キーンコーンカーンコーン。
教室にチャイムが鳴り響き、午前中の授業の終わりを告げる。
「昼休みですね。先生ちょっと中国行って麻婆豆腐食べてきます。暗殺希望者がいれば携帯で呼んで下さい」
授業の片付けを済ませた先生はそう言って窓に足?を掛けると、次の瞬間には空の彼方へと飛んでいってしまっていた。
暗殺するなら呼んでって……それってもう暗殺じゃない気がするのは僕だけ?
まぁ今はそんなことどうでもいいや。お腹も減ったことだしお昼にしよう。えぇっと、持ってきたソルトウォーターと食後の
「いやはや、あの弾幕を物ともせんとはのぅ」
「…………物量作戦も簡単には行かない」
僕がお弁当(と言えるかどうかはともかく)を取り出しているところに、独特な言葉遣いと口数の少なそうな雰囲気の声が聞こえてきた。何時もお昼を一緒に食べている二人だ。
一人は渚君の時にも連想した女子のように可愛らしい男子である木下秀吉。もう一人は小柄で普段から大人しくあまり目立たない土屋康太ことムッツリーニ……違った、ムッツリーニこと土屋康太である。
その二人が朝の銃撃について言葉を漏らしながらお弁当を持ってやってきた。
「三十丁近くあるエアガンの乱射と黒板や壁からの跳弾。あれを防ぐならともかく全て躱すとなると、全部の弾道と跳ね返る弾の軌道を完璧に計算してやがるな。マッハ二十で動けんだから弾道を見切られるのは仕方ねぇとして、もっと何重にも策を巡らさねぇと一生あれは殺せねぇぞ」
後ろに座る雄二がBLTサンドを頬張りながら小難しいことを言ってるけど、要するにこのままじゃあの先生は殺せないってことだろう。
国が作ったっていう対先生特殊素材で作られた武器も当たらなければ意味がない。しかも当てるだけでも難しいというのに、当てるだけじゃ駄目だというのだから先が思いやられる。
HRの後に先生が実演してくれたんだけど、特殊素材の武器が当たると先生の身体は豆腐のように容易く崩れていった。けど数秒すればすぐに再生してしまうということが分かり、これでは紛れ当たりでダメージを与えられても決定打にはならない。
先生を確実に殺すには限界があるのかも分からない再生する身体を壊し続けるか、何処ともしれない急所を破壊するしかないということになる……何その無理ゲー。
「うーん、対先生武器以外にも先生の弱点って無いのかな?」
「それが分かりゃあ苦労しねえよ」
「うぅむ。やはり暗殺を繰り返しつつ探っていくしかないかの」
「…………(コクコク)」
何か一つでも弱点が分かればそれを元に作戦を考えられるんだけど、こればっかりは学校生活や暗殺の中で見つけていくしかないか。
先生にさり気なく訊いたら教えてくれないかなぁ。例えば……
“先生。この数学問題と先生の殺し方がよく分からないんですけど、どうすればいいか教えてもらえませんか?”
“ヌルフフフフ、吉井君は勉強熱心ですねぇ。この問題は公式に当て嵌めて考えればすぐに解けますよ。先生の殺し方については○○が弱点なのでそれを使って……”
……よし、シミュレーションは完璧だ。これほど自然に会話に出されたら流石の先生もうっかり弱点を漏らしてしまうだろう。
それにあの先生、殺されない代わりに少し抜けてるところがあるからきっと上手くいくはず。
皆とお昼を食べながら駄弁った後、授業開始前に戻ってきた先生に早速シミュレーション通りの質問をぶつけてみた。
「吉井君、そこまで露骨に訊いてしまうと相手は警戒してしまいますよ。もっと自然に相手の情報を引き出すための国語力を鍛えねばなりません。これから放課後にでも時間があれば一緒に勉強していきましょう。数学も分からないところがあるようなので一緒にですね」
こうして僕の放課後ライフに時々追加授業が予定として組み込まれることとなった。
おかしい、僕のシミュレーションは完璧だったはずなのに……解せぬ。
★
「お題に沿って短歌を作ってみましょう。ラスト七文字を“触手なりけり”で締めて下さい。出来た者から今日は帰って良し‼︎」
午後の授業は短歌作りをやるらしい。
先程は先生に注意されてしまったが、実は国語は僕の中では大の得意だ。日本人なんだからそれっぽく書いてそれっぽいのを提出すれば最終的には何とかなる。←国語を舐めてる人の考え方。
そうと決まればどんどん書いていこう。“触手なりけり”で終わらせればいいんだから、なんか触手プレイっぽい内容を詩的表現で表して……
「先生、しつもーん」
開始数分、手を挙げて声を出したのは茅野カエデさんだ。
緑色でロングの髪を両サイドで結んだ小柄な身体の女子……ってこの説明だと渚君とほとんど変わらないよ。まぁ同じ髪型で似たような体格だから仕方ないか。胸も小「ッ‼︎」ーーースレンダーな体型だしねっ‼︎
物凄い勢いで顔を横に向けた茅野さんだったが、少しして首を傾げながら不思議そうにしつつ先生の方へと顔を戻す。彼女は読心術でも会得しているのだろうか?
