バカとE組の暗殺教室   作:レール

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打順
一番:木村正義、二番:潮田渚、三番:磯貝悠馬、四番:杉野友人、五番:前原陽斗、六番:岡島大河、七番:吉井明久、八番:木下秀吉、九番:赤羽業

守備
投手:杉野友人、捕手:潮田渚、一塁手:菅谷創介、二塁手:磯貝悠馬、三塁手:吉井明久、遊撃手:土屋康太、左翼手:赤羽業、中堅手:千葉龍之介、右翼手:坂本雄二

偵察・補欠
撮影:三村航輝、分析:竹林孝太郎

守備の特徴・運動神経など諸々を考慮しつつ全員参加させた結果のメンバー表です。運動神経が低く偵察向きの三村君・竹林君は残念ながら試合に出ていません。


球技大会の時間・二時間目

球技大会のエキシビションで野球部相手に先制して流れを掴んでいたE組だったが、野球部の監督に代わって理事長が指揮を執ることになったことでその流れを断ち切られてしまった。理事長の存在感が圧倒的すぎる件について……

理事長は殺せんせーが相手でも知能面で対等に張り合えるような怪物だ。劣勢の状況下でいったいどんな手を打ってくるのか、マウンドで野球部に円陣を組ませて指示を出している理事長が気になって仕方がない。

 

「ーーーって、幾らなんでもこれは……」

 

ゲームが再開した途端に展開された異様な光景に、僕だけじゃなくて全員が戸惑っていた。何かしてくるとは思ってたけど、これほど極端な手を打ってくるとは誰も思わないだろう。まさか守備を全員内野に集めてくるなんて……

E組にバントしかないって判断の上では確実なバント対策だ。これが打撃妨害になるかどうかは審判の判断によるけど、当然ながら審判は本校舎の先生なので理事長の作戦に異を唱えるわけがない。判定は試合続行だ。

バッターボックスに立った前原君は練習したバントを試みるも、理事長に再教育された進藤君の威圧感から真上へとボールを打ち上げてしまった。続く岡島君もバントでは難しいと考えて殺監督に指示を仰いだのだが、打つ手なしという返事に為すすべもなく討ち取られてしまう。

そしてこの場面で迎える次の打者は僕だ。ここでなんとかしないと完全に野球部に流れを持っていかれる。点数的には勝ってるとはいえ、野球部が相手ではとても安全圏とは言い難い。

 

「明久」

 

と、バッターボックスへと向かっている最中に声を掛けられたので振り返った。僕を呼び止めた雄二はさっきまでと比べて気を引き締めたような表情でアイコンタクトによる指示を送ってくる。

 

「(殺せんせーに打つ手がねぇんならこの回は俺が指示を出す。まずはこの前進守備をぶっ潰すから何がなんでも出塁しろ)」

 

急にやる気を出したかと思えば随分と強引な指示を出してきたもんだ。“出塁しろ”なんて作戦も何もあったもんじゃないな。

ただ裏を返せば“お前なら出塁できるだろ”とでも言われているようで、だったら期待に応えてやろうじゃないかとも思ってしまう。いいだろう、雄二の狙いは分からないけど意地でも出塁してやるよ。

 

僕は改めてバッターボックスへと向かい、鋭い眼光を飛ばしてくる進藤君と対峙する。バッターボックスに立って実感したけど、確かにこの前進守備は集中を乱してくる以上に厄介だ。バントを通せる隙間なんてほとんどない。

進藤君の第一球、威圧的に投げられた豪速球を僕は見送った。殺せんせーが練習で投げてみせた140kmの球速よりも少し速い気がする。彼の威圧感がそう錯覚させるのか、理事長の再教育で実力以上の力が引き出されてるのか……どっちでも結果は同じだから関係ないな。

僕はこれまでのE組()と同じようにバントの構えを取る。バントを通せる隙間なんてほとんどないけど、守備一人一人の間には空間がある。渚君みたいにプッシュバントでそこを突く。

だけど流石にバントの構えを取っただけで動揺してくれるようなことはもうない。変わらず威圧感を放ったままバントの難しい高めのコースへと投げてきた。これをバントで完璧に転がして抜くのは至難の技だろう。……()()()()()、ね。

投球された瞬間、僕は杉野君と同じようにバントから打撃(ヒッティング)へと切り替えるバスターで迎え撃った。なんかそれっぽい雰囲気を出しつつ演技してたけど、誰も打撃できないなんて言ってないぞ。

