進撃のイスカリオテ~Titan to Dust~   作:マイン

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とりあえずちょくちょく書き溜めといたやつを載せます
連日の激務でボーっとした頭で書いたものなのでちょっと支離滅裂かも知れませんがご了承ください


人間対人間、言葉の闘争

「なんだよ…これ」

巨人との闘いを終え、ウォルターとアンデルセンという規格外同士の闘いが終わったトロスト区にて、眼前の物体に対しマルコ・ボットが放った言葉がそれであった。隣に立つジャン・キルシュタインや周りの訓練兵たちも、言いようのない表情でそれを見ている。

 

それは、かろうじて人の形を留めたかつて人であったものの残骸であった。体の一部が溶解し、もはや顔すらろくに確認できない状態であり、異臭を放つ粘液で覆われたそれを、訓練兵たちは嫌悪感を示すことすら忘れて呆然と眺めていた。

 

「なんですか…これ」

「巨人が吐いた跡だ。…奴らには消化器官が無えんだろうからな、人喰って腹一杯になったらああやって吐いちまうんだと。くそっ、これじゃ見分けがつかねえぜ…」

サシャの呟きに近くにいた兵士がその物体について答える。訓練時代に教わったので、ある程度予想はついていたが、ここまで醜悪なものだとは思わなかった。喰われずに済んだ死体も、どれも四肢や頭がもげたりとあまりに悲惨な状態であり、あのアニやライナーですら動揺を隠せずにいた。

 

「もう嫌だよ。こんなこと、俺耐えられない…」

巨人に立ち向かった者達の悲惨な現実に、マルコは頭を抱えて蹲る。いずれ自分がこうなると思うと、巨人に対する恐怖に心が折れてしまう。マルコだけでなく、それが訓練兵たちの共通の意識であった。

 

 

 

 

「そうだな、俺だって嫌さ。……けどよ」

そんな中、ジャンが口を開いた。

 

「あいつは、エレンはそんな巨人に立ち向かっていったんだぞ。自分が喰われるかもしれねえってのに、相変わらず馬鹿みたいに突っ込んでいってよお。アルミンの話じゃいっぺん喰われたんだろ?…ったく世話ねえよなあ」

けどよ。そこで言葉を切って、ジャンは強い決意を瞳に宿して言う。

 

「あいつにそこまでやられて、俺がここでしっぽ巻いて逃げようってんじゃ、カッコ悪過ぎんだろ」

 

 

 

「ん…」

窓の外から差し込む日光を受けて、エレンは目を覚ました。

 

「どこだここ…?」

目を覚ましたエレンがあたりを見渡すが、そこは見慣れた寄宿舎でも牢獄でもなく、どこかの民家のような部屋の中であった。自分はその部屋のベットに寝かされていたらしい。部屋の中には自分以外の人はいないが、窓の外を見ると、そこには見慣れた神父服姿の連中が部屋を背にして周囲を取り囲んでいた。彼らの服装から、エレンは今自分がいるであろう場所を推測する。

 

「ここ…ヴァチカン?」

「気が付いたようだな、エレン・イェーガー訓練兵」

突然聞こえた声に反応して見ると、そこには見覚えのある三人が立っていた。

 

「リバー…?それにエルヴィン団長にリヴァイ兵士長まで…?」

「……一応公式の場なのでここではマクスウェル司教でお願いしますよ、イェーガー訓練兵」

思わずプライベートでの呼び方をしたエレンを咎めながら、マクスウェルたちはエレンの寝かされていたベットの周りの椅子に座る。

 

「ここにいる経緯を覚えているかい?」

「……いいえ。あれからどうなったんですか?ウォール・ローゼは?皆は?作戦は成功したんですか……っつ!?」

「うるせえ、少し黙れ餓鬼」

自分に問いかけるエルヴィンに次々質問するエレンを、リヴァイの容赦ない拳骨が黙らせる。

 

「……まず作戦の方だが、無事に成功した。犠牲になった兵も、当初の想定よりかなり少ない。もちろん君の友人たちも無事だ。…これはアンデルセンやあのウォルターという少年のおかげだがな」

