バカとE組の暗殺教室   作:レール

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救出の時間

〜side 有希子〜

 

修学旅行二日目の班別行動時間。私達四班は殺せんせーを暗殺する場所を決めるために祇園へと訪れていました。一見さんお断りの店ばかりで人気(ひとけ)は少なく、周囲の見通しも悪くて隠れるところが多いことから暗殺にピッタリだと思って私の希望コースにしておいたの。

皆からの評判も良くて暗殺の決行を此処に決めようとした時、私達の前に高校生の男の人達が道を塞ぐようにして現れました。

明らかに観光目的じゃなさそうな雰囲気の中、相手が動く前に先制して攻撃を仕掛けたカルマ君。でもそのカルマ君も不意打ちを受けて倒されてしまい、私と茅野さんは縛られて車に押し込まれてしまいました。それを助けようとした渚君や杉野君も倒されてしまい、私達は抵抗することもできずに拐われて現在へと至ります。

 

「此処なら騒いでも誰も来ねぇ。今、友達(ツレ)にも召集かけてるからよ、一緒に楽しく遊ぼうぜ。ちゃーんと記念撮影の準備もしてな」

 

何処かの廃屋に連れて来られた私達は、その友達が集まるまでは放置されるみたいです。すぐに手を出されなくてよかったけど、それも時間の問題。手足を縛られた私達には逃げることすらできません。

 

「……そういえば、ちょっと意外だったな。さっきの写真、真面目な神崎さんにもああいう時期があったんだね」

 

何もできない中、口は塞がれていないので茅野さんが話し掛けてきました。私は()()()()()()()()()()()()()()()()()からまだ状況を飲み込めたけど、こういう事態に直面しても混乱していない茅野さんは凄いと思います。

その彼女が言っている写真とは、車の中で男の人が見せてきたその当時ーーー去年の夏頃の私を映した写メのことです。いつ撮られたのかも分からないその写メには、普段とは格好の違う私が映っていました。

 

「……うん。うちは父親が厳しくてね、良い肩書きばかり求めてくるの。そんな肩書き生活から離れたくて、知ってる人がいない場所で格好も変えて遊んでたんだ」

 

地元から離れたゲームセンターで遊んでいた結果、私は成績が落ちてE組行きに。()のように生きられれば楽だったろうなって思うけど、私には真似できず周りの目が気になって自分を隠してきました。だから茅野さんが昔の私を意外に思うのも無理ありません。

 

「分かる分かる。俺らもな、肩書きとか死ね‼︎ って主義でさ。エリートぶってる奴らを何人も台無しにしてきたからよ」

 

そんな私の話が聞こえていたのか、離れていた男の人が話に割り込んできました。

 

「良いスーツ着てるサラリーマンには痴漢の罪を着せてやったし、勝ち組みてーな女にはこんな風に拐って心と身体に消えない傷を刻んだり……そういう教育(遊び)を沢山してきたからよ。俺らの同類(仲間)になりゃ自由で肩書きなんてどーでもよくなるぜ?」

 

彼らの最低な告白に私も茅野さんも嫌悪感を露わにしました。自慢気に語られた内容が今から自分達の身にも降り掛かるのかと思うと、どれだけ気丈に振舞っていても身体が震えそうになります。

 

「ーーーふざけないで下さい」

 

だけど一つだけ、どうしても否定しておかないと私の想いが穢されたままになる気がして気付けば口を開いていました。

 

「自由っていうのは他の人の自由を尊重した上で成り立つものです。貴方達の言うそれは自由でもなんでもない……ただの横暴だわ。自由なんて言葉で語ってほしくありません」

 

誰の目も憚らず自由に過ごす()の生き方に憧れを抱いていた私にとって、この人達の言う“自由”は到底受け入れられるものではありません。たとえ私がこれからどうなることになったとしても、それだけは否定しておきたかった。

 

「……………」

 

私の言葉を聞いた男の人は、さっきまで楽しそう語っていた表情を消して無表情になっています。

しかしそれも一瞬のことで、次の瞬間には怒りの表情を浮かべて私の首を締めてきました。

 

「何エリート気取りで見下してンだ、あァ⁉︎ お前もすぐに同じレベルまで堕としてやンよ‼︎ つまらねぇ戯言が言えなくなるくらいまでな‼︎」

 

く、苦し……息が…………‼︎

首元を締められる圧迫感によって呼吸ができず、喉を押さえられているため声も出せません。

その苦しみは男の人の激情が収まるまでの短い間だけでしたが、首を絞められたまま私は乱雑に放り投げられます。

 