この前進守備の穴、それは守備同士の間なんかじゃなく外野がガラ空きだということだ。普通に飛ばせば守備の間なんて抜けるだろうし、抜けてしまえばそのボールを拾う外野がいないから余裕で出塁できる。理事長もE組はバントしかないなんて甘く見たもんだね。

空間を裂くようにして迫ってくるボールに対して、僕は完璧なタイミングでバットを振る……はずだった。

 

一球目で進藤君のストレートの球速とタイミングは完璧に見切った。どのコースに投げられたとしても打てる自信があった。なのに投球された二球目は明らかに遅かったのだ。しかも山なりに大きく内角低めへと落ちていく。

まさか、僕が打撃を狙ってるのに気付いてタイミングをずらしてきた⁉︎ しかも打っても外野へと飛ばしにくい内角低めのカーブ……ほとんどストレートのみの進藤君がカーブでカウントを取りにきたことからまず間違いない。僕は慌ててバットの軌道を修正する。当たれ……‼︎

カキィン‼︎ となんとか当てて外野へ飛ばすことには成功したものの、飛距離が短く打ち上げてしまったことで内野から走って届くかもしれない微妙な距離である。ミスった、ここは見送って三球目で確実に勝負するべきだったか。

一塁へと走りながらあとは運に任せるしかない状況だったけど、ギリギリ捕球されずになんとか出塁することができた。更に距離が短くフライ気味だったものの、捕球されなかったことで大きくバウンドしつつその後の捕球姿勢も後ろ向きだったことから杉野君を本塁へ返すことに成功。僕の役目はなんとか果たせただろう。これでアウトになんかなっていたら雄二に何を言われるか分かったもんじゃない。

一先ず指示通りに出塁できたことで、これからどうするのかを確認するため雄二へと視線を向けた。僕の視線に気付いた雄二も視線を寄越してアイコンタクトを返してくる。

 

「(完璧に運任せじゃねぇかボケ)」

 

いやもうホント、言い返す余地がまるでないです。進藤君にカーブもあることを忘れていた僕の落ち度だ。出塁できたのも杉野君を返せたのも運が良かったに過ぎない。

しかし雄二の言葉はそこで終わらなかった。

 

「(……と言いたいところだが、理事長が指示出ししてる中で役目を全うしたんだから一応褒めといてやる)」

 

「(え、理事長が指示?そんなの出してたっけ?全然気付かなかったけど……)」

 

「(相手ベンチにいる理事長をよく見ろ)」

 

言われて理事長の方を見ると……なんであの人、野球部のハンドサインを完璧に使いこなしてるんだ。っていうか理事長が配球を指示してたってことは、僕が草野球レベルとはいえ野球経験者であることを知ってたってこと?……え、なんで知ってんの?普通に怖いんですけど……

続いてバッターボックスに立ったのは秀吉である。秀吉は僕のバットの持ち方よりもバットを短く持っており、長打を捨てて打率重視に考えた構えであった。僕みたいに大きく飛ばすよりも鋭く守備の間を転がして外野へと抜くつもりなのだろうか?

でも短くバットを持っているんだから外角のコースは打ちにくいはずだ。進藤君も外角低めにストレートを投げ込んでくる。それを秀吉は気のないスイングでバットに当てた。俗に言うカットって奴だが、敢えてファールを打ったのだとしたら狙いはフォアボールだな。

と、ここでベンチにいる雄二が動きを見せた。

 

「審判、タイムだ。選手の交代を要請する」

 

ここで選手交代……?ということは秀吉にファールを打たせたのはフォアボール狙いとかじゃなくて、プレイを中断させて選手交代をするためか。でも誰と誰を……?