「!神父様が、来てくれたんですか!」

「…フン。連中の後始末の方がよっぽど面倒だったらしいがな。好き勝手暴れやがって」ジロッ

「それに関しては…申し開きのしようがないな」

リヴァイの文句に、一応の上司ではあるとはいえアンデルセンに対し弱いマクスウェルは困ったような仕草で返す。

 

「君は岩で穴を塞いだあと、気を失って一旦ここへ運ばれた。現状ヴァチカンが最も戦力を保持しているからな」

「こんな言い方は失礼だが、連中のところに連れてかれてはどんな仕打ちが待っているか知れたものではないからな。表面上軟禁扱いでここにいるというわけさ」

「……まあ憲兵団の連中に比べればマシだがな」

マクスウェルの言葉に、無反応のエルヴィンに対しリヴァイが露骨に顔を顰める。

 

「残存していた巨人もほぼすべて掃討、内二体が捕縛された。これが君が眠っていた間に起こったことだ。……さて、本題はここからだ」

そう言ってエルヴィンが懐から取り出したのは、エレンが持っていた地下室の鍵であった。

 

「君の話では、シガンシナ区の君の生家の地下室に行けば、巨人について何らかの情報がある。そのための鍵がこれ。そうだね」

「…はい。父の話が本当ならそうです」

「テメエは記憶喪失、親父は行方知らず。…随分都合のいい話だな」

「リヴァイ、彼が嘘をつく理由はないとの結論に至ったはずだが」

リヴァイの皮肉をエルヴィンが軽くたしなめる。押し黙ったリヴァイの反応を見て、エレンは改めて調査兵団トップのこの二人の存在感というものを感じた。

 

「結論から言えば、私を含めた調査兵団やピクシス司令は君の言葉を信用している。君が出まかせで物を言うような人物ではないと聞いているし、なによりあのアンデルセンが手塩にかけて育てた存在だ。充分信用に値するよ。……だが憲兵団の連中や内地の人々、とくにウォール教の人々にとってはそうではない」

「我々の方で匿うにも、不愉快なことに連中は内政にも大きく関わっている。いかにヴァチカンとて、国のトップを相手取ってはいささか分が悪い」

「連中はぬるま湯に浸かりきってやがるからな。敵かもしれん奴をいつまでも置いときたくねえってわけだ」

エルヴィンの説明に、マクスウェルとリヴァイが不機嫌丸出しの顔で言う。

 

「…この状況で今我々がすべきことは、君の意志を問うことだと思う」

「俺の…意志…?」

「君は今人知を超えた力を手にしている。それは扱い方次第では我々のこの絶望的な状況を打破する鍵にもなれば逆に人類を滅ぼす物にもなりかねない。だからこそ、君は自分がやるべきこと、やりたいことをはっきりさせなくてはならない」

「俺がやること…俺がやりたいこと…!」

「グダグダ考えんじゃねえぞ。安心しろ、誰もテメエなんぞに人類の未来託す気なんざねえんだ。テメエはしたいことをはっきりさせときゃそれでいいんだよ」

エルヴィンとリヴァイの言葉を受け、しばし考え込んでいたエレンは顔を上げると二人を見て言い放つ。

「…調査兵団に入って、巨人をぶっ殺して……親父が残したものに辿りつく…!誰に強制されることもない…俺自身の意志で…!!」

 

 

 

パチパチパチ!

