最も人の目があるBARフロアをやり過ごした僕らは、引き続き最上階までの階段を登っていく。交渉期限も迫っているがこのペースだったら十分間に合うはずだ。
階段を登り切ったところで先頭の烏間先生から待ったの合図が来る。っていうか既に先生は担がれる必要がないくらいまで回復してるんだけど……まぁその化け物っぷりは今は置いておこう。
「この潜入も終盤だ。律」
「はい、ここからはVIPフロアです。ホテルの者だけに警備を任せず客が個人で雇った見張りを置けるようです」
律の情報通り、階段を登った先の壁際から通路を覗いてみるとそこには見るからに屈強そうな男が二人佇んでいた。
「早速上への階段に見張りか。強そう……」
「私達を脅してる奴の一味なの?それとも無関係の人が雇った警備?」
今まで
「どっちでもいーわ。倒さなきゃ通れねーのは一緒だろうが」
「そうだね。疑わしきは排除、疑わしくなくても排除、とにかく邪魔になりそうな人は全員排除だよ」
それが一番手っ取り早いだろう。そもそも犯人じゃなくてもVIPフロアにいる裏社会の人間が見ず知らずの子供の集団を通すとは思えない。
取り敢えず手裏剣ワイヤーを取り出そうとしたところで殺せんせーから待ったが入る。
「二人とも、その通りです。ですが吉井君の武器を使うには廊下は不適切でしょう。此処は寺坂君が持ってる武器の方が最適ですねぇ」
確かに手裏剣ワイヤーを振り回すには廊下は狭いけど、でも寺坂君の持ってる武器っていったい何だろう?
「……ケッ、透視能力でもあんのかテメーは」
「……出来るのか?一瞬で二人とも仕留めないと連絡されるぞ」
烏間先生が寺坂君に確認を取る。殺せんせーが推すくらいだから武器としては申し分ないはずだけど、その武器が何かを知らない先生としては不安もあるだろう。
「任せてくれって……おい、木村。ちょっとあいつらを此処まで誘い出してこい」
寺坂君は自分の荷物を探りながら木村君に指示を出す。まぁ木村君一人だったらすぐに敵とは思われないだろうし、彼の足の速さがあれば襲われても逃げ切れる可能性は高い。
でも寺坂君の指示はざっくり過ぎて一番大事な部分が抜けていた。
「俺がァ?どーやって」
「知らねーよ。なんか怒らせること言えばいい」
そう、問題はどうやって誘い出すかってことなんだけど寺坂君もそこはノープランだったらしい。言われた木村君も考えているが今一ピンと来ていないようだ。
皆も一緒になってどうすればいいか考える。
「ふむ、初見の相手を怒らせるとなると見た目を取っ掛かりにするのが一番じゃろうな。間違っても怒りより不信感を抱かせてはならんぞ」
「そう言われてもな……」
しかしパッと言われても相手をキレさせるような言葉は思いつかない。それも秀吉の言うように相手が思考停止するレベルで怒らせる挑発だ。普段から人を小馬鹿にしているような人じゃないとすぐには思いつかないだろう。
「じゃあこう言ってみ、木村」
そういえば普段から人を小馬鹿にしているような人が身近にいたな。まさに挑発の申し子とでも言うべき存在が。
そして挑発の申し子、カルマ君は木村君に耳打ちして相手を挑発する台詞を教える。
「……マジでそれ言うのか?」
「マジマジ。これなら絶対成功するって」
「いやまぁ成功するだろうけど……これ捕まったら殺されるな」
いったいどんな台詞を教えられたんだ?
