殺せんせーに第二の刃を示さなければならない日、中間テストの日を僕らは迎えていた。
僕もテストを受けるために隔離校舎への山道ーーーではなく、本校舎へと向かうために街中の通学路を歩いている。定期テストは全校生徒が本校舎で受ける決まりになっており、それはE組も例外ではなく僕らはアウェーの環境でテストを受けなければならないのだ。
まぁアウェーなんて僕にとっては慣れ親しんだものである。寧ろ喧嘩とかに巻き込まれたら味方だったはずの雄二も敵に回ることがある分、実害のないアウェーなんて温い温い。……本当になんで雄二と友達なんてやってるんだろう?
「……ん?あれは……」
友達の定義について考えながら通学路を歩いていると、前方に見覚えのある黒髪ロングの女の子の背中が目に入ってきた。
登校中に見掛けるなんて珍しいな。クラスメイトで知らない仲ってわけでもないので声を掛けることにする。
「おーい、神崎さーん」
僕の呼び掛けに、前を歩いていた神崎有希子さんがその場で立ち止まって振り向いた。呼び掛けておいて待たせるのも悪いから小走りで駆け寄っていく。
「吉井君、おはよう。今日は随分と早いね」
「いやー、ついうっかりいつも通りの時間に出てきちゃって」
いつもだったら学校へ行くのに山登りをしなくちゃならないけど、今日はその必要がないのに早く家を出てしまったのだ。普段の登校時間がズレてるんだから登校中に神崎さんと会わないのも当然っちゃ当然か。
学校までの道程を今日のテストについて話しながら並んで歩いていく。
「今日の調子はどう?」
「うん、特に問題ないよ。今回は頑張らないと殺せんせーがいなくなっちゃうもんね。吉井君の方はどう?」
「僕もやれることはやったかな」
昨日のうちに神頼みも済ませたから大丈夫だ。復習も殺せんせーに言われた通り全体を見直して苦手な部分を重点的にやったし、念のために用意した秘密兵器の整備もバッチリである。
「あとはテストに臨むだけーーーッ‼︎」
殺気ッ‼︎
僕は本能の赴くままにその場でしゃがみ込むと、頭上を何かが通り過ぎていくのが目に入った。いったい何事⁉︎
襲撃を受けたと認識した瞬間、しゃがみ込んだ状態から脚のバネをフルに使って前方宙返り半捻りを行う。暗殺生活で身に付けた僕の身のこなしを舐めるなよ‼︎
そうして回避行動を取る前まで僕がしゃがみ込んでいた場所に、間髪入れずボールペンやシャーペンが突き刺さる。って危なぁ⁉︎
「誰だっ‼︎」
「…………裏切り者には、死を」
「なっ、ムッツリーニ……⁉︎」
僕を狙って手に各種文房具を構えていたのは、同じE組の仲間であるはずのムッツリーニだった。
「つ、土屋君……?というよりアスファルトに文房具が刺さってるのはどうなって……」
急な出来事で何やら神崎さんが驚いているけど、今はムッツリーニの一挙手一投足に警戒しているので答えられない。
どうしてムッツリーニが……いや、このタイミングで奴が僕を襲撃する理由なんて一つしか思いつかなかった。
「まさか、テスト前でも僕が女の子と登校してたら処刑するって言うの……⁉︎」
そりゃあ僕だって雄二がそんな羨ましい状況になってたら問答無用で襲撃するけど、今回はそんなことをしている場合じゃないはずだ‼︎
殺せんせーを引き留めるためにも万全の状態でテストに臨みたいってのに……なんとか穏便に話し合いで解決できないものか。
しかしそれは僕の早とちりだったようで、その言葉を聞いたムッツリーニが首を左右に振る。
「…………違う、そんなことはしない」
「え、じゃあどうして……?」
てっきりモテない男が醜い嫉妬の業火に焼かれて憎悪に基づく殺戮行為に及んだと思っていたのに……もしかして知らないうちにムッツリーニの琴線に触れてしまったとか?
だとしたら今後の接し方も気をつけなければならない。僕が何とも思ってないからって相手もそうだとは限らないんだし、襲撃の理由を知るためにもムッツリーニへと問い掛けた。
「…………適度な運動は脳の働きを活性化させる」
そうなの?まぁ保健体育の知識に関しては他の追随を許さないムッツリーニのことだ。人体についてだってエロ関係なく色々と詳しいのだろう。
でもそれと僕を襲撃したことはどう考えても結びつかないんじゃ……?