エレンの返答にエルヴィンやリヴァイが何か言うより早く、マクスウェルの拍手が響いた。

 

「いい言葉だ、『自分の意志で』。そうとも、自分の意志で行動できない人間に成長はない。そうでなくては、もはやそいつは人間ではない。…アンデルセンの言葉をよく覚えていましたねイェーガー訓練兵。……してエルヴィン殿、リヴァイ殿、返答は如何に?」

マクスウェルに問われた二人は顔を見合わせ、エルヴィンが頷いたのちリヴァイが口を開く。

 

「…いいだろう、気に入った。認めてやるよ。こいつの調査兵団入団を…」

「フム、それは上々。では次の問題について話し合いましょうか」

「…次の問題?」

マクスウェルのその言葉に、エレンはぽかんとした表情を浮かべる。

 

「君は後日、中央にて裁判を受けることになっている」

「!」

エルヴィンの告げた言葉に、エレンはギョッとする。

 

「この裁判では君の身柄の引き渡し先を決めることになっている」

「といっても、憲兵団の連中に引き渡せば即刻処刑だろうがな」

エルヴィンとリヴァイの言葉に、エレンは若干顔を青くする。

 

「君の身の安全を保障するなら、何としても我々の管轄下に収めなければならない。ピクシス司令も了承済みだ」

「そこで我々の出番というわけだよ」

エルヴィンの言葉を、マクスウェルが継ぐ。

 

「連中を納得させるには、万が一の事態が起きた時にお前を拘束、あるいは始末できる力を示す必要がある。要はいい首輪を用意すればいいということだ。となれば我々にはリヴァイ兵長以外にも最強のカードがある」

息を吞むエレンに、マクスウェルはその名を言う。

 

「アレクサンド・アンデルセンという首輪がね…」

 

 

 

そして裁判当日。ヴァチカンより護送されたエレンを、とある男女が出迎えた。

 

「やあ、君がエレンだね。私は調査兵団で分隊長をやっているハンジ・ゾエ。こっちは同じ分隊長のミケ・ザカリアス。よろしくね」

「あ…、はい」

はきはきと自己紹介するハンジに、エレンはか細く返事する。あの後、切り札としてアンデルセンの存在をちらつかせた以外は裁判に関してほとんど聞かせれておらず、結局何をする気なのかわからずじまいのまま当日を迎えてしまった。実際エレンは不安であった。

 

そんなエレンの胸中を悟ってか、審議場への道中ハンジが優しげに話しかける。

 

「そんなに緊張しないでよ。君は君の思っていることをはっきり言えばいいんだ」

(はっきり…か…)

ハンジの言葉を反芻していると、首筋に違和感を感じて振り向くと、後ろにいたミケが鼻をひくつかせていた。

 

「ああ、彼の癖なんだ。初対面の人の匂いを嗅いで、鼻で笑う」

ハンジの言葉通り、ひとしきり匂いを嗅ぐとミケはこちらを見てクスリと笑った。

そうこうしているうちに、エレン達は審議場の扉の前にやってきた。

 

「っと、お喋りが過ぎたようだね。君なら大丈夫だとは思うけど、頑張ってね」

そう言ってハンジ達はエレンを送り出す。エレンは審議場中央の柱に縛り付けられた。周りを見れば、審議長席に全兵団のトップに立つ男ザックレー総統、さらに憲兵団団長、駐屯兵団司令官ピクシス、調査兵団団長エルヴィンとリヴァイ、向かい合ってウォール教の司祭たちとマクスウェル司教、さらにはミカサとアルミンもこちらを心配そうに見ており、そうそうたる人物がここに集結していた。

 

「エレン・イェーガー君だね?」

そして、ザックレーの言葉とともに、審議が始まった。

 

 

 

いざ審議が始まってみると、内容としてはエレンをどのような形で処刑するかと、エレンをどういう風に生かすかの二極に分かれていた。憲兵団は、人類の反撃の象徴として英雄としての殉死を提案し、ウォール教は巨人の一体としてさっさと処分すべきとの結論。対する調査兵団はエレンの力を利用して今の状況を打開すべく調査兵団への入団を薦めた。だが、憲兵団とウォール教の反対が強く、いまだ決定打を出せずにいた。ミカサは、エレンを殺すという話が出るたびに、殺気を隠そうともせずより強めていったが、アルミンの制止もあって今は抑えられていた。一方マクスウェルは審議の間澄ました顔でその様子を見ているだけであり、未だに一言も口を出さずにいた。

 

