普久間島から無事に帰ってきた僕らは、残りの夏休みを大いに満喫して過ごしていた。
週に何度か暗殺訓練日はあったけど、特に波乱もなく八月も終わって明日は二学期の始業式である。夏休みの宿題が最終日には終わってるなんて人生初だ。
そんなわけで例年になく落ち着いた夏休み最終日を迎えた僕は、今日一日だらだらとゲームをして過ごしていた。特に用事もなければ月末でお金もないしね。
さぁて、次はどのゲームをしようかなぁ。まだ終わってないRPGを進めるか、それとも打倒神崎さんへ向けて対戦ゲームの特訓をするか。どれにするか迷うなぁ。
「吉井君!」
「ぅわっ!?」
何のゲームをするか考えていたところで、いきなり窓から泣きじゃくった殺せんせーが入ってきた。いったい何事!?
「吉井君は用事ないですよね!?吉井君に限って忙しいなんてことはありませんよね!?」
「僕がいつも暇人みたいに言わないでください」
まぁ殺せんせーの言う通り暇なんだけどさ。
「それで、何か用ですか?」
「夏祭りに行きましょう!今日思い立ってクラス皆に声を掛けているのですが、用事で断る人が多くて傷ついてます。寂しくて死んじゃいます」
「アンタは兎か」
ちなみに自分で言っておいてあれだけど、兎が寂しくて死んじゃうというのは嘘である。病気なんかで弱ってても分かりにくいから、飼い主の留守中に突然死んじゃうケースが多いだけだ。これ兎の豆知識ね。
「う〜ん、楽しそうだし行きたいけど……お金がなぁ。お祭りってどうしても値が張るし……」
「そこを何とかお願いします!何なら私の出す屋台を手伝ってくれたらお駄賃あげますし!」
「先生も金欠なんじゃないですか」
屋台を出すって、つまり殺せんせーの小遣い稼ぎを手伝えってことね。それならバイト禁止の椚ヶ丘中学校でもギリセーフか。僕にもメリットがあって悪くない話である。
「分かりました。そこまで言うなら行ってあげますよ。その代わりお駄賃は弾んでくださいね」
「では今晩七時に椚ヶ丘駅へ集合ですので遅れないように!……本当に来てくださいよ?」
「そんなに念押さなくても行きますから安心してください」
念押ししてくる殺せんせーを軽く
もう皆に断られ過ぎて殺せんせー精神不安定になってるよ。もし全員でドタキャンなんてしようものなら自殺するんじゃないか?流石に可哀想だからしないけどさ。
待ち合わせの時間までまだ時間はあるし、取り敢えずゲームの続きでもしようかな。RPGは良いところで区切りたくないから対戦ゲームにしとこう。
★
対戦ゲームに熱中してしまった僕は、待ち合わせ時間ギリギリで椚ヶ丘駅まで向かって走っていた。
やっぱり対戦ゲームでもネット対戦にまで手を伸ばしたのは悪手だったか。最後の対戦が良い勝負で延長まで縺れ込んでしまった。
「遅くなってごめん!間に合った!?」
「大丈夫だよ、明久君。待ち合わせ時間ピッタリだから」
息を切らせながら椚ヶ丘駅に着いたところで、皆の居た場所へ駆け寄ると神崎さんから何とかセーフ判定を告げられる。危うく遅刻するところだった。
しかし殺せんせーからは遅刻ギリギリだったことを注意される。
「吉井君、約束には間に合っていますがもう少し余裕を持って行動しましょう。先生、ドタキャンされたと思ってハラハラしてたんですから」
「アンタこそもう少し気持ちに余裕持てよ」
落ち着きのない殺せんせーに雄二が呆れながらツッコんでいた。まぁ僕のところに来た時点で精神不安定だったから仕方ないのかもしれない。
「雄二も誘われたんだ」
「特に断る理由もなかったしな。ムッツリーニも来てるぞ。秀吉は用事があるそうだ」
周りを見ればE組の半数くらいは夏祭りに誘われて出てきたようだ。女子の何人かは浴衣姿で来ている。目の保養になるなぁ。
そんな女子達を見て岡島君とムッツリーニが闘志を燃やしていた。
