霧の国に響く声   作:蜜柑好き

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愛しき揺り籠

「おい、これはいくらなんでもシャレにならんぞ。こちらも……っく、間に合わんかままよ」

 

男は今までに私に見せたのとは比べ物にならないくらいの堅を行いその衝撃に備える。

しかし、私の攻撃は届く事は無かった。

いくら放出に隣り合った操作系の能力とはいえ実戦で使うのはこれが初めて。

私の奥義に耐えられず途中で暴発してしまった。

 

「はは、不発ですか……今の一撃に全てを籠めていた私にはもう私には手がありませんよ。私の負けですね」

 

勝利を確信していただけに不発に終わってしまった衝撃は大きい。

オーラもだいぶ消耗していたこともあり私はその場に崩れ落ちた。

 

 

 

 

「腕を使わない貴様が扇子なんか持ち出すから何かあるとは思っていたが。あれは扇子では無かったのだな」

 

私の奥義に使った物の切れ端を持ってこちらに向かってくる。

 

「ええ、かなり自信があったんですけどね。言葉使いらしく奥義と扇をかけてこの形にしてみたんですけどいかがでしたか?」

 

「いかがでしたも何も、あれが成功してたら今頃俺は怪我では済んでいなかったぞ?」

 

「いえ、貴方なら何とかするだろうなと信じていましたから。予想通り私に全力は見せていなかったようですしね」

 

彼が本気を出していなかった事を皮肉ってやる。

口ではなんだかんだ言いながらも私に甘かった彼のことだ。

ああでもしなければ適当に私に負けてくれる予定だったのだろう。

でも、そんなのでは意味が無い。

私は彼の偽りの誇りが欲しかったのではないのだから。

欲しかった物は譲られた誇り等ではなく、彼の全力を打ち破った上で手に入れる彼の真の誇りが欲しかったのだ。

結局私の鍛錬不足で負けてしまったけど。

 

「そうだなすまなかった。私は誇りを賭けるなどと言ってその実君の誇りを貶めていたようだ。お詫びに名乗ろう俺の名は」

 

「そこまでです。そこから先はいつか私が本当の貴方より強くなった上で実力で奪いにいきますから」

 

「そうか、そうだな。すまない誇り高き女戦士よ。私は真実君の誇りを傷つける所であったようだ。力を付けたらいつでも私を訪ねてきたまえ。私はいつでも何度でも君の挑戦を受けよう」

 

「いえ、一度で十分です。待っていて下さい。そんなに待たせる事はしないと思いますから」

 

そう、その時こそ今日みたいな無様な姿は見せない。

その時こそ私の事を認めさせて見せるんだから。

待っててね一月と短い間だったけど久しぶりに会った人間。

誇り高きギュドンドンド族の戦士にして私に父を思い出させてくれた人。

 

「はっはっは、その目。君は本当に誇り高い戦士だ。それだけに残念だな。もし私が後20年若ければ君と共にギュドンドンド族の再興も狙えたかもしれないんだがな。どうだ、今度ボノレノフと言う男に会ってみないか? あいつと君ならばもしかしたら……」

 

「いえ、私にはやらなければならない事がありますから」

 

「そうか、残念だ。だが一応やつには君の事を伝えておこう。もし何かあったときにはそいつを頼ると良い。悪いようにはしないだろう」

 

「ありがとうございます。一応頭にとどめておきます」

 

しかし私は知らなかった。

彼が話したボノレノフと言う男が属している集団の事を。

そして私とその男のこれから生まれる長い長い因縁の事を。

このときの私は何も知らなかった。

 

「ああそうだ。最後に私から一つ餞別をやろう。君は操作系能力はまだ使い慣れていないだろうからな。君の持っているその扇子に私の槍の破片を使うと良い。君の血を吸ったこの槍の欠片なら俺と同じ音使いである君の助けになってくれるはずだ」

 

音使いの助け?

でも彼が言うのだからきっと何かあるのだろう。

ありがたくその助言に従っておく事にする。

操作系能力は愛着があり使い込んだ品の方が効果を増すと言う。

第二の父と慕った彼との絆の品であれば愛着と言う面では完璧だ。

ですが、私に塩を送った事を近いうちに後悔しないで下さいよ?

 

次は愛着も使い込みも無く念を籠める事すら出来ず、何とか操作形の能力で動かしていただけの『糸電話』と違って、糸が切れるなんて幸運起こしませんからね。

私の血をたっぷり吸ったこれを使えば私の喉の延長になってくれるはずです。

足元にたらばる大き目の破片を握り締めると彼をこの目に焼き付けた。

 

男との長いようで短かった私にとってたくさんの物をもたらした一ヶ月がこうして終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無事に能力の方向性が定まったおかげでその後の私の修行は特に何の問題もなく進んだ。

懸念材料だった私の服に関しても念は思い込みが強いほうが強くなると言う事で和服に近い形にする事で落ち着く。

いろいろ試してみた結果噺家の噺には魂が籠められていて私の能力を一番上手く乗せる事ができたとはいえ……

和服に扇子普通に過ごしていた時には一生目にする事が無かったアイテムで身を包む事になるなんて。

勿論動き易くするための工夫は各所に施されているのだけれど。

リッポーからは私の顔はある一部の間では有名だからコンタクトで目を黒くし髪も黒く染める様に言われた為まるで本当のジャポン人になった気分になる。

 

そう言えば久しぶりにリッポーの声を聞いた。

男との訓練の途中くらいからめったに声を聞かせなくなっていたのだけど何かあったのだろうか?

 

不審に思いつつも特に思い当たる事も無くそのまま修行を進める。

そして今日。

ついに約束の5年が過ぎた。

いよいよこの生活も終わりかと思うと感慨深い。

畳に掛け軸障子に囲炉裏とすっかりさまがわりをした部屋を見やると少し寂しい気分になる。

 

私はこれから化け物達と戦うためハンターの道を歩みだす。

この庇護されて来た環境を飛び出し外の世界へ。

化け物を一人でも減らすために。

いつか実績を積んであの故郷への立ち入り許可をこの手にするために。

私が生み出したいまだ霧に包まれたあの死者の国を……

必ずこの手で。

 

 

私は私を守ってきた牢獄から足を一歩踏み出すと振り返る事無く歩き出した。

これから私を待ち受けるもの達に期待と不安を抱きつつ一歩一歩確実に。

 

 

 

私の声は聞こえていますか?

 

 

 

 

 

――修行辺終了――


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