「いいか。今から俺らの相手を夜までしてもらうがな、宿舎に戻ったら涼しい顔でこう言え。“楽しくカラオケしてただけです”ってな。そうすりゃだ〜れも傷つかねぇ」

 

その時、ギィ……という音を立てて廃屋のドアが開かれました。召集を掛けていたっていうこの人達の友達が着いたのでしょうか。

 

「お、来た来た。うちの撮影スタッフがご到着のようだぜ」

 

同じように考えた男の人も愉悦の表情で音のした方向へと振り向きました。

しかしその表情はすぐに驚愕で彩られることとなります。

 

「ーーー修学旅行のしおり1243ページ、班員が何者かに拉致られた時の対処法。犯人の手掛かりがない場合、まずは会話の内容や訛りなどから地元の者かそうでないかを判断しましょう」

 

真っ先に目に入ったのは高校生の人達と同じ学生服を着た男の人。でもその顔は殴られたように腫れていて、後ろから襟首を掴まれて無理矢理に立たされていました。既に意識も失っているのか白目を剥いており、襟首の手を離されるとその場で崩れ落ちます。

 

「地元民ではなく更に学生服を着ていた場合、1244ページ。……考えられるのは相手も修学旅行生で、旅先でオイタをする輩です。その手の輩は土地勘がないため、近場で人目に付かない場所へと向かうでしょう」

 

そして男の人が崩れ落ちたことによって後ろから姿を現したのは、殺せんせー自作のしおりを持つ渚君を筆頭にした四班の皆でした。良かった、酷い怪我とかはなさそうで……

皆は殺せんせーのしおりに書かれた内容を見て拐われた私達の居場所を特定したみたいです。凄く分厚いとは思ってたけど、班員が拉致された時の対処法まで書いてあるんだ……今回はそのおかげで助かったけど、やっぱりしおりに書いておく内容じゃないよね。

 

「……で、どーすんの?お兄さんら。……こんだけの事してくれたんだ。あんたらの修学旅行、この後の予定は全部入院だよ」

 

「……フン、中学生(チューボー)が粋がんな」

 

最初こそ居場所を特定されて焦っていた男の人達でしたが、駆け付けたのが四人だけだと分かると落ち着きを取り戻していきました。一度は襲って倒した相手だと、その経験が焦りを打ち消したんだと思います。

更に外からは複数の足音が聞こえてきて、彼らは勝ち誇ったように笑みを浮かべました。

 

「呼んどいた友達(ツレ)共だ。これでこっちは十人。お前らみたいな良い子ちゃんは見たこともないような不良共だぜ」

 

折角皆が助けに来てくれたっていうのに、ここで相手の増援が到着するなんて……形勢が有利になったと思ったのに一転して絶体絶命のピンチです。

このままじゃ全員が取り返しのつかない酷い目に合う最悪の事態にーーー

 

 

 

 

 

「ーーー期待を裏切って悪いな、兄ちゃん。そいつらとはクラスメイトだからよ、毎日のように教室で顔を合わせてるんだわ」

 

 

 

 

 

しかしそんな私の想像を余所に現れたのは、不良なんかじゃなくて見知った顔触れの人達でした。

これには男の人達だけじゃなくて顔見知りである私達も驚きました。渚君が驚きながらも彼らへと疑問を投げ掛けます。

 

「坂本君……‼︎ それに吉井君や土屋君まで……‼︎ 三人共、どうして此処にーーー」

 

「だ、誰だてめぇら⁉︎ クソッ、あいつらは何やってんだよ‼︎」

 

「あぁ、お友達とやらだったら拷もーーー問い掛けに快くこの場所を教えてくれたから、今は安らかに路地裏で気絶して(眠って)もらってるぜ」

 

坂本君、今“拷問”って言い掛けなかった……?

渚君の疑問は男の人が遮ってしまいましたが、坂本君の言葉でどうして此処に来れたのかは推測することができました。どういう経緯があったのかは分からないものの、召集を掛けたっていう人達と遭遇して事情を聞き出したのだろう。

 

「カルマ君、君が付いててなんでこんな連中にやられてんのさ」

 

「…………油断でもしたか」

 

「うっさいなー。こっちにも色々とあったんだよ」

 

駆け付けてくれた吉井君達は余裕そうに四班の皆へと話しかけていました。皆も相手の増援がないことが分かって少し表情を緩めています。

そこで形勢の不利を悟った男の人が、近くに座り込んでいる私達へと手を伸ばそうとしてーーー

 

