「お、和服を着てるってことはお嬢ちゃんジャポン人か? ……いや、違うか。まあどっちでも良いけどよ。こんな所で和服を着てるやつと会えるとは思わなかったぜ」
「ええ、私はジャポン人じゃないですよ。ただ、母親がジャポン出身だったそうです」
「なるほどな。いや、せっかく来たは良いんだが俺はこういう雰囲気は苦手でよ。少し話し相手になってくんねえか?」
シノビっぽいから静かな人かと思いましたが、よくしゃべる人ですね。
しかし、やっぱりジャポンの人が見れば私がジャポン人でないのはすぐわかるんでしょうか?
それともシノビ特有の観察力でしょうか?
まあ、この人は話が好きそうですし暇つぶしの相手にもってこいですね。
「ええ、良いですよ。私はノゾミと言います。希望と言う字を書いてノゾミらしいです」
「お、いい名前だな。お嬢ちゃんの親御さんはいい名前をつけてくれたな。それと、紹介が遅れてすまねえな。俺の名前はハンゾー半分の蔵って書いてハンゾーだ。伝説のシノビと同じ名前で恥ずかしいんだけどな」
「あ、知ってます。忍者ハットトリックンですね。お母さんの持ってたビデオにありました」
「それはハットリ君だな。それじゃあシノビじゃなくてサッカーになっちまうぜ。まあ、それじゃあねえんだがまあいいか」
ジャポン語を覚えるためにいろいろなサブカルチャーに手を出したのが役に立ちましたか。
私のような子供がシノビに対する反応なんてこんなものでしょう。
仮にばれてても話しに付き合ってくれるみたいですし。
「それにしてもハットリ君を知ってるのか。あれは面白いよな。まあ、俺はハンゾーって名前でも伊賀ものじゃないんだけどよ」
「伊賀じゃないんですか。なら甲賀ですか?」
「残念それも外れだ。残念ながらうちは伊賀や甲賀なんて有名どころじゃねえよ。まあ、流れとしては伊賀の派生流派らしいけどな」
そう良いながら懐から一枚の紙を取り出すと私に差し出してくる。
名刺でしょうか?
知識としては知っていても実際に見るのは初めてなんで断言できませんけど。
「ほれ、これも何かの縁だ。俺の名刺をやるよ。ここに書いてあるとおり霧隠流って言う流派だ。俺の歳で上忍っていうのは中々いねえんだぞ」
笑顔で受け取りその名刺の文字を見、言葉を聴いた瞬間私の笑顔は凍りついた。
『霧隠』
これは偶然かもしれないけど私にとってはとてつもなく重い。
霧に隠れる……霧に覆われた町。
私の故郷。
永遠の霧に閉ざされてしまった私の故郷。
死と霧の支配する国通称ニブルヘイム。
私の原罪。
「おい、どうした? おい、おい……」
霧の中から私を呼ぶ声が聞こえる――
それは知らない人の声であり私の知る声でもある。
さまざまな人間の怨霊のこもった地の底から響く声。
意味のある声であり意味のない声でもある。
すべてに共通するのは私への怨み。
生者への羨望。
白い白い白いすべてを白に染め上げる声。
私が殺した声。
「おい、おい大丈夫か」
ええと、私は一体何を。
遠くから聞こえる男の人の声。
その声を聞いて私は何故かお母さんに呼んでもらった絵本に出てきた英雄。
光を背負って悪者を倒す聖なる騎士。
魔女を倒し霧を晴らす光の英雄。
幼い日に憧れたあの日の思い出を思い浮かべた。
「あなたは騎士様?」
「レオリオが騎士様だと?」
「そうかな、意外に似合ってる気がするけどな」
「まあ、確かにこの男は自分で言うような金の亡者だとは思えない節がある。しかし、それにしても騎士は無いだろう」
意識がはっきりしてきた。
私を取り囲むのは3人私と同じくらいの子供と金髪の馴染みのある目をした青年。
そして、何故か騎士に見えた中年の男。
「おまえ、もしかして俺の苗字のことしってんのか? 嫌、そんなはずは無い。受験票にすら書いてねえんだ。こいつが知ってるはずが無いか」
「すいません、今はどういう状況なんですか? 私は確かハンター試験を受けに来てほかの受験者と話してたのは覚えてるんですが」
一体今はどんな状態なんだろう。
私が気を失う前と同じ部屋にいるのはわかるけど。
試験はどうなったの?
「ん、ああなんかしらねえが俺達が会場に入った時半分位のやつらがいきなり倒れててな。俺は医術に少し詳しかったからこうして治療して回ってたんだ。他のやつらは全員目を覚ましてお嬢ちゃんがラストだ」
「そうだったんですか、ありがとうございます」
「いや、気にするな。それより治療が遅れて悪かったな。お嬢ちゃんみたいな子供もいたとわかってれば真っ先に診てやったんだが丁度一番真ん中に倒れてたから一番最後になっちまった」
私を中心に人が倒れてた?
無意識の内にオーラでも放出してしまったんでしょうか?
念を習得してない人がそんな所に暫くいたら耐えられないでしょうし。
ただ、誰かが念に目覚めていたり死んでいたら厄介ですね。
そんな事態になったら試験管が私にどんな判断を下すのかわかりません。
ざっと見た限り……人が死んだ雰囲気でないのはわかりますけど……
念の方は大丈夫でしょうか?