「土屋、今日は女子の浴衣姿を撮り放題な特別な日だぞ。久しぶりに撮影勝負しようぜ」
「…………望むところ。実力の違いを見せてやる」
E組になるまで写真部で公然と女子を撮り続けた岡島君と、帰宅部で空いた時間を使って秘密裏に撮り続けたムッツリーニ。
言うなれば“動”と“静”の対決だ。これは勝負の行方が見逃せない。勝敗の判定を下すためにあとで写真を見せてもらわないといけないな。あくまでも勝敗を判定するためにね。
「はい、二人とも。夏祭り中はカメラ没収ね。携帯で撮るのも禁止だから」
だが二人の勝負は片岡さんにカメラを没収され、撮影そのものを禁止されたため幕を開けることはなかった。
無情な仕打ちを受け、岡島君とムッツリーニは地面に両手を突いて項垂れている。当事者じゃない僕も同じ絶望を感じているところだ。楽しみにしてたのに……片岡さんには血も涙もないのか。
「ヌルフフフフ。それでは皆さん、お祭りの会場へと向かいましょうか。夏休みの最後です。今日くらい何も考えずに遊びましょう!」
そんな僕らを余所に殺せんせーの先導で皆は移動を始めた。仕方ないので僕らも気を取り直して着いていく。
まぁ僕は遊ぶだけじゃなく屋台で働きにも来たんだけどね。折角だから夏祭りで遊ぶお金だけじゃなくて、新作のゲーム代くらいは稼ぎたいところだ。
「お祭りって言えば綿飴だよね。私、昔から好きなんだ〜」
「綿飴かぁ。最後に食べたのは小学校の頃だったっけ。僕も久しぶりに食べようかな」
夏祭りの会場へ向かう道すがら、倉橋さんとそんな話をしながら歩いていた。
あの口の中で溶けていく感じが良いよね。小さい頃はあぁいうお菓子系をよく食べてたけど、今じゃ焼き鳥とかイカ焼きみたいな濃い味で食べ応えのあるものを買うことが多いと思う。僕も育ち盛りの中学生だからね。
「じゃあ吉井ちゃん、お祭りに着いたら一緒に綿飴買いに行こーよ」
僕の言葉を聞いて倉橋さんが誘ってくれたけど、残念ながら一緒に行くことはできない。
「ごめん、実は殺せんせーの屋台を手伝う約束してるんだ。そのお駄賃で祭りを楽しむ予定だから、夏祭りの会場に着いたらまずは働かないと」
「そうなんだ。残念〜」
「なぁ吉井、それって俺も行っていいか?」
倉橋さんの誘いを断っていると、前を歩いていた磯貝君が話に食いついてきた。
「いいんじゃない?人手があって困ることはないと思うけど」
「よかった。うちって母子家庭だからさ。俺も少しは家計の足しにならないとなんだ。今日は金魚を捕るだけのつもりだったけど、お金を稼げるなら稼いどきたいんだよな」
そういえば磯貝君の家ってちょっと貧乏なんだったね。僕は遊びたいがために屋台を手伝うけど、家のために働くなんて磯貝君は偉いなぁ。
でも今の話の中で一つだけ気になる点があった。
「お金はないのに金魚は捕るの?」
金魚ってそんなに飼育の手間が掛からない生き物だけど、それでも飼うからには多少の手間とお金は掛かる。お金が必要なら尚更金魚を捕る理由が分からない。
「あぁ、百円で大量の魚介を手に入れられるから節約になるし」
「……え、食べるの?」
僕の疑問に対してまさかの返事が返ってきた。
確かにフナの仲間だから食べられないことはないと思うけど、金魚を食べるって発想は今までなかったな。僕の場合、自然の川魚なんかを獲って食べる方が主流だったし。
これには倉橋さんも驚いている様子だった。
「金魚食べちゃうんだ……金魚って美味しい?」
「結構イケるぞ。うちでは金魚を捌いて味噌漬けにしたりしてる。他にも調理方法はあるけど……よかったら食べにくるか?」
「ちょっと食べてみたいかも〜」
僕も少し金魚の味に興味が出てきた。もし機会があったらお邪魔させてもらおうかな。
そうして色々とたわいない話をしているうちに夏祭りの会場まで辿り着いた。やっぱりお祭りなだけあって人が多くて賑わってるなぁ。
