バカとE組の暗殺教室   作:レール

23 / 55
七月
訓練の時間


暗殺訓練が始まって四ヶ月目に入った七月。

元から喧嘩なんかで戦闘慣れしていた僕や雄二だけじゃなく、そういった荒事に縁のなかった他の皆もかなり動けるようになってきたと思う。っていうとなんか物凄い上から目線みたいだけど、最初の頃に比べたら皆の動きに固さがなくなってきているのは確かだ。

 

「視線を切らすな‼︎ 次に標的(ターゲット)がどう動くかを予測しろ‼︎ 全員が予測すればそれだけ奴の逃げ道を塞ぐことになる‼︎」

 

ナイフの実戦訓練中、二人同時に斬り掛かってくる生徒の相手をしながら烏間先生がナイフ術の指導を入れている。

生徒の中には二人掛かりでなら先生に当てられる人も出てきており、今やってる磯貝君と前原君もそのうちの一組だ。二人とも運動神経がよく幼馴染ということもあってか連携も上手い。あ、そう言ってる間にも前原君のナイフが烏間先生に当たった。

 

「良し‼︎ 二人それぞれ加点一点‼︎ 次ッ‼︎」

 

烏間先生は磯貝君と前原君に加点を言い渡すと次の生徒に出てくるよう促してくる。

彼らの次は僕と秀吉の番だ。順番が近くて見学していた列の中から二人で前へと出ていく。

 

「お願いします」

 

「よろしく頼むのじゃ」

 

烏間先生との模擬戦闘は最初の体育と同じで基本的に何でもありだけど、今回は僕も秀吉もナイフ一本で先生と対峙する。

最終的には僕一人で烏間先生に当てることが目標だけど、正直二人掛かりならともかくまだ一人では当てることが出来ていない。雄二は以前当てることが出来ていたけど、

 

“ありゃ授業レベル、つーか生徒の実力に合わせて手加減してんだよ。次からは実力を修正してきてまた当てられなくなるだろうぜ”

 

とのことで、本当にそれ以降は雄二も一人ではナイフを当てられなくなっていた。要するに最大限の実力を発揮して漸く当てられるかどうか、という実力に合わせてるってことだ。もしくは烏間先生の見立て以上に実力を伸ばして手加減レベルを越えるしかない。

 

「よし、来いッ‼︎」

 

その言葉を合図として僕と秀吉は一斉に烏間先生へと肉薄した。まずは先生との間合いを潰してナイフの射程まで入り、先行していた僕から右手に持ったナイフを一息に三連続で突き出す。

狙いは躱しにくい身体の正中線、喉元・胸部・腹部の三ヶ所。しかし烏間先生はそれらを上体を反らし、半身になり、左手で捌くことで全て()なされてしまう。

だけど先生が僕を往なしたことで空いた左側から秀吉が透かさずナイフを突き出していた。それを烏間先生は往なした左手を引き戻しつつ裏拳で弾く。やっぱり動きに無駄がほとんどないな。

 

「ハッ‼︎」

 

僕はナイフを往なされても体勢を崩さず、次は体捌きで躱されないよう横薙ぎに一閃する。先生は同じく右腕で僕の()()を防ぎ……バックステップによって横薙ぎの寸前で持ち替えていた左手のナイフによる突きを回避した。流石に模擬戦闘のたびにトリッキーな手を使い続けていればこの程度の攻め方じゃあ動揺も誘えないか。

後退した烏間先生を追って秀吉も追撃……ではなく投擲で間髪入れずナイフを当てにいった。が、先生は左手の指で真剣白刃取りにて投擲を受け止める。最初こそ真剣白羽取りに唖然としていたがもう珍しくもなんともない。

秀吉も同じ気持ちだったようで、投擲を防がれる前から仕込みナイフを取り出して再接近していた。どうやら防がれることを前提に動いていたらしい。さっき弾かれたことを踏まえてか、真剣白刃取りをした左腕に狙いを定めて二本目のナイフを振るう。

 

「手足を狙うのはいいが末端部に対する攻撃は対処されやすい‼︎ 対処されることを想定して自分に有利な展開へと繋げていけ‼︎」

 

手捌きのみで一瞬にして投擲されたナイフを構えた烏間先生は、迫る秀吉のナイフを同じくナイフで受け止めた。恐らくナイフがなかったら腕を引いて躱していたことだろう。それよりも真剣白羽取りに使用した左腕を潜って懐に潜り込んでいたらナイフを当てられたかな?