そんな中、未だに保守的な考えを崩そうとしない憲兵団とウォール教の面々がミカサやアルミンにまで迫害の目を向けた時、遂にエレンの我慢が解かれた。

 

「いい加減にしろよ…」

エレンの底冷えするような声に、その場の人々が静まり返る。

 

「そうやっていつまでも同じようなことしか考えないから、前へ進めないんだろうが…。そうやって目の前の脅威だけしか見ないから、何も変わらないんだろうが…!俺は嫌だ!もう巨人に屈したりなんかしない…!俺はこの力で、人類の未来を切り開く…!だから!いいから黙って、俺に投資しろ!!」

静まり返った審議場にエレンの叫びが響く。そんなエレンにおびえたような視線を向ける人々に、エレンは言い過ぎたと後悔して内心舌打ちする。

 

「!構えろ!」

「ハッ!!」

そんなエレンに憲兵団が銃を構えて射殺しようとする

 

その時

 

 

 

バキィィ!!

鈍い音が響いたかと思うと、エレンの頭が跳ね上がり、折れた歯が口から飛び出した。

 

「調子に乗ってんじゃねえぞクソガキ」

唖然とする審議場の中で、エレンを蹴り飛ばした張本人、リヴァイが低い声で呟く。

 

「テメエ一人の力で人類を変えられるとでも思ってんのか?のぼせ上んな。もうそんな口が利けねえよう、俺が躾けてやるよ。しゃがんでいるからちょうど蹴りやすいしな」

リヴァイはエレンを足蹴にすると何度も何度も顔面や腹部を蹴り続ける。そのたびに鈍い音が響き、観衆はその凄惨な光景から目をそらす。一方ミカサの怒りは頂点に達し、今にも飛び掛かりそうになるところをアルミンが必死に抑えている。

その光景に耐えたねたのか、はたまた危険を察したのか憲兵団の団長が声を掛けようとする。

 

「ま、待てリヴァイ…」

 

その時

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやおや困りますねリヴァイ兵士長」

いままで沈黙を保っていたマクスウェルが大仰な仕草で立ち上がりながら口を開いた。

 

 

「そろそろやめてあげてくれませんかねえ…」

そういって制止に入った幼馴染に、ミカサとアルミンは安堵の表情を浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…でないと私の分の前に死んでしまうではないですか」

マクスウェルのその言葉に、笑顔のまま凍りついた。殴られていたエレンも、顔を上げて喋ろうとする。

 

「お、おいリバ…マクスウェル司教…、それどういう…」

「うるさいぞ巨人崩れが」

エレンの言葉の言い終わらないうちに、マクスウェルがエレンの頭を踏みつけて地面に叩きつける。

 

「がうっ…!?」

「貴様は黙って私の話を聞いていればいいんだ。本来なら殺されて然るべきところをわざわざ生かしておいてやっているだけありがたいと思え!」

エレンの頭を踏みにじりながら吐き捨てるマクスウェルに、てっきり味方するものだと思っていた憲兵団やウォール教の面々、そして幼いころからの付き合いでもあるミカサですらぽかんとしている。この中で平静を保っていたのは打ち合わせ済みのエルヴィン、リヴァイ、ピクシス、そして意図に気づいたアルミンだけであった。

 

「…さて、憲兵団の皆さん」

そんな空気の中マクスウェルが何事もなかったかのように話し始める。

 

「あなた方が危惧しているのは万が一このエレン・イェーガーの政治的価値及び万が一我々に刃向った際における危険性…そういうことで相違ないですね?」

「あ、ああ…」

「ならばこうすればどうでしょうか」

マクスウェルは憲兵団の方に向き直って言う。

 

「エレン・イェーガーを我々イスカリオテ、並びに調査兵団で監視下に置き人類において不必要とあらば即処刑する…というのはいかがかと。強行派連中も、彼が我々や調査兵団の管理下にあれば早々手を出すようなことはしないでしょうしね。」

その言葉に、観衆からどよめきが起こる。まさかイスカリオテがそこまで出張ってくるとは思ってもなかったのである。

 

