『Fate/contract』   作:ナイジェッル

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第62話 『激辛麻婆ラーメン』

 言峰綺礼とクラウディアの二人がアースラに招かれてはや数日が経った。一度は聖王教会を去り、一般市民として生活をしていた彼らにとって、この危険な任務を背負った部隊と共に生活し、職務を果たすなどさぞストレスが溜まるだろう。特に聖王教会と違い、常に最前線で戦わねばならないリスクを負うこの特殊任務ならば尚更だ。そう、クロノは危惧していた。

 

 「か、辛れぇぇぇぇぇ!!??」

 「舌が燃える!物理的に燃えてる感じがするコレ!?」

 「水をク……れ………」

 

 しかし、実際のところはそうでもなかったのだ。それが十二分に分かるのが今、クロノの目の前で繰り広げられている地獄の光景。勇猛果敢、命知らずの戦闘バカで知られている大切な部下達は皆床に手を突き悶絶している。どいつもこいつも苦虫を噛み潰す……いや、ジョロキアを噛み潰したが如き形相をしていた。

 

 「はっはっはっはっは。残した者は首から下を地面に埋め込むぞ。さぁ、百戦錬磨の魔導師達よ。文字通り命を賭けて挑むといい。さすればその舌、この麻婆ラーメンに届くやもしれん」

 

 悶絶する男達を見ながらラーメン店店主の言峰は笑いに笑っている。あの無愛想、鉄面皮で知られている男とは思えない清清しい良い笑顔だ。人の不幸を嬉々として受け入れている人間の笑みだ。

 

 「死ぬ…ゴホッ、ゴホ……死んじまう!」

 「水飲んだら尚のこと痛くなったんだけどぉ!?」

 

 我が部下ながらあまりにも情けなさ過ぎるぞ。

 なんたる醜態だとクロノは天を仰ぐ。

 食べられないものを無謀にも頼むなど、それは勇敢とは言わない。無知蒙昧の蛮勇なだけだ。

 話には聞いていただろうに。言峰綺礼の作る麻婆ラーメンは素人程度では完食することすら難しい逸品だということを。それこそその道のプロでなければ対処が不可能だということを。まさに激辛の食通のみが通るべき道。いきなりあれほどのレベルのものを頼むなど自殺行為に他ならない。

 

 「(おおよそ、度胸試しだの我慢勝負などが理由であの特別メニューを頼んだのだろうけど、本当にバカなことをする。自業自得だ。胃までやられるぞ)」

 

 彼らの座るテーブルの前に置かれた赤い物体。否、食べ物。否、あれ本当に食べ物? と疑いたくなるような代物。その赤き鮮度はもはや血液とそう変わらない。しかしその鮮烈な刺激を伴う香りは多少離れたところで見物しているクロノの鼻にまで届いている。これは放っておくと目まで痛くなると確信させる、激辛特有のスパイシィな匂いだ。

 

 「「「「だが………これは確かに……」」」」

 「ん?」

 「「「「……癖になるッ!!!」」」」

 「(まじか)」

 

 部下達の思わぬ反応にクロノは絶句した。

 

 「ああ、アドレナリンがドパドパ出てきやがる!」

 「スゲェ、スゲェぜ!人間限界超えると一気に見える世界が違ってくるんだな!!」

 「ふぁいあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 狂ったようにマグマのように赤い激辛マーボーにがっついていく隊員達。

 まさか、あの食事の中に依存性の高い薬物でも混入させてるんじゃないかと思うほどの狂気的な現場。ギブアップするどころか、どんどんその激辛の魅力に取り付かれていっている。今、クロノはその歴史的な瞬間に立ち会っているのだとさえ感じた。なんて悪魔的で恐ろしい状況だ。

 

 「ふっ。読み通りだ」

 

 いつの間にかクロノの隣にまで移動していた言峰は軽く頬を緩ませる。

 

 「いったい何をしたんだ言峰。僕の部下がバーサーカーみたいな狂気を孕んでいるんだが」

 「なに、それは彼らが望んで為っただけのこと。私は後押しをしたにすぎない」

 「後押し……?」

 

 どう見ても突き落としているようにしか見えない。

 