「……?何ですか、茅野さん」
「あ、えぇと……今更だけど先生の名前ってなんて言うの?他の先生と区別する時に不便だよ」
茅野さんの言う通り本当に今更だと思うけど、確かにすっかり訊くのを忘れてた。まぁ今となっては区別するほど他の先生との関わりもないし、知らなくても困らないっちゃ困らないんだけどね。
「名前……ですか。名乗るような名前は特にありませんねぇ。なんなら皆さんで付けて下さい。今は課題に集中ですよ」
「はーい」
先生に注意された茅野さんは大人しく短歌作りに入る。先生も待機モードに入ったのかは知らないが顔色を薄いピンク色に変化させていた。……さらっと言ったけどなんで気持ち次第で顔色が物理的に変わるんだろう?
……と、そこで茅野さんと入れ替わるように渚君が立ち上がった。
「お。もう出来ましたか、渚君」
短冊を持って立ち上がった渚君に先生が感心したような声を掛け、クラスの皆も渚君に視線を向けている。
ただ、皆が視線を向けているのは渚君ではなく渚君の手元ーーー短冊と重ねるようにして隠し持っている対先生特殊ナイフだ。
教壇まで自然に距離を詰めていった渚君は、ナイフの間合いに入ると同時に構えたナイフを大きく振りかぶり……えっ、真正面から⁉︎ そんなの先生相手に通用するわけがない‼︎
振り下ろされたナイフは案の定、先生の触手によって止められる。
「……渚君、もっと工夫をしまーーー‼︎」
先生が助言をしているのを無視して渚君は先生に抱き付いた。……ってなんで抱き付いたの?
抱き付く時に対先生特殊ナイフは捨ててるから両手はフリー。だからこそ先生も無抵抗に抱き付かれたんだろうけど、特殊素材の武器がなければ先生は殺せないーーー
次の瞬間、渚君と先生の間で爆発が起こった。
「ッしゃあ‼︎ やったぜ、百億いただきィ‼︎」
何が起こったのか分からない僕らを余所に、刈り上げで大柄な寺坂竜馬君、短いドレッドヘアーの吉田大成君、出っ歯でニヤケ面の村松拓哉君が騒ぎながら教壇へと駆け寄っていった。
……ハッ‼︎ 何が起こったのかは分からないけど、まずは渚君の無事を確認しなくちゃ‼︎ 僕も立ち上がって彼らの元へと近づいていく。
彼らの様子から渚君を巻き込んで起こった爆発について知っていると思ったのだろう。我に返った茅野さんも寺坂君達に詰め寄っていた。
「ちょっと寺坂、渚に何持たせたのよ‼︎」
「あ?オモチャの手榴弾だよ。ただし対先生弾を仕込んで火薬で威力を上げてるけどな」
「なっ……」
寺坂君の言葉を聞いた茅野さんは絶句していたが、それを聞いた僕はむしろ黙っていられなかった。
「火薬で威力を上げてるって、渚君が怪我するのを知ってて持たせたのかよ‼︎」
「うるせぇな、人間が死ぬ威力じゃねぇよ。治療費ぐらい百億で払ってやらァ」
「じゃあ体格良いんだから自分でやれ‼︎ っとそんなことより渚君、大丈夫⁉︎」
こんな馬鹿に構ってる場合じゃなかった‼︎ 至近距離で爆発を食らったんだから最低でも火傷は負ってるはず。
急いで治療をしなくちゃ……と思って倒れてる渚君に駆け寄ったんだけど、よく見たら火傷どころか傷一つついていなかった。意識もあるみたいだし……というか渚君をなんか膜が覆って……
「ーーー実は先生、月に一度ほど脱皮をします。それを爆弾に被せて威力を殺しました。つまりは月イチで使える奥の手ですね」
へぇ、これって脱皮した皮なんだ。至近距離の爆発からも守ってくれるなんて耐熱性、衝撃吸収ともに兼ね備えた優れものではないだろうか。災害現場とかで凄い役立ちそう。
……うん?渚君が無事で一先ず安心したけど、全員上を向いてどうした…んだ……ろ…………うわぁ。大変なものを見つけちゃったよ。
皆の視線を辿って天井に顔を向けると、そこにはキレて顔色が真っ黒になった先生が張り付いていた。
授業中に暗殺を仕掛けた生徒に対して怒ってる時に赤くなったのは見たことあるけど、真っ黒なのは初めてだ。これ、下手すると地球終わったんじゃ……
「寺坂、吉田、村松。首謀者は君らだな」
「えっ⁉︎ い、いや……渚が勝手に……」
先生の問い掛けに寺坂君が誤魔化そうとした瞬間、突然ドアが開いたと思ったら表札を大量に抱えた先生が入ってきた。……あれ、いつの間に出ていったの?