「…………だからテスト前に脳の働きを活性化させてやろうと思っただけだ」
そう言いながら手に持つ文房具の中からカッターを取り出すムッツリーニ。
うん、絶対に嘘だ。そんな善意は微塵も感じられないし、そもそも適度な運動で済むとは到底思えなかった。確実に生死を懸けた“リアル鬼ごっこ”になるだろう。
「やっぱりただの妬みじゃないか‼︎ 神崎さん、また教室で会おう‼︎」
早とちりしたことが早とちりじゃなかったと瞬時に判断した僕は、神崎さんに別れを告げて自分の身を守るために駆け出した。
嫉妬に駆られたムッツリーニでも本校舎内で暴力沙汰が問題だってことは分かっているはずだ。僕の脚だったら此処から学校までの距離は十分と掛からないだろう。
今日は早めに出てきてよかった。この時間だったら全力疾走して疲れても教室で休憩する余裕があるからね。ついでにもう一回ほど出題範囲の復習でもしておこう。
「…………俺から逃げられると思うな」
僕が駆け出すのとほぼ同時に投擲してきたムッツリーニの攻撃を躱し、学校目指して一目散に逃走を開始する。
確かに敏捷性の高いムッツリーニは走力にも優れているけど、攻撃を仕掛けながらだとどうしても速度は落ちてしまうものだ。
しかし僕も攻撃を躱しながらだと速度が落ちてしまうので、ムッツリーニとの距離を大きく引き離すことは出来ない。
こうなったら僕とムッツリーニの根比べだ。絶対に逃げ切ってやる‼︎
「……吉井君達はテスト前でも変わらないね」
そんな苦笑交じりの呟きが聞こえた気がしたけど、こんな日常は御免だと声を大にして言いたかった。
★
朝っぱらから無駄に疲れたけど、何とか逃げ切った僕は無傷でテストに臨むことが出来ていた。
しかも予想していたより疲れなかったので身体の調子は良く、皮肉にも脳の働きを活性化させる効果が得られたらしい。だからって感謝をする気は更々ないけどね。
「E組だからってカンニングなんかするんじゃないぞ。俺達本校舎の教師がしっかり見張ってやるからなー」
今日の一時間目は数学であり、テスト担当として大野先生が教卓の椅子に座って僕らを監視していた。わざとらしく咳払いしたり指で机を叩いたりして集中を乱そうとしている。
しかしそんな妨害など気にならないくらい僕はテストに集中できていた。ただ単純に妨害に慣れているってだけじゃない。淀むことなく動き続ける手に気分が高まっているんだ。
よしっ‼︎ 解ける、解けるぞ‼︎ 流石は殺せんせーの仕込みだ‼︎ この手応えだったら目標順位だって不可能じゃない‼︎
昨日の先生が言っていたことは正しかったってわけか。どうやら僕は知らないうちに天才の領域へと足を踏み入れていたらしい。……ふっ、我ながら自分の頭脳が恐ろしく感じるよ。
っとまぁ冗談はさておき、この調子でどんどん問題を解いていこう‼︎
次の問題も‼︎ その次の問題も‼︎ 更にその次の問題も…………あれ?この問題、あんまり覚えがないような……えぇっと、確かこうやって解くんだったかな……?
………………。
カララララン…………。
(((誰だ、今鉛筆転がした奴……‼︎ )))
ふぅ、こういう時のために秘密兵器を用意しておいたんだ。正解が今一つ分からない問題の対応策だって万全である。
しかしこのやり方だと選択問題にしか対応することが出来ない……というのは常人の考え方だ。僕の頭脳はその考え方の更に先を行く。
選択問題じゃなかったら選択肢がないだって?……だったら選択肢を作り出してやるまでさ。
殺せんせーの教え方が上手いおかげで、こういう何となくしか思い出せない問題でも取っ掛かりくらいは見つけられる。あとは思いつく限りの解き方を試してそれぞれに番号を割り振るだけだ。それだけで選択肢の完成である。
これぞ僕が考えた“解ける問題は確実に解いて、解けない問題は数打ちゃ当たる作戦”だ‼︎
しかも思いついた解き方の中でも、正解っぽい答えと正解じゃないっぽい答えに何となく分けることができる。そこから更に選択肢を絞るだけでも点数に差が出てくるはずだ。
難問相手にも隙を生じぬ二段構え……この作戦さえあれば解答欄の空白なんてあり得ない‼︎
一先ずは解答欄を全部埋めることが先決だな。今の問題は解けなかったけど、次の問題は確実に解いてやる。で、次の問題はっと……。
………………。
唸れ‼︎ ストライカーシグマ
カラララランッ、と再び振られる僕の鉛筆。
よしっ、この問題もクリア‼︎ 急いで次の問題を解いていかないと‼︎
この作戦、実は一つだけ欠点がある。解けない問題に対して色々な解き方を試す必要があるため、通常よりも多く時間が掛かってしまうのだ。数問に一回とかだったらともかく、二問連続で秘密兵器を使用することになるとは計算外だった。
……仕方ない、作戦変更だ。まずは問題を全部流し見て確実に解けそうな問題を潰していこう。不測の事態にも柔軟に対応していかないと高得点を取るのは難しいからね。
……それにしても、パッと流し見ただけでも解けなさそうな問題が多いような気がする。この問題とかほとんど記憶にないんだけど……殺せんせーに教えてもらったっけ?