 

「バッター、秀吉から俺に交代だ」

 

審判に交代を申請した雄二は自分を指名した。野球では出場している選手同士の打者交代は禁止されてるけど、秀吉は攻撃・雄二は守備のみを担当していたからこその打者交代だろう。初めやる気の薄かった雄二が攻撃にも参加してなかったことから可能な采配だ。

 

「あとは任せたぞ、雄二」

 

「おう、グラウンドの端までぶっ飛ばしてやるぜ」

 

強気な言葉とともにバッターボックスに立った雄二は構えを取らず、手に持ったバットで正面を指し示して獰猛な笑みを浮かべた。まさかのホームラン予告……本当にどこまでも強気な奴だな。

それを見た理事長が何やらハンドサインを送り、野球部の人達はそれに従って通常の守備位置まで戻っていった。やっぱりただのハッタリだとは思われなかったか。まぁ僕のことを知ってたんだから雄二のことを知ってても不思議じゃないよね。雄二も外野へとボールを飛ばせる可能性がある以上、前進守備を続けて外野をガラ空きにしておくわけにはいかないだろう。尤も、理事長のことだから野球の経験者か未経験者かで相手に合わせて守備位置を戻してくることはありそうだ。

しかし流石は野球部とそれを指揮する理事長といったところか。雄二もボールを外野深くへと飛ばすことはできたものの、ホームランとまではいかず深く守っていた守備に捕まってしまった。理事長がいなかったら動揺を誘えてただろうに……それを二塁へと送球されて僕のアウトで攻守交代である。

だけどE組の投手である杉野君だって進藤君に負けてはいない。ストレートこそ進藤君に比べれば遅いものの、カーブとスライダーを混ぜたような鋭く曲がる変化球によって三者連続三振で野球部の攻撃を無失点に抑えた。

ただ気掛かりなのは、野球部の攻撃の間に理事長がずっと進藤君に再教育を加えていたことだ。今までも十分に厄介な投手だった進藤君の実力がこれまで以上に引き出されたら、未経験者の皆どころか元野球部の杉野君だって出塁するのは難しくなるかもしれない。

続く二回の表。E組最後の打席はカルマ君なんだけど、

 

「あー、やっぱり戻してきたね」

 

「チッ、経験者か未経験者か判断できなくさせれば前進守備を潰せたってのに……E組(うち)の野球事情は完全に理事長に見抜かれてるな」

 

僕や雄二みたいに外野までボールを運べる生徒を把握して対処してるんだから、攻撃で守備の隙を突くのは厳しいだろう。僕らが打撃で出塁することによってバントだけだった他の皆にも打撃があるかもしれないと思わせる作戦だったらしい。僕がバスターで勝負しなければ雄二がバスターで勝負する予定だったとか。

その結果として打撃ではどうしようもないというのが雄二の判断だったが、バッターボックスへと向かっていたカルマ君が何やら途中で立ち止まる。

 

「……ねーぇ。これってズルくない、理事長センセー?守備がこんだけ邪魔な位置で守ってんのにさ、審判の先生はなんで何も注意しないの?」

 

いきなり何を思ったのか、カルマ君は理事長に対して抗議をし出した。そんな抗議が通じるんだったら初めから審判が注意してるだろうに……

それでもカルマ君は構わず抗議を続け、理事長や審判のみならず観客である生徒達にも水を向ける。

 

一般生徒(お前ら)もおかしいとか思わないの?……あ、そっかぁ。お前ら馬鹿だから守備位置とか理解してないんだね」

 

あ、これ抗議じゃないな。抗議に見せかけて思いっきり挑発してるよ。

で、当然ながら生徒達全員からブーイングの嵐である。ってコラコラ、空き缶とかのゴミを投げたら駄目でしょ。結局のところ片付けをするのは本校舎でグラウンドを使う君らなんだからね?

カルマ君の抗議は何も意味をなさず、前進守備を崩せなくて簡単に打ち取られてしまった。再び回ってきた一番打者の木村君と入れ替わりにベンチへと戻ってくる。

 

「……で、さっきの挑発は殺監督の指示か?」

 

「うん、正解。さっき守備の時に足元から出てきて言ってきた」

 

戻ってきたカルマ君に雄二が問い掛けると肯定の言葉が返ってきた。さっきまで役立たずだった殺監督が指示を出してきたとなると、何かしらの打開策でも思いついたのだろうか。

ともあれ雄二の判断通りに木村君、渚君とも抵抗虚しくアウトを奪われてしまった。一回の表と比べて随分短い攻撃だったなぁ。

 

「杉野」

 

攻守交代でマウンドに上がろうとしていた杉野君を雄二が呼び止める。杉野君も急に呼び止められて不思議そうにしながらも返事を返していた。

 

「おう、なんだ?」

 

「答えはなんとなく分かってるが一応訊いておく。お前、進藤を敬遠する気はあるか?」

 

なるほど、攻撃で有効な手が打てないから守備で逃げ切ろうってことだな。確かに一回裏の杉野君の投球を見れば警戒するべきなのは進藤君だけだろう。他の選手であれば十分に打ち取れる可能性は高い。

しかし杉野君はその提案を聞いて複雑そうな表情をしていた。ん?何か問題でもあるのか?

