霧の国に響く声   作:蜜柑好き

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届けない声

トンパさんに渡しておいたあれは無駄になってしまったか。

今のあいつではあれ無しでは霧の中に立たされては耐えられないだろうな。

頼む、この俺に貴様を殺させてくれるなよ。

 

俺はあれを使わせることで霧に対する耐性をつけさせようと思ってお前を送り出したんだ。

念の為トンパさんの命を守るようにお前に命じた上でな。

それがこんなことになるとは……

ヒソカとギタラクルだったか?

自分よりも格上の相手が二人もいると見て取るや護衛任務を放棄。

率先して護衛対象を脱落させることでトンパさんを守ろうとするなんて流石に予想外だった。

まあ、霧の言葉を見てそのストレスでそんな乱暴な手段に出たんだろうが。

無意識のうちに離れた場所にいるトンパさんに糸を通してオーラを送るなんてな。

 

普段放出系らしい性格を隠している癖にこういう無意識になるとどこまでも放出系だな貴様は。

短気で大雑把。

それを忘れていた俺のミスだ。

この俺が設定した性格だと言うのに……

あいつはそろそろ地上に出るころだろう。

頼む、いつか笑い話に出来るよう無事に帰って来い。

 

 

 

 

 

流石にこの服だと階段を上るのには向いていませんね。

ジャポンは縦に高い建物は少ないみたいですし仕方ないんでしょうけど。

これでは先程のように他の受験生を妨害しながら進むのは無理。

今無理に妨害しようとすれば流石に利益は無いどころか少しまずい状況になりそうです。

 

それにしても、いくら糸電話で周りの混乱を誘ったとは言っても流石に混乱しすぎではないでしょうか?

いくらなんでもこれ位の事でここまでの混乱になるレベルの人たちには見えなかったんですけど。

ただ周囲の目が少し私以外に集まってくれれば程度の軽いいたずらだったんですけどね。

 

 

 

 

さて、エレベータの感じからいってそろそろ地上にかなり近づいているはずですけど。

和服で階段を駆け上がるのは流石にきついですからそろそろ終わって欲しいです。

あ、光が見えてきましたね。

何か白いものに反射してきらきらと……白い!!

 

あれはまさか……

 

脳裏によぎるのはあの日見た光景。

それは先程ハンゾーの名刺を見たときなど比べ物にならない。

 

いやだ、霧は嫌だ。

だめ、皆死んじゃう。

皆殺しちゃう。

お父さんもお母さんもおじちゃんもおばちゃんも……

知ってる人も知らない人も皆死んじゃう。

 

皆霧に飲み込まれちゃう。

だめ、こっちに来ないで。

今ならまだここは霧が来てない。

そうだ、今ならまだ間に合う。

今ならまだ私は霧に飲み込まれないですむ。

 

「あは、あはははははは……」

 

霧はどこから来るの?

私の目の前から。

なら後ろに逃げればいい?

だめ、霧はいつまでも追いかけてくる。

ハンゾーを使って私に接触したように。

そして、今私に迫っているように。

なら、この道を塞ぐしかない。

そうすればまだ霧に飲まれてない人は助けられる。

もう霧に飲まれちゃった人は無理だけど。

今ならまだ霧に飲まれてない人がいっぱいいる。

私が全力で声を出せば少なくともあの霧がこちらに来ることは無くなる。

多少人を巻き込んでしまうでしょうが……

 

その時霧以外の全てのものが無くなった私の前方を眩い光が過ぎ去っていく。

そして、それと同時に私を心配する赤黒い鈍く輝く線。

 

白い光と赤黒い線対照的なその二つによって私は少しだけ冷静さを取り戻す。

 

「貴方達死にたくなかったら引き返しなさい。今から10秒だけ待ってあげるわ」

 

私は私の前を進む受験生達に向かって声を張り上げる。

若干とは言えオーラをこめた声だ。

自分の意思とは裏腹に半分くらいの受験生が自分の意思とは無関係に引き返してくる。

これは操作系の能力とは違う。

元々言葉というのは力を持ったものだ。

他人の声に無意識のうちに従ってしまったと言うのは以外に経験があるだろう。

今私がやったのはその言葉が持つ力を少し強めただけの物。

ゆえに強制力は無い。

げんに半数ほどにしか聞かなかった。

 

でも、この言葉にオーラをあまり裂く訳にはいかない。

だから、今は半数でも守れたことでよしとする。

私の試験はここで終了です。

短い間とは言えお世話になりました。

 

丁度階段を抜け霧に飲み込まれようとしている医者を視界にとらえながらそう小声でつぶやく。

 

彼と一緒に進めたら私を覆う霧も光に照らされて晴らすことが出来たかもしれない。

でも、私は彼のような人間と違って化け物。

数多くの命を奪ってしまった取り返しのつかない物。

だから私はその道を選ぶことは出来ません。

 

私が選ぶのは血に彩られた道。

いつか全ては洗い流されそして霧の向こうに消えていく道。

だから、彼がこちらに何か叫んでいるのは聞こえなかった不利をして私を見つめる視線に問いかける。

 

「私の試験の結果とかけまして私に親切にしてくれた医者とときます……その心は……その心は……」

 

いえ、やめておきましょう。

どうにも私は人間らしい人間に弱いです。

あのギュドンドンド族の男といいあの医者といい。

自分と余りにも違う存在への単なる憧れを人間が持つ感情と一緒にしては失礼ですね。

 

もう私とあなたの道が交わることは二度と無いでしょうし。

これはあくまでも気の迷いというもの。

ありがとうございます。

あなたがそこにいなかったら私はまた暴走していたでしょう。

次にもし会うとしたらその時は決して友好的な立場ではいられないでしょうけど。

さようなら、お兄ちゃん。

 

「試験官。私は棄権します」

 

その言葉によって私は差し込む光と完全に決別をする。

崩れていく通路を振り返ることも無く私は入り口に向かって戻り始めた。

 

 

 

「さて、これで私の故郷への最短ルートは閉ざされてしまいました。仕方が無いので来年の試験に向けて経験をつむ為に犯罪者とでも戦いに行きますか。それにおせっかいな誰かさんにはだいぶ心配をかけてしまったみたいですから。早く本当に独り立ちできるようにしないといけませんしね」

 

私の体に鈍く光る赤い文字を撫で、来た時とは違い本気で走る。

一分一秒でも無駄にしないように。

そして、早くその線とも決別できるよう。

 

 

 

 

 

 

私の声は霧を抜けるにはまだ小さい。

 

――道のりは変われども、その年の合格者は定めを外れることはなかった――


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