霧の国に響く声   作:蜜柑好き

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愚者の試験

私はひたすらに文字を追った。

学べば学ぶほどゴールは遠くなる。

一月どころか一生かかってもゴールにたどり着けないんじゃないだろうか?

絶望的過ぎる道のり。

高すぎる壁。

万に一つの完走を目指してただ走る。

大丈夫、毎日受けているテストでだって一度だけ合格できているんだ。

私は走りきれるそう信じて。

でも、現実は残酷であり私は走りきる事が出来なかった……

 

 

 

 

 

「ではここ一ヶ月の成果を発表する。100点中きさまの点数は2点だ」

 

淡々と結果が読み上げられる。

こんな結果発表に意味は無い。

そんな事言われるまでも無く私自身がもう既にわかっていた事だ。

これで私は最後に残った家族すらもこの手で地獄に叩き落したんだ。

姉さんごめん。

私頑張れなかった。

 

「お前はやはり化け物だ。お前は何も持つ事が出来ない。こんな妹を持ったばかりに哀れな事だ」

 

瞬間私の世界は怒りで赤く染まった。

ここにリッポーが居ない事はわかっている。

悪いのは私だ彼ではない。

これは八つ当たりだ。

子供のかんしゃくの様な物それでもそれでも。

私ではかなわない事は重々承知。

でも、あいつが姉を地獄に落とす前に私があいつを倒せば何とかなるんじゃないか?

そんな短絡的な考えに支配された。

勿論冷静になって考えればそんなはず無いのに。

そもそもそんなこと出来る筈無いのに。

怒りに支配された私にはそんなもの関係ない。

目の前にあるものは全て蹴り飛ばした。

もう周りにあるものはあいつの姿を映したテレビだけ。

でも私がどんなに力をこめてもけり壊せない。

ならばカメラの向こうにいるあいつに届けとばかりに声を張り上げる。

喉よ枯れよとばかりに声を出す。

 

「ほう、やれば出来るじゃないか。きさまへの対策を施したこのカメラ越しに俺に攻撃を届かせるなんてな。褒美だきさまの姉は今回は見逃してやろう」

 

声が聞こえた瞬間限界を超えて一度に大量のオーラを放出した私は糸が切れたようにぷつりと意識を失った。

 

 

 

 

 

 

私が目を覚ました時周囲はひどい惨状だった。

壁はめくれ床は瓦礫で見ることすら出来ない。

正直この部屋はもう部屋として使う事ができないだろう。

まるで竜巻にでもあったかのようなひどい有様。

私がやった事とはいえそんな状態だ。

 

「目が覚めたか。それでは次の訓練を始めるぞ。今回の事でわかっただろうが貴様の問題点は一度に使用できるオーラ量の少なさだ。俺達はAOPと呼んでいるがな。それが貴様は低すぎる」

 

「なんで……」

 

「どうしたあれだけ寝てまだ休憩が足りないとでもいうつもりか? さっさと始めるぞ」

 

「何で何も言わないの?」

 

私は怒られると思っていた。

問題をクリアする事のできなかった私。

自分が悪いのにもかかわらず理不尽に怒って暴れまわった私。

それなのに聞こえてくる声は淡々としたものだ。

私に対して何らかの感情を抱いてるようには聞こえない。

 

「ふん、そんなことか。元々私はお前に何も期待していない。きさまが何をしようがどうでも良い。以上だ何か問題があるのか?」

 

あまりの言葉に私は絶句した。

悪い事をしたら怒られる。

良い事をしたら褒められる。

そんな私の価値観が崩れ去るような理解の外にある態度。

 

「いいか? 貴様達犯罪者は人間じゃない化け物だ。そんな貴様等にどうして怒らなければならない? 時間の無駄だ。怒ると言うのは相手に期待しているからだ。俺は貴様達化け物に何の期待もしていないそれだけだ」

 

まるで事実だけを述べているかのような淡々とした声。

その声には感情が含まれていない。

経験の無い私にはそれは本当に冷たい声に聞こえた。

 

「それに、今回の事で貴様は他人の事等たとえそれが肉親であっても切り捨てられる化け物だと再確認できたからな。それがわかったのは収穫だ」

 

