修学旅行一日目。新幹線とバスを乗り継いでほぼ一日を費やした後、僕らが今日から三日間お世話になる旅館へと辿り着いていた。
ちなみに本校舎の人達とは別の宿泊施設だ。
本格的な京都観光は二日目からであって、つまり殺せんせーの暗殺も明日からとなっている。先生の隙を突くのは難しいかもしれないけど、いつもと違う環境で暗殺をすることによって得られることもあるだろう。
「…………(ぐったり)」
「……殺せんせー、一日目で既に瀕死なんだけど」
「新幹線とバスで酔ってグロッキーとは……」
その殺せんせーはと言うと、旅館のソファーに顔色を悪くしながらぐったりと
これ、修学旅行で最大級の先生の隙なんじゃないだろうか?明日を待つまでもなく今すぐ殺った方がいいんじゃ……あ、駄目だ。岡野さんがナイフを振り下ろしたけど、ソファーに靠れ込んだままの先生に躱されていた。なんか普通に躱したけど、酔ってるのって演技とかじゃないよね?
「……神崎さん、どう?見つかった?」
「……ううん」
その傍らで何やら困った様子の茅野さんと神崎さんのやり取りが聞こえてきた。何かあったのかな?
「二人とも、どうかしたの?何か困り事?」
「あ、吉井君。実は神崎さんのまとめてた日程表が見当たらないんだけど、それらしいの見掛けたりとかしてない?」
「日程表って手帳とか?う〜ん、知らないなぁ」
「ブレザーのポケットに入れてたんだけど……何処かで落としたのかなぁ」
神崎さんはバッグの中も掻き分けて探していたが、やっぱり日程表とやらは見つからないらしい。
もし落としたんだったら東京駅に来る前だろうな。新幹線やバスの中、その乗り継ぎの時に落としたんだとしたら周りの誰かが気付くはずだ。
「神崎さんは真面目ですねぇ、独自に日程表をまとめていたとは……でもご安心を。先生手作りのしおりを持てば全て安心」
「それ持って歩きたくないからまとめてたんだと思いますよ」
殺せんせーが困っている神崎さんにあの分厚い手作りのしおりを差し出していた。っていうか先生、自分の分までしおりを作って持ってきてたのか。準備が良いなー。
と思っていたら枕を忘れたらしく、一度東京に戻ると言い出した。あれだけ無駄なものを詰め込んでいたのに、どうして必要なものは忘れてくるのか。準備が悪いなー。
まぁ今日はもう夜でやれることも少ないし、旅の疲れをゆっくりと癒すことにしよう。途中で無意味に疲れる出来事が多過ぎたしね。ツッコミとか悪戯とかリアクションとか……あれ?もしかしなくても旅はあんまり関係ない?
★
修学旅行二日目。僕らの旅行計画は八坂神社から始まり、円山公園を通って平安神宮を見て回る予定になっていた。僕らの班に殺せんせーが来るのは五班ということから最後なので、暗殺の舞台は最終目的地である平安神宮となっている。
ちょっと見て回る予定としては少ないかもしれないけど、移動に公共機関を使わないで興味を引かれた場所や食べ歩きを楽しみつつゆったりと周辺も散策していくらしい。旅行計画を立てる時に雄二と中村さんが中心になってそういう風に決めていた。
ということでまずは八坂神社だ。正しい入り口は南楼門というところらしいんだけど、西楼門というのが大通りに位置していて大きな朱色の門が綺麗らしいので記念撮影も兼ねてそっちから境内へと入ることにする。
皆で写真を撮った後に西楼門を抜けてすぐ、正面の少し奥まったところに小さな社があった。
「あ、あれが疫神社ってところ?ちょっと御参りしてってもいいかな?病院にお世話になったらお金が勿体無いし」
「普通は病気にならないように御参りするんだけどねぇ。お金の心配をしながら御参りするのはきっと吉井くらいだよ」
と言いつつ皆も着いてきて一緒に御参りする。
本当は茅草を編んで作られた
「さて、次に近い有名どころは大国主社だが……二人は縁結びに興味とかあんのか?」
「あんまり興味なし。自分の恋を神様に叶えてもらおうとか、そういう乙女チックな感性は持ってないわ」
「うーん、私もどっちでもいいかな〜。神様に頼んでも烏間先生を落とせるとは思えないし」
「……お前、烏間狙いなのかよ。あの堅物相手だと苦労するぞ」
倉橋さん、まさかの烏間先生狙いとは……そういえば“どんな猛獣でも捕まえてくれる人”がタイプって前に言ってたっけ。なるほど、確かに烏間先生だったらライオンでも捕まえられそうだ。
それじゃあ普通に本殿の方へと向かおうとしたところで、ムッツリーニが小さく手を挙げる。
「…………行きたいところがある」
「ほう、ムッツリーニが行きたいところとな?それはまた随分と珍しいのぅ」
「此処の神社にエロの神様なんていたっけ?」
旅行計画を立てる上で僕も多少は京都について調べたけど、そんな神様はいなかったはずだ。それとも真にエロい者だけが知っている秘密の神様とかだろうか?