 

「……まぁ本気で勝つんだったら敬遠するのが妥当だよな。……でも悪い、今回は投手として勝負から逃げたくないんだ。まるっきり俺の我が儘なんだけどさ」

 

杉野君は頰を掻きながらバツが悪そうに自分の想いを口にする。球技大会の前は野球で負けたくないって言ってたけど、同じくらい進藤君とも野球で競いたいのだろう。

それを聞いた雄二は溜め息を吐いて肩を竦める。

 

「そう言うと思ったぜ。……分かった、投球はお前の好きなようにやれ。そいつらも文句はねぇだろ」

 

その言葉に杉野君が周りを見回せば、ベンチに残ってる人達だけじゃなくて既に守備に向かったと思っていた皆も集まっていた。二人の会話は聞いていたようだけど、誰も杉野君の我が儘を責めるような人はいない。寧ろ背中を押すように強気な笑みを浮かべている。

 

「皆……ありがとな。俺も全力で投げるからよ、最後まで俺の我が儘に付き合ってくれ‼︎」

 

杉野君の心の籠もった頼みを聞いた皆は、各々の言葉や態度で快くその頼みを受け入れていた。最初から一致団結して球技大会に望んでる人は多かったけど、ここに来てより一層皆の心が一つになった気がする。

二回の裏は進藤君に長打を打たれて他の人にも何回か出塁を許したけど、杉野君も意地の投球で失点は一点に抑えてみせた。皆の守備に今まで以上の気合いが入っていたことも影響しているだろう。

でも気合いだけではどうにもならないのが純粋な実力差だ。元から超中学級の実力を持っていた進藤君なのに、それを理事長の再教育によって極限まで集中力が高められているのだ。回ってくる打順的に唯一打てる可能性が高かった杉野君も打ち取られてしまい、残すは野球部の攻撃のみで勝つためには逃げ切るしか手がない状況である。

とはいえE組に余裕が全くないってわけでもなかった。

 

「次の進藤の打順までにまだ何人も残っておる。杉野じゃったら進藤に回すことなく打ち取ることも可能じゃろう」

 

「…………(コクコク)」

 

そう、秀吉の言う通りなのだ。球技大会の野球ルールでは試合は三回までしかなく、二回の裏も出塁を許したとはいえ最小限に抑えられたため野球部の打席はまだ回りきっていない。杉野君の投球だったら進藤君へ回る前に試合を終わらせることも可能……だと僕も思うんだけど、

 

「……雄二、このまま終わると思う?」

 

「あの理事長がこのまま何の手も打たないとは到底思えねぇ。確実に何か仕掛けてくるはずだ」

 

僕の問い掛けに雄二が厳しい表情で返してくる。一回の表で流れを断ち切られたように、理事長の動き次第で試合展開はまた大きく変わるだろう。特に理事長はただ勝つことが目的なんじゃなく、教育理念に従って圧倒的に勝つことが目的のはずだ。そのためにどんな手を打ってくるのか予測がつかない。

しかし僕らが守備につき、野球部の打者がバッターボックスに入って構えたところで理事長の一手が明らかとなった。

 

「なっ、バント……⁉︎」

 

打者がバントの構えを取ったことで僕は思わず声を上げてしまう。それと同時に理事長の狙いも理解した。そういうことか‼︎ それだったら理事長の狙いとも合致する‼︎

 

「審判、タイムだ‼︎」

 

堪らず雄二もプレイが宣言される前にタイムを取った。許可を得たことでマウンドへと上がっていく雄二を見て、守備についていた僕らも杉野君の元へと集まっていく。

 

「理事長の野郎、俺達が先にやったから素人相手に手本っつう大義名分を得てバントでやり返しに来やがった。E組(うち)の守備力を踏まえた上での選択だな。確実に出塁した上で進藤まで回す作戦だ」

 

理事長の思い描く圧倒的な勝ち方……それは満塁逆転サヨナラホームランだ。それが想定される中でも最高の展開だろう。そうじゃなくても進藤君の打撃で逆転するという展開を狙っているのはまず間違いない。バントで地道に点数を稼ぐなんて強者の勝ち方とは言えないからね。

 