「そんなことをして、貴様らに何の得がある!」

「得?何を馬鹿なことを。我々は神の名のもと人に仇名す化け物どもを殺すイスカリオテですよ。使える物は異教徒どもの物でなければなんだって使いますとも。」

「……よく言えたものだな」

マクスウェルと憲兵団長の言い合いの最中、ぼやくようにウォール教の司祭の一人が呟く。

 

「…なにか言いましたかな?」

「……よく言えたものだと言ったのだ!知っているのだぞ!貴様らが我々の同胞を殺していることを!人を殺しておいてよくもそんな綺麗ごとが言えたものだな」

司祭の叫びを黙って聞いていたマクスウェルはやがて穏やかに話し出す。

 

「…これは異なことを。我々は人など殺していませんよ。人殺しはカトリックにおいてご法度ですからね」

「何を馬鹿な!現に我々の…」

 

 

「だって異教徒どもは人間ではないのですから」

平静のまま放たれたマクスウェルの言葉に、その場にいたものは背筋を凍らせる。

 

「ほら、皆さんも煩わしいからといって蠅や蚊を叩いて殺すでしょう。あれと一緒ですよ。邪魔だからちょっと消えてもらっただけです。人殺しじゃあないですよ」

笑顔のままいうマクスウェルに、観衆は恐怖を覚えるが、自分たちを虫扱いされたウォール教の面々は黙っていられない。

 

「ふ、ふざけるな!」

「俺たちを虫なんかと同じにしてんじゃねえ!」

「俺のダチぶっ殺しやがって、テメエら許さねえ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や か ま し い !!!!!!!」

そんな彼らの反論をマクスウェルの怒号がかき消した。

 

「こっちが下手にでてりゃ付け上がりやがって。お前らウォール教の信徒が百人死のうが千人死のうが知ったこっちゃない!そもそも貴様ら如きがこの場にいること自体不愉快極まりない!ザックレー総統の前でなけりゃすぐにでも皆殺しにしているところを、わざわざ話聞いてやっているだけでもいいと思え!」

マクスウェルは彼らに詰め寄り、先ほどの司祭の前で言い放つ。

 

「テメエらはグダグダ抜かさずに首を縦にふってりゃいいんだよ!ウォール教の雄豚どもが!!!」

先ほどまでと打って変わって狂人染みた発言のマクスウェルに、彼らは動揺を隠せずにいたが、やがてマクスウェルの眼前の司祭が目を伏して言う。

 

 

 

 

 

 

「こうなると思って…用意しておいて正解だったようだ…」

「ああ?」

「小僧、仕事だ」

その言葉と共に殺気を感じたマクスウェルがその場を飛び退くと、今しがた立っていたところを幾重もの線が飛び交い、その後天井より執事服に身を包んだ少年、ウォルターが降りてくる。

 

「へえ、前の奴と違って意外とやるじゃん。…もっとも避け切ってはいないようだけど」

ウォルターがそういうと、マクスウェルの鼻先が若干裂け血が流れる。

 

「…あなたの事はアンデルセンから聞いていますよ『死神』ウォルター。しかし意外ですね。貴方がこのような連中の手駒に成り下がるとは」

血をぬぐいながら言うマクスウェルに、ウォルターは顔を顰めて答える。

 

「…まあ僕も不本意なんだけどね、今こいつらに死なれちゃあ僕としても少し面倒だからね、しょうがないから頼まれてやってるのさ。……そういう訳で、覚悟してもらうよ」

身構えるウォルターに、マクスウェルは愉快そうに笑うながら言う。

 

「おお恐ろしい恐ろしい。あんな怖い警護に武器を突き付けられては話し合いもできない。……しかしそちらがそう来るというなら仕方ない。こちらも相応の手段を取らせてもらおう。拮抗状態を作るとしよう!!」

 

 

 

 

 

「アンデルセーーーーン!!!!!」

 

 

ドカァン!!

