急に思いついた第一回北斗杯、高永夏VS佐為ver
色々突っ込み所満載。
(こちらもアルカディア様からの移転です)

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砂の果実(ヒカルの碁)

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「なんだ、これは?夢でも見ているのか?」

 

安太善が大将戦の対局中継画面を見つめながら呆然とする。

驚きを隠せないのは安太善だけではなかった。

ヒカルを大将にした倉田などは、ヒカルのすさまじい強さに目を丸くさせたまま言葉を失っている。

 

「高永夏が全く敵わないなんて・・・いや、そんな話じゃない!進藤君のこの強さは、ネットのsaiだ!!」

 

椅子から立ち上がり、楊海が叫ぶ。

検討室にいる誰もが大将戦の中継画面から視線が離せず、ヒカルの圧倒的な強さに愕然としていた。

この状況を誰が予想しえただろうか。

韓国リーグ戦にも食い込み、実力なら韓国若手筆頭である高永夏を、ヒカルは圧倒的な実力でねじ伏せようとしている。

容赦の欠片は微塵もない。

実力差を相手に見せ付けるためだけに、打っているような力碁。

 

一昨日、ヒカルが見せた怒涛の追い上げも凄かったが、今、高永夏と打っているのはヒカルであってヒカルではない全くの別人が打っているような錯覚になる。

 

間違いなく大盤解説の会場でも解説者は高永夏とヒカルの対局に驚きながら、一般客に分かりやすく説明するのに四苦八苦しているだろう。

対局をネット中継で見ている者の中には、負けている高永夏の白石を、ヒカルと勘違いしている者がいるかもしれない。

対局前は高永夏圧勝の予想が大勢を占めたのに、現実は180度真逆だ。

 

誰もがヒカルが打つ碁に驚き、目が離せなかった。

ただ一人、行洋を除いて。

 

「いかんっ」

 

周囲と同じく大将戦の中継画面をじっと静かに見ていた行洋が突然叫び、検討室を飛び出る。

画面に映る石を打つヒカルの手が、微かに震えていたのだ。

中継画面に何事か映ったのかと、楊海たちも行洋の後を追う。

 

対局は最後までヨセる必要はなかった。

永夏が自身の負けを認めた。逆転は不可能だ。

 

けれど、ヒカルが一礼を返す様子はなかった。

永夏がじっと盤面を見つめたままで反応のないヒカルに片眉を上げる。

 

『進藤?』

 

「進藤君?」

 

永夏が名前を呼んでも反応のないヒカルに、スタッフもどうかしたのかと声をかけた瞬間だった。

ガタン、と。

ヒカルが突然座っていた椅子から力なく床に崩れ落ちたのだ。

 

『進藤!?』

 

対戦相手の永夏が慌ててヒカルを起こそうとする。

だが、それより早くヒカルを起こした腕があった。

 

「進藤くん!」

 

行洋が声をかける。

さきほどテレビ中継画面で見えた石を打つヒカルの手を握れば、はやり行洋が気づいたとおり小さく震えている。

緊張などではない。

石を打つのでさえ震えるほど、ヒカルが疲労しきっているのだ。

 

そうしている間にも行洋の後を追って検討室から走ってきた楊海や安太善たちがヒカルの周囲を取り囲む。

もちろん、隣で対局しているアキラや社もヒカルが倒れたことに気づいていたが、まだ対局中だ。

席を離れるわけにはいかなかった。

 

「大丈夫か?すぐに医務室へ」

 

そう言った行洋の手を、ヒカルが力なく握り返す。

 

「・・・対局は?・・・対局はどうなったの?佐為は、佐為は高永夏に勝った?」

 

焦点の定まらない瞳で、ヒカルが途切れ途切れに問いかけてくる。

一瞬、答えるべきか、黙っておくか迷ったが、

 

「ああ、勝ったよ」

 

行洋は、対局結果をヒカルに伝える。

それを聞くと、ヒカルは安心したように瞳を閉ざし微笑んだ。

 

「よかった・・・だから言ったんだ・・・佐為は、本因坊秀策は、誰にも負けないッ」

 

「もう話すんじゃない、進藤君。だいぶ疲労している。しばらく休むんだ」

 

そこに運ばれてきたタンカにヒカルを乗せ、行洋は大きくため息をつく。

その後で、ヒカルがなんと言ったのか分からない永夏が、誰か教えてくれと日本語が分かる者を探していた。

 

『おい?進藤はなんて言ったんだ?』

 

「塔矢先生、今の進藤君の話は・・・・それにサイって・・・」

 

行洋を追って対局室に走ってきた楊海が、二人のやりとりに困惑して問いかけてくる。

ヒカルの声は小さかったが、楊海にはしっかり聞こえたのだろう。

そして、行洋にとって不都合なことに日本語に通じている。

誤魔化せない。

 

「・・・・高永夏くん、少しいいだろうか。君と話がしたい。楊海君、通訳をお願いしてもいいだろうか?」

 

「それは全然構いませんが」

 

楊海が団長の安太善に通訳し、永夏を少し借りる承諾を得て、部屋を変える。

 

『塔矢先生、進藤は先ほどなんと言ったのですか?秀策の名前が出てきたと思ったのですが』

 

「永夏君、君がなぜ秀策の名前を出して進藤君をけしかけたのか私は知らない。しかし・・・・」

 

行洋の言葉を楊海が高永夏に通訳しながら話をする。

 

「君は打ったのだよ、計らずも本因坊秀策本人と、君は打った。秀策は君が思うより、遥かに強かっただろう?」

 

行洋の話に、楊海は通訳するのも忘れ、あんぐりと口を開いた。

荒唐無稽な話だ。

おおよそ行洋に似つかわしくない。

 

確かにさっきヒカルが打った碁は棋譜でしか見ることのできない本因坊秀策に決して劣らない素晴らしい碁だった。

そして、本因坊秀策が現世に蘇ったような、と比喩したネットのsaiにも。

けれど、だからと言って、ヒカルが打った碁を本因坊秀策が打ったというのは、話が突飛過ぎる。

 

「本気でおっしゃっているんですか!?」

 

突然何を言い出すのか、と楊海は高永夏への通訳を放って、行洋に問う。

行洋は一つ頷き、

 

「もちろんだ。検討室で楊海くん、君が言った通りだ。ネットのsaiは、本因坊秀策だ。だが今の話はここだけの話として誰にも他言しないでほしい」

 

真顔で言う行洋に、楊海は困惑したまま行洋の話を正しく永夏に伝えた。

とたんに高永夏の眉間に皺が寄る。

 

「時間を取らせてすまなかった。私は進藤君のところへ戻る。佐為に打たせたことで、進藤君の疲労が著しい」

 

 




以上、息抜きでした。


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