やれやれ、この視線は少しあからさま過ぎますね。
どうやら前回のことで警戒対象になってしまったみたいです。
これは暫く大人しくしましょう。
それに、これだけの視線に注意されていると言う事は逆に私の身を守ることになっていますしね。
なんせ44番に294番……私以上の使い手二人の視線もその中に含まれているのですから。
ただ、この二人ならこの視線なんて気にせず戦いを仕掛けてくる可能性がありますから油断は出来ませんけど。
一応全速力で逃げる準備だけは怠らないようにしましょう。
勝てるわけがないんですしね。
「で、お嬢ちゃんは本当に大丈夫なのか? 結局目が覚めてからすぐ試験に参加することになっちまったが」
「ええ、私なら大丈夫ですよ。特に問題はありません」
はあ、この方はどこまで私と行動を共にするつもりでしょう。
そろそろ私に特に問題はないとわかっているでしょうに。
何より私の置かれている状況にあまり人間を巻き込みたくないんですけど。
仕方がないですね、この視線に気がつかれないレベルで少し反則をいたしますか。
まあ、念すら使わない本当に些細なおふざけですけどね。
「それにしても、さすがにこの人数でこんなトンネルの中を走っていると暑いですね」
そう目の前の男に話しかけると私は羽織の袖に手を入れる。
「お、なんだそりゃ? 棒なんて取り出してどうしたんだ?」
「いや、レオリオそれは棒ではないよ。文献で読んだことがある。恐らく扇子という物だろう。ジャポンで一般的に使われている風を起こす道具だったはずだ。先ほどの台詞から考えて自身を扇ぐつもりなのではないか?」
「なるほどな。しかし、こんな棒でどうやったら風が起こせるんだ?」
この医者と一緒にいる人はずいぶんと博識ですね。
扇子はかなりマイナーな道具だと思うのですが。
「これはこうやって使うのですよ」
私は片手でパッと扇子を広げると自分の顔に近づけ扇いでみせる。
「へえ、便利なもんだな。俺にも貸してくれないか?」
「いいですけど……だいぶ重いですよ?」
私はそれを閉じると医者にそれを差し出す。
「重いって言ったって、あんたみたいなお嬢ちゃんが平気で持ってるじゃねえか。これでも俺は力には自信があるんだぜ?」
「いや、待てレオリオ。恐らくそれが重いのは本当だ。そんな軽々しく」
だが、医者は友人の言葉に耳を傾けずに無造作にそれを手にしてしまう。
そして、扇子は伸ばした手で支えきれずに地面に落ちる。
「私も少し触ってみてもいいだろうか?」
「ええ、構いません」
その人は慎重に地面に落ちた扇子に手を伸ばすと力をこめる。
今度は事前に注意していたからだろうが扇子は持ち上がりその人の手の中に納まる。
「やはりな、さっき見た時に感じた違和感が正しかったか。これは一見ただの紙と木で作られたように見えるが実際はすべて金属だな。それと、何らかの仕掛けがしてあるようだ」
「ええ、それは暗器です。見てのとおり私はまだまだ子供ですから、どうしても大人に比べると非力ですから。どうしても体のサイズから攻撃力不足なんで、武器の重さで補っているんですよ」
「あなたの身のこなしを見た時から只者じゃない気はしていたが。私の認識が足りなかったようだ。あなたは今の私など足元にも及ばない実力者のようだな。しかし、暗器だと言う事をそんなに簡単にばらしてよかったのか? 確かにあなたならばそれがばれていた所で気にしないだけの実力がありそうだが」
「ええ、そちらの方にはだいぶお世話になりましたから。敵対したくは無いですし、これはその気持ちをお見せしただけです」
「そういってくれると助かるな。正直私やレオリオではでは敵いそうに無い」
私は扇子を受け取ると再び顔を扇ぎ始める。
これでいい。
私の周囲にいる人達はこの一連の流れを見てこれが鈍器の類だと思うだろう。