 

マクスウェルの呼び声とともに審議場の扉が蹴破られる。驚いた観衆が入り口を見ると、そこには銃剣を携え顔を伏してこちらを見る男、アンデルセンがいた。

アンデルセンは手にした銃剣を地面に突き立てる。

 

「我に求めよ、さらば汝に諸々の国を嗣業として与え地の果てを汝を物として与えん」

それを引き抜くと何やら呟きながらこちらに歩いてくる。

 

「汝、黒鉄の杖を持て。彼等を打ち破り陶工の器物の如く打ち砕かんと」

やがて彼より放たれる殺気に気づくと、マクスウェルに焦りの色が浮かぶ。

 

「されば汝ら諸々の王よさとかれ、地の審判人ら教えを受けよ」

「い、いかん!待てアンデルセン!」

 

「恐れを持て主に仕えおののきを持て喜べ」

「ここで事を構える必要はない!止まれ!!」

 

「子に接吻せよ。恐らくは彼は怒りを放ち、汝ら途に滅びん」

「待って、待って神父様!お願いだから止まってください!」

 

「その憤りは速やかに燃ゆべければ、全て彼により頼む者は幸いなり」

素に戻ってまで制止したマクスウェルの奮闘も空しく、一向に止まらないアンデルセンはやがてウォルターと対峙する。

 

「一撃で何もかも一切合財決着する。眼前に敵を放置してなにがイスカリオテか、なにがヴァチカンか!?」

銃剣を構えるアンデルセンに呼応するように、ウォルターは冷や汗を掻きながらも鋼糸を漂わせる。

 

「…やれやれ、どこかで見たような光景だけど、まさか僕がこっち側になるとはねえ…」

「今度は逃がさんぞ小僧。由美恵の仇、今こそ討たせてもらう…」

観衆がこれから起こるであろう災害に顔を引き攣らせる中、二人の武器が交錯しようとする、その時

 

 

 

 

 

「やめい」

檀上より響いたザックレーの声にアンデルセン、次いでウォルターが動きを止める。

 

「司祭殿、ここは神聖なる審議の場であるぞ。宗教同士のいがみ合いは元より、今や自治領主であるマクスウェル殿に手を上げるとは、いささか勝手が過ぎますぞ」

「……はい、申し訳ございません」

さしものウォール教もザックレーの言葉にぐうの音も出ず、すごすごと頭を下げる。それからザックレーは眼下でこちらを見上げるアンデルセンを見て言う。

 

「アンデルセンよ。そなたとその少年との間にどのような因縁があるのかは私には分からん。だが今ここで確かめるべきはそのことではないはずだ。どうか今は堪えてくれんか?」

ザックレーの優しげな言葉に、アンデルセンはしばし黙り込むと、銃剣を袖口に仕舞って踵を返す。

 

「お、おい…アンデルセン」

「司教殿、部屋に戻って待機しています」

ビクビクと話しかけたマクスウェルに応えたアンデルセンの表情は、先ほどと異なる優しげな物に戻っていた。

 

「とても良い施設ですね。今度、孤児院の子供たちも見学に連れてきましょう」

「あ、ああ。それは良い…な」

そう言って立ち去るアンデルセン。しかし、脇で傍聴していた人々は聞いていた。その道中、一瞬だけ顔を顰めると

 

「…いつか殺す。必ず殺す…」

と呟いていたのを。

 

 

「…さて、マクスウェル殿」

静まり返った審議場の中に、ザックレーの厳かな声が響く。呼ばれたマクスウェルも、すぐに表情を改め、ザックレーに向き直る。

 

「話を戻すとしよう。先ほど君が言ったことを実行すれば、どれほど彼を制御できる?」

未だ痛みと混乱で蹲るエレンを示し、ザックレーが問いかける。問われたマクスウェルがエルヴィンとリヴァイに目配せし、二人が頷くと笑みを浮かべて言う。

 

「少なくとも万が一の時に殺すことに関しては間違いなく、現状戦力なら捕縛も十分可能です。最も、それにはアンデルセンとリヴァイ兵長のお力が必要になりますが…」

「……俺の方は問題ない。あのオッサンもあれだけ元気なら問題ねえだろ」

マクスウェルの言葉に、リヴァイが同調するとザックレーが頷いた。

 