特に至近距離で浴びたハンゾーさんとかは実力もあるだけに目覚めていても不思議ではないんですけど。
それとあの99番、彼は距離が離れていたので可能性は薄いが才能と言う面から見れば念に目覚めてしまっている可能性もある。
答えはすぐに出た。
会場からオーラの気配3つ程が増えている。
一つは案の定と言うべきか、ハンゾー。
私のすぐ近くで纏状態のまま不思議そうな顔で自分の体を見ている。
二つ目はもう一つの小さなオーラの傍に立ちこちらを睨んでいる針男。
ただし、彼……かどうかはわからないけど。
彼のオーラの洗練具合を見ると昨日今日目覚めたんじゃないとわかる。
ヒソカ並みの使い手だろう。
犯人が私だと言うことに気がついているみたいだけど。
彼レベルの使い手に敵意をもたれたのは正直厳しいと言わざるを得ない。
そして、最後の一人。
比較的針男の近くに立ち彼が注意を払っているのがわかる小柄な影。
協会の関係者の上にあんな念具を使っていたことから親和性が高かったのか。
私をここに連れてきてくれた中年男。
トンパもまた纏状態になっていた。
最もこちらはハンゾーと違って疲労困憊状態で身動きが取れそうも無い。
その上あわてて自分の持っていたジュースを飲んでしまったのだろうかものすごい異臭を放っていた。
なんていうか周囲に誰も近寄ろうとしていない。
おかげですぐに念に目覚めたことに気がつけたんだけど……
それにしても、近くであの惨状を発生させてしまえばあの針男も私に敵意を抱くのは当然かもしれない。
敵意と言っても不愉快レベルで私にどうこうして来るまででも無さそうだけど。
近くに居たんだろうあの99番の少年を非難させている。
幸いその少年は目覚めていないようだ。
それにしても……
ハンター志望の人が集まるこの場所であの醜態。
もしかしたら死んでいたほうがあの人にとってよかったのかもしれない。
少しの間とは言えお世話になった人のあの惨状は正直こう、来るものがある。
近づく気は起きないけど。
今度あったら社会復帰出来る様に整形代金でも渡しましょう。
直接渡す気は起きませんが。
今後かげながら支援することにします。
表に出る気はありませんが。
その時会場中に響く大きな音が鳴り響いた。
音の中心地に立つのは完璧な絶を行う髭の男。
彼が持つベルからその音は響いているようだ。
「えーそれでは全員目が覚めたようですのでこれからハンター試験を開始します。念のため聞きますがハンター試験は大変危険なものです。油断をすると死んでしまったりまた他の受験生の妨害により先程の様に社会的な死を迎えてしまうかもしれません。それでも参加いたしますか?」
その言葉に一瞬皆が哀れな中年男の方を向くがほとんどの人がうなずいている。
しかし、その中にあって例外が二つあった。
片方は消え入るような小さな声。
現にその声はもう一つの声にかき消されてしまったが、それでも試験官には届いたようだ。
もちろんそれはトンパさんの棄権の声。
いま一つは先程私を治療してくれた男。
「おい、今目が覚めたばかりのこの子はまだ子供だぞ。それも女の子だ。試験の開始をもう少しだけ待ってくれねえか? 今から栄養剤を投与しようと思ってたんだ」
「ああ、その方ですか。その方に関してはむしろこれでも好意的な対応と言うものでしょう。詳しくはその方自身に聞けばよろしいかと思いますが、特に問題は無いでしょう。むしろ、294番の方が問題ですが……大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。むしろ今までに無いほど力がみなぎっている気がするぜ」
「そうですか、しかし今のあなたはあなたが思っておられる以上に体力を消耗されていることだけは理解しておいてください」
「ああ、忠告肝に銘じておくぜ」
ハンゾーは自分の体の調子を確かめながらそう答える。
時折こちらを伺っていることから私の心配もしているようだが、私の周りのオーラを見たのだろう。
その意識はすぐに自分のことに移ったようだ。
しかし、今すぐ自分の体を動かしてみたいというのが顔いっぱいに書いてある。
まあ、彼の実力ならその程度ハンデにもならないでしょう。
むしろ問題なのは納得していない表情でまた試験官に意見しようとしている男。
「試験官さんの言うとおりです。私なら問題はありませんから気にしないで下さい。私に関しては自業自得と言う気もしますし」
「納得は出来ねえが……仕方ない。本当なら棄権して欲しいが、棄権できるようならこんな所に来てねえだろうしな。だが、俺は暫くあんたの状態を見させてもらうぜ。これは医術を学ぶ者として最低限はずせない条件だ」
「ええ、少しの間お世話になります」
正直この男はこの場に居るのにふさわしくないと思う。
自分が不利になるかもしれないのに堂々と試験官に対して意見し。
そして、今も不満を隠そうとしていない。
この男は皆多かれ少なかれ化け物の素養を持つハンター希望者としてはふさわしくないのかもしれない。
彼は人間だ。
私が以前あった人間ギュドンドンド族の男。
彼はその身に少なくない化け物の匂いを含んでいた。
しかし、この男にはそれが無い。
恐ろしいまでに人間。
正直ハンターの才能はあまり無いかもしれない。
しかし、この場に彼ほど純粋な人間の才能を持つものは居ないのではないだろうか?
私にはまぶしすぎる光を放つ男。
今この場に居る私を興味深そうな目で見てくるヒソカよりも、私に敵意を向ける294番よりも、この場に居る誰よりも私