それに、私は暗器使いだと誤解してくれればなおいい。
実際私の服のようにひらひらして隠す所の多い服は大体暗器使いが多い。
だからその思い込みを後押しすれば私の戦い方を誤解させる後押しになる。
実際はこの扇子が重い理由はただ強度を重視したら結果的にそうなっただけで鈍器でもなんでもないんですが。
自身の情報を秘しミスリードさせる。
戦いは何気ない普段の行動から始まっているんです。
小さなことの組み合わせが将来の勝利を私にもたらしてくれるんですよ。
まあ、44番や294番なんかは騙されてはくれないみたいですけど。
こんなことで騙せるとは思っていなかったし別に構いませんけどね。
その時扇子で隠した私の口は笑みの形を浮かべていた。
「おかしい」
「ん、何のことだ?」
医者の友人がつぶやいたのはそれから十分ほどしてからだった。
医者は周囲の異変にはまだ気がついていないようだが。
「ええ、何箇所かで受験生同士の諍いが起きていますね。まだ始まってから1時間程度しかたっていないというのにもう脱落者も出ているようです」
「本当かよ。俺にはそんな音聞こえねーぞ」
「彼女の言っていることは本当だよレオリオ。だが、こんなに何組も諍いが起きるのはおかしい。もしかしたら試験官が何らかの妨害を始めた可能性がある」
なるほど、そのように考えますか。
確かにそう考えるのが自然かもしれませんね。
「ええ、その考えは否定できませんね。注意を怠らないようにしましょう」
「ああ、その方が良さそうだ。受験生のものではない視線をさっきから感じるしな。恐らくその視線の主達が何かをしているのだろう」
「そうなのか? 俺はそんなものちっともかんじねえぞ」
やはり、この医者はハンターとしての素質はあまり無いようですね。
そちら方面ではあまり気にしなくとも良さそうです。
それにしても、まさかこの視線をそんな感じで誤解してくれるとは。
思わぬ幸運ですね。
それから数時間がたった。
今私は医者やその仲間と離れて単独行動をとっている。
医者が体力的に限界を迎えたのか服を脱ぎだしたため彼の仲間の配慮で別行動をとることになったからだ。
私の強さは認めてはいるもののこんな少女に見せるものではないと判断したのだろう。
そして、医者には子供の仲間が居ることもわかった。
医者が捨てた荷物を拾い代わりに持ってあげた子供がいたからだ。
その子供は99番と一緒にいるせいか私に近寄ってくることは無いが、医者の仲間の反応や番号から推測して彼らの仲間であることはほぼ間違いが無い。
私は扇子を口にあて目の前を走る二人の子供に注目していた。
会話の内容から年は私と同じ。
どちらも念を覚えていない現時点では私の脅威にはならないだろう。
しかし、彼らに注意を向けると私に向けられる敵意が強くなることから関わらない方が良いと結論付けた。
彼らに何かをしようとしたら次の瞬間私の命は失われているイメージしかわかない。
そう結論付けると私は速度を落とし彼らから距離をとる。
しかし、相変わらず周囲は喧騒に包まれていますね。
受験生同士の諍いはあれからより激しくなったみたいです。
周囲の状況を見て取ると私は巻き込まれないように絶で気配を消すと扇子を袖にしまい目立たないように歩を進める。
44番と294番から出来るだけ距離をとるように心がけつつ……
その後平坦な道が終わり階段が見え始めてくるまで私は誰とも関わる事は無かった。
ただ静かに二人から距離をとりつつ一応責任を感じるハンゾーを時折気にしながら。
この時の私はまだ階段の先に待ち受ける運命を知らない……
危険を感じてはいたがそれはあくまでも格上の二人に対して。
それ以外に関しては割りと気を抜いてしまっていたかもしれない。
仮にも災難間といわれる試験で油断することがどんな結果をもたらすか。
運命の時まであとわずか。