「待て!!」

そこに、先ほどの二人の殺気に気圧されていた憲兵団長が声を上げる。

 

「リヴァイ、彼を制御できるのはいいが内地の問題はどうする気だ!ましてやイスカリオテの力を借りるようなことをすれば王政との関係がこじれるやもしれんぞ!」

「我々もそれに関しては理解している。我々の活動が内地の安定あってこそだということもな。…そこで提案があります。エレンを我々の傘下に加えた後、我々とイスカリオテは再び合同の壁外調査に赴き、そこでエレン・イェーガーの有用性を実証して見せます。その結果を踏まえ、彼の処分を検討するというのはいかがでしょう」

「……ほう、壁外へ行くのか」

ウォール教が内政に関与している以上、彼らと敵対するイスカリオテを侮蔑、あるいは恐怖の対象としている者も少なくない。もしこの壁外調査でエレンとイスカリオテの力が有意義であると認められれば、民衆も彼らの存在価値を認め迫害することは無いだろう。そうすればウォール・マリア奪還のための準備をよりスムーズに行うことができる。それがエルヴィン、ピクシス、マクスウェルの三人で考えた策であった。

 

「…よかろう」

ザックレーが厳かに審議結果を告げる。

 

 

「エレン・イェーガーを調査兵団、並びにイスカリオテに託す。ただし、今後の結果次第では再びこの場に戻ってくることになる」

 

 

 

 

 

 

「……ですから、あれは審議の演出上仕方なくやったことでして…リヴァイ兵長の方はノリノリでしたけど」

「おい待てクソガキ。テメエなにほざいてやがる」

「……ともかく僕としてもできればやりたくなかったわけでして。結果うまくいったのですからそこのところ理解していただきたい。………ですからその怖い顔やめてくれませんかミカサ」

「……それでも、エレン殴ったことは許さない」

「み、ミカサ!仕方ないんだから、落ち着こうよ!」

審議が終わった後、審議場のある施設にある一室にて、解放されたエレン、エルヴィンを始めとした調査兵団員数名、弱り顔で自身を弁護するマクスウェル、鬼の形相でマクスウェルに詰め寄るミカサとそれを抑えるアルミン、そして壁に寄りかかって虚空を眺めるアンデルセンが集まっていた。戦力として考えるならまさに人類最強グループといっても過言ではない面子であったが、未だに殺気立つミカサと沈黙を貫くアンデルセンを除けば、皆先ほどと打って変わって穏やかな雰囲気であった。

 

 

 

 

「……さて、アンデルセン。そろそろ答えてはくれないか」

ハンジと共にエレンを診ていたエルヴィンが、神妙な面持ちでアンデルセンに問いかける。

 

「…何をだ、エルヴィン」

「無論、何故あなたがエレン君が巨人であることを知っていたかについてだ」

その発言に、アンデルセンを除いた全員が驚いて彼を見る。特にエレンの反応は顕著であった。何故自分ですら知らなかったことを彼が知っているのか。

 

「ど、どういうことですか神父様!?」

「そういえばそんなことを言っていましたね。教えていただけませんかアンデルセン」

動揺するエレンと思い出したかのように問いかけるマクスウェルに、アンデルセンは呟くようにして話し出す。

 

 

 

 

 

「……あれは5年前、ウォール・マリアからトロスト区に移って間もないころだ。エレンが夜更けに出て行ったのを怪しんで、俺は後をつけた」

「!…5年前…、親父と最後に会った日だ」

「そうだ。お前は覚えていないだろうが、グリシャ殿がお前に注射をしてお前が気を失った後俺はグリシャ殿と話した…」

 

 

 

 

 

ウォール・マリア内地のとある森の中にて、一人の男―グリシャ・イェーガーが息子たるエレンを抱いて涙を流していた。

『済まない、済まないエレン…。こうするしか無かったんだ…』

懺悔するかのようにエレンに謝るグリシャ。

 

 