「おっと、全員そこから一歩も動かないでよ。二人を人質にしようなんて考えも捨ててね。……動いたら即座に()()()から」

 

それよりも早く吉井君の警告が飛んできました。

でもそんな口だけの脅しを素直に聞くほど彼らも大人しくありません。

 

「あァ⁉︎ 何ふざけたこと抜かしてーーー」

 

その警告を無視した一人が一歩踏み出してーーー音もなく崩れ落ちました。

吉井君どころか私達の誰一人として何もしていません。本当に一瞬で落とされた仲間を見て、残った男の人達も表情を強張らせています。

 

「な……てめぇ、いったい何しやがった⁉︎」

 

「知りたい?……いいよ、見せてあげる。人智を超越した怪物の力を」

 

不敵に笑う吉井君に対して男の人達は訳が分からず(おのの)いていましたが、その台詞を聞いた私達には何が起こったのかが何となく理解できました。

私達にとって“人智を超越した怪物”って言えば……

 

 

 

「ーーー超生物召喚(サモン)‼︎」

 

 

 

吉井君の掛け声が響き渡ると、屋内でありながらも突風が吹き荒れました。それによって廃屋内に積もった埃や塵が舞い上がり、私達の視界を少しの間だけ覆い隠します。

そうして次に私達の視界が開けた時には、アカデミックドレスに三日月が刺繍された巨大ネクタイ、それと頭に黒頭巾を被った殺せんせーが何処からともなく現れていました。

 

「……吉井君、先生を怪物扱いするなんて酷くないですか?」

 

「いやだって事実でしょ」

 

殺せんせーと吉井君がなんとも緊張感の欠けるやり取りをしています。

他班である吉井君達と殺せんせーが連絡を取り合っていたとは思えないから、渚君達から連絡を受けて行動していた殺せんせーと鉢合わせたってところかな。

 

「……で、何その黒子みたいな顔隠しは」

 

「暴力沙汰ですので……この顔が暴力教師と覚えられるのが怖いのです」

 

「既に手遅れじゃないですか?僕らが椚ヶ丘の学生ってのは割れてんだし」

 

尚も続けられている緊張感の欠けたやり取りに、無視されていた男の人達が大きな声で怒鳴り散らします。

 

「……せ、先公だとォ⁉︎ ふざけんな‼︎ 舐めた格好しやがって‼︎」

 

怒りを露わにしながら殺せんせーへと殺到する男の人達でしたが、やっぱり吉井君がした警告の意味ーーー殺せんせ(怪物)ーの存在は理解できていないようでした。

彼らが駆け出した瞬間、目にも見えない速さで先生の触手が振るわれます。というのは男の人達が崩れ落ちた結果から導き出した想像で、当然ながら私にも振るわれた触手は見えませんでした。

 

「ふざけるな?……それは先生の台詞です。蝿が止まるようなスピードと汚い手で、うちの生徒に触れるなどふざけるんじゃない」

 

顔色を真っ黒にさせた殺せんせーが低い声音で呟きました。生徒(私達)が危険な目にあったことで相当に怒ってくれている証です。

しかし殺せんせーの触手に耐えた男の人達のうちの一人が、膝を震わせながらも刃物を取り出すと先生に向けて構えました。

 

「……ケッ、エリート共は先公まで特別製かよ。てめぇも肩書きで見下してんだろ?馬鹿高校と思って舐めやがって」

 

それを聞いた殺せんせーが間髪入れずに言い返します。

 

「エリートではありませんよ。確かに彼らは名門校の生徒ですが、学校内では落ちこぼれ呼ばわりされています。……それでも彼らは、そこで様々なことに前向きに取り組んでいます。学校や肩書きなど関係ない。前に進もうとする意志さえあれば、何処であっても何者であろうとも自由に生きることはできるのです」

 

「…………‼︎」

 

殺せんせーの言葉を聞いて、私は自分の考え方が間違っていたことに気付きました。

()の自由な生き方に憧れを抱いてはいても、私に真似することはできないと行動してこなかった。周りの目を気にして自分を隠してきた。

だけど自由に生きるために()の真似をする必要なんてない。()に憧れを抱いているのも私の自由だし、周りの目を気にするのも気にしないのも私の自由だったんです。

重要なのは自分の意志。そこからどういう生き方を選ぶのか、その選択の先に私の憧れた()と同じ自由があるんだと思いました。

 

「ーーーハッ、先公の説教…なんざ……御免だ……ぜ……」

 

恐らく気力だけで持ちこたえていたであろう男の人でしたが、殺せんせーの言葉に悪態を吐きながら力尽きました。これで今回の事件は終わった……のかな?