 「ああ、後押しだ。このアースラという部隊は噂に違わぬ大した部隊だ。錬度も高く、ソレ相応の修羅場を潜っているのだと嫌でも感じる。だからこそ、こういった刺激に特に弱い」

 「というと?」

 「恐怖に打ち勝つ痛みだ。彼らは確かに勇ましいが、ヒトはヒトだ。ヒトである限り、恐怖は拭えない。恐怖を感じない人間など、もはや人間とは言えん」

 「若干その人間の定義から逸脱している友人を数名知ってるんだけどね……」

 「まぁそれはそれだ。アースラ隊の人員自体も心の奥底では恐怖を感じているのだろうが、それを上回る根性でそれを消し飛ばしている傾向にある。要は心を過剰にハイにしている。そういった者ほど、この刺激の魅力には逆らえない」

 

 なるほど。

 クロノは言峰の言葉の意味を理解した。

 

 「彼らは恐怖をスリルに変えているのか」

 「それがアースラ隊の勢いの秘訣だろうな。恐怖を受け入れ、楽しむ(すべ)をよく知っている」

 「つまり、今彼らはマーボーという恐怖を一種のスリルとして楽しんでいるってことだな……うん、これはちょっとネジが飛んでるな。我が部隊ながら恐ろしいよ」

 「戦場では臆した者が飲まれる。であれば、恐怖を受け入れ、見事取り込んでいる彼らの精神は実に理に叶っている。誇っていいことだ。おかげで我が商品もバカ売れだ」

 

 命知らずの馬鹿共を果たして誇って良いのか否か。いや、確かに優秀であり戦士としては理想的だが、時空管理局は別に武闘派集団ではないのだが。

 

 「ここで店を開き、新しい信者を増やす。これも私がお前達に手を貸す報酬の一つだ。我がマーボーの魅力を少しでも広められるのなら、命を張る価値もあるというもの」

 

 時空管理局内ではかなり名の通っているアースラ部隊。そのアースラ部隊が苦戦し、尚且つ虜になっている食べ物がある。そういった噂が管理局に広まれば、確実にある一定の怖いもの知らず、もしくは興味本位で探りを入れてくる人間が出てくるのは間違いない。これは自惚れではなく、それだけの戦果を叩き出しているという自負からもそう確信できる。言峰もそれが狙いなのだ。だが、それでもクロノには彼に聞かねばならない問いがあった。

 

 「本当にそんなメリットの為に手を貸してくれているのか、綺礼。とてもサーヴァントと戦うには物足りない理由だと思うが?」

 

 ただ店の味の宣伝の為に死地に赴くなどクロノには考えづらかった。とてもじゃないが、割に合わない仕事を請け負っていると思えて仕方がない。ただ店の名を売るのなら他にも幾らでもあっただろうに。

 

 「無論、それだけの為にあのような怪物と相対しているつもりはない」

 「では本当の目的はなんだ」

 「いやなに。お前達が傷つき、そして苦しむサマを間近で見たいと思っただけだ」

 「趣味が悪すぎる」

 「冗談だ」

 

 本当に冗談か?

 

 「まぁ、本心を言うと特にこれといった理由などない」

 「それで納得しろと?」

 「ではあまり好まぬ言い回しでお前を納得させよう」

 「それは?」

 「知古の窮地に手を貸すこと自体にご大層かつ特別な理由などいらん。お前達は今、とにもかくにも人手不足なのだろう? だからこうして手を貸している」

 「――――」

 

 驚いた。まさか言峰綺礼の口からそんな言葉が出てこようとは。しかし、ここまできて虚言を言う理由はそれこそない。というよりこの男が意味も無く嘘などつかない。聖王教会の元神父的にも、この男は事実しか述べないのだから。

 

 「エミヤの負傷を見ただろう? アレを治せるのは私だけだ。そして、奴は必ず無茶を仕出かす。その度に私が緊急で呼ばれるのは目に見えている。だからこそこうして手っ取り早くスタンバイしているのだ」