「どうするんだ、坂本?さっきは俺の我が儘に付き合わちまったからな。どんな作戦でも付き合うぞ」

 

「いや、杉野はこれまで通りに投球してくれればいい。だが外野へは飛ばさないように勝負してくれ。つーか打撃は全部打ち取れ。可能ならバントも打ち取れ」

 

どんな作戦にも付き合うと言った杉野君だったが、雄二の無茶すぎる要求には流石に苦笑いを浮かべていた。

 

「ハハ……了解。全部打ち取るのは難しいと思うけど、外野へは意地でも飛ばさないようにするぜ」

 

「頼んだぞ。で、守備の方を大幅に変更する。何もやらないよりはマシだ」

 

続いて守備の僕らにも指示を出してくる雄二だったが、それを横で聞いていた杉野君が苦笑いだった口元を少し引き攣らせている。うん、気持ちは分かるけど頑張ってとしか言い様がない。僕らも出来る限り頑張るからさ。

 

 

 

そうして僕らのタイムが終わり、ゲームが再開して何度目か分からない観客の騒めきが聞こえてきた。それを表すように球技大会中ずっと流れていた放送解説からも驚きの声が上がる。

 

『な、これは……‼︎ 野球部がE組と同じくバントの構えを見せた瞬間にタイムを取ったE組でしたが、なんとE組も野球部と同じく極端な前進守備でバントシフトを敷いてきました‼︎』

 

雄二の作戦は至って単純、“やられたらやり返せ”というものだった。さっきカルマ君が前進守備の抗議した時には却下したんだから、同じ前進守備に対して審判は妨害判定を下せないのである。その抗議も殺監督の指示だったらしいけど、それを雄二も作戦として利用したのだ。

ただし保険として守備の中でも体格の良いカルマ君はセンターを陣取って外野への打撃を警戒しつつ牽制。多少の野球経験がある僕はサード、ムッツリーニはショート、秀吉はセカンドについてベースラインより内側でボールが抜けないようにお互いをカバーしながら守備。菅谷君はファーストに張り付き、磯貝君、千葉君はピッチャーである杉野君の両脇を位置取って隙間を埋めつつバントのコースを制限。考えられる限りの穴を埋めた形で内野に集めた守備陣形である。

当たり前ながら最大の穴はガラ空きの外野だ。カルマ君をセンターに置いてライト・レフトとも走り込めるようにはしてるけど、一人で外野全域をカバーするのは不可能なので外野まで飛ばされたら二塁打は固いだろう。なのでこの前進守備はほぼ杉野君の投球に懸かっている。口元が引き攣るくらいには責任重大だ。

 

「さて、どこまで通じるか……」

 

そして何よりもこの陣形を成功させるためには守備の僕らがバントに対処できなければならない。ほぼバント練習しかしていないE組にどこまで対処できるか……そういう不安もあって雄二は“何もやらないよりはマシだ”って否定的に指示を出したのだろう。

この前進守備のおかげで野球部も攻めにくくなったのは確かだと思うが、その効果は薄くアウトを一つ取っただけで二・三塁に走者がいる状態だ。しかもそのアウトもスクイズで三塁走者を返すためのものであり、その時に走者を本塁へと返されてしまい点数を稼がれてしまった。本当に僕達へと手本を見せるかのようなバントプレイである。

二点差でワンアウト二・三塁、この場面で野球部の迎える打者は進藤君だった。何とか進藤君へ打席が回る前に試合を決めたかったところだけど、そうそう上手くはいかないもんだ。僕らの運動能力を完全に把握している理事長の指揮だけならまだしも、それを的確に遂行できる野球部の技量も合わさって抑えるのは困難を極めたのである。

あとは杉野君の投球に懸けるしかないか……といったところでカルマ君が外野から悠々と内野まで歩いてきた。え、何してんの?