ガサッ

「!?」

その前に一人の男が現れる。

 

「…アンデルセン」

「説明をして頂こうかグリシャ殿。よもや自分の息子によからぬものを使ったのではあるまいな?」

 

「………」

「…グリシャ殿!」

「アンデルセン、あなたは巨人をどう思っている?」

今にも詰め寄らんとするアンデルセンに、グリシャは俯きながら問いかける。

 

「…何?」

「答えて頂けないか?あなたの考えが今聞きたいのだ」

「……例えどの様な輩であろうとも、我らの敵は一切合財絶滅させるのみ。それは決して変わることは無い」

「そうか…」

「では今度はこちらの…」 

「もし」 

「?」

 

 

 

 

 

「ではもし、人類に味方する巨人が現れた時、あなたはその巨人をどうするのだ?アンデルセン」

 

「……」

「どうなのだ?」

 

「そんなことがあるとすれば、その時は…」

アンデルセンの脳裏に、かつて死合ったあの男、化け物でありながら人間に仕え自分を打ち倒したあの吸血鬼の姿が浮かぶ。

 

「……くたばるまで精々利用し尽くすのみよ」

笑みを浮かべて答えたアンデルセンに、グリシャは大きく頷くと立ち上がり、アンデルセンの前まで歩み寄る。

 

「…あなたがそう言ってくれて良かった」

そう言ってグリシャはその腕に抱いたエレンを差し出す。

 

「…!?」

「エレンをよろしく頼みます。私にはまだやることがある。今はエレンと一緒には居てやれない、だからあなたに託します」

半ば反射的にエレンを受け取ったアンデルセンにそう言うと、グリシャは踵を返して森の奥地へと歩いていく。

 

「グリシャ殿!どこへ行く!?まだ私の質問に答えてもらってないぞ!」

「私が成すべきことをしに。安心してください、先ほどの注射は毒などではありません。エレンは大丈夫です。近いうち、再び壁の中が戦場となる。その時、エレンが生き残れるようにどうかお願いします。……アンデルセン、どうか先ほどの自分の言葉を忘れないで頂きたい」

そういってグリシャは森の奥へと消えていった。後に残されたアンデルセンは、未だ掴みきれない彼の真意を考えながら、腕の中で眠るエレンを見つめていた。

 

 

 

 

「…これがお前が眠ってから起きたこと全てだ」

ひとしきり話し終えたアンデルセンが顔を上げると、誰もが困惑していた。とくにエレンの反応はより顕著なものであった。話を聞く限り、その注射が巨人化の原因なのは明白だが、なぜグリシャはエレンを巨人化させる道をとったのか?そもそもどうやってその方法を会得したのか?グリシャはどこまで巨人について知っているのか?謎は尽きなかった。

 

「……しかし、それだけで巨人化の確証を得たのなら聊か早計に思えるが」

「確かにその可能性を示唆したのはその時だが、それ以前にも俺はその可能性を感じていた」

エルヴィンの言葉にアンデルセンは今まで秘密裏にしていたことを話し出す。

 

「…どういうことだ?」

「今迄黙っていたが、ウォール・マリアが墜ちたあの日、侵入した巨人共を殺して回っているときに俺は鎧の巨人と戦闘をした。その時、奴の項の鎧を砕いた時に奴の項に人間の腕があるのを見た」

想定外の事実にどよめきが起こる。

 

「ということは、やはり鎧の巨人の正体はエレンと同じ人間…!」

「最初は見間違いかと思ったが、グリシャ殿の話、そして今回のウォール・ローゼ陥落の一件を踏まえ、俺はその確証を得たというわけだ」

アンデルセンからもたらされた数々の情報、誰もがその事実に考え込む中、エレンがすがるような声で虚空に呟く。

 

 

「親父、あんた何を知ってるんだ。なんで何も言わねえで行っちまったんだよ…!」

 

 

その問いに答える者はいない。

 

 

彼自身の手で真実に触れるその時まで。

 




さて、ここで考案時に考えていたネタが尽きました。
………こっから更新送れるも…。

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