 「確かに、そうだが……」

 「この説明はエミヤ本人にもしたぞ? それで奴は納得したというのに、お前は納得しないとはな。頭の硬さはエミヤシロウ以上にでもなったか?」

 「分かった、分かったよ。そう言われては引き下がるしかない。僕としても、そんなに面倒な男と思われたくないからね」

 「それでいい……ともあれ、ソレ相応の金は貰うが」

 「そこはキッチリしてるな」

 「当然だ。これでも店を出している身なのでな。頭からつま先までボランティア精神などやってられん」

 

 ただでさえローンが溜まっているというのにとグチを洩らす元神父。この人の世にあまり興味が無さそうな男もそういうことで悩むことがあるのかとクロノは内心意外だと驚いた。

 

 「まぁ、こうして故郷の土を再び踏む機会が回ってくる日が来るともおもわなんだ。これも聖王のお導きやもしれんな」

 「この世界は君といいエミヤといいグレアム提督といいなのはといい……なにかしらのパワースポットでもあるのかとすら思うよ。魔法文化0の世界というのに異常なくらいここの出身者はみな魔導師の資質が高い」

 

 本来ではありえないのだ。魔法の文化が皆無な世界でこれだけの人材が発掘されること自体が。それも、誰も彼もが時空管理局に少なからず影響力がある地位を獲得している。とてもじゃないが、偶然というにはあまりにもできすぎている。

 

 「しかもここ最近では頻繁に大規模な魔法に関する事件が多発している。闇の書の騒動の終着点すらもここだ。僕には何かしらの接点でもなければ納得できないほど、ここは特異な世界と思えて仕方ない」

 「だが、実際問題そのような接点もなく確証に至る辻褄もないのだろう? ならばそれが答えだ」

 「全てが偶然だとでも?」

 「エミヤシロウの世界の魔導……いや、魔術の世界では縁が深い意味を持つとエミヤ本人から聞いたことがある」

 「縁……全ては所縁によって奇跡的に起きている? そんな非科学的な話が」

 「魔法を使う我らが非科学的なことを論じるなど、それこそ論外であると思うが?」

 「むぅ……」

 

 そう言われては見も蓋も無い。確かに奇蹟に準じる特別な力を扱う魔導の道を行く者が科学的なものを絶対視するなどおかしなことだ。

 

 「重要なのは今ここで大きな問題が発生していることに限る。無論、その原因を探ることも大切ではあるが、我ら前線に出る者は目の前の事象を対処することに専念していればいい。少なくとも、今はな」

 「分かっている。余計な雑念を持ったまま相対できる相手でもないことくらいは」

 

 英霊(サーヴァント)

 人ならざる人型の使い魔。

 かつて友から聞いた、英雄の魂。

 

 「まぁ、少なくとも今回の件は我々の理解の範疇にあるのも理解できる」

 「……魔法ではなく、魔術。それこそエミヤが元いた世界の術式か」

 「本来であれば、この世界にアレはいないはずだ。英霊という存在は、そもそも魔術とは、この次元世界にはないとあの男本人が調べ尽くしている」

 「だが、今こうして僕達の前に存在している」

 「ならば考えうる答えは一つだ。アレらも、別の世界から迷い込んできた異物」

 「厄ネタにも程がある。エミヤの出自、及びその世界については僕とグレアム、そして君……言峰綺礼の三人しか共有していない秘中の秘だぞ?」

 「なんとかして誤魔化すのだな。平行世界の存在など、管理局の上層部に知られては面倒なことになる。次元世界とは異なる世界の実証など、資源材料として見られるのが常だ」

 「分かっている。都合よくロストロギアのせいにでもするさ。その為の地位だ。最悪、リンディ艦長にも話を通さなければならないが、その時はその時だ」

 

 クロノは軽口を叩くように簡単に言う。しかしそれがどれだけ困難かは他でもない綺礼が知っていた。そもそも事実を捻じ曲げて虚実の報告をする時点で組織の執務官としての責務を放棄していると捉えかねない。更に言えばグレーゾーンを越えているとも言える。

 

 「今更だが、堅物と知られるお前がよくそこまでするようになったな」

 「こればかりは譲れないのさ。グレアム提督と僕。そしてエミヤとの密約にして契約。彼がこの管理局で力を振るうことを条件に飲んだ、最大限の譲歩。とても反故にできるものじゃない」