その後も先生のアドバイスを聞きながら二人掛かりで幾度となく攻め立てていき、

 

「時間切れだ。今回の模擬戦闘の内容を反芻しながら訓練を続けるように。次ッ‼︎」

 

残念ながらナイフを当てることはできずタイムアップだ。次に控えていた片岡さんと岡野さんが前へ出てきて烏間先生と対峙する。

通常訓練に戻った僕らは言われた通り今の烏間先生との模擬戦闘を思い出しながら二人でナイフの素振りを始めていく。

 

「う〜ん、もうちょっと力が必要かなぁ。簡単に往なされてちゃ相手の隙も作りにくいし」

 

「ワシは瞬発力といったところじゃの。あの時に懐へと入り込めておれば当てられていた可能性もあったはずじゃ」

 

こうやって各々に足りないところを意識させられ、それを次へと活かすために克服していくことでなんとかナイフを当てられるようになっていくのだ。その度に手加減レベルを下げられるから常に最大限を求められ、また次の段階へと登る必要が出てくる。烏間先生は戦闘の実力だけじゃなくて指導者としても優秀だったんだろう。だからこそこの暗殺教室に暗殺者育成の教官として送り込まれたんだろうね。

と、素振りを終えて改めて秀吉と模擬戦闘をしていたところで何かが地面に落ちるような大きな音が聞こえてきた。見れば木村君と組んで先生と模擬戦闘をしてたっぽい渚君が仰向けに倒れこんでいる。

 

「……いった……」

 

「すまん、ちょっと強く防ぎすぎた。立てるか?」

 

「あ、へ、へーきです」

 

烏間先生が駆け寄りながら心配してるってことは手加減をミスったのか。渚君も笑いながら上体を起こして立ち上がる。まぁ先生だって超人ではあっても人間なんだ。偶にはミスをすることだってあるだろう。

 

「…………」

 

この時、雄二が真剣な表情で渚君を見てーーー観察していることに僕は気付かなかった。

 

 

 

 

 

そうこうしているうちに今日の体育は終わり、烏間先生の号令を受けて皆も解散していく。

 

「せんせー‼︎ 放課後に街で皆とお茶してこーよ‼︎」

 

同時に今日の授業も終わったので倉橋さんが放課後の遊びに烏間先生を誘っていた。修学旅行の時に烏間先生を狙ってるって言ってたし、彼女としても積極的にアプローチしてるって感じだ。

 

「……あぁ、誘いは嬉しいがこの後は防衛省からの連絡待ちでな。また今度にしてくれ」

 

そう言うと先生は校舎の方へと歩いていってしまった。誘えば偶に付き合ってくれるけど、基本的には今みたいに仕事で断ってくる場合の方が多い。色々と忙しいんだろうな。

だけど皆は烏間先生の対応に不満があったようで、それぞれに不満の表情を浮かべている。

 

「なんていうか、私達との間に壁っていうか……一定の距離感を保ってるような感じだよね」

 

「うん。確かに私達のこと大切にしてくれてるっていうのは分かるけど、それってやっぱりただ任務だからなのかな」

 

矢田さんと倉橋さんがその気持ちを口から漏らしていると、そこへ体育の時間は砂場が定位置となりつつある殺せんせーがやってきた。

 

「そんなことはありません。確かにあの人は先生の暗殺のために送り込まれた工作員ですが、彼にもちゃんと素晴らしい教師の血が流れていますよ」

 

まぁ世の中には無愛想な人なんていっぱいいるし、その人との壁を感じるかどうかなんてのは受け手次第だろう。なんならこっちから歩み寄ればいいだけのことなんだし。

……あれ?なんか見慣れない巨漢の人が大荷物を持ってこっちに歩いてきた。そのまま僕らの前まで来ると荷物を地面に置いて笑顔で挨拶してくる。

 

「やっ‼︎ 俺の名前は鷹岡明‼︎ 今日から烏間を補佐して此処で働く‼︎ よろしくな、E組の皆‼︎」

 

ってことは今日から新しい先生になるのか。でもこの大荷物はいったい何なんだ?