とにかく木村君はカルマ君に教えられた挑発をするため見張りへと近付いていき、寺坂君と吉田君が見張りの誘い出しに備えて壁際に位置取る。念のため僕も手裏剣ワイヤーを装備しておこう。
「……?なんだ坊主」
接近する木村君に気付いたようで廊下の先から見張りの声が聞こえてきた。
僕の位置からじゃ木村君の姿は見えないが絶対に緊張しているはずだ。そんな状態で上手く挑発できるのか……。
「……あ、あっれェ〜、脳みそ君がいないなァ〜。こいつらは頭の中まで筋肉だし〜。……人の形してんじゃねーよ豚肉どもが」
あ、これはキレるわ。
次の瞬間、ドタドタと複数の駆ける足音が近付いてきた。どうやら上手く見張りを誘導できたようだ。あとはタイミングを合わせるだけーーー木村君が通り過ぎた。
「おっし今だ吉田‼︎」
「おう‼︎」
それとほぼ同時に飛び出した寺坂君と吉田君がドンピシャのタイミングで見張りの二人にタックルを決めた。いきなり横合いからタックルを決められたら幾ら屈強な男でも大抵は転ばせられるだろう。
為す術なく倒された見張りの二人に寺坂君と吉田君は馬乗りとなり、荷物から取り出しておいた武器ーーースタンガンを首筋に押し付けて電流を流した。電流を流された見張りの二人は白目を剥いて意識を失っている。
「タコに電気を試そうと思って買っといたのよ。こんな形でお披露目とは思わなかったがよ」
「あぁ、それなら殺せんせーに電気は効かなかったよ。触手の身体が絶縁体の働きもしてて電気を通さないんだって」
「んだよ、もう実験済みかよ……」
遊びの延長で超強力な電気ショックの悪戯グッズを使わせてみたものの、無反応でピンピンしてて自慢気に解説してたから間違いない。何故かそのついでに理科の特別授業も開催されたけどね。
「……良い武器です、寺坂君。ですがその二人の胸元を探ってください。膨らみから察するに
殺せんせーに言われた寺坂君は訝しみながらも倒した見張りの懐へと手を伸ばす。
スタンガンよりももっと良い武器か……それでいて胸元の膨らみって時点でもう何となく察することが出来た。裏社会の人間だったら
僕の予想通り、見張りの懐から出てきたのは本物の銃だった。高い殺傷能力を持つ殺しの道具を前にして皆は息を呑む。まぁ初めて本物の銃を見たら緊張するのは無理もないだろう。
「千葉君、速水さん。その銃は君達が持ちなさい。今この中で最もそれを使えるのは君達二人です」
そう言って殺せんせーは寺坂君から千葉君、速水さんへと手に入れた銃を手渡させた。
いきなり本物の銃を持たされた二人は戸惑いを隠せないでいる。
「だ、だからっていきなり……」
「ただし‼︎ 何度も言いますが先生は殺すことは許しません。君達の腕前でそれを使えば傷付けずに倒す方法は幾らでもあるはずです」
殺傷能力の高い銃で傷付けずに倒すっていうのはかなり難しい条件だ。寧ろ傷付けていいなら急所を外して撃てばいいんだから、人を撃つ覚悟さえあればE組の誰でも出来るだろう。
「さて、先に進みましょうか。ホテルの様子を見る限り、敵が大人数で陣取っている気配はない。雇った殺し屋も残りは精々一人二人だと思われます」
「おう‼︎ さっさと行ってぶち殺そうぜ‼︎ どんな顔してやがんだ、こんなクソな計画立てる奴はよ‼︎」
殺せんせーに促されて皆は歩き始めたが、千葉君と速水さんはまだ緊張した面持ちで手の中にある銃を見つめている。
どうやら二人とも相当なプレッシャーを感じているみたいだ。そんな精神状態じゃあ当てられるものも当てられない。ここは軽くフォローしておこう。
「千葉君、速水さん。本物の銃でも二人だったら大丈夫だよ。ただ意外と反動があるから手首と腕の固定はしっかりね」
「……もしかして吉井は撃ったことあるの?本物の銃」
と、フォローしたところで速水さんから質問が飛んできた。まぁこんなことを言えばそう思われるのも当たり前だよね。