★
「……これはいったいどういうことでしょうか。公正さを著しく欠くと感じましたが」
烏間先生の厳しい声音が教室の片隅から聞こえてくる。スマホで話しているため会話内容までは聞き取れないけど、本校舎の方に抗議の電話をしていることは容易に分かった。
教室にいる皆の表情もやっぱり暗く、殺せんせーでさえ黒板に顔を向けたまま一言も発せずに立ち尽くしている。……テストの結果を思えば仕方ないことだろう。
「……伝達ミスなど覚えはないし、そもそもどう考えても普通じゃない。
そう、中間テストの出題範囲が大きく変わっていたのだ。しかもそれを
皆のテスト結果は聞くまでもなく惨敗だろう。学年五十位以内に入れた人は多分誰もいない。教室の空気がそれを如実に表していた。
烏間先生が厳しい顔つきのまま電話を切る。どうやら抗議は受け入れられなかったみたいだ。先生が電話を切ったことで教室が静寂に包まれる。
そんな中でこれまで黙っていた殺せんせーが、普段からは考えられないような弱々しい声音で呟いた。
「……先生の責任です。この学校の仕組みを甘く見過ぎていました……君達に顔向けできません」
あれだけ大丈夫だと太鼓判を押していたのに、その結果がこれで殺せんせーも酷く落ち込んでいる。
どう考えても先生に落ち度はないと思うけど、教育のこととなれば烏間先生並みに真面目だからなぁ。でも学校がここまで強引にE組落としをしてくるとは流石に誰も予想できないだろう。
だからと言ってこんな面白くない幕切れは認めたくない。さてどうしたもんか……と考えていると、後ろの方から対先生ナイフが殺せんせーに向かって飛んでいった。
「にゅやッ⁉︎」
それを殺せんせーは驚きながらも振り向かずに躱してみせる。気落ちして前を向いていたのによく躱せたな。
殺せんせーも含めて皆の視線が後ろに向けられる。そうしてナイフの投擲元を辿っていくと、そこには教壇へと歩いていくカルマ君の姿があった。
「いいの〜?顔向けできなかったら俺が殺しに来んのも見えないよ?」
「カルマ君‼︎ 今、先生は落ち込んでーーー」
怒る殺せんせーを余所に教壇まで歩いていったカルマ君は、手に持っていた答案用紙を教卓の上に放り捨てる。
その答案用紙を見て殺せんせーが固まっていた。ん?いったいどうしたんだ?