それまで殺せんせーと男の人のやり取りを見守っていた吉井君でしたが、男の人が倒れたのを確認すると私達の元へ駆け寄ってきました。

 

「二人とも大丈夫?何も酷いことされてない?ちょっと待ってて、すぐに縄を解くから」

 

「ありがとう、吉井君」

 

一生懸命に縄を解こうとしている吉井君に、私は笑みを浮かべて感謝の言葉を述べます。茅野さんの縄は吉井君に続いて駆け寄ってきた渚君が解いていました。解放された手首を確認したけど、特に跡などは残ってなさそうです。

そうして廃屋から出た私達でしたが、なんだか外の空気が新鮮に感じました。これは廃屋内の空気が淀んでいたから……だけではないと思います。私の気持ちの問題もあるでしょう。

 

「……神崎さん、何かありましたか?」

 

「え……?」

 

そんな私に殺せんせーが抽象的な質問をしてきました。どういう意図か分からず私は疑問で返します。

 

「酷い災難に遭ったので混乱していてもおかしくないのに、何か逆に迷いが吹っ切れたような顔をしています」

 

……やっぱり殺せんせーは凄いなぁ。生徒のちょっとした変化も見逃さないんだもん。本当に頼りになる先生です。

 

「……特に何も。殺せんせー、ありがとうございました」

 

でもその質問には答えてあげません。私が憧れた()ーーー吉井君の前でそれを言うのは恥ずかしいですし。

これからは自分を隠すことなく自由に生きていくことにします。それが吉井君の隣に立つための第一歩だと思うから。




次話
〜好奇心の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/14.html



渚「これで“救出の時間”は終わりだね。皆は楽しめたかな?」

雄二「漸くヒロインの登場だ。楽しめなくても楽しみにしてた奴はいるんじゃないか?」

杉野「…………(ドンッ、ドンッ、ドンッ)」

渚「杉野……気持ちは分かるけど壁殴りは止めようよ」

雄二「そりゃまぁ、原作であんだけ一途に想ってたんだ。終ぞフラグは立たなかったがショックは大きいだろう」

杉野「フラグが立たなかったとか言うな‼︎ “名簿の時間”でも()()って強調されてて凹んだんだぞ‼︎」

渚「それにしても、今回は語り部になった神崎さんが呼ばれると思ってたのにいないんだね」

雄二「本人を呼んで今回の内容をどう語らせるってんだ。神崎を惚気させるのか?そういうのは本編で待っとけ」

杉野「嫌だーッ‼︎ 神崎さんが惚気る姿なんて見たくないーッ‼︎」

渚「少しは落ち着きなよ。何もすぐに神崎さんが惚気るってわけじゃないんだから」

雄二「あぁ、さっきは“本編で”って言ったが番外編で神崎と明久の話を予定しているらしいぞ。未来じゃなくて過去の惚気が見られるかもしれんな」

杉野「ーーー」

渚「これほど“絶句”って言葉が似合う表情を初めて見た気がする‼︎ っていうか坂本君も火に油を注がないでよ‼︎ 杉野がキャラ崩壊してるじゃないか‼︎」

雄二「いや、神崎が絡んだ時の杉野って大体こんな感じじゃないか?」

杉野「…………(ブツブツ)」

渚「なんか杉野が呟きだしたんだけど……」

杉野「……そうだ。神崎さんがメインヒロインとは一言も言われてないじゃないか。もしかしたらサブヒロインっていう可能性もある。だったらまだ俺にだってチャンスが……」

渚「思いっきり現実逃避してた‼︎ ……でも実際のところ、吉井君にサブヒロインっているの?」

雄二「どうだろうな。原作で姫路と島田の二人がいたことを考えると、(あなが)ち杉野の妄想とは言えんかもしれんぞ?まぁだからと言って杉野に振り向くことはないと思うが」

杉野「そんなことはねぇ‼︎ そうと決まったら振り向いてもらうために自分磨きの旅に出るぞ‼︎」

渚「え、今から⁉︎ ちょっと待って……行っちゃったよ。ごめん‼︎ 僕、杉野を追い掛けてくるから今回はこの辺で‼︎」

雄二「……ということらしい。渚の奴も行っちまったから後書きは終わりだ。次回も楽しみにして待っとけよ」





殺せんせー「まさか私のしおりが(鈍器として)使われる場面をカットされるなんて……」

カルマ「渚君は普通に使ってたんだから別にいいじゃん」

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