不思議に思っていると荷物の近くにいた人達の反応でお菓子や飲み物であることが分かった。それも高級品らしい。“高級品”って単語とは縁がないから詳しく知らないけど、女子の皆が盛り上がってることから多分人気の奴なんだろう。

 

「いいんですか?こんな高いの」

 

「おう、遠慮なく食え食え‼︎ お前らとは早く仲良くなりたいんだ‼︎ それには皆で囲んでメシ食うのが一番だろ‼︎」

 

磯貝君の恐縮した様子の問い掛けにも鷹岡先生は気の良さそうな返事で返してくる。太っ腹なことだ。これだけで僕の食費や摂取カロリーを何ヶ月分くらい賄えるかな?

 

「烏間先生とは同僚なのに雰囲気とか随分違うんすね」

 

「なんか近所の父ちゃんみたいですよ」

 

「ははは、いいじゃねーか父ちゃんで‼︎ 同じ教室にいるからには俺達家族みたいなもんだろ?」

 

木村君や原さんの言葉にもフレンドリーな対応で、分かりやすく言えば親しみやすい熱血教師といった感じである。これで烏間先生よりも実力が上なんだったら完璧だけど……だったら初めから鷹岡先生が来てるか。教官として優秀だから烏間先生の補佐に来たってことなのか?

まぁ今はそんなことどうでもいいや。滅多にない高級カロリーを頂けるチャンスだ。僕も遠慮なく食べることにしよう。というか殺せんせーに食い尽くされそうな勢いだから早くしないと。

そう思って一緒に訓練していた秀吉も誘おうと顔を向けたんだけど、そこには何故か眉根を寄せた秀吉が難しそうな表情を浮かべて立っていた。

 

「秀吉、どうかしたの?」

 

「……いや、どうにもあの男の張り付けた笑顔が好きになれんでの。ワシとしては烏間先生の方が好ましいと思っておっただけじゃ」

 

「張り付けた笑顔?」

 

そう言われて鷹岡先生を改めて見るけど、少なくとも僕にはテンションが高くて暑苦しい人にしか見えない。周りにいる皆も突然のことで戸惑ってる感じはあるが先生を受け入れて楽しそうにしている。

でもそう思ったのは秀吉だけじゃなかったようで、少し離れて訓練していた雄二とムッツリーニも僕らの話に加わってきた。

 

「同感だ。なんか胡散臭ぇんだよな、言動が芝居掛かってるっつーか……秀吉が反応したってことは実際にそうなんだろ」

 

「…………(コクコク)」

 

秀吉はあまり目立ったところは見せないけど演技に関しては群を抜いている。そのことに疑う余地はない以上、鷹岡先生に裏の顔があるのは確かなのだろう。初めての顔合わせだからクラスの好感を得ようとしてるだけかもしれないけど……心の隅には留めておくべきか。

…………だ、だけど鷹岡先生はともかくお菓子や飲み物に罪はないよね?せっかく持ってきてくれたんだから食べないっていうのは、鷹岡先生はともかく売ってる店に悪いんじゃないかな?少しは先生を警戒するとして……うん、警戒しながらお菓子を食べれば何も問題ないよね。

というわけで警戒して近寄らない三人を置いて僕も皆の輪に加わる。もちろん間近で鷹岡先生を観察しつつ警戒もーーーこのエクレア美味(うま)っ‼︎ このケーキ美味(おい)しッ‼︎ 鷹岡先生、差し入れあざまーっす‼︎

 

 

 

 

 

 

「よーし、皆集まったな‼︎ では今日から新しい体育を始めよう‼︎」

 