「…………八坂神社にそんなものは存在しない」
「な、なんだって⁉︎ じゃあムッツリーニはエロと関係ないことに興味があるっていうの⁉︎」
微塵も予想していなかったムッツリーニの返事を聞き、僕は思わずその場で取り乱してしまった。
あ、あり得ない……‼︎ 普段から自己主張をあまりしないムッツリーニが、自己主張した上にそれがエロとは関係ないだなんて……‼︎
「ほぉ、ムッツリーニの希望か。んじゃ大国主社は後で覗くとして、まずはそこに向かうとしよう」
「(コク)…………こっちだ」
ムッツリーニが先導するという珍しい形で僕らは疫神社を後にする。
とは言っても八坂神社の境内にあるのでそう歩くこともなかった。
「なんじゃ、ムッツリーニの行きたいところとは刃物神社じゃったのか」
「…………困難を切り開く、開運のご利益があるらしい」
そう言うとムッツリーニは暗器として仕込んでいた本物のナイフと対先生ナイフを取り出して手を合わせる。
その行動を見て僕らもムッツリーニが此処を希望した理由を察した。
「そういうことか。確かに殺せんせーを殺れなかったら困難どころか未来も切り開けねぇわな」
「死んじゃったら夢も希望もエロもないもんね」
「うむ、刃物の神に願掛けといこうかの」
ムッツリーニに倣って僕らも仕込んでいた対先生ナイフを取り出す。
流石に本物のナイフは持ってきてないけど、殺せんせーに届ける刃という意味では対先生ナイフの方が合っているだろう。刃物じゃないけどまた融通してね、神様。
「……なんであんたらは普通に対先生ナイフを仕込んでんのよ。しかも土屋に至っては本物のナイフまで仕込んでるし」
ムッツリーニは暗器使いだからナイフくらい普通だよ。最近のキレる若者は簡単に刃物とか出してくるから、武器でも技術でも自衛手段くらいは身に付けておかないと。
刃物神社での願掛けを終えた僕らが次に向かったのは、女性にオススメと言われている美御前社であった。まぁ向かったっていうか境内を歩いていて次に差し掛かったのが美御前社だったんだけどね。
「あ、莉緒ちゃん。美容水あったよ〜」
「おー、これで身も心も綺麗になれるのかねー」
二人は先に御参りを済ませると、社の横にあった湧き水である美容水とやらを少量だけ掬って肌に付けていた。
美御前社には美の神様が祀られていて、手水鉢に注がれている美容水を肌に付けると身も心も美しくなれるらしい。舞妓さんや美容師さんとかにも信仰されているとか。
「別に今でも十分綺麗だと思うけどなぁ」
「……吉井君や。そういう言葉は誰にでも言わん方がいいよ」
「ほぇ?」
思ったことを言っただけなんだけど、何か気に障ったかな?僕としては褒めたつもりなんだけど……
美御前社に立ち寄った後は本殿とか舞殿とか、色々な場所を中心に見て回って八坂神社を後にした。神社を一つ回るだけでも意外と長く楽しめるもんだなぁ。
八坂神社を東門から出るとすぐに円山公園だ。桜の名所で祇園枝垂桜というのが有名らしいんだけど、五月ともなれば既に桜は散ってしまっていた。出来れば満開の桜も見てみたかったものである。
その代わりと言ってはなんだが、観光客もそこまで多くはなかったので落ち着いて散策することができた。古き良き日本って感じの自然溢れる園内は、景色を眺めて歩くだけでも現代社会で荒んだ心を癒してくれる。まぁそんなにストレス溜まってないけどね。
