、格闘技に精通するカミーユと格闘家のジョゼには坂本とカルマの二人でも撃破するのは厳しいという結論に達していた。
もしジョゼと相対して攻撃を捌けるとすれば、攻撃部隊の中では吉井が何とか出来るといったレベルである。最悪の場合、皆を巻き込んだ俺が盾になってでも守らないと。
しかし直後にE組陣地へ攻め入っていた温存部隊が反転、中央突破した俺達を追って防御に戻ってきた。
いや、防御にじゃなくて俺達を痛めつけにって言った方が正しいか。A組の作戦はE組の守備部隊に左右からじゃなくて、攻撃部隊に前後から挟み込む作戦だったらしい。
でも浅野、残念だったな。A組の目的がE組を潰すことだと分かっていた以上、その手のフェイクは想定内だ。
作戦“粘液”の内容は二つのパターンに分けられている。一つは攻撃目的の一人一殺でA組の守備を突破する“粘液絡み”。そしてもう一つの目的は――。
「なんで全員こっち来んの!?」
観客席へ飛び込んできた俺達に対して、観戦していた一般生徒からの絶叫が飛び交う。
「場外なんてルールにはなかったよね。今から学校の全部が棒倒しのフィールドだよ」
吉井が追ってきたカミーユとジョゼに手招きで挑発する。吉井の奴、一人で外国人部隊二人を引き付けるつもりか。その役目は俺がするって言っておいたのに。
言葉は分からなくても仕草で誘ってることは分かったようだ。カミーユとジョゼは吉井を追い、それに続いて他のA組も俺達を捕まえるために観客席へやってくる。
そう、作戦“粘液”のもう一つの目的は逃避目的の場外を巻き込んでの“粘液地獄”だ。観客席の混乱に乗じて勝機を見出す。
「橋爪! 田中! 横川! 深追いはせず守備に戻れ! 混戦の中から飛び出す奴を警戒するんだ! 磯貝・木村・吉井の三人は特に注意だ! その位置で見張っていろ!」
だが浅野の統率力は流石だと言わざるを得ない。観客席へ逃げ込むという常識外れの奇策に対して、瞬時に戦況を把握すると味方へ的確な指示を出していた。
それでも今はE組の流れだ。いかに浅野が統率力に優れていようとも、この乱戦の中で思わぬ奇襲を掛けられたとすれば――。
「序盤で吹っ飛ばされた村松・吉田の姿が見当たらない! 恐らく混戦となった観客席の逆サイドに潜んでいるぞ! 二人を探し出して奇襲の可能性を潰せ!」
くっ、村松と吉田の二人の“保護色擬態”が見破られたか! 二人のやられたフリからの奇襲がE組にとってベストの形だったのに……!
仕方ない、だったら次の手だ。E組は第一の刃が防がれたくらいで打つ手がなくなるような脆い教育はされてないぞ。
「『全員止まれ! これはE組の罠だ!』」
グラウンド全体に響き渡るような大きな浅野の声で指示が出される。その唐突な指示に俺達を追い回していたA組の動きが止まった。
追い詰めている状況での制止に意味が分からなかったようで、多くのA組は浅野を振り返って真意を確かめようとしていた。だけど浅野も今の状況に慌てている様子だ。
「違う! 今のは僕の指示じゃ――」
「逃げるのは終わりだ! 全員“音速”!」
この隙を逃せば更にE組の勝てる可能性は低くなる。特攻を仕掛けるなら今をおいて他にない。
さっきのA組の指示はもちろん浅野が出したものじゃなく、混戦の中でフィールド中央へ逃げていた木下による声真似だ。浅野の声を真似て統率を崩す“保護色模倣”である。
攻撃部隊である俺達と別働隊である村松、吉田を探すためにA組の攻撃部隊はフィールドへ広く展開されていた。それによってA組の守備は手薄になっており、木下の声真似でA組が動揺している隙を突いて攻撃部隊全員で棒へ取り付く。それこそが“音速飛行”の内容だ。
村松と吉田の奇襲がバレずに成功していれば、木下が声真似でA組の動揺を誘う必要もなかっただろう。全て作戦通りに行くほど、浅野は甘くないってことだ。