「そんな事無い。私はお姉ちゃんを助けるために全力を……」

 

そんな私の言葉は最後まで言わせてもらえなかった。

 

「ほう、では何故貴様は無理だと悟っていたテストを受けた? 受ければ貴様の合格は無い。姉を道連れにするとわかっていたのに」

 

確かに私は今回の結果はほとんど予想できていた。

毎日のテストですら一度も合格どころかと言う状態。

10日を過ぎる頃には理解していた。

でも、頑張ればどうにかなるって。

全力を尽くせばきっと結果は努力についてきてくれるはずだって信じて。

 

「不満のありそうな顔だな。大方万に一つの奇跡を狙って努力したとでも言いたいのか? まずそれが間違いだ」

 

「そんな、私はあなたに言われた事を果たそうと」

 

「それが間違いだと言っている。いいか、相手の言ったことは常に疑え。相手の言葉の深読みをしろ。常に正解を教えてくれると思うな。世界は優しくは無い」

 

何の事。

リッポーは何を言っているの?

私の何が間違っていたの?

 

「理解できていない顔だな。今回の事は貴様のレベルに合わせてわざわざ漫画レベルの茶番を演じてやったと言うのに」

 

「茶番?」

 

「そう、茶番だ。まず俺は貴様に絶対に解けるわけの無い課題を出した。まじめに勉強したのでは解けるはずの無いレベルのものをな。何故俺がこんな事をしたのかわかるか?」

 

え、私はこんな感じの言葉を知ってる。

こんな展開を知ってる。

もしかして……

 

「やっと理解できたって顔だな。そうだ、今回の貴様の一番簡単な問題は素直に試験を受けた事だ。勉強に無駄に時間を費やした事だ。はっきりと言おう。きさまの本当のテストは7日目唯一合格したテストで終わっていた、正直一般ハンターの知識レベルの事はそれで終わっていた。その後のテストは何の意味も無いものだ。学者や研究者でもないのにあんな念を発展させたやつの生涯とかみたいな裏話を覚える必要が無い事くらい気が付け」

 

それは私がテストで解けた問題のうちの一つだ。

もう一問私が正解できたのは世界樹の高さに関する問題。

そうだ、冷静になって今思えば確かにおかしい。

こんな知識を覚えて一体何をする気だったんだろう。

最初の一週間とその後のテストでは全く傾向が変わっていた。

でも私は何も考えずに変わった傾向に向けての勉強を続け。

 

「今回貴様の最も簡単な正解は私に頭を下げる事だった。私に譲歩を引き出す事だった。私と交渉する事だった。七日目のテストが終わった時点でいつでも交渉は可能だった。私の配下にもそれとなくそれを匂わせた行動をとらせた。だが、その結果は全くくだらない。これはきさまが読んでいたマンガと全く同じ展開だぞ。貴様は姉を助ける事ができたんだ。そう、貴様は無意識のうちに姉の命より私に頭を下げる屈辱を選んだ化け物なんだよ」

 

私は……私は……

 

「本当にくだらない時を過ごした。不可能に直面したときの対応を見たかったのだが。貴様の年齢を考えてわざと茶番を演じてやったと言うのに無駄だったな」

 

ああ、私は本当に馬鹿だ。

ここ数ヶ月の訓練が実は楽しくなってたんだ。

思えば最初の何人かを殺したときは泣いたはず。

でも、気が付けばいつのまにか相手も犯罪者なんだからと楽しんではいなかったか?

強くなっていくのを喜んではいなかったか?