そんな自然豊かな円山公園の周囲には飲食店も多くあり、散策していたらお昼時だったので昼食も此処で摂ることにした。この修学旅行に備えて五月に入ってからは仕送り直後もサバイバル生活を送っていたんだ。美味しいものを贅沢にお腹いっぱいまで食べるぞー‼︎
「うっぷ……もう食べられない」
「幾らなんでも食べ過ぎじゃ」
「私の倍以上は食べてたもんね〜」
ちょっと調子に乗って食べ過ぎてしまった。でもそれは仕方のないことなんだ。あんなに美味しい料理が出てくる方が悪い。
しかし円山公園から平安神宮までは少し距離があるから食後の運動には丁度良いだろう。お店を出た僕らは平安神宮を目指して神宮道を歩いていく。
途中でこれまた美味しそうな甘味処を見つけて入ったり、神宮道を逸れて白川沿いを歩いてみたりと寄り道をしながら向かうだけで結構な時間が経過していた。これくらいの時間だったら平安神宮の境内を見て回っていれば、殺せんせーがやってくる時間まで狙撃ポイントを残しておいて誘導できるはずだ。
「ごめん、ちょっとお手洗いに行ってくるわ」
「すぐ戻るからこの辺りで待ってて〜」
平安神宮が見えてきた頃に倉橋さんと中村さんが近場のトイレへと向かった。僕らは特に尿意や便意は催してないので言われた通りその辺で待つことにする。
「今回の狙撃、成功するかな?」
「まぁプロの
「そこで仕込んでおいた対先生ナイフの出番じゃ」
「…………狙撃に対処した瞬間の隙を狙う」
そう、僕らの本当の狙いは狙撃直後の奇襲だ。もちろん奇襲をより成功させるために狙撃の方の作戦も練ってある。
本殿で御参りする際、殺せんせーにも願い事をさせることで視界を奪うのだ。合図は鈴を鳴らして手を合わせた瞬間。気休め程度には先生の触手二本も封じることのできる最適なタイミングだろう。
ちなみに倉橋さんと中村さんに伝えてある作戦は狙撃までで奇襲のことは伝えていない。二人には殺せんせーを挟んだ状態で狙撃ポイントへと誘導するように頼んであり、最も接近する役割であることから奇襲を悟られないようにするためだ。僕らは二人の身体で作られる死角を使って仕込んだ対先生ナイフを取り出す予定である。
四人で奇襲の段取りを再確認していたその時、
「リュウキの奴、
「しかもエリート中学の嬢ちゃんなんだろ?東京からの修学旅行中だってのに災難だねー」
「いやいや、エリート共じゃ想像もできねぇような楽しい遊びを堪能できんだ。お互いにwin-winって奴だろ」
「ギャハハハハ‼︎ んな一方的なwin-win、聞いたことねーよ‼︎」
「どうせ男と遊んだ経験なんてねーだろうし、俺らが優しく教えてやろうぜ」
通り過ぎていく学ランを着た五人の男の会話が聞こえてきて、その内容に僕らは一様に表情を険しくさせた。今の会話ってまさか……
「……雄二、どう思う?」
「……どうもこうもねぇよ。“エリート中学”に“東京からの修学旅行中”と来りゃあ……」
「…………椚ヶ丘の生徒である可能性が高い」
「……
会話を聞いた限りで考えられるのは誘拐及び婦女暴行、それを行った仲間があの連中といったところだろう。
会話だけで証拠なんてものはないが、どう考えても犯罪行為だ。その被害に遭った相手が椚ヶ丘の生徒かどうかなんて関係ない。勘違いだったらそれでいいけど、もし考えた通りなんだったら早く助けてあげるべきだ。
そのために僕らが言葉に出して意思を疎通させる必要はなかった。そんなことをしなくても今からやることは決まっている。これまでの経験からそれぞれの役割を理解して行動に移していく。