何処かに行って帰ってきたらしい先生は抱えていた表札をその場にぶち撒けた。えー何々?“寺坂”、“吉田”、“村松”……あ、これ皆の家の表札だ。ご丁寧にマンション住まいの僕の部屋のネームプレートまであるよ。
「政府との契約ですから君達に危害は加えませんが、次また今の方法で暗殺に来たらーーー
変わらず真っ黒な顔色のまま普段とは違った凶悪な笑みを浮かべて脅してくる先生。僕らを傷付けない代わりにその家族や友達を殺すかもしれないってことか。
それは絶対に駄目だ。そうならないためにも今後は先生の琴線に触れるような行動は控えないと……
「な、何なんだよテメェ……迷惑なんだよォ‼︎ 迷惑な奴に迷惑な殺し方して何が悪いんだよォ‼︎」
先生の脅しに恐れをなしたのか、寺坂君は腰を抜かして泣きながらヤケクソ気味に怒鳴りつける。
ちょっ⁉︎ 今の先生を下手に刺激しない方が……と心配する僕だったが、寺坂君の言葉を聞いた先生は真っ黒だった顔色を元に戻して更には明るい朱色の丸マークを浮かべていた。
「迷惑?とんでもない。アイディア自体はすごく良かったですよ。特に自然な身体運びで先生の隙を突いた渚君は百点です」
そう言って触手で頭を撫でてくる先生に渚君も戸惑いながら驚いている。
と思ったら今度は暗い紫色のバツマークを浮かべていた。情緒不安定か。
「ただし‼︎ 寺坂君達は渚君を、渚君は自分を大切にしなかった。そんな生徒に暗殺する資格はありません‼︎ 殺るならば人に笑顔で胸を張れる暗殺をしましょう」
どうやら先生が怒っていたのは自分を犠牲にするような方法で暗殺を仕掛けてきたかららしい。じゃあそれに気をつけて暗殺を仕掛ければ先生がキレることはないってことだ。
でも笑顔で胸を張れる暗殺者って……暗殺者の時点で胸は張れないと思うなぁ。胸張って暗殺者を名乗ったら間違いなく
「さて、では問題です。先生は皆さんと三月までエンジョイしてから地球を爆破します。それが嫌なら君達はどうしますか?」
先生から出された問題。しかしその答えは一択なので迷う余地はなかった。
先生の目の前に立っている渚君がクラス全員を代表して回答する。
「……その前に、先生を殺します」
「ならば今、殺ってみなさい。殺せた者から今日は帰って良し‼︎」
渚君の回答を聞いた先生が、今度は顔色を緑の縞々に変化させてニヤリと笑った。
あの顔色は僕らを舐めている証拠だから、先生の怒りも収まって一件落着……え、先生を殺すまで帰れないの⁉︎ どうしよう、学校で暮らす準備なんて出来てないよ‼︎
「殺せない、先生……あ、名前……“殺せんせー”っていうのはどうかな?」
茅野さんがなんか先生の名前を決めてるけど、今はそれどころじゃない。もう殺せんせーでも何でもいいから。
少なくとも今は殺せんせーを殺すことが出来ない以上、学校で暮らすことは確定だ。そのためには泊まる準備が必要だってのに、準備をするために帰ることも出来ないなんて……あ、それは先生に頼んだら持ってきてくれるのかな?