「うん、去年アメリカに行った時に射撃場で撃ったことあるよ。その時の射撃は全然だったけど」
「なら一丁は経験のある吉井が持った方がいいんじゃないか?」
千葉君の言うことも一理ある。経験のあるなしは大きな差だろう。でもだからといって僕が銃を持つのは違うと思う。
「言ったでしょ、射撃は全然だったって。それに今の腕前だって千葉君や速水さんの方が確実に上なんだから、殺せんせーの言う通り本物であっても銃を一番上手く扱えるのは二人だよ」
実際エアガンしか撃ったことのない人でもエアガンのノウハウを本物の銃でも発揮できるっていうのはよく聞く話だ。本物の銃を撃ったって経験があろうがなかろうが射撃能力の高い千葉君と速水さんが銃を持つべきである。
「でも殺せんせーの暗殺ではエアガンでも失敗したのに、本物の銃なんて……」
「別に失敗してもいいんじゃない?」
「え?」
なんかいつもと二人の様子が違うなぁって思ってたけど……そうか、南の島での殺せんせーの暗殺に失敗して自信を無くしてたのか。確かに最後の決め手は千葉君と速水さんに委ねたものの、その失敗まで二人が背負うことないのに。本当に真面目だなぁ。
物事を真正面から硬く考え過ぎな二人に僕は自分の考えを伝えることにする。
「だって僕らは完璧じゃないんだからさ。出来る人に出来ることをやってもらって、それでも失敗することだってあるんだから仕方ないじゃん。大事なのは次にどうするかでしょ」
自分一人で出来ることなんて限りがある。その出来ることだって確実に成功させられるわけじゃない。失敗して反省するのは良いけど、そこで責任や苦悩を抱えて立ち止まってる方が良くないと思う。
「それに失敗しても周りに助けてもらえばいいんだよ。僕なんてさっきも失敗して女子達の活躍がなかったら死んでたかもしれないし」
「あぁ、あの時は俺も吉井の墓はどんなデザインが良いか考えさせられたわ」
「それはちょっと考え過ぎじゃない?」
そんな感じで僕には出来ないこと・失敗することだらけだけど、それを補ってくれる仲間がたくさんいる。その補ってくれる仲間には千葉君も速水さんも入ってるんだ。凄く頼りにしてるし、頼ってもらえたら僕も嬉しい。
「まぁ何が言いたいかっていうと、そんな深く考えず気楽にいこうってことだよ。僕も出来ることは頑張るからさ」
「……ありがとう。ちょっと楽になったわ」
「あぁ、俺も少し肩の力抜いてみることにする」
二人の表情を改めて見るとまだ硬さは残っているものの、さっきよりは幾らか緊張が
そうこうしている内に通路を抜けてコンサートホールに到着した。ホール内は円形のステージを囲うように客席が設置されていて、ステージの奥とその脇に次の階へ続くと思われる扉がある。此処には警備の人はいないみたいだ。
警備がいないなら立ち止まる必要はない。さっさとコンサートホールを抜けて次の階へとーーー
「……っ‼︎ 何者かが奥から近付いてくる‼︎ 全員身を隠して警戒態勢を取れ‼︎」
と、そこで烏間先生が小声で素早く指示を出してきた。確実に指示するためハンドサインを省いたくらいだから時間に余裕はないみたいだ。僕らは出来るだけ迅速にバラけて客席の影へと身を隠す。
するとしばらくしてステージ奥の扉から一人の男が歩いてきた。と思ったら懐から銃を取り出して咥え出した。何してるのかはさっぱり分からないけど銃を持ってるってことは倒しておいたほうが良いね。そうと決まれば気付かれる前に隙を突いてーーー
「……十六、いや十七匹か?呼吸も若い。ほとんどが十代半ば……驚いたな。動ける全員で乗り込んで来たのか」
僕達に気付くどころか人数まで絞られた⁉︎ しかもこの言い草は明らかに犯人側の人間だ。ここで黒幕に連絡を取られたらこれまでの潜入が全て水の泡である。
少しでも何処かへ連絡する素振りを見せたら手裏剣ワイヤーや仕込みナイフで阻止するしかない。そう思っていたが相手は何処へも連絡することなく威嚇射撃でステージ上の照明を撃ち壊した。