鷹岡先生が来てから初めての体育の時間。昨日からずっと警戒してた(決してお菓子に惑わされたりなんかしてない)けど、特に怪しい動きは見られなかった。

ちなみに烏間先生は事務作業に専念するとのことでグラウンドには来ていない。烏間先生を目標にしてたからそれはちょっと残念だ。機会があったら放課後にでも模擬戦闘を頼んでみようかな。

 

「ちょっと厳しくなると思うが、終わったらまた美味いもん食わしてやるからな‼︎」

 

「そんなこと言って、本当は自分が食いたいだけじゃないの?」

 

「まーな、おかげでこの横腹だ」

 

秀吉がああ言うから注意してたけど、中村さんからの茶々入れにも冗談で返したりして少なくとも悪い人には見えない。やっぱり気のせいなんじゃないだろうか。

 

「さて‼︎ 訓練内容の一新に伴ってE組の時間割りも変更になった。これを皆に回してくれ」

 

……?なんで訓練内容が変わったからって授業の時間割りまで変わるんだ?

鷹岡先生の言葉を疑問に思ったのは僕だけじゃないようで、配られたプリントを回す皆の顔にも疑問が浮かんでいる。ただしその疑問も次の瞬間には吹き飛んでいた。そして秀吉の観察眼が正しかったことも証明されたと言えるだろう。

なんで秀吉の観察眼が証明されたのかって言うと、先生から渡された時間割りが常軌を逸していたからだ。それこそ誰もが茫然自失として絶句するレベルで常識から外れている。

 

「……うそ、でしょ?」

 

「十時間目……」

 

「夜九時まで、訓練……?」

 

頭イかれてるでしょ。世の中のブラック企業もビックリするような時間割りである。っていうかよく見ると夕食の時間が中途半端なんだよなぁ。なんで十六時半?しかもその後から授業時間が延びてってるし。普通は五十分なのに十時間目なんて一時間半も時間取ってるからね。

しかし鷹岡先生は皆の反応を見ても何でもないかのように、

 

「このぐらいは当然さ。理事長にも話して承諾してもらった。“地球の危機ならしょうがない”と言ってたぜ」

 

いやいやいやいや、理事長こんなの許しちゃったら駄目でしょ。夜九時まで子供が帰って来なかったら親御さんが不審に思いますって。あの人、もしかしなくても理念に沿った教(目的)育とE組を蹴落とす(手段)ことを履き違えてきてるんじゃ……

 

「この時間割り(カリキュラム)について来れればお前らの能力は飛躍的に上がる。では早速ーーー」

 

「ちょ、ちょっと待ってください‼︎」

 

っと、そんなことを考え込んでても仕方ないな。まずは先生の暴挙を止めないと。こんな時間割りが始まってしまえば確実にE組の中でも潰れる人が出てくる。

 

「幾らなんでも訓練する時間が多過ぎじゃないですか?絶対に着いてこれない人が出てきますよ。こんなの出来るわけありません」

 

僕が当たり前の抗議した途端、鷹岡先生が巨漢とは思えないような素早い動きで距離を詰めて頭を掴みかかってきた。突然のことだったけどその腕を下から弾いて往なそうと……無視して強引に腕を伸ばしてきた⁉︎ やっぱり腕力差が大きかったら見えてても対処できない‼︎

往なすことを諦めて頭を下げることによって先生の腕を回避する。が、間髪入れずに下がった顔面目掛けて膝蹴りが飛んできた。

……これは躱せない。そう判断した直後、僕の右頬に先生の膝が突き刺さる。咄嗟に首を左へ回転させて直撃は避けようとしたが、そんな漫画みたいな技が簡単に使えるわけもなく蹴り倒された。

頰に走る痛みに堪えながらもすぐに受け身を取って立ち上がる。その際に口の中が切れたようで口元から垂れる血を拭い、変わらない笑顔で悠然と佇む鷹岡先生を睨みつけた。

 

「い、いきなり何すんだ……」

 

「“出来ない”じゃない、“やる”んだよ。言ったろ?俺達は家族で俺は父親だ。世の中に父親の命令を聞かない家族が何処にいる?」

 