 

「磯貝、監督から指令〜」

 

「…………マジっすか」

 

カルマ君が本塁を指差したことでその意図を悟ったのか、磯貝君は微妙な表情を浮かべて溜め息をついた。いよいよ殺監督が自分で打った布石を活かしにきたらしい。

いったい何をするつもりなのか、二人は前進守備のポジションから更に前進し……いや、ちょ、本当に何処まで前進するつもりーーー

 

 

 

二人がその歩みを止めたのは文字通り進藤君の目の前……バットを振れば確実に当たる位置まで前進して守備についた。

 

 

 

マジっすか……思わず磯貝君と同じ台詞を吐きそうになったよ。ほら見てみ、進藤君の顔。さっきまで相手を射殺さんばかりに鋭い視線を飛ばしてきてたのに、今や点だよ点。集中力なんてあったもんじゃない。

誰もが二人のあり得ないゼロ距離守備に呆然とする中、ただ一人理事長だけは冷静なままだった。

 

「フフ、くだらないハッタリですね。構わず振りなさい、進藤君。骨を砕いても打撃妨害を取られるのはE組の方だ」

 

えぇ……その発言は教育者としてどうなんだ?いやまぁゼロ距離守備をやってる僕らが言える立場じゃないけども。

ちなみにE組(僕ら)は野球では考えられない突拍子もない指示に驚きはあったけど危機感は微塵もなかった。だって普段から得物を振るって戦闘訓練してるし、マッハ二十の殺せんせーを殺そうと思ったらバットのスイングなんて止まってるも同然である。

理事長の指示でやけくそ気味にバットを振り抜いた進藤君だったが、カルマ君と磯貝君は余裕でそれを躱してみせた。あの二人は動体視力だけじゃなくて度胸もあるからなぁ。心配する必要は全くと言っていいほどない。

こうなっては進藤君の精神力が保たないだろう。続く二投目を腰の引けたスイングで当ててしまい、地面に跳ねたボールを至近距離でキャッチしたカルマ君がキャッチャーの渚君へと投げ渡して三塁走者をアウト。そのまま渚君が僕の方へと送球してきて呆然としていた二塁走者もアウト。それでスリーアウトとなり、試合は四対二でE組の勝ちである。

理事長は試合が終わると静かに立ち去っていった。勝ちはしたけどなんかどっと疲れる試合だったな。もう今日は帰ってゆっくりしたい。限界まで追い込まされた進藤君の精神状態も少し心配だけど、そこは杉野君が歩み寄って何やら話し掛けてるから多分大丈夫だろう。

こうして球技大会における野球部とE組の試合は幕を閉じたのだった。




次話
〜訓練の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/23.html



雄二「これで“球技大会の時間・二時間目”は終わりだ。楽しんでくれたか?」

三村「なんか俺って野球メンバーから外された代わりに呼ばれたっぽいような……」

岡野「三村、初っ端から暗いよ。そんなの言ったら私なんて完全に数合わせじゃない。その代わりにエアギター暴露(ささやき戦術)を免れたんだからよかったじゃん」

三村「それは言うな。いや言わないで下さいお願いします」

雄二「心配するな。既に殺せんせーから情報は広がり始めてるぞ」

三村「ちょっと待て‼︎ 心配する要素しかないぞ⁉︎」

岡野「はいはい、分かったから三村は落ち着く。後書きが全然進まないから。ところで坂本は何で急にやる気出したの?」

雄二「あの理事長(化け物)と直接対決できる機会なんて滅多にないだろ。殺せんせーを殺すには知能面で張り合えるに越したことはない。まぁ真っ当な手段と二番煎じの戦術じゃ一歩及ばなかったわけだが」

三村「それ、真っ当な手段じゃなかったら手があったってことか?」

雄二「なくはないが……E組は真面目な奴や常識的な奴が大半だからな。非常識でドブが腐ったような性格の人間ばかりだったFクラスとは取れる手も違ってくるさ」

岡野「酷い言い様ね……」

雄二「つーか本気で勝つつもりなら野球経験者と運動神経トップの奴らで攻守ともに固めて進藤を敬遠するのが一番堅実なんだがな」

三村「それやったら物語として面白くないものが出来上がるぞ」

岡野「確実に山も谷もない平坦なストーリー展開になるわよ」

雄二「だから杉野の真剣さを見せるためにも敬遠しなかったんじゃねぇか。……やっぱ野球知識の乏しい作者()が野球回書くのは間違いだったな」

三村「今サラッと裏話を暴露しなかったか?」

雄二「気のせいだろ。お、いい時間だしそろそろお開きにするか」

岡野「話の逸らし方が強引にも程があるでしょ」

雄二「知らん、文句は聞かん。というわけで次回も楽しみにしとけ」





進藤「こういう話に出てくる才能ある奴って大抵踏み台だよな……」

杉野「そう卑屈になるなって。お前が凄えのは確かなんだからさ。踏み台扱いも否定できないけどよ」

進藤「おい」

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