「言っとくがこのホールは完全防音でこの銃は本物だ。お前ら全員撃ち殺すまで誰も助けに来ねぇってことだ」
銃声が本能的な恐怖を与えてきて身体が強張りそうになる。でも逆に言えばこの人さえ何とかすれば他の敵も此処には来ないってことだ。毒で苦しんでる皆を助けるためにも銃声如きにビビってる場合じゃない。
「お前ら人殺しの準備なんてしてねーだろ‼︎ 大人しく降伏してボスに頭下げとけや‼︎」
相手は僕らに降伏を促しながら手の中の銃を弄んでいる。油断している今が一番仕留められる可能性が高いものの、僕の位置からだと決定打を入れるのは難しいか。
と、そこで二度目の銃声が鳴り響いた。ただし今度の銃声は相手じゃなくて速水さんが撃ったものである。彼女も考えることは同じだったか。
しかし速水さんが撃った銃弾もステージ上の照明を壊しただけだった。とはいえ初めてで癖も分からない銃を撃つんだから初撃を外したのは仕方がない。問題はこっちが武装していることを知って油断していた相手が本気になったことだ。
「……いいね。意外と美味ぇ仕事じゃねぇか‼︎」
その言葉と同時に壊れていない照明が一斉に点けられてステージ上を明るく照らし出される。今までの暗闇から一転してライトアップされたステージ上は逆光で上手く相手の姿を隠していた。この状態に目が慣れるまで少し時間が掛かりそうだ。
「今日も元気だ、銃が美味ぇ‼︎」
再び相手の銃声が響き渡る。眩しい中でも見えた相手の銃口が向けられている先は速水さんが隠れている場所だった。
「一度発砲した敵の位置は絶対忘れねぇ。もうお前はそこから一歩も動かさねぇぜ」
相手が無意味な威嚇で銃撃したとは思えない。まさか座席の隙間をを通して速水さんを牽制したのか?だとしたらとてつもなく精密な射撃だ。不用意に相手の射線へ入れば瞬時に撃ち殺されかねない。
「下で見張ってた二人の殺し屋は暗殺専門だが俺は違う。軍人上がりだ。幾多の経験の中で敵の位置を把握する術や銃の調子を味で確認する感覚を身につけた。
軍人上がりの殺し屋か……流石に烏間先生レベルじゃないと思うけど、銃撃戦に特化した実力は僕らの比じゃない。真正面から戦うのはあまりに無謀過ぎる。
「さぁて、お前らが奪った銃はあと一丁あるはずだが……」
やっぱりこっちに奪った銃が二丁あることもお見通しか。速水さんに意識を集中させて残った銃で不意打ちというのも想定されているだろう。さて、どうやってこの相手を攻めるべきか……。
「ーーー速水さんはそのまま待機‼︎」
と、攻め手を考えていたところに殺せんせーから大声で指示が来た。
「今撃たなかったのは賢明です、千葉君‼︎ 君はまだ敵に位置を知られていない‼︎ 先生が敵を見ながら指揮するので此処ぞという時まで待つんです‼︎」
これは正直ありがたい。身を隠しながらだと相手の姿も見辛いし皆と意思疎通も難しいから、殺せんせーが指示してくれるなら全体で動きを統一できる。
それに先生だったら完全防御形態で身を隠す必要もないしね。堂々と相手を観察しながら隙を窺うことが出来る。
「熟練の銃手に中学生が挑むんです。このくらいの視覚ハンデはいいでしょう」
「……チッ、その状態でどう指揮を執るつもりだ」
まぁ普通に考えたら幾ら姿を隠す必要がないとはいえ、身動きの取れない状態で全体を指揮することは出来ないだろう。
だがそこは規格外である殺せんせーだ。既にコンサートホール内の構造と僕らが隠れている場所も把握済みである。
「では木村君‼︎ 五列左へダッシュ‼︎」
その指示で即座に反応した木村君は隠れていた座席から左へ五列移動した。続けて同じように他の人も移動させることで相手を撹乱していく。これで相手も狙撃に集中することは出来ないはずだ。
「出席番号十四番‼︎ 右に一で準備しつつそのまま待機‼︎」