「俺、問題変わっても関係ないし。ま、あんたが成績に合わせて余計な範囲まで教えたからだけどね」
僕らも気になって教卓へと近寄り答案用紙を覗き見ると、そこにはほぼ満点の解答が広げられていた。数学に至っては文句なく満点である。スゲー、満点なんて空想の産物だと思ってたよ。
この点数だったら確実に学年上位に食い込んでいるだろう。つまり本校舎の生徒達に見劣りしないどころか凌駕する実力を示したことになる。E組を出るための条件は満たしたってことだ。
「だけど俺は
殺せんせーの言う第二の刃をほぼ完璧な形で示したカルマ君だけど、本校舎に戻る気はないと言う。
そりゃあそうだよね。勉強漬けの本校舎で毎日を過ごすよりも暗殺している方が楽しいだろうし、素行不良が原因でE組にいるカルマ君からしたら戻る理由がない。
今回の結果で殺せんせーがE組から出ていかないようにするためか、誰から見ても分かりやすく先生を煽っているカルマ君。そこにニヤニヤと憎たらしい笑みを浮かべた雄二も参加した。
「止めてやれよカルマ。殺せんせーは理事長に口で言い負かされて、学校の仕組みに結果で叩きのめされたんだ。その上今度は俺達に殺されるかもしれない恐怖に耐えるなんて酷ってもんだろ。弱い者虐めは格好悪いぜ?」
「ど、どうして理事長のことまで坂本君が知ってるんですか⁉︎ もしかして見てたんですか⁉︎」
「いや、鎌を掛けただけだ。テスト前の授業で張り切ってたのは何か言われたからだろう?あんたに口出しできる奴なんてこの学校では理事長くらいのもんだ」
うわぁ、この二人から同時に煽られるなんて堪ったもんじゃないな。相手にしている殺せんせーが可哀想になってくる。
しかもこの様子を見ていた皆も意図を理解して煽りに参加してくる始末。あぁ、なんかマジもんの弱い者虐めに見えてきた。
「なーんだ、殺せんせー怖かったのかぁ」
「それなら正直に言えば良かったのに」
「ねー、“怖いから逃げたい”って」
クラス全員からの虐め……じゃなかった。煽りに殺せんせーは青筋を浮かべて身体をワナワナと震わせている。これだけ攻め立てれば十分だろう。
「にゅやーッ‼︎ 逃げるわけありません‼︎ 期末テストであいつらに倍返しでリベンジです‼︎」
皆の煽りに耐えられず顔を真っ赤にして怒る殺せんせー。チョロいな、エロ本で釣れるムッツリーニくらいチョロいよ。
そんな殺せんせーを見て皆が笑い声を上げる。もう暗い表情を浮かべている人は誰もいない。よかったよかった、暗い雰囲気は好きじゃないからね。
何はともあれ、殺せんせーはE組に残ることを証言してくれた。だったら責任を持って最後までE組に付き合ってもらおうじゃないか。
暗殺教室はまだまだ続いていく。タイムリミットは来年の三月……つまり僕らが椚ヶ丘中学校を卒業するまで。僕らの本当の
〜 完 〜
次話
〜旅行の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/11.html
渚「いやいや終わらないからね⁉︎ 本当にこれからも続いていくよ⁉︎」
明久「やだなぁ、ちょっとしたジョークだよジョーク」
不破「分かるわ。壁に直面したE組がそれでも気持ちを新たに頑張っていくという場面。私でも語り手をやってたらブッ込んでたと思う」
明久「だよね。“暗殺教室”の基盤に関わる話とも言えるし、寧ろ此処でやらなきゃ何時やるの?」
不破「今でしょ‼︎」
明久・不破「「アハハハハハハハッ‼︎」」
渚「……誰でもいいからツッコミの応援に来てくれないかなぁ」
不破「でも吉井君、鉛筆転がしは周りの集中力も乱れるから控えた方がいいんじゃない?」
明久「そんなの、先生が率先して乱しにきてるんだから今更でしょ」
不破「……それもそうね」
渚「不破さん、納得しないで。気になるものは気になっちゃうから」
不破「それで、テストの結果はどうだったの?……見せてもらおうじゃない。吉井君の秘密兵器の性能とやらを‼︎」
明久「ふっ、いいだろう。頭脳の違いが成績の決定的差じゃないってことを……教えてあげる‼︎」
渚「二人ともノリノリだなー(棒読み)」
明久「国語60点、数学54点、社会48点、英語39点、理科44点、総合点数245点、学年順位159位さ‼︎」
渚・不破「「駄目じゃん」」
明久「さ、最下位争いをしてた僕からすれば大進歩だよ‼︎ 範囲外の勉強なんてほとんどやってないんだしさぁ‼︎」
不破「まぁ実際にE組の最下位は寺坂君だし、前向きなところが勉強にも反映したってところかしら。ちなみに点数は菅谷君と寺坂君の間で適当に調整したわ。“あれ?寺坂も原作で159位じゃ……?”なんてツッコミは人数補正してるから無しの方向でお願いね」
渚「不破さん?」
明久「秘密兵器の力もあるけど、やっぱり最下位から抜け出せたのは殺せんせーの力が大きいよね。っていうか寺坂君の下にいる二十七人はいったい何をしてたのかな?」
不破「さぁ?風邪ってことでいいんじゃない?」
渚「流石に無理があるよ‼︎ でも僕もよく分からないから追求するのは止めよう‼︎」
不破「そうね、じゃあ今回はこの辺で終わっときましょうか?」
明久「そうしようか。それじゃあ皆、次の話も楽しみに待っててね‼︎」
殺せんせー「ヌルフフフフ、本当に本校舎で勉強を教えていた方はいったい何をしていたのでしょうかねぇ(ニヤニヤ)」
學峯「この先ずっと減給して差し上げてもいいんですよ?」
殺せんせー「心の底からすみませんでしたっ‼︎」