 「私も知り得てしまったが?」

 「綺礼……君は感が良すぎた。言わずとも、この答えまで辿り着いてしまった。であれば、仕方がない。君の口の堅さを信じるしかないだろう?」

 

 エミヤも、クロノも、グレアムの誰一人としてこの秘密を他言したことはない。なのにこの男は、かつて自分達と共に多少の戦場を駆けただけで、見抜いた。ヒントだってそうなかったはずだ。感づかれるヘマだってしていなかったはず。それでもこの男は僅かな引っ掛かりを手繰り寄せ、その答えに辿り着いた。

 洞察力もさることながら、その恐ろしい感の良さはもはや不気味と言えるほど冴えている。自分達にできることは、彼の言葉を信じることくらいしかない。

 

 「頼むよ、本当に」

 

 クロノは眉間に皺を寄せ、指を当てながら呟いた。

 まぁ、そう悩んだ風に言うクロノだが、彼も綺礼のことを信用していないわけではないのだが。

 

 「「「ごちそうさまでしたァ!!」」」

 

 二人が会話をしている最中、黙々と食べ進めていた男達は声を重ねて完食の宣言をした。あれだけ赤く煮え滾っていた麻婆豆腐入りラーメンは空になっており、鉢の底まで綺麗に平らげられている。

 

 「命は拾ったようだな。見事、完食だ」

 

 若干つまらなそうに言う綺礼。仮にも飲食店の店主なのだからその顔はやめろ。

 

 「お前達、完食するのもしないのも勝手だが、そんな汗だくの状態で今回の任務もいつも通り動けるのか? 腹が痛いから戦えませんにはならないでくれよ?」

 

 そう、これからまた正体不明のサーヴァントと対峙しなければならない。その前の召集の為に彼らを呼びに来たのだ。それなのに胃の痛みで動けないなど、それこそ笑い話にもならない。

 

 「馬鹿言わないでくださいよ、隊長。俺達だってプロだぜ? 体調を疎かにしてポテンシャルを低下させるなんて素人以下の失態なんてするわけないじゃないですか」

 「そうそう。俺達はただ飯を食べてただけですよ?」

 「まったく心配性だなぁははははははは」

 

 本当だろうなこいつら。

 

 「問題ないならそれでよし。それじゃ、行くよ。次もまた犠牲者なしで任務を成功させる」

 「「「はいさー!」」」

 「綺礼も動けるか?」

 「無論だ。幾らでも怪我をしてこい。命が潰えていない限り、その命を掬い取ろう。まぁ、聖人でもないので人並みに治療の限度はあるがね」

 「十分さ。それに、君の本領は治療だけじゃないだろう?」

 「そちらはあまり期待するな。これでも私は、今やただの一般市民でしかないのだから」

 「ああ、君はもう前線から身を引いた人間だ。こちらの都合で矢面に立たせる、なんてことはしたくはない。本当に、そう思ってはいるんだよ。だが」

 「分かっている。その時がくれば、できる限りのことはする」

 「すまないな……」

 

 言峰の戦力は今この状況において欠かせないものとなっている。願わくば、戦いから退いた彼の手を直接煩わせたくないものだが……この時のクロノの願いは、叶うことなどなかった。

 

 次の相手は、それほどの規格を有していた。

 

 魔法が効かない?

 否だ。奴には対魔力がない。

 

 強力な宝具を有する?

 否だ。奴は特別な宝具など有さない。

 

 特殊な防御を持っている?

 否だ。奴の肉体強度はサーヴァントとして平均的。

 

 ただ、純粋に、そのサーヴァントは強かった。

 数多の弱体化を受けたとしても。

 武勇を鈍らせる狂化を受けいていたとしても。

 

 次の倒すべきサーヴァントのクラスは―――狂戦士(バーサーカー)

 

 かつて人は、人理に刻まれた歴史は、

 あの狂戦士を、武の達人として讃えに讃えた狂人拳児。

 

 『魔拳士』

 

 その拳は、魔法をも凌ぐ。

 

 

 

 




―――汝、己が拳にて存在を証明せよ

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