流石は殺せんせー、抜け目がない。相手が全員を把握し切る前に指示の出し方を変えてきた。今まで名前で覚えていたところをまた一から覚え直さなければならなくなる。
「ポニーテールは左前列へ前進‼︎ バイク好きも左前に二列進めます‼︎」
殺せんせーは更に指示の出し方を変えてきた。名前や番号ならともかく、特徴で指示されたらもう見知らぬ他人に覚えることは不可能だろう。
「最近竹林君一押しのメイド喫茶に興味本位で行ったらちょっと嵌りそうで怖かった人‼︎ 撹乱のため大きな音を立てる‼︎」
「うるせー‼︎ 何で行ったの知ってんだテメー‼︎」
え、そんな指示の出し方までするの?というより寺坂君、竹林君とメイド喫茶に行ったんだ。いつの間にそんな趣味を共有する仲になったんだろう。まぁ仲良しなのは良いことだ。
でもこの指示の出し方は確実に人物を特定出来るエピソードがないと使えない方法だ。そんなに多用は出来ないーーー
「この前久しぶりに家に泊まりに来た実の姉に貞操を奪われかけた人‼︎ 牽制しつつ相手の注意を逸らしてください‼︎」
あ、これは僕のことだ。こんな破茶滅茶なエピソードを持ってる人なんて僕しかいないーーーじゃなくて本当に何で知ってるの⁉︎ っていうかこれで僕が動いたら自分のことだって自白してるようなもんじゃないか、って既に近くにいる矢田さんから変な視線を向けられてるよチクショウ‼︎ そりゃあこの中で離れた位置から牽制できる人なんて僕だけだもんね‼︎
どうしようもない気持ちを込めて殺し屋へと手裏剣ワイヤーを投げた。もう完全に八つ当たりだ。牽制って言われたけど別に当てられるなら当てちゃってもいいでしょ。
もちろん馬鹿正直に立ち上がって投げたら逆に狙撃されちゃうから、ワイヤーの遠心力を利用して振り回しつつステージ上の機材や柱を軸に背後から襲い掛かる軌道で投げる。
「そんなもん食らうかよ……‼︎」
しかし有ろうことか相手は迫る手裏剣を精確に捉えて撃ち落としてみせた。
嘘でしょ……確かに遠心力を利用するため大回りさせる軌道で投げざるを得なかったけど、それでも暗い観客席から投げられた曲線を描いて迫る小さな手裏剣を捉えるのか。動体視力も半端じゃない。
僕の八つ当たりは失敗したけど、殺せんせーの作戦の方は準備が整ったみたいだ。そろそろコンサートホールでの戦いも終盤である。
「……さて。いよいよ狙撃です、千葉君。次の先生の指示の後、君のタイミングで撃ちなさい。速水さんは状況に合わせて彼の後をフォロー。千葉君と同時に吉井君も投擲してください。敵の行動を封じることが目標です」
メインは千葉君、加えて僕と速水さんの三人で相手を仕留める。僕はさっきの狙撃で手裏剣を撃ち落とされてワイヤーで回収できなくなったから、代わりに仕込みナイフを取り出して殺せんせーの合図を待つ。
ただ千葉君と速水さんは戦闘前から本物の銃を扱うことにプレッシャーを感じていた。僕の話を聞いて少しは気が楽になったって言ってたけど、それでも此処一番の大役を前にして今の精神状態は大丈夫だろうか。
そんな僕の心配も二人の心情も殺せんせーにはお見通しだったらしい。最後の指示を出す前にフォローが入る。
「銃を扱う二人は特に緊張しているでしょうが大丈夫です。もし外した時は人も銃もシャッフルする戦術に切り替えます。失敗しても助けてくれる仲間がいるのですから、安心して引き金を引きなさい」
殺せんせーの言葉を受け止めた二人がどう思っているかは分からない。でもきっと大丈夫だって僕は信じてる。他の皆もきっと同じだろう。だからこそ先生もそれ以上は何も言わなかった。
「ではいきますよーーー出席番号十四番‼︎ 立って狙撃‼︎」
その指示とともに僕は座席の通路から上体を出してナイフを投げた。それと同時に指名された人が座席裏から立ち上がる。
だが相手は僕の投げナイフをバックステップで難なく躱しつつ、立ち上がった人物に何かをさせる間もなく撃ち殺した……かのように見えた。が、実際に相手が撃ったのは出席番号十四番である菅谷君が即席で作ったダミー人形である。