僕が自分の席に戻りながら今後の生活について悩んでいると、すれ違うように雄二が先生の元へと向かっていった。
ん?いったいどうしたんだ?と思って振り返ってみると、雄二は床に放置されたままの脱皮した皮を拾い上げていた。それを持って皆の家から集めてきた表札を綺麗に磨いている先生へと声を掛ける。
「先生、この脱皮した皮邪魔だろ?捨ててきてやるよ。爆発にも耐えられるってことは不燃ごみでいいのか?」
あ、あの雄二が自ら進んで面倒事を引き受けるなんて……いったい何を企んでるんだ?少なくとも善意ってことはあり得ない。何故ならそんな殊勝な性格はしていないから。
「いえ、私の皮は有毒ガスも発生させずに土壌の養分となるエコ素材ですよ。校舎の裏や山の中にでも捨てておいてくれれば消えてなくなります。アンパンマンの古い顔と同じですね」
あぁ、そういえば交換した後のアンパンマンの顔は公式見解でそうなってるんだっけ?子供の頃はアニメを見てたけど、小さいながら捨てるなんて勿体ないって思ってたなぁ。
雄二からは考えられない行動について何も思わないのか、先生は普通に対応している。なるほど、これが付き合いの差ってやつか。もちろん悪い意味のだけど。
「分かった、じゃあ校舎裏にでも捨ててくる。俺の事は気にせず先に短歌作りでも暗殺でも続けておいてくれ」
「はい、わざわざありがとうございます。それでは坂本君のお言葉に甘えて、皆さんは何時でも殺しに来てくれていいですよ」
と言われても……今殺しに行ったら表札と一緒に手入れされるよ。殺せんせー、何故か殺しに来た人を手入れする癖があるから……
取り敢えず雄二が帰ってくるのを待って良い案がないか訊いてみることにしよう。僕も色々考えたけど良い案は思い浮かばないし。
しかしその後、雄二の姿を見た者は誰もいない。
(((あいつ、バックれやがったな‼︎ )))
ちなみに問題なく完成していた短歌が雄二の机に置いてあったため、最初の課題を考えると殺せんせーも雄二を怒るに怒れなかったとかなんとか。
次話
〜体育の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/3.html
秀吉「これで“暗殺の時間・二時間目”は終了じゃ。皆、楽しんでくれたかの?」
土屋「…………ここからは会話と小説の設定について話していく」
茅野「それだけじゃなくて、原作のネタバレも偶にあるから読む時は注意してね」
秀吉「ふむ。原作と言えば、今回殺せんせーが使った脱皮した後の皮は実際にはその後どうなっておるのかの?」
土屋「…………原作では追及されていない」
茅野「あ〜、確かに気にしたことなかったかも。気付いたらなくなってるって感じかな」
秀吉「なるほど。それでこの小説内では“消えてなくなる”という設定になっておるのじゃな」
土屋「…………(コクコク)」
茅野「これはクロスした影響じゃなくて、原作でも設定がよく分からなかった部分に焦点を当てたって感じだね」
秀吉「今後もこのような原作でよく分かっていない部分について独自に設定した話が出てくることじゃろう」
土屋「…………ネタとしては十分使える」
茅野「せっかくクロスしてるんだから、出来れば変化した部分を中心に話を組み立てようよ……」
秀吉「変化した部分か……ワシとしては茅野の重荷が原作よりも早い時期に降りるような変化が欲しいところじゃな」
茅野「……?重荷っていったい何のこと?そんなの私は別に背負ってないよ?」
土屋「…………後書きで惚ける必要はない」
茅野「土屋君まで……だからいったい何のこと?」
秀吉「いや、じゃから原作ではクラスの皆に対して演ーーー」
触手にゅるん。
茅野「 何 の こ と ?(ニッコリ)」
土屋「…………これ以上は消される……っ‼︎(フルフル)」
秀吉「そ、そうじゃな‼︎ すまん、ワシらの勘違いみたいじゃ‼︎ きょ、今日のところはこれくらいでお開きにするかの‼︎」
土屋「…………‼︎(コクコク)」
茅野「そうだね、そうしよっか。それじゃあ次の話も楽しみにしててね〜‼︎(触手ふるふる)」
殺せんせー「にゅやッ‼︎ またしても先生の出番はなしですか⁉︎ 前回と今回の流れからいくと名前と出番があった人が呼ばれるシステムじゃ……あ、茅野さん、木下君、土屋君‼︎ まだ部屋の電気は消さないで下さーーー」