「……秀吉、お前は此処に残って倉橋と中村のことを頼む。俺達のことは適当に誤魔化しといてくれ」
「うむ、承知した。相手は恐らく高校生であろう。気を付けるんじゃぞ」
テキパキと指示を出した雄二は、トイレに行っている倉橋さんや中村さんが心配しないようにする役割を秀吉に任せていた。僕とムッツリーニは言われるまでもなく、これから起こるであろう荒事に備えて気持ちを切り換える。
僕らを送り出すこととなった秀吉は注意を促してくれたが、それを聞いた雄二は敢えてその注意を鼻で笑い飛ばした。
「ハッ、俺らが殺そうとしているのは超生物、倒そうとしているのは防衛省上がりの軍人だぜ?」
それは秀吉を心配させないための雄二なりの優しさだったのか、純粋に自分の力を信じているが故の強みなのかは分からない。
だが僕らは暗殺生活が始まる前から荒事には慣れている。高校生の五人程度、油断や不測の事態が生じなければ遅れなど取ったりはしない。
「ーーー戦闘訓練の腕鳴らしだ。さっさとぶちのめして情報を吐かせるぞ」
次話
〜救出の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/13.html
倉橋「これで“観光の時間”は終わりだよ〜。皆も楽しんでくれたかな?」
秀吉「今回も変わらずいつも通りに後書きを進めていくぞい」
明久「なんか久しぶりの落ち着いた後書きになりそうな面子だね」
秀吉「荒らす奴がおらんからの。一つ原作との違いを指摘してから観光の話に進むとしよう」
明久「あー、神崎さんが日程表を入れてた場所か。バッグじゃなくてブレザーのポケットっていう」
倉橋「あ、そっか。バッグに入れてたら盗れないもんね〜」
秀吉「そういうことじゃ。神崎の記憶違いという可能性もなくはないが……まぁどちらでも結果は変わらん」
明久「じゃあ次は観光の話だね。本当に色々と調べるのが大変だったよ」
秀吉「原作に合わせた旅行計画を立てなければ事件とは遭遇せんからのぅ。じゃからと言って辻褄合わせで観光っぽくなくなっては意味がない」
倉橋「せっかくの修学旅行だもん。テキトーに終わらせるのなんてやだよ」
明久「まぁ主要な場所以外は散策ってことで少し
秀吉「内容を詳細にして“これっておかしくないですか?”という指摘があっても対応できんしな……」
倉橋「世知辛い裏事情があったんだね……」
秀吉「茅野と神崎が連れていかれた場所も詳しくは分からんかったし、平安神宮方面ということにして場所と時間を誤魔化すしかなかったんじゃ……」
明久「……あー‼︎ やめやめ‼︎ こんな暗い裏事情よりも観光の話を続けようよ。後書きは言い訳する場所じゃないんだからさ」
秀吉「とは言っても大方の内容は本文の通りじゃがの。なので話すことはあまりないぞ?」
倉橋「だったら最後の展開について話したら終わりにする?」
明久「不穏な空気で終わっちゃったからねー。でもそれだって展開は読めてるだろうし……そう言われたら話すことってもうないな」
秀吉「それでは切りのいいところで終わることにするかの」
倉橋「……皆、怪我とかしないでね?」
明久「大丈夫だよ。僕らだって一応強いし、なんとかなるさ」
秀吉「ワシもお主らを信じておるからな。それでは次の話も楽しみにして待っとるんじゃぞ」
渚「……もしかしなくても僕らって引き立て役?」
杉野「そ、そんなことねーよ‼︎」
カルマ「どうだろうねー。まぁ原作以上ってことはないでしょ」
奥田「そ、そう悲観的にならず精一杯頑張りましょう‼︎」