「皆さん、節度を守って存分に夏祭りを楽しみましょう!もちろん節度を守ってさえいれば男女でムフフな展開も先生的には全然ありですので!」
「教師が率先して風紀を乱そうとしないでください」
手帳を構えてゴシップ狙いの殺せんせーを片岡さんが窘める。今日は片岡さん大活躍だ。彼女が居れば皆も羽目を外し過ぎることはないだろう。
各々で行動を始めたところで僕と磯貝君は殺せんせーの元へと向かった。
「殺せんせー、ちょっといいですか?屋台を手伝う話なんですけど、磯貝君もお金が欲しいから一緒にやりたいそうです」
「事実だけど何かその言い方だとがめつい感じが半端ないな」
殺せんせーに磯貝君も屋台の手伝いに加わっていいか確認すると、先生は快く磯貝君の参加を認めてくれた。
「えぇ、構いませんよ。でしたら四つほど屋台の場所を確保しているので、吉井君と磯貝君に屋台を一つお任せします。先生もどんどん屋台を増やしていくつもりですから……腕が鳴りますねぇ」
そう言いながら殺せんせーは指?をポキポキと鳴らす。関節のない触手でどう鳴らしているのか不思議で仕方ない。
そんなツッコミポイントは置いておいて、僕と磯貝君は案内された焼きそばの屋台の中でどうするか悩んでいた。殺せんせーは既に他の屋台へと行っている。
「取り敢えずどうしよっか?」
「んー、俺も屋台のバイトは初めてだからなぁ……吉井って接客の経験あるか?無いなら俺が接客するから、吉井は焼きそば作ってくれ」
「了解。あとは状況に合わせて臨機応変に対応するってことで」
磯貝君の提案を受けて僕は焼きそば作りに取り掛かった。磯貝君は屋台に置かれていた釣り銭の中身を確認している。
お金の取り扱いは大事なことだし、僕よりも几帳面な磯貝君に任せた方がいいだろう。僕は美味しい焼きそばを作ることに集中する。
「いらっしゃい!二つで八百円です!吉井、焼きそば二つ!」
「あいよ!」
出店を始めてから三十分としないうちに、お客さんが途切れることなく並ぶようになった。
やっぱりお祭りの焼きそばといえば定番なだけあって人気があるな。まだ花火の打ち上げまで時間があるし、それまでに買っておこうっていう人も多いんだろう。
「焼きそばくれ」
「二つね」
「はい!……って坂本とカルマじゃないか。随分と豪華な戦利品だな」
屋台に並んでいるお客さんを捌いていると、そこに雄二とカルマ君がやってきた。その腕にはゲーム機の箱が抱えられている。
「最新のゲーム機じゃん。それどうしたの?」
「親切なクジ屋のおじさんからもらったんだ」
「ゲーム機を寄越せば詐欺は見逃してやるって匂わせたら快く差し出してくれたぜ」
それは脅し奪ったって言うんじゃ……まぁ詐欺を働いていた相手なら別にいいか。因果応報ってやつだ。
僕が焼きそばを焼いて磯貝君が仕上げている間に二人と軽く話をする。
「お前ら、祭りの間ずっと屋台の手伝いか?」
「ううん、あとでお祭りも楽しむつもりだよ。僕はお祭りで使う分と新作のゲーム代くらい稼げたら十分かな」
僕がそう言うと雄二とカルマ君は二人揃って微妙な表情になった。
「んー、それはちょい難しい目標だと思うよ」
「祭りの規模から客数と途中で切り上げることを考えれば、材料費とか諸々込みで二人で一万も稼げれば上出来じゃないか?」
「え、屋台の儲けってそんなもんなの?」
てっきりその倍くらいは稼げるもんだと考えてたんだけど……それじゃあ新作ゲームを買うには少し足りない。いつも通り生活費を削るしかないか。
「時給で換算すれば上等な方さ。吉井も高望みはせず出来る範囲で頑張ろう。ほら、焼きそば二つお待ち」
「おう、サンキュー」
作った焼きそばをパックへ詰めて雄二とカルマ君に手渡す。
まだ列に並んでいる人が居るので、いつまでも二人と話しているわけにはいかない。それは二人も分かっているようで、焼きそばを受け取ると手早く代金を払って離れていった。