強くなると言うのは相手を傷つけるのが上手くなると言う事なのに。

私はいつの間にか進んで人を殺す方法を考えていた。

どうしようもない化け物だ。

 

私は吐き気をこらえる事が出来なかった。

いっそこんな醜い私など全て吐き出してしまえとばかりに吐いた。

もう胃の中に何も無いと言うのに。

 

「そうだ貴様は生まれついての殺人鬼だ。何も守る事が出来ない。正解の道を選ぶ事が出来ない。ただ間違った道を歩き続けいつか大切な者を見捨てただただ歩き続ける。その道中に貴様の町や家族も含まれていた」

 

「貴様は意思を持っていい存在じゃない。貴様に選べる道は最悪の展開しかもたらさない。一生日なたを通る事は許されない」

 

「私は生きている意味があるの?」

 

「ある。死んで罪から逃げる事など許さない。貴様の犯した罪は逃げていいものじゃない。人間に従え。お前は人間の進む道にある邪魔者を排除する道具になれ。命の続く限り化け物を狩り尽くす道具にな」

 

「人間……私はあなたに従えばいいの?」

 

「私に? いいや、それは違う。何故ならば私も化け物だからだ。私も自分の意思を捨てハンター協会の手足となり邪魔者を排除する道具だからだ。そもそもハンターなんてやつらは一部を除いてほとんどが大なり小なり化け物の集まりだ」

 

もしかしたらリッポーも何か取り返しの付かないことをしでかした事があるのだろうか?

今も贖罪をしている途中なのだろうか?

ああ、私達はなんと罪深いのだろうか?

私は犯してしまった罪の重さに押しつぶされそうだった。

 

 

――だから私は最後まで気がつかなかった。

私をどうでもいいと言った筈のリッポーの心遣いに。

私への対応にまだまだ馬鹿な子供な私では気が付く事ができなかった。

後から思えばリッポーは私の事を物凄く心配してくれていた。

いざと言うときの判断力の無さ。

間違った道に進みやすい私にこれ以上罪を重ねさせないように最大限配慮してくれていたのだと。

そして、この結果から私の為にある調査をし始めてくれた事等想像の範囲外だった。

付け加えておくのならば今回のテスト自体も私への温情だったのだ。

もしも万が一私が合格できてしまっていたら私は闇の中ではなく十二支んの直属として知識を生かす危険の無い職場に回される事になっていたと言う。

これは何年も後に知人から聞いたことだ。

リッポーは結局最後までその事を認めなかったけれど……

彼は私の為に多くのものを残そうとしてくれていたのだ。

彼に何一つ恩を返す事の出来なかったこんなおろかな私に。

最も偏った成長をしてきたリッポーの選んだ対処方法と態度にも気がつけなかった理由はあったのだろうけど――

 

 

 

 

 

 

それからの一年は短かった。

私は結局リッポーの言う道具の道を選んだ。

化け物となった存在を狩る道を。

姿形ではなく、人に擬態して生きる人の皮をかぶった心が化け物となった存在を滅ぼす為の道を。

彼が自分で選び見出した贖罪の道と同じ道のりを。

 

 

この一年は基礎を固める事に集中した。

基礎を固める事は強くなる事の一番の近道。

 

「基礎と言う物は先人達が経験によって生み出した強くなる事に一番必要なもの。基礎を学ぶのは簡単だ。だが、基礎を極めるのは実に難しい」

 

それがリッポーの師匠の口癖だったらしい。

実に真理をついている言葉だと思う。

この一年訓練で犯罪者と何度か戦ったが。

基礎をおろそかにしている者はいくら私よりオーラが強くても戦いやすかった。

逆に私より格下でも基礎をしっかりしているものは実に戦いにくい。

いくら強い発を持っていても使いこなせないのでは意味が無い。

だけど、基礎と言っても念の基礎だけ。

確かにAOPは上がったPOPも上がった。

4大行の練度も上がっただろう。

ただ、問題が無いわけじゃない。

私は無意識に足と喉にオーラを振り分けてしまうようで体に均等にオーラを纏う事が出来ない事。

纏や練を修めれば修めるほどその傾向は進んでいく。

リッポーはこれに何かしら心当たりがあるようで問題は無いと言っていたけど。

それよりも最大の問題は、私はまだ自分の闘い方を見出せていないこと。

それなりのスピードとそれなりの破壊力の発。

この二つでごり押しをしているだけ。

身体能力が上がってもそれを生かせていない。

私はいまだ自分の戦闘方法を見出せない。

 

しかし、転機は唐突に訪れる。

戦闘民族クルタ族の滅亡。

そしてそれに伴い一躍名を上げた犯罪者集団幻影旅団の登場である。

 

 

私の声はまだ響かせる方法を知らないでいた。


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