とはいえ結果として今、俺達はA組の棒へ取り付けているので結果オーライである。
「どーよ、浅野。どんだけ人数差あろーが、此処に登っちまえば関係ねー」
「どうする浅野君? 此処で降参しておいた方が揉みくちゃにされず済むよ」
声真似でA組の統率を崩すため位置取りしていた木下以外、攻撃部隊と別働隊の九人で取り付いたんだ。ちょっとやそっとのことで引き剥がされるつもりはないぞ。
「【フンガー! 降りろチビ!】」
「うぉっ!?」
守備の要であるバスケ選手、サンヒョクが強引に杉野を引き剥がそうとする。杉野も引き剥がされまいと必死に棒へしがみつく。
それによりA組の棒が大きく揺さぶられていた。そのまま力を加えてくれた方が楽に棒を倒せそうだったが、透かさず浅野が韓国語で多分だけどサンヒョクを止める指示を出す。
「【や、やめろサンヒョク。この高重心で無理に引っ張ると棒まで倒れる】」
「【じゃ、じゃあ打つ手がないってことか!?】」
「【……そうじゃない。支えるのに集中しろ。――コイツらは僕一人で片付ける】」
次の瞬間、浅野に手を掛けた吉田の手が捻られて棒から投げ落とされた。続け様に棒を支えに身体を宙へ躍らせると、回転する遠心力を加えて岡島を蹴り飛ばす。
浅野が身体を宙へ踊らせた隙を狙って吉井も浅野を捕まえようとしたが、浅野は今度は棒の上へと跳んで吉井の腕を掻い潜った。すぐさま棒の上から跳び降りると、捕まえようとした吉井の肩を踏みつけて下へ踏み落とす。
そうして吉井を踏みつけると同時に蹴って再び跳び上がると、浅野は棒の上へ着地して体勢を整える。
「君達如きが僕と同じステージに立つ。蹴り落とされる覚悟は出来ているんだろうね」
普段から訓練を受けてる皆をこうもあっさり捌くなんて……浅野は武道の心得まであるのか。しかも不安定な人の上で棒を使った身のこなし……明らかに型通りのものじゃなくて実践的なものだ。
そこから皆の上を取った浅野の猛撃が始まった。戦いにおいて上を取られるのはかなり不利だ。防御するのに一杯で、浅野を引き摺り下ろしたり棒を倒したりする余裕がない。
「ぐっ……!」
俺は浅野の蹴りを受け止めきれず地面へ蹴落とされてしまった。
本当に浅野は凄い奴だ。頭脳明晰で統率力もあって、更に戦闘能力まで高いなんて俺じゃあとても敵いそうにない。きっと同じ土俵で戦うなんて烏滸がましいレベルなんだろう。
「磯貝君! そのまま踏ん張ってて!」
でも俺はそれでもいいって思えるんだ。殺せんせーが言ってくれたように、俺が指揮を取らなくても頼りになる仲間が助けてくれるんだから。
後ろから渚の声が聞こえたので、俺は地面に手をついて身体を固定させる。そうして固定した俺の身体を足場にして渚、菅谷、千葉、三村の四人が皆より高く跳び上がって浅野へしがみついた。
竹林、ナイスタイミングだよ。守備部隊も攻撃に加える“弾丸”は棒の守りを大きく下げる捨て身の作戦だ。導入する人数も任せていたが、戦況を見て大多数を投入しても問題ないって判断なんだろう。
これだけA組の棒にE組が取り付いていたら、数で勝っていようともA組は守りに戦力を割かざるを得ない。寺坂が棒を支えて、坂本とカルマが守りを固める。それで少数のA組相手なら攻めてきたとしても対処できるはずだ。
「あ、慌てるな! 棒を支えながら一人ずつ引き剥がせ!」
浅野も何人にもしがみつかれたまま指示を出す余裕はなさそうだ。そんな浅野の様子を見て他のA組の奴らも自ら守りへ戻ってくる。
もうA組に戦略なんてものはない。ただ必死にしがみつくE組を引き剥がして、自軍の棒を倒させないようにするしかなかった。
此処だ。此処で俺は勝負を決定づける秘密兵器を投入する。
「今だ! 来いイトナ!」