さっきの話を聞いたら稼ぐために焼く速度を早めたいところだけど、だからといってお金をもらう以上は雑な仕事は出来ない。やっぱり磯貝君の言う通り、出来る範囲で頑張るしかないな。
それから再びお客さんの列を捌いていく。花火の時間が近づいているからか、最初より人足が減って焼きそばを焼くのも少し余裕が出てきた。
そうしてお客さんが途絶えたところで、ずっと働きっぱなしだったため休憩することにする。今のうちに僕らも焼きそば食べようかな。
晩御飯として自分達の焼きそばを焼こうとしていると、また見知った顔のメンバーがやってきた。
「やっほ〜!吉井ちゃん!磯貝ちゃん!差し入れ持って来たよ〜」
そんな明るくて元気な声を上げながら、倉橋さんが神崎さんと片岡さんを連れて僕らの元へと歩いてきた。その手にはお祭りで定番とも言える食べ物が色々と持たれている。
「おー、三人ともありがとうな。わざわざ差し入れまで持ってきてくれて」
「お礼に焼きそば持っていってよ。お金は要らないからさ」
その材料費は殺せんせー持ちだけどね。
三人を屋台の裏に案内して置いてあった椅子を使ってもらう。流石に女子に立ち食いしてもらうのは申し訳なさ過ぎる。
「ありがとう。もうすぐ花火が始まっちゃうけど、二人とも花火は見ないの?」
「折角お祭りに来たんだから、ずっと働いてたら勿体ないわよ?」
確かに花火は見ておきたいなぁ。お祭りを楽しめるだけのお金は稼げただろうし、僕としてはそろそろ引き上げてもいいかもしれない。
でも磯貝君は家計の足しにしたいって言ってたからどうだろう。まだ稼ぎたいって言うなら僕も付き合うつもりだけど。
「磯貝君、この後はどうする?」
「そうだな……ちょうど客足も減ってきたし、屋台を切り上げるには良い頃合いなんじゃないか?」
どうやら磯貝君も残った時間はお祭りを楽しむことにしたらしい。金魚も捕りに行かないといけないもんね。
そうと決まれば次のお客さんが来る前に屋台を閉めよう。
「分かった。じゃあ残りの焼きそばは———」
「私が売り捌いておくので、二人は夏祭りを楽しんできてください」
と思っていたら殺せんせーが屋台の引き継ぎに来てくれた。
少し身体がブレてるからこれは分身の一体だな。屋台を増やしていくって言ってたし、他の分身は今も別の屋台で働いているのだろう。
「殺せんせー、めっちゃ良いタイミングで来てくれましたけど……もしかして見てたんですか?」
「えぇ、もちろん。二人に屋台を任せたとはいえ、何か問題があってはいけませんからね。先生としては当然のことです」
道理で屋台を引き上げようとした瞬間に来れたわけだ。夏祭りで小遣い稼いでウハウハしてるのかと思ってたけど、そこは先生として監督責任を果たしていたらしい。
「では吉井君と磯貝君が売り捌いた分から原材料費を差し引いて……はい、どうぞ。あまり無駄遣いをしては駄目ですよ」
「「ありがとうございます」」
殺せんせーからもらったお金は夏祭りで遊び回るには十分な額だった。当初の目標だったゲーム代には足りないけど、普通に遊ぶだけなら寧ろ多いくらいである。
「よし、じゃあ少し出遅れたけどお祭りを楽しもうかな。良かったら皆で一緒に回らない?臨時収入もあるから何か奢るよ」
「言われたそばから無駄遣いする気満々じゃない」
「嬉しいけど奢ってもらうのは明久君に悪いから気持ちだけもらっておくね」
片岡さんも神崎さんも真面目だなぁ。こういうのは軽い気持ちで奢ったり奢られたりするくらいでちょうどいいのに。
「じゃあ私、かき氷食べたいな〜」
「俺はフランクフルトを頼もうかな」
「いや磯貝君は自分で買ってよ」
それからは五人で夏祭りを回って楽しんだ。