殺せんせーが大声で指揮を執っていた傍ら、律を通して小声で伝えられていた作戦は見事に成功だ。僕のナイフを躱して射撃して、更に予想外の出来事に驚いている今の相手に出来ることは何もなかった。
その隙を逃さず一発の銃声がコンサートホールに響き渡った。今度こそ千葉君の銃撃である。
ところが響き渡った銃声に対して相手に起こった現象は何もなかった。男は自身の何ともない身体を確認して安堵の笑みを溢す。
「フ、へへ……へへへ、外したな。これで二人目も場所がーーー」
勝ちを確信した相手が銃を千葉君に向けようとしたその時、吊り照明が振り子のように落ちてきて男の身体を吹き飛ばした。
そう、千葉君は初めから相手の身体なんて狙っていなかったんだ。狙いは吊り照明を繋ぎ止めていた金具、その一点のみである。彼の射撃能力があれば小さな金具を撃ち抜くことだって不可能じゃない。
「く、そが……」
吊り照明に吹き飛ばされた相手は最後の力を振り絞って銃を構えたが、その銃も速水さんの狙撃によって撃ち落とされる。そこで何とか堪えていた男の意識も落ちた。
「よっしゃ‼︎ ソッコー簀巻きだぜ‼︎」
相手が気絶したのを確認した寺坂君達によって、男が意識を取り戻す前に速攻でガムテープで縛っていく。何とか三人目の殺し屋も撃破できたみたいだ。一先ず力んでいた身体の力を抜いてリラックスしよう。
さて、これで犯人側はあと何人いるんだろう?残りは客室と最上階だけだから、実質的には次が最上階と考えていいのかな。
取り敢えず殺し屋を拘束している間に手裏剣とナイフを回収しとこう。ワイヤーは振り回した分だけ絡まってるから時間掛かっちゃうしね。
次話 本編
〜黒幕の時間〜
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明久「これで“武器の時間”は終わり‼︎ 皆、楽しんでくれたかな?」
菅谷「いやぁ、ダミー人形を即席で音も立てずに作るんだから疲れたぜ」
矢田「千葉君と速水さんだけじゃなくて、吉井君も菅谷君もお疲れ様」
明久「僕は撃たれないように手裏剣とナイフを投げてただけだからね。千葉君と速水さんに比べたらずっと楽だったよ」
菅谷「でもナイフは手裏剣と違ってワイヤーで遠心力も使えないだろ。正直今回一番危なかったのはナイフを投擲する瞬間だったんじゃないか?」
矢田「しっかり投げようと思ったら座席に隠れたままじゃ難しいもんね」
明久「まぁ殺せんせーが
菅谷「吉井のナイフと俺のダミー人形、その二つに意識を向けさせて千葉の狙撃に余裕を持たせることが狙いだったからな」
吉井「あとは相手の位置を軽く調整するために身体に当たるか当たらないか微妙な部分を狙ったりもしたね。直撃を狙うと大きく避けて吊り照明からズレる可能性もあったし」
矢田「それも全部殺せんせーの指示だよね?」
菅谷「まぁな。幾らなんでも何の指示もなくダミー人形は作らねぇよ。俺達をシャッフルしたのだって時間稼ぎの意味合いもあるだろうしな」
明久「大声で指揮を執って僕らの動きに注意させていたからこそ、相手は小声の指示に気付けなかったんだと思うよ」
矢田「そういえば殺せんせーの指示の中で気になったことがあるんだけど……」
菅谷「あぁ、あれのことな」
明久「え、どれのこと?」
矢田「ほら、吉井君が実のお姉さんに襲われたってーーー」
明久「それじゃあ今回の後書きはここまで‼︎ 次の話も楽しみにしててね‼︎」
菅谷「めっちゃ強引に終わらせて逃げたな」
矢田「よっぽど触れられたくなかったんだね」
玲「はて。姉が弟を愛することになにか問題があるのでしょうか?」
殺せんせー「ヌルフフフフ、いえいえ全く問題ありませんよ。禁断の姉弟物も乙なものです」
渚「駄目だこの人達。早く何とかしないと……」