……いや、結構な割合でいるんじゃないだろうか?うちの父親の地位も家族内で最下位だし。

しかしそんな場違いな感想を言えるはずもなく、反応がないのをいいことに先生は言葉を続ける。

 

「さぁ、まずはスクワット百回かける三セットだ。抜けたい奴は抜けてもいいぞ。その時は俺の育てた屈強な兵士が代わりに入る。一人や二人入れ替わってもあのタコは逃げ出すまい」

 

確かに殺せんせーだったら残った生徒を見捨てるようなことはしないだろう。屈強な兵士(おっさん)が入ってくることに異論がないわけじゃないけど、人工知能()という前例があるんだから理事長が許可をすれば本当に入れ替えられるはずだ。あの殺人的な時間割りを理事長が認めてることから生徒の入れ替えも認められると考えていい。

 

「けどな、俺はそういう事したくないんだ。お前らは大事な家族なんだからよ。家族全員で地球の危機を救おうぜ‼︎ なっ?」

 

白々しい。そんなこと微塵も思ってないだろ。皆が潰れてもおかしくない時間割りを作っておいて……飴と鞭のつもりか?

 

「な?お前は父ちゃんに着いてきてくれるよな?」

 

そんな鷹岡先生が次に狙いをつけたのは神崎さんだった。彼女は先生に対する恐怖から表情は強張り脚を震えさせている。躊躇なく暴力を振るってくる男が目の前にいたら誰だって怖いだろう。それが女の子なら尚更だ。

 

「……は、はい。あの、私…………」

 

声を掛けられた神崎さんは声を震わせながら答えようとする。今は嘘でもいいから先生に合わせるべきだ。拒否したら僕と同じように暴力を振るわれるかもしれない。神崎さんだってそれは理解してるだろう。

彼女は恐怖に駆られながら精一杯の笑みを浮かべ、

 

「私は嫌です。烏間先生の授業を希望します」

 

きっぱりと拒否の言葉を先生に返した。

神崎さんはなんて強いんだろう。この状況で自分の意見をはっきり伝えられる人なんてそう多くはいない。尊敬しちゃうよ。

だけど鷹岡先生は予想していた通り、拒否した彼女に対して暴力で応えた。バチンッ‼︎ と大きな音が響き渡るくらいの平手打ちで神崎さんも殴り倒されてしまう。

 

 

 

それを見た瞬間、僕の中で、何かがトんだ。

 

 

 

周りにいた渚君達が倒された神崎さんへと駆け寄る中、今度は僕から鷹岡先生との距離を一息に詰めていく。半端な攻撃は通じないだろう。狙うなら急所だ。

身長の高い鷹岡先生に合わせて一気に跳び上がった僕は、先生の顎に狙いを定めて右の上段蹴りを放った。どんだけ肉の鎧が厚かろうが脳を揺らされたら一溜まりもないだろう。

神崎さん達に視線を向けていた先生だったが、僕が跳び上がる直前に気付かれて呆気なく躱されてしまった。だが軍人相手に馬鹿正直な攻撃が通じないのは烏間先生で学習済みである。右足を振り抜いた僕は素早く足を踏み替え、息つく暇もなく左の後ろ回し蹴りを再び顎へと放つ。

 

「ーーー文句があるなら拳と拳で語り合う。そっちの方が父ちゃんは得意だぞ?」

 

しかしその左足も簡単に掴まれてしまい、僕はその状態で宙吊りにされてしまう。構わず宙吊りにされたまま金的を狙おうとした僕だったが、拳を振りかぶる前に鷹岡先生の拳が腹部に突き刺さった。

 

「ガハッ⁉︎」

 

無防備に拳を食らってしまい思わず吐き気が込み上げてくる。先生は苦痛に表情を歪ませる僕のことなんか見ておらず、自身の優位を皆へ見せつけるように投げ捨てられた。

背中から落とされて殴られた痛み以外に鈍い痛みも走るけど、そんなの知ったことか。動ければなんだっていい。震えそうになる脚を抑え込んで歯を食い縛りながら立ち上がる。

 