他のE組の皆も存分に夏祭りを楽しんでいたようで、腕いっぱいに射的の景品を抱えた千葉君や速水さん、水ヨーヨーを取りまくって足元に転がしてる渚君や茅野さんなんかはめっちゃ目立ってた。暗殺技術をフルに活用したんだろうね。
まぁそれを言うなら袋が二つもパンパンになるまで金魚を乱獲した磯貝君と一緒にいた僕らも十分に目立ってたけどさ。なんか屋台に食べ物系(何割かは殺せんせー)が多いと思ったけど、E組の皆が荒稼ぎしたから早仕舞いしたのかもしれない。
「あんたたち〜、ちょっとこっちへきなさいよ〜」
商工会のテントの前を通り過ぎようとしたところで、そんな舌足らずな声が聞こえてきた。
僕らを呼んでいると分かってそちらを見ると、何やらお酒を飲んで出来上がった様子のビッチ先生が手招きしている。うわぁ、酔っ払いの呼びつけなんて行きたくないなぁ。
でも流石に無視するわけにもいかないので、僕らは商工会のテントへと入っていく。
「ビッチ先生、どうしたんですか?っていうか酔ってますよね?」
「な〜にいってんのよ〜。ぷろのころしやのわたしがようわけないでしょ〜」
そう言いながら手に持っていた缶ビールを一気に飲み干し、更にもう一本新しい缶ビールを開ける。
いや確実に酔ってるでしょ。もう呂律も怪しくなってきてるし……これ缶ビール取り上げた方がいいんじゃないか?
しかし僕が行動するよりも早くビッチ先生は缶ビールを呷った。
「ぷはぁ!……あんたらはいいわよね〜、おとことおんなでいちゃこらできて〜」
「僕だってイチャコラ出来るならしたいです」
「吉井君、そんな願望を吐露しなくていいから。ビッチ先生もほら、水でも飲んで酔いを覚ましてください」
片岡さんは何処からか持ってきた水を手渡そうとするが、ビッチ先生は水を受け取らず缶ビールから手を離そうとしない。
「なんでからすまはかいぎなのよ〜。わたしのゆかたすがたをみたくないってゆ〜の〜」
「はいはい、ちょっと夜風にでも当たりにいきましょう。磯貝君、手伝ってもらえる?」
「あぁ、分かった。そんなわけで俺達はビッチ先生を介抱してくる」
「うん、酔っ払いの相手は面倒だろうけど頑張ってね」
片岡さんと磯貝君はビッチ先生を連れて商工会のテントから出ていった。人気の少ない裏手で休ませるつもりだろう。
「私もちょっと行ってくる〜」
「え、倉橋さんもビッチ先生を介抱するの?」
流石に三人は要らないと思うけど、二人に続いて倉橋さんも行くみたいだ。そんなにビッチ先生のことが心配なのかな?
「ううん、ビッチ先生が酔ってるうちに烏間先生のことどう思ってるか聞き出してくる。浴衣を見せたい相手なんて好きな人って相場が決まってるもん。烏間先生は私が狙ってるんだからね」
そう言って倉橋さんも三人の後を追い掛けていった。
そう言えば倉橋さん、修学旅行の時にも烏間先生を狙ってるって言ってたね。ビッチ先生が競争相手になるとすれば強敵だ。しっかり気持ちを聞いておきたいっていうのも分かる。
「ビッチ先生が烏間先生を好きかもしれないだなんて……ちょっと意外だね」
「でも何となく好意を寄せてる感じはあったよ」
「えー、そう?全然気付かなかったなぁ」
僕もそれなりに敏感な方だと思うけど……神崎さんはよく周りを見てるんだなぁ。きっと他の皆も気付いてないはずだ。あまり言いふらさないでおいてあげよう。
でも倉橋さんには悪いがもし本当なら勝ち目はないだろうな。少なくとも烏間先生が生徒に手を出すとは思えない。同じくらいビッチ先生に手を出す姿も想像できないけど。
まぁビッチ先生の恋愛事情は置いておいて、三人は居なくなったけど神崎さんと夏祭りの続きを回るとするか。とはいえそろそろ花火も始まる頃だし、何処か落ち着ける場所へ行った方がいいかもしれない。
「神崎さん、少し人が増えてきたから落ち着ける場所へ行こうか?」
「そうだね。ゆっくり花火を見たいし、少し開けたところの方が良いかも」
というわけで僕と神崎さんも商工会のテントから出て場所を変えることにした。人気がないだけじゃなくて花火が綺麗に見れる場所へ行かないとね。
僕らは落ち着ける場所へ向かいながら話をする。
「明日からまた学校かぁ。夏休みが終わるの嫌だなぁ」
「私は皆と会えるから楽しみだな」
「そりゃあ僕も皆と会えるのは楽しみだけど、それとこれとは話が別だよ」
長期の休みの後は生活リズムが乱れてるからどうしたって気怠さがあるのだ。どうせなら休み明けの一週間くらいは午後授業にしてくれたらいいのに。
「きゃっ!」
そんな話をしながらしばらく歩いていると、急に神崎さんから小さな悲鳴が上がった。
横を見ると神崎さんは蹲っており、僕も心配して神崎さんの横に屈み込んで声を掛ける。
「どうしたの?大丈夫?」
「うん、大丈夫。ありがとう……でも鼻緒が切れちゃったみたい」
そう言われて神崎さんの足元を見ると、確かに草履の鼻緒が切れていた。
取り敢えず怪我とかじゃなくてよかったけど、鼻緒が切れちゃったら歩けないよね。
「一先ず落ち着ける場所まで負ぶって行くよ。もうすぐそこだから」
「え、でも……」
「でもも何も歩けないでしょ?道の真ん中で蹲ってたら危ないし」
僕が背中を向けて乗るように促すと、神崎さんは躊躇いつつも恐る恐るといった様子で背中に乗ってきた。
人一人分の重さは考えていたのだが、予想以上に軽かったので簡単に立ち上がれた。僕も人のことは言えないけどしっかり食べてるんだろうか?
身体がずり落ちないようにしっかりと腕を回して固定し、神崎さんを負ぶって再び歩き始めたところでふと思う。
……あれ?これってもしかしなくても物凄い役得な状況なのでは……?
あ、駄目だ。意識しちゃうと背中にいる神崎さんを色々と感じちゃって緊張してきた。
「ごめんね、明久君。大丈夫?その……重くないかな?」
「全然大丈夫だよ。軽いし柔らかくて良い匂いがしてドキドキするくらいだから」
めっちゃ思考がだだ漏れた。どんだけ僕は感情を隠すのが下手なんだ。
神崎さんは僕の言葉を聞いて恥ずかしくなったのか、顔を隠そうとしたようで頭を背中に押し付けてくる。もっとドキドキして困るからやめて———ほしくはないな。寧ろずっと続けてほしい。
しかし目的地まではすぐ近くだったので役得な状況も長くは続かなかった。非常に残念だ。
上手いこと座れる場所が空いてたので、そこへ神崎さんを下ろしてから携帯を取り出す。
「ちょっと待ってて。鼻緒ってすぐに直せないか調べてみるから」
「私も調べてみるね」
流石にずっと歩けないと不便だからね。花火が始まるまでにちゃちゃっと直せるなら直しておこう。
調べてみたら意外と簡単に応急処置できることが分かった。五円玉と薄い布があればいいのか。
ネット知識だけどとにかくやってみよう。屋台で働く時に必要かと思って手拭い持ってきててよかった。殺せんせーが準備してくれて自分のは使わなかったけど。
「神崎さん、少し草履借りるね」
僕は神崎さんから草履を借りると、ネットで方法を見ながら手拭いを割いて五円玉に通す。あとは鼻緒の穴に通して結べば完成だ。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。今日は迷惑掛けちゃったし、また今度何かお礼させてね」
「そんなの気にしなくていいのに。友達を助けるのなんて当たり前じゃないか」
直した草履を手渡して神崎さんの隣に座ったところで、ちょうど花火の打ち上がる音が響いてきて夜空を明るく照らし上げた。
「綺麗だね」
「うん、これだけでも夏祭りに来た甲斐があるってもんよ」
この花火が終われば夏祭りも終了だ。あとは家に帰って明日の準備をしなくちゃいけない。
また明日から勉強と暗殺の日々である。殺せんせーの暗殺期限まで残り半年しか残っていない。二学期こそ殺せんせーを殺せるように頑張らないと。