イトナは転入生としてE組に入ったから、本校舎の生徒と接点もなく浅野にマークされていない。此処ぞと言う時のためのE組の隠し球だ。ほとんどのA組が守りに回った今、イトナを止める者は誰もいない。
呼ばれたイトナは俺に向かって一直線に走ってくる。俺はそれを手を組んで待ち構え、イトナが俺の手に足を掛けると同時に一気に跳ね上げた。
そうして尋常じゃない高さまで跳んだイトナは、浅野をも越えてA組の棒の先端へ取り付く。触手を扱うためシロに施された肉体改造は伊達じゃない。
棒倒しにおいて棒の先端へ取り付かれることは致命的だ。棒の先端へ取り付いたイトナは、跳んだ勢いを殺すことなく棒を傾ける。
先端に取り付くイトナが重りとなって傾き出した棒を止める術はない。そのままA組の棒は倒れていき、A組とE組の棒倒しは俺達の勝利で幕を閉じたのだった。
★
〜side 明久〜
磯貝君の退学を賭けた棒倒しはE組の勝利で決着し、体育祭も何とか無事に終わることができた。今は会場の片付け中である。
と、そこで下級生から声が掛けられた。
「磯貝先輩! 格好良かったです!」
「おー、ありがと。危ないからマネすんなよ」
相変わらず磯貝君はモテるなぁ。未だに本校舎の女子からラブレター貰ってるって話だし、ホントいつか爆発すればいいのに。
「でもよ、なんか本当に空気変わったよな。特に下級生中心にE組見る目が」
「当然だべ。こんだけの劣勢ひっくり返して勝ったんだから」
「へへ……なんか俺ら、マジでスゲーのかもしんねーな」
まぁ下級生はまだ椚ヶ丘の校則に染まりきってないからね。あれだけ不利な戦いでの劇的な勝利を見せられれば評価も変わるってもんだろう。
「あ、浅野君だ」
会場の片付けも終わりに差し掛かった頃、校舎から浅野君が出てきた。なんかレスキューっぽい人と話してたみたいなんだけど……もしかしてケヴィンさん、結構重症だったのかな?
それに気付いた前原君が浅野君へ詰め寄る。
「おい浅野! 二言はないだろうな? 磯貝のバイトのことは黙ってるって」
「……僕は嘘を吐かない。君達と違って姑息な手段は使わないからだ」
浅野君の姑息の基準が気になるところだ。僕らからすればめちゃくちゃ姑息な手を使ってた気がするけど。
E組に負けたばかりだからか、浅野君はいつもの優等生の仮面が外れて仏頂面のままだ。よっぽど悔しかったんだろうな。
そんな不機嫌丸出しの浅野君へ、磯貝君が笑顔で手を差し出す。
「でも流石だったよ、お前の采配。最後までどっちが勝つか分からなかった。またこういう勝負しような!」
「消えてくれないかな。次はこうはいかない。全員破滅に追い込んでやる」
しかし浅野君は磯貝君の差し出された手に応じることなく、そう言って悪態を吐くとこの場から去っていってしまった。
浅野君、プライド高いからなぁ。勝負がついたからって和解なんて絶対しないよね。寧ろ浅野君らしいと思ったくらいだ。
とにかく磯貝君のバイトの件はこれで一安心である。棒倒しで勝てば見逃すって条件を言い出したのは浅野君だ。プライドの高い浅野君が約束を違えることはないだろう。
そう考えたら改めて一息つくことが出来た。磯貝君も言質が取れて緊張が解けたに違いない。
「うわっ、パン食い競争の余りがある! これ持って帰っていいかな? ねっねっ!」
ちょっと解け過ぎな気がしないでもない。
だけど僕もパンは欲しいので片付けの人に一緒に
浅野君だったら場外を作戦に組み込んでいることが判明した時点で、村松・吉田のやられたフリは気付いてもおかしくないですよね。
原作でもケヴィンを封じる“触手絡み”という策があるのに無駄死にした形でしたし……ということで棒倒しは今回のような展開になりました。
ちなみに「姑息」って「一時の間に合わせにすること」らしいので、本来の意味では確かに浅野君、姑息な手段は使ってないなと書いてて思いました。