「落ち着け、明久。一人で戦って勝てるわけねぇだろ」

 

そこから一歩踏み出そうとしたところで雄二に声を掛けられた。でもそれは無理な注文だ。ここで止まるなんて僕にはできない。

 

「勝てると思ったから戦ってるんじゃない、許せないと思ったから立ち向かってるんだ‼︎ 女の子の顔を平気で殴るような屑野郎、絶対にぶっ飛ばす‼︎ そんでもって神崎さんに謝らせる‼︎」

 

馬鹿だから勝率なんて欠片も考えちゃいない。僕は思ったままに行動してるだけだ。身体が動かなくなるまで……ぶっ飛ばすまで止まるつもりはない‼︎

だけど僕の言葉を聞いて雄二は呆れたように溜め息を吐いた。

 

「だから落ち着けって言ってるんだ。別に誰も止めちゃいねぇだろ。()()()()()()勝てねぇって言ってるんだ。俺達も混ぜろよ」

 

そう言うと雄二だけじゃなくムッツリーニまで僕の横に並んできて鷹岡先生と対峙する。雄二はボクシングスタイルで、ムッツリーニは何処からか取り出した本物のナイフを構えて先生と向かい合う。

 

「…………明久、使え。素手だと厳しい」

 

そしてムッツリーニはもう一本本物のナイフを取り出して僕にも手渡してきた。なんで体育の時間に持ってるのかは知らないけど、素手じゃ厳しいというのは本当だ。貸してくれるんなら有難く使わせてもらおう。

ダメージを負っている今の状態でどこまで振れるか確認するために軽く素振りする。うん、問題ない。手元が狂うこともなさそうだ。

 

「ほぉ、本物のナイフを扱える奴もいるのか。下手な新兵よりも優秀だな、お前らは」

 

しかし本物のナイフを出したところで鷹岡先生が怯むようなことはなく、寧ろ感心した様子で僕らを観察していた。軍隊じゃナイフくらい普通ってか。上等だ、油断してるうちに斬り伏せてやる。

 

「止めろ鷹岡‼︎ 君達もナイフを仕舞え‼︎」

 

そこで事態を察知したらしい烏間先生が駆け寄ってきた。倒れている神崎さんの様子を確認した後、僕らの方にも近付いてくる。

 

「吉井君、君も大丈夫か?」

 

「僕は平気です」

 

「そうか。だがナイフは渡してくれ。下手をすれば取り返しのつかないことになるぞ」

 

そう言って烏間先生は手を差し出してきた。まぁ先生としては訓練していない本物のナイフでの戦闘を危惧してのことだろう。

素手じゃ厳しいと思ってたところだけど、烏間先生がそう言うんなら仕方ない。厳しくても素手でやるか。

そう思ってナイフを渡そうとしたところで鷹岡先生がそれを止めた。

 

「待て、烏間。本物のナイフがあるなら丁度いい。お前の教育と俺の教育、俺の訓練を始める前にどっちが優秀か決めておこうじゃないか」

 

いったい何を始めるのかと訝しんだが、烏間先生の教育が優れていたら自分は出ていくというので話を聞くことにする。

それを決める方法として烏間先生が指名した生徒と鷹岡先生が戦い、そこでナイフを寸止めでもいいから当てられたら負けを認めるというものだった。ただし鷹岡先生が勝てばその後は誰も訓練に口出ししない、相手が殺せんせーじゃなく人間だから使うのは本物のナイフという条件である。

 

「先生、僕にやらせて下さい。ナイフを一回当てるくらいやってみせます」

 

流石に使い慣れていない皆に本物のナイフを使った戦闘をさせるわけにはいかない。やるんだったら僕かムッツリーニ、純粋な戦闘力で考えて雄二が適任だろう。

だけど烏間先生は僕やムッツリーニ、雄二を一瞥するだけで何も言わない。そして先生にしては珍しく躊躇したように考え込んだ後、

 

「……渚君、やる気はあるか?」

 

僕でもムッツリーニでも雄二でもなく、どうしてかE組の中から渚君を指名した。

その判断に周りの皆も驚く中、烏間先生は常と変わらない真っ直ぐな目で彼と向かい合う。

 

「地球を救う暗殺任務を依頼した側として、俺は君達とはプロ同士だと思っている。プロとして君達に払うべき最低限の報酬は当たり前の中学生活を保障すること。俺が選ぶとしたら君だが、だからといって無理にやる必要はない。その時は俺が鷹岡に頼んで報酬を維持してもらえるように努力する」

 

烏間先生は僕らが中学生だからって大人の目線で下に見たりはしない。それは日々の訓練で接する中からも十分に感じることができるし、そういう人だからこそ皆も信頼しているんだ。

だけど今回の判断には疑問が残ってしまう。渚君には悪いけど、渚君が何かしらに突出しているというのは聞いたことがない。基本的には大人しい性格だし、少なくとも鷹岡先生を相手に指名するべき生徒とは思えなかった。

 

「烏間先生、なんで渚君なんですか?やるんだったらーーー」

 

「……明久、烏間先生の判断に従え」

 

僕が先生に理由を聞こうとしたところで雄二に止められてしまう。その目は何かを見定めようとするかのように冷静さを保っていた。さっきまで参戦しようと獰猛に光らせていた瞳の色は消えている。

 

「雄二?でも……」

 

「……吉井君、ナイフを貸して」

 

それでもまだ納得できなくて言い募ろうとする僕だったが、そこに横から渚君の手が伸びてきた。向き合った渚の顔は既に覚悟を決めた表情をしている。

 

「僕も吉井君と同じ気持ちだから。神崎さんと君の分、せめて一発返さなきゃ気が済まない」

 

その言葉を受けて僕はあれこれ言うのを止めることにした。僕が鷹岡先生を許せないと思ったように、渚君も許せないと思っているのだ。

なんで烏間先生が渚君を選んだのかは未だに分からない。でも先生が選んだのなら、渚君がやるというのなら僕は二人を信じよう。

僕は自分の気持ちも託すようにして渚君にナイフを手渡した。




次話
〜才能の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/24.html



秀吉「これで“訓練の時間”は終了じゃ。皆、楽しんでくれたかの?」

土屋「…………いよいよ渚の本領発揮か」

カルマ「俺、この時はサボってたから見れなかったんだよねぇ。この後の渚君の活躍」

秀吉「お主は良くも悪くも自由過ぎるのじゃ。とはいえ真面目にやらずともお主は勉強も戦闘もトップクラスではあるんじゃがな」

カルマ「てかさ、木下も何気に皆より戦闘慣れしてない?普通に暗器とか投擲術とか使いこなしてんじゃん」

秀吉「まぁ“暗殺教室”という環境でムッツリーニと訓練しておれば教わる機会は幾らでもあるからの」

土屋「…………徹底的に叩き込んだ」

カルマ「なるほどねぇ。ってことは吉井が妙にナイフ慣れしてるのも土屋の影響か」

土屋「…………技術は多く持っておいた方がいい」

秀吉「今回は鷹岡先生に対抗するためじゃな」

カルマ「残念ながら吉井の実力じゃまだ対抗するには力不足だったみたいだね。まぁ軍人相手に仕方ないとは思うけど」

秀吉「それでも明久は臆せず立ち向かった。それが彼奴(あやつ)の良いところじゃよ。気持ち優先で危なっかしいところもあるがの」

土屋「…………(コクコク)」

カルマ「取り敢えず次は吉井に変わって渚君のリベンジマッチか。渚君には頑張ってほしいよね」

秀吉「そうじゃな。それでは今回はここまでにしておこう。次の話も楽しみにして待っとるんじゃぞ」





殺せんせー「吉井君、気持ちに正直なのはいいですがお菓子に釣られるのはよくありませんねぇ」

明久「いや先生もお菓子ドカ食いしてたでしょ‼︎ それに僕やお菓子は悪くありません‼︎ 悪いのは鷹